機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
真空の暗闇に閉ざされたその場所に彼―――彼女―――いや、人間はいた。
廃棄された戦艦、戦闘で破壊されたMSの残骸。ドラゴン型のものも、こんな形の戦艦も、そのどれもが〝元いた世界〟にはなかったものである。
青年とも女性とも判別がつかないその美貌。その〝人間〟が〝彼〟であろうと〝彼女〟であろうと、美しいという事実は揺らがない。悟った眼差しは遠方にいる一機のMSを見ていた。紫色のパイロットスーツを着込み、ヘルメットの遠視機能をオンにしている。
「……ガンダムタイプ……しかし、刹那のものではないな」
ついそう言ってしまう自分が、少しだけ恥ずかしくなってしまう。この世界にいる刹那は―――だということを、未だに受け入れられていないようだった。愚かなことだ。しかしそれが、人間性というものであり、かつての戦いの中で手にしたものである。
遠いはずの記憶が、つい先日のように蘇った。それはそうだ。あれから百年以上、世界をただ見守り続けていたのだから。たったの三年前の出来事など、そう思えて当然だろう。
虹色の花畑にいた。最愛の友人に告げられた真実と、自らの使命。彼の残した願いと希望。人類のいなくなった世界で、再び目覚めた仲間たち。
孤独であっても、彼らの〝真のラストミッション〟は続いているのだ。
「……君の意志は僕が受け継ぐ。来るべき決戦、そして最後の対話……それまでに、これを……」
世界の終焉を見た人間の瞳は悲しげだった。しかし、その奥にある希望の光は、今も輝きを失ってはいない。
人間は廃棄された艦船の格納庫に降りて、そこに横たわる希望の光と対峙する。
Eカーボンの装甲に包まれたMS。深い蒼をメインカラーに、純白の部分が見え隠れしていた。所々に銀色のラインが入っており、光沢を放っている。左右対称で胴部には球状の半透明装甲があり、その奥に太陽炉は存在した。基本的な造りはダブルオークアンタと同じだが、そこには〝決定的な何か〟が抜けており、その代わりに〝最後の対話の証〟がある。
「彼女ならきっと導いてくれるだろう、この機体を」
その名は【GNT-0000-Another】、この世界に存在する、もう一つのガンダム―――救世主の可能性である。
「絶対に彼女を導いてみせる」
最後の希望は、いつの時代もガンダムという特別なマシーンなのか。だからこそ、この世界にもガンダムは存在するのだろう。
ティエリア・アーデはそう思わずにはいられなかった。
新型MSシグナムの配備を予定して造られた、新造艦プリマドンナ。戦艦としては珍しく、曲線の効いた近未来的なデザインが特徴的で、艦橋も木馬のように突き出してはいなかった。船体に埋もれている感じだ。表現するならば、純白の光沢を放った巨大なピーナッツであろう。それに四本の翼が生えて、各所に砲門を取り付けた、と想像してもらえばいい。
何故、このような形状になったのかは、プリマドンナの装備している新型電磁シールド―――超電磁結界発生装甲の特徴が関係している。通常の電磁装甲にエネルギーを変換させた質量装甲を重ねる。そこまでは最新鋭の戦艦と大して変わらない。プリマドンナの〝結界〟は、被弾箇所を的確に防御するピンポイントビームシールドのことである。そのシステムを効率よく運用するには、抵抗の少ない曲線の効いた船体が必要だった、というわけだ。
何はともあれ、連邦軍の未来を担う最新鋭のMSを搭載するには、十分すぎる防御力を持った戦艦なのである。
その艦長、ストラー・ジェイナスは艦橋にて、オペレーターに的確な指示を送る。顎の髭はダンディに整えられており、金色の髪が帽子の下から見え隠れしていた。スタイリッシュな体型で、若者に負けない何かがあった。
男というものには、二種類ある。年をとって加齢を感じさせる雰囲気になるものと、年をとって雰囲気に深みの増すものが。ジェイナスの場合は、明らかに後者である。
「さて……どうしたことかねぇ……」
口調は軽かったが、今現在の問題を真剣に考えている様子に見えた。ゆえに下で働くオペレーターたちからの信頼も高い。こうして見れば艦長として完璧な人間に思われるが、ただ一つ、彼には艦長に向いていない部分があった。
「あー考えてたら、頭が回らなくなってきた。チョコバー補給開始」
ジェイナスは艦橋の椅子の横に置いてある段ボール箱から、一本のチョコバーを取り出して食らいつく。駄菓子屋で売っているようなものだが、彼にとっては嗜好の一品となる。甘さの中に、ほんのりとした苦味が含まれており、それがジェイナスの停滞した思考を、再び活性化させた。
「艦橋内での、飲食は基本的に禁止ですが」
索敵担当の若いオペレーターが、呆れながら言った。いかにもインテリチックな女性、ショートカットで男に媚びない冷たい表情をしている。
「知るか。四十年前はピザ食っていた野郎もいたんだ。これぐらい大丈夫だろう?」
「はぁ……上層部に報告しますよ?」
「上層部には既に〝先祖代々〟と言ってある。チクッても無駄だぞ」
このオペレーターは新入りで、ジェイナスのチョコバー中毒に対して理解のある他のオペレーターたちからは、笑い声が漏れていた。本当に〝それ以外は非常に有能な軍人〟なのだ。
「にしても、まさか本当にトルディアにガンダムが配備されていたとはねぇ。上層部の思惑がまるで読めない。君はどう考える?」
と、先ほどの女性オペレーターに問う。
「さぁ……試験運用をするつもりだった、とかいうのは?」
「鋭いな。しかし、何故ここで行う予定だったのかが、未だに疑問だ。何にしろ、俺たちの知る範囲のことから考えても、矛盾だらけになるのは必至だ。今は考えないほうがいいのかねぇ……」
偶然、新造艦のプリマドンナがトルディアに寄港し、偶然、コロニー外壁部の格納庫にガンダムが搬入されていた。偶然が二つ重なったはいいが、三つ重なってしまえば不自然さを感じるのは当然のことだ。今こうして、偶然、ガンダムが起動し―――アスノ家の人間が乗り込んでいる。
これが仕組まれたことでなければ、まさに運命と言えよう。
「ですね。ヴェイガン残党の本隊も未だに確認できていないので、油断はできません」
残党の戦力は確認できただけでも、ダナジン三機、ガフラン二機、グルード一機。ここ三年間で起こったテロの中でも、最大規模のものであろう。これは既にテロの域を超えて、戦争と言えるかもしれない。
「これほどの数のMSがいるんだ。敵は戦艦も持っている可能性がある……索敵システムの復旧を優先するように、基地には連絡を入れてくれ」
「それができたら苦労はしません」
「まぁそうなるわな」
ジェイナスはため息を一つ、チョコバーを一口。頭を抱えて、もう一回深いため息をつく。ファーデーンで呑気に式典の護衛を行っている奴らが、うらやましく思えてくる。新造艦の艦長になったばかりに、偶然起きた大規模軍事テロに巻き込まれるとは。
何が平和の時代だ、と呟きたくもなる。
「平和なのは、俺たち軍人の頭ン中だけのようだ。テロリストさんの頭ン中では、まだ戦争は終わっていないらしい。少しだけ、彼らの戦争に付き合ってやるとしようぜ。もうひと頑張りだ、気合入れていくぞ」
その言葉にオペレーターたちは皆、頷いた。やはり信頼というものは、表面上の能力だけでは勝ち取れない。一番は人柄なのだろう。
「プリマドンナ隊の帰還を確認。居合わせた訓練用MS二機と、小型艇を保護している模様です」
「なんとまぁ、ガンダムだけじゃなかったのな。ハッチを開けろ、ゲストさんたちを迎え入れるぞ!」
セツナとセルビットの乗る訓練用アデルは、三機のシグナムの先導に従って、プリマドンナという戦艦へ帰還した。格納庫に入ると、セツナはシートベルトを外して、コックピットハッチを開けた。無重力の感覚が蘇ってくる。ここ一か月、無重力にいたことがなかったせいか、少しだけセツナは戸惑った。
「……宇宙の感覚……空気だけがある……不思議」
初陣を終えた十五歳の少女は、無重力に流されるがまま格納庫に体を浮かべる。パイロットスーツは着ていたものの、ヘルメットは未装着。長い黒髪が揺れ、頬を優しく撫でる。
結局、アリサの安否は確認できなかった。Xラウンダーなら、テレパシーか何かで存在ぐらいは確認できただろう。セツナは天才であっても、Xラウンダーではない。それが悔しくてしょうがなかった。自分は人を殺すことはできても、救うことはできないのだろうか。
今になって、セツナは自分が撃破したダナジンのパイロットのことを思い浮かべる。
彼……もしくは彼女に家族はいなかったのだろうか。何を思って死んでいったのか。どういう想いを抱いてこのような凶行に及んだのか。知りたいという欲求はあっても、そこには知ってしまうという恐怖も混ざっていた。むしろそちらのほうが大きいだろう。
アリサはいつもそんなことを〝知ってしまっていた〟のか。
「何をしているんだろう、私」
そう呟いていたセツナの肩に、誰かが手を置いてきた。パイロットスーツの感触、男の匂いはしなかった。
「あんたが噂の天才少女ね」
褐色の肌に、大人の匂い。サイドポニーの黒髪が無重力に揺れており、体つきもセツナを覆うぐらいに大きかった。パイロットスーツを着ていることから、プリマドンナ隊の誰かであることは容易に想像がついた。
「は、はい……」
「かわいーッ!」
もぎゅっ、とその女性は豊満な胸をセツナに押し付けて、桃色の声を上げた。なぜだろうか、息苦しさの中に、微かな敗北感が渦巻いている。年の差だから、という一言で片付けられるものではないほど、大きかった。
(……普通が一番よね)
「い、息苦しいです!」
「ごめんごめん、いやぁ幼女を見ると抱きしめたくなってねぇ……」
「じゅ、十五歳です!」
「あら、見た目より若いわね。いいわよ、そういう女の子」
「うぅ……」
女性はセツナから離れると、胸を張って自信げに言った。
「私はプリマドンナ隊、隊長イリカ・シモンズよ。よろしくぅっ!」
「…………」
今さっきまで戦闘を行っていたパイロットには見えない。これが所謂〝エースパイロット〟というやつか、とセツナは苦笑を浮かべる。
「カラーシュのロングレンジドッズライフルをアデルに持たせられるようにしたのって、あなた?」
「はい……」
「すごいじゃない! 戦闘中に!?」
「はい……」
「すーっごいじゃない!」
「いえ……その……エネルギー出力を大雑把に調整して、プログラムの構造をカラーシュのものに一番近くしただけです。見てもらえれば分かりますが、アデルの腕……エネルギー供給過多でイカれています」
「そうなの? 私、パイロットだから分からない……」
「……そうですか」
とてもじゃないが、エースパイロットには見えない。MSパイロット科の並の生徒であっても、それぐらいは分かるものだ。ましてや一小隊の隊長が―――そんな……。
そうセツナが思っていた時、格納庫の遠くのほうからMSの足音が聞こえた。量産型にはない重厚な足音。その姿を見た整備士たちが驚嘆の声を上げる。
「おやおや……豪華ゲストの登場ってわけね」
そのMSはガンダムであった。