機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その6

 ここはどこか。

 

 

 蒼い流星がセツナに見せた幻影か、それとも―――。

 

 

 父の声がした。

 母の声はしなかった。

 

 

 十年前、セツナの乗っていたシャトルは何者かに撃墜されて、その残骸が月面に墜落した。生存者はセツナ一名、しかも彼女は記憶を失っている。両親のデータも太陽系連邦の役所にはなく、セツナ自身も自分が〝セツナ〟であることしか覚えておらず、結局孤児院に入れられることとなった。

「遠い記憶……暖かい父親の感覚」

 

 

 自分を養子として迎え入れてくれたのは、テムラ・ヒジリナガという科学者であった。彼はXラウンダーの研究者で有名であったが、セツナといる時は純粋な父親でいてくれた。が、

『…………クソ。この十年間の研究は何だったというのだ……これじゃあ、X領域の解明が一向に進まないではないか……ッ!』

 

 

 AG198年、人体調整規制法が太陽系連邦政府によって施行され、Xラウンダーの実験に使っている装置の殆どが違法化されてしまったのだ。脳に多大な影響を与える危険性があり、兵器転用が容易であったためか。各地の紛争が落ち着いてきて、軍事Xラウンダーの必要性が下がったのも原因の一つであろう。

『私の研究を……学会の馬鹿どもは、X領域の研究は脳波の共振現象でしかないとほざいているのに! もっと可能性があるものなのだ。それなのに、あいつらは……』

 

 

 テーブルの上のティーカップが壁に打ち付けられる。百年以上前の有名画家の作品が、破られる。アンティーク時計が倒れ、その上にタンスが倒れていた。【特殊Xラウンダーの脳波メカニズムについて】とある書類が、撒き散らされる。

 これほど荒ぶった父親の姿を、セツナは見たことがなかった。

 時は過ぎる。廃人と化した父は、前々から気になっていたセツナの特殊な脳の動きに注目し、それを研究するようになった。全盛期と比べて支援者は少ないものの、セツナの能力に着眼した同じ研究者たちが、まるでハイエナのように集まってきた。

 

 

 セツナの視界は一気に冷たくなっていったのも、その頃からだ。

「……悲しい人」

 

 

 そう現在のセツナは呟いた。

 砂場で遊ぶ子供たち。三人の少女は砂の山をただひたすらに創っていた。セツナは一人、その少女たちを見つめている。三人称から見る、私。どこか不自然だ、とセツナは感じた。

『―――ちゃーん、ご飯ができたから帰りましょうねー』

 

 

 蝋人形の少女は、母親の温かな手に握られて、どこかへ去っていってしまった。名前は聞こえなかった。多分、覚えていないのだろう。

『――――っ! 習い事の時間よ』

 

 

 蝋人形の少女は、母親の偉大な背中のあとを追って、どこかへ去っていった。名前は聞こえなかった。多分、覚えたくなかったのだろう。

 独り、残された黒髪の少女。褐色の肌は、コロニー暮らしにしては珍しいが、それ以外にこれといって特徴はない。ごく普通の少女……でありたかった。

『セツナさん、研究所へ行きましょう』

 

 

 誰かも分からない白衣の研究者の男の手が、少女の柔肌を握る。そこに温かみも、偉大さも、何もなかった。知識への欲求だけがあった。汚らしい、と今では思えるぐらいだ。

 

 

『脳波パターンはXラウンダーとは全く違います』

『Xラウンダーとの感応現象も確認されていません』

『高度な空間認識能力が、先読み能力の代わりになっている可能性があります』

『これは一種の意思疎通現象でしょう。宙域の人の脳波を無意識に脳が捉え、それにより相手の位置を正確に、そして並外れた反応速度で対応する。意思疎通現象という点においては、三十五年前、ラ・グラミス攻防戦においてAGE‐FXの引き起こした現象に酷似しております。しかしまぁ、彼女のは〝一方的〟ですがね』

『太陽系全域に発信された思念が、彼女の脳に何らかの作用を引き起こしたとか』

『しかし、彼女の年齢からしてそれはありえない』

『この能力が遺伝するというのならば、考えられないことでもない』

『一時的に思考が加速しているということは』

『彼女の能力は、Xラウンダーを超えている。応用すれば、相手の意思を完全に読み取ることができるじゃあないか! すごいぞ、セツナ!』

 

 

 皆、自分を愛してくれた。少女としての自分ではなく、娘としての自分ではなく、MSパイロットとしての自分ではなく、実験台としての自分を。

 結局、セツナと同じ目線にいる人間など、彼女の周囲には存在しなかった。父すらも、知識欲に飲み込まれて、自分の娘であるという認識を、どこかへ投げ捨てていたのだ。

「そうだ、私は誰も……誰もが機械のような人間だと思っていた……。父も、研究者も、皆、生きてる心臓提供者だった」

 

 

 だがしかし、父親の期待に応えようとするのは〝娘の性(さが)〟か。考えることを諦め、ひたすら期待に応えられるように努力をした。

 MS操縦以外の知識も身につけた。過去の戦術データも一通り覚えた。自分のMSの整備も、いちおう一人でこなせるようになった。

 天才だと、父は自分のことを褒める。

「……私は……天才じゃないのに」

 

 

 本当の天才は、彼女の知っている中で、一人しかいない。

 人の感情を受け入れて、人を救う。

 自分と同じ目線に立ってくれて、抱きしめて、笑って、驚かせて、ふざけ合って、騒いで、呆れさせて、呆れられて、愛してくれる。

 アリサ・アスノという少女だった。

 

 

 それは憧れ。

 

 

 ジュニアハイスクールの少女たちが、雑誌のモデルに憧れるのと同じような―――いや、かなり違う、感情。

 ずっと一緒にいたいと思える、親友でもあるのだから。

 雑誌のモデルとは違い、触れられるし、大人っぽいとも感じない。

 ヒロインというよりかは、ヒーローのような。

「アリサ……」

 

 

 目の前に現れたアリサの幻影。手を握り、唇を重ねる。深く。

 一緒になりたい。

 同性愛的な感情からではなく、ただそれ以外に〝一緒になる〟方法をセツナは知らなかっただけなのだ。

「気持ち悪いよ」

 

 

 だが、アリサはセツナを冷たく突き放した。

「え……なん、で!?」

「あなたは私じゃない。一緒になれるわけないの」

「私は……アリサのように、人を救える人に! アリサのクローンになることができるなら、そうなりたい! 今いるアリサが、私の理想の自分なの!」

「違う」

 

 

 アリサの幻影は明確な答えを提示しないまま、セツナの前から消えていった。次の瞬間、暗黒の世界が弾けて、目の前に虹色の花畑が広がる。広大すぎるそこに、セツナは立っていた。精神世界だというのに、妙にリアルだ。匂い、質感、空気、全てがセツナの記憶の中にある。

「ここは……」

 

 

 オルガンの音が遠くからした。優しく、万人を優しく包み込むような音色。そこに家はあった。

 後ろからセツナを抱きしめる者がいた。優しく―――というよりかは、弱々しく抱かれている感じがする。だが、セツナは振り向かないし、その者が誰なのか尋ねることもしない。

「あなたは、あなた……」

「私は、私?」

「ええ……そう、よ」

 

 

 声は掠れていた。老婆だということがすぐに分かるほどだ。

「かつて、私にも、そのような人は、いたわ……だけど、届きそうのない場所に、いて……」

「悲しいですね……」

「あの人のやりかたが、私にはできなくて……すれ違うばかりだった。だけどね、思ったの」

 

 

 後ろから回ってくるその手を、セツナは握り返した。

「私なりの、やりかたがある、って。あなたもそう……きっと、見つけられるわ」

 

 

 その言葉をすんなりと受け入れられたのは何故だろうか、正直なところセツナにも分からなかった。だが、一つだけわかったことがある。彼女が感じた〝ぬくもり〟はどこか特別だった、ということだ。

 優しかった頃の父のものでもない、アリサのような親友のものでもない、そのぬくもりは―――。

「ありがとう……お母さん」

 

 

 セツナは花畑の中央にある、虹色の巨人を見つめながら、そっと囁く。蒼い翼のような触手を背中から生やしており、MSとも生物とも思えない独特なフォルムを花畑に座させていた。しかしその頭部は―――双眼、二本角、救世主の顔―――ガンダムであった。

「私、行くね……」

 

 

 またもや視界が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたセツナは、大きく呼吸をした。

 

 

 大丈夫、生きている。そう確信した彼女は瞳を開ける。そこは見知らぬコックピットの中であった。さっきまでいたカラーシュの中ではない。

おそらく夢を見ている間に、何らかの操作が行われて、この機体のコックピットに乗り移ったのだろう。現に、目の前のモニターには、ボロボロになったカラーシュが映っており、コックピットハッチが剥ぎ取られている。

 この世界の、どのMSにも搭載されていない全く新しいコックピット形式だ。シートは連邦のカラーシュよりも座り心地が良く、全方位モニターが搭載されていた。シートの横には緑色のチューブが本体に向けて伸びており、太ももあたりに左右タッチパネル状のサブモニターが、中央にメインコンソールがある。

「……ここは……」

 

 

 少なくとも、現在の連邦軍の規格のコックピットではない。かといって、ヴェイガンの機体のものでもなさそうだ。セツナは戸惑いながらも、虚ろな意識を覚醒させる。

「長い夢を見ていた……」

 

 

 全方位モニターにウィンドウが浮かんでいき、メインコンソールに機体名を記した起動画面が映し出される。

 

 

【GNT-0000-Another】―――アナザークアンタ

 

 

 ガンダム、とは書かれていない。しかしながら、メインコンソールに浮かぶ機体の形状から、その系統であることは間違いなかった。おそらくは何らかの理由で〝ガンダム〟という名前が付けられなかったか、それともこの機体を造った人間が〝ガンダム〟という存在を知らないか。

「私は……私。天才でもない、アリサでもない。私はセツナ・M・ヒジリナガ。私は、私なりのやりかたで人を救う!」

 

 

 エネルギー出力、反応速度、パワーゲイン、その全てが異常なほど高い機体。既存のガンダムAGE‐Vすらも超えるであろうオーバースペックには驚かざるを得ない。

 いったい、誰がこのようなMSを製造したのか。そして、何のためにそれをセツナに託したのか。

 わからない。だが、この託された力を、人を救うために使っても良いとは思えた。それだけ、この機体には純粋な善意が染み込んでいるのだろう。

「あの人たちだって、世界の歪みに巻き込まれただけなのね。だったら、私が……ガンダムがッ! その歪みを断ち斬る!」

 

 

 蒼いMSが驚くべき速度で、混迷する戦場へと向かう。

 圧倒的な力が、武力介入を開始する。

 

 

―――おかえりなさい。

 

 

 そうセツナを乗せた機体は囁いた、気がした。


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