機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
次々と起こる爆発が、生身の人々を飲み込んでいく。
訓練生たちも例外ではなく、格納庫にて機体の整備をしていた男子学生数名が巻き込まれていた。人間の皮膚が焼ける臭いがし、遠くの方から断続的に爆発音がしている。戦場というものを知らない学生たちにとって、このような状況は〝地獄〟でしかない。ゆえに、我先にと逃げ惑うのも無理はない。訓練の監督をしている軍人も、このような事態は経験したことないのか、訓練生たちをまとめられていないようだ。
冷静なのは、ごく一部。しかしながら、そのごく一部にセツナが入っていたのは当然といえよう。
(爆弾はMSに仕掛けられているはず……)
この騒動が反政府勢力によるテロであり、爆発のパターンからMS隊の出撃を遅らせようという相手側の思惑を察知し、的確な判断をする。実戦を経験していなくとも、そのような冷静な判断ができるのは、天才たる所以であろう。
「皆さん、落ち着いてください。MSに近づかなければ、安全です!」
そう言って、初めて周囲の学生たちは落ち着いた。
軍人になるはずの人間が奇襲攻撃で冷静さを失うのは、言語道断であると思う一般市民もいるだろうが、ここ三十年の間でコロニーに奇襲攻撃が加えられた例はない。新型索敵システム・アルティメスの配備により、一時代前のように、見えざる傘を用いた敵が攻めてくることもなくなったのだ。今回のようなケースは非常に稀であり、現場が混乱するのは仕方のないことなのだ。これでもマシなほうでは、ないだろうか。
爆発がやむと、連邦軍人らによる避難誘導が始まった。学生たちは三列になって格納庫から出ていく。ここらへんの手際の良さと、緊急事態に対する順応性は、やはりMSアカデミーの学生ということもあってか高い。
しかし、セツナはその列に入ろうとはしなかった。
「アリサ……」
セツナの親友―――アリサは、地下にMSの予備パーツを取りに行っているのだ。ここで自分だけ逃げるのは、彼女のプライドが許さなかった。
そんなセツナを見て、整備担当の連邦軍人が、
「君も早く逃げろ!」
「まだ友達がいるんです! 基地の地下に! 私だけ逃げることなんてできません!」
「お、おい!」
セツナは避難誘導の列がいる場所とは反対側の出口から、格納庫を飛び出していった。生身の少女が飛び出して、どうにかなる状況ではないということは、本人も重々承知のはずだ。二週間前のセツナに言わせるならば〝くだらない感情に流されて、合理的な行動ができなくなった人間〟だろう。
それでも親友の安否を……知りたかった。感情に流されることも、一概に悪いとは言えないものだ。最近になって、気づき始めた。
非常時の警報が鳴り響く。パイロットスーツを着込んだ軍人が右側を走り抜けた。スクランブルにしては、パイロットの数が少なすぎる。兵舎も爆破されたというのだろうか。そして、パイロットスーツを着た軍人がいるとするのならば、このテロは生身の人間だけで行われているのではなく―――。
次の瞬間、セツナの背後で人間が弾ける音がした。上空から降り注いできたビームバルカンの雨が、先ほどのMSパイロットや周囲にいた人々の体を四散させたのだ。
「あれは……ッ!」
セツナが見上げた青空には、深緑色の竜が飛翔していた。
超巨大な円柱状の建造物、コロニー。おそらく、大昔の―――まだ地球の重力から抜け出せていない頃の人類が見れば、驚嘆することは間違いないであろう。真空の宇宙に浮かんでおり、断続的に回転することで重力を生み出し、人間の住めるような環境にしている。
製造方法は簡単で、コロニーの中心となる軸型の艦船を用意し、そこに輪投げのようにリングを通し、コロニーコアとする。リングのサイズ自体はコロニーほど大きくしなくて済むため、中規模工場での量産も可能で、建設中は居住区画としても機能する。ゆえにコロニーの建造自体は比較的容易で、安定軌道をとれるラグランジェ点さえ存在すれば、どこにでも造れるのだ。そんなコロニーコアを中心に、コロニーの外側を建造していく。コロニー完成時には、コロニーコアは農業プラントとして機能。さらには九十年前のコロニーノーラのように、艦船を推力とすることで、緊急時の脱出艇となる。いわば、コロニーコアはコロニーの中核を担う存在だ。
つまり、コロニーの弱点となりうるものである。
「白昼堂々、怪獣たちのお出ましかい」
女の声、大人の余裕を含んだものだった。
三機のシグナムはコロニーコアの射出口から飛び出し、Δ(デルタ)フォーメーションをとる。右手にはシグマシスドッズライフル、左腕にはAを逆さにしたような模様のシールドが。先頭を飛行しているシグナムの右肩には、矢が突き刺さった紅の菱形を下地に、一番機を示すペイントが。
〝頭上〟に広がるのは、ゴーストタウンと化した街。支柱(コロニーコアから伸びている。非常時には、シェルターとして使われる)への避難がスムーズに行われたということか。そこらへんは、九十年前の教訓が生かされていると言えよう。
「こりゃあ、おそらく軍部に裏切り者がいるわね。まったく奴らは〝天使の落日ごっこ〟でもやるつもりなのかねぇ」
一番機のコックピットにいる女性は、瞳を細めて、機体を索敵モードから戦闘モードに移行させる。その余裕を含んだ口調とともに、何事も冷静にこなす彼女はイリカ・シモンズ、このMS隊の隊長である。
後続の二番機のパイロットは、幼さの残った声調で、しかし落ち着いた様子で言う。
『こちらは最新鋭機、向こうは四十年以上前の機体……勝ち目なんてないんですけどねっ!』
『油断しないの、レミィ』
三番機の女性が静かに諭す。イリカよりもさらに大人びた、声。
『随分と落ち着いていますね……カナリアさん』
「そりゃあ、愛する旦那様の無事を確認できたからでしょ」
イリカは会話に割り込んだ。カナリアは深く嘆息するが、少し笑みを浮かべていた。
『まったく……』
『新婚って感じですっ!』
「さてと、レミィ。おしゃべりはここまで。シリアスモードでいきましょ」
『らじゃーっ!』
イリカは真剣な面持ちへと切り替えると、後続の二機に指示を送る。
「あくまでも私たちの任務はコロニーコアの防衛よ。残党兵たちを突き動かしているのは〝優しいイゼルカント様〟じゃないわ。底知れぬ憎悪よ。そこらへん、頭の隅っこにでも置いといてね」
つまるところ、本気でコロニーコアを落とそうとしてくる、ということだ。
『らじゃッ!』
『了解しました』
「さっそく〝二匹〟発見よ。各自、散開!」
三機のシグナムの前に現れたのは、ダークブルーの装甲をした竜型のMS―――ガフランだ。その巨大な翼と、MSと呼ぶには異質すぎるデザイン。百年前、このMSを目撃した人々が、ヴェイガンを異星人と勘違いしてしまったのも、無理はないだろう。
見る者を圧倒するその異形のMSだが、所詮は百年前に開発された機体。遺失技術の一部を使っているため、丹念に整備していれば、まだまだスムーズに動くだろうが、現在のMSとの性能差は埋められない。たとえ四十年の間に、内部構造の微調整による強化を行っても、だ。内部フレームを変えないことには、最新鋭機には追いつけない。
「こいつは私とレミィが堕とすわ。カナリアは流れ弾の処理をお願い!」
そう指示を送ると、イリカのシグナムは右側からコロニーコアへ猛進してくるガフランをロックオンする。憎しみに駆られたガフランの動きは生物的で、旧世代のものとは思えない機動を描いていた。その上、ミューセルでも使っているのだろうか、牽制のために撃った頭部のバルカン砲も、軽々と回避されてしまう。
しかしながら、エースパイロット相手では、そんなこと関係なかった。
「先読みができても、所詮は!」
尻尾の大型ビームライフルを抱えたガフランは、そこから殺意の光がシグナムに向けて放たれる。しかしそれを、シグナムは左腕のシールドで受け止めた。ビームがシールドに炸裂するが、すぐに四散。シールド自体が強力な電磁装甲となっており、並大抵の出力のビームでは歯が立たない。
シグナムはガフランに向かって猛進。二機のスラスターから光波推進システムの光が漏れ出し、コロニートルディアの空を舞う。旧式のスラスターでは逃げきれず、ガフランはシグナムが懐へ潜り込むことを許してしまう。
「終わりよ、諦めて投降しなさい」
最後の悪あがきといわんばかりに、ガフランは胸部の拡散ビーム砲を放つ。しかし、それもシグナムの高出力ビームサーベルにゼロ距離で弾かれてしまい、結果として自らの胴部に炸裂してしまうのだった。
「あと、命は粗末にするもんじゃないわよ」
自爆する寸前で、シグナムはガフランの首部に鋭い斬撃を加えて、頭部を切り離す。それを受け止めて、爆発寸前のガフラン本体を蹴り飛ばした。無理やり改造した内部機器が誘爆を起こして、ガフラン本体は空中で爆散。
「一機〝捕獲〟ね」
『こっちも捕獲しましたっ!』
『コロニーコアの損傷、ゼロです』
パイロットを助けるほど、このイリカは余裕を持っていたということか。性能差と実力差の両方が合わさった時、はじめて〝殺さないという第三の選択肢〟を手にすることができるのだ。
慣れた手つきで、シグナムの人差し指から射出された通信用のワイヤーを、胸に抱いたガフランの頭部に打ち込む。
「……あーあー、聞こえている? テロリストさん?」
【Sound only】というウィンドウがメインモニターの隅っこに浮かび上がる。そこから、憎しみにまみれた男の声がした。
『貴様ら愚かな地球種どもに、我らの憎しみは……苦しみはわからないだろう。地球に降りても、待ち受けているのは差別と屈辱のみ……』
たしかに四十年前の戦争が終結し、元火星移民者が地球に降りても、厳しい差別が待ち受けていた、というのは事実だ。マーズレイを持ち帰ってきただとか、残虐非道な思想を持っているだとか。
「それでも必死に生きている人はいる」
『必死で生きて! 必死に生きたところで、俺の女房は地球の差別主義者どもに殺された! 俺たちは復讐心を押し殺して、地球で暮らしているってのに! 殺す……殲滅だ、地球種は宇宙の分子に還元されればいいのだッ!』
ミューセルによって感情の起伏が激しくなっているのだろう。
「そんな憎しみを……今の子供たちにも植え付けさせるつもり?」
しかし会話は成立しないだろう。相手はミューセルによって感情が不安定になっているのだから。
『お前たちは、いずれ報いを受けるだろう! 自分たちの立場のために、俺たちを見捨てて……人間としての尊厳を失わせて! エデンすらも奪った、その報いをォォォオオオオオォォッ!』
咆哮が止まると同時に、脳漿の飛び散る音がした。音だけで分かる、これは口元に拳銃を突きつけて、撃ったのだ、と。
不殺をしたところで、深い憎しみを抱いた者の末路など決まっている。
「私だってね、まだ必死で生きているのよ」
憎しみに飲み込まれる者もいれば、憎しみの連鎖を断ち切ろうとする者もいる。イリカは後者になろうとした。ただそれだけの違いなのに、こうも結末は違うものなのだろうか。
イリカのシグナムは胸に抱いたガフランの頭部を、コロニーコアの格納庫に放り込んでおいた。このまま爆破するのは、あんまりだ。せめて、死んでいった男の魂がいつか浄化される、その日がくるのを願うしか、イリカにはできなかったわけだが。
「さてと……あとは基地内にいる、敵機の排除ね。学生さんたちも巻き込まれているようだし、急ぎましょ」
『らじゃですっ!』
『了解しました。行きましょう』
三機のシグナムは眼下に広がる、トルディア軍事基地まで向かった。黒煙の立ち昇るそこには、いくつもの憎しみの臭いがしていた。