機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
そんな不安も吹き飛ぶぐらい騒いでいる四人に、数名の軍人が歩み寄ってきた。青い軍服に太陽系を模したバッチ、プリマドンナの乗員ではなさそうだ。全員男で、岩石のような顔をした巨漢が前に出て、セツナを見下げた。
「こちらは太陽系連邦所属、ノルド・ハードマン少尉だ。君が、セツナ・M・ヒジリナガかね?」
「はい。そうですが、何か?」
「要件は分かっているだろう? あのガンダムタイプのMSは、君にしか動かせないようだ。ついてきてくれ」
「嫌と言っても無駄なようですね。わかりました」
静かにセツナは立ち上がると、ノルドに連れられるがまま、格納庫へと向かっていった。残った二人の軍人が、アリサたちに言う。
「本艦はまもなく、トルディアの港へ到着する。家に帰れるぞ。まぁ軍の機密情報を知られた以上、君らには監視が付くと思われるがな。そこらへんは、後で渡す書類に記されている」
機密情報……おそらく、アナザークアンタのことであろう。とはいえ、コロニーの外で派手に暴れまくったのだ。市民の間に広まるのも時間の問題だろう。
「君はアリサ・アスノだな? AGEデバイスを返してもらおうか」
「これは……直接、ジェイナスさんに渡すことはできないですか?」
「どちらにせよ、これはアースリングに送られるんだ。今渡してくれたほうが、こちらとしては助かるんだが」
アースリングとは、戦時中にヴェイガンの兵器によって崩壊した連邦軍総司令部ビッグリングに代わる、衛星軌道上に新たに関節された太陽系連邦総司令部のことだ。わざわざ衛星軌道上に総司令部が置かれているのは、地球圏への敵対勢力の侵入を防ぐ―――さながら、地球圏の門番としての役割を与えられているからだろう。
「……わかりました」
アリサの手が止まった。これを渡してしまえば、せっかく手にしたガンダムAGE‐Vを再び人殺しの兵器に変えてしまう。これを使って、人を殺さない戦争だってできるのかもしれないのだ。それをできるのは自分だけ、とアリサは思っていた。だからこそ、連邦の軍人にこれを渡してはいけない気がした。
力への欲求、ということなのだろう。しかし今のアリサには、そのような認識はなかった。
自分が一番上手くガンダムを扱える。
みんなを救うことができる。
そう信じて疑わなかった。事実、先の戦闘でだって、自分は上手くやれたはずだ。コックピット恐怖症を克服し、Xラウンダーとしての特殊な能力も使いこなせるようになってきた。訓練を続ければ、先読み能力も戻ってくるかもしれない。
「心配しなくてもいい。アースリングには、優秀なXラウンダーもいるという……。軍上層部も、きっと平和のために使ってくれるだろう。さ、渡してくれ」
全てお見通しだった。
「…………」
「自分が一番上手く扱えると思っているのなら、それは単なる思い上がりだ。もうガンダムは、アスノ家のものじゃないんだよ」
半ば強引にアリサからAGEデバイスを取ると、早足でその場から立ち去っていった。
「そうだよね……」
AGEデバイスが手元から離れたとき、ようやく自分のやろうとしていたことに、アリサは気がついた。また戦おうとしているのか。また、二年前のような状況になってしまうかもしれないのに。
「これでいいんですよね、ガルドさん?」
格納庫には軍上層部の人間たちが集結し、未知の技術が詰め込まれた機体、アナザークアンタを見上げていた。皆、好奇の目を向けているのが、コックピット内のメインモニターからでも分かる。
EXA‐DBのデータの九割が損失された今、軍備拡張を行う連邦軍にとってアナザークアンタは、黄金やダイヤが詰め込まれた宝箱としか思えないだろう。
「呑気な人たち……」
今の平和な時代に、さらなる強力な兵器を生み出そうという神経が、セツナには理解できなかった。銀の杯条約の失敗を反省しているだけには思えない。きっと様々な大人の事情が交差しているのだろう。
ヴェイガン残党が狂気に飲み込まれた大人ならば、彼らは平和を狂信している大人なのだ。だからこそ、こうも簡単に軍備を拡張できる。
「動いて、クアンタ」
セツナはコックピットの中で深いため息をつきながらも、アナザークアンタを起動させた。声紋認証形式なのか、メインコンソールやサブモニターが次々と点灯し、背部に備え付けられた動力機関―――GNドライヴの起動を確認。
アナザークアンタの背部から吹き出した緑色の粒子が、格納庫に満ち溢れ、ある者は歓喜し、ある者は毒性があると思ったのがガスマスクを装着する。放射性物質を含んでいたり、マーズレイのような毒性粒子ではないことは、ある程度証明(マーズレイの研究によって、粒子の毒性の有無を解析する技術は飛躍的に向上している)されているのに、用心深いものだ。
「起動完了しました」
『よし、それではまず認証コードをフリーにしてくれ』
「できません。認証コードは私のまま、ロックがかかっています」
『なんだと!? 嘘をつくな!』
「嘘ではありません。元から、私のデータが入力されていたようです」
何度やっても結果は同じだった。結局、セツナが起動している状態を維持しつつ、研究者によるデータの抽出が行われることとなる。
『背部に備えられている動力機関は……GNドライヴ。見たところ、反応炉とは全く違う機構で、永久機関のようなものではないでしょうか?』
『エネルギー切れを起こさないということか。これが実装されれば、MS開発が革新するぞ』
『装甲はEカーボン……名称こそ違うものの、連邦軍のMSに標準装備されている炭素系素材と同じようなものでしょう』
『しかし強度はやはり、こちらのほうが上か……』
『何から何まで、未知の技術だ。いったい誰が造ったというのだ、このMSを』
『この粒子はニュートリノの一種では?』
コックピットに聞こえてくる研究者たちの声に、セツナは幼い頃の記憶を思い出さずにはいられなかった。結局、また研究対象になってしまったということか。
そうこう考えているうちに、一通りデータの抽出が終わったらしく、軍上層部の人々はプリマドンナ内の会議室へと向かっていった。アナザークアンタはというと、敵対勢力の兵器であるという可能性を孕んでいるため、四肢を拘束されて発進できないようにしてある。
九十年前にも、ヴェイガンの機体を自分の工房でチェーンナップしてしまい、挙げ句の果てに工房をメチャクチャにされた例があるため、妥当な処置と言えよう。
セツナはコックピットハッチを開けて、外の空気を吸い込む。やはりパイロットスーツには、どこか違和感があった。
「やっぱり私……」
どこまでいっても、自分は研究対象でしかないのか。パイロットとしての価値も、乙女としての価値もないのか。
そう思うと無性に悲しくなってきた。
「よっ!」
「はわっ!?」
後方に気配を感じたときにはもう遅かった。褐色の肌の手が、セツナの胸を鷲掴みにする。
「い、イリカさんッ!」
「おーっ、よく分かったわねぇ」
「いいから、その手を離してくださいッ!」
セツナの小さな胸(いちおう膨らみはある)に、イリカの指が沈んでいく。
「揉んだら大きくなるってよー」
細かな指の動きで、敏感な部分が刺激される。
「――――――はぁ……は……ン……」
「ほれほれー」
「……って……いい加減に!」
イリカの悪ふざけに、不覚にも紅潮し〝感じて〟しまったセツナだが、堪忍袋の尾が切れたようで、イリカを背負投げした。しかし低重力空間では、そんなことは無意味である。イリカは華麗に空中で一回転し、アナザークアンタの目の前にあるデッキに降り立った。
黒髪サイドポニーが揺れて、
「せせ、せせせ、セクハラです!」
「でも感じていたじゃん!」
「なななななな、なンてこと言うんですか!」
「そういや、未成年だったわね!」
「今更ですか!」
「いやぁ、セツナちゃんが暗い顔していたからね、ついやっちゃったわけよ」
「…………」
研究対象としての自分しか見当たらず、落ち込んでいたのを見破られてしまったようだ。さすがはエースパイロットといったところか、観察眼はあるようだな、とセツナは思う。MSデッキに降りて、セツナはそっとアナザークアンタの胴部を撫でる。
「この子を動かすために、私がいる。この子のデータを取るために、私が使われる。そういうのを理不尽に感じてしまうってことは、私がパイロットに向いていないってことなんですかね?」
「どーして、そうなるのよ? そりゃあ、誰だって理不尽に感じるさ。MSの部品として見られるのに慣れちゃいけない」
軍上層部は今でも兵士を、MSのコックピットにある消耗品と認識しているのだろうか。だとすれば、自らそのような認識を持つということは危険なことだ。それこそ、作戦遂行のために自らの命を投げ出すかもしれない。
「……それでも怖いんです。私、人と殺し合いをしている認識が薄くて。いつか人を殺しているっていう感覚すらも、自分の手から消えていきそうで……」
「ふーん……新兵によくある悩みよねん。ちょっと、付き合ってよ」
「へ?」
イリカはセツナの手を引くと、
「話、聞いてあげるわよ」
何故だかは分からないが、イリカの言っていることは信用することができた。それがアリサとはまた違う、余裕のある女性の匂いによるものだとセツナが知るのは、もう少し先のことだ。