紅蓮の男   作:人間花火

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前回誤字を報告していただいた読者さま、ありがとうございました。


44発目 魂の定着

「ま、いまは俺の体なんかより……聞けよ、面白い話だ。 アーシアちゃんの教会追放は仕組まれた謀略だったんだよ」

「謀略…………?」

「そ、すべてはあのディオドラ・アスタロトの仕組んだシナリオだったんだよ。

いや~、自演してまであの魔女っ子アーシアちゃんに治療させたっつーからな、まじで聖女大好きなんだなあの坊ちゃんは」

「自…………演?」

 

言ってしまいましたか、と肩を竦めるナイン。 フリードの言葉に声も出ない眷属たちは呆然とする。

 

「信心深い女の子を手に入れるためにディオドラくんは策略を練りに練った。

行き着いた策、『公衆の面前で悪魔を治療したらきっとアーシア・アルジェントは教会には居られなくなるだろう』ってさぁ、もう傑作! どんだけ聖女堕とすの好きなんだっつーの!」

「…………アーシア」

 

要は、ディオドラ・アスタロトはアーシアを得るため、意図してアーシアに自分の怪我を治療させたということ。

 

さらにフリードは爆笑しながら続けた。

 

「計画通りアーシアちゃんを教会から追い出し、そして堕天使であるレイナーレの姐さんの居る堕ちた教会に入れさせた、ここまでは良かった、ここまでは」

「まだ先があるのか…………っ!」

 

ディオドラ・アスタロトの深慮遠謀。 相当に用心深く、用意周到な男なのだろう。

そして、性根が腐っていることも……。

 

「計画なら、その後レイナーレの姐さんを殺して、目出度くディオドラがアーシア・アルジェントを助け出すって寸法だったんだよ」

「ふむ、そこまでは訊いていませんでした。 まさかそんなことがねぇ」

「許さねえ……ディオドラ!」

「昔話はこれくらいかねぇ…………行くぜ?」

 

何を食べても、何を飲んでも灰の味しかしない。 満たすべき胃袋も無ければ腹も減らず、それゆえに満たされることがない。

 

何も感じず、ゆえに女も抱けない。

この男の肉体は屍として歩き続ける。 永遠に死なない、否、死ねない。

唯一の救いは、その屍は死臭がしないことである。

 

それが、いまのフリード・セルゼンの全容。 ここは戦地に等しく、仲間の悲劇を聞かされて怒っている暇も悲しんでいる暇も無い。

 

――――許さない、絶対に。

 

この言葉を押し通したいのなら、立ちはだかるすべての障害を薙ぎ払い、進むべし。

狂おしいだろうが、ディオドラ・アスタロトに言上したいのならそうしなければならない。

 

「いや~、白龍皇に連行されたあと、アザゼルのクソ野郎からリストラ喰らってよぉ。

んで、行き着いた先が『禍の団(カオス・ブリゲード)』だったってこ・と」

 

朱乃が放った光の力が弱まり、やがて消えると、フリードはもとの体に戻っていた。

しかし、光の剣を持つ手と腕はその骨が露わになっている。

 

解るように、この屍体は本物の光の前ではその実体を隠せないようだ。

 

「…………どうしていままで気づけなかったのかしら、あれほど歪に変貌していれば基となった何かが漏れるはずなのに……」

「僕の聖魔剣も朱乃さんの雷光も効き目が無いとなると、相当強力な力が働いていると思います」

 

フリードに投げつけられた際、頭を若干切ったのだろう。 血が垂れる頭を押さえながら立ち上がった祐斗が息を吐いた。

 

「っ…………呪術的なもの? ネクロマンシーにしては通常時に人間体を象らせるのはおかしいと思うし………………ダメだ、まったく予測できない」

「気味が悪いな……一度デュランダルでバラバラに吹っ飛ばすか?」

「いやいや、朱乃さんの雷光でダメだったのにそれは…………」

「いや、それは案外と良い考えかもしれません」

 

正体不明の怪物(モンスター)を相手に攻略法を論じていると、いつの間にか輪の中心に居たナインが言った。

ゼノヴィアの肩を意味ありげにポンと叩くと、フリードの方へ視線を向ける。

 

「フリード、それ複合魔術の類だよねぇたぶん」

「………………」

「こうして見ると木場さんの言う通り呪術的なものがあるのかねぇ? 呪いじみてもいるし。

まぁ、いいです――――とりあえず来てみなさい」

「来てみなさいって……あなたね――――」

 

いくらナインとて、刺しても痺れさせても無為なあの屍体を殺し切ることはできないはず。

しかし、ゼノヴィアの意見に賛同した辺り、やろうとしていることはさすがのリアスたちでも勘付いた。

 

「んじゃぁ…………お言葉に甘えてイカせてもらいますわぁぁぁぁぁひゃっははははッ!」

「―――――」

 

上段からの斬り下げを難なく避けるナイン。

 

「…………ふむ」

 

やはり、これは強くなったのではなく、単に死にづらくなっただけだ。

”だけ”と軽視することはしないが、このときナインは考える。

 

―――――フリードは自分のいまの状態を理解していない。  

深く考えればその屍体の能力を最大限に活かせるはずなのに、攻撃を受け流すことしか考えていない辺りおそらくろくに説明されていないのだろう。

 

こうだから強いああだから強い。 強さを論理などで位置づけし、やはり何も考えない愚鈍な輩。

こんなのと以前ペアを組んでいたのかと思うと恥ずかしい。

 

「フリード、そのおかしな躰は誰から貰ったのですか」

「はぁ? んなの聞いてどうすんよぉ!」

「よッ。 あなたの発言で、錬金術が絡んでいることは分かりました。 しかしどうにも解せない。

錬金術師(わたし)の見解では、途中までしかあなたのその躰の意味を証明できない」

「知るかそんなの! 俺はてめぇみたいにうだうだ考えたりしねんだよ。 つか避けんなコラァッ! くそ!」

 

ついには腕組みをしたまま足のステップだけでフリードの剣撃を回避していくナイン。 そして、苛立ってきたフリードの頭に向かって軽く蹴りをお見舞いした。 肉付きもほとんど無いため、軽い衝撃で首が吹き飛んだ。

 

吹っ飛ばされた自分の首を探しに壁の方に走って行くフリード。 その姿に何とも言えぬ複雑な表情で佇むグレモリー眷属。

 

「ふぅ」

「た、斃せる…………の?」

「いまの彼は私でも殺せないなぁ。 ちょっとよく解らないや、あの躰」

「でも、途中までは解るって、あなた……」

 

ふむ、ともう一度顎に手を沿えると、話し始めた。

 

「あれはねぇ、魂を体に定着させているのだ」

「定着?」

「『宿らせる』と言った方が正しくはないが解り易くはありますかねぇ。 どうやったかは知りませんが、あの体は確かにフリードのものだ」

 

フリード・セルゼンの肉体を腐敗させ、人骨化させた後、改めてその魂を定着させたと考えた方が現実的である。

 

「生きながらでもそれをするのは可能ではありますが、ベースであるフリードがさすがに発狂死しかねない。

これも総て個人的見解ではありますがね。 錬金術の絡んだ所業となるとそれが妥当であると、私は思う」

「…………」

 

ナインの言葉を察したリアスが、心底嫌な表情をした。

生きながらにして皮を剥がされ、腐らせる。 そんなもの耐えられる者などおそらく居ない。

 

「生きた人間を即興でミイラにする手法は教会でも採用されていましたけどねぇ」

「な―――――」

「そりゃそうだ、鼻から脳みそ引きずり出されて、肛門からは内臓を引き抜かれて数週間放置、なんて、クク、ははッ! 正気などどこにもない。 まぁ、全部失敗に終わりましたがね」

 

飄々と語るナインは、あちらでようやく自分の頭を見付けて首に戻したフリードを指差しながら笑った。

未だ吐き気が収まらないリアスが口を開く。

 

「……………天界はいままでそれを許していたの?」

「そもそもからして、聖書の神の死後、天界の管理力は大幅に低下していました。 自分のところで手一杯の天界が、下請けも同然の教会に目を向けるはずがない」

「目を盗んで…………そのようなことを何種類も、何度も………」

「聖剣計画も、教皇庁の闇の一部か」

「そういうことになりますね」

 

キッと睨み付けてくる祐斗におどけるように肩を竦めた。

聖剣計画以外でも闇は多くある。 アーシアの追放の件然り。

 

「中には正義感溢れるベテランも居ましたが…………まぁいまはどうでも良いか」

 

数年前を懐かしんでいる暇は無い。 前へ進んで進んで、進まなければならないのだ、振り返らず。

「話は終わりだ」と、態勢を整えたフリードと遠間から向き合う。

 

「く……急いでるってのに、フリードの野郎、面倒くさくなりやがって…………!」

 

連れ去られた少女のことを案じつつ、一誠も籠手を発動させて倍加を開始する。

しかし、その赤い籠手に手が置かれた。

 

「あなたは何もしなくてよろしい。 破壊力が乏しいままでは千日手ですからね」

「斃す方法を思いついたのか!?」

「いえ」

「じゃあどうすんだよ、ナイン!」

 

焦れてくる一誠。 あれは屍、個人の武で破壊しようとすぐに再生する呪われたモンスター。

 

「魂を現世に繋ぎ止めるための血印も見当たらないようですし、ここは少し頭を使ってみましょうか」

 

爪先で床を叩いて首を鳴らす――――その瞬間、床が破壊されたように見えたと同時にナインの気配が消失した。

 

「―――――」

 

床の舗装を砕き、舞い上がらせるほどの脚力が生む超速のスピード。

それを以てフリードに肉薄するナインは、一握りの小石を数個ポケットから取り出した。

 

先ほどリアスをからかった際にちょうど作り上げた物だ。

 

「おぉっと危ない」

 

横薙ぎの斬撃を跳躍で避けざま、爆弾と化した魔石が握られた拳をフリードの腹腔内に向けて打ち下ろした。

 

「む?」

 

本来のフリードの姿が半ば白骨化した屍なら、容易く突破できるだろうと楽観視してしまった。

拳は、中身などほぼ無いと思っていたフリードの腹に止められる。

 

「無駄だって……。 中身スッカスカなゾンビみてぇな躰でも、光を浴びなきゃ俺の自由意志で切り替えられるんだよ。 いまの俺は人間の肉体も同然なんだ」

「…………ああもう」

「だからお前の錬金術は俺には効かねぇ」

 

振り下ろされる光の剣を間一髪で後退する。

光の前ではその姿を否応にも曝け出すのに、それが無ければフリードの体は本人の意志によって屍にもなれるし、又ただの人間体にもなり得るということだ。 非常に厄介である。

 

少し不機嫌そうに舌打ちをするナイン。

そして彼は同時に、こんなに殺しづらい生物と相対するのはコカビエル以来だと、半分苛立ち半分高揚して訳が分からなくなっている。

 

「無駄よぉっナイン! 俺を再起不能にしたいなら、この体をバラッバラにでもしなきゃあ無理無理! それでも殺し切れない肉体なんだぜぇ? いい加減諦めろやぁ!」

「…………」

「おい……つかよ、テメェは自分に都合が悪いとだんまりだよなぁいつもいつもぉっ! 黙秘してりゃあ時間が何とかしてくれるとでも思ってんのかよ」

「…………少し黙れよ」

 

フリードが罵詈雑言の嵐を投げ付け、弾けるように爆笑し、悦に浸る。

 

すると、いつもとは違うナインがそこに現れた。

軽い口調や滲み出る不気味な狂気はこのとき無く、ただ明確な言葉がフリードに投げつけられていた、黙れと。

 

「っ…………ナイン?」

 

――――鳥肌。 一番間近にそこに居たゼノヴィアがある種の戦慄を覚える。

口を噤めと、単純で解り易い命令口調だが、物理的な圧力すら孕んだ言葉に打ちのめされる。

それはやがて伝播していき、リアスたちにも響き渡る霊的な波長の変化。

 

「ゼノヴィアさん。 少し、手を貸していただきたい」

「…………、え? わ、私か!?」

「そうです」

 

一瞬、誰だそれはと思ってしまった本人は、あまりに予想外の指名に締まりの無い返答で返してしまった。

 

「ちょ、ちょっとナイン! ゼノヴィアは私の眷属よ!」

 

リアスも、ナインの雰囲気の変わり様に数秒呆気に取られていたが、すぐに状況を理解し、そして反対していた。

ゼノヴィアは自分の眷属。 自分以外の者に勝手にはさせられない。 まして、相手が正体不明なら尚更心配なのは当然のことだった。

 

だが、それはナインも察していた。

 

「死なせはしないし怪我もさせないよ。 ただ本当に手を貸してくれるだけで良い」

「…………!」

 

いつもは、戦いにはリスクは付き物であり、虎穴に飛び込まねば勝機すら見出せないと言って取り合おうとしないナインが、戦う前に、「死なせないし、怪我もさせない」と来たものだ。

再度呆気に取られるリアス。

 

「っ…………なによ……急に真剣になって…………い、意味が解らないわ、あなた」

「解らなくて結構。 して、返答は!」

「…………っい、いいわよ! 本人が良いって言うなら好きにすればいいじゃない! その代わり、約束破ったら酷いわよ!」

「―――――私に嘘は無い」

 

本人――――ゼノヴィアに注目が集まる。 答えは、決まっていたも同然だった。

 

――――だって、これはずっと望んでいた展開。

惚れた弱みとは言わないが、それに近い感情を、このときゼノヴィアは持っていた。

 

「了解した!」

「では出ましょう――――グレモリーさん、あなたたちは残り者と戦っていなさい」

「だ、誰が残り者ですか、ナイン・ジルハード!」

 

ナインの号令により、ディオドラの「僧侶(ビショップ)」二名と、「女王(クィーン)」に向き直る二人以外のグレモリー眷属。

突き進むべく、第二ラウンドが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、二ラウンド目とは言ってもナインにとっては延長戦にすぎなかった。

 

殺し切れない謎の肉体を持ったフリード・セルゼン。 しかしナインはそれに対して、自力では再起できないであろう状態に叩き落とす算段がすでに彼の脳内で組まれていたのである。 重ねて、ある(・・)その先のことも見据える目を持っていた。

 

「それで、私はどうすればいいナイン?」

「何も考えないでいいです」

「はぁ!? わ、訳が分からない……おいナイン!」

 

前方に飛び出るナイン。

再度接近戦を誘う紅蓮の男に、髑髏の神父が乗らない理由が無かった。

 

「また踊ろってか? いいぜぇ何度でも! お前となら死ぬまで踊ってやるよぉっ!」

「そんなホモ臭い絵面は有り得ないですよ」

 

上段に足を振り上げ―――思い切り振り落とす。 フリードがそれを光の剣と光銃を交差して受け止めた。

その際、足元が陥没すると同時にフリードの両腕がもげる。

 

「けっ――――っバケモンが、だが!」

 

しかし、吹き飛んだ両腕目掛けフリードは跳躍――――瞬く間に付け直した(・・・・・)

人間ならば有り得ない。 離れ離れになった体の部位を、まるで糊などで付け合わせるかのように接着した。

 

「くく…………ふへへ!」

 

着地したフリードは、これ見よがしに片腕を上げた。 徐々に修正されていく結合部。

かのフランケンシュタインのように継ぎ接ぎの肉体などもはや目ではないだろう。

 

ものの数秒で、離別した腕は痕すら残さず再生した。

 

「はっははははは!」

「…………面白い躰をしていますね」

「へへ、そう言いながら内心滅茶苦茶焦ってんだろう? …………笑ってんじゃねぇ!」

 

ナインが攻めあぐねている。 ナインが苦戦している。

あのナインが。 なんて楽しいんだ。 スカしていつもいつも格好付けやがって。

 

そうだ、いつもいいところは取られていた。 こいつと行動する任務は俺はおまけみたいなものだった。

 

これはフリード・セルゼンの胸の内。 それは嫉妬、そして羨望。

 

どうしてあいつが、あいつだけが。 俺だって最年少でのし上がった悪魔祓い(エクソシスト)、どんな同業にも遅れは取らなかった。

 

「こいつが現れるまでは――――っ」

 

がりっ、と歯が欠けるほどに噛み締める。

だがそれも今日で終いだ。 俺は不死身の肉体を手に入れた、誰にも負けない――――

 

「な―――――ぶッッっっ―――――――!」

 

突如フリードの思考が途切れ、意識が目の前の男に引き戻された。

己は不死身だという自負があり、それゆえに物理攻撃は完全に無警戒だった。

 

「また俺の頭を――――悪あがきしやがって! いい加減俺に殺されやがれ――――」

 

腕を振り上げた。

 

「ん? な――――無い! 俺の武器――――!」

 

そう、振り上げたのは腕だけであった。 肝心の武器である光の剣がいつの間にか掴んでいた手ごと斬り飛ばされている。

 

「…………なにを考えていやがる」

 

瞠目し、背後の騎士を睨み付けた。

ゼノヴィアが、デュランダルでもってフリードの腕を切り離していたのだ。

そして空中に飛ばされるそれを、ナインが空中で上手く掴み取った。

 

そして、その流れで、

 

「よっ――――」

「ぐぉ―――――!」

 

まさか自分の作った光の剣で貫かれるとは思うまいが。

しかしフリードは不可解だった。

そんな光の剣で消滅できる体ならさっきの雷光や聖魔剣で消滅しているだろう、こいつは馬鹿か、と。

 

未だその光剣は髑髏の肉体を貫いているが、痛みも無ければ血も出ない。 一番初めに祐斗が為したことと同義の状態になっている。

しかし、このときだけ現れる実体がある。 本物の光の前では、屍はその姿を晒す。

 

ナインは、爆弾と化した石くれを一握り――――

 

「結局、あなたは殺すことしか頭に無かったのだ」

「こんなんで俺を殺せると思ってんのかよ―――――」

「殺す殺さないで物事を判断するのは止めた方がいい。 だからあなたは頭が悪いのだ、バルパーさんにも昔から言われていたでしょう」

「なんでそこでバルパーの、じいさんが出てくるん―――――」

 

ズンっと、フリードの髑髏の体にナインの拳がねじ込まれる。 もちろんそれが狙いではないことは、本人も、そしてフリードも気づいていた。

本命は、拳の中からばら撒かれる小石である。 その一つ一つが、紅蓮の理によって爆発の魔石となっている。 それを、光の剣に貫かれたまま髑髏を曝け出し続けている肉体の内部に投入すればどうなるか。

 

「クソっ小細工しやがって――――取れねぇどこだ!」

 

骨と腐敗した肉とで構成された体内にばら撒かれた無数の爆石。 内臓部を素手で掻き分けるが、如何せん数が多過ぎるゆえに見つからず。

腐敗し、変色も起きているため通常の人体構造よりも遥かに複雑な迷路と化している。 もとより医学方面などには興味も無ければ知識も皆無なフリードには困難という言葉すら生易しく、さらに――――

 

「これはもう用無しでしょう」

「な――――」

 

ポイと、髑髏の肉体を貫いていた光の剣を抜き、投げ捨てる。

すぐにフリードの肉体は人間体に戻される。

 

「あなたは馬鹿だ。 頭が悪い」

「…………クソがッ! ならてめぇも!」

 

道連れに――――。

ナインの肩を掴もうとフリードが手を伸ばした。 自分の錬成した爆弾で死ぬがいい。

こんなことではこの髑髏の神父は死なない。 

 

しかし、あにはからんや。

紙一重で掴み引き寄せようとしたところで、腹に衝撃が走った。

 

「ごっ――――な、んだとぉ――――っ!?」

 

ぶれるフリードの視界。

ナインの背後から、しなやかで鋭いキックが飛んできていたのだ。 これ以上近づくな、喋るなと、その蹴りは如実に語っている。

 

「…………ナインに触るな、不細工め」

 

ゼノヴィアの蹴りの一撃で、フリードは吹き飛んで行く。

 

「強くなったのは結構ですが、それを見せびらかすのがあなたの大きな欠点だ。 黙って戦えばもう少しましなものを…………」

「――――――」

 

髑髏の肉体の中でその予兆を見せる紅蓮の原石たち。 一瞬だけ落雷のごとく光り――――爆散する。

 

爆発の震動により神殿は揺らぎ、その風圧は大仰な窓ガラスを盛大に割っていく。

床の舗装はひび割れ粉砕されていく。

 

「ふむ……やはり」

 

ようやく止んだ爆発に一息した。

 

文字通りバラバラに吹き飛ばされた四肢。

しかしやはり、髑髏の肉体は破裂し千切れ砕けようともその命はしぶとく残る。

証に、見よこの生命力を。

 

「へへ…………」

「…………うっ」

「…………悪趣味ですねぇ」

 

さすがのゼノヴィアも口元を押さえる。

生首が笑った。 もはや人は辞めたフリード・セルゼンの姿に、ナインは哀れむ。 そして、ほくそ笑んだ(・・・・・・)

 

「こんなんで……死ぬわけがねぇんだよ。 『禍の団(カオス・ブリゲード)』の錬金術師がお前だけだと思うなよ? かはは……連中すげぇぜ。 こんなナリになっても生きてるんだからよ――――はは、はははは!」

 

爆発音と、その異様な光景に、向こう側で戦闘の最中であったリアスたちも手を止めていた。

もちろんディオドラの眷属たちも……

 

「これは悪魔でも、人間でもない……錬金術とはこのような恐ろしいものを作り上げるのですか…………っ」

「『禍の団(カオス・ブリゲード)』に錬金術師の派閥が……? それともナインと同じ単独か?」

 

そう考え込むゼノヴィア。 不思議ではないだろう。

様々な勢力から色々な実力者たちを集めているのが「禍の団(カオス・ブリゲード)」なのだから。

 

「面白い」

 

しかしその空気の中、この状況を楽しむような声音でナインは歩き出す。

生首のフリードがそれを目で追いながら嘲笑した。

 

「ようナイン、さっさと殺してみろよ。 はははははは! 殺せねえだろ? てめぇは所詮独り善がりの錬金術師なんだよ! いまからでも他の術師と交流してみればいいんじゃねえか? きっとその極狭の視野が広がるぜ? なんちゃってなぁひゃははははは!」

「…………ナイン」

 

心配そうにナインを見詰めるゼノヴィア。

 

フリードのこの発言は、ナインに向かって無知だ無能だと言っていることと同じなのだ。

なぜなら、現在(いま)のフリードはその錬金術師たちの成したいわば芸術品なのだから。 それを解除、もしくは然るべき姿に戻す術を知らないならば、ナインはその術師たちより下ということ。

 

おもむろにしゃがみ込む。

 

「あなたは、私が先ほど言ったことが聞こえなかったのですか? フリード・セルゼン」

「ああ? …………ぁっ」

 

嘲笑の表情が瞬時に一変するフリード。 ゆっくりと立ち上がるナインに、口をぱくぱくとさせて青ざめる。

そうだ、なぜこんな回りくどいことをしたのだ? ナインは無駄が嫌いだ。

 

そんな男がこんな、フリードをバラバラにしてまでしたかったこととは? いや、バラバラにするのはむしろ本人の望むところであったが、その過程が不可思議だった。

 

そんなことではフリード・セルゼンは死なない。 それは解っていたはずなのに。

 

「血印。 血印と言ったでしょう、私は初めにそう言ったはず」

 

拾い上げた物は、フリードの胴体に入っていた――――内臓の一部。 そこにそれはあったのだ。

――――血で描かれた錬成陣。

 

「あなたは内臓の奥深くに、この血印が記された骨の一部を隠し持っていた。 もちろん普通の人間ならばそんなところに骨は入らない、だが、光の前ではその真の姿を晒すあなたなら、それは簡単なことだったのでしょう」

「なんで…………」

 

直後、フリードが消え入るような声音で歯を震わせた。

 

そうか、そうかこいつ、最初からこれが狙いで。 俺を吹っ飛ばしたのは、バラバラに分解して血印の在り処を暴き出すために――――

 

「そのほうが手っ取り早かったのでね。 もっとも、あなたの体の謎が解らなくても、爆発まではしていたんじゃないかなぁ。 へへ、ほら私、爆弾を作って爆発させるのが趣味ですし」

「ぎ―――――クソが…………結局こうなんのか、こうなんのかよ! クソがぁぁぁッ!」

「いったいどういうことなの、ナイン?」

「この血印は、フリードの魂とその異形の肉体を繋ぎ止めるためのファクターのようなものだ。 しかしそれはかなり脆いのです。 少しでもこうすれば――――」

 

血の錬成陣、それに指を掛けつつナインは笑った。

 

「――――”Auf Wiedersehen” かつてのカメラード」

「俺は結局、お前には一生勝てないのかよ…………クソ、クソ…………―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し…………『禍の団(カオス・ブリゲード)』所属の錬金術師を調べてみる必要がありそうですねぇ。 派閥なのか、それとも単独か…………」

 

一部霞んだ血印の描かれた骨の欠片を、まるで丸めたちり紙のようにピンと弾き捨てるナインが難しい顔でそう呟いた。

いままで自分以外の錬金術師には目もくれなかったが、事ここに至っては無視できまい。

 

「魂の定着なんてねぇ。 実際やったことないんだよなぁ」

 

しかし、それを成功させる者は少なくとも凡人ではないのだ。

 

「まぁ、それは追々考えていくとしようか。 いまは当面のお楽しみをと…………で、ほら、さっさと決着付けてくださいよ」

「あ……。 ふ、ふんっ、あなたが派手に爆発なんて起こすから!」

「他人の所為ですか」

「う……ごめんなさい」

 

しゅんとなるリアス。

しかし先ほどから戦いの勢いが無い。 こちらの戦闘に気を向ける前は、炎や雷光、魔力やらが飛び交っていたというのに。

 

「なんで戦ってないんですか?」

「それは…………」

「聞いてください、ナインさん」

「む、姫島さん?」

 

言いづらそうにまごまごしているリアスを押し退け、朱乃が出て来た。 そのただでさえ凛々しい瞳が、今度は子供のようにキラキラと輝き始める。

 

胸の前で手を合わせ、嬉しそうに口を開いた。

 

「私、イッセーくんとデートできることになったのですわ!」

「…………」

 

静まり返る場の空気。

ややあって、ナインが肩で溜息を吐いた。

 

「相変わらず、あなた方の関係は宙に浮いたままですか」

「イッセー先輩は優柔不断なんです」

 

と、いつの間に横に来ていた小猫がそう言った。

 

どういう経緯でこういうことになったのかは知らないが、はっきりとせず煮え切らないのはナインでも嫌悪を感じる。 好きなら好き、嫌いなら嫌い。 理由は多々あろうが、少なくとも複数人相手取ろうと考えているなら即決すべきだ。

 

小猫の話によると、戦闘前に一誠が朱乃に口走ったことが原因だった。

それを指示……というより提案したのが小猫というのだからなお始末に負えない。

 

「あなたが唆したのか…………意外ですね」

「迅速に突破しなければならなかったので」

 

逆に遅々として進んでいないのは気のせいか。 ディオドラの眷属三人が手持無沙汰でイライラしているのをナインは横目で見た気がした。

 

「前から思っていたのですがね。 意志が弱いからこうなるのだ。 雄々しく在りたいなら己の選択に迷うな、全部欲しいなら全部欲しいと、そう言えば良い」

「ぐ……そ、そんな簡単な問題じゃない……んだよ」

 

後半が半ば失速気味にナインに言い訳をする一誠。

 

「一途であれないなら開き直ることも肝要だよ。 自分はそういう人間なのだと、自覚した上ならだいぶ違うと思う」

「…………」

「まさか、『女性の側が勝手に俺を取り合っている』などと不遜を抱いてはいませんね?」

「そんなことは…………」

 

ない。 そう否定しようとしたが、一誠は口を閉ざした。

そう思っていないことは確かだが、行動が伴っていないことをナインは言いたいのか、と一誠は気づいた。

 

言い合っているリアスと朱乃を見る。

 

「正直、甲乙付け難い…………」

「欲を出すなら、半端は辞めた方がいいですよ。 のちの後悔に繋がりかねない」

「お前は、こういうのに反対だと思ってたぞおれ……」

 

ヒク、とそう言いつつ頬を引きつらせた顔をナインに向けた。

 

「反対とは言いませんが、お勧めもできない。 一人の女では満たされないなら、叶えるといい。

しかしまぁ、限度もある」

「限度…………?」

「要は、豚は醜い」

 

疑問符を浮かべる一誠の横に、祐斗が入って来る。

 

「ある程度空腹の状態の方が人間は動きやすい、ということかい?」

 

その言葉にナインが大きく頷く。

 

「ハングリー精神です。 豚は満たされるまで飯を食らう。 そして満たされたゆえに動かない、醜い、醜悪だ。 なにせ、動く必要性が無くなってしまったのだからね。

だからといって、何も食べずにいればそれは馬鹿だ、自滅行為に他ならない」

「適度……ってことか」

「『適度』の基準が如何ほどかは個人差によりますがね」

 

食べるために行動する。 動力源がある限り、生物は行動できる。 それが求める物であればあるほど。

だが空腹を満たす―――腹十分目と言おうか。 これは愚かな行為である。 満たされれば動力源が無くなるのだから。

 

ゆえに、やはり腹八分目ほどだ。 もっと下回ってもいい。

 

「うん」

「決めましたか?」

「ああ、言ったことは取り消せない。 たとえ宙吊りの状態でも、この言葉に嘘は吐けない」

 

そうして、ギャーギャーわーわーと言い合って魔力を飛ばし合っている二人の乙女に、一誠は割って入った。

朱乃に向いて言う。

 

「朱乃さん、デートの件、分かりました」

「! イッセー…………」

「うふふ、それでは今度、ですわね」

 

嬉しそうに微笑む朱乃、反面、リアスは俯き気味に一誠から目を逸らす。

とりあえず終息したのを見たナインは舌を打って項垂れるリアスに続投を促した。

 

「ほら、決まったらさっさと決着。 先に進めやしない」

「…………ナイン」

 

これでよかった。 変なところで誠実な一誠は、言わされたとはいえ自分で放った言葉に嘘は吐けなかった。

だが、その決断の後、いままでに無かった気持ちに取りつかれることになる。 「もやもや」と表現した方が良いのか…………

 

「……ねぇ、ナイン、私―――――」

 

そう、とてつもない後悔に――――苛まれることになる。

 

「ナイン、私とデートしなさい」

「……………………え、嫌です」




アクセスいただきありがとうございます。

今回はナインとフリードの決着。 フリード生存とか嘘やんと思う方も居られると思いますがご了承ください。
最後の台詞で、「リアスとデート? ないわー」と思っているのは読者だけでなくナインも思っていますので安心してください。



さて、無事投稿したし、今週末はビッグサイトに車飛ばそうっと。
ベイ中尉のタペストリーを手に入れなければ。

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