機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
宇宙(そら)でまた、哀しみの光がぶつかり合っている。未だに分かり合えぬ光、一方は地獄の炎のように燃え盛っており、一方は人の温かみを感じさせる救済の光であった。
その地獄の炎と、救済の光の両方を、ゼラ7は感じていた。一方は家族にも等しい存在、一方は自分を憎しみの連鎖から引き抜いてくれた少女。その二人が戦っていることが、哀しかった。
争いは人を醜くする。自分の大好きな家族が、争いによって狂気に飲まれていくのが、これほど哀しいことだとは思わなかったのだ。
かつてもゼラ7は、その狂気に寄り添っていたわけだが。だからこそ、そのような感情を抱いてしまうのだろうか。
「お兄ちゃん……」
コールドスリープによって、すっかり歳の離れてしまった義兄のことを想い、ゼラ7はただひたすらに祈った。そんなことをしても、自分の不完全なXラウンダー能力が、エドガーの凝り固まった精神に干渉するとは思えない。それでもする、ということは、やはり人工的に造られた少女にも、豊かな人間性があるという証拠なのだろう。
人の愚かさは、逆に言えば〝人らしさ〟ということであり、それを捨て去ろうという感情を、心底で抱いている者など、いないだろう。
「温かな心の光……人を救ってくれる」
アリサの駆るガンダムは、両手にビームサーベルを持って、前方に突き出させた。二本のビームサーベルの射出口を添えて、光の刃を発生させる。それは通常の四倍―――いや、それ以上の長さと太さになり、ゼダスに襲い掛かる。光の槍、と表現するのが適格であろう。
「泣いているんだよ、あの子は!」
『ああ、泣いている! 貴様らに捕えられて悔しかろう!』
二本のDODS効果を帯びたビームが互いに加速し合い、威力を大幅に上げる。プラズマショットと同じ原理だ。
「そうじゃないよ、分からず屋!」
光の槍はゼダスの突き出した胸部の一部を溶解させる。わざとコックピットを外したのだ。大威力の武器のほうが、敵機にロックオンさせなくても放てるため、不殺には向いているのだろう。
弄ばれている。
エドガーがそう感じたのは、兵士として当たり前だ。自分一人が殺し合いをしている、という現実を突きつけられるからだ。まるで対峙しているMSのパイロットが聖人のように思えてくる。
「あの子は居場所を求めているだけなの! でも、その居場所が戦場にしかないって、哀しすぎるよ!」
『憎しみは受け継がれるのだ! 血の呪いと表現できるッ!』
戦場に聖人がいるなどというのは、エドガーにとって許しがたいことであった。
「血は呪いなんかじゃない! 憎しみを伝えることが、大人のやっていいこと!?」
『そうやって、俺も憎しみを受け継いできた! 貴様の乗るガンダムとて、親から受け継いだものだろうに! 数多の兵士の返り血を浴びた〝そのシステム〟も、呪いだろうに!』
「AGEシステムは呪いなんかじゃない! それに私が今、このマシーンに乗っているのは、私自身の意思よ!」
元はといえば、AGEシステムとて平和利用されはずの技術であった。DODS効果の理論だって、兵器に利用されるはずのものではなかったはずだ。
「あなたが大人から憎しみを植え付けられたからといって、あなたが他の子供にそれをしていいはずがないッ!」
『綺麗事まみれの子供の言うことか!』
「子供なのは、あなたのほうだ!」
ガンダムの脚部スラスターが発火(イグナイテッド)する。流星のごとき青い光を噴射しながら、真空を爆進する。
「あの子を玩具にして、それを振り回して大人を攻撃した気でいる! 大人に成りきれていないあなたがッ!」
感情的にならないことが大人になる、ということではない。しかしながら一つの感情だけを持ち、凝り固まった考えを持つということは、思春期の少年少女のやることである。その凝り固まった考えをほぐすのが、大人の役目なのだから。
きっと、エドガーの心は三十年前で成長を止めているのだろう。そうしなければ、三十年間、胸の奥に宿る憎しみの炎に、油を注ぎ続けることは不可能なのだから。
『俺は歳を重ねてきた! 世界の醜い部分を、お前よりもよく知っている!』
「だけど、あの子の命を玩具にしている!」
自分の復讐のために人の命を操るということは、理由がなんであろうとも、許されないことだ。そうアリサは父親から教わってきた。
それは九十年前の機体では、到底反応できないほどの速さであった。真空という世界で、アリサの乗るマシーンは加速し続ける。その速さ向こうに何があるのかすら、わからない。
ただ、エドガーの視界に光が広がった瞬間―――
「子供の命は……あなたの玩具(おもちゃ)じゃないッ!」
『なんだとッ!?』
眼前に鋭い双眼が現れたと思うと、次の瞬間には消える。右手が切断されたことを警告するアラートが鳴り響く。
エドガーのコックピットでは捕捉できないほどにまで加速したガンダムは、両手のシグルアンカーでゼダスの全身を切り裂きながら、さらに加速を続ける。その加速に限界点など無いように思えた。
「あなただって、もう一度やりなおせるはず! 憎しみを捨てて、前を見なさい!」
ゼダスの左手が、両足が、背部の両翼が、頭部のブレードアンテナが、切断されていく。
「あなたの大切な人が、関係のない人たちが、あなたに殺された人の家族が、恋人が、泣いている! あなたが見てきた世界の醜い部分は、全部あなたが創ってきたのよ!」
『小娘が……まやかすなァッ!』
純白の四肢がゼダスの装甲を剥ぎ取っていく。残った胸部のビームキャノンから殺意の光が放出さ―――れる寸前で、ガンダムの光波推進スラスターの推力によって威力を増したキックが鋭い胸部に炸裂し、ビームキャノンの砲口が潰れた。
「わからず屋になっちゃいけない! 分かり合える可能性を捨てて、憎しみに囚われたことを認めなさいよ! 過ちを認めて糧にして……そういうことが、大人の特権であり、義務なんじゃないの!」
二筋のビームの刃がゼダスの両肩を切断、スパークが駆け抜けて切断面から黒煙が吹き出す。達磨になったゼダスを、ガンダムはサッカーボールを蹴るかのように、軽々と蹴り飛ばして、背後にあったデブリの鉄の板に叩きつけた。
気づけば、ゼダスに残ったMSとしての機能は背部の光波推進スラスターのみで、殺人の道具は何一つとして稼働していない。そんなゼダスの胴体を踏みつけて、純白の救世主は叫ぶ。
「もう一度、よく考えなさい! あなたの罪と……成すべきことを!」
『…………』
背部にあった増幅装置らしきものも壊した。脳が焼き焦げる前に止められたのは、僥倖と言えるであろう。それほど、エドガーのXラウンダー能力が高かったのか、もしくは……。
「生きなさい……生きて、自分の撒き散らした悪意を、自分で片付けに行きなさい」
ここで彼を捕らえて、軍部に突き出しても良かったが、アリサはそうしなかった。拘置所で十三階段を待つのがオチだろうからだ。もうエドガーからは悪意は感じられなかった。増幅装置によって内面にあった感情の全てを吐き出したのか。
結局、アリサは優しすぎた。
「……行かなきゃ!」
ガンダムは傷ついたゼダスをデブリに置いて、再び宇宙を駆け抜けた。それは天使、あるいは女神に見えたであろう。それほど神々しい存在なのだ。
このマシーンは。