機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
上空を飛翔している深緑の竜―――MSダナジンは、三機で軍事基地を黒煙に染め上げていた。怪獣と形容すべきそのフォルム、全身に備えられた凶悪な兵器で、生身の人々を焼いていく。
「MS隊の発進が遅れてる……これじゃあッ!」
このような状況であっても、セツナは冷静に周囲の様子を観察し、それを踏まえて適切な行動を考察している。おそらく兵舎も攻撃されたのだろう。しかも今日は総合訓練プログラムであると同時に、コロニーファーデーンにて行われる式典に、数名のパイロットが護衛として配置されているのだ。テロリストにとって、これほどの好機はないであろう。
「おい! MS隊の発進まだか!?」
「現在、港にて新造艦〝プリマドンナ〟からの連絡だと、MS隊の救援を送ったとのこと!」
「そんなの、いつ到着するか分からないんだ! こちらからも発進させろ!」
「だから、パイロットが……ぁあああぁああッ!」
一機のダナジンが、言い争っていた二人の軍人ごと、アスファルトの地面に荒々しく降り立つと、股間部にあるダナジンキャノンを噴射させる。高熱の塊がビーム状に吐き出されて、鉄を、土を、人間を、溶解した。
「きゃッ!」
セツナの近くにあった格納庫も爆発し、爆風で彼女は吹き飛ばされてしまう。体の節々の痛みを堪えながら、素早く起き上がる。
それは運命だったのかもしれない。
起き上がったその横に、一機の黄色い装甲のMSが倒れていたのだ。爆風で倒れてきたのだろう。一歩間違えれば、セツナを押しつぶしていたかもしれない。装甲色からも分かるように、これはセツナたちアカデミーの訓練生用のアデルであった。
「……やるしかない!」
セツナの判断は正しかった。このまま逃げ惑うという選択肢を取っても、生き残れる保証はない。それならば、いっそのこと自分があのダナジンを倒してしまえばいい、ということだった。
「天才の私なら、あれぐらいッ!」
Xラウンダーを超えうる能力を持っているのに、演習で三機のアデルを相手に無双するほどの実力があるのに、こんな時に使わないでどうする。
セツナはアデルのコックピットハッチを開けると、急ピッチでシステムを立ち上げる。幸い、訓練生用に簡易化されたソフトウェアの動作は素直で、ものの十秒で四肢を動かせる状態になった。
「システムオールグリーン……いける!」
アデルのフェイスガードの奥にあるメインカメラが、発火(イグナイテッド)するように鋭く輝いた。メインモニターに瓦礫の山に屹立するダナジンが映し出され、
「気づかれた!?」
立ち上がったばかりのアデルに、竜の顎門(アギト)―――ビームシューターが向けられる。突然の出来事だったが、あくまでもセツナは冷静な思考を回転させる。左右のステップを思いっきり踏みつけて、トリガーを上昇。訓練用アデルの両脚は地面を蹴りつけて、本体を飛翔させる。間一髪のところでビームシューターを回避したアデルは、着地するとダナジンと向かい合う。
セツナはサブモニターの武器選択画面を確認するが、そこにあったのはマーカーロッド二本だけ。こんなものじゃ、堅牢な装甲は貫けない。格闘戦をしようにも、相手の方が一回り大きく、訓練用に出力を抑えられたアデルでは太刀打ちできないものだ。
「どうする……こんな装備じゃ、ダメ。もっと何か……」
アデルのメインカメラは周囲の各所にフォーカスする。崩れた格納庫、人の焼けた跡、MSの残骸……その中に、それはあった。
「カラーシュのドッズライフル……あれしかない」
ダナジンの背後にある格納庫の瓦礫の中から、カラーシュの上半身が飛び出していた。その右手に持っているのは、ロングレンジタイプのドッズライフル。アデルのものとは規格が違うため、不具合なく扱えるかは分からないが、使えないということはないだろう。
「やってみるしかない……」
訓練用アデルは地面を蹴り、疾走する。しかし懐はがら空きであり、ダナジンはそれを逃さず、股間のダナジンキャノンを放とうとする。細かい空気中の粒子が砲口に吸い込まれている、その時にアデルは右手にマーカーロッドを構えた。地面を滑走するアデルは、姿勢を低くして、ダナジンキャノンの砲口にマーカーロッドを突き刺す。ビームの射出口は狭い範囲ながらも、MSのデリケートな部分であることに違いはない。
ダナジンキャノンの砲口も例外ではなく、マーカーロッドの先端部が中で詰まり、ビームが内部で暴発してしまう。股関節の間から黒煙が登り、その巨体が揺らいだ。
「私は……天才だから!」
アデルは瓦礫に埋もれたカラーシュに飛びつくと、ドッズライフルを右手に持つ。コックピットのメインモニターのシステム画面を展開させると、新規格のドッズライフルを撃てるように、細かな調整を高速で行う。普通だと、戦闘時では絶対にやってはいけないこと(システム調整中は、丸腰になってしまうため)なのは重々承知。そのためにも、ダナジンキャノンを暴発させて、時間を稼いでいるのだ。
「エネルギーゲイン、出力三十%に軽減、回転率調整―――本体出力、ライフルの出力に合わせ……完了」
新規格のドッズライフルとの調整が終わったアデルは、その鋭い銃口をダナジンの頭部―――コックピットへ狙いを定める。ここで撃ってしまえば人殺しだ、という感覚は何故だか無かった。
やはりMS同士の戦いは、殺し合いのようには見えないのだ。コックピットの向こうにいるのは、単なる戦闘単位でしかなく、いわばMSを動かすメインコンピューターの一部であると考えずにはいられない。そう考えなければ、セツナはそのトリガーを引けなかっただろう。
アデルの持ったドッズライフルの銃口から、螺旋状に渦巻くビームの嵐が一直線になって、ダナジンの頭部を貫く。生身の人間のように血が吹き出すようなこともなく、ただただ中にいたパイロットはDODS効果による共振粒子のボルテックスに飲み込まれ、跡形もなく消滅していった。
頭部をなくした巨大な竜は、豪音と共に瓦礫の山に崩れ落ちる。
「はぁッ……はぁッ……はぁッ……」
あの時、アリサであればトリガーは引けなかっただろう。彼女にとって、MS戦すらも生身の人間同士の殺し合いとなってしまうからだ。しかしながら、セツナ自身もトリガーを引く瞬間、戸惑った。おかげで、撃つタイミングが一秒ほどズレた。
「これが……戦場……」
天才少女であっても、即座に戦場という〝狂気が渦巻く世界〟に順応することは不可能だ。荒くなった息を整えることで、精一杯であった。遠くのほうの爆音も、いつしか消え去っていた。残りの二機も殲滅されたのだろう。
「アリサ……」
セツナは汗がびっしょりとついた右手を眺めて、細い声で呟いた。自分が人殺しになってしまった現実を受け入れるのには、もう少しだけ時間が必要な気がした。正直なところ、今すぐにでも親友の、アリサの傍に行きたいと思っている。
それほど不安だったのだ。
このような非常時でも、男という生物は女性が目の前にいれば、格好をつけたくなるものだ。ゆえにセルビットは、訓練用アデルのコックピットの前に立って、眼下にて怯えた目をしている〝ファンの女子〟たちに向かって高々に宣言する。
「大丈夫さ……君たちは俺が守る!」
「「「セルビットくん……」」」
「あのダナジンは俺が倒す。君たちは、この先にあるシェルターに逃げるんだ」
「「「うん!」」」
そう言い残すと、セルビットは端正な顔立ちの笑みを浮かべ、コクピットへと入る。システムを立ち上げる途中になって、急に不安が襲いかかってきた。
「……とは言ったものの、どうすればいい……。訓練用だし、武器ないし、勝目ないぞ……これ」
やってしまった。その一言で済ますことのできない失敗、かといって男として最低限持ち合わせている彼のプライドは、逃走を許しはしない。このまま逃げ出すのは、何が何でも格好悪いだろう。
「やるしかない……ああ、やってやる。やってやるよォォおおおおおおおおおおッ!」
ここは男として逃げるべきではない。覚悟を決めて、セルビットのアデルは格納庫から、豪快にスラスターを吹かせたまま飛び出していった。
「ま、まッ、待たせたな、テロリストども! この俺が相手だ……ぁ……って、え?」
しかし待っていたのは、頭部を破壊されて瓦礫の上に崩れている緑色の竜であった。完全に機能を停止させて、セルビットの足元に転がってくる。
「あ……うん、まぁこんなものだな!」
セルビットはトリガーを握る両手を話して、ふぅっと安堵の一息をつく。既にコロニー警備隊が始末してくれたようだ。
いや違うだろう。倒れているダナジンのすぐ傍に、一機に訓練用アデルが立っていた。右手には、本来ならばアデルが扱うには規格外の、ロングレンジドッズライフルが。本当に訓練用アデルが使ったというのならば、ソフトウェアの書き換えや、出力調整などが必要だ。そんなもの、普通は戦闘中にやらない。
もしも戦闘中にやったというのならば、相当の凄腕パイロットが乗っているのだろう。と、感嘆していたセルビットの耳に、通信音が響いた。
『こちら、MSアカデミー三年生のセツナ・M・ヒジリナガ。あなたは連邦軍人ですか?』
「え? セツナ!?」
『その声は……セルビットさんですね。どうして、こんなところに……避難はどうしたのですか? ねぇ?』
「その……ね。そこにいる、ダナジンを倒そうと思って」
『馬鹿ですか? なんで、訓練用アデルでダナジンが倒せると思ったのです? そもそも、あなたの白兵戦評価はCのはず。勝てるわけないでしょう……』
「あ、いや、現に勝っているじゃないか……訓練用アデルで」
『私は天才ですので』
「そすか……」
よくよく考えてみると、天才だから勝てたわけで、成績優秀であってもあくまで凡人のセルビットが勝てるような相手ではなかったのだ。セツナが倒してくれなかったら、今頃彼は……股間から放たれたダナジンキャノンで、けし炭になっていたかもしれない。ジュニアハイスクール時代に男子生徒たちの下ネタの代表格となっていた〝それ〟に殺されるなど、考えたくもなかった。
「……ごめんなさい」
『よろしいです』
痛いところを突かれて、項垂れるセルビットの耳に再び通信が入った。
『こちらプリマドンナ隊所属、イリカ・シモンズ。そこの訓練機! 所属は?』
女性の声……大人びている。
見上げると、上空からMS一機が降り立ってきた。矢が刺さった菱形のエンブレム、見たところ〝噂の最新鋭機〟らしい。シグナムといったか、一般人のセルビットにはそれ以上のことはわからなかった。アデルと比べると、遥かに力強く、ヒロイックな印象を与える姿形であった。
「は、はい! MSアカデミー三年生、セルビット・ケルムです」
『同じく三年生、セツナ・M・ヒジリナガです』
『セツナさんね、話は聞いているわ。お疲れ様、大変な初陣だったわね』
『いえ、気にしないでください……』
(え? 俺は? 俺の存在は無視なのか!?)
と、セルビットは焦っていたが、そんなのは杞憂でしかない。次の瞬間、ドスの効いた声が、彼の鼓膜に衝突してきた。
『……あなたも話は聞いているわ。アカデミー一の女ったらしだと、同じアカデミーに通っている妹が言っていたわ』
「あ、え? そんな風に見られていたのですかであります!?」
混乱して口調がおかしくなっている。
『どうせ今回も、ファンの女の子を守るとか、格好つけて出撃したけど、結局セツナさんが倒したあとで、意味もなくMSに乗っているのでしょ? 君は俺が守る、お決まりのセリフねー』
「なんでわかったのですか!? あなたXラウンダーですかッ!?」
『いえ、私はノーマルよ』
「そすか……」
男という生物は悲しいものだ。下手に動けば、空回りして滑稽なことになってしまう。セルビットはその傾向が強いだけ、それだけなのだ。
『さてと、このままシェルターに避難してもらいたいところだけど、もう空いているのが無いらしい。せっかくMSに乗っているんだから、港まで来てもらうわ。いいわね?』