機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その4

 大人から子供へと受け継がれるのは、善きものばかりではない。

 

 

 一つの悲劇によって生まれた憎悪という名の〝呪縛〟は、大人から子供へと引き継がれていく。いわば血の定めなのである。

 憎しみを捨てきれない大人たちは、何でも素直に受け入れるほど純粋な子供に、それを植え付けることによって、自分の感情を他者と共有しようとするのだ。

 

 

 身勝手な行為だと、第三者は言うだろう。しかしながら大人とて、完璧な人間ではない。完璧な大人になりきれないから、人は宇宙に足を踏み入れても戦争を止められないでいるのだ。やはり戦争によって生み出された憎悪は、どちらかが滅びるまで受け継がれていってしまうものなのだろうか。

 

 

 そうならば、これ以上悲しいことはないだろう。

「あなたの行為が! どれだけの人を巻き込んでいるのか、わからないのですか!?」

『数多の〝そのような行為〟によって世界は成り立っている!』

「それは開き直りです!」

 

 

 ぶつかり合う純白と漆黒の光。常人の反応速度では、位置情報すらも分からないであろう高速戦闘、ついていけるのは二人のXラウンダーのみ。

『火星移民者の苦しみもわからないで、小娘が叫ぶな!』

 

 

 刹那、アリサの脳内にスパークが駆け抜けた。遠い日の記憶、底知れぬ憎悪、暴力、差別、死別、醜い人々。全てを感じ取ってしまった、アリサは黙り込まざるを得なかった。

 同じ人なのに、殴られ蹴られ、罵声を浴びせられた。地球が楽園(エデン)でなかったという現実を突きつけられ、絶望する。再び燃え上がる地球種への復讐心。

(そうだ、私は何も知らないじゃないか……この人たちの苦しみを。私だって、あんなことになってしまえば……)

 

 

 何も知らずに綺麗事ばかりを吐くのは、偽善者のやることだ。偽善的な言葉で説得できるほど、彼らの根底にある辛い思いは払拭されない。

『地球を浄化するには差別主義者どもの粛清が必要不可欠! それをしない連邦政府など、腐りきった貴族どもの巣窟である!』

 

 

 ゼダスのプレッシャーがガンダムを圧倒する。

 一つの過ちによって発生した人々の憎しみの連鎖は、どちらかの滅亡なくして、断ち切ることなどできないのか。悲しすぎる現実を受け入れ、彼を討つしかないのか。

 アリサは真っ暗な牢獄と化したコックピットで、息を荒げる。MSの操作すらままならず、オートバランサー機能で辛うじて体勢を保っていられる状況だ。

 みんなを守るためには、殺すしかない……また。

 脳裏に浮かぶのは、ダナジンのコックピットが潰れて、はみ出したパイロットの肉塊。吐瀉物、めまい、涙。

 

 

―――全てを受け入れ、善き方向へ導け。

 

 

 その言葉が重圧のように感じられた。結局、自分には救世主の資質などなかったのだろうか。父のように、皆の気持ちを受け入れられる、純粋な人間ではなかったのか。

 しかし次の瞬間、アリサはグルードに乗っていた少女のことを思い出した。彼女は何も憎しみを抱いて、ゼダスのパイロットについていったわけではないのだ。ただ、与えられた憎しみを胸に押し込んで、居場所を見つけるために戦ってきた。

 居場所なのだ、彼女にとって、戦場は。

 

 

 それを与えたのは、ゼダスのパイロット―――エドガーだ。

 

 

 エドガーは確かに妹、ゼラ7を愛しているのだろう。死が蔓延する過酷な火星圏での生活の中で、〝生〟の象徴である子供を愛しいと思うのは当たり前。居場所を失った子供に、大人ができることなど一つだけだ。

 

 

 居場所を作ること。

 

 

 決して彼はペドフェリア的な嗜好を持って、彼女を愛しているのではないのだ。それは、まさに〝家族〟と言ってもいいだろう。

だからこそ、同じ立場の人間が差別され、暴力を受けるのが堪らなく嫌であっただろう。ゼラ7自身、自分と同じような憎しみを抱いていると錯覚してしまって、ゆえに盲目になっている。

 憎しみの根源がなんであろうと、アリサは一つだけ確信を抱くことができた。

「間違ってるよ……」

 

 

 うつむいた顔を上げて、アリサは語りかける。

 同時に。メインモニターに〝A〟の字が映り、そこから無数のアイコンが展開されていく。ガンダムの進化の瞬間である。

 

 

 アリサの声がガンダムに届いた。

 

 

 ガンダムというマシーンが人の心を受け入れるとはいえ、このようなオカルト的な現象は起こらないはずだ。しかしながら、アリサの決意に、ガンダムが呼応したように思わざるをえない光景でもあった。

『……なに?』

「間違ってるよ」

 

 

 地球圏での差別問題、マーズレイの恐怖。アリサは実感したことなどないし、そんなこと考えたところで、エドガーの叫びを止められやしない。そのような憎しみを理解しなければならないのだ。

 理解した上で、間違っていると断言できることがあった。

「あの子を……巻き込むな」

『今さら何を言っている!』

「巻き込むなァッ!」

 

 

 メインモニターに映った〝A〟の字が輝いた。先程までのゼダスの高速移動のデータを本体のみで解析し、最適なスラスター噴射リズムを算出。敵を倒すための最適なステータスに機体を調整する。それがガンダムの進化だ。

 進化といっても、ウェア換装のように形状の変化するものばかりではなく、ハードウェア面で最適な調整、さらにはアップデートを戦闘中に自動で行うことも含まれる。そう、AGEシステムは刻一刻、ガンダムという無尽蔵の可能性を、引き出し続けているのだ。

 

 

 ガンダムの動きが俊敏になり、ゼダスとぶつかる前に、急速旋回を行う。前足を出して、光波推進スラスターの光を収束させたキックを、ゼダスの横っ腹に炸裂させた。

「大人が子供に憎悪を植え付けること……それは、大人がしちゃいけないことなのよ! どうして、そんなことが平然とできるの!?」

『知ったような口を聞くなぁああぁあッ!』

「たしかに、あなたのことは何も知らない! だけど!」

 

 

 胸の中が熱くなる。冷まそうとはしなかった。ただ、熱くなる想いを心臓の奥底から吐き出すのみ。

「どれほど苦しいことがあっても、憎むべきことがあっても、社会に苛立ちを感じても、絶対にやってはいけないことがあるッ! あなたは、それをしてしまったんだ! もうこれ以上、あの子に人を殺させるな!」

『もう後戻りはできないのだ! 私も! ゼラ7も!』

「違う! 子供だって自分の過ちぐらい認められる! あなたのような人も、考え方さえ変えたら、世界を善くできるっていうのに!」

『今も私は世界を善くしている!』

「地球の人たちを殺そうとした人の言うことですか!」

『善くするには、人を殺すための武器が必要なのだ!』

 

 

 ゼダスは体勢を立て直して、再びガンダムに向かって猛進する。

「荒んだ心に、武器は危険なんです!」

『荒ませたのは、貴様ら地球種だろうに!』

「あなたの思想は歪んでいる……断ち切らなきゃいけない。やれるよね、ガンダム。あの人の憎しみで歪んだ心を何とかしなきゃ……また悲しみの連鎖が生まれてしまう!」


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