紅蓮の男   作:人間花火

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最近捗るなぁ。

あ、そういやシャルバさんの声って聖餐杯なんだよな……影薄すぎて気づかなかったけど。


41発目 アガレスとアスタロト

「む……」

 

久しくしていなかった睡眠から目覚めると、頭を掻きながら上体を起こす。

欠伸をし、身だしなみを整えようとベッドから立ち上がる――――

 

「――――よぉし」

 

微睡んでいた脳内が一気に晴れ渡ると同時、停止していた思考の歯車も寸分の狂い無く回り出す。

寝起きは比較的良い……というより、この男は全体的に見て強健なのだ。

 

寝起き後、だらだらと眠気に停留されたりはしないこともその一つ。

大々的な理由としては、己の限界というものを弁えているゆえに、10代のそれとは一線を画した管理力を有している。

 

寝ている間以外はもはや手足を動かすことと同義に脳を回転し続けるのは一種の才能であろう。

そんな、人間ならば未練がましく寝具を放さないであろう状況を歯牙にもかけずに立ち上がった男の腕に、未練がましい腕が絡みついて来た。

 

「――――にゃ〜、まだ寝るの〜!」

 

寝起きでダルくなっている体に突如として反発の力が加わり、あっさりと引き戻される。

――――言い訳を言おう。 覚醒したとはいえ不意打ちだったのだ。

 

ベッドに座らされるとすかさず腕が伸びてきた。 一瞬にして為された早業に、しかしその男ナインは呆れるように息を吐く。

そう、その犯人は言わずもがな。

 

巻き付く腕は、艶を放つ白魚のような肌。

そして、それと同時に背中に押し付けられる柔らかい二つの感触。 終始無表情なナインだったが、自分の腰に回された腕を見てすぐにくつくつと笑った。

 

「昨夜はお疲れ様でした」

 

回された腕が這うように肩に乗ると、にゅ、と横から黒歌が顔を覗かせた、ご機嫌な様子だ。

そのまま流れるようにナインの顔を手で引き寄せ、唇を合わせる。

 

「…………ちゅ。 あんな濃厚な蜜月の一晩を忘れるわけないにゃぁ。 ふふ…………んっ」

 

接合のような熱いキスは、やがて唾液の交換へと移行する。

ねっとりとした舌がマグマのような口内で絡み付き、涎を蜜のように味わう。

 

「ぷはぁ…………」

 

唇を離すと、嬉しそうに喉を鳴らして背中に顔を擦りつけた。

益々密着度が増す躰と躰。 黒歌の飛ばし具合に、ナインは苦笑を禁じ得ない。

 

「ぷはっ―――朝から必死ですねぇあなたは」

「本当はねぇ……あなたに焦がれてから自慰に没頭してた無為な時間の分だけしたかったのよ?

だってナイン、私が5回くらいトんでやっと1回って感じだったじゃにゃい?」

 

夢見る乙女と言うのだから、なるほど確かに彼女は夢を見たのだろう。

目の前の男に抱かれることを至福とし、夢見た女。 しかし今回は状況がいつもと違う。

 

自分がはぐれとなった発端。

 

血みどろの殺し合いしか頭に無い戦闘狂。

 

目を付ける男は悉く黒歌の理想に反していた。

何の修行だこれは。 この二人だけではない、ヴァーリチームに入った後も旅の途中で見かけた強そうな男を誘惑したりした。

 

これだけ多くの男を引っかけていればいずれ当たりに当たるはずだと……そう信じていた。

 

テストと称し、すべて殺した。 当然だ、自分より弱い男など男ではない。

であるならば子を残す価値も無い。 誘惑に乗ってきた奴らはみんなそうして私の影に押し沈めてきた。

 

そこに現れた、未知(ナイン)。 インパクトのある出会いではなかったが、明らかに非凡であると、猫の勘で感知した。

そして黒歌の中でのテスト結果は―――見事に良。 優良。 傑出した能力に加え、堅牢堅固な精神性能――――誘惑しても乗って来ない、一体全体どうなっている。

 

一度は、思い違いだ勘違いだと自分自身に言い聞かせた。

誘い方が杜撰だった、次はもっと上手くやろうと。

 

乗ってきたらそのときは未練なく殺してやれる。

 

が。

 

――――殺せない。 強い。 しかも常識も死生観も言動も何もかもがおかしい、電波かこいつは。

ちょっと、というかだいぶ頭おかしい奴だけど、誘惑にも乗って来ないし私より強いし良いか。 そんな理由でくっ付いた。 ここまでは、ヴァーリと同じ。

 

――――どうやら私は、バリバリに戦う男より、ギャップとやらに滅茶苦茶弱いらしい。

一見したらナインはワイルド。 髪も逆立っている。 猫背のときの彼はチンピラホストかと見紛ってしまう。

 

――――でも全然違った。 ワイルドな風情だけど、喧嘩や戦いが好きなわけじゃない。

彼の言う、天は何を選ぶのかなんていう哲学思考はどうでもいいけど…………驚いたのはあのときだ。

 

オーディン、そしてフェンリル。 圧倒的実力差の万事休すというときに、こいつは薄気味悪く笑ってた。

血だらけなのに、皮膚も裂けて肉も骨も見えてるのに――――

 

でも彼は笑うことを止めなかった、自嘲でもない。

絶対勝てないと解ってるのに――――あの危機的状況でナイン・ジルハードは笑っていた。

 

逃げようともしてた。 …………これは、美化意識が高いと思われるかもしれないけれど。

 

ここで逃げおおせたら、自分は命運に打ち勝ったのだと。 そう信じて止まない瞳だった。

 

これが、黒歌がナインを選んだ理由。

 

そして、何度目か解らないセックスアピールの末、念願が叶ったいま。

 

毎晩のようにナインを想い自慰に耽っていた黒い魔女はもう居ない。 彼女、黒歌はこの爛れた昨晩を以て己が因果を乗り越えたと胸を張れる。

そう――――彼女が関わる男には、ろくな者が居ないというくだらない因果を打ち破ったことに。

 

「…………ナインってば、あんまり遅いと不能と勘違いされちゃうと思う」

「知ったことですか。 極論するとねぇ、性器を嵌め合うという作業的な行為に興奮を覚えるあなた方が解らない」

「する前、欲情してるって言ってたにゃん」

「あなたが生物として一定の極致に達した。 その素晴らしさに感激を覚えたからだ」

「うわぁ……変態にゃぁ」

 

本当の姿を見せること。

 

表面上は簡単なことだが、本来、本能を本能で制御するなど人間学的には荒唐無稽な所業である。 理性を置き去った本能など、獣でしかないはずなのに。

 

一時的とはいえ、黒歌にそれができたから。

いままで幾度も雄を直接的な行為で誘っていたが、真に好きになった男に対しては色々な理由を付けて振り向いてもらおうとする始末だった。

 

「…………最初から本音を言えれば、私はあなたに抱いてもらえたのかしら」

「それはどうだろう。 もし最初から本音を言える女だったなら、あなたは誰にでも股を開く雌同然だったでしょう。 純粋からいきなり不純は生まれない。 そういった行為や言動にはね、本人も知らない内に心の中でロックされているのですよ」

 

皆初めは純粋だ。 初めから道徳観の欠如した人間は産まれないだろう。

 

「さて、それはそうと私はそろそろ行かなくてはね」

「え、行くってどこよ」

 

そんなの聞いてない、とむくれる黒歌に対してナインは笑った。

 

「久しぶりに面白い催しに行けそうなのです」

「本当?」

「ええ、本当だ。 ただ、あなたはここで留守番をお願いします」

「…………昨晩抱いた女を次の日には置いてけぼりって」

 

あの蜜月は現実だったはずなのに、いまのナインの反応を見ているとそれを実感できずにいる黒歌。

逆八の眉でぶつくさ言っていると、ナインが振り返った。

 

「それと、ヴァーリから提案がありました。 『一つの建物に何人も居座るのは都合が悪い』と。 狭いとかそういった理由ではなくね。 つまり、ああ……何が言いたいのかというと」

「?」

 

頭を掻き、相変わらず面倒そうに黒歌に向かって指を差す。

 

「ここを出て、私と黒歌さんで別の拠点を構えようという案だ。 私の考えで事務所の形態を取ろうと考えていますが、その旨、頭に入れておくように」

「や…………」

 

ぶるぶると、俯いた黒歌が震えている。 一体どうしたのか、腹でも痛いのか、それともチームがバラバラになることに不満を抱いているのか――――

 

「やっっったぁぁぁぁッにゃぁぁぁぁッ!」

 

ソファーのスプリングをぶっ壊さんばかりに飛び跳ね始める。 突然大声で歓喜を謳った黒猫に対し、ナインは耳を塞いだ。

 

「…………やーかましい」

「いつ!? いつにゃの!? ナインと私の愛の巣はっ」

「近日です」

「そんなの待てない、とにかく荷造りしてくるわ!」

 

そう言って彼女は電光石火のごとく自室に走り込んでいった。 近日と言っているのに話を聞けと、ナインはやれやれと息を吐く。

まぁルーズにやられるより幾分ましだ。 その調子で私の荷物も纏めておいてくれと人任せにする男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、僕はディオドラ・アスタロト。 君が噂に名高い紅蓮の錬金術師くんかい?」

「どうも」

 

駒王町のとある一角で、そんな礼儀正しい挨拶を言った少年がいた。 彼はディオドラ・アスタロト。

七十二柱の一つを担う、アスタロト家の次期当主である。 線が細く、柔和な笑みを浮かべて佇む様はなるほど紳士と言えるだろう。

 

そして、人払いを施された歩道橋でそれと対峙しているのはナイン。

 

「…………これはどういうことですか、ディオドラ!」

 

偶然にもそこに居合わせた彼女もやはり、どこか高貴の出なのだろう、というより、確定だ。

 

淡いグリーンがかった長いブロンドの髪。 切れ長の双眸に眼鏡をかけ、クールというよりは冷たい印象を相手に持たせそうな雰囲気を醸し出す女性だ。

 

そんな、美女と言って差し支えないであろう彼女の激昂に、ディオドラは興味無さげに言った。

 

「シーグヴァイラ・アガレス大公、敗北したあなたに用は無いです。 それとも、僕が勝ったのがそんなに気に入らなかったのですか?」

「…………いまはそんなこと、どうでもいいでしょう。 あなたには聞きたいことが山ほどあります」

 

そう言うと、その女性―――シーグヴァイラは眼鏡を上げてナインに向いた。

ここまでの状況判断でナインは理解する。 彼女はおそらく今回のこの集まりとは関係の無い悪魔なのだろう。

 

テロリストと若手悪魔の密談現場、それを偶然とはいえ彼女は図らずも目撃してしまい、いままさにその少年、ディオドラに言及していた。

 

「なぜあなたが『禍の団(カオス・ブリゲード)』の単独特殊部隊ヴァーリチームの一員であるナイン・ジルハードと一緒に居るのですか!」

「だから、あなたには関係無いです。 それだけを言いに来たなら帰って頂きます。 いまは彼とお話しに来たのだから」

 

キッと切れ長の瞳でディオドラを睨み付けるが、彼は飄々と笑みを浮かべ続けるだけだ。 それが逆に気味が悪い。

そして、彼の中には打算もあった。 ここでシーグヴァイラ一人を逃がしても、何の支障もない。

なぜなら――――彼はいま、すべての眷属たちを従えてここにいるのだから。

 

シーグヴァイラ一人が冥界にこの件を暴露しても、こちらには自分の息のかかった眷属たちがいる、加えて自分。

 

「あなたがこの事を冥界に告発しようと、先日のレーティングゲームで僕に負けた腹いせに流したデマ、と上は取りますね。 はは、ピエロですね、シーグヴァイラ」

「――――っそれがあなたの本性かっ!」

 

憤怒で淡いグリーンの髪が濃縮され、激昂とともに深緑となる。 彼女も「(キング)」。 誇り高き大公の血族だ、退けない、逃げるなどととんでもない。

 

すると、横から面倒そうに手を挙げた男がいた。 面白い話がしたいからと喜び勇んで来たというのに、当事者放置で同種族二人で話すのはいかがなものかな、と。

 

「ディオドラさん、でしたっけ。 話があると聞いて足を運びました。 そちらも冥界からわざわざ遠路を渡って来たのです、実のある話をしましょうよ」

 

すると、ディオドラがシーグヴァイラを横目で見ながら小馬鹿にするように笑った。

 

「それもそうですね、失礼しました。 実は先日、レーティングゲームで僕が彼女に勝ったのですが、彼女はどうしてもその結果に納得できないようなので」

「――――っ」

 

彼女、シーグヴァイラ・アガレス大公がここまで来たのは、もともとはディオドラにあることを追及するためだった。 それを完全に図星を突かれたのか、悔しそうに口を結ぶ。

 

「まぁよく解りませんが。 アガレス大公殿、過程がどうあれ結果は認めねばなりませんよ。 彼に如何様な疑念を感じているのかは知りませんが、戦って負けたというのならそれは真摯に受け止めなければいけません。

私は、敗してなおそのことに愚痴を垂れる者には酷く嫌悪感を感じます。 せっかくの美貌だ、できるならば外見だけでなく中身も美しくあって欲しい――――喩え、私を敵視する者であろうとも」

「…………」

 

その発言に、複雑な表情をするシーグヴァイラ。 ディオドラのように嫌味が無ければ、同じ若手悪魔のゼファードルのように喧嘩っ早いわけでもない。

 

何よりテロリストとは思えない穏健ぶりに、彼女は少しだけナインへの警戒を解いた。

その馴れたようなシーグヴァイラの様子にディオドラが舌打ちをする。

 

「もういいでしょう、アガレス大公には退場してもらいたい――――ナイン、協力していただけますか?」

「…………なんで?」

「…………は?」

 

あまりに予想外の返事にディオドラは睨むような瞳でナインを振り返り見た。 この流れならば共同して彼女をこの場から追い払うのが常套だろう。

この瞬間だけ、ディオドラから紳士精神が抜け落ちた。 どこか引き攣った笑みに変わる。

 

「いやだって、僕たちの密談を盗み聞こうとしていたじゃないですか。 まさかこのまま僕たちの話を聞かせるのですか!?」

「さぁ、私は別に。 隠すつもりは無いし、いいんじゃない?」

「なぁ――――っ」

「………………」

 

バカな。 なんなのだこいつは。 噂には聞いていたが、ここまで頭のおかしな男とは予想外も甚だしい。

 

「あなたが追い払いたいのに私に協力を仰ぐのはおかしいよ、ハハハ」

「この――――っ」

 

先ほどと一変した表情の入れ替えのような状況。 余裕のある笑みを浮かべ続けていたディオドラの顔が徐々に苛立ちを含んだ表情に、シーグヴァイラは一変とまではいかないが、憤怒から変わり呆然とした様子でナインを見ていた。

 

「しかもさぁ、彼女の尾行にも気づかないでここまで連れて来ちゃったのは君でしょう、ディオドラくん」

 

自分の失態は自分で拭えよ。 何を澄まし顔で他者からの助力を手招いているのだ気持ち悪い。

 

「貴様!」

「我らが『(キング)』に向かって!」

「無礼者!」

 

一斉に戦意の波を帯びるディオドラ眷属。 よく見ると、彼女たちはほぼすべて僧衣(カソック)を着込んでいるシスター然とした者たちだった。

ナインは息を吐いた――――そして、口の端が釣り上がる。

 

「知っていますよ。 聖女マニアのアスタロト」

「――――――」

「教会出身なの忘れてません? しかも、その中でも奥深くに入り込んでいたのですよ? 私は」

 

聖剣研究、悪魔滅殺。 異端と云われながらその実力のみで教会の信を勝ち取り、あらゆる方面で横のつながりを持った男だ。

 

「私がそちらの世界の知識に乏しいのは自覚していますが、こと教会やその周辺の事情に関してはよく耳に入って来るから知ってるよ――――私は、紅蓮の称号を持つ錬金術師だ。 私自身気に入っていますが、何を置いてもこれは公式ということを忘れない方が良い」

 

称号は、教会内では最重要ポストである。 そんなこと、下級悪魔でも知っている。

 

そう、ナインが黒歌に言った、「面白い催し」とは別にこの悪魔との会話のことではない。

ディオドラが自分を勧誘して来ることなど見通していた。 ヴァーリにも予想されていたのだ、ナインとその話をしていないはずがない。

 

久しく忘れていた過去の記憶。 かの不良神父フリード・セルゼンと共に行動していた時代。

確か会った、聖女と讃えられていた少女のこと。

 

投獄中にあった出来事は見れなかったが、何が起こっていたのかは把握していたあのとき。

 

――――ああ確か昔、フリードが面白半分に口を滑らせたことがありました。

 

「アハハ、き、君は一体何を言っているのですか。 彼女たちは元々悪魔ですよ?」

 

この間にディオドラは平静を取り戻し、いつもの紳士という皮を被り直していた。

しかしもはや隠せる術はない。

 

「ああまぁこのことはいいや。 私から言うのもおかしいしねぇ、クククっ」

「――――っ」

 

ぎりっ……

 

その直後だった。 自分の計画通り、思い通りに進まない話に業を煮やしたディオドラが激する。

ナインの意味の分からない言動に振り回されているいまの状況にも、彼のプライドが許さなかった。

 

「……………お前は…………本当に僕と手を組む気はあるのかっ!?」

 

いきなりすっ飛ばして核心を自分で言い放ってしまうディオドラに、シーグヴァイラもあっと反応する。 しかしナインはその間平然として――――

 

「お前は下等な人間なんだろう! この僕と手を組めること、光栄に思えよぉ! なんで跪かない! なんでひれ伏さない! 僕はベルゼブブの血を引く高貴な血統なんだぞ!」

「…………」

 

シーグヴァイラは、いつもとは違う取り乱したディオドラ・アスタロトを見て驚きと共に更なる悔恨の念に囚われた。

――――自分は、こんな薄い面皮で取り繕った男に負けたのか。

 

「血など何の意味も持たない。 大事なのは、如何にして生きるかだ」

 

それに、とナインは噴き出した。 可笑しくて。

 

「そこなアガレスの姫君にそのレーティングゲームやら言うお遊戯に勝てたのなら、いまここでも私の助力無しに追い払えると思うんだけど、そこんとこどうなんだろうねぇ」

「できる――――っできるさ!」

 

ほぼ単独でシーグヴァイラの眷属を倒し、本人をも独りで打ち倒して手に入れた勝利だ。 できない訳がない!

ディオドラは、心底ナインを軽んじた。 そんな軽い条件で僕に恥をかかせようとしているのか、いい度胸だ。

ここにいるたった独りのシーグヴァイラに負けるわけがない。 僕が勝ったら今度こそこの変態(ナイン)の度肝を抜いてやろう。

 

そもそも、この女が負けた試合で僕に逆恨みしたのが間違いなんだ。 正々堂々戦ってやったというのに、この女は……。 この件が終わったら、次はこいつにしようか。

 

ディオドラをはそう考えながら薄暗い策謀を練り上げる。

 

「――――やっぱいいや」

「…………は?」

 

またもや理解不能の言葉。 ディオドラは眉を顰める。

そうして嘆息するナインは、ゆっくりと歩き、弛緩した雰囲気のまま―――――

 

「私は別に、あなたと手を組まずとも事を起こすつもりだ。 楽しいからねぇ、自分で動かす状勢というものは」

「…………あなた」

 

シーグヴァイラの横に付いた。 だが決して交友関係を結ぼうという心算ではない顔だ。

おそらく――――

 

「オプションであなたの手勢を借りるというのも有りかと思っていましたが。 あなた、小さいよ。 小者だ。 美しくない――――なぜそんなに恥知らずになれる」

「…………なんだと」

 

ぶるぶると震えるディオドラの周りを、どす黒い雰囲気が蔓延していく。

 

「僕が、その女に劣るだと」

「そうは言っていない。 私は、あなたと手を組む気は無いと言ったんだよ。

彼女は関係ないけど、この場この状況ではあなたが一番の劣等と判断した……結果だ。

消去法でこのシーグヴァイラ・アガレス嬢の側に立つのはそんなにおかしなことなのかい?」

 

お前の乗る泥船はすでに崩れかけている。 吐き捨てるようにディオドラの誘いを切って捨てた、いや、最初からこうするつもりだったのだ。

スリルは好きだが、自分は死にたがりではない。

なぜこんな弱そうな男と手を組まなければならないのだ冗談ではない。

 

「殺す。 二人とも殺してやる」

「…………だってさ」

 

ディオドラの殺意の言葉に、しかし他人事のようにシーグヴァイラに話しかけるナイン。 後ろで憤怒の念をいまにも爆発せんとしているディオドラ・アスタロトを見て、彼女の眼鏡の中の目が見開いた。

 

「このオーラ……従来のアスタロト家とは違う。 ディオドラ、やはりあなたは!」

「そうですよ。 僕は強くなった――――この、蛇でね!」

 

不敵に笑ったディオドラの腕に何かが巻き付く。 黒い闇に塗られた蛇のようなオーラが、彼の地力の強化を促進させているようだ。

ナインは目を細める。

 

「蛇?」

「ハハハ! 無限の龍神――――ウロボロスドラゴン、オーフィスのことも知らないと見える! 笑えるよ、君は自分の組織のトップがどんなものかも知らずにその組織に付き従っているのか!」

「従う?」

「そうだ。 お前それも知らずに『蛇』の恩恵を受けているのか!? さっきから感じるよ、君から発せられる不気味なオーラ。 明らかに強大なパワーを持っている!」

 

バッと、シーグヴァイラもさすがにディオドラの言葉に初めて賛同し、ナインから距離を取る。

確かに、先ほどからこの男からは人間味というものを感じない。

 

「…………っ」

 

万事休すか。

ナイン・ジルハードがこの場での消去法で自分を選び、ディオドラから護ってくれるようになったとはいえ、凶を引いてしまった気分だ。 自分はこの渦中から逃れ、冥界にこのことを告発できるのか――――おそらくこの男も、ディオドラの言う「蛇」を得ている―――!

 

大公として、ここで死ぬわけには――――シーグヴァイラが、歯を噛んだ、その瞬間だった。

 

――――爆撃音。

 

「え――――」

 

呆けた声音は紳士という皮から漏れ出ていた。

ゆっくりと弧を描く様に吹き飛ばされるディオドラの眷属悪魔。 彼女は運が悪かったと言えるだろう。

 

「顔は可哀そうだしねぇ、腹で妥協してあげようじゃないか」

「!!」

 

後方に飛ばされた自分の眷属に振り返り瞠目する。 心配、というわけでは無い。

何が起きたという疑念が湧き出てきたのだ。

 

優に三メートルは吹き飛んだ。 腹からは煙が出て、その眷属の女性はビクリとも動かない。

いったい――――

 

そのとき、ディオドラは目にした光景を疑う。

やっとのことで漏れた言葉には、畏怖を孕んでいた。

 

「こんなバカな火力が人間に出せる訳ない――――っ」

 

片手をポケットに入れたまま、もう片方の手が構えていた。 構えというか、まるで遊びだ。

 

コイントス。 指の上に石を乗せ、弾き飛ばすまさにお遊び。 だが、そのお遊びで自分の眷属が、煙を上げながら吹き飛ばされて動かない……そんなバカな。

 

指に置かれる次弾装填――――ふざけるなこんな遊びみたいな技で僕は――――

 

「――――がっ」

 

強大な膂力を伴った指弾により、小石が射出された。 命中した死のコイントスはディオドラの腹を灼熱の爆撃で焼き払う。 熱すぎる、これが人間の出す爆発の炎なのか!?

 

「ぐぁぁぁぁっ! くぅ、やはり『蛇』を…………!」

 

がくがくと足を震わせながら立ち上がる。 爆発の熱が引かない、徐々にディオドラの体力を奪っていく。

 

その正体は、錬金術による石から作り替える投擲系の爆弾錬成。

火種があれば一定の威力まで引き上げることが可能な、魔の領域にある紅蓮の錬金術。

 

「リアス・グレモリーも、あのドラゴンも、どいつもこいつも僕の邪魔をして――――!」

 

だというのに、未だその「蛇」とやらのおかげだと思い込むディオドラに、ナインはいい加減嫌気がさしてきた。

すでに隣に戻ってきていたシーグヴァイラは理解し始めているというのに、やはり劣等はどこまでいっても劣等か。

 

シーグヴァイラは黒焦げたディオドラの腹部を目の当たりにして生唾を呑み込む。 嫌な汗が吹き出すが、しかし彼女は問いかけを躊躇わなかった。

 

「あなた……本当に人間ですか」

「人間だよ。 絶命すれば死骸を晒し、日が立てば腐り落ちる人間だ」

 

大公を司るシーグヴァイラ・アガレスは、震えながらもそれを言葉にした。

 

「…………魔王様方より大公を任される悪魔、シーグヴァイラ・アガレス」

「ふーん」

「――――っ」

「肩書きは覚えなくてもいいかい? 意味が無いから、名前だけ覚えておくよ」

 

顔を赤らめるシーグヴァイラ。 怒っているゆえに頭に血が昇ったのだろう、彼女にも大公としての矜持がある。

だが、ナインは名だけ知れれば良いと思っている。 名前ほど本人を表現できる物は無いのだから。 肩書きなど覚える必要が無い。

 

「さて、ディオドラくんが呻いている隙にお暇するかね」

「に、逃げるのですか!」

「あなたもさっさと逃げた方が良いよ。 術者(ディオドラ)さんにダメージがいったからねぇ」

 

人が集まってくる。

何か何かと、野次馬根性の者たちや、普通にこの歩道橋を渡ろうとしていた一般人たちが階段で、エレベータで昇ってくる。

 

人払いの術を行使する者に深刻なダメージが送られれば、その意識はどこにいくか、そして、どこが疎かになるのかは明白だった。

 

「く――――っ」

「じゃあね。 よく解らないけど、ゲーム頑張ってくださいよ、ふははははっ」

 

歩道橋から飛び降りるナインに、その場に一般人たちの声が上がる。 悲鳴ともとれる音色に、ナインは身が震えるような快感を前もって(・・・・)感じていた。

 

そう、飛び降りる際にナインが触った手すりが淡く光る。

その瞬間――――

 

橋が何の前触れもなく爆ぜ、歩道橋の一角を吹き飛ばした。 粉々に砕けていく橋は、真っ二つに裂けて倒れていく。

そして、落ちていく者、爆破に巻き込まれる者、恐慌状態に陥り、歩道橋から飛び降りようとする者たち。

 

すべてが一般人であるが、久しく感じていなかった爆発劇を前にこの紅蓮の男が感じているのは快感ただ一つだった。

 

「――――っ」

 

――――しかし、アガレス大公は素早かった。

 

「シーグヴァイラさま!」

「大丈夫ですか! すぐに一般民の避難を!」

 

――――一般人ごと橋を爆破する蛮行。

しかし、あわや大惨事になるところを、シーグヴァイラは持ち前の回転の速い思考力で、隠れ潜ませていた眷属たちを指揮して逃れていた。

 

彼女が居なければ、虐殺(ホロコースト)のごとき凄惨さをこの極東の島国で再現してしまうところだった。

 

ディオドラの姿も見当たらない、おそらく彼も逃げたのだろう。

 

「シーグヴァイラさま……」

「なんて男なの…………ナイン・ジルハード」

 

他にも救援要請を聞きつけた悪魔たちが、歩道橋爆破の暴挙による被害から一般民たちを安全な場所に避難させていく。

その背景で、アガレス大公――――シーグヴァイラは険しく目を細めてナインの飛び降りた場所を凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナインが現れたそうよ」

「!」

 

オカルト研究部。 紅髪が映えるリアス・グレモリーの眷属たちが集結しているなか、彼女は複雑そうな表情でそう言った。

だいぶ苛立っているようで、紅髪をたくし上げた彼女はテーブルに広げた地図を指で突く。

 

「場所は駒王町内。 学園の近くある大きな歩道橋よ。 人的被害は無いけれど、倒壊して使い物にならなくなっているわ…………大騒ぎよ」

「ほ、歩道橋?」

「大騒ぎって……人払いをしていなかったのか?」

 

一誠とゼノヴィアが怪訝そうに言うと、黒髪を束ねたポニーテールの女性、朱乃が口を開く。

彼女は紅髪の方程ではないが険しい瞳で、

 

「人払いは、途中まで(・・・・)はしてあったとのことです」

「てことは」

「ああ、イッセー、お前が言いたいことがなんとなく解ってきたぞ」

 

それにはもう、眷属全員が納得できることだった。 他の表現を何万言用いるよりも理解できる。

爆破後の一部写真を覗き込むと、案の定といった具合に引きつった表情を浮かべる者多数。

 

「また、吹き飛ばしたのか」

「ひどい…………」

「粉々じゃねぇか。 これでよく死者0で済みましたね、部長?」

 

そう一誠に訊かれると、リアスは豊満な胸の下で腕を組んで溜息を大きく吐いた、心底最悪といった感じだ。

 

「この橋はもちろん私の管轄下で、特に人通りが多いから頑丈に作らせておいたのよ」

「がん……じょう……?」

 

一同改めて、その頑丈といった歩道橋の中心から見事に粉微塵になっている写真を覗き込んで、リアスの赤くなった顔を見る。 ついに目から涙が溢れ出した。 管理者としてはもうお手上げ状態なのだろう。

 

兄が尽力してくれるとか、もうそんな次元の問題ではないのだ。 この駒王町を任された以上、自分の手に負えない事件がこう立て続けに起こると泣きたくなるのは当然だった。

 

「ナインのバカ! おたんこなす! もう嫌よこんなの!」

「うわぁ、部長が泣き出した! あ、アーシア、手を貸してくれ!」

「は、はいぃ!」

 

あの後、リアスは緊急事態として大公アガレスを通し、兄であり魔王でもあるサーゼクスから報せを受けていた。

内容は、黙認しがたいものだった。

 

背中を一誠とアーシアの二人にさすられながら、リアスはべそを掻いて口を開く。

 

「う……ぐすっ。 どうやら、ディオドラ・アスタロトが、ナインの力を借りようとしていたらしいの。 けど、これはシーグヴァイラ一人の証言だから、確とは言えないみたい」

「でもそれなら尚更人目には気遣うはず。 ディオドラがナインを呼んだなら、人払いはしていてもおかしくないはず」

 

すると、一誠がボソリと。

 

「交渉決裂……したんじゃないか?」

「あ…………」

「それで、ディオドラが負傷して術が解けた……可能性としては有りね」

 

いくらレーティングゲームで現在快進撃を続けるアスタロト家の次期当主と言えど、やはりリアスたちの中での身近な最強はあの紅蓮の男と白龍皇に他ならない。

そして、その性格も多少なりとも理解はしているからこそ、以前ディオドラと睨み合ったことのある赤龍帝は確信していた。

 

「ナインは、ああいう取り繕った奴は大嫌いだと思う。 表面上には出さないと思うけど」

「気に入らなかったら、知らない間にしれっと爆破しているものな、あいつは」

 

ゼノヴィアがそう言って苦笑する。

青髪にかかったメッシュを撫で、物憂げな表情をした。

 

しかし、横に居た「騎士(ナイト)」の木場祐斗が疑問を感じる。

 

「というより、大公もその場に居たと言う事ですけど、どうしてでしょう?」

「そこよ……」

「解らないんですか?」

 

祐斗の問いに、リアスが首を横に振った。

 

「理由は本人の口からはなんとも…………。 よっぽど言いたくない理由なのかしらね」

「…………ディオドラとのレーティングゲームに理由がありそうだがな」

「…………アザゼル、緊急会議はどうだったの?」

 

最近テロ関連で忙殺されているアザゼルに嫌味たらしくにやけてみせるリアス。

それに、扉を閉めたアザゼルは苦笑と舌打ちで返した。 心底疲れているようだ。

 

「まぁだとしたら自分から言うのは恥ずかしいだろうな、ハハハ。 あのクールな姫君もお手上げのようだ」

 

ディオドラの一件がいまいち信憑性が無いのは、他ならぬシーグヴァイラが原因だ。 現場に同行していた理由を言わなければ、他の証言も簡単に信じてもらえるわけがないのに。

 

「だが、ディオドラが何かやらかなさなくても、ナインが一人でやってくるかもしれねぇな」

 

ちょっと注意だ、と笑うアザゼルが汗を垂らした。 そうだ、堕天使総督をして注意だと言わしめる男なのだから、むしろ気に掛けるはディオドラではなくナイン・ジルハード。

 

「どこまで掻き回すつもりなの、あの男は…………!」

 

自分の管轄下にある歩道橋を吹っ飛ばされたこともあり、リアスも辟易しつつある。

 

リアス・グレモリー眷属vsディオドラ・アスタロト眷属。 若手悪魔同士のレーティングゲームを目前に起こった、無視しがたい大事件であった。




小石はナインの聖遺物


事務所の社長椅子ポジションに座るのはナイン。 専務っぽい椅子に黒歌が座る。
あ、ダメだわこの会社。 人員増やさないと倒産するわ。 ヴァーリが有限止まりだからいけないんだよ! 上場できないじゃない!

と、なんか現実と二次元をごっちゃにした人間花火です。
まぁ忘れてください。

あ、でも二人を事務所にぶっこむのは決まりましたので。


小石はナインの聖遺物

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