機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その5

 宇宙(そら)でまた、哀しみの光がぶつかり合っている。未だに分かり合えぬ光、一方は地獄の炎のように燃え盛っており、一方は人の温かみを感じさせる救済の光であった。

 

 

 その地獄の炎と、救済の光の両方を、ゼラ7は感じていた。一方は家族にも等しい存在、一方は自分を憎しみの連鎖から引き抜いてくれた少女。その二人が戦っていることが、哀しかった。

 争いは人を醜くする。自分の大好きな家族が、争いによって狂気に飲まれていくのが、これほど哀しいことだとは思わなかったのだ。

 

 

 かつてもゼラ7は、その狂気に寄り添っていたわけだが。だからこそ、そのような感情を抱いてしまうのだろうか。

「お兄ちゃん……」

 

 

 コールドスリープによって、すっかり歳の離れてしまった義兄のことを想い、ゼラ7はただひたすらに祈った。そんなことをしても、自分の不完全なXラウンダー能力が、エドガーの凝り固まった精神に干渉するとは思えない。それでもする、ということは、やはり人工的に造られた少女にも、豊かな人間性があるという証拠なのだろう。

 人の愚かさは、逆に言えば〝人らしさ〟ということであり、それを捨て去ろうという感情を、心底で抱いている者など、いないだろう。

「温かな心の光……人を救ってくれる」

 

 

 

 

 

 

 アリサの駆るガンダムは、両手にビームサーベルを持って、前方に突き出させた。二本のビームサーベルの射出口を添えて、光の刃を発生させる。それは通常の四倍―――いや、それ以上の長さと太さになり、ゼダスに襲い掛かる。光の槍、と表現するのが適格であろう。

「泣いているんだよ、あの子は!」

『ああ、泣いている! 貴様らに捕えられて悔しかろう!』

 

 

 二本のDODS効果を帯びたビームが互いに加速し合い、威力を大幅に上げる。プラズマショットと同じ原理だ。

「そうじゃないよ、分からず屋!」

 

 

 光の槍はゼダスの突き出した胸部の一部を溶解させる。わざとコックピットを外したのだ。大威力の武器のほうが、敵機にロックオンさせなくても放てるため、不殺には向いているのだろう。

 弄ばれている。

 

 

 エドガーがそう感じたのは、兵士として当たり前だ。自分一人が殺し合いをしている、という現実を突きつけられるからだ。まるで対峙しているMSのパイロットが聖人のように思えてくる。

「あの子は居場所を求めているだけなの! でも、その居場所が戦場にしかないって、哀しすぎるよ!」

『憎しみは受け継がれるのだ! 血の呪いと表現できるッ!』

 

 

 戦場に聖人がいるなどというのは、エドガーにとって許しがたいことであった。

「血は呪いなんかじゃない! 憎しみを伝えることが、大人のやっていいこと!?」

『そうやって、俺も憎しみを受け継いできた! 貴様の乗るガンダムとて、親から受け継いだものだろうに! 数多の兵士の返り血を浴びた〝そのシステム〟も、呪いだろうに!』

「AGEシステムは呪いなんかじゃない! それに私が今、このマシーンに乗っているのは、私自身の意思よ!」

 

 

 元はといえば、AGEシステムとて平和利用されはずの技術であった。DODS効果の理論だって、兵器に利用されるはずのものではなかったはずだ。

「あなたが大人から憎しみを植え付けられたからといって、あなたが他の子供にそれをしていいはずがないッ!」

『綺麗事まみれの子供の言うことか!』

「子供なのは、あなたのほうだ!」

 

 

 ガンダムの脚部スラスターが発火(イグナイテッド)する。流星のごとき青い光を噴射しながら、真空を爆進する。

「あの子を玩具にして、それを振り回して大人を攻撃した気でいる! 大人に成りきれていないあなたがッ!」

 

 

 感情的にならないことが大人になる、ということではない。しかしながら一つの感情だけを持ち、凝り固まった考えを持つということは、思春期の少年少女のやることである。その凝り固まった考えをほぐすのが、大人の役目なのだから。

 きっと、エドガーの心は三十年前で成長を止めているのだろう。そうしなければ、三十年間、胸の奥に宿る憎しみの炎に、油を注ぎ続けることは不可能なのだから。

『俺は歳を重ねてきた! 世界の醜い部分を、お前よりもよく知っている!』

「だけど、あの子の命を玩具にしている!」

 

 

 自分の復讐のために人の命を操るということは、理由がなんであろうとも、許されないことだ。そうアリサは父親から教わってきた。

 それは九十年前の機体では、到底反応できないほどの速さであった。真空という世界で、アリサの乗るマシーンは加速し続ける。その速さ向こうに何があるのかすら、わからない。

 ただ、エドガーの視界に光が広がった瞬間―――

「子供の命は……あなたの玩具(おもちゃ)じゃないッ!」

『なんだとッ!?』

 

 

 眼前に鋭い双眼が現れたと思うと、次の瞬間には消える。右手が切断されたことを警告するアラートが鳴り響く。

 エドガーのコックピットでは捕捉できないほどにまで加速したガンダムは、両手のシグルアンカーでゼダスの全身を切り裂きながら、さらに加速を続ける。その加速に限界点など無いように思えた。

「あなただって、もう一度やりなおせるはず! 憎しみを捨てて、前を見なさい!」

 

 

 ゼダスの左手が、両足が、背部の両翼が、頭部のブレードアンテナが、切断されていく。

「あなたの大切な人が、関係のない人たちが、あなたに殺された人の家族が、恋人が、泣いている! あなたが見てきた世界の醜い部分は、全部あなたが創ってきたのよ!」

『小娘が……まやかすなァッ!』

 

 

 純白の四肢がゼダスの装甲を剥ぎ取っていく。残った胸部のビームキャノンから殺意の光が放出さ―――れる寸前で、ガンダムの光波推進スラスターの推力によって威力を増したキックが鋭い胸部に炸裂し、ビームキャノンの砲口が潰れた。

「わからず屋になっちゃいけない! 分かり合える可能性を捨てて、憎しみに囚われたことを認めなさいよ! 過ちを認めて糧にして……そういうことが、大人の特権であり、義務なんじゃないの!」

 

 

 二筋のビームの刃がゼダスの両肩を切断、スパークが駆け抜けて切断面から黒煙が吹き出す。達磨になったゼダスを、ガンダムはサッカーボールを蹴るかのように、軽々と蹴り飛ばして、背後にあったデブリの鉄の板に叩きつけた。

 気づけば、ゼダスに残ったMSとしての機能は背部の光波推進スラスターのみで、殺人の道具は何一つとして稼働していない。そんなゼダスの胴体を踏みつけて、純白の救世主は叫ぶ。

「もう一度、よく考えなさい! あなたの罪と……成すべきことを!」

『…………』

 

 背部にあった増幅装置らしきものも壊した。脳が焼き焦げる前に止められたのは、僥倖と言えるであろう。それほど、エドガーのXラウンダー能力が高かったのか、もしくは……。

「生きなさい……生きて、自分の撒き散らした悪意を、自分で片付けに行きなさい」

 

 

 ここで彼を捕らえて、軍部に突き出しても良かったが、アリサはそうしなかった。拘置所で十三階段を待つのがオチだろうからだ。もうエドガーからは悪意は感じられなかった。増幅装置によって内面にあった感情の全てを吐き出したのか。

 結局、アリサは優しすぎた。

「……行かなきゃ!」

 

 

 ガンダムは傷ついたゼダスをデブリに置いて、再び宇宙を駆け抜けた。それは天使、あるいは女神に見えたであろう。それほど神々しい存在なのだ。

 このマシーンは。


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