機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
その1
宙域のヴェイガン残党の機体はガンダムAGE‐Vと、セツナの乗っていた謎のガンダムタイプのMS―――アナザークアンタによって撃破された。アリサが逃したゼダスのパイロット以外は、全員自決。残ったのは、ヴェイガンのMSの頭部のみ。連邦のMSを使ったコロニー内部での戦いも、プリマドンナ隊の活躍により連邦の勝利に終わる。この戦闘による一般人の死傷者も、今のところ報告されていない。
しかしながら被害は甚大だ。総合訓練プログラムに参加していたアカデミーの学生二十人が死亡、百人近くが重軽傷といった大惨事にもなっている。軍人の死傷者も含めれば、倍以上になるだろう。
ファーデーンから来た連邦艦隊と合流後、残ったヴェイガン残党の母艦を叩くということらしい。あくまでも、Xラウンダー部隊のように敵に隠し球が残っていることを想定しての対処らしい。とはいうものの、隠し球があるぐらいなら先の戦いで全て出し切っているだろうし、万が一、ということなのだろう。
「敵、残存戦力ありません。狙撃していた機体も、撤退を開始した模様。コロニーの被害、小規模。ファーデーンからの艦隊は、19:12に到着予定」
「艦隊の規模は?」
「ディーヴァ級ペルセウス・セルムンド、マクレーン級アキレス・フェヒナー・ミネルヴァ。計五艇にて編成されています」
「大掛かりだな……やはり、二機のガンダムの強奪を恐れているのか。まぁ軍上層部のお偉いさんが来るんだから、警備は厳重に、ってことかねぇ?」
「トルディアの防衛隊だけでは力不足でしたからね」
アレイナが掠れた声で、しかし的確に報告した。つい三十分前は死に直面していただろうに、新人としてはタフなものだな、とジェイナスは感心する。
「さて……ひと段落は付いた、か……」
ジェイナスは考える。あの時、蒼いガンダムが自分たちを守ってくれなければ、死んでいたという事実について。あれは自分の判断ミスが招いた結果だ。二百人近い乗組員の命を背負っているという自覚が足りないな、と自分自身に苛立たずにはいられなかった。
そう考えると、いつもは甘いはずのチョコバーが、ブラックコーヒーのように苦く感じた。脳も活性化しそうにない。きっと疲れているのだろう。
「すまなかったな……俺のせいで……」
「気にしないでください。戦術プログラムに従っていれば、こうなるのは当たり前です」
意外にも、そう言ってくれたのはアレイナだった。きっと間近で彼の指揮を見ていたからであろう。第三者から見れば、ジェイナスとて並々ならぬ軍人であることは確信できる。そう見抜けない者は、軍事アカデミーからやり直すべきだ。
ただ、今回は状況が悪かっただけなのだろう。
「ヴェイガン残党の隠し球、もうないといいがな……」
「それよりも、軍上層部は、どこからともなく出現した、ガンダムタイプの機体のほうが気になっているようです」
「そりゃそうさ。ゲイジングシステムにも反応しない、未知の技術のてんこ盛り機体なんだぜ? それも遺失技術の類でもなさそうだし。新たなEXA‐DBを発見したのと同じか、それ以上のビックニュースになるはずだわな」
軍備拡張を推し進めている連邦軍にとっては、宝物と言っても過言ではないだろう。それだけ、今の連邦軍は〝何か〟に怯えている。太陽系に残っていると言われるシドの存在にか、EXA‐DBのデータに残されていたナノマシンの津波を引き起こす〝髭の白い悪魔〟にか、遺失技術を発掘した勢力の台頭か、それとも別の―――。
遺失技術の驚異に関しては、納得できる節もある。ラ・グラミス攻防戦時、乱入してきたヴェイガンギア・シドはEXA‐DBのデータを取り込み進化を続けていたという。進化を放置していれば、無限エネルギーの生成や、あのサイズでのワープアウト、空間エネルギーを質量エネルギーに変換など、MSの領域を超えた存在になり得たらしい。つまるところ、ヴェイガンギアのような兵器が生み出されて、再びシドと融合してしまえば、人類の滅亡すらも有り得る状況に陥りかねないのだ。
どちらにせよ、陰謀やA級機密とは無縁の一軍人、ストラー・ジェイナスには知ることもできないことだ。
「マッドーナ工房も〝だんまり〟だとさ」
「外宇宙勢力によって造られたとか?」
「おお、アレイナもけっこうなロマンを持っているようだな。まぁ宇宙人が造ったと言われても、仕方がない品物だっての」
今の人類には必要以上の力を秘めているようにしか、ジェイナスには思えなかった。ただ今は、セツナとあのガンダムが、新たなる争いの火種にならないことを祈るばかりだ。
「……アリサの気持ち、分かったわ。あんなに悲しいことがたくさんあるのが戦場だなんて、気づかなかった」
セツナはうつむきながら、そっと呟いた。アカデミーではセーラー服であったためか、軍服には少し違和感がある。合うサイズが無かったため、袖は余っており、スカートも背丈に比べれば長めだ。
「もう終わったんだよ、戦いは……。安心していい」
アリサは天井を見上げて、隣にいるセツナに語りかけた。長袖の軍服が嫌らしく、袖を折り曲げている。スカートも動きやすいように、ミニスカートのようになっていた。セツナとは対照的な出で立ちだ。
そっとアリサはセツナに手を添えた。ぬくもりを感じたセツナの表情には安堵が浮かび、微笑みが溢れる。色々なことがあった。だけどこうして、生き残っているのは、とても幸せなことなのだ。
「アリサ……私は……」
「いいんだよ。生き残れたんだから……」
寄り添い、傷を慰めあう。温かな鼓動が二人を包み込―――まなかった。
「おぉぉおおおお、この豚骨ラーメン、ものすごく美味しいよぅ!」
テーブルを挟んで向こう側にいるフジノが、麺をすすり、スープを飲み干していた。
「マジだ、合成モノとは思えねぇ! うめぇ、うますぎるぅうう!」
テーブルを挟んで向こう側にいるセルビットが、にしんそばを荒ぶりながら食らっていた。
「相変わらず、この人たちは呑気ね」
「なんで、セルビットさんまでいるのかなぁ……?」
セツナは頭を抱えて呆れかえる。アリサは何故か、プリマドンナ内にいるセルビットを見て―――やはり、呆れかえった。
ここはプリマドンナの食堂。二百人いる乗組員の胃袋を日夜満たし続けている。コックが優秀なのか、古今東西あらゆる料理が揃っており、飽きることはなさそうだ。にしんそばなどという、古代から存在する超マイナー・ジャパニーズ料理があるのもそのせいだ。
ちなみにジャパニーズという名前の由来には諸説あり、東南アジアを放浪していた伝説の料理人の名前だとか、サムライ・ブシドーの極意だとか、ニンジャ・スレイヤーの一派だとか、アジアに存在した国の名称だとか、いろいろある。元々、ヴェイガンによって伝えられた食べ物の一つなので諸説あるのは仕方がない。もしかすれば、ヴェイガンとジャパニーズには、深い関わりがあるのかもしれない。
「この人……意味もなく訓練用アデルに乗っていたせいで、ついてきちゃったわけで」
「お、俺だって戦おうとしただけさ!」
セルビットはにしんそばをテーブルに置き、テーブルから身を乗り出して必死に自弁する。しかし、セツナの表情から軽蔑が消え去ることはなかった。
「その結果がこれですか……」
今から一時間ほど前、アリサとセツナの戦いは終わった。機密漏洩やその他諸々の処理が終わるまでは、艦内にいてくれとのことだ。特にセツナのメディカルチェックが何度も行われたらしく、今も彼女の顔には疲労の色が浮かんでいる。それもそうだ。どこの所属かも分からないガンダムに乗って帰ってきたのだから、マーズレイのような未知の病原体や有毒粒子を運んでくるかもしれない。
今のところ異常は見当たらないが。三ヶ月前に受けた身体検査と何ら変わらない結果であったようだ。やはり問題は、セツナよりも、あのガンダムタイプにあるらしい。
「男はいつだってカッコつけたいものさ! 女の子を守るために、な!」
熱血系主人公のような素振りで、セルビットは熱弁するが、周りの反応は痛々しいものばかりであった。
「ああ、いつものセルビットだわ」
「……馬鹿」
「セルビット先輩、無理はよくないよー、ってフジノはフジノは忠告してみたり!」
『ミトメタクナイ! ミトメタクナーイ!』
ハロたんがその深紅のボディーをセルビットの顔面にぶつけて、彼の暴走を止めた。セルビットは床にずっこけた体を起こして、
「とにもかくにも、すごいじゃないか、アリサもセツナも……ガンダムに乗っているんだぜ? かたや、ラ・グラミス攻防戦において、地球の危機を救った英雄の機体AGEシリーズ! かたや、プリマドンナの前に颯爽と現れた謎のガンダム! まるでヒーローだよ!」
「そんなんじゃ、ないよ……戦場っていうのは」
「え!?」
アカデミーでパイロットを目指していた時は、アリサもセルビットと同じ認識であった。最新鋭機を操って、味方を救って、撃墜王になって、そんなヒーロー的な活躍に憧れを抱いていた。だが、殺し合いの戦場に、ヒーローなど存在しないのだ。皆が罪を背負い、そうして生きているのが軍人なのだと。
「ガンダムに乗ったからといって、みんなを救えるわけじゃない。死んだ人もたくさんいる。ヒーローなんかじゃない」
「そうだな。戦争はヒーローごっこじゃない、ってのは百も承知だ。だけど、俺たち連邦にとっては、紛れもないヒーローだ。そうやって割り切らなきゃ、戦争は……」
「もうやめてください」
「セツナ……」
セルビットはアリサの能力のことは知らない。人殺しができない理由も何もかも。無知は罪だ。しかし、知らないことは仕方がない。だからこそ、セツナは拳を止めた。
「アリサは人殺しをしたくて、やっているんじゃない」
「ごめん……俺、何も知らないんだな」
どんよりとした空気に嫌気が射したのか、フジノは前に駆け出して、
「もーもーッ! 今は明るい話題をしようよーッ!」
「それもそうだね」
「そうだよ!」
これからのことに不安はあった。
アリサの場合、手元にあるAGEデバイスをどうするか、という問題がある。軍部にこのまま渡してもいいが、そうとなると再びアリサはごく普通の〝トルディア軍事アカデミー総合技術学科二年生〟に戻ってしまう。もちろん、これ以上戦いたいとは思わない。だが、せっかくコックピット恐怖症を克服したのだ。ガンダムAGEを乗る事がアスノ家の宿命なら、それでもいいと思えてきたのも事実。だからこそ、今のアリサは少しだけ戸惑っている。
ガンダムAGE‐Vを駆って、各地の紛争を平和的に解決できないだろうか。それが子供ゆえの甘い考えだとしても、試してみる価値はあるかもしれない。そう思うことが、今のアリサにはできた。
「私、MSパイロット科に戻るかもしれない」
「ええ!? アリサ、本気なの?」
「うん、フジノ。私、ガンダムに乗っていて分かった気がするんだ。あんな戦場でも、人の魂を浄化できるかもしれないって。グルードに乗っていたあの子だって、救えた。だから、もう一回、自分なりのやり方をしてみようと思っているんだ。もちろん、連邦軍のパイロットになるかはわからないけれど……」
「そっか……強いんだね、アリサは」
そんなアリサの決意を聞いて、セツナは黙り込む。セツナ自身、今後のことなど何も考えていないのだ。このままアナザークアンタを軍に引き渡して、自分は再び父の研究材料に戻る―――とはいかないだろう。誰かがセツナに託してくれたものなら、託された理由があるはずだ。それを知りたい、という感情がセツナにはあった。
だが、先の戦闘でアナザークアンタの桁違いの性能を見た軍上層部は、黙ってはいないだろう。装甲を一枚一枚剥がし、研究し、軍備拡張の足がかりにする気だ。平和を願って託された機体が、新たなる戦乱を巻き起こすかもしれない。
悲しいことだが、誰かがセツナに託したから、彼女のものになる、という理屈は大人の世界では通用しないのだ。
「セツナ……どうしたの?」
アリサの顔が覗いてきた。自分が思いつめていることに気づかれたのか。
「あ、うんん……メディカルチェック疲れただけよ」
「そっか。注射とか痛かったもんね!」
「…………この歳で言うことなの?」
「……苦手なものは苦手! あの細い針が、自分の肉を引き裂きながら、血管にまで貫通し―――おお、怖い怖い」
「ふっ……アリサらしいわ」