機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
宙域には既に二機分のMSの残骸が漂っていた。どちらも連邦軍所属のカラーシュという量産型MSだ。
ぬるい、とヴェイガンの旧式MSゼダスを駆る男は呟く。彫りが深い顔立ち、中肉中背だが中年臭さは感じさせない。全方位モニターを確認し、次の獲物に狙いを定める。
機体はというと、鋭い胸部にコウモリのような翼を生やした禍々しいフォルムで、ヴェイガンのMS独特の異質さを持ち合わせている。メインカラーはブラック、サブカラーは黄色。〝Type.M〟というわけだ。九十年前では、ガンダムをも窮地に陥れる性能を誇っていたが、今では博物館に飾られるようなMSだ。スペック的に、量産型であるカラーシュに勝っているのは、その殺人的な機動力のみ。他は負けている、Xラウンダー専用機にも関わらず。
コックピットを貫くことに戸惑いはない。三十五年前、再び胸に燃え広がった地球種への憎悪は、今や彼の殺人の因子となっている。地球へ降り立った自分たちを人として認めず、理不尽な暴力を振るう。そんな輩が果たして人間と言えるであろうか。否、人間ではない。
もちろん生物学的には人間なわけだが、そのような論理的な考え方ができるのならば、そもそも人類は地球の重力を抜け出したのに、大規模な戦争を起こすという愚行はしなかっただろう。人間ゆえの愚かさだ。
『エドガー、こちらは片付いたわよ』
その声は少し濁った女性であった。年齢はからして五十代後半ぐらいか、しかしまだ若々しさが残っていた。名前はジェフス・レイシャ、エドガーと同じヴェイガン残党兵の一人であり、元Xラウンダー隊〝ヴィザード4(かつてのマジシャンズ8の後継として造られた部隊)〟の隊長だ。エドガーともう一人のXラウンダーは、その部下である。年老いても彼女のXラウンダー能力が減衰しないのは、日々の鍛錬の成果と言えるだろう。
レイシャの駆るMSはザムド・ファルシア。両手にある鋭い爪はゼイダルスという暗殺用MSのものを代用してある。第三世代MSで、ちょうど試作型ファルシアと、正式採用型のフォーン・ファルシアの間に入る機体だ。ビットなど基本的な装備は試作型と変わらないものの、試作型には存在したファルシアベースを排除している。朱色の装甲、花の妖精と見間違うフォルム。試作機でないのに、戦場に出てくるには〝はやすぎる〟印象を見る者に与える。
「早いな……」
『今日は調子がいい。向こうも焦っているだろうな、こんなに早く全滅させられるとは』
漆黒の宇宙にまた一つ、カラーシュの残骸が落とされる。全部で三機。旧式MSでこれだけの戦果を上げるのは、Xラウンダーであっても難しいことだ。現役時代ならば、三階級昇進ものだろう。
もう一機のゼダスとガフラン二機、バクト一機は二百メートル前方に存在する、純白の戦艦プリマドンナに取り付いている。その白い船体が黒焦げになるのも時間の問題だろう。
「ならば、私たちも……ッ!」
『そうだな。プリマドンナの中にはゼラ7もいる。ガンダムとともに奪還するぞ!』
「ゼラ7……か」
エドガーは全方位モニターから一瞬だけ意識を飛翔させて、自らの妹へ想いをはせる。いや血など繋がっておらず、それは恋に似た感情であった。というのは自覚していないわけだが。
そんな妹が連邦軍に生け捕りにされてしまっている。見た目は十二歳の少女。野蛮な地球種どものことだ、幼い体を弄ばれているかもしれない。貴重な人工Xラウンダーの捕虜として、実験台にされてしまう可能性もあった。
「早く助けてやるからな……」
その時、レイシャから回線が開いて、
『待て……このプレッシャーは……ガンダムかッ!』
ファルシアとゼダスの前に現れたのは、一機のカラーシュと、トリコロールカラーの二本角のMS―――ガンダムだった。
「きたか……クソッ! ガンダム! 貴様がぁッ!」
『おい、ガンダムとは、私のほうが戦えるはずだ!』
「今の俺ならやれる!」
ミューセルを付けていないにも関わらず、ガンダムを見た途端、エドガーの感情は爆発した。本能というものか。あの忌まわしきマシーンに乗るパイロットさえいなければ、今頃妹は無事に帰還していたはずなのだ。そう考えてしまったが故の、非合理的な行動なのかもしれない。
ゼダスはファルシアを抜けて、ガンダムへ一直線に向かっていく。それは漆黒の流星、旧式には思えない機動であった。
「もう全滅している……ッ!」
アリサは歯を食いしばり、前方に存在する二機の敵MSを見据える。狭苦しいコックピット内では、絶え間なく無数の情報が交差していた。トリガーを握りしめて、呼吸を整える。
自分がするのは人殺しじゃないんだ。何度も、そう自分に言い聞かせる。既に三人の味方が死んでいる戦場では、偽善的な考えかもしれない。だが、アリサにはそれしか道がないのだ。
『黒いほうがガンダムに急速接近してくるわ!』
「えッ!? そんな、無茶な!」
対ガンダムへの切り札として投入されたであろうファルシアを差し置いて、ゼダスが突出してきたのは意外だった。ここはゼダスがカラーシュを早急に撃破して、そこからガンダムを二対一で追い込むのが定石だと、素人のアリサでも分かったのに。相手はそうはしなかった。
漆黒の翼を広げたコウモリが、ガンダムに向かって猛進してくる。セツナのカラーシュもゼダスを追尾しようとするが、機動性だけは相手の方が優っている。振り切られてしまう。
『アリサッ!』
「セッちゃん!」
ガンダムは猛進してくるゼダスをビームサーベルで受け止めるが、光波推進スラスターによって加速したゼダスの力に押されてしまう。この質量の突進を受け止めるとなると、ガンダムとて不動ではいられない。セツナのカラーシュも、ファルシアのビットによって、後退を余儀なくされているようだ。
このままガンダムとカラーシュが分かれてしまえば、危険なのはカラーシュのほうだ。スペックこそはカラーシュのほうが若干上回っているが、相手はビットを使うMSだ。今までの戦い方は通用するわけない。
『私が朱色の奴を相手するわ!』
「相手はXラウンダーだよ! 逃げてッ!」
『私は天才よ、信じて!』
「……セッちゃん!」
助けに行こうにも、カラーシュとの距離は開いていくばかりだ。ガンダムの推力によって、ようやくゼダスを弾き返すと、体勢を立て直す。周囲に漂うのは灰色の岩と、無数の金属板。小惑星に設置された索敵システム・アルティメスの残骸であろう。既に残党兵によって破壊されたということか。おかげで砕かれた小惑星の破片により、デブリ帯のようになっていた。カラーシュの姿は見えなくなっている。
「こんなに遠くまで……はやくセッちゃんを……ッ!?」
その時、背後から鋭い殺意が飛び込んできた。先のように不意を突かれるわけにはいかない、とガンダムはビームサーベルを抜き出して応戦する。襲いかかってきたのはゼダスソードという実体剣―――しかしながら、高周波振動によってビームサーベルをも圧倒するポテンシャルを秘めている―――であり、その先にあったのが黄色のサブカラーをしたゼダスであった。
『我らの憎悪! 受けてもらうぞォッ!』
「声……男か!」
ゼダスの胸部に備えられているビームキャノンが轟く。ガンダムは慌てて左手のビームシールドを展開して弾き飛ばす。収束されていたビームが拡散し、視界が一瞬だけ奪われる。その間に、ゼダスは右手の実体剣を引いて、左足でガンダムのビームシールドを蹴り飛ばした。
「ぐッ……発生装置を狙ってきた!?」
発生装置の脆弱な部分を蹴られたため、シールドの出力が弱まる。機能停止とまではいかないものの、信頼できる防御力を一つ失ってしまったことに、かわりはない。
『やはり中身は素人か!』
「速い……だけど、それだけだ!」
いくら機動性重視のゼダスであっても、最新鋭のガンダムAGE‐Vの機動力は越えられない。機体スペックの全てにおいて、ガンダムは優っている。この状況で、ゼダスの勝機は無いに等しいものだった。
普通に戦えば、三十秒となく勝てる相手かもしれない。だが、アリサにはそれができなかった。
二筋の流星が瓦礫の中をぶつかり合う。ぶつかるたびにスパークが飛び散り、ビームの粒子が拡散する。
『妹を捕らえて何をする気だ、ガンダムッ!』
「妹!? あなた……薄紫のMSに乗っていた女の子を知っているのね! それも妹って!」
『血は繋がっていない! だが、我らは憎しみの血によって繋がっている!』
「意味わからない! そんなことで―――」
エネルギー出力はガンダムのほうが何倍も上だ。ビームサーベルを大きく振り上げて、受け止める。ビームサーベルの出力を最大限に高めて、実体剣を切り落とすほどの熱量を帯びさせた。
「子供を戦争に巻き込むなぁ―――――ッ!」
ギンッという鋭い音とともに、ゼダスソードは根元から溶解されて鋭い先端部が宙に舞う。いくら機体の性能差だけが勝敗を決める要因にはならなかったとしても、これほどの差であれば、最早パイロットの腕で穴埋めできるものではない。それほどの違いであった。が、ゼダスのパイロット―――エドガーは逃げようとはしなかった。
自分の命よりも大事な〝憎悪〟を胸に秘めているからである。
「大切な人なんでしょ! だったら戦争になんて巻き込ませず、あなただけが出ていけばよかっただろうに! どうして……」
『憎しみを抱いているのは、私だけではない。妹も……ゼラ7も抱いている!』
急にゼダスの動きが速くなった。コウモリのような翼を展開させて、光波推進スラスターの出力を限界まで高めているからだ。しかし推進力と制御系統のスペックが噛み合っていないため、普通ならば制御が間に合わずに、爆散してしまうはずである。先読み能力を持っているXラウンダーであっても、それは同じ。
それこそ、四十年前に連邦軍によって研究が行われていた〝Xラウンダー能力増幅装置〟なるものを使わなければ、反応できない。だとすれば、エドガーのパイロットスーツに備え付けられているのは―――。
「この挙動……増幅装置を使っているの!?」
『一時的だが、これでガンダムの速さに追いつける!』
おそらく、その装置を連邦軍の裏切り者のアルバートから受け取り、残党兵のMSに取り付けてあるのだろう。
「そこまでして!」
子供の頃、父から戦争の話を聞いていた中にあった。数多ある連邦軍の研究機関は研究成果を出そうと躍起になっており、それゆえに非人道的な実験を行っていた機関も存在する、と。Xラウンダー能力増幅装置も、それによって生み出された負の遺産である。案の定、実験中に事故が起こり、二人いた貴重なXラウンダーのうちの一人を失い、一人をヴェイガン側に寝返らせたという。その寝返ったパイロットの結末も、父から聞いた。
悲劇的だった、らしい。
その人もまた、憎悪によって狂った。そしてアリサが対峙しているゼダスのパイロットも、そのような狂気を飲み込んでいるのだろう。
『返してもらうぞ、妹をォオオッ!』
「あなたみたいな大人に、あの子は渡さない!」
ガンダムとゼダスの機動力は、互角になった。アリサは特殊Xラウンダーの先読み能力を、今ひとつ発揮できていない。二年間、使う機会が殆どなかったからだ。彼女は単なる〝アカデミーの学生〟としては優秀なパイロット。対するエドガーは四十年前の戦争を生き残った歴戦の猛者。
ここまできて、ようやくパイロットの腕の違いが顕著に現れてきた。
ぶつかり合うたびに、ゼダスの手の平から発生しているビームサーベルが、ガンダムを押しのける。角度、勢い、全てが完璧に思える。これがエースパイロットの力。
『圧倒される気分はどうだ! 野蛮な連邦軍の少女よ!』
「野蛮なのはあなたよ!」
相手の先読み能力は、ガンダムに反撃の余地を与えない。しかし、このままガンダムが耐え切れば、相手は無理な加速によって臓器を押しつぶされ、増幅装置で脳を焼かれ、死んでしまうだろう。賢い選択をするならば、このままビームシールドを展開し続けるのが一番だ。そうすれば、確実に〝勝てる〟はず。
そうしないのは、きっとアリサが優しすぎるからだ。耐え続けたとして、どれぐらい時間がかかるのかわからない。セツナを助けに行くのに遅れてしまうかもしれないし、できる限り早急にゼダスを撃破する必要があった。
だが同時に、敵のコックピットには人間が乗っている。殺せない。殺せば、自分の脳に溢れんばかりに断末魔が響いてしまう。彼の深い憎悪を受け止めてしまえば、精神が崩壊してもおかしくはないように思えた。
実際そこまではいかないにしても、アリサには人は殺せない。
『これが戦争だ! 貴様ら連邦軍が生み出したなァ!』
それはガンダムが、人の心を受け止めるマシーンであるが故、なのかもしれなかった。