機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
その1
「アリサ・アスノ、ガンダムAGE‐V……いきますッ!」
その言葉ともに、鉄の巨人は炎とともに踏み出した。MSデッキの残骸を踏みつけ、紅蓮を巻き込みながら左腕を前に出す。右腕に接続されていたコードが解除される前に、引きちぎられた。火花が飛び散り、純白の装甲に弾かれて四散。
敵機の接近を知らせるアラートがコックピットに鳴り響く。アリサは覚悟を決めて、トリガーを握り締める。その間、一秒もなかった。
ガンダムの目の前の壁が吹き飛ばされて、黒煙が向こう側に吸い込まれていく。暴風のごとく吹き荒れる黒煙の中、狡猾なアイカメラの光が現れる。敵影だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
『四肢さえ落とせば!』
敵パイロットの声が聞こえた。幼い少女の……セツナよりも若い。ジュニアハイスクールで聞くような声。戦争に駆り出されていいような年齢ではない、ということはだけは分かった。
「くる! 左かァッ!」
『その動き……目覚めたばかりで!』
しかし速かった。ガンダムは左腕に接続されているコードを、引きちぎりながら伸ばすと、その敵影から迫ってくる〝腕〟を掴んだ。刹那、黒煙が完全に消え去り、ぶつかり合う二機のMSの姿が露になる。一機はトリコロールカラーのMSガンダム、一機は薄紫の装甲の旧ヴェイガン製MSグルード。
ガンダムの右手は、グルードの左腕を掴んでおり、離さない。旧式MSであるグルードのパワーは、最新鋭のMSガンダムには適わない。グルードの左腕に備えられたクロノスキャノンが暴発し、高出力のビームが格納庫の天井を焼く。
再び激しい爆発が起こり、灼熱地獄が広がる。
火の粉が飛び散る中、アリサはメインモニターに映る敵機の頭部を見据えた。この中に敵のパイロットはいる。幼い少女が……こんな場所にいていいはずがない存在が。
アリサは感じた。少女の孤独を、植えつけられた憎しみを。シリンダーの中で、ただ絶望していたのだ。このまま死んでしまっては、悲しすぎるではないか。
「……全てを受け入れ……全てを導く!」
その孤独からも、憎しみからも、絶望からも、アリサはもう逃げ出したりはしない。受け止めるのだ。
救わなければならない。味方じゃないから、敵だから、そんなくだらない理屈を持とうとはしなかった。アリサの持つ純粋な心が、そう感じたのだから。
ガンダムはその鬼神の如きパワーに任せて、掴んだグルードの左腕を肩部から引っこ抜いた。敵機の肩部から伸びる無数のコードを引きちぎり、地面へと叩きつける。左腕を持って行かれたグルードは、一瞬体勢を崩すが、再びガンダムへと照準を絞った。
『全ての連邦のMSは……ガンダムは……殲滅……殲滅……センメツ……』
今まで冷静を保ってきた少女の心が崩れていくのが、アリサには分かった。それは生まれたときから植えつけられている本能が、少女を狂わせているようにしか思えないものであった。
その本能の根源にあるものが憎悪ならば、受け止めてやる。そうアリサは心の中で叫んだ。
「もう……もう戦わなくてもいいのに! もうやめようよ!」
『殲滅しないと!』
グルードは右腕を上げると、クロノスキャノンの砲口をガンダムに向けた。コックピットに向けられた殺意が、アリサの胸を締め付ける。が、彼女はすぐに立て直して、一歩退き、左腕を前に出した。肘に備えられた六角形の装置を展開させて、アリサは叫ぶ。
「ビームシールド!」
ガンダムの左腕の装置を中心に、薄桃色のビームが展開。ガンダムの上半身を覆うほどの大きさのシールドとなって、クロノスキャノンの砲口と対峙する。射出された高出力ビームと、ビームシールドがぶつかり合う。
『なにッ!?』
ビームシールドはクロノスキャノンのビームを乱反射し、格納庫の各所に炸裂させる。電磁装甲やビームコーティングとはまた違う形態のシールド。ガンダム本体から大量のエネルギーを充填し、高濃度のビーム粒子として散布させることで、あらゆるエネルギーを遮るのだ。遮切れない分を、発生しているリフューザービームにより、分子崩壊を引き起こし消滅させることで、鉄壁の盾となる。ゆえにゼロ距離だろうが構うことなく、クロノスキャノンの砲撃を軽々と弾いてみせたのだ。
「あなたは、こんなところにいちゃいけない! だから―――」
しかし、このままだと二機とも格納庫の崩壊に巻き込まれてしまう。ガンダムは全身のスラスターを噴かせる。グルードをビームシールドで姿勢を崩させ、そのまま後方に空いた穴から押し返した。
コロニー外壁部まで到達した二機のMS。旧式のグルードは、ガンダムの出力に抗うことができぬまま、押し返される。柱にぶつかっては砕け散る、背面装甲。抗うために無理やり吹かされたスラスターは、限界点を突破し黒煙を昇らせる。
「ここから……出ていけぇええ―――――――――ッ!」
グルードはそのままコロニーの外壁部のシャッターに押し倒されると、背面スラスターが爆発した。爆発によりシャッターは破られ、ガンダムとグルードは宇宙空間に投げ出されてしまう。
ガンダムは全身のスラスターを吹かせて難なく姿勢制御を行うが、グルードは正常に動くスラスターを持っておらず、コロニー外壁から遠ざかっていく。暗黒の真空の中、アリサはトリガーを握り締める。やるなら今だ。
『この機体……!』
「救ってみせる、あなたを!」
戦争という憎悪の渦の中に飲み込まれた少女に、アリサは手を差し伸べた。アリサはごく普通の学生、少女とは立場も、経験も違う。それでも今、アリサの乗っているMSは、少女を救う可能性(ポテンシャル)を秘めている。それを引き出さないで、何がMSパイロットだ。
『殲滅しなきゃ……センメツ、ガンダムはァアアアァアッ!』
グルードのコックピットに、少女の叫びが拡散する。
ガンダムは左篭手の部分にある緑色の小刃を構えて、グルードの首元に向けて射出した。ワイヤーに繋がられた小刃、Cアンカーは、真空を切り裂いて、その先にある憎悪―――グルードの首も切り裂いた。かつてのAGE‐2ダークハウンドに使われていたアンカーショットの発想を、Cファンネルの技術に取り入れたもの。あくまでも〝引っ掛ける〟のではなく、〝切り裂く〟ためにあるものだ。
それとほぼ同時に、グルードの胸部のビームバスターが轟いた。頭部が切り離される寸前に、トリガーを引いたのだろう。急いでガンダムは右腕のビームシールドを展開し、それを受け止める。ビームバスターは最大出力で照射されたらしく、グルード内の全エネルギーを放出しているように思えた。
「くッ……このままだと……」
メインモニターが光に包まれて、高エネルギー体がガンダムに浴びせられる。このままだとグルード本体が爆発し、切り落とされた頭部もそれに巻き込まれてしまうかもしれない。そのためにも、DODS効果を生み出す攻撃で、本体の爆発を最小限に止めなければならない。
アリサはサブモニターでガンダムの武装を確認する。腰部に備えられたそれを一目散に選択肢、ステップを大きく踏みつけた。
「オメガライフル……やるなら、今だけどッ!」
ガンダムはビームシールドを展開させながら、最大限にまでグルードに近づくと、腰部からパージされたオメガライフルを左手で受け取り、照射中のビームバスターの中心に狙いを定める。ドッズライフルよりも長く、純白の塗装がされた銃。銃口が長方形の形をしている。
(普通の射撃じゃ爆発が広がる……確実に貫くなら……)
オメガライフルの射撃をもってしても、高出力のビームを浴びてしまい減衰してしまう。その結果、分散されたビーム粒子が誘爆を引き起こす恐れすらもあるのだ。ビームとビームがぶつかりあえば、理論的にはそうなる。
そうならないためには、一旦射線上から退避して撃ち込むか、ドッズライフルよりもさらに強力な貫通効果を持つビームを撃つか。前者は高出力のビームバスターに本体を捉えられてしまい、ガンダムがすぐには離脱できない状況に陥っているため不可能だ。だとすると、残るは後者のみ。
既存のMSに乗っているならば、そのような選択肢は得られないだろう。相手が自壊するのを待つだけだ。そうすれば確実に勝てるし、下手に動いてしまえば照射ビームに本体が巻き込まれてしまう可能性がある。
だが、ガンダムは違う。アリサの純粋な願いを受け入れてくれるマシーンなのだ。フリットの救世主になるという願いも、アセムの大切なものを守るという願いも、キオの人を殺さない戦い方をするという願いも……アリサの〝みんな〟を救うという願いも。
「プラズマショットモード、これだ!」
ガンダムはそれを全て受け入れ、パイロットに力を与える。
その願いを叶えるための、純粋な力を。
オメガライフルの銃口が縦に展開する。奥から二つの銃口が露出し、左右の排気口から粒子が放出された。ビームがチャージされる音が、アリサの鼓膜に響く。そして轟音とともに照射される。
刹那、メインモニターを支配していたビームバスターの光を、二筋の桃色の渦巻く光が切り裂いた。並列した二箇所から特殊なDODS効果を引き起こすビームを放つことで、出力を通常の三倍、貫通力を通常の十倍に跳ね上げる、オメガライフルの照射モードである。ビームの回転方向とリズムを一定にすることで、二つのビームが互いに加速させ合うのだ。そして二筋のビームの間にビームの加速現象によって、ビーム粒子の弾丸が発生し、電磁投射砲(レールガン)の原理で射出するのだ。いわば三段構造のビーム兵器。
「貫けぇえぇッ!」
轟雷のごとくプラズマを帯びた光は、グルードのビームバスターの砲口を貫く。内部メカニックを分子ごと崩壊させて、誘爆を防いだ。微かに残った機器が爆発し、本体から黒煙が舞い上がる。それだけだった。照射を終えたオメガライフルの各所から、排気が上がる。プラズマショットは高威力だが、連続して照射するのが困難。本来ならば、艦船の電磁シールドを貫くために使われるものであり、MS相手ではオーバーキルとなる。しかし爆発を抑えられる利点もあるため、今回のような使い方もできるというわけだ。
ビームがビームを貫くというのは、それほどのエネルギーが必要になるというわけだ。
胸部に大穴が空いた機体は、そのまま宇宙にジャンクの塊となって浮遊している。近くには、シグルアンカーが切断したグルードの頭部が……。
「よかった……」
アリサには分かった、少女の心臓の鼓動が。様子を見る限り、コックピット内で気絶しているようだった。ガンダムはその頭部を優しく抱き上げると、アリサは喉の奥に引っかかっていた重い息を、ゆっくりと吐き出す。それと同時に、大粒の涙が瞳に溢れる。
「受け止めました……導きましたよ……ガルドさん。私、救えましたよ……人を」
怖かった。いつまた人を殺してしまうか分からない状況だったのだ。アリサの全身の筋肉は緊張によって硬化しており、胸は締め付けられた。
「こんなの……悲しすぎるよ……」
今、ガンダムが抱いている少女は、まだジュニアハイスクールにいるような年頃だ。その壮絶な過去と、その存在意義。人として生きることを許されない、体、思考、能力。それでも少女の深層心理には〝感情〟があった。だからこそ、アリサ自身、少女を単なる戦闘単位―――MSのパーツだと間違えなかったのだろう。
「なんで……みんな殺し合うの。どうしてそんなに簡単に、人を殺そうとできるの!? なんでよ!?」
そのせいで、ガルドは死んでしまったというのに。
ガンダムは答えなかった。胸部にあるAGEシステムも答えを導き出せないでいる。それほど難しいことなのだろう。
人の生き死にだけでは片付けられない、深い事情―――憎悪、因縁、復讐、差別、選民、殺戮衝動―――があるのだ。
しかし、十八歳のアリサには、そんなことどうでもよかった。人が死ぬのが悲しくないわけがない。
重力が弱まったコックピットを漂う大粒の涙。
しばらくすると、コックピットに回線が開いて、そこから男の声がした。深みのあるその声は、大人の匂いがした。
『こちらプリマドンナ艦長、ストラー・ジェイナスだ。噂の新型ガンダムに乗っている君は、ガルド・ドレイス少尉か?』
「いえ……アリサ・アスノ……トルディアMSアカデミー二年生です」
『……詳しい事情は後で聞くとしよう。今から、そちらに本艦の位置情報を送る。そちらでガンダムは回収する』
その男の声は、父親のように温かみのあるものだった。