紅蓮の男   作:人間花火

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40発目 本能のままに、獣のように

「ナイン、あっち行きましょあっち」

「はいはい」

 

日本、東京。

人が往来する一番多い昼間の時間帯で、一際目を惹く黒髪の女性が、相方の男性をあれやこれやと連れ回していた。

 

いや、連れ回すというのは語弊があろうか。 連れられる男の方はそれほど嫌な顔をしていなかった。

 

女性の方の第一印象は、切れ長で若干釣り上がった目元はどこかサディスティックだ。

ワンピースの上に、それより丈が長いカーディガン、加えてタイトスカート。 そして、ストレートの黒髪という大人な雰囲気も醸している。

 

なにより、そのワンピースを押し上げる女性の象徴とも言うべき双丘が強く自己主張している。

収まりきらずに覗く渓谷は、芸術的ですらあるゆえに、道行く人の視線を独り占めしていた。

 

しかし、彼女にとっての目当てはただ一つ。 故意的に上半身を曲げて、相方の男性を見上げてみせたのも理由は一つ。

 

「黒歌さんはあの服以外にも着る物があったんですねぇ、意外意外」

「ちょっ、ひどーい。 いつもあんな痴女みたいなカッコしてると思ってたの?」

 

少し口をむっとさせて腰に手を当てた。 豊満な胸が張られると、更に周りの視線が集められる。

 

――――違う、アンタたちじゃないわよ。

 

見物料を請求するぞと言わんばかりに、送られてくる厭らしい視線を横目でキッと両断した。

周りの男性たちの視線を一身に集めるそんな美女――――黒歌に腹立ち混じりに腕を掴まれたのは、先ほど上げた「相方の男性」であり、現在彼女が最も執心しているワイルドな風貌な男だった。

 

鋭い双眸を持ちながらもどこか弛緩した雰囲気が印象的。

 

長身痩躯のその男は、前髪を逆立たせ、長く伸びた黒い髪を根から背中にかけて束ねていた。

ステンカラーコートの下には、黒いタンクトップ。 首には鉄十字(アイアン・クロス)を模したネックレスが掛けられ、胸の辺りで揺れている。

 

下に履くジーンズと、上に着るコート――――外見を彩る洋服がすべて紅蓮のような紅で揃えられている。

普通ならば黒歌同様目立つ恰好であるが、なぜかそうはならない。

 

黒歌の美貌がその男の派手さを隠匿している? 否だった。

 

「あなたは普段から肌をさらし過ぎているんですよ」

「あらぁ? 心配してくれるんだ」

 

黒歌は悪戯っぽくその男――――ナインに腕を絡ませた。 そう、外見は派手でも、そのどこかダラりとした雰囲気が周りの風景と同化するように隠しているのだ。

 

「でも、やっぱり目立つかしらこのカッコ」

「さぁね」

 

吊り上げられた口の端から八重歯を剥き笑い飛ばす。

 

「どちらにせよ、あなたは心配されるような女じゃないでしょうに」

「うわひどい。 あのねナイン、どんなに強くてもね、女っていうのは男には気にして欲しいものなのよ?」

「何を気にするのだかね」

「そりゃ、こんな人通りの多いところだからぁ、性質の悪い不良とか、変な勧誘とかから守って欲しいにゃー」

 

確かに、黒歌ほどの美人でグラマーならば、その辺にいる軟派な少年やら、そういう筋の店の勧誘等受ける可能性は十分にある。 都心ならば尚更だ。

しかしナインはそれを、「あーはいはい」と一言でヒラリと躱してしまう。

 

「あなたはただでさえ男ウケのいい躰をしているのに、さらにそういった恰好をしてしまうから良くない」

「普通の服装じゃない! 何がイケないのよー!」

「視線が嫌なら、大きくて分厚いコートでも羽織ればよろしい」

「暑っそれ暑いにゃナイン!」

 

実に合理的。 見られたくないならば、躰の凹凸が分からなくなる程着込めとナインは言う。

だがいまは夏場だ、そんなものをこんな人混みのなかで着たら、今度は奇異の視線を向けられる上に暑すぎる。

そして何よりも女を分かっていない彼に黒歌は溜息を吐いた。

 

「相変わらず釣れなくて安心したにゃん」

 

溜息だが、黒歌は本心だとこの上なく楽しいのだ。 今までが今までだけに、こういった街巡りは一人より二人で周れば十分娯楽になり得る。

そうして彼女はしなやかな腕を絡めてナインにくっ付くと、嬉しそうに繁華街を周った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、お姐さん一人?」

「やっべ、超美人じゃん!」

「俺的ドストライクっすわー」

「だから言ったろ、ありゃ上玉だってよ」

 

定番である。 べたべた過ぎて呆れる。

 

なんだかんだで日が落ち、夜の帳が降りた都心。

帰宅ラッシュの人だかりも通り過ぎ、いまはポツポツと単一で歩いている人が数人いるのみだ。

 

そんな中で道路脇で声を掛けられて立ち止まったのが運の尽きか。

しかし黒歌は、半円に囲んでくる少年たちを溜息一つしただけで無視してしまった。

 

「ちょっとちょっとぉ」

 

少年の一人が、自分を一人だと抜かしたゆえに、遠くまで歩いて行ってしまったナインを追いかけようとしていたのだ。 ナインは自分を通す男だが、悪く言えば自分しか考えない男である。

 

「そんな速足で行かなくたっていいじゃん、いい店知ってるんだ行こうよ」

「私、急いでるの」

「なんでよ、いいじゃん」

「向こうに連れがいるのよ」

「つか声もマジ痺れるし、姐御肌ってやつ? いいねー」

 

深夜であり、そしてほぼ無人であるために若者の声はより一層辺りに響く。 通りすがる人間たちはチラリとこちらを見るだけでそそくさと歩き去る。

 

「連れって一人?」

 

そう一人の少年に問われると、黒歌は立ち止まった。

振り向いて口を開く。

 

「お・と・こ」

「友達か」

「いいじゃんそんなん。 つか、こんな美人の女の子放って先行くとかひどい友達もいたもんだぜ、なー」

 

怒る気にもなれなかった。 こんな掃いて捨てるほどいそうな凡百の男どもに、想いを寄せている男の悪口を言われても痛くも痒くもなかった。 ナインならばこうしただろう、と黒歌はそれに倣っただけだ。

 

しかし、無言を肯定と取ったのかもう一人の少年が黒歌の腕を取った。

 

「―――――チッ」

 

生理的嫌悪感が彼女の肌を走る。 ピアス、髪染め――――そしてここ一番黒歌が嫌悪したのは、匂いだ。

体臭とかそういうものではない。 もっと精神的な…………

 

「キター、強引責め! この前も彼氏持ちの女の子引っかけたもんなー」

「あれは女の子の方が先に堕ちたんじゃん。 俺のせいじゃないしぃ」

 

この言動からも分かるが、彼らは性根も腐っていたらしい。

僅かに臭う甘ったるい匂いが鼻につく。 これは女を惑わす薬だ――――世間では媚薬といったか。

 

「離しなさい、良い子だから」

「う……うひょー、すげー眼付け。 絶対その筋の人だろ」

「いや、もしかしたらただの強がりじゃ――――」

 

――――警告はしたわよ。

 

やんわりと断るが、尚もしつこく付き纏ってくる少年たちはますます近寄ってくる――――その臭い匂いを発しながら。

黒歌は心底呆れていた、そして、嘲笑していた。

 

そんな人間界の俗物が、練度によっては仙人レベルにもなり得る猫魈である私に効くと思っているのか。

無知な少年たちを嘲笑うような小人のつもりではないが、やはりこの状況は見ていると面白おかしくて堪らない。

 

だって、少年たちはいまでもその媚薬という俗物が私に効くと思っているのだから。

 

ゆえに今夜、少年たちは悪夢を見ることになる――――現実で。

 

「お、おいお前、足が地面に入って(・・・・・・)…………ひぁ……っ!!」

「え…………」

 

先ほどまでしつこく言い寄ってきていた若者たち。 その四人のなか、一人が目の前で起きる怪異に狂騒する。

あまりにも非現実的な出来事に何が何だか分からず、その拍子に尻餅を付いた。

 

――――沈み眠れ。

 

「へ……えっぁあぁ!」

 

尻から地面に落ちると、痛みはなぜか感じなかった。 それはなぜか、簡単だ。

地面が少年の手足を、躰を呑み込んでいる。

 

信じ難いいまの状況。 硬いアスファルトで固められた地面が、まるで汚泥のように揺らめき歪み、波打ち沈んでいく悪夢。 夢であれば覚めて欲しい――――。

 

「うわぁっ……助けて…………っ」

「ふざけんじゃねえ! 掴むなよ、ひぃぃっ――――!」

 

もう二人、気障な伊達メガネをかけた少年が金髪の少年の洋服を掴んだ。 藁にも縋る思いという諺が適切だろう。 しかし掴まれた方も沈んでいるのだ、無意味この上無い。

 

「…………ふんっ」

 

黒歌は、そんな光景を見て不機嫌そうに鼻を鳴らした。

この醜さよ。 お前たちなど所詮この程度。 差し迫った状況に陥ったとき、我先にと保身に走る。

 

完全に呑み込まれた他二人の少年に続き、惨めな足の引っ張り合いを露呈する少年たちも泥水のようなアスファルトに胸まで浸かる――――逃げられない。

 

沼と形容した方が良いか。

 

「あぷ…………だすけ……」

 

沈む……沈む! 地面に沈む! 少年は、自分でも訳が分からない言動に脳内がこんがらがる。 思考がかき混ぜられる――――足掻く少年が顔を上げた、直後だった。

 

「…………ふむ」

 

街灯の照明が人影を落とす。

後ろでかつんと鳴る靴音に、少年は今度は何かとギョッとした。

 

「あ、ナイン」

 

三人目が完全に沈むと同時だった。

そこには、遠くまで歩いていたはずのナインが立っていた。 ポケットに手を入れて猫背のまま肩を竦めると、足元に視線を落とす。

 

そして彼は、沈んでいく少年を無表情で一瞥――――あろうことか、その沈みかけていた頭を足の裏で踏み付けたのだ。

 

「―――――――――」

 

声にならない叫びは、やはり踏み付けるナインには届かない。

そして、まるで遊ぶように強弱を付けて足に力を込める――――沈んだり浮いたり、それはさながらモグラ叩きだ。

 

「たす――――け……」

 

すぐだった。 

四人の少年たちの最後の一人――――それを、ナインは何の気なしに押し沈めた。

 

「………………」

 

標的がすべて引き摺り下ろされた後、泥寧化したような地面が嘘のように通常のアスファルトに戻る。

靴の爪先で少年たちの沈み落ちた地面を叩くと……ナインの口が笑みを帯びた。

ここでようやく、言葉を話し始めた。

 

「少し、驚きました」

「んー?」

 

ポリポリと頭を掻く黒歌は、少年たちなど最初から居なかったかのように歩き始める。 通り過ぎるそのときに、ナインは言った。

 

「あなたが嗜虐に酔う人だったとは、思っていませんでした」

 

糾弾、ではないことは確かだ。 なぜなら――――目を瞑って笑っているのだから。

 

「酔ってないわよ?」

 

手をフラフラとさせ、ナインを通り過ぎて行くと、抑揚の無い言葉を発した。

 

「いいじゃない、殺してないし」

「しかし彼らは明日には恐慌状態だ、ククっ」

「ああいう、毎日をなんでもなく過ごしてる奴らって踏み潰したくなるのよ。 目的も無く、目標も無く、信念もなく…………まぁそれだけならいいわよ、私に迷惑かけてる訳じゃないんだからね」

 

しつこい男は嫌われるという言葉を体現した場面だっただろう。

ゆえに、あのときあの少年が彼女の腕を掴んでいなければ、少年たちは悪夢を見ずに済んだのに――――。

 

「嫌がってる女の手を引っ掴んでくるんだから、ちょっとイラッときたの。 だからこれくらいは我慢して欲しいと思うけど?」

 

金色の瞳がナインを貫く。 これは威嚇でもないが、友好的な視線でもない。

 

端的に言えば、苛立ったのだ。

殺しはしていないが少し怖い夢を見せるくらいいいだろう。 むしろ落としどころとしては理想的だったのではないか。

 

そんな、どこか拗ねた様子の黒歌に、笑いながらナインは首を振る。

 

「皆が皆、毎日を必死に生き長らえて来たあなたのような逞しさを持っているとは限らない。 人間皆違う。 同じものを彼らに求めるのは、少し酷なのではないですかねぇ、フフフ……」

 

ナインもどこかしらで思っている、そして、見下している――――「黄色い劣等」と。

彼は人種差別主義者では無いが、いまだけ、現代日本を生きる若者たちを叱咤する。

 

「たわけた国でしょうが、立派な先進国家の代表格だ。 そういじめるものじゃないよー」

「そ。 ま、自重はするわ」

 

ていうか、と黒歌。

振り返った彼女の瞳には、先ほどのような険は消え失せ妖しい笑みに変わっていた。 いつもの、ナインを見るときの目だ。

 

ナインの中には、殺意と好戦性が同居している。 もともと殺しや戦いが好きな性分では無いが、彼の渇望が、それらを必要以上に冗長化させている。

爆発させたいから殺す、爆発させたいから戦う。

 

しかし問題はそこではない、その先だ。

一人や二人殺したくらいでは生まれないその強烈な残虐性を、感情の奥深くに包み隠して他者からそれを悟られない精神技術をナインは持っている。

 

周囲との同化。 言ってみれば人型の爬虫類だ。

獲物を前にしたときにのみ、姿をさらし仕留めにかかる。

 

つまり黒歌は何を言いたいのかというと、

 

「あなたがそれを言うー?」

「それも確かに」

 

黒歌の正論に、吐き捨てるように大きく笑い飛ばすナイン。

 

――――自分の方が殺している。

それをあっさり肯定したのだ。

 

「……あーあ。 ちょっと消化不良ぉー。 あの最後が無ければ良かったんだけど」

「私の方は逆ですね。 後半の方はなかなか有意義な時間を過ごしましたよぉ」

 

話の方向を180度転換しようと話題を変えると、意外な言葉が返ってきた。

 

有意義と聞いてナインの手元を見ると、何やら大きい箱型の袋が目に付いた。

珍しくナインのお眼鏡に叶うものがあったのかと、関心を抱いた黒歌は、がさりと袋の中を覗き込む。

 

「…………なにこれ、『ボンバーマン』?」

「爆弾男です」

「いや無理に訳さなくていいと思うにゃ。 ボンバーマンって……いやだからなにこれ……」

「爆弾をまるで携帯のように気軽に取り出し、友人を吹き飛ばしていくゲームだそうです」

 

箱の裏面を見ると、なにやら人間とは形容しがたい者たちが、互いに導火線の付いた黒い塊を投げ合ったり蹴り飛ばしたりしている絵が描かれている。

 

「…………っ」

 

これはなんというか……ナインの趣味に合っているが。

 

(まさか、最近リアルに吹っ飛ばせないから、その欲求をテレビゲームという娯楽にぶつけようとしてる?)

 

”爆弾狂””紅蓮の錬金術師” 禍々しい呼び名を持っておきながら現代娯楽にも傾倒するこの茶目っ気は、等しくナインも人間であると証明する材料にもなるだろう。

 

しかしなんにせよ、黒歌にとってはそれがツボに入ったらしい。

 

「ぷふっ……」

 

押さえきれずに笑い出してしまった。 もう我慢できないという風に。

 

「……ぷっあは……あははははははっ! ゲームっ……ゲームってナイン…………アハハハハっ、も……わ、笑わせないで…………可愛いナイン! アハハハ!」

「まぁ、ちょっとした遊びですよ」

 

お腹を抱えて転げ回る横で淡々と語るナイン。

黒歌は、続く笑いの余韻を堪えて口を開いた。

 

「えっと……アハハっ。 うん、ナインが満足したのは分かったにゃ。 でも、私は満足してないのよ?」

 

ふふん、と。 なぜか自慢げに大きな胸を張る黒歌。

 

「…………ちょっと、何その嫌そうな顔」

 

肩で小突く。

 

さらに首を傾げたナインに、彼女は文句の代わりに彼の胸にしなだれかかる。

目を瞑り、誘惑する様に喉を鳴らす――――まるで子猫だ。

 

「ホテル……行かない? いいわよねぇそれくらい。 私、疲れちゃったにゃん」

「ああー」

 

美しい女性から感じる躰の”重み”というのは、男にとっては心地良いとさえ感じさせる魔性の催淫。

まして彼女は猫又の上位、猫魈。 ”営み”にまで事を運ぶには容易だろう。

 

「…………いいんじゃないですかね」

 

その誘惑が効いてか効かずか、欠伸をしながらナインは承諾。

 

「決まりぃっ!」

 

――――しめたっ。

場を整えればこちらのものだと言わんばかりの悪人面で、黒歌はナインの手を引いて行った。

 

「ホント元気だなぁ……」

 

この男が適当な返しをするときはとことん適当なのだということを黒歌はそろそろ理解した方がいいのだろう。

 

しかし夜は長い。 彼女がした選択は、果たして吉と出るか凶と出るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァーリチーム本拠地。

ここでは、銀髪の少年と快男児が東京のラーメン巡りと称して試合を観戦していた。

 

しかしその試合とは、人間界の論理からはかけ離れた世界観を持つ。

ボクシング、プロレスリング、柔道空手剣道……数多のスポーツや武道とは乖離したもの。

 

映像には、赤い鎧を全身に纏った少年と、暗黒色に染まった魔のラインを滞空させて対峙する少年―――本気で戦う男たちの姿が映っている。

 

地獄こと、冥界で執り行われる競技と言う名の決闘。

なんでもいい、己の持つ物はすべて武器として揮い、対する相手を真っ向からぶっ潰すなんでもありの格闘競争遊戯だ。

 

「そういえばヴァーリよぉ、ナインと黒歌にこの拠点から出てってもらう話はしてあんのか?」

「…………」

 

そんな死闘を観ながら、中国風の鎧を着けた快男児、美猴がそう訊いた。

対する銀髪の少年ヴァーリは、映像の先に居る赤い鎧の少年をじっと見ながら、

 

「…………まだだ」

 

そんなに問題にはしていないのか、彼はその格闘競争遊戯――――レーティングゲームの映像に夢中の様子だ。

 

「まだって…………」

 

美猴も苦笑する辺り、ヴァーリと同様なのだろう。

ナインと黒歌、彼らにこの本拠地を出て行ってもらう。 この提案は他ならぬナインの方だった。

 

この拠点は、居住としては申し分ないがやはり動きが緩慢になるという彼の見解だった。

なにが緩慢になるのかというと、

 

「ヴァーリチームも人数が多くなってきたんで散らばらせるっていうあいつの提案、俺は良いと思うぜぃ。

むしろペンドラゴンの方も分けて三拠点ってことにすれば、視野もだいぶ広がるだろ」

 

多人数で一つに纏まっているのは悪効率。

 

「美猴」

「それに……ああ。 この際本人が居ないからぶっちゃけさせてもらうけどな。 しょーじき言うと、黒歌のナインに対するラブ光線が眩しくてこっちはイラついてんでぃ!」

「聞きたい……美猴」

「毎日毎日あの女は盛った猫みてぇに……あ、猫か……ってなんだヴァーリ」

 

詳しくは、ナインではなく黒歌に対する文句の羅列だった。 ナインがこのチームに迎えられてから、黒歌の熱は上がるばかり。 たまに不機嫌になったりするようだが、彼女のなかではそれすらもナインとの友好のしるしだと思っているのだろう。

すると、そんな怒涛の文句も馬耳東風と聞き流して映像に夢中な戦闘狂ヴァーリに、美猴の方が折れて聞いた。

 

ヴァーリは、映像から顔と視線を美猴に向ける。

 

「いつだ。 俺の宿敵(ライバル)はいつ、強くなる」

 

映像は、ちょうどその赤い鎧の少年が、貧血(・・)で倒れてリタイアになった場面だった。

 

「まぁ、赤龍帝ももとは人間ベースだ。 しかも頭ン中は女でいっぱい。 相手が策士なら真っ先に嵌められるタイプ、無理は無いと思うけどねぃ」

「会談のときは誰も思いつかない発想をして楽しませてくれたかと思えば、同じドラゴンとはいえ格下の龍王クラスにしてやられるとは……」

 

そこで、その映像は途切れる。

そう、彼らは冥界で催されていたレーティングゲームの記録をなんらかの形で入手していたのだ。

その一戦は誰もが注目するだろう。

 

「リアス・グレモリーとソーナ・シトリー。 力と策のぶつかり合い。 しかし結果はどうあれ、正直俺はソーナ・シトリーを評価する。 この悪魔は策士だな、美猴」

「火力は天性有するリアス・グレモリー。 だが、低火力を補おうとするソーナ・シトリーはテクニックタイプだねぃ。 普通にやればそりゃ前者が勝つ、つか勝ったけど。 でも、王様としちゃ後者が理想像なんじゃないか? 俺もヴァーリと同じ意見だよ」

 

手を振って答える。

するとヴァーリは溜息。

 

「『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』も覚醒していないようだし、まだしばらくは様子見になりそうだ」

「つかよ、ヴァーリは『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』をその膨大な魔力で抑え込んでやっと制御できるんだろぃ。 いまの赤龍帝が現段階でそんなのに目覚めたら暴走待ったなしだぜ、そりゃ」

「ふ……それもそうか」

「それより次はベルゼブブを輩出したアスタロトの坊ちゃんだぜぃ」

 

興が醒めたように哀愁の孕んだ表情をするヴァーリに、話を替える美猴。

と、そんなときに、ドアノブを回す音が響いた。

 

「なんでラブホでゲームになるのよ……」

「あー楽しかった」

 

落胆を孕んだ声音と気の抜けた声音が近づいてくる。

美猴とヴァーリがリビングの出入り口に目を向けた。

 

美猴が口を開く。

 

「遅いお帰りだなお二人さん」

 

ナイン・ジルハードと黒歌。 東京の街巡りを一晩通して終えて来た。

そんなニヤついた美猴に、彼女は一気に溜息を吐く。

 

「ねぇ美猴」

「あンだよ」

「ラブホテルって、どういうことする所だっけ」

「いきなりどした」

「だって……」

 

晴れ晴れとした表情をするナインを見て、黒歌はソファーの腰掛けにぐだっと寝そべる。

 

「ラブホテルのテレビ借りて、一晩テレビゲームやって来たんだけど」

「お前も?」

「うん」

 

すると、美猴は間髪入れずに噴き出した。 かなりの噴飯ものの体験談に、腹を抱えて転げ回る。

 

「ハハハハ……ハーーーーーーーーーーーーーーッハハハハハハっ! ゲームだってよぉ! そんなとこまで行ってゲームプレイしただけで帰って来たとか……ナハハハハハ!」

「その顔、滅茶苦茶踏み潰したくなるんですけど…………」

 

もうやっている。 ゴキブリの様に転げ回る美猴の顔を、ゴキブリのように踏み潰した黒歌は、上体を起こして腕を組む。 床を這うようによろよろと立ち上がった美猴が言った。

 

「いや、お前も一緒になってやってたってことはそれなりに楽しかったんじゃないかって」

「! そ……そ、そうだけど……楽しかったけど!」

「こんなつもりじゃなかった的な」

「………………」

 

そう、あの後夜も遅いという理由づけでホテルに泊まることにしたナインと黒歌の二人は、あのあと何も起きずにこうして帰宅してきたのだ。

 

「なんにも起きなかった」

 

悔しそうに言う黒歌。 そして、怒鳴る様に叫ぶ。

 

「ナインとゲームできて楽しかった!」

「怒ってんのか嬉しいのかはっきりしろぃ。 てか、楽しかったならそれでいいだろ」

「これで良いのかにゃあ…………」

 

げんなりとした黒歌は、ヴァーリと話し込みながらリビングに入っていくナインを見た。

ああ、自分はいつ願いを成就できるのだろうか。 難関すぎるにも程があるというものだ。

 

「でもよ、俺っちから見たら黒歌はだいぶ特別扱いされてると思うぜ?」

「誰に」

「そりゃナインだよ」

「うっそにゃ~」

 

なーに言ってるのこのお猿は、と言った具合で美猴の言ったことを貶すように笑い捨てる。

だが、美猴の視点、つまりは傍から見ればということだが、どれも曖昧ではっきりしないが確信を持って言える点が一つだけあった。

 

「お前、ナインのことを甘く見過ぎなんじゃないかぃ?」

「…………は?」

 

威圧のこもった声音で美猴を睨む。 私よりもナインの傍に居ない男が何を言う。

彼女から笑みが消えていた。 空気も先ほどのような軽い物ではなくなっている。

 

しかし、美猴は人差し指を突き立てた。

 

「どこの世界に、何とも思ってない女を四六時中すぐそばに置く男が居るんだ?」

「…………」

「俺っちたちは自由なチームだ。 パートナーは選び放題のはず。 まして今までのあいつの生き方からして、人生の相棒なんて今の今まで居なかったんだろうよ」

 

教会時代。 任務、仕事を除けばほぼ一人で過ごしていたナインの人生。

神の家たる幕下に在りながらもそれを否と切り捨てる不信心者。 彼と深く関われる者は、狂人か極度の物好きに限られる。

 

「…………ただの飾りかもしれないじゃない」

「お前な…………」

「私って本当に――――」

「ぐちゃぐちゃと…………!」

 

ネガティブにも程がある。 ついに美猴は、黒歌の愚痴にはこれ以上付き合い切れないと、怒りがこみ上げ―――そして爆発。

 

「お前が選んだ男だろうが! うじうじと、お前らしくねぇじゃねぇか!」

「!」

 

語気を荒げた喝。 曲がりなりにも彼は闘戦勝仏の末裔だ、気迫だけならばナインを超える。

黒歌は目を丸くして驚く。

 

「男を手玉に取るのがお前だろう」

 

黒歌の十八番だっただろう。

得意だっただろう! そういうことに関しては人一倍!

 

「ホテルで一発もできなかったからっていじけてんじゃねえよ……お前が選んだ男ってのは、そういうもの(・・・・・・)なんだろう!? 覚悟してまで傍に居たいって言ったのはお前だぜ、黒歌」

「…………」

「いまの状態が苦痛と感じるなら、お前いつか絶対ナインに捨てられるぞ。 あいつだって余裕の無い相棒を傍に置くのは嫌だろうぜ」

「…………っ」

 

何もかも見通され、そして叱咤され、悔しさで奥歯が砕けた。

核心を突かれたと言ってもいい。

 

すると、間が悪くヴァーリと話し終えたナインが戻ってきた。 

見るなり、案の定二人の尋常ではない雰囲気に気付いた彼が首を傾げる。

 

「…………なにかありましたか」

「なんでもねぇよ」

 

美猴はその場から立ち去り、ナインとすれ違ってヴァーリの居るリビングに入っていく。

それを見送った後、片方の眉を吊り上げて黒歌に聞く。

 

「なにかありましたね」

「…………」

 

目を逸らし、黙り込む黒歌。 話の内容に気づいていたのか否かは分からないが。 ナインは聡い人間だ、異変には気付いたと見える。

すると突然、黒歌の腕を取って歩き出した。

 

「あ、ちょっと…………?」

 

無言で黒歌の手を引いていくナイン。 彼の瞳には、険が強く宿っていた。 いつもの弛緩した雰囲気が皆無だ

 

そして、部屋に着くと――――ベッドにダイブした。

ナインが何を意図しているのか、黒歌にはさっぱり分からなかった――――予想不可。

 

「なにやって…………。 っっ!?」

 

しかし、ナインの寝転がる姿を視界に捉えると同時だった。

途端に込み上げてくる衝動。 黒歌は、急に体が火照る異常に瞠目する。

無防備をさらす彼に対し、こちらは意図せず性の欲求が止めどなく流れ出てしまっていたのだ。

 

肩を抱く。

 

これが、黒歌の限界。

先日、させてくれないからといって文句を垂れなどしないと豪語した。 が、それは全くの嘘。

黒歌も女だ、好きな男に四六時中くっ付いて、これが耐えろというのが無理な話。

 

猫又、猫魈の性とも言える淫の衝動。

さらにそこに美猴に喝も入っている。

 

「不安なの」

「…………」

 

ごろごろと寝転がるナインに、黒歌は立ったままそう漏らした。

 

「私、ナインといつも一緒に居るけど。 時折あなたが遠くに感じる」

「…………」

 

こんなに好きで、ナインも比較的良く思ってくれているのは解る。 だが、どうしても遠くに感じてしまう、彼との距離。

 

「あなたとしたい。 そう思えば思うほど、遠くに感じる。 だって、あなたはそういうのには興味が無いから……」

 

目を伏せる……が。 黒歌は意を決した。

 

勢いとか、雰囲気とかじゃない。 積み重ねてきた不満、欲求をぶちまける――――!

子作りとか、子孫を残したいとか、建前で逃げていた自分とは決別しよう、そう思い、黒歌は決意する。

拒絶を覚悟で突貫する。

 

「私はナインに抱かれたい。 もう、建前で逃げたり、からかったりしないから。 ねぇ―――」

 

自分はいままで何をやっていたのか。 いままでやってきたナインへの誘い文句は、すべて格下の青臭い男たちに向けて来たもの。 そうすれば自然と男は寄ってきたが、それをすべて切り捨てて遊んでいたのは間違いなく己の業だった。

 

誘惑の仕草? 要らん。 妖艶な笑み? 必要が無い。

ナインは有りのままが好きなのだ、そしてそれを赤い血花火へと変えることを至上の歓びとしている。

 

取り繕った黒歌を真に好いてくれるわけがない。 彼は黒歌を、好ましい性格とは言ったものの、裏を返せばそれ以上の関係を持つことはないという意志の表れ。

 

「私、ナインと気持ち良くなりたいわ…………」

 

ポタリと、黒歌の真下に水滴のようなものが滴った。

いつもの魔性は消え失せている涙ながらの懇願は、ここで初めて、真の快楽に対して従順になったのだった。

 

「――――素晴らしい」

 

一言。 やっと相手の方から言葉が出たと思ったら、上体を起こしたまま頬杖で黒歌を見てにやけていた。

 

「快楽に対する気持ちに、知らずに壁を隔ててしまうのがヒトの感情だ。 そりゃ、躰を売るのが商売の娼婦や、それこそ突っ込むことや突っ込まれることしか頭に無い男女は直球でモノを言える」

 

だがそれも、所詮はその欲求というオブラートに包んだ勢いに任せたひと時の感情であるとナインは説く。

 

「雰囲気やその場に流されず、積み重ねて来た感情を包み隠さず露わにできる者こそが、真に純粋なものだと私は思うよ」

 

立ち上がって、固まる黒歌の腰に手を回す。

ビクリと、躰が跳ねた。

そしてナインが腰を引けば、容易に胸板に収まり、より一層――――

 

「正直に言いますと、いまのあなた……とても佳い女だ」

「――――」

 

その瞬間、ベッドが大きく軋んだ。

黒歌がナインを押し倒したのだ。

だが、総てを許すといった表情で、彼はそれを受け入れている。

 

「ダメ、もう我慢できない…………っ」

 

震える声で貪るように、ナインの胸板に熱いキスを降らせていった。 布擦れが響く。

 

本能のままに生きよ。 これが、ナインが黒歌に求めた感情。 取り繕わない感情こそが真に純粋を生み出すのだと。

 

そしてならばこそ、その剥き出しの本能を抑え込むのではなく完全に制御できるようになった暁には、理性など必要としない高純度の生物になれる。

 

――――理性など不要。 すべてを全力で、現実という試練へと飛び込んで行け。

 

そうして今夜、黒歌は願いを叶える。

ナイン・ジルハードの番いになりたいという想いを、成就させるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回俺たちはお前の計画の一端にだけ手を貸す。 それで十分だな?」

 

「ああ、少し”霧”を撒いてくれるだけで構わん。 後は我々があの偽りの王を殺していく」

 

「それはそうと、お前のとこの現在の血統はあのシスター好きの変態だが……奴は何を考えている?」

 

「…………なにを、とは?」

 

「紅蓮の錬金術師。 あの変人がディオドラの誘いに乗るとは考え難い」

 

「貴様……ゲオルクと言ったか? その男がどれだけ強いか私は知らんが、文句ならば彼に直接言いたまえ。 私の目的はそんな者よりも先んずるものがある」

 

「………………強さではない」

 

「強くないのか。 ならばなおの事問題などあるまい。 偽りとはいえ、ヤツもベルゼブブの血族の端くれだ、そんなどことも知れぬ人間を従えられぬのなら悪魔として価値も無いだろう」

 

「……おい」

 

「ふん、私はいくぞ。 この後クルゼレイと話しがあるのでね、失礼する」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「…………それを言ったら、すべての悪魔に価値が無くなるぞ、旧魔王シャルバ・ベルゼブブ」




書いてて、この黒歌、どっかの足引きさんに似てるなと思った。 能力も。

ん? エロシーンが無いって?

「――――創造」して満足してください。

誤字、脱字ありましたらお願いします。






いつかナインの教会時代編を書こうと思っています。(もちろん投獄前)

登場人物多数です。

ストレートロングへアのゼノヴィア、イリナももちろんのこと、教会追放前のアーシア。
枢機卿関連。 聖剣計画関連等。

一話で済むか分からないし、妄想で終わるかもしれないし、分からない状況。

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