機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

20 / 27
その3

 黒一色の宇宙で、朱色の妖精が舞っているのは、異様な光景だろう。

 生物的なフォルムの機体は、連邦軍の量産型MSカラーシュを追撃する。周囲を舞う花びら―――ファルシアビットが鋭い挙動で一斉に放たれた。

「こいつ……オールレンジで!」

 

 

 たしかにカラーシュは訓練用アデルよりも遥かに性能が高く、セツナの天才的な操縦センスにも、ある程度までついてこられる。しかし決定的な〝何か〟が足りない。自分自身の中にある能力の〝可能性(ポテンシャル)〟を引き出せないマシーンにしか思えなかった。

 

 

 セツナのトリガーを握る手に力が込められる。もし自分にガンダムが操縦できたら、不殺を強いられることもないし、アリサに怖い思いをさせないで済む。そう考えれば考えるほど、悔しさがセツナの胸を突き刺す。

『さっきの三匹よりかは戦えるようだねぇ!』

 

 

 ザムド・ファルシアのパイロット―――レイシャは叫んだ。久々の戦闘だったが、訓練は欠かしたことがない。だからこそ、シュミュレーションの機体にはない動きをしてくれるセツナは、厄介であるとともに、面白い存在でもあった。

「本体か!」

 

 

 ビットから放たれる無数の光の筋を、軽やかな挙動で回避し続けていたカラーシュの眼前に、朱色の妖精が凶器と化した両手を振り上げて現れた。ビットで撹乱させて、本体の爪で相手を焼き切っていたのか。オールレンジ攻撃に慣れていない一般兵を狩るには、ちょうどいい。

「こいつ、戦いをわかっている!」

『そう言うあなたは、本質を理解していないようだね!』

 

 

 カラーシュはビームサーベル二本をポケットから射出して両手で受け止めると、そのまま刃を発生させてファルシアの両手の爪を受け止めた。リーチは短いが、そのぶん隙が少なく、本体から供給されるエネルギーによって高速振動を行っているため、切れ味も申し分ない。

『小娘の感覚だ! 戦い方を分かっていないお嬢さんは、戦場に出たら死ぬよ!』

 

 

 ファルシアの両手に備え付けられた爪が、次々とカラーシュに襲いかかってくる。量産型の脆弱な装甲は徐々に削ぎ落とされ、機体の各部からスパークが飛び散った。

 

 

 白兵戦が得意なセツナだからこそ分かる。本来カラーシュは中距離戦闘を主眼に置いて造られた、いわば集団戦闘特化型機体なのだ。近距離戦闘で無理な動きを続けていれば、関節の稼働率が低下し、動きが鈍くなる。つまりは、セツナの操縦についていけないのだ。

『得手は二刀流か! 白兵戦はお得意のようだねぇ! 巧い!』

「関節稼働率低下……これ以上は!」

 

 

 機体が自分についていけない、というのは言い訳にしか過ぎない。真のエースパイロットというものは機体の特性を理解した上で、戦い方を考える。白兵戦一辺倒のセツナは、天才であっても、そのような部分でエースパイロットという存在に劣っているのだ。

 しかも相手は先読み能力を持っており、純粋な白兵戦でも徐々に押されている。このままだと押し負けてしまうのは必至だ。

『だが、その〝巧さ〟があんたの命取りだよ!』

 

 

 レイシャは分かっていたのだろう。カラーシュの関節稼働率が低下し、動きが鈍くなっていることを。

「こ、これじゃあ!!」

 

 

 セツナはカラーシュの残った力を振り絞って、ビームサーベルでファルシアを吹き飛ばすと、整備システムを開いて、関節がやられた左腕をパージした。即座に戦闘モードに切り替えるが、この前みたいに相手は待ってくれなかった。既にビットからビームが放たれて、パージされた左腕を焼いた。次の瞬間爆発し、近くにいたカラーシュの体勢は崩される。

「これで動きやすくなッ……」

 

 

 その判断自体が間違いだったと気づいた時には、もう遅かった。カラーシュの四肢をビームが焼き、戦闘モードに完全移行した時には既に、カラーシュのスラスターの全てが黒煙を噴出させていた。

「……アリサは……やらせな、いッ!」

 

 

 残ったのは胴部バルカンと、右手のビームサーベルのみ。回避する手段を失ったMSの前に、朱色の妖精が飛翔する。

『私たちを侮った、連邦軍を恨むことねぇ!』

「死んで……」

 

 

 セツナは一瞬、死を覚悟した。だが諦めようとはしなかった。自爆スイッチには触れることなく、セツナは両脚でステップを踏みつける。

「たまるかぁああぁぁあぁぁッ!」

 

 

 死んでしまえば、アリサには二度と会えなくなってしまう。

父親の期待にも背いてしまう。

フジノとも仲直りできなくなってしまう。

 いつもなら冷めているはずの戦闘時の思考が、一気に燃え上がった。脳が溶けるぐらいに熱くなった思考を止めようとはしない。ボロボロのスラスターを吹かしてビットの攻撃を回避し、ファルシアの懐まで潜り込む。

『悪いけど、憎しみに駆られた大人を怒らせないほうがいい!』

 

 

 アリサと約束したのだ。

 

 

 一緒に生きて帰る、と。

「私は生きる……生きて、アリサと!」

『戦場に友情を持ち込むのは、ナンセンスなんだよ!』

 

 

 ビームサーベルがファルシアの胸部に到達する前に、ビットがカラーシュの手首を狙撃。目の前で爆散し、カラーシュの胴体は完全に停止してしまう。スラスターを失ったMSはもはや残骸でしかない。パイロットの生死は関係なく、戦闘単位からは外れる。

「はぁッ……はぁッ! 殺され……」

 

 

 しかし相手はヴェイガン残党。憎悪を抱いている相手が目の前にいれば、理屈抜きで殺しにかかってくるだろう。生きていても死んでいても、どっちでもいいのなら、殺したほうがいい人間のはずだ。。

 案の定、ファルシアは鋭い爪をコックピットに突き立ててきた。

『あんた軍人じゃあないだろう?』

 

 

 死を覚悟したセツナだったが、突如相手から回線が開いてきて戸惑う。指の間から有線の通信機が射出されたのだ。

「はい……」

『そうだと思ったよ。頭の中に入ってくる感覚が幼すぎる』

「殺さないの、ですか?」

『あたしは他の奴らとは違って、できる限り非戦闘員は殺さないことにしているんだよ』

「な……ッ!?」

 

 

 意外だった。あれほど無差別に人を殺してきた組織の中にも、このような人間がいただなんて。

『このまま宇宙を漂っていたら、いつかは見つけてもらえるだろうよ。それまでは大人しくしていな』

「プリマドンナの人たちを、殺しに行くのですか?」

『当たり前だよ。それが戦争なんだよ』

 

 

 そう言い残すと、ファルシアは行動不能になったカラーシュを置いて立ち去った。

 狭いコックピットに閉じ込められたセツナは、呆然と真空を眺める。激しい戦闘でコックピットハッチも開かなくなっているし、システムの殆どはダウンしていた。酸素もあと三十分もつかどうかわからない状況だ。それもこれも、自分が機体に負荷をかけすぎたのが原因。生きて帰ると言っておきながら、最後に死の原因を自分自身が作ってしまうとは。

「……アリサ……」

 

 

 このまま自分は助けを待つだけの存在になってしまう。

 助けなど来るのだろうか。プリマドンナが落とされてしまえば救援がこちらにすぐに向かってくる、ということは考えられない。

「アリサの守ろうとしたものを……みんなを守らなきゃ……」

 

 

 プリマドンナが落とされてしまえば、アリサはどうなるのだろうか。守ろうとしたものを、失ってしまう。また戦えなくなってしまうかもしれない。

 セツナはコックピットシートにうずくまって、嗚咽を漏らす。瞳が乾くまで泣いた。

「誰も守れなくて、なにが天才よ……」

 

 

 今まで受けてきた英才教育はなんだったのか。こんなにも無惨に撃墜されることだったのか。

「私は……天才なんかじゃない! 誰も助けられない……」

 

 

 それならば、天才なんていうのは大嘘になってしまう。

「守るって言っておきながら、私は……私はッ!」

 

 

 悔しかった。今までは、命令されてきたことも、自分が自ら進んで引き受けたことも、見事に成功を収めてきた。凡人ならできないことも、軽々とやってのけたのだ。天才と周りから言われ、自分も天才であることを自覚していたはず。

 自分ならなんでもできると思い上がっていた。親友を守ることも、旧式MS相手なら大丈夫だ、と油断していたのかもしれない。

「動いて……動いてよッ!」

 

 

 トリガーを何度も引くが、当然ながらカラーシュは反応しない。それでもステップを踏み、メインコンピューターを殴りつける。非合理的で、無駄すぎる動作なのに、だ。

「動かなきゃ……アリサのように、みんなを守れない!」

 

 

 それは憧れだったのかもしれない。少し弱気で優しすぎて世話焼きなアリサに、セツナは憧れていたのだ。人との接し方があまりわからない自分とは対照的に、アリサは友達も多くて、全てを包み込むような暖かさで満ち溢れている人であった。

 自分には無い何かがある気がした。だからこそ、一緒にいることで自分の足りない何かを補完してくれる―――つまり落ち着けたのだ。

敵MSのパイロットの絶望を受け止めて魂を浄化し、その命まで救うアリサは、まるでヒーローのようにセツナには見えた。

 

 

 要するに、セツナはアリサのようになりたかったのだ。

 

 

 全てを救える救世主(ヒーロー)に。

 

 

「あ、ああ…………」

 

 

 真空に向かって手を伸ばす。メインモニターには外の景色が映っている。それだけだ。メインカメラが正常に作動していたとして、何ができるということでもない。

 

 

 天才でなくてもいい。

 ただ、アリサのように人を救うことのできる存在になりたい。

 敵機を多く撃墜できるパイロットでなくてもいい。

 ただ、魂を救う人になりたい。

 

 

―――人の未来を切り開け。君はその可能性を秘めている。

「声……誰?」

 

 

 脳に直接響いてきた声の主を、セツナは知らなかった。だが、すんなりと頭の中に入ってきたということは、ずっと昔に聞いたことのあったのかもしれない。

 

 

―――世界の歪みを断ち切れ、セツナ!

「世界の歪み……」

 

 

 優しげな光。

 

 

 セツナが伸ばした手の先に、一筋の蒼い流星が見えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。