紅蓮の男   作:人間花火

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遅くなりました。 一ヶ月か…………。


37発目 破滅の砲

「遅いぞ美猴」

 

「無茶言うなぃ。 これでも最速だ、嫌がるヤツを連れて来ることがどれだけ大変か」

 

「…………おとなしいようだぞ」

 

「そりゃ、嫌がらねえように説き伏せたんだから」

 

「説き伏せた? お前がか?」

 

「…………ナイン」

 

「そうか…………クク、なるほどあいつがな。 らしいと言えばらしい」

 

「説き伏せるっつーより、『口説いた』、に近かったかもしれないねぃ」

 

「どちらにせよ、ナインが居て良かったという事だな」

 

「あと、ヴァルキリーが逃げたってよ」

 

「そうか。 まぁ、あの女はナインに気があったようだから、意外といえば意外だが」

 

「冷めてるねぃ、さすが白龍皇」

 

「それよりも美猴、お前はここに残れ」

 

「え、なんでだよ!?」

 

「お前が行くと、事態が収まらん。 適任を呼んでおいたんだよ」

 

「え…………まさかねぃ」

 

「その、まさかだ」

 

「―――――その通りです、美猴。 あなたはここでヴァーリと留守番をしていてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車砲を持ってなる一撃は、周囲に存在する物を残らずに吹き飛ばす。 いや――――消し飛ばしていた。

 

樹木も山も消滅、大地も抉る大火砲だ。 もはや荒唐無稽。

直撃を避けた場所も、瞬間的な熱風を伴った爆風で生い茂る森の木々は燃え盛る火の海の源となって灰塵と消えていく。

 

規格外の運動エネルギーで増幅された威力と速度を伴った砲弾。

砲はナイン特製の火薬を内蔵、着弾と同時に爆発を起こす仕組みだ。 近代兵器で言えば、榴弾に近しいものがある。

破邪や祓魔等の霊的干渉力は一切無いにもかかわらず、その砲は破滅の爆撃となって辺り一面を吹き飛ばし燃やし尽くしていた。

 

「くそっ…………」

 

煙が晴れていく、そこには、生身の兵藤一誠がうつ伏せに倒れていた。

歯を食い縛り、立ち上がろうと試みるが体が言うことを聞かない。

 

「イッセー!」

 

リアスが一誠に駆け寄った。 彼女は、一誠の必死の防御によって被弾していない。

 

「俺は…………大丈夫です。 鎧で一応防げました…………」

 

確かに、所々火傷等の痕は見受けられるものの、致命傷には至っていない、だが――――

 

「でも…………すみません…………!」

 

悔しそうに目をつぶる。

そう、その対価によって、体中の力という力がすべて抜け落ち、立ち上がる事すらままならない状態に陥っていた。

 

一時的な”禁手(バランス・ブレイカー)”も原因の一つだが、ナインの大火砲がそれを強制解除させたことが引き金となった。

禁手(バランス・ブレイカー)”になれたこと自体が奇跡というのに、その頑強な鎧すらも貫通して破壊する戦車砲――――力尽きさせるには十分だった。

 

「あの戦車…………奴のオリジナルか? それにしては精巧すぎる」

 

一方、上空を飛行して低く唸りながらつぶやくのはこの場唯一のドラゴン――――”魔龍皇(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)”の異名持つタンニーン。

 

疑問ももっともだ。

その場で戦車を錬成することが、如何に難関であるか。

大砲、地雷等、非運動的で構造も単純な兵器を錬成するのは容易であろうが、様々な部品、機械、その一つ一つを寸分の狂い無く作るのは至難の業。

 

錬金術を用いたとしても、単独でその構築式組み上げから実装に辿り着くことなど、余程傑出した能力の持ち主でなければ実現し得ない。

 

「人間の脳では不可能だ、少なくとも過去に例は無い…………!」

 

無論、龍の一撃を浴びるに至るも、まるで針で刺されたように平然と自走している辺りただの戦車ではないことも解る、信じ難い耐久力だ。

 

視点は地上に戻る。

 

「ねぇナイン、この戦車、滅茶苦茶地面に埋まってるんだけど、大丈夫にゃの?」

「ああ、火力はオリジナル以上ですが、重量を計り間違えましてね。 まぁいずれ改良してみせます」

 

ナインが乱暴に黒歌に投げ渡す。

飛んでくるそれを、黒歌は空に舞う蝶々を捕まえるような手で挟んだ。

 

「うっわ、ざらっざらしてるにゃん! しかもホコリくさーいー!」

 

渡されたのは、古ぼけた書類の束だった。 ぱんぱんと埃を払い、黒歌は改めて開いてみる。

ドイツ語で綴られた何かの設計図のようなものだった。

 

Gewehrlauf――――Injektordrehkopf――――Suspendierung――――Motor

 

「…………なんだか解んないけど、これをあなたが描いた物じゃないってことは解るにゃ」

 

黒歌は猫魈であるが、同時に悪魔である。 外来語の翻訳は、彼女の悪魔としての力が自動的に作用するゆえ、問題は無い。

しかし、専門用語や専門記号は脳内で翻訳できようと解らないときは解らない。 専門知識と合わせて読まなければ到底理解ができないということだ。

 

「その図案をすべて頭に叩き込むのは至難でしたよ。 しかし、難しくはあったが嫌とは思わなかった」

 

聳える鋼鉄の虎。 それを撫でながらナインは黒歌の手から、その(いにしえ)の設計図をするりと取った。

 

「これはこれから、私の作り上げる爆弾を撃ち出していただく――――いわば砲台になっていただくのです。 そう思えば、自然と愛着が湧いてくるのだ――――この子も、私のパートナーであると」

 

しかし、黒歌は急にしかめ面になった。

 

「にゃ!」

 

するとドゴンと、まさに唐突に、黒歌の仙術と妖術を織り交ぜた魔弾が、戦車の砲塔部分で爆ぜた。

 

「あ、ちょっと黒歌さん何するんですか!」

「気に入らないにゃ」

「え」

 

黒歌はふん、と口をへの字にそっぽを向いた。

彼女の気に障ったのは、先の言葉――――”パートナー”だ。

 

本当ならば、物に嫉妬するなど馬鹿らしい、というか有り得ないことなのだが。

ナインの狂的なまでの信仰を知っているため、あの化け物のような鋼鉄の塊を疎ましく思った。

 

――――ナインってば、いつもこうなんだから。

 

ゆえに意を察したナインは、肩を竦めて黒歌に向かって言った。

 

「ヤキモチですか」

「そうよヤキモチよ、文句ある!?」

 

がー、と噛み付きそうな勢いでナインに詰め寄る黒歌。 しかしナインはそれすら歯牙に掛けず片目を瞑る。

 

「あなたと比較はしませんよ。 変なところで敏感なんだからねぇ…………」

 

そんな言い争いのなか、先ほど黒歌が腹いせに攻撃した戦車の砲塔に、再び衝撃が響いた。

この色……赤黒いエネルギーの弾は、見間違いようがない――――。

 

「滅びの力で罅どころかかすり傷一つ付けられないなんて…………なんて装甲なのよ…………!」

 

リアス・グレモリー――――力尽き倒れ伏す下僕の兵士(ポーン)を背にしつつこちらに向かって手を翳していた

攻撃に気づいた鋼の虎が、砲塔を旋回させて彼女に砲身を合わせる。

 

その強大な鉄塊を前に、リアスは比喩ではなく生唾を呑み込んだ。 このような近代兵器を前にするのは初めてだが、言い知れぬ緊張感が全身を張り詰めさせるのだ。

 

膨張する大気の圧力がリアスを打ちのめす。

流れてくるのは焼けた鋼鉄と油の匂い。

 

「…………」

 

甘く見ていた、なめていた。 人間の作る物など、魔術魔法神器の前では塵芥同然と弱小の烙印を押していた。

 

悪魔の力、天使の光、堕天使の常闇など、異世界の神秘と幾度も戦ってきた。 はぐれ悪魔然り、最近だとコカビエルか。

 

だが、いまになって痛感した。 弱い生き物と思ってきた者の作った兵器に、こうも怖気づく事になるとは。

目の前にあるのは、元五大龍王をして未知と言わしめる戦争兵器――――リアスが平静を保てるわけがない。

 

―――――これは受けては…………いけない。

 

「…………中には誰が、って、聞いていいのかしら?」

 

冷や汗を掻きながら、リアスはナインに問いを投げる。

いきなり地面から出現したこの鋼鉄の車輌は、誰かが砲塔に入る様子も無くこうして動いている――――おかしい。

 

しかし、リアスの疑心をナインは即座に振り祓った。

 

「中には誰も」

「そんな…………」

 

ではこの戦車はなにか、無人で独りでに動いているのか。

敵の攻撃に気づき、砲塔を旋回させ、照準し、砲撃する……そんな細かな動作を、いったいどうやって…………

 

「どんな絡繰りを…………!」

「絡繰りなんて」

 

両手を広げて嘯くナイン。 その瞬間、上空から炎の弾が落下してくる――――タンニーンだ。

 

「――――リアス嬢! 放て!」

「――――分かったわ!」

 

続けて、タンニーンに呼びかけられたリアスも、手に滅びの波動を込めてナインに向かって撃ち出した――――二方向からの攻撃、回避不能。

その間、ナインは一歩も動かない。 しかしその代わり――――

 

戦車の長砲身を、轟音と共に走り抜ける砲弾。 夥しい煙を砲口から湧き立たせながら再度、破滅の砲が空高く跳んでいく。

タンニーンの炎に衝突――――瞬く間に相殺する。

爆発の突風は、木々を揺らし或いは倒した。

 

「やはり、先ほどのはまぐれではない――――!」

 

驚愕するタンニーン。 次いで間もなく前方から迫る滅びの攻撃は、黒歌が半ば焦燥に駆られた表情でナインの前に立ち、防いでいた。

 

「ちょっと、ナインってば動けないの!?」

「いやいや、重戦車だけあってこれはキツい。 この戦車の性能は想像以上だ、設計通りに作ったつもりでしたが少々気合を入れすぎました。 私、マリオネットは得意じゃないんですよねぇ」

 

ナインの十指が蠢き踊る。 まるでピアニストのように叩いて弾いて――――静かに止まる。

まるで、ナインと戦車を、見えない糸が繋げているような…………

 

「それにしても、ありがとうございます黒歌さん。 あなたがいなければ今頃死んでました」

 

苦笑交じりにニヤつくナイン。

 

言葉に嘘は無い。 事実ナインは、いまは生身。 この有り得ない大質量を擁すこの鋼鉄の怪物を、己の念のみで動かすために、全神経をそれに注いでいるため意識も完全にそっちのけだからだ。

 

そして、練度は劣るとはいえリアスの滅びの力はある血統にしか継承できない固有技能だ。

一家系にしか伝承しない限定的能力が、如何に強力か、ナインには分かる。

 

――――一種類しかないということは、それだけで強力無比。

量産できる攻撃手段など、所詮は児戯に等しい。 なぜか?

複数あるということは、誰でもできるということだからだ。

 

「焦ったわよ、避けないんだもの」

「だからありがとうと。 その機転、この戦車には無いものだ」

 

それは暗に、黒歌にしかできないことはあるのだと言い聞かせていた。

 

ゆえに、ナインの作ったこの鋼鉄の塊にできないことは黒歌がやれる――――別に贔屓をしているわけでも、黒歌を相棒(パートナー)から外したわけでも断じてないのだ。

 

その言葉の意味に気付いた黒歌は、腕を組んでそっぽを向く。

 

「な、なによ。 素直ね」

 

口をとがらせる――――頬は朱に。 しかし、すぐに首を振って。

 

「…………あ~、ごめん。 あなたってそういう人間だってこと、忘れてたわ」

「そういうことです。 まぁ、今度機会があればなにか埋め合わせをしましょう」

「え!?」

 

有り得ない。

嬉しい予想外の返しに、黒歌は物凄い早さでナインに顔を向けた。

 

しかしナインは知っている。

これだけ好意を寄せられていて、それに気づかない方がおかしい。 それを見越しての発言をしたのだ。

 

――――是非も無し。

背を預ける誼で、彼女の悦ぶことをしてあげるのも一興だろう。

 

黒歌は、期待で胸を膨らませて一気に機嫌が良くなると、ナインの体に抱きついた。

 

「じゃ、今度デート。 デートしない? 私、日本のいいとこ知ってるの」

「私はどこでも」

「ちょっと、あなたたち!」

 

するとそんななか、半ば空気に成りかけていたリアスがナインに向かって問いを投げる。

いいとこなのに。 黒歌の本気で邪魔そうな視線がリアスを射抜く。

 

「ナイン、あなたに聞きたいことがあるの」

「ん?」

 

離れていく黒歌を横目に、リアスは目を細めた。

 

聞きたいことがあった。 アザゼルが口にしたこと。

ナインが去った後、紫藤イリナが拾った物。 ここで訊かなければすべて謎のまま、またいつ相見えるか分からない日までこのもやもやをどうにかしたかった。

 

「あなたは、ナチス・ドイツとは関係しているの? 関係しているとしたら、一体どこまで――――」

 

ストレートだった。

 

しかしここでナインが聞き返してくるようであれば彼の組織との関係は希薄だろう。 なぜなら、このような直球に対し、心当たりが無ければ質問をしたリアスが変人扱いされること必定だ。

 

――――何の話をしているのだ、あなたは。

 

母国とはいえ、五十年以上前のことを聞かれても、普通だったらこの返しをしてくる。

では、果たして――――

 

「多少なりとも」

「――――――」

 

答えは、是。

 

「私の上が二代に渡り錬金術を研究していたのです。 祖父の方は当時SSに所属、父は顔も知らなければ会ったことも無いからどうでもいいですが」

 

興味無さげに己の出生を明かしていく。

 

しかし、彼の祖父と父が魔道に走っていたなら、ナインのこの理論上不可能な錬金術も説明が付く。

だが、次に発した言葉は、その予想を打ち砕いた。

 

「しかしまぁ、祖父もより高等な錬金術を追い求めてはいたものの、真に迫る事などできなかった。 それどころか、途中迷走し始め、結局、オカルト止まりとなってしまったのだ」

 

その探究心、追究心は素晴らしいですがね、と笑みを零す。

 

「しかし、彼らは才能が無かっただけで、その理論は形式上間違っちゃいなかった」

 

だから私が変えたのだ、机上の空論でしかなかったオカルトを。

私ならば錬金術を、魔道に落として本来有り得ない性能を帯びさせることを。

 

つまり、祖父、父はともに錬金術の才がナインより大きく劣っていたと言う事。 学ぶことはあったが、二人の限界点がナインにとって低すぎたと。

 

「オーディンさんはもう気づいていたようですが」

 

『ナインの錬金術には、意志が宿っている』

 

「それはまだ聞いていませんか」

 

途中、小首を傾げたリアスに、ナインは苦笑。

 

「稀代の天才錬金術師ヘルメス・トリスメギストスを知っていますか? 彼を著者とした文献の中に、『大いなる業』という重要語が存在する。

この言葉は他にも、『大いなる作業』、芸術的な物を指して『大作』とも言われますが。 私が学んだ錬金術学の中では主に『大作業』と言う。 もちろん、『小作業』という用語も存在しますが、そこはいま必要無いので割愛しましょう」

「?????」

 

もはや冒頭から何を言っているのか解らなくなってきた。 しかし、もともと勤勉なリアスは、なんとか理解しようと、ナインの言う一語一語に耳を傾ける。

 

ナインも普段、このように饒舌にはならないのだが、ただ単純、気分が高揚していた。

それだけ、この鋼鉄の錬成に力を注いできたからだった―――教会時代からの熟考の成果。

錬金術師は常に考える、考えることを辞めた錬金術師は、錬金術師としての資格と命を失う。

 

この鋼鉄も、何も付け焼刃で作った物ではない。

 

かつての戦場。 あらゆる装甲を長距離で完全貫通させ、前面装甲は至近距離であろうと撥ね返す。

第二次世界大戦時、ドイツ軍が開発した鋼鉄の怪物。

当時、世界最強の戦車の一つと謳われた失われた鋼の虎。

 

もちろん、当時のモノでは無く、ナイン独自で錬成して組み上げた――――いわば複製となってしまうが。

 

その名はティーゲル戦車――――第二次世界大戦で使われた古の車輌は、ナインの手によってオリジナル以上のモノとして新生していた。

 

「なぜ私がこのような物を作れたか。 先の言葉は、後にそのヘルメス文書で使われる、意識変容を表す隠喩――――いわゆるメタファーとして使われました。 それには、三段階……錬金術の変容においてやってくる理がある」

「? あなたの言っている大半がまったく理解できないけれど、錬金術の段階には”理解”、”分解”、”再構築”という順序で錬成されるのではなくて?」

「その通り、グレモリーさん。 しかしその段階を踏破した上でもう一度、三段階をおこなうのだ」

 

物質を触ることで含有物を脳で解し、それを数多の原子に分け、その上で再び別の物に再完成させる。 それが基本。

本来ならば充実した道具や施設がなければ実行不可能なことを、対応錬成陣とその両手、または片手だけで成してしまう科学と化学の頂点―――それが錬金術。

 

だがまだあるという。 完成させた上で、まだやることがあると、ナインは真剣な表情で手を広げる。

 

「実はもう一回り、同じことを繰り返すことで、本来何人もの操者を要する錬成物を意のままに操る事ができるようになる」

 

錬金術に対する求道心は誰にも負けない、劣らない。 かつて教会で最高峰と言われた男は、ついに錬金術の常識を覆す。

 

「”理解”、”分解”、”再構築”という段階の先に、もう三段階を重ねる。

黒化(ニグレド)”、”白化(アルベド)”、”赤化(ルベド)”という順序で。

なぜこの戦車が私の意志で動けるのか、それは、”黒化(ニグレド)”の段階で再錬成を止めているからだ」

 

黒化――――ニグレドには、個性化や浄化、腐敗や死などの複数の意味を有する。

よってナインは、ティーガー型の、まだ動けない(・・・・・・)戦車を錬成した上で、瞬時にもう一回り錬成し直して、そのときに黒化の段階でこの動く戦車を完成させたことになる。

 

「ややこしいので、私の中で法則の名称を決めてしまいました。

理解、分解、再構築までの三段階は、『錬成』

次段階の黒化(ニグレド)白化(アルベド)赤化(ルベド)が『精錬』と。 完全に私独自によるものですが」

 

物を作り上げるまでの段階を「錬成」

完成品をまたさらに錬成することを「精錬」 いわば、より高純度のモノを完成させるための技術である。

 

よく、錬成のし直しで”二度塗り”のような修正技術も存在するが、ナインの業はそのような二番煎じでは断じてない。

 

「これもまた、千年帝国の政治家ヒムラー氏の設立したアーネンエルベでの研究の成果でしょう、感謝しなければ。

一部資料を私の祖父が持ち出していなければ、いまの私も、戦車(これ)も有り得なかった」

 

感慨深げに一人ごちる。 もはや直接的な関係は無いものの、ナイン・ジルハードのナチス・ドイツとの関係は確定した。

大変間接的ではあるものの、完全にナチス時代のドイツの技術を投影している。

 

「紫藤イリナさんが、逆卍の紋章をあなたの家で拾ったわ。 その説明は!」

 

まだまだ知りたいことはあると、リアスは質問に次ぐ質問でナインを攻め立てる。

当の本人はしかし、そのリアスの詰問をそよ風に当たるがごとく目を瞑り、

 

「ああいや、ヴァチカンの十字架を錬金術で鉤十字に変えたのはほんの気まぐれ。

そうですか、クク…………まさか紫藤さんが見つけるとはね。 正直、あの二人になら見つからないと思ったのですが、もし見つかってもなんとも思わないとすら思って気に掛けませんでしたよ」

 

イリナ、ゼノヴィア、彼女らは強く勇敢だが、青臭く思慮にも欠けると、ナインは彼女ら二人をそう評価した。

だからこそ、何もかも置いて彼女らの前から姿を消したのだが…………。

 

「最初に関連性を疑ったのはゼノヴィアよ」

「…………なるほど、情報がカトリックに残留していたということか…………最後まで邪魔なじいさんだよ、私は自分で抹消したのにねぇ」

 

そう放言するが、懐かしげに細められた瞳は金色に輝いている。 そしてその金色の視線をそのままに、目の前に身動きできずに佇むリアスに語り掛ける。

 

「さて、どうするグレモリーさん……とはいえ、塔城さんとの約束もありますし、このまま見逃してくれるとありがたい」

「………………!」

 

同時、徐々に砲口から熱風が漂ってくるのが感じられる。

すでに砲撃の準備は整っている。 あとは(ナイン)の合図でいつでも目の前の標的を吹き飛ばせる。

 

「小猫…………!」

 

心底悔しそうに、連れ去られた己が下僕を想いながら。

 

「イッセー…………!」

 

倒れ、気を失った兵士を見て。

 

「さぁ」

「ぬぅ…………戦車の化け物が邪魔で狙いが定まらん……っ」

 

薄ら笑うナインに正面から向き合うと、断腸の思いで敗北の意を示す。

タンニーンを期待したが、ナインと黒歌、二人を守るように聳える鋼の虎に攻めあぐねている。

黒歌一人にもリアスは互角かも分からないのだ。

 

もはや選択の余地無し。

 

「む?」

「あら?」

 

すると、リアスが崩れ落ちるように膝を突いたと全く同時に虚空が裂かれた。

世界に亀裂を――――突如おこなわれた超常現象に、リアスは膝を突いたまま顔を上げた。

 

まるで異界に通じる穴のように。 そしてその中から、ある人物が出てくる。

 

「あらアーサー」

 

黒歌がそう呼んだ人間――――アーサーという人物は、異界から出て来るやメガネを上げた。

 

「お楽しみは終わりです。 仕事の中に楽しみを見つけるというあなたのモットー、否定はしないし嫌いではありませんが」

 

背広を着た若い男。 手には、オーラを極大に放つ西洋剣が握られていた。

そしてその男のこの言葉は、巨大な鋼鉄の足元に居る紅蓮の男に向けられている。

 

「黒歌さん、彼は?」

 

知らない顔に、ナインは隣に居る黒歌にそう訊いた。

 

「アーサー。 あなたに紹介していない兄妹の、お兄さん」

「へぇ」

 

細められる視線の先には輝く剣――――いや聖剣だ。

ナインは、前職の都合上で彼の持つ剣を一目見て気付いていた。

 

「コールブランドと……そっちは”支配(ルーラー)”の方だねぇ。 どこぞの聖剣狂いが見たら発狂ものだよ、クク…………」

 

嫌と言うほど聖剣の名前は耳にした。 バルパー・ガリレイ然り、研究機関然り。

 

「あれは拙い…………リアス嬢! あの男には近づくな、絶対に!」

 

気付いたのはナインだけではないのも当然だった。

かつての五大龍王タンニーンも、アーサーの持つ二本の聖剣の危険性を察知する。

 

タンニーンの言葉には、刺激をするなという意味も込めていた。

 

「アーサー、美猴は? 私の妹連れてヴァーリに渡しに行ったはずだけど」

「美猴ならば、次元の狭間で会いました。 その際に直帰を言い伝えました」

「な~る」

 

ポンと手を叩く黒歌。 つまり、美猴はもう戻らずその代わりにアーサーが来たのだという事になる。

 

「まぁ、私が来るまでも無かったようなので、タイミングを計るのが面倒でしたが」

 

ナインがリアスに降伏勧告をした時点で、アーサーはその話を聞いていたのだ。

すると、彼はリアスに向けて言い放つ。

 

「初めまして、リアス・グレモリー。 突然で悪いがあなたの騎士(ナイト)たちに伝言を。 いずれ、いち剣士として相見えたいと」

 

聖剣使いとして、そして剣技を嗜む者として、リアスの騎士二人との剣劇を繰り広げたい。

メガネと、背広、細身。 およそ近接戦闘には不向きに見える男が雄々しく宣戦布告を掲げた。

 

「聖剣デュランダルと聖魔剣…………赤龍帝にも興味がある」

 

そう言って手に持つ剣を一振りすると、閉じた空間が再び切り開かれる。

――――次元の狭間、虚無の異界への入り口が解かれた。

 

アーサー、黒歌と、順に入って行く。

そんな中、最後の一人――――ナインが、その場に立ち止まったまま眦を上げてこちらを睨み付けているリアスと見詰めあった。 ややあって苦笑交じりに――――

 

「Sieg Heil…………まぁ、ナチスなんてどうでもいいですが。 勝利への貪欲な思想や、究極に至ろうとした向上心はリスペクトさせてもらいます。

血と鋼鉄と肉と骨――――すなわち戦争がヒトを成長させていくのだ。 いまの世界情勢は些か生温すぎるのでね」

 

現在に満足してしまうから、いつまで経っても進化しない、成長しない。

これでいいやと妥協する。

 

与えられたものがそんなに嬉しいか?

他人に敷かれた道がそんなに有り難いか?

 

まったくもってバカバカしい。

 

湿気った火薬ほど興の冷めるものは無いだろう。

 

「では――――Auf Wiedersehen」

 

そう優雅に手を上げながら、ナインは僅かの亀裂から異界の向こうへと足を踏み入れる。

同時、その場に(ナイン)の生体反応が完全消失すると、その場に放られた鋼鉄の怪物にも異変が訪れる。

 

スゥ、と徐々に薄れていく鋼の戦車輌。 結んでいた像は、遅く、しかし気付かないほど自然にその存在を失っていく。

透けていく鋼の体に、吹き飛ばされた山の向こうを映しながら消えていった。

 

 

 

 

サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーの眷属塔城小猫。 「禍の団(カオス・ブリゲード)」”ヴァーリチーム”に捕縛される。

この報は、その後すぐに彼女を知る者たち総てに知れ渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロスヴァイセ、まだ泣いておるのか」

 

「………………」

 

「置いて行ったのは悪いと思っておる、だから泣くでないわ」

 

「そんなんじゃありません…………」

 

「なんじゃと? ここまでワシが心配しておるに、そんなんとはなんじゃ」

 

「…………」

 

「紅蓮の小僧に何かされたか…………?」

 

「されました…………一生、傷に残る酷い事を………………」

 

「…………………………」

 

「……………………」

 

「………………」

 

「…………」

 

「…………おぬし、まさか」

 

「なんで、好きになっちゃったんだろう………………」

 

「そうか、傷物にされたか…………。 これだから女騎士属性は捨てろと言っておるに」

 

「この………………」

 

「む?」

 

「この腐れ神ぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「ぬぉっ、やめんか落ち着けロスヴァイセ!」




題名はグレモリー家の滅びの家系を意識しました。 ルインルイン。

※修正。 バアル家でした。

※以下、リアル

仕事で東京回りまくり面倒。 そしてパーキングが高い、目が飛び出る。
そしてみんな好き勝手しすぎでワロタ。

でも、車で東京都心を自在に回れると便利よね。

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