紅蓮の男   作:人間花火

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夏祭りの浴衣って、慎み深いけどなぜか映えるよね。
ニポンのカルチャー素晴らしいネ。


紅蓮と悪神
48発目 夏祭りと異国の神影


都内の道路を、異彩を放つ二人の男女が歩いていた。 すれ違う人も思わず二度見をするほど、彼らは普通ではない雰囲気があった。

少し大げさに喩えれば、一般人に紛れて歩く芸能人だ。 

 

紅蓮色のスーツをルーズに着こなす長身の男。 胸に光るは鉄十字(アイアンクロス)

そして、白昼堂々と黒い和服を着崩した胸元全開の妖艶な女性。 彼女が隣りのその男の腕に密着している。 道行く男は女性の方に目を奪われるが、次に隣りの男を見ると肩を落として去っていく有り様だった。

 

「ねぇナイン、リアス・グレモリーとデートの約束してたって本当なのかにゃー?」

「耳が早いことで。 ちなみにどなたから…………?」

 

とは言え、本人たちはそんな視線もどこ吹く風。 二人になった途端、不機嫌になった彼女を相手にする羽目になったナインは、この状況をどう捌こうものか算段を立てていた。

 

冥界から人間界へと帰還した二人は、ここからそう遠くない家の帰路に付いていた。

 

いつもの表情を崩さず、質問に質問で返してきた彼に、彼女――――黒歌はいじける様につんとした片目で睨む。

 

「小声で話してたみたいだけど、私には聞こえていたんだからねっ」

「あぁ…………ははっ、いやはやあれを聞き取りますか。 とんだ地獄耳だねぇ」

 

乾いた笑い。

さすがのナインも、リアス・グレモリーとの束の間の密談をまさか聴かれていたとは思わなかったようだ。 あのときは誰も彼も騒がしく、自分と彼女の会話に興味を示す者など居ないだろうとタカをくくっていた。

 

実際あの場に居たほとんどの者たちは、オーフィスやグレートレッドへ関心が集中していた。

ただ、黒歌だけはそうでなかったということだろう。

 

ナインは、ちょっとした悪戯が見つかった子供のように笑う。 腕を組まれている方の手で、いじける黒歌の背中を宥める様に叩いた。

 

「まぁ結果としてご破算になっている、そこのところは広い心で見て欲しいものですね」

「それも聞いてる……けど、何を考えているのよあの泥棒猫。 にゃーっ、思い出したらムカついて来た!」

「猫はあなただけどね。 それに、短気は良くないよ」

 

地団太踏む黒歌に対し冷静に、そして的確な返しをしていくナイン。 すると、黒歌は腕を離して、正面から問い詰める形でナインの歩みを止める。

 

「誘いを断ったのはナインの方だったじゃない! 何も言わなかったらデートしてた!」

「そうですかねぇ…………?」

「そう」

 

心底不満のようだ。 無意識にひょっこり出て来てしまった尻尾が不機嫌を表すように左右に振れている。

 

「ああコスプレです」と道行く人の好奇の視線に適当に言って捌いていく。

そして、彼女の尻尾を隠すように、お尻に押し込めた。

 

「ひゃんっ」

「出てるよ尻尾――――っとまぁ、あまり意識しても疲れるだけだと思いますが?」

「…………」

 

やはりこの男は、こと恋愛沙汰に関しては無能で無神経であった。 いや分かってはいるが、自分の興味の無いことだと、使命や任務、仕事等で無ければとことん適当に済まそうとする。

 

ただ初期の頃よりは変わったことはある。

それは、彼が自分の横に、黒歌を置くようになったことだ。 最初の認識より明らかに変化している。

微々たるものだが、その変化には二人の肉体関係も一旦を担っている。

 

「そういじけることはないと思うんだけどね」

 

とはいえ、ナインの軸自体はブレはしない。 誰かの機嫌を窺うとか、無償の人助け、すべてナンセンスだと心底思っている。

偶然助ける結果になったことはいままでに何度もあるしこれからもあるだろうが、それによる見返りの要求もしないし、たとえお礼をしたいと言って来ても丁重に断る。 それでもしつこく言ってくる輩には押し付けがましい奴だと鬱陶しがるのがこの男の性質だ。

 

黒歌が口を尖らせた。

 

「贔屓目に見てもナインは女受けするのよ!」

「…………え、そうだったんですか?」

「無自覚!? ウソ無自覚だったの!?」

 

有り得ないものを見たような声音で黒歌は捲し立てる。

 

「物憂げな表情とか、話に付き合ってくれるところとか。 特に後者は女にとってかなりプラス点にゃの!」

 

ずい、と顔をさらに寄せる。

 

「ナインは両方を満たしてるの、解る? 女殺し二段構えなの」

「………………こ、これほど私のことを持ち上げる女性はあなたしかいませんね」

 

若干引き気味のナインだが、仕方なく顎に手を当てて目を瞑る。

 

「女殺しねぇ…………」

「なんたって心にゃん!」

 

自分の胸をパシッと叩く黒歌。 豊満な胸が和服の中で揺れる。

 

「ナインはさぁ、ブレが無いのよね。 そこが一番いいところだと思う」

「………………」

「ま…………まぁたまには私のことも考えて欲しいなって思う事もある、けど…………………」

 

自分で言っていて徐々に恥ずかしくなっていき、顔を赤面させていく。 羞恥心に耐えきれずついに袖で自分の顔をサッと隠してしまった。

 

黒歌は自信家で、どんな男にも物怖じしない性格だ。

長年の経験則から、いまの男性というものを知り尽くしている。 その妖艶で豊満な容姿を活かした誘惑で幻惑されない男は居ない。。

 

そして、大半の男性というものは大きな胸にも逆らえない。 例外の方が少ないだろう。

 

ただ話は戻る。 ここまで彼女の長所を語ったはいいが、問題は、それがナインには全く通用しないという難点。

ナインの異常とも言える明鏡止水に対し、手玉に取ろうとする黒歌が逆に手玉に取られ、そして惹かれていく。

 

いまでも、ナインは黒歌の一挙一動に肩を揺らして笑っているのだ。

 

「………………はっ」

「むぅ…………」

 

何も言わず、ナインは笑うだけに留まる。

 

「ともあれ、人目も多くなってきました。 さっさと歩きましょう。 ヴァーリさんたちと途中で別れたのは新居を獲得したからだ、違うかい?」

「ああー! そう、そうにゃのよ!」

 

歩き始めて早々に、にゃーと拳を振り上げる黒歌は、先ほどとは一変してはしゃぐ。 そう、ナインが先のテロ襲撃に出陣する前に、黒歌に任せておいた一件があった。

 

それは新居。 チームリーダーの指示のもと、ヴァーリチームの拠点を二つに分ける話。 もともとナインは住居にはうるさくない人間だ。

以前、ゼノヴィアとイリナで宿探しをした際はマンションを提案していた。 だが、それはあの二人が教会に住むなどと言い出したからである。

 

(…………教会はそんなに好きじゃない) 

 

それ以外ならば、ただ食べて寝られれば問題は無い。 更に究極的に言えば、野外でもいける男だ。

 

「それでさナイン、その件にゃんだけど」

「うん?」

「ナインのお金、結構使っちゃったんだけど大丈夫だった? 事後報告で悪いんだけど」

 

舌をペロリと出し、指で輪っかを作る黒歌。 そんな彼女にナインは手を振った。

 

「問題ありません。 使い道も分からなかった物なのでね。 ドブにさえ捨てなければどういう使い方をしても結構。 であるからこそ、あなたにも口座番号を教えたんだしねぇ」

「よっ、太っ腹ナインにゃー! そこも大好き!」

「現金ですねぇあなたも」

 

再びナインの腕にくっついて擦り寄った黒歌は、そのまま彼の頬に口付けをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「目立ちすぎるのも良くないと思ったから、テナント住居にしたの。 って言っても、買い取ったからほぼ一軒家になるけど」 

「ほぅ、これは…………」

 

中に入っていく二人。 ナインは感心の溜息を吐いた。

 

「荷物移動も済ませてくれたのですか」

「業者に頼んでね」

「あなたにそのような生活力があるのは正直驚きました」

「滅茶苦茶怪しまれたけどね」

 

えっへん、と得意げに胸を張る。 確かに迅速だ。

ナインが黒歌に言ってから、まだ一日ちょっとしか経っていないというのにだ。

 

「一階が、ナインの希望してた事務所形態の作り。 二階は普通の住宅になってるにゃん」

 

都内の二階建てテナント住居を買い取るなど、尋常ではない金額が掛かったのだろうが。 それでもナインの懐には余裕があったという。

 

黒歌が首を傾げる。

 

「そういえば、事務所の形を取ったはいいけどここで何するの?」

「仕事です。 生活のために必要なのはなにか――――金だ」

「ひゃー、仕事人の顔にゃ。 それで、どんな仕事をしようと企んでるのー? 教えてー」

 

好きな男となら何をするにも楽しいのだろう。 黒歌は内心小躍りしながらナインに訊いた。

 

「美人局です」

「え」

「まぁ嘘だよ、特に仕事など考えていない。 実際、私の財産でしばらくはどうにかなりますからね」

「その、呼吸をするみたいに嘘を吐くのやめにゃい?」

 

相変わらずの悪い冗談の後、二人は二階へ上がっていく。

その途中、黒歌がボソリとつぶやいた

 

「美人局。 意外と良い考えかもね」 

「は? 本気ですか」

 

本当に冗談で口走った提案だったのだ。 ナイン自身、そんなアウトローなことで稼ぐつもりは無い。

しかし、黒歌は満更でも無いようで、自信満々にその豊かに実った胸を下から持ち上げる。

 

「バカな男釣って、ナインがふんだくる! 面白そうじゃない?」

「却下です。 それは仕事として遣り甲斐を感じられない、何より情けなくは無いのですか。

あなたたまーに大馬鹿になりますね、黒歌さん?」

「いい考えだと思うけど……ナインが嫌なら辞めとこっか」

「そうしなさい」

 

実際、彼女の発言の虚実はナインでも読めない。

 

しかしにわかに、あらぁ?と妖艶な笑みを黒歌は浮かべた。 上目遣いをナインに送る。

「んあぁしまったなぁ」と頭を抱えるナイン。

 

「まぁ、私はナインに対してならぁ、そんな回りくどいことしなくても本気で―――――」

「馬鹿なことを言っていないで、二階へ行きますよ」

 

目の前には誰も居なかった。

それもそのはず、その光景に目すらも暮れず、ナインは階段を昇っていたのだから。

 

「……………………………………」

 

前屈み悩殺ポーズのまま硬直する黒歌。

彼女にしてみればいまのは絶妙のアングルだったはずなのだ。

階段の途中、ナインが上に、自分は下に。 角度的に考えれば、黒歌自慢の巨乳の谷間がナインの視界に飛び込むはずだった。

だというのにこの男の態度はこれである。 もはや病気だ。

 

「…………もうっ! つまらない男は腐るほど釣れるのに、どうして本当に欲しいものは釣れないの! にゃぁーっ!」

 

何はともあれ、ナインと黒歌、二人の居住地が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇーねぇーナイン、今夜この辺で夏祭りがあるみたいよー?」

 

一階、事務所。

 

ナインと黒歌、二人きりの同居生活が始まって数日が経ったある日のことだった。

ポストに投函されていたチラシを黒歌が見せる。

 

あれから特に活動も無く、ナインもナインで読み物に耽る日々を送っていた。

 

「夏祭り?」

 

何やら楽しそうにそのチラシを渡してきた彼女に首を傾げながらも目を通すナイン。 

やがて言葉を漏らす。

 

「ほぅ、花火も打ち上げるのですか」

「言っておくけど、合法的な花火だからね」

「えっ…………」

「そこで残念そうな顔しにゃーい。 でもまぁ、日本の花火、じっくり見るのは初めてなんじゃないの? ナインは」

 

チラシを流し読みしていくナインの首に、大きく後ろから抱きつく黒歌。 むっちりとした胸元が、ちょうどナインの首を挟んで淫靡に形を変える。

ナインは頷いた。

 

「ふむ、確かに日本の花火どころか、夏祭りなど私は行ったことが無い。 テレビやニュース等で見かけたりしていたことはありますがね」

「画面の向こうと生で見るのとじゃ大違い……なんて言わなくても分かるわよね?」

「それは当然です。 二次と三次では迫力は違うものだ」

「でしょでしょ? で、さぁ。 えっと…………ね、ナイン」

 

急にもじもじと胸の前で指遊びをし始める黒歌。

耳にも赤みが掛かった顔は上がることはないが、傍から見ても湯気が出ていそうな姿。 普段の黒歌からは予想もできないだろう。

 

いままで何度も、ナインと唇と舌を貪り合って体の隅々までも重ねてきた。 だが、それとこれとは違うのだ。

要は心と体、内と外の問題だ。 黒歌は、体で気持ち良くなることには躊躇いが無いが、心で好意を表現することが昔から著しく下手くそだった。

 

最近はだいぶ良くなってきた部類だが、やはりこういうのは慣れていない。

まだ、「エッチをしましょう?」と直球で言う方が黒歌自身さほど恥ずかしくないのだ。 彼女のそこがまた通常とズレたところだろうが。

 

「ナ、ナイン…………そ、それ、一緒に行かない?」

 

ナインの居るデスクを乗り出し、真っ赤な顔で言葉を搾り出す。

 

(デートはこれで二回目だけど、一回目はなんて言うか…………きっかけがあったから楽だったわよねー)

 

実際自分からデートに誘うのはいざとやってみると恥ずかしい。

 

「………………」

 

デスクに両手を突く黒歌に対し、ナインは頬杖を突きつつも不敵に笑んだ。

あ、これはからかう時の表情だと黒歌は悟った。

 

「おやおや、ヤることはヤッている間柄だというのに、今更これを誘うことに恥ずかしさを覚えるとは。 いやこれは可笑しい」

「…………」

「天下の猫魈も、純心者の真似事は修羅の道に見えますか?」

「…………うっ」

「う?」

 

黒歌がふっと、下唇を噛んだと思った、その瞬間。

 

「………………―――――っずずっ」

「えっちょ……」

 

突然ポロポロと涙を流し始めた黒歌に、さすがのナインも頬杖が外れてつんのめる。

滴る涙はデスクを濡らす。

 

あの黒歌が涙? そんなバカなとナインは少し狼狽える。

涙目で胸板をぽかぽかと叩いてくる。

 

「ナインがいじめる。 にゃーにゃー、にゃーーーーー!」

「痛っ、痛っ、引っ掻かないでください…………分かりました言い過ぎましたよ」

「じゃあ、来てくれる?」

 

バサリと、「納涼! 夏祭り★」と描かれたチラシをナインに見えるよう顔の前で持ち上げた。

頭を掻くとナインは立ち上がり、黒歌と視線と角度を合わせる。

 

「行きますよ。 というか、最初から行くつもりだったから」

「やった!」

 

笑顔に戻った黒歌に、溜息を吐くナイン。 すると、彼女はナインの首に正面から抱き付き、足も絡める。

 

「黒歌さん?」

「ナインがリアス・グレモリーにデートに誘われて、一回は断らなかったのよね?」

「…………」

「ナインが取られちゃうって思って、そしたら今日の朝にこれがポストに入ってたから…………」

 

ナインの持つ夏祭りの広告誌に視線を移す。

 

「なるほどそれで」

 

やっと得心した。 それならば、黒歌がどうして急に夏祭りに行こうなどと言い出したのか理由がはっきりする。

 

「私も少々無神経すぎた」

 

そもそも、この二人の関係はすべてにおいて順番が逆行している。

 

「私はあなたを、一人の牝としか見ていなかった」

「ま……まぁそれは私のせいなんだけどね…………」

 

すると、黒歌の長い髪にナインの手が入れられる。 梳かれ、撫でられる彼女は猫のように喉を鳴らし、その手に寄り添う。

ナインが口を開いた。

 

「あなたも一人の女だった。 もう少しでその尊厳を踏みにじるところでした――――すみません」

 

ナインは基本利己的な人間であるが、他人の尊厳や気持ちを踏みにじるような悪趣味は持ち合わせていない。

堂々としている者なら、その尊重を優先する。

 

一誠のように、考えていることは滅茶苦茶でくだらなくとも、戦う「覚悟」を持っているがゆえに彼も真剣に向き合う。

ならば黒歌も同様に扱うべきだ。

 

女は強かだが、どこまでも柔らかい生き物だと。

 

 

 

 

 

 

 

夜の街並みにある大きな公園が使われた一大イベントがおこなわれていた。

そこに、お囃子が鳴り響く人混みの喧騒の中に二人が居た。

 

「にゃ! ナイン、あそこあそこ! 射的やろ射的!」

「なに、射爆?」

「爆発はしにゃい」

 

黒歌はいつもの和服だが、珍しく着崩さず首元まできちんと襟を合わせている。 ただ、色気を出すのは忘れずに衣紋はしっかりと抜いていた。

 

ナインは着流し。 赤を基調とし、そこに黒線と混ざったような揺らめく陽炎の模様。

最初黒歌は、ナインを着つけてあげようかなぁなどと思っていたが、着こなしは意外と見事なものだった。

 

これまでで声をかけられた回数はなんと黒歌を超えている。

まぁ、男女問わずに数えれば、だが。

 

「それにしても、都内の祭りは怖いねぇ。 お構いなしに絡んでくる輩がいるとは」

 

ワンコインを店員に渡して射的の道具を手に持ちつつ、笑いながら言うナイン。 それに黒歌が釣られてクス、と笑った。

 

「ナインてば絡まれ過ぎにゃん。 ま、その目つきと顔が問題だろうと思うけど」

 

外国人で金色の瞳。 前髪は逆立ち、後ろで束ねられた長髪。 その手の人たちにとってみれば因縁を吹っかけてくださいと言わんばかりの風貌だ。

 

「仕方が無いでしょう、よっ。 髪型はともかく、ほっ。 この顔立ちは生まれつきです」

「にゃははは、ナインの当たってるけど倒れにゃい。 プークスクス」

「むぅ、なぜこの射的は爆発しない」

「いやしちゃヤバいでしょ。 貸してみてー」

 

首を傾げながらも、もうワンコイン店員に渡すナインを横目に、黒歌は構える。

ピンと背を張り、片目を瞑って標的に狙いを定める。 舌で唇を濡らしたその直後。

 

タン、タンタンタタン! 乾いた音が響いたと思うと、その発砲音分の標的が見事に倒れていたのだ。

 

『おー!』

 

周りにもいつの間にかギャラリーが集まっており、黒歌の射撃の腕前に感嘆の声が揃って聞こえた。

 

「おーい、彼氏の兄ちゃんは形無しだな」

「違いねぇ、これからは彼女のねーちゃんに守ってもらえよーははは!」

「顔だけ良くたってねーっはっは」

「いやぁ、これは手厳しいですね」

「こいつら、好き勝手言って――――!」

 

むっとした黒歌。 というより、カチンと来ていた。 しかし、

 

「あはは、では私たちはこれで」

「あ、ちょっとナイン? 待ってってば――――」

 

彼女の肩を一つ叩いたあと、ナインはすぐにその場を後にする。 黒歌は、心ないことを言った者らに文句も言えないまま同じように付いて行った。

 

人気の無い外れの路地裏に行き着いたところでナインは立ち止まる。

 

「どうしてよナイン。 あいつら、ナインのことバカにして――――」

「いやいや、私の射的が上手くないのは事実。 それに、些細な事だ。 そう怒る事ないんじゃないかなぁ」

「だって…………」

 

黒歌の一番頭にキたのはギャラリーの二言目だった。

 

「…………守ってもらってるのはどっちだと思ってるのよ」

「ムキになりすぎです黒歌さん。 私は気にしていない―――――んむっ」

「ん…………ちゅ……ちゅぅぅぅぅぅ…………」

 

怒り心頭の黒歌を、両手を広げて説得するナイン。 だが、その無防備な顔に黒歌が唇を寄せた。

ナインの首に腕を巻き付かせ、力強く唇を押し付ける。 舌も差し込み、黒歌流の”好き”を唾液に乗せてナインの口内に流し込む。

 

「はぷ…………はぁ……ちゅ、ちゅぅぅぅぅぱ、ちゅ……れろ……」

「見せ付けてくれるねぇ」

「…………」

 

横槍の声が突然入ってくる。 舌を抜き、唇もゆっくりと離した黒歌は舌なめずりしつつ振り向いた。

見ると、若い青年たちが五人ほど、二人を囲むようにニヤニヤと佇んでいる。

 

「お、こいつだこいつ。 さっき射的の出店で女の方に見せ場取られてたひょろい彼氏だぜ」

「はは、だっせ」

「マジかよ、そんなんでこんなエロい彼女連れてるなんて納得いかねー」

 

すると、青年の一人が言った。

 

「あそこがデカかったからじゃね?」

「ひゃっはは! 外国人だからか?」

 

下世話に言いたい放題に言う青年たち。

 

「…………」

 

男をバカにされ、お楽しみを邪魔されてただでさえ苛立っているところにこれだ。 ナインの人の引きつけ易さは、もうここまで来ると才能だろう。

 

「ねーちゃんさーそんななっさけない彼氏なんか捨ててこっち来ない?」

「そーそー。 俺なら君のこと守ってあげられるぜ」

「お前ボクシングやってるもんなー。 こんな奴より全然強いぜ。 な、いいだろこっち来なよ」

 

シャドウボクシングを繰り広げる青年の一人。 しゅしゅっ、と拳の速さをアピールする。

これは暗に、悔しければかかって来いということだろう。

 

しかしやはり面倒そうなナインは、とりあえず黒歌を後ろに退かす。 彼女の身を案じてではない、いまの彼女は何をするか分からない。

 

「お、受けるか、俺の拳!」

 

その間一発。 放たれた拳はナインの顔に吸い込まれていく。

 

「へっへ」

 

青年たちは、もうこの後のことを考えていた。 この男を砂にしたら、連れの彼女を――――と。

 

「弱い奴は女を選べないんだよ! 沈めよ!」

 

一撃―――――と思ったか、その顔は一瞬にして消え去る。

自称ボクサーの一撃は、気付けば手の平に衝撃と共に吸い込まれていた。

 

「な、なに!? おい、放せよ」

「先ほどの言葉」

「ああん?」

 

やっと喋り出したナインから、意外な言葉が出て来る。

 

「弱い奴は女を選べない。 ふむ、確かに正論でしょう」

「な、なにぶつぶつ言ってんだこいつ。 はは、おい、いつまで遊んでんだよ。 こんな奴早く――――」

「うっせーな分かってんよ!」

 

(なんだこいつ……全然振りほどけねぇ、嘘だろ。 こんな細いひょろっちい腕に!?)

 

内心狼狽する中、なんとか力づくでナインの手の抱擁から逃げようとする。

 

「しかしね、私はまず選ぶことをしないから」

「な…………」

 

ぐぐぐ、と掴んだ拳を下げて行く。 青年は力を入れているが、ビクともしない様相に、顔色にも焦燥が浮かびあがってきた。

 

そして――――握手する形に。

 

「でも強いて逆を言うならば、”強くても女は選べない”ということでしょうか。 面白いですよね、方程式ではないんですよ」

 

いや、良い言葉を聞きました。 とナインはニッコリとその青年に笑いかける。

いよいよ不気味に見えて来た目の前の男に、青年たちの顔色も変わってくる。 これはなんかヤバい奴だ。と後ずさる。

 

その瞬間――――

 

青い雷。 それは錬成反応だ。 その数秒後、握手していた青年の腕に、見知らぬ腕時計が巻かれていた。

秒針が動き出す。 が、これは普通ではない。

 

「な、なんだこれ!」

「なんだよいまの光……で、電気!?」

「しかもこんなデカい腕時計あるのかよ…………」

 

不気味に感じた青年は、外そうと腕時計に手を掛ける。

 

「な、なんだよこれ外れねぇっッ!?」

 

無意識に裏返る声は、緊張と恐怖の証。

確かに、腕時計にしては重厚すぎる。 昔でもこんなごつごつした大きい腕時計は無いだろう。

 

なにより、この秒針はなんだ。 いま現在の時間に合っておらず、なぜか長針は真上の”XII”を刺したままだ

短針は秒を刻んでおり、いまちょうど半分を回ったところだ。

 

「そういえば」

「こ、これ! これ外せよ! なんだか知らねぇが外せよおいぃぃぃぃぃ!」

 

喚く青年を無表情で見下ろすナイン。 そして考える様に顎に手を添える。

 

「今日は締めに花火大会があるそうな。 とても良い眺めなのでしょうね。

私も、ドイツ国民としてその花火の前座をお披露目したいと思っている」

「ぜ……前座…………? う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

訳が分からない恐怖に包まれる青年。 他の青年たちはすでに逃げ出していることに、ナインは哀れみの目を向けた。

 

秒針は”Ⅹ”。 もはや猶予無し。

横で見ていた黒歌は、ふん、と未だ気分が悪いようだ。 べー、と泣きじゃくる青年に舌を向ける。

 

二つの針が合わさった、その瞬間――――

 

「あ――――」

「お」

 

するとちょうど、祭りの方で花火大会の花火が打ち上げられていた。 蛇のようにひゅるひゅると上空に上がっていき、綺麗な七色の花火が散っていく。

どん、どーんっ、と大きな音で鳴る花火の下。 黒歌はナインの腕に抱きついた。

 

「これ、狙ってたの?」

「まさか。 彼にはいつぞやの女性に差し上げた腕時計で、本当に前座を楽しんでもらうつもりでした」

「でもグッドタイミング花火にゃ。 もー、ナインカッコイイ!」

 

きゃー、にゃー、と黄色い声で益々ナインに密着する黒歌。 もっと近くで見ようと黒歌がねだったところで歩みを再開していた。

 

哀れにも、その青年はこの素晴らしい打ち上げ花火のとき、盛大に粗相をしてしまっていた。 花火の爆散の音と同時に、恐怖が絶頂に導いたのだった。

 

「ね、ナイン」

「なんですか」

 

芝生に腰かけた二人。 黒歌はナインの肩に寄り添い、寄り掛かかりながら猫撫で声で訊く。

 

「このあと、私帰りたくないわ」

「………………ふっ」

 

目を瞑り、笑みを浮かべるナインに返答は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「オーディンさま! 今日は何をしに来たと思っているのですか!」

 

「なんじゃ、ロスヴァイセ――――おほ、いまのねーちゃんは乳がいい感じに突き出ていたのぉ。 よいぞよいぞ」

 

「この街に来た目的、お忘れですか! 北欧の主神、オーディンさま!」

 

「うるさいのぉ、ちょっとくらい良いではないか。 それに分からんのかロスヴァイセ。

こちらの文化を学んでいけば、日本の神々とも生産的な話ができる。 情報は大事なのじゃぞロスヴァイセ――――真面目なだけではダメじゃ」

 

「…………こうして遊び呆けることに何の意味があるのですか」

 

「若いぬしには理解できんか。 こういう人混みの中からも意外な人物を捕捉することもできるのじゃぞ」

 

「できていないではありませんか―――――え…………」

 

「そりゃの、言ったじゃろうが」

 

「どうして…………ここに…………こんな、ところにあなたが」

 

「………………こんなところで出会うてしまうとはのぉ、紅蓮の。

さてさて、先行き不安だの。 無事に日本神話の連中と話が出来れば良いが…………」




また出しちゃったよ、頭ン中ロックンロールヤンキーボーイたちを。

それと、オリジナルストーリーですが、ここから七巻の展開に繋げていきます。

リアスは犠牲になったのだぁ…………

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