機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その4

「プリマドンナ隊、全機発進しました」

 

 

 艦橋は無数の電子音に包まれていた。オペレーターたちがデータの整理と、各所へと伝達を行なっている。今のところプリマドンナの索敵システムに異常は見当たらないが、コロニー管理の索敵システムのアルティメスが復旧しているわけではなく、見えざる傘を展開させられてしまえば奇襲も有り得る状況だ。

「まったく……面倒なことになったな。コロニー内で連邦のMSが暴れまわっていると知られれば、後々大変だ。まったく内部の裏切り者さんは芸が細かいねぇ。連邦のMSの起動コードまでを流出させられるとは、並大抵の地位にいるものじゃないとできねぇ」

 

 

 と言うと、ジェイナスはチョコバーを一口放り込む。思考の回転を維持するためとはいえ、艦橋にはチョコの香りが漂っていた。

「感心している場合ですか?」

 

 

「いや、あっぱれだと思っているよ。だけど、ここで負けちゃあ、君らを死なせることになる。そこらへんは真面目に考えている」

「は、はぁ……」

 

 

 一応、奇襲に備えてプリマドンナには五機のカラーシュが配備されている。パイロットは三人しかいないが、ガフランやドラド、ダナジンを相手するには十分すぎる戦力だ。プリマドンナの援護射撃も含めれば、八機までは相手できる。

「これで終わってくれたらいいな……。本当、これ以上、人が死ぬのは見たくねぇんだわ」

「……はたして、どうでしょうか」

 

 

 そう言うと、ジェイナスの横にいる女性オペレーターは索敵システムの確認に戻った。

「そういや、君の名前聞いてなかったな」

「アレイナ・ハンブシーです」

「アレイナか……うん、いいな! いい名前だ」

「…………索敵システム異常なし」

 

 

 仕事モードに入ったようで、外部からの雑談には耳も傾けようとしない、アレイナ。ジェイナスはナンパに失敗した時のような顔をするが、すぐに立ち直ってメインモニターのほうを向く。

「ちょっといいですか?」

 

 

 そう聞いたのは、前の席に座る男性オペレーターだった。

「なんだ?」

「艦橋前にアリサ・アスノと名乗る少女ら数名が……アスノって、あの?」

「あ、ああ、そうだけど? 俺が呼んだんだよ、ロックを解除してくれ」

 

 

 ジェイナスが肯定した瞬間、艦橋内にざわめきが起こった。あのアスノ家の娘が艦内にいるということが、そんなに珍しいのか、とアレイナは軽く流して仕事を淡々と続ける。

 艦橋の自動ドアは左右にスライドするかたちで開き、そこからアリサとセツナ、フジノが入ってきた。

「あの……ここ、艦橋ですよね? あ、あなたがストラー・ジェイナスさんですか?」

「いかにも。君を呼んだのは、俺だ」

 

 

 ジェイナスは立ち上がると、三人の元に歩み寄って、

「ガルド・ドレイスはどうしたんだ? 教えてくれ……」

「……死にました。連邦軍の裏切り者に撃たれて。死ぬ前に、これを私に託してくれました」

 

 

 そう言うと、アリサはジェイナスにAGEデバイスを見せた。有機的な温かみのあるそれは、液晶画面に〝A〟の字を浮かべている。

「そうか。あいつ、死にやがったのか……畜生」

「知り合い……だったのですか?」

「いンや、プリマドンナ隊に編入されると聞いただけで、一度しか会ったことはなかった……だけど、プリマドンナ隊のカナリアってパイロットの夫だった」

 

 

 やっぱり、とアリサは心の中で呟いた。あの人―――カナリアは泣いていたのに、また戦場に舞い戻った。傷を癒す時間ぐらい、あってもいいのに。

「仲間の死なんだ。艦長である俺が知らないなんて、無責任な気がした、それだけさ。あとは、裏切り者についても聞きたいところだが……正直、思い出したくないこともあるだろう、だから―――」

「いえ、辛い思い出から逃げ出してはいけないんです。向かい合わなきゃいけないって……だから、私の知っていることなら、全部話します」

「勇ましい女の子だ。男の俺の立場がないぐらい、な」

 

 

 ジェイナスは自分より二十センチほど低い、アリサの頭を撫でた。少しだけ黙り込むが、アリサは右手に持ったAGEデバイスをジェイナスの前に出す。

「これ、返します……」

「いいのか?」

 

 

 意外だった。てっきり軍人として、一般人に兵器を持たせるということは言語道断であり、すぐにでも回収すると思っていたのだが。ここに呼び出された理由も、AGEデバイスとガンダムの所有権を軍に戻すということだと、アリサは予想していた。

「今の私が持っていても、どうしょうもないです。もっと上手く扱える軍人さんがいるはずですし……私は人殺しのできない、ただの学生です。ガンダムの性能を百%引き出すことなんて、不可能です」

 

 

 アリサの曽祖父、フリット・アスノはアリサのようにガンダムを他人に渡そうとはしなかったらしい。だがそれは、彼にUEから人々を守るという、確たる決意があったというわけで、今のアリサには無いものを抱いていたからだ。

 今のアリサには、そのようにガンダムを手にして何かをやりたい、という明確な目的はないのだ。あの時は、生き残るために搭乗しただけで、戦いたいという感情はまるでなかった。

「私は学生に戻ります……もうガンダムには乗りません。そのほうが、味方にも、敵にも、いいでしょうから」

 

 

 しかしながら、アリサ以外の手にガンダムが渡ってしまえば、また人殺しの兵器に戻ってしまうような気がしてならなかった。

(いや、元々は人殺しの兵器なんだ……だから)

 

 

 仕方がない、とアリサは割り切った。兵器があるべき姿に戻るだけ。

 それにアリサは、百年戦争を知らずに育った子供だ。相手の事情も知らずに、ただ戦場をかき回すだけの存在にはなりたくなかった。理想論を掲げて戦場に降り立つことができる人間は、きっとアリサよりも賢くて、技量のある人間だけだ。本当の意味で、戦争の凄惨さを知っていなければ、民間人が偽善的なセリフを叫んでいることにしか聞こえないだろう。

 

 

「そうだわな。俺も君からAGEデバイスを渡してもらおうとは思っていたし。ま、ちょっと意外だっただけさ」

「戦いに向いていませんから、私は」

「Xラウンダーなのに、か?」

「どうしてそれを……」

「ああ、それはだな―――」

 

 

 その時、プリマドンナの巨大な船体は大きく揺れた。同時に、敵機接近のアラートが鳴り響く。

「敵MSの狙撃です! 位置は不明!」

 

 

 アレイナが焦燥に駆られた様子で報告した。まだ戦場に慣れていないようで、奇襲攻撃という事実を受け入れられないようだ。

「電磁結界を起動! 相手のペースに飲み込まれるな、あくまでも冷静に対処するよーに」

「りょ、了解しました」

「敵影は?」

「敵影……五百メートル先に、多数! ドラド二機、バクト一機、―――ゼダス二機に……ファルシア!?」

「なるほど、敵は元Xラウンダー部隊か……コロニーの中のやつらは囮で、ッ」

 

 

 ジェイナスは舌打ちした。今回の件は自分自身の判断ミスが原因だ。コロニー内の敵と宙域の敵が同じぐらいの数だと誤算していた。テロリストにそれほどの戦力はないとされていたし、連邦軍のMSが操られたとなれば、軍部で裏切り者が出たということが明るみになり、政治的にも厄介なことになる。そう判断した結果が、これだ。

 自分も、かつての腐りきった連邦軍人のような思考をしているのか、と一瞬だけ自己嫌悪に陥る。

「カラーシュ隊を発進させろ! プリマドンナ隊がくるまで耐えるんだ!」

「了解しました。カラーシュ隊、スクランブル。本艦は敵本隊の奇襲を受けました。ただちに発進してください! 繰り返します―――」

「厄介なことになったぞ……こりゃあ」

 

 

 コロニー内の敵を放っておけば、支柱に避難している市民を巻き込んでしまう。かといって、現行の戦力だけで、元Xラウンダー部隊を相手に戦えそうにはない。鉄壁の装甲を持つ本艦でも、シールド発生装置を破壊されてしまえば、何世代も前のダーヴィン級と大して変わらない。

「カラーシュ隊、全機発進しました。プリマドンナ隊は、依然としてコロニー内の敵機を掃討中……かなりの数の敵兵が、コロニー内に潜り込んでいると思われます」

 

 

 艦橋のメインモニターに映るのは、味方を示す青いマーカーが三つ、敵機を示す赤いマーカーが六つあった。いくら敵が旧世代のMSだったとしても、二倍の戦力差をそうそう覆すことはできない。

 それに敵にはXラウンダー専用機もいる。オールレンジ攻撃を、シュミュレーションでしか体感したことがない一般兵にとっては、これほど恐怖を感じるものはないだろう。

『敵機発見、攻撃行動に移ッ―――――』

 

 

 カラーシュ隊の隊長が回線を開いた、と思った次の瞬間、

「い、一番機、撃墜されました!」

「こんな早くに……ッ!」

「バクトと思われる敵MS、本艦の射程距離を抜けてきました!」

 

 

 残るは二機、それも時間の問題だろう。同時に、プリマドンナの横っ腹に高出力のビームスパイクを撃ち込んできた。船体が揺れて、立っていたフジノとアリサは腰を抜かしてしまう。結界が貼られていようとも、衝撃は百%軽減されない。軽減されずに残ったビームが、質量装甲を削る音だ。

「私が……私がガンダムに乗ります!」

 

 

 そう言ったのは、アリサではなく、セツナだった。

「セッちゃん!?」

「大丈夫……私、天才だから。ガンダムだって、上手く扱える。さ、AGEデバイスを―――」

 

 

 おそらく敵の狙いはガンダムだ。ガンダムが出撃するところを狙って、集中攻撃を仕掛けるつもりだろう。だからこそ、発進許可を出していなかったのだ、とセツナは捉えていた。

 しかし今の状況で、ガンダムを出さなければ、プリマドンナは撃沈されてしまうはずだ。それこそファルシアのオールレンジ攻撃をエンジン部に受けてしまえば、航行不可能になるし、艦橋を攻撃されてしまえば……。

「アリサは戦うような人じゃないわ。私が……私がアリサを守る。私が天才である存在意義なんて、アリサを守ることぐらいしかないから」

 

 

 現在、プリマドンナの中でマトモにMSを操れるのは、アリサとセツナだけ。アリサはコックピット恐怖症を克服したところで、二年間のブランクもあるし、そもそも人は殺せない戦い方を強いられている。対するセツナは、天才少女。アリサを守るためなら、敵MSのコックピットを撃ち抜く覚悟はあった。

「ジェイナス艦長、私にガンダムをください! 私が一番上手く使えるはずです! 天才の私なら!」

「それは無理だ」

「どうして!」

「ガンダムAGE‐VはXラウンダー専用機だ」

「え!?」

 

 

 おそらくジェイナスは知っていたのだろう。セツナがXラウンダーではないことを。アカデミーきっての天才少女と言えば、連邦軍の中でも有名なのだ。

「いくら君が天才でも、背負えない〝責任〟はある」

「そんな……」

「この艦にいるXラウンダーはアリサ・アスノ、君だけだ」

「ですよね……もう一度、私が頑張らないと……」

 

 

 薄々、アリサは感じていた。あのガンダムは自分の脳波を受け止めてくれるものだと。あの中に入っていると、能力の暴走も起こらないし、自分の思ったとおりに動いてくれた。おそらくXラウンダーが発する特別な脳波によって、機体の操縦をアシストしてくれるのだろう。

 イメージをトレースするのに似ている。目の前にイメージした操作が浮かび、パイロットはそれをなぞるのだ。だからこそ、そのポテンシャルを引き出せるのは、Xラウンダーしかいない。

「アリサ、もう一度だけガンダムに乗ってはくれないか?」

「……はい」

 

 

 だからこそ、アリサは頷いた。自分しかいないから、戦える人間は。

「アリサは戦う人じゃないよ……」

 

 

 フジノは項垂れて呟いた。二年間一緒にいた親友だからこそ、アリサの本質を知っていた。彼女は人殺しの盤上にいるべき人間ではないし、学園生活の中で笑っているのが一番である。フジノの認識は、そういう明るいだけのものであった。

「隣近所の屋根の修理をしたり、部活の手伝いをしたり、困っている人を助けるのが、アリサのはずだよ! 殺し合いなんて……誰も助けられないよ!」

「人は殺さない」

 

 

 そんなフジノの低い頭に手を置いて、優しく語りかけた。

「戦えなくするだけ」

「アリサ……」

 

 

 アリサはジェイナスの座っているところへ向き直ると、堂々とした口調で言った。

「それでいいですよね、艦長」

「ああ、それが君の戦い方ならな。大人の男が、口出しするもんじゃねーよ。子供の決意に、な」

「ありがとうございます」

「こちらこそだ。そうやって俺たち大人が、子供に兵器を押し付けるってこと自体、おかしいことなんだ。恨んでくれても構わない……」

 

 

 少し黙り込むが、アリサは顔を上げて、

「いえ、私自身の意思です。私、決めたんです。今度こそ〝みんな〟を守るって!」

「本当に勇ましい女の子だ、君は。お父さんによく似ている」

 

 

 一礼すると、アリサは艦橋から去っていった。

 セツナを、フジノを、守るため、少女の魂は再び鉄の子宮へと吸い込まれていく。ロッカーにある予備の青いパイロットスーツを着込み、格納庫へ向かう。二年前のあの日から忘れていたパイロットスーツの感触が戻ってくる。全身にピタッとくっつくその感触は、ボディラインが丸見えで少し恥ずかしいが、何故だか暖かくて、落ち着くことができた。

 

 

 MSデッキに登り、ガンダムのコックピットハッチを開ける。シートに腰をかけたとき、始めて気がついた。もう吐き気を感じることはなくなった、と。きっとそれはアリサがコックピット恐怖症を完全に克服したからではなく、ガンダムAGE‐Vのシステムが、彼女の強力すぎるXラウンダー能力の器になったからであろう。

 アリサがコックピットハッチを締めようとしたその時、セツナの小さな体が目の前に現れた。

「私もカラーシュで出るわ」

「え!? そんな……量産機だよ!」

「そんなの天才の私には関係ない。それにアリサ一人じゃ抱えきれないでしょ……みんなの命を」

 

 

 整備士が後ろから止めに入る。

「しゅ、出撃許可はガンダムにしか出てないぞ!」

「そんなのこと知りません! だいたいこのような状況下では―――以下略です!」

が、セツナは猛禽類の如く鋭い目つきで睨みつける。本人は説教タイムを始めたい様子だったが、時間がないのでナイフのような殺意を突き刺してやるだけで、我慢してやった感じだ。

「アリサ一人じゃ重すぎる……せめて、私が! 私がアリサの命を背負う!」

「セッちゃん……くれぐれも無理はしないでね」

「うん! 大丈夫よ、私……天才だから」

 

 

 二人は拳を軽くぶつけ合って、

「「一緒に生きて帰ろうね」」


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