機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

12 / 27
その6

 コロニー外壁を溶解させて、薄紫色のMSグルードが内部へと侵入する。灰色の鉄臭いコロニーの外壁内部には、無数の柱が建っていた。これは衝撃吸収とバランサーの役割を果たしており、ここを破壊してしまえば一時的にだが、コロニーは安定軌道から外れて、内部に激しい揺れが襲いかかってくるだろう。

 しかしながら、ゼラ7はそうしなかった。くだらない憎しみに駆られるよりもまず、ガンダムを奪取しなければならないからだ。全身の光波推進システムの光を噴射させて、鉄の柱でできた薄暗い森を抜ける。

 

 

『コロニー内に侵入した味方の全滅を確認……そちらはどうだ?』

「こちら、ゼラ7。コロニーの外壁部に侵入成功。これより、エリア32‐チャーリー……例の格納庫へ向かう」

『了解。よくやった……彼らの犠牲も、無駄ではなかったということだな。こちらも地下に向かっているところだ。うまくいけば、ガンダムに乗って合流できるかもな』

「ご武運を」

 

 

 その言葉は無機質で、どこか事務的であった。

 

 

 

 

 

 

「着いたようだな。念のため、俺が先行する」

 

 

 そう言うと、ガルドは拳銃を構えてエレベーターから飛び出した。エレベーターの表記が正しければ、ここは地下十三階。基地の地下というよりかは、コロニーの外壁部という表現のほうが正しい。それだけ宇宙に近い場所、ということか。重力が大きくないのだろうか、体が軽く感じられた。こんな場所に格納庫があるとは思えない。

 通路もお世辞にも広いとはいえず、足元の鉄の床もところどころ錆びていた。薄暗く、撃墜された艦船内にいるような気分に陥る。

「足音は聞こえない……人の気配も……」

 

 

 アリサはそう呟いたが、信用できるものではなかった。Xラウンダーの研究は今でもあまり進展しておらず、脳内のブラックボックスの一部となっているのだ。相手に幻影を見せたり、共鳴する特性を活かして相手を操ったり、人の感情の動きを察知できたり。ゆえに正確性は未だに証明されておらず、先読み能力など一部のプロセスだけしか、はっきりと分かっていないのだ。

「こんなところでMSを開発するなんて……」

「よほど秘密にしておきたかったのか。それか、開発は別の場所で行われて、ここに極秘裡に搬入されただけなのか。おそらくは後者だな」

 

 

 正式パイロットのガルドですら、詳しい事情を知らないのだ。よほど重大な秘密が、あるとしか思えなかった。

「裏切り者とて、ガンダムの開発経緯までは知らないだろう。ただの〝力〟としか見ていない」

「事実、兵器は力でしかありません……」

 

 

 かつて、その力によって人を殺してしまったアリサは、そう言わずにはいられなかった。兵器というものを、正当化できないでいるのだ。それなのにMSの開発者を目指そうとしていた自分を、少しだけ恥じる。吹っ切れるべきことは、まだあったのだ、と。

「それもそうだな。普通のMSだと、単なる人殺しの道具でしかないもかもしれない」

 

 

 薄暗い通路をしばらく歩くと、格納庫を示す巨大な扉が現れた。番号は【V―1】……それだけしか書かれていない、重厚そうな鉄の扉であった。アリサの鼓動は高まってくる。どうしてかは分からないが、懐かしい匂いがするのだ。ガルドはパネルを軽快な指使いで操作し、扉を開ける。

「だけどガンダムは違うと、俺は思っている」

 

 

 格納庫の中も薄暗かったが、しばらくすると各所からライトが点灯し、トリコロールカラーの巨人が姿を現した。MSデッキが胴部と膝部を通っており、四肢はコードで繋がれている。

 周囲にはコンテナが積まれており、各所に予備パーツやフレームらしき部品が散乱していた。機体の調整が行われていたらしい。

「あれが……ガンダム……」

 

 

 格納庫に屹立するガンダムというMSを、アリサは始めて見た。ガンダム記念館にあるものとは違い、それが純粋な兵器であるということを主張するかのような存在感。それが禍々しくも、美しく見えた。

 純白を基調とし、胸部は青をベースにしながらも排熱機構部分を黄色、胴部を赤色としている。全体的に角の取れた形で、かつてのAGE‐3よりも細っそりした印象だ。ヴェイガンのMSの構造を参考にでもしているのだろうか。胴部にある楕円形の半透明のパーツは、AGEシステムを格納している箇所だろう。両肘には赤い六角形の装甲が貼り付けてある。シールドにしては小さすぎる。篭手(こて)の部分からは鮮やかに輝く緑色の小刃―――シグルブレイドの技術が使用されているのだろう―――が備えられていた。が、それも武器として使うには、リーチが短すぎるように見える。腰部には新型のビームライフルが備えられていた。

 

 

 頭部はブレードアンテナが左右に伸びており、さらに二つが頭部センサーにそうように〝V字〟に伸びていた。かつてのAGEシリーズには見られない、鋭いフォルムの頭部。連邦軍が極秘裡に開発していた、新たなる救世主……それがガンダムAGE‐Vである。

「……誰かいるぞ」

 

 

 ガンダムに見とれるアリサの肩を、ガルドは軽く揺さぶって囁いた。直後、アリサもナイフのように鋭く研がれた殺意を感じた。突如として三秒後のビジョンが浮かぶ。

「危ない!」

 

 

 しかし動いたのはガルドのほうだった。アリサに覆いかぶさるように、近くのコンテナまで走り抜ける。それとほぼ同時に、銃声が格納庫に鳴り響いた。二発だった。うち一発は、鋼鉄の壁に炸裂し弾かれたが、もう一発がガルドの右脇腹の肉を抉る。

「ぐぁッ!」

「ガルドさん!」

 

 

 倒れこむように、二人はコンテナの影に隠れると、暗闇の向こうから聞こえてくる、男の声に耳を傾けた。

「外したか……」

 

 

 その男の声に、アリサは聞き覚えがあった。

「待ち伏せかよ!」

「そうだ。君の持っているAGEデバイスがなければ、こいつは起動しないようでな。まぁ当たり前か。君が運良く生き残ってしまったせいで、面倒事が増えてしまったな」

「その声は……アルバート・へイヴァンだな。あなたが―――いや、貴様が裏切り者だったのか!」

 

 

 アルバート・ヘイヴァン。トルディアMSアカデミー総合訓練プログラムの第一責任者で、アリサとは直接面識はないものの、二週間前の顔合わせの時に、モニター越しで彼を見たことがあった。あの時は、学生たちを緊張させないような口調をする、ファンキーで親しみやすい軍人だと思っていたのだが、裏の顔はそんなものではなかったということか。アリサは驚愕を隠せないまま、そのやり取りに聞き入る。

「ああ、そうだ。このような社会情勢で、連邦の醜い部分を見てきたのならば、裏切っても不思議ではあるまい」

「そんなわけあるか! 今は平和の時代だ。その平和を乱すようなテロリストたちに加担するのが、当然であるわけがない」

「平和の時代? 嘘を吐くなよ、若造が。この世界のどこが平和だというのだ。元火星移民者は今も差別で苦しんでいるのだというのに! エデンに帰還しても、その魂は未だ、忌まわしき火星の引力に囚われているというのに! どこが平和だ!」

 

 

 たしかに地球圏に帰還した元火星移民者とはいえ、一部の地域ではまだ差別意識が残っており、定期的に反ヴェイガンデモが行われている地域もある。それは、かつての連邦政府の殲滅思想が、未だに根強く残っているのも原因だと言われている。戦後、フリット・アスノらによる差別撤廃運動が行われても、未だに一部の過激派は存在しているのだ。

 戦争の爪痕は四十年間で癒えようとも、戦争における思想の対立は四十年経った今でも消えない。ザラム・エウバ問題と同じように、今後何十年もかけて解決すべき問題である、というのが世間一般での認識だ。

 

 

「私は元ヴェイガンの軍人……かつては、元火星移民者の差別問題の解消に取り組んできた者だ。だからこそ分かる! 差別主義に飲み込まれた地球種の醜さが! 奴らが死ななければ、地球は浄化されない! 浄化するには、再びヴェイガンに軍事力を持たせなければならないのだ」

「それは俺たち連邦政府の役割……あんたの本来の役割だっただろうに!」

「力がなければ、世界は変わらぬ! 浄化されぬ! それを知ってしまえば、こうもなる!」

「それじゃあ、かつてのイゼルカントの選民思想と同じじゃないか!」

 

 

 差別主義者、元火星移民者を嫌うものたち。彼らを排除して、エデンを実現しようというのか。それは思想の統制でもあり、人々の自由を奪い、従わないものを排除するということだ。いわば、身勝手な選民でしかない。しかし―――。

「そうだ! 二百五十年以上に渡り、受け継がれてきた憎しみの連鎖。選民なくして断ち切ることはできぬ!」

「それを断ち切るのは人だ! そんなもので断ち切れはしない!」

 

 

 ガルドはその言葉を聞きながらも、傍にいたアリサに語りかける。銃弾を受けた右脇腹からは、おびただしい量の出血があった。

「ちょっと待っていてくれ。あいつを片付けなきゃ、ガンダムには乗せそうにない……」

「……はい」

「安心しろ。君は俺が守る」

 

 

 そう言い残すと、ガルドは拳銃を構えて、コンテナから飛び出した。直後、銃声が行き交った。人々が殺し合う音。

 憎しみに飲まれた人間の感情が、アリサの脳内に入ってくる。頭を抱えて、思考をシャッターで閉じたいが、そんなことはできない。行き場のない恐怖が、アリサを震えさせていた。言い返したいことはたくさんあった。しかし、アルバートの憎しみを浄化できる自信など、ない。

 

 

 二十秒ほどして、銃声は止み、一人の大男が倒れる音がした。恐る恐るコンテナから這い出したアリサは、立ち上がり遠くを見据える。

 そこには筋肉質の黒人が倒れており、絶命していた。すぐ近くに右脇腹から出血しているガルドが、虚ろな瞳で立っていた。

「憎しみに汚染されて、人殺しの覚悟を忘れた者の末路だ……こんな大人にはなるなよ……」

 

 

 きっと最後の最後で、諦めてしまったのだろう。挫折せずに前を向いて走らず、今さらイゼルカントの選民思想に逃避した。他人の思想に飲み込まれて、その上、その真意を察する努力すらせず、曲解して自らの思想とする。そのほうが楽だからだ。

 かつて世界を変えようとした、戦士たちには遠く及ばない存在。だとしても、運命の歯車が狂ってしまえば、誰でもそうなりうる存在でもあった。アリサも、ガルドも、例外ではない。

「……はい」

「それじゃあ、行こうか」

 

 

 ガルドは右足を引きずりながらも、MSデッキへと向かった。先の銃撃戦で、ふくらはぎにも銃弾を撃ち込まれたようで、MSデッキに上がった頃には、歩けなくなり鉄の足場に腰を下ろす。

「クソ……右脚が動かない……動かないんだよ……」

 

 

 よく見れば、ふくらはぎに炸裂した銃弾は一つではなかった。少なくとも三発が、彼の肉を抉っていたのだ。神経が切れているのか、感覚がなくなってきているのか、医学に精通しているわけでもないアリサには、さっぱり分からなかった。

「ガンダムが目の前にあるってのに……がぁッ!」

 

 

 立ち上がろうとするガルドだったが、すぐに足場に崩れ落ちてしまう。口から血だまりを吐き、両手が小刻みに震え始めた。

「ガルドさん! 動かないでください! 軍医を呼びに行きますから、待っていてください!」

「しかしガンダムが……」

「敵はいなくなったでしょう! ガンダムに乗る必要もありません」

 

 

 だが次の瞬間、格納庫のコンテナの一部が爆発した。ちょうどガンダムの足元のほうで爆発し、MSデッキから降りられなくなってしまう。それを皮切りに、格納庫内のコンテナや予備パーツ郡が爆発し、各所に垂れ下がっているコードに誘爆する。一瞬にして、格納庫は紅蓮の炎に包まれる。ガンダムの両脚にも爆弾が仕掛けられていたらしく、足元が真っ赤に染まる。が、装甲ダメージは視認できない。

「あいつ……自分の心臓の停止と同時に、起爆するようにして……がッ!」

 

 

 おそらく自分がガンダムを奪取できなかった時のために、各所に爆弾を配置して、発進できないようにしようとしていたのだろう。メインコンピューターに仕掛けなかったのは、胴部にあるAGEシステムを傷つけないためか。爆発により四肢を吹き飛ばそうとしていたのだろうが、最新鋭の装甲技術が取り入れられているガンダムAGE‐Vには傷一つ付けられていない。やはりアルバートは、詳細な情報を受け取っていなかったのだろう。人が携帯できるぐらいの爆弾だけで、MSを吹き飛ばせる時代は、とうの昔に過ぎているはずなのに。

 それでも二人の逃げ場を失わせたし、最後の悪あがきとしては成功に分類されるものであろう。

「俺が……なんとかしないと……君とガンダムを……守らなきゃ……動け、動けよ! クソ!」

 

 

 正式パイロットであるガルドも、このような状態ではMSを操縦することはもちろん、コックピットに入ることすら、自力では不可能だ。MSデッキの手すりにもたれて、虚ろな瞳を紅の天井に向ける。二人のいるMSデッキも、もう長くは持たない。

 アリサもそれぐらいは分かっていた。熱風が肌を焦がすような感覚、額に汗が滲み、思考が灼熱の世界に歪まされていく。しかしながら、荒くなった息は健全な状態の証拠。細い息しかしていないガルドに比べれば、どうとでもなる。

「肩を貸します! ガンダムの中に逃げましょう! あそこならシェルターの代わりになるはずです!」

「……ああ、だけど敵に鹵獲されるのがオチだ」

「え……!?」

「今ここに、敵機が接近している……。きっと……ガンダムを奪取したアルバート……と合流するつもりだったのだろう……」

 

 

 ガルドがポケットからAGEデバイスを取り出して、簡易索敵システムの起動画面をアリサに見せた。マーカーレッド、敵MSだ。ガルドはそれを手元に戻すと、何やら操作をした後、再び前に出してきた。

「君に託す……」

 

 

 ガルドはアリサの右手を握り締めると、そこにAGEデバイスを託した。それは単なる小型量子コンピューターであるのに、どこか有機的で、温かみのあるものだとアリサは感じた。そう感じるのは、やはりアスノ家だからなのだろうか。戻るべくして戻った、と言わんばかりにAGEデバイスのメインモニターが微かに光る。

「今さっき、認証データを……初期化した。君が望めば、このAGEデバイスは……ガンダムAGE‐Vは君の物となる」

「今助けます! 自動操縦ならいけますよ! 諦めないで……」

「俺はもう無理だ。こんな……出血じゃあ、もう」

「そんな……」

「君が……ガンダムに乗れ……」

 

 

 ここでドラマやアニメの主人公ならば、カッコいいセリフを吐いてガンダムに乗り込むだろう。二年前のアリサなら、そうしたはず。それでも今の彼女はMSを操縦できない……正確に言うならば、人殺しができないのだ。強力なXラウンダー能力を持つアリサは、自分に向けられた憎しみや殺意、自分が殺した相手の断末魔、死ぬ間際の絶望感が〝聞こえて〟しまうのだ。

 どうしょうもないのだ。人殺しのできない素人パイロットなど、もう今の時代には必要ないのだ。父のように上手くやれる自信もないし、自分に向けられる殺意がどうしょうもなく怖い。ゆえに殺意を拒絶してしまい、相手を殺してしまうかもしれない。

 

 

 殺される前に、殺す。それが人間の本能で、アリサはそれを抑えることができるかどうか、不安だった。

「私は……怖いんです……」

 

 

 だからこそ、アリサはMSパイロット科を辞めた。なのに今、再びMSに乗ることを強いられている。いつものように拒絶反応が起こって、気を失ってしまうのがオチなのに。

 運命は、彼女を戦士にさせようと、必死になっているのだろうか。

「ああ、君は……俺と同じXラウンダーじゃないからな……」

「…………私の力は呪いなんです」

 

 

 消そうとしても消せない。自分を苦しませるだけの、厄介な能力。人がさらなる進化を遂げようと、宇宙(そら)へと飛翔した結果、こんなものを手にしたのだ。そうとしか、アリサは思えなかった。だがしかし……。

「君は特殊な存在だ……それはいい意味でも、悪い意味でも」

 

 

 紅蓮の炎はさらに激しくなり、視界が歪み始める。ガルドの声は乾いており、右脇腹から絶えることなく流れ続ける鮮血が、跪いているアリサの足を真っ赤に染めていた。もう助からないだろう。出血がひどすぎる。

「拒絶するな。その憎しみも……悲しみも……願いも……悪意も……善意も……全てを受け入れて……やれ。そして導くんだ……。君のその力は、けっして……呪いなんかじゃない。可能性だ」

「……可能性」

「人を殺すことだけが……戦争ではない……」

 

 

 そう言った後、ガルドは鮮血に染まった足場に横たわった。吐血を何度も繰り返しながらも、最後の力を振り絞って、咆哮した。

「行け! アリサ・アスノ!」

 

 

 その咆哮に突き飛ばされるかのように、アリサはガンダムのコックピットハッチへと急いだ。ハッチは自動的に開き、そこに吸い込まれるかのようにアリサは入る。シートに腰掛けたところで、喉元から酸味がこみ上げてきた。

 まただ、アリサは思い出す。

 二年前のあの事件からも、何度かコックピットに座ろうとしてきた。だがその度に、あの時の光景がフラッシュバックするのだ。ダナジンの潰れたコックピットハッチから漏れ出した、肉塊。死ぬ間際のパイロットの断末魔。死んだパイロットは、かつてマーズレイで死んだ両親のことを思い出していた。死にたくない、と何度も、何度も、何度も、心の中で叫んでいた。

 

 

 コックピットハッチが閉じて、薄暗くて狭苦しいコックピットに、少女の小さい体は閉じ込められた。誰も助けてくれない。

「うッ……がぁッ……ああ、ごッ!」

 

 

 誰かに首を絞められているかのような息苦しさ、全身の震えが止まらない。嫌な酸味が喉の奥から昇ってき、世界が歪んでいるように見えてきた。それでもアリサはコックピットから降りようとはしなかった。外が灼熱地獄だからだとか、そのようなことが根本的な理由ではない。

 もう逃げるわけには行かない。そう感じたのだ。

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……ぐッ!」

 

 

 今までトラウマから逃げてきた自分の不甲斐なさを噛み締める。全身に力を込め、精神を落ち着けようとした。

 

 

―――全てを受け入れるんだ。拒絶すればするほど、君は壊れていく。だから……。

 

 

 声が聞こえた。それはXラウンダー同士の共鳴か。ガルドは微かに残った命の炎を必死に燃やしながら、アリサの脳内に直接語りかけてくる。

 

 

―――皆を導け、その力で……。

 

 

「皆を導く……私が……」

 

 

―――人を救うための戦争をしろ。

 

 

 それはかつて、アリサの父キオ・アスノが行なったことと同じ。自分なりの戦いだ。

 

 

―――人を殺せないんだったら、人を殺さない戦い方をすればいい。相手が憎しみを抱いているのならば、それを理解してやれ。そして憎しみを浄化するんだ。君なりのやり方で。

 

 

「……はい」

 

 

 その声を聞いた途端、全身の震えは止まった。喉の奥の酸味も消え去り、息も徐々に整ってきている。しかしアリサの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。

 ガルドの思念が消えたのだ。さっきまであった人の温かみが、一瞬にして焼かれた。

「ガルドさんッ! 私……私!」

 

 

 人が目の前で死んだのは二度目だった。一回目とは違い、むごたらしさはなかったが。その代わりに、胸を刺す悲しみがアリサの瞳を熱くしている。

「今度こそ……今度こそ〝みんな〟を救ってみせるから!」

 

 

 その〝みんな〟とは敵味方関係ない。この世界に住む、あらゆる人間の魂である。二年前とは違うのだ。

セツナを、フジノを、セルビットを、父を、母を、このコロニーにいる人々を、憎しみに飲まれたヴェイガン残党兵を、救ってみせる。そうアリサは決意した。そうできたのは、きっと彼女を乗せているMSが、人の純粋な願いを受け入れられるマシーンだからなのだろう。

 有機的な温かみのある小型量子コンピューター・AGEデバイスを握りしめて、それをコンソールの横にある接続口に挿し込む。

 

 

 従来のMSとは比較にならないほど滑らかな起動音とともに、メインモニターが輝きを放つ。Aの文字が中心に現れたと思うと、ガンダム全身のステータスに切り替わって、起動確認画面へと移行する。

「バランサー正常値を維持、酸素濃度正常、出力調整完了、反応炉正常稼働……パワーユニット異常なし、AGEシステム起動」

 

 

 その手つきは慣れたものだった。サブモニターのタッチパネル上にて、十本の指を軽快に躍らせる。MSパイロット科時代の感覚は、二年前のものであっても錆びついてはいなかった。忘れようとしても、脳に染み込んでしまった感覚なのだろう。今となっては、好都合だ。

 メインモニターの起動とともに、コンソールの中心にあった小型カメラが、アリサに焦点を絞る。なんのためのものかは分からないが、これもAGEシステムの導き出した答えならば、アリサを助けるものに違いない。

「システムオールグリーン……」

 

 

 少女の決意とともに、燃え上がる炎よりも激しい光を伴って、その双眼が輝く。襲いかかる火の粉を軽々と弾き飛ばす、純白の装甲。AGEシステムの起動とともに、胸の楕円形のパーツに〝A〟が緑色の光とともに、浮かび上がる。

「いくよ、ガンダム」

 

 

 アリサの体を流れている血は、その兵器に温かみを持たせた。救世主としての資格を、再び与えた、と言いかえても良いだろう。

「アリサ・アスノ、ガンダムAGE‐V……いきますッ!」

 

 

 紅蓮の炎の中、進化するガンダムは目覚めた。

 

 

 正の感情も、

 

 

 負の感情も、

 

 

 全てを受け入れ、

 

 

 善き方向へと導け。




【次回予告】
 明日の存在を証明できる者は誰もいない。
 いないからこそ、人は不安を感じる。
 漆黒の宇宙(そら)にて、アリサは四十年前の憎悪と対峙する。
 次回、機動戦士ガンダム00AGE、第三話。

―――癒されざる傷跡の数々―――

 刻の涙は何処へと向かう?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。