紅蓮の男   作:人間花火

43 / 52
43発目 侵攻、紅蓮の爆炎

「なんなのよアイツ…………!」

「こんなの情報に無い、聞いていないです!」

「こっちに来るのってグレモリー眷属じゃなかったのぉッ!? キャァァァァァアッ!」

 

凄烈に揺らめく陽炎を背景に、赤黒く燃え盛る焔の大喝が女たちを呑み込んでいく。

その場の神殿が、紅蓮の生む破滅の鳴動に音を立てて震え上がっている。

 

「―――――」

 

悲鳴を上げる者ら、またそれすらも許されなかった者数名が成す術無く呑み込まれ、食い尽くされる――――先のテロリストの悪魔たちと同じ末路を辿っていた。

 

そしてこのとき、この場所に揺蕩う空気の比率濃度は逆転し、異常空間と化していた。 呼吸をすれば高温の煙に肺を侵され、立ち止まれば先のような爆発が襲ってくる。

 

生物が存在できる場としての機能は完全に失っていると言っていいだろう。

 

「へへ…………」

 

しかし、人間に致死性があるこの場で笑っているのはその人間で、恐怖に怯えているのが人智を超えているはずの悪魔たちとはどういうことか。

 

中途半端に開かれる口から洩れる薄気味の悪い笑いは、常人が見れば全身の肌が立つ。

 

この荒唐無稽なる破壊と出火を発生、増長させているのは、紅蓮の男――ナインだった。

いままで爆破という破壊行為自体を抑制していた結果がこれだ。 彼を語るに外せない破壊の行進が、いま全身全霊でおこなわれている。

 

「でもまだ足りないな…………」

「…………みんな……ディオドラさま…………助け――――」

 

吹き飛ばされていく女たちは全員、ディオドラの眷属たちだがそれがどうしたという。

こういう事態になっているのだ、自分の主が本来在るべき巣を荒し、そして飛び立つ。 それがどういう意味か。

 

「まぁ、この私が倫理道徳などの説教を垂れるつもりはありませんが…………」

 

それが母国に対する裏切り行為であることは分かっているはずだろう。

その上で立ちはだかってくるのだ、待っているのは生か死のどちらか一つである。

 

「ぁぁぁぁああ……すぅ~~…………死臭と火薬が混ざった匂いもまた格別です、とても良い気分だ」

 

かと言って、無理矢理戦わせられていると泣き付かれようと躊躇いなく殺す男だ。 結果は同じか。

 

「さ、てと…………先ほど殺した人は8名だから…………あと二人ですか」

 

敵の数は正確には十名。 冥界で言うところの、「兵士(ポーン)」と「戦車(ルーク)」が駒の惜しみなくフルに出撃している状態だ。

 

しかし現在の生存は「戦車(ルーク)」の二名。

ナインの起こす爆発力にも遊びが無いのももちろんあったが、「兵士(ポーン)」の特性上、防御があまりにも低く、一発の人型爆弾(・・・・)で紙切れ同然に一瞬で消滅してしまったのだ。

 

どんなに重なろうと、紙束が爆炎を防ぐ道理は無きに等しい。 そして、固まっていればいるほど、爆炎の足はドミノ倒しのように周囲をなぎ倒す。

 

「ひ…………!」

 

煙が晴れる途中、同胞が爆発の炎に食われる瞬間を哀れにも見てしまった「戦車(ルーク)」の少女たちは、訳も分からずその場に崩れ落ちる。

錬成行使を終えた紅蓮の魔手が、ようやくポケットという鞘に収まった。

 

「ああ、女を殺す外道とは言わせませんよ。 向かって来るなら殺していきます」

「助けて…………お願いします…………」

 

まるで、教会の信者のように震えながら必死に祈りを捧げる女たちを、ナインはいつもの冷たい瞳で見下ろした。

 

――――誰に祈っているのだ、彼女たちは。

 

「何も知らなかったなんて言わせないよ、キミたちだってディオドラくんの思惑を知っていたんでしょう?」

 

泣き崩れ、何も言わずに首が取れそうなほど横にぶんぶんと振る少女たち。

すると困った表情でわざとらしく、紅蓮の男は笑みを浮かべる。

 

「いやぁウソはイケない。 あなたたちだって人形じゃないんだ、この状況でその嘘が許されるのは精々子供までだと教えてあげましょう」

 

もっとも、そんな建前どうでもいいけど、と一言加える。 これは単なる大義名分。 もちろんそんな物に縋る人間ではないのはいままでの行動からして明白だが、こういった場面に僅かではあるものの一種の陶酔を覚えていく。

 

――――大義名分。 ああ、そんな理由で芸術を創造するのもまた一興。 自らの古巣を荒した逆徒よ、罪深き者よ、いまこそこの紅蓮の業火に焼かれ、押し潰されるがいい。

 

ゆっくりと、審判の手が降りていく。 震える少女の一人へと……。

 

彼女たちの行動原理がたとえ恐怖にしろ狂信にしろ愛にしろ、指導者に従った結果なら指導者と同じか、それ以下の運命を辿るのが道理であろうと、ナインの金色の瞳が語っていた。

 

ただ、もしその断罪から逃げおおせることができたなら別の話、その者の器はここで終わるものではないということだ。 天は彼女たち、ないしは彼女を選定し、生き延びるべくして生き延びたのだと。

 

ただ、先に逝った者たちを思えばそう甘いものではないというのは一目瞭然だが。

 

「他の八名は仲良く天に召されましたよ。 だからあなたたちも…………」

 

悪魔が昇天は有り得ないか、と内心苦笑しながらその手は遂に少女の頭に――――

 

「やめて……来ないで……来ないでください……来るな、来るなぁぁぁぁあッ!」

 

紅蓮の構築式を脳内で組み立て、手足を肉を内臓を火薬同然に爆発させる魔手が完成した。 あとは少し触るだけで錬成は発動する。

しかし、その手が置かれようとした瞬間、

 

「―――――!」

 

背後に気配を感じたナインが、瞬間移動にも似た動きで回し蹴りを放っていた。 豪風とともに急旋回する必殺の蹴り。

しかしその蹴りは、何かを掠っただけで空を切り――――

 

「はぁ…………部長、ま…………間に合いました!」

「はぁ……はぁ…………っ。 よくやったわゼノヴィア!」

「む」

 

一瞬だけだが、背後に気を取られ過ぎたためか少女二人はナインの魔の手から消えていた。

 

それを協力したのは、グレモリー眷属、「騎士(ナイト)」の二人。

特性である速度を駆使し、仮にも敵であろうディオドラの「戦車(ルーク)」二人の救出に成功していた。

 

「なるほど」

 

感嘆とも、呆れとも取れるような声をナインが漏らす。

 

先ほどナインの背後に来たのは木場祐斗だった。

動きが速く、実力ある者を当たらせて救出は次点の者が果たす。 なるほど教科書的だがいい考えである。

祐斗が囮、ゼノヴィアが救出という形だった。

 

だが先刻、剛脚を振り抜いた際に背後の何かを掠った感覚をナインは確かに覚えていた―――いや、感じていた。

 

「ぐ…………っ引っかけただけでこれかっ」

「木場――――! くそっ、アーシアが居れば…………っ」

 

囮となった祐斗に、ナインの回し蹴りが僅かだが当たっていたのだ。 

 

陳腐な喩えになるが、スピードを出した車に肩や腕にでもぶつかれば大怪我をする。 ナインの蹴りはそれと同義であり、その上でも真実を言えば、頭を刈り飛ばす威力の膂力を有している。 この結果は必然だと言えるだろう。

 

苦虫を噛んだような表情で片膝を突く祐斗は、激痛を少しでも和らげるように大きく息を吐く。

肩口から下がだらりと脱力しているのを見て、異変に気付いた一誠が狼狽した。

 

「おま……腕…………っ!」

「…………大丈夫、安心して……はぁ……。 脱臼くらい手で治せるよ……ふぅッ…………!」

 

外れたら嵌めればよいと、普通なら狂い泣き叫ぶほどの行為を躊躇いなくする辺り、この金髪の騎士(ナイト)も相当の修羅場を潜ってきていると言える。

泣き崩れるディオドラの眷属を宥めている朱乃を見て、ナインが肩を竦めた。

 

「ああそういえば、通路は一本しかありませんでしたねぇ」

「あなた……彼女たちは無抵抗だったはずよ!」

「うん、だから?」

「だからって…………」

 

呆れるように、そしてリアスたちの善性、すなわち甘さを悔やむように、閉じていた口に亀裂が入る。

 

「無抵抗だから殺さないのかい? 違うねぇ、彼女たちは解っていて裏切りの主人に付いて来たんだろう。 だからここに居る、私の邪魔もした。 テロリストの加担者たちだ」

「確かにそう…………彼女たちは許されざることをしたわ……けど!」

「そしてそれも勘違いだ。 私はそれが悪とは言わない」

「は…………?」

 

この世に善も悪も無い。 そう以前ナインが言っていたことを、リアスは思い出していた。

 

「私は、彼女らの選択に敬意を表し、そして殺す。

彼女たちにとって、付いて行くか諌めるか泣き付くか、そのどれかの選択に、また悩んだか即決したかは知りませんが、一つの人生の選択をしたことを私は称賛しましょう。

その上でこういった戦場を生んだのだ。 いまさら、旗色が悪いから抵抗はしない、だから殺して欲しくないというのは甘すぎではないですか。 戦場の真理を判っていない…………」

「…………狂ってる」

「戦場では、狂気こそが正気というのを覚えておいた方がいい。

あなたの慈愛を否定するわけではありませんが、度が過ぎるといつか死にますよ、本当に」

 

敵を殺すため、斃すため、血の温度を上げ続けろ。 殺して殺して殺し尽くすのが戦場に立った者の役目。

自分は兵士ではない? よろしい、ならば戦場で案山子のごとく突っ立ったまま槍衾にされるのが望みか? 違うだろう。

殺したいから殺す享楽殺人者が居るように、死にたくないから殺さなければならない者もいる。

 

戦場で泣き言は誰も聞かない、聞いてはくれない 日常とはまた違う一種の異世界が戦争というそれなのだから。

 

「まぁ、とはいえいまのは少々一本取られました。 その少女たちはあなたたちの好きにすればよろしい」

 

興味を失ったように次の部屋へ続く通路を歩き始める。

それもそのはず、この場はリアスたちの介入により戦場の空気が霧散してしまった。 無論、先の二人を彼女たちから奪い取って殺害することは容易だが……

 

「…………白けますね」

 

この通り、本人はこの場でのやる気を失くしてしまっている。 ゆえに、ディオドラの眷属二人は命拾いをしたということだ。

 

「む、なんですか木場さん」

「君にここで戦わせるわけにはいかなくなった。 必要以上にこの地を戦場にしてもらいたくないよ」

「だな。 お前の言う戦場の真理ってやつも分からないでもないけど、やっぱり無抵抗なら無抵抗なりの対応をするべきだぜ」

「私も同感よ、なにより、私たちの住む世界で好き勝手暴れさせるわけにはいかない――――これからあなたを監視させてもらうわ」

 

右に祐斗が、一誠が、左にリアスが、ナインの両側で挟むように横に付いてくる。

爆発により開放的になったと思ったらこれである。 ナインは窮屈になった雰囲気に心底鬱陶しげな溜息を吐いた。

 

「好きにすれば良い、ただし…………」

 

邪魔だけはするな。

 

「するわよ。 …………あなたの行為は皆の目の毒なのだから」

「…………まったく。 あなたたちは何をしに来たのだ。 あれですか、死にに来たのかい」

 

戦場で不殺の精神を持つことは、力ある者以外がすれば死に繋がる。 自死衝動にでも駆られた狂人のそれだろう。 彼女らがこの場のナインを狂人と言うように、ナインから見ればリアスたちのやっていることも十分狂人に見えるのだ。

 

すると、スッとリアスの表情に影が落ちた。

 

「……アーシアが、ディオドラに拉致されたの」

 

それは後悔。 そして憤怒も混ざった感情だった。 ナインはその顔をじっと見つめるが、すぐに歩く方向に視線を戻した。 そして、歩みを再開させながら、

 

「…………それが理由かい。 やっぱりか」

「知っていたの?」

 

ディオドラ・アスタロトに、アーシアが連れ去られた。

その事実にナインはどこか納得していたようだったが、知っていたのか? と、リアスは乗り出すようにナインに迫った。

 

赤いスーツの裾をぐい、と掴むリアスに振り向いた。

 

「…………」

 

態度では示さないが、一誠や祐斗、ゼノヴィア、朱乃、小猫、ギャスパーもナインに注目していた。 突き刺さるような視線に参ったナインは、頭を掻く。

 

「そういう性癖を持っているのは知っていました。 やりかねない、ともね」

「…………そう。 ! 待ってナイン。 あなた教会時代のアーシアを知っているといつか言っていたわね」

 

飛ぶように気づくリアス。

アーシアとナインの初の対面は、リアスたちが知る以前より交わされていた予想が立っていた。 そしてさらに、当時にそういったことを匂わせるやり取りは忘れていない。

 

あのとき、部室で顔を合わせた二人。 アーシアは怯え、ナインは笑っていたのだから。 初対面というのは有り得ない。

 

「あ~そんなこと言ったことがあるような無いような…………思い出せないなぁ」

「私は真面目に聞いているの! お願い聞かせて……アーシアに、何があったの?」

「聞かせてあげる代わりに、条件があります」

「…………な、なに?」

 

少し気圧されるリアス。 すると、ナインは悪戯な笑みで、

 

「あなたの躰を、味わわせてもらいます。 隅から隅まで、余すことなく…………その乳房もね」

「――――――!」

「てめナイン!」

 

自分を抱くようにして後ずさるリアス。 それには眷属たちもたじろいだ、が…………

 

「言ってみただけだよ間抜け。 興味無いですしねぇ」

「…………ねぇ、みんな、この男殺していいかしら。 というか殺すわ」

「いままでの私を知っていれば受け流す事は可能だったはずですよ? ふふ、ハハハハ………生娘も大変だ」

「やっぱり消し飛ばすわ!」

「部長、落ち着いて! 気持ちは分かりますけど!」

「そうです、部長! 気持ちは凄い分かりますけど!」

 

目を瞑ってせせら笑う紅蓮の男に掴みかかろうとするリアスを、一誠と祐斗が押さえつける。

すると、朱乃が無言で冷たい視線をナインに送った。

 

「…………おっと。 ふぅ、怖い怖い。 まぁ、いいや。 教えてあげますよ、彼女の……聖女の辿った末路というものをね。 これは悲劇ではあるが、同時にこの出来事が無ければあなたたちと関わる未来は無かったであろう話だ。 感情的になるのはお勧めしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、聖女だった。 一概に聖女と言っても様々な想像をする者が多数出るでしょう。

宗教的に敬虔な女性であったり、高潔な女性であったり、はたまた、どのような者にも愛を振り撒く女性であったり。

 

優しく、高潔で、可愛らしく、すべての者に慈愛の情を与える僧衣(カソック)のシスター。 当時の彼女がそうでした。

まぁ、少し私も噛んでしまいますが勘弁を。

 

彼女は一時期、悪魔祓い(エクソシスト)たちに看護団として従軍していたよ。

そのときに私もその「悪魔祓い(エクソシスト)」の軍団に加わって戦っていたから彼女のことは知っていました。

 

無論、彼女もその看護団の子たちも、戦場という修羅場には直面したことは無い。 安全地帯で待機し、必要であれば治療をする。 そういった役目を持った団体でした。 それでもまぁ教会で祈るだけの方たちに比べれば修羅場慣れはしているだろうと思いました。

 

怪我をして運ばれてきた戦士たちを、その不思議な光で癒し、治す。 聖女という呼称はそれから始まりましたが、やはり神器(セイクリッド・ギア)というのは馬鹿にできない。 おそらく、彼女だからこそ、その「聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)」という医療機器を必要としない治療法を持った神器が宿ったのでしょう。

 

そして、彼女も満更ではなかった。 当然でしょう、信心深い教徒として「聖女」という呼び名はこれまでにない幸福だったはず。 なぜなら、優しくしたり助けたりすることに充足感を得る少女だったのですから。 先天性な女神気質だったのでしょう。

 

『ナインさんは他の皆様と違ってお怪我をされないのですね?』

『へぇ、して来て欲しかったのですか?』

『と、とんでもないことです! ご無事でなによりでした』

 

会話らしい会話はこれくらいです。 私とアーシアさんの接点など、これを抜いたらほとんど皆無だ。

 

そうして、彼女は聖女としての評判を着実に上げていった。 自然でしたよ。

人間、優しくされれば嬉しいのは当然です。 確かに、中には偽善だの鬱陶しいだの思ったり態度の人は存在しました。 まぁ私からしてみれば、つまらないプライドを持った男たちの強がりだと思いますがね。

 

「あなたは……アーシアに対して否定的だと思っていたわ」

「やれやれ、思い込みというのは恐ろしい。 偉そうに言いますが、私はこれでも彼女を評価している。 強いられるのではなく、己が意志で他人の心と体を癒せる少女。 それを曲げない心も、心の底から素晴らしいと思っている」

 

そんなとき、悲劇は唐突に襲ってきた。 ここからは、アーシア・アルジェントという聖女が、魔女へと堕ちる話です。

 

「てめッ――――その言い方は止めろよ!」

「おっと。 兵藤くん、語り手にいきなり殴りかかるとは、あなたさては、劇中じっとしていられない子供かなにかでしょう」

「それでも、それは……その言い方は……」

「イッセー、いまは……」

「クソッ……」

 

兵藤くんの苛立ちもおそらく、私だけに対してではない。 予感はあったのでしょうよ。

 

ここからは、ある神父さんから聞いた話です。

 

それから間もなくして、彼女はある悪魔と出会います。 怪我をしている悪魔です。

当然放っては置けないでしょう。 悪魔も見立ては人間と同じですからね、怪我をしているから助けるという心を、そんなときでも彼女は忘れていなかった。

 

神器(セイクリッド・ギア)ももちろん使いました。 怪我をした悪魔は無事完治し、少女にお礼を言った。

 

「そして、始まった迫害……ね」

「然り」

 

大勢の前で、主の敵たる魔王の子同然の悪魔を治療し、全快させる。 落ちることなど簡単でした。

異端審問、迫害。 彼女には多くの嫌疑がかかりました。

 

ただ己が信念に基づいて実行した行為が、彼女を聖女から魔女へと堕とす作業へと変貌した。

 

「そう、それは――――」

 

 

 

「――――――――それは計画的な謀略だった、だろナイン? ヒャッハハハハァッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定的な一言が紡がれる前より先に、耳障りな哄笑が神殿に響く。

目の前には神父服と、聖書、十字架を胸にかけた、かつての白髪の狂神父。

 

「フリード! てめぇ、生きてやがったのか!」

「おほー! そうですそうです生きてやがりましたよぉ。 イヒヒ! それにしても懐かしい面子ですなぁ!

レイナーレの姉ちゃんを思い出すぜぇぇっ」

 

フリード・セルゼン。 それは、聖剣奪還の折、祐斗に撃退され、白龍皇ヴァーリに身柄を確保された。

 

「元ヴァチカン法王庁直属、はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)フリード・セルゼン!」

「んな叫ばんでも自分の名前くらい分からァ。 んで? なんだいこのめンずらしい顔ぶれは!」

 

相変わらず面白おかしく笑い声を上げるフリードは、リアスたちの中心に居る男を見てにやけた。

 

「ナインよぉ、お前ってばそんなキャラだったっけ? 違ぇよなぁ、近くに居りゃ誰でも吹き飛ばすようなイカレ野郎だったはずだろう!? なんでそいつらを殺さない? 情が移った? それとも日和ったか? どっちでもいいがよ、てめぇは俺と同じなんだってこといい加減自覚しろよなぁ」

「…………」

 

いつもの表情を崩さずに平静に佇むナイン。 しかし、にわかに笑いだした。

押し殺すようにしていた声は声量を上げていき、哄笑に変わる。

 

「んっふふふ……アハハハ、ふははははッ! 私が、あなたと? 同じ? ちょっとちょっと……クク、笑わせないでくださいよ。 あなたホント変わりませんね、いや、ちょっと変わったのかい?」

「だってそうだろうが。 教会でバルパーのじいさんと三人で行動してたときがピークだったが、ありゃ一言、イカレ野郎だったよ、お前は」

「そんなだからあなたは成長しない」

「なに…………?」

 

フリードに煽り言葉を叩き付けるナイン。 あれから数年経つというのに、お前は何も進まない。

殺す事だけしか考えない殺人者。 短絡的すぎて嘆きすら覚える。

 

「ただ殺したいから殺す。 そういう獣の思考も良いですがね、そんな飽きもせずによくもまぁやれますね、フリード。 私なら……飽きるね」

 

そしてすでに、ナインはそれを終え、爆発だけではない次の段階へと進んでいる。

 

「うるせぇぞてめぇ…………」

 

低い声音。 先ほどの陽気なフリードは無く、ナインを睨む。

 

「変わらないから強く在れるんだよ。 分かってねぇのはテメェの方だろうが!」

「変わらないから強く……」

 

北欧の主神から聞いた言葉を思い出す祐斗。 

良くも悪くも自己完結するのが求道の法則だ。 その点ではフリードは昔から変わらない享楽殺人者であるため、そういう才能(・・・・・・)があるのだろう。

 

「それよりも、他のディオドラの眷属たちはどこかしら。 あちらが仕掛けてきたことよ?」

「心配無用です、リアス・グレモリーさま。 あなた方の相手は私たちがします」

 

魔方陣が光り輝き、その声の主が姿を現わす。

騎士(ナイト)」二名、「僧侶(ビショップ)」二名に、そして「女王(クィーン)」。

布陣としては強力な部類に入るだろう。

 

「一気に全員投入してくるなんて……あなたたちの主は何を考えているのかしら」

 

そうリアスが呆れ気味に放言すると、碧眼の「女王(クィーン)」の女性が口をつぐんだ。 目を逸らし、不機嫌そうに腕を組んでいる。

 

「イレギュラーにより、総攻撃にて殲滅を言いつかりました」

「イレギュラー……あ~」

 

納得したようにゆっくりと横を向く一誠。 リアスはなんとも複雑な表情で、自分の横でにやにやと気色の悪い笑みを浮かべている男を肘で小突いた。

 

「あ痛ッ、ちょ、なんですかぁ?」

「あらあら、だから先ほどのディオドラ・アスタロトからの放送が途切れたのですわね、納得いたしましたわ」

「なに、そんなことがあったのですか?」

「うふふ、先ほどのあなたの蛮行を阻止する少し前に」

「ふ~ん」

 

にやにやの理由が変わり、今度は相手の「女王(クィーン)」に向かってその笑みをしだした。

 

「焦りが先んじ、眷属の総出撃? アホ丸出しじゃあないですか。 指揮官としてはまだまだこちらに居る紅髪さんの方が優秀だと私は思います」

「…………!」

「おい聞いたか木場。 ナインが部長を褒めたぞ…………しかも顔赤くして……照れてる!? 照れてるぞおい! か、可愛い…………」

「可愛いだなんて、やだわ、イッセー…………」

「余所でやれよ」

 

最後のはフリードである。

それにしても初めてではなかろうか、リアスがナインに称賛されるのは。

いつもはポンコツだの、ダメ出しばかりだったはずである。 が、ここに来てディオドラの指揮の杜撰さが浮き彫りとなりリアスを輝かせた。

 

顔が赤いままのリアスはナインに向かって指を突き付ける。

 

「あなたに褒められても嬉しくないんだからね、ナイン!」

「お、手軽な小石発見。 爆弾作ろっと」

「ふん!」

 

一撃。 滅びの塊が高速でナインのもとへと飛んで行く。

当然避けるナインの先に居るのは剣を構えた「騎士(ナイト)」の二人に――――着弾。

 

「きゃあぁぁッ!」

 

一擲。 リアスの放った滅びの力は絶大な威力を発揮し、得物の剣もろとも「騎士(ナイト)」の二人を吹き飛ばしていた。 壁にぶち当たり、ずるずると崩れ落ちる。

 

ポンポンと小石で遊ぶナインが眉を顰めた。

 

「毎度危ないと思うのですが、グレモリーさん。 私に当たったらどうするつもりなのだ」

「あなたなら避けるでしょう?」

「うわ~」

 

息が合っているのか合っていないのか分からない二人に唖然とする一誠たち。

ナインは好かないだろうが、敵の敵は味方ということだろう。

リアスも必要以上にナインを敵視してはいない。 いま優先すべきことは何か、十分に解っているから――――

 

「ナ~イン。 お前は俺と戦ろうぜ、おい。

強くなってからオレさぁ、見合う相手が居ないわけ。 正味に欲求不満なんだよねぇ」

「いや、僕が相手する」

 

当然の権利だろうと、このとき二人とも(・・・・)思っていた。

ナインはおどけながら横に身を引き、騎士の名乗りを尊重する。

 

以前下した相手が生きていて、再戦の機会が不本意ながら与えられた。 ならばどうする、無論同じ人物が葬り去るべきであろう。

 

この白髪の神父を、敗北の檻へ叩き返す――――!

 

聖剣奪還。 フリード・セルゼン。 木場祐斗。

 

ナインを除けば、因縁浅からぬ仲の二人。

いつもの光る剣と祓魔弾の込められた銃を構えるフリード。 いまはあのときのような栄光――――エクスカリバーを有していない。

 

対して祐斗は、空間から抜き放った聖魔剣を二刀構える。

 

その瞬間――――

 

「あ゛…………?」

 

瞬時に間合いを詰めていた祐斗が、フリードの心臓の辺りにその得物を深く突き刺していた。

一瞬の出来事に、敵は愚か味方であるリアスたちも目を見開く。

 

「よっしゃあ! やったぜ木場!」

 

もはや勝負あり。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――と思われたが、しかし。

 

「…………?」

「ふひひ…………いひひ、ハハハハハハアッハハハハッハハハハハ、ヒャッハハハハハハッ!」

 

上がる哄笑は、心臓を一突きにされているはずのフリード・セルゼンからだった。

その直後だった。 異変に気付いた祐斗が、聖魔剣を引き抜こうする。

 

おかしい。 突き刺したところから、人間ならば出て来るはずの物が出て来ない。

 

「ひひ……強くなったって言ったよなぁ? イケメン色男くぅん?」

「これは…………!」

 

単純だった。 深く突き刺した剣は、フリードの体を貫いたまま地面にも達していたのだ。 抜けないのは必然だった。

しかし、地面とともに串刺しになったフリードは血も吐かず、痛みも無く、ただ目の前の祐斗の頭を撫で……そして、

 

「オラぁいつまでもおたおたしてんじゃねぇっっぜぇっ!」

「ぐあぁッ!」

 

頭を掴まれ、有り得ない膂力で壁にブチ当てられる祐斗。 何が起きているのか分からない現状、疑問符を浮かべることしかできない。

 

「あなた……人間を辞めているの?」

「半分当たりで、半分外れだぜぇ悪魔」

「なんだというの…………朱乃!」

「はい! はァッ!」

 

姫島朱乃の有する混血としての力。 雷と光を融合した雷光を迸らせ、地面を走らせる。

相手が魔なる者ならば、堕天使の光を有した朱乃の攻撃が有効のはず。

 

「な――――!」

「いい塩梅の電圧だ、ひゃは。 いいねぇお姉さん、眷属辞めてマッサージ店でも開業すればぁ?」

「そんな、朱乃の雷光までも!? どうなって――――!」

 

腹がよじれるほどの笑いに包まれているフリード。 しかしここで、人間とは決定的に何か違う物が形として現れ始めた。

 

心臓に剣を突き刺しても死なないどころか血も出ない。

 

雷光で痺れさせ、打ち据えても笑うばかり。

 

その謎を、いま――――

 

「ああ、そういやいまオレ光浴びてんだったな。 びっくりした?」

「…………なんだあれはっ」

「屍? …………いや、髑髏?」

 

光を浴びたフリードの体は、肉の無い骨組みだけの肉体――――骸骨の姿が照らされていた。

ガシャガシャと骨と骨がこすれ合う異音。 骸骨が光る剣を持って動くさまは、当然人間のそれではない。

 

「ナイン、へへ……以前のオレとは違うってこと、教えてやるよ。 ああそれと、朗報だ。

これもお前がだぁい好きな錬金術が生み出した狂気の業なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉッアハハハハ、ハッハハハハヒャハハハッ!」




あけいろ怪奇譚プレイしていて遅れてしまいました、ごめんなさい。
いや~、面白かった。


あ、フリード生存です。 原作とは別の方向で人間を辞めてしまいましたがね。 神父服はちゃんと着ています、その上でホネホネなので誤解なさらぬよう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告