機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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【第四話】 歪み、断ち斬る
その1


 それは幼い頃の記憶。

 

 

―――寂しいのか?

 

 

『さびしい?』

 

 

―――こんな中に独りでいて……。

 

 

『くるしい……』

 

 

―――まぁ液体の中に浸ってりゃ、そうなるな。分かった、出してやるよ。

 

 

『いい、の? いぜるかんとさまにおこられる』

 

 

―――あのお方はもうこの世にはいない。正直言って、君は〝人間になりそこねた存在〟だ。人として認められずに廃棄処分されるかもしれない。

 

 

『たす、けて……』

 

 

―――ああ。だから、出してやるって言ったろ?

 

 

 培養機の中から出てきた幼い少女、まだ三歳ほどだろう。薄暗い部屋、培養機がいくつも並んでいる。ナンバリングがされており、少女の培養機には〝7〟と書かれていた。

「ほかのひとたちは?」

 

 

 並んでいる培養機の中には、少女と同じぐらいかそれ以上大きさの〝人間〟が入っていた。生きているようにも、死んでいるようにも見える。

「人としての魂すらも失った存在だよ」

「かなしいね」

 

 

 少女は自分を培養機から出した男にしがみついた。男はまだ若い。十代後半だろう。

「おにいちゃんとおなじにおいがする……」

「そんなんじゃないよ」

「うんん……おにいちゃん」

「ったく……まぁいいか。ついてこい、エデンに帰れるぞ」

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、少女は十歳〝ほど〟にまで成長した。目の前に広がるのは、凄惨な光景であった。何十人もの人が、同じ生物であるはずの人を取り囲んで、袋叩きにしている。

 笑いながらやっている者、自らの怒りに身を任せて傷つけている者、ひたすらプラカードを掲げて叫んでいる者、野次馬。止めようとする者は、誰一人としていなかった。

 それが人だ。集団になれば、その憎悪は何十倍にまで膨れ上がり、暴走する。最初は叫ぶだけで済んでいたデモも、こうも暴力的なものに変わってしまう。

 

 

「火星の猿どもは地球から出て行け!」

「出て行けーッ!」

「皆殺しにしろーッ!」

「おら! なんとか言えよ! 俺たちの地球をメチャクチャにしやがって!」

「火星に自分から住もうとしたくせによ! ンなくせして、俺たちの生活をぶっ壊しやがって!」

「あんたたちの仕掛けた戦争で息子は死んだのよ! ねぇ! どうしてくれるの! どうしてくれるのぉおおおぉおおッ!」

「火星でクソまみれになった体を、こっちに向けんな!」

「野垂れ死ねば、よかったんだよ! お前らなんか!」

「皆さん! これが火星移民計画の真実です! 奴らは自ら希望して、火星に移民した! 責任は、奴らにあるのです! 当時の連邦政府の判断は正しかった!」

 

 

 男の手は、少女の手を強く握り締めた。遠くの影から、暴力の連鎖を眺めている。憎しみに押し出された〝真実〟など、誇張されすぎて最早原型を留めていないものだ。

 かといって、二人ではどうしょうもない。男はただ、少女に語りかけるのだった。

「俺たちは間違っていた……エデンはまだ浄化されていない」

「お兄様……」

「リアナ……いや、ゼラ7」

 

 

 地球に住むために付けた少女の名を、男は捨て去った。もう必要ないと思ったからだ。

「地球種どもは何もわかっちゃいないんだよ。これじゃあ、憎しみを捨てた俺たちがバカみたいじゃないか」

「殲滅しなきゃ、ね」

「ああ、そうだな。帰ろう、俺たちの宇宙へ。そして取り戻そう、蒼いエデンを」

 

 

 

 

 

 

 さらに時は過ぎ、少女はコールドスリープのポッドに小さな体を横たわらせた。

「目覚めた時には、俺は老いているだろうな」

「……それでもお兄様は、お兄様」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「……好き」

「俺もだ。おやすみ……」

 

 

 憎しみは連鎖する。人から人へと、受け継がれてしまうものだ。

 

 

 

 

 

 

 長い夢を見ていた気がする。

 開いた瞳の先にあったのは、真っ白な天井であった。

 優しげな毛布の感触が全身を包んでいる。硬直した全身にはあまり力が入らないが、特に怪我はないようだ。ただ、頭を強く打ったらしく、起き上がろうとすると、めまいがする。

「……殲滅……せんめ……ッ!?」

 

 

 ゼラ7は勢いで、そう呟いていた。

あのまま自分は死ぬはずだった。ビームバスターを限界時間以上に照射し続けて、機体が爆発して、自分は死んだのだと。だけど死を確信した次の瞬間、グルード本体の大爆発は起こらなかった。

 そして抱きしめられたのだ、本能的に憎しみを抱いているMS―――ガンダムに。その後からは何も覚えていない。

「……生きている」

 

 

 戦闘中、ガンダムの中から女の子の叫びが聞こえた。地球種の匂いがするのに、暖かかった。元火星移民者に対する殺意など、微塵も感じさせない無垢な少女。天使のような声。

 まるで自分を、本能の呪縛から解き放ってくれたような。

「あ、目覚めたんだ!」

 

 

 女の声がした。ゼラ7の手を握っている。栗色の髪は長く艷やかで、瞳は強気を感じさせる―――しかしながら、そこの優しさが介在するものであった。背も高く、スタイルも良い。白衣を着ていることからも、彼女が看護婦であることは明確だった。

 

 

「……ガンダム、は?」

「出撃中だ。ったく……あいつ! 偉大な姉である私に、何も言わず出て行くって! どういうこと……」

「…………」

「まぁ私がこの艦にいること、知らなかったンだっけ。そりゃそーかーっ……って、ごめんな! 独り言、独り言! 喉とか乾いてない!?」

「……異常なし」

「そっか……」

「……ここはどこ?」

「連邦軍所属プリマドンナ級戦艦の中にある、ただの病室だ」

「連邦軍ッ!?」

 

 

 自分は捕虜になってしまった、そう確信したゼラ7は急いで起き上がるが、女は両肩を掴んでベッドの上に押し戻した。力が強い、というか生身だとゼラ7が弱いだけだろう。いくら強力なXラウンダーといっても、念力を操れるスーパーマンではない。

 

 

 ただのゼラ・ギンスの―――七番目の試作品なだけだ。

「連邦軍といっても、ここは病室だ。味方だろうと敵だろうと、関係ない。安心しろ、軍人が入ってきて君に拷問をすることはない。そんなこと、私が許すものか。拷問しかえしてやる」

「……私は元火星移民者、憎くないの?」

「私が生まれた頃には、戦争は終わっていた。憎む権利なんて、ありゃしない。そんなことしている奴は、ただの馬鹿だ」

「…………そう」

 

 

 戦闘中なのだろう、時折、病室が揺れた。爆音も微かに聞こえている。

「仮に私の家族の誰かがヴェイガンに殺されたとしても、あんたが直接殺したんじゃなきゃ、私はあんたを恨まない。身分や国家、種族という一括りで考えるから、みんな頭が硬くなる。こんな幼い子供に、平気で憎悪をぶつけられる大人になんて、なりたくないもの」

「……甘いわね」

「甘くて結構だ。私が厳しいのは、妹に対してだけで十分」

「……妹さんには厳しいのね」

「あいつがドジだから悪い。父さんが甘やかしすぎるから、私が厳しくしなきゃ」

「……よくわからない」

 

 

 どうしてだろうか、地球種であるはずの女に対して、ゼラ7は殺意を抱かなかった。平和主義の甘い人間、とは認識できても、それが悪と断ずることはできない。そのような人間が未来を築き上げるのか、それとも。今は考えないことにした。

「……あなたの名前は?」

「え? 私?」

「……あなたは良い地球種。だから気になる」

「私はエイナ・アスノだ。よろしくな、名も知らぬ幼女よ!」

「……ゼラ7です」

 

 

 幼女と呼ばれるのは、心外だった。


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