紅蓮の男 作:人間花火
許してくださいお願いします(早口)
冥界、パーティ会場内。
豪勢な料理や飲み物がウェイトレスの手で運ばれる。
来客も煌びやかな装飾品を付け、一挙動一挙動、物腰が丁寧なところで貴族の威光が垣間見れる
十人十色という言葉の正反対がいまの光景だろう。 同じような仕草で、同じような恰好だ。
玉石混淆。
この固性無き場で映え渡る者ならば、それは間違いなく逸材――――玉石の玉であろう。 それほど、この会場は光り過ぎていた。
そんな中、黒いローブを頭から被った者が佇んでいた。
「確か、最終的にはここで落ち会おうと言っていました…………」
パーティ客の群れを縫うように進む影。 この煌びやかな場では悪目立ちするはずの黒のローブの者に、何故か誰も気を止めることはしない。
使用者の気配を一時的に消せるローブは、黒いローブの人物――――ロスヴァイセのヴァルキリーとしての気配を見事に隠匿せしめている。 さらに隠形の効果も保有しているため、余程の使い手で無い限り気に止まることは無い。
目の前の「お手洗い」の表記を見て、深呼吸をしたあと入って行った。
今回、潜入及び煽動活動を共同することになった彼女らは別行動に移っていた。
少しでも気配を分散させるためだ。 人間のナインはともかくとして、北欧のヴァルキリーという彼女の神聖な空気はあまりにも目立ちすぎる。
「…………なぜ、私は彼らに……いや、彼に協力している?」
自問する。 別行動で人質に相応しい自分を一人にするなど、逃げてくれといっているようなものだ。
ロスヴァイセも、本当ならこのパーティに来賓として出席している主神オーディンの下に一刻も早く転がり込むべきはずなのに…………。
「私も、この世の本当の理を求めている?」
若しくは、ナイン・ジルハードという男の人生の在り方に惹かれたのか。
だとしたら、もともと勤勉だった彼女にナインのような人間は色々な意味で目の毒だったのかもしれない。
(私は…………迷っている?)
ナインが、ただ殺戮や戦争を享楽する男だったらこんなにも悩まずに済んだのに。
ナインが、ただの爆発好きな単純男だったら、こんなにも難しく考えずに済んだかもしれない。
すぐに助けを求めることができたはずなのに…………どうして。
世界を混乱に陥れる混沌を望んでいるわけじゃないのに、どうしてあの男に惹かれるの?
「目標に向かって驀進する彼の瞳の輝きが、頭から離れない――――!」
私はどうしたいのだろう。
ロスヴァイセは思い悩みながらも、短くも長く感じた廊下を歩き切り、男子手洗い場の前に来ていた。
そこには、看板が置いてあった。
――――”清掃中。 関係者以外立ち入り禁止”
(ふ、普通の置き看板だーーーーーー!?)
『来ましたか。 入ってください――――ああ、誰にも見られず、そーっとですよ』
なかからナインの声が聞こえてきたところで、はっとした。
ロスヴァイセは、ここで冷や汗を垂らす。
――――なんで、気配に気付けたの。
このいま羽織っている黒いローブは、ここに来るまで通りすがる悪魔たちにも怪しまれずに来れたのに…………。
しかし、そんな彼女の驚愕は、扉を開けた直後の別の驚愕で上塗りされることになる。
「あ…………」
「さすが黒歌さん特製の気配殺しの魔迷彩――――これで使い捨てじゃなければ満点なのですが」
そこには、真っ赤な飛沫があちこちに飛び散った凄惨な空間で佇むナインが居た。
二人。 蝙蝠の翼を持つ悪魔たちが、惨たらしくその命を終えていた。
「…………冥界の警備員を」
「ああ、うん。 ここ入ったら居たからね――――死んでもらいました」
気持ちの悪い汗の水がロスヴァイセの体に流れた。 その悪魔をよく見ると、二人とも頸部から上が消し飛んでいた。
錬金術を使ったのか? いや、ナインの錬金術で響かないはずがない。 使えば一瞬で外の者にも気づかれて潜入どころではなくなってしまう。
煽動はできようが、こんなど真ん中で騒ぎを起こせば即座に捕縛されるのは明白。
ならば、考えられる方法は一つ。 サラサラと砂のように消え溶けていく二つの遺体を背にしたナインに、ロスヴァイセは半ば狼狽えながら唾を呑み込む。
「…………刃物で斬り飛ばした……のですか?」
「残念ながら、私は基本的に武器は持たない人間でして。 己の身一つで行動するのが主です」
「そんな…………なら―――――」
『誰かいるのか!』
すると、外から掛けられる声があった。 ナインは眉を上げてロスヴァイセを小突いた。
(ダメじゃないですか。 気配を辿られちゃあ…………ここは清掃中なんですよ?)
「キミ一人か……? この気配…………ヴァルキリー?」
(しまった!)
目的地に到達したと思い油断してローブを取り払ってしまっていたロスヴァイセ。 しかもこの状況だ……彼女はともかく、ナインは顔が割れている。 騒がれたら事だ。
入ってきた冥界の警備員と思われる男性悪魔は彼女を見ると一瞬呆気に取られた。 しかしそれと同時に、彼女の方は、ある異変に気付いていた。
ロスヴァイセの気も知らずに、男性は合点がいったように目の前の彼女に
「まさか、来賓のオーディン殿の関係者ですか? なら、ここは男子用トイレだ…………女子用ならば向かいにある」
――――居ない。 さっきまでそこに居たはずのナインが。
彼が居たはずの場所には、警備の男性悪魔が何の気無しで立っているのだ。
「やれやれ」
パタン。 扉が閉じられ、完全に鍵がかけられた音に反応し、男性悪魔はすぐに振り返った。
「お……お前、は!」
肩を揺らして笑うナインを見て、男性悪魔は息を呑む。
「でも良かった。 冥界の警備員が、一人で来る勇者で」
「お前は、紅蓮の錬金術師!? この会場でなにをし――――」
―――――蹴り一閃。
槍を構えた男性悪魔が言い終えるその前に、ナインは大きく身を翻しながら回し蹴りを繰り出していた。
鋭く、しかし確かな重厚な音とともに風が切られた。
その蹴りの技術の速度、威力――――電光石火と疾風怒濤を合わせたような強烈な脚技である。
瞬時に床に片手を付き、その勢いで軸を中心に高速に回転させて喰らわせる――――それ必殺。 それがもたらしたものは、先ほどの首無しの死体の意味をロスヴァイセにすぐに理解させた。
「気の毒だねぇ」
遅れて噴き上がる血風とともに、首から上を失った男性悪魔の胴体は天井を仰ぎながら倒れる。
ドチャリ。 胴体の上にその首が落下した。
文字通りの首狩り技。
ロスヴァイセは、消え行く男性悪魔から目を逸らす。
「…………け、蹴りで首を?」
ロスヴァイセを横目に、ナインは扉の鍵に念入りに”手を入れ”て強化する。
そんな彼を見て、一種の畏怖を覚えた。
いまの蹴りは人間業か? いや、まともな精神で使えるような業じゃない。
この男は、たった一撃の蹴りで悪魔の首を刈り飛ばしたというのか。
まさに暗殺拳。 どれだけの力の蹴りで首が飛ぶのだ? 理解不能だ。
「練り上げれば蹴りでも骨を断てるし肉も切り裂けるんだよ」
言うや否や、ナインは無造作に置いた手で錬成を始めていた。
数十条の雷とともに、爆発の鼓動が男子トイレに立ち込め始める。
外観は変わらないものの、異常に張り詰めた空間に変貌していくのをロスヴァイセは総身に感じていた。 汗が止まらない。
すでに、ここはナインの手によって錬成されているのだ。
「脱出は窓からで…………ロスヴァイセさん?」
欲しかったのは人並みの幸せ。 素敵な男性と巡り合い、ロマンチックな生を送るのがロスヴァイセの願い。 いや、願いなどと大それたものじゃない。 やろうと思えば掴めるはずの人生だ。
だから、
「ナインさん……やはりあなたは悪です」
窓の鍵に手を掛けたナインの動きが止まる。
「…………」
「罪も無い者を殺め、それを嬉々として行う修羅のごとき所業…………!」
ロスヴァイセにとって初めて男性に胸の高鳴りを教えたのはナイン自身。 戦う姿は格好良かった。 笑った顔も…………。
しかし浅はかすぎたその考え。
「…………」
ルックスも悪くない、頭も良い。 だが、決定的に欠けているものがナインにあったのだ。
それは、常人の心。
「私はもう、あなたには付いていけません」
「…………そうかい」
開けた窓から入る風が二人に吹く。 ナインが窓の淵に立った。
「じゃあ、ここでお別れだ」
もともとこの作戦の中には、ロスヴァイセを解放することも入っていた。
それでも、ロスヴァイセがもし付いてくることを選択していたならそれも有りだというナインの考えだった。
「まぁでも、私は割とあなたのことを気に入っていたのですがね」
「~~~~!」
嬉しい。 どうしても赤面してしまうのはロスヴァイセの女としての性だ。
俯いた頭からは湯気が上がって耳をも朱に染められる。
「あなたは頭が良い。 私が出会ってきた女性の中ではダントツにね――――そして果てしなく真面目だ。 頭にバカを置いてもいいくらいにね」
「ば…………『バカ』……!?」
にやりと笑ったようなナインの顔が、ロスヴァイセの位置から微かに見えた。
「あなたは誰からも愛される人ですね」
「…………」
「嫌われてたから分かるんだよそういうのはさ、へへっ。 真面目な人っていうのはどこでも好かれるんじゃないかな」
真面目に、実直に生きてきたロスヴァイセ。 なるほど確かに、そんな彼女は誰とでも付き合って行けるのだろう。
しかし、そういった生き方自体が常人の枠から外れているため、真面目とも、その真逆とも断言し難いのがナイン・ジルハードという人物である。
この男と相性が良いのはやはり、凝り固まった考えをしない者。 強いて喩えるならば、正義と悪という定義が定まっていないいわゆるアウトローな性格の者なのだろう。
ロスヴァイセは――――常の人なのでナインとは相容れなかった。 それだけのこと。
しかし未練は全く無いと言えばウソになる。
そんな、涙を目に浮かべるロスヴァイセは、顔を振って一拍置いたあと、ナインに遅れて窓から地上に飛び降りた。
瞬間、爆発。
凄まじい爆音を轟かせ、男子トイレのあった場所が吹き飛んだ。 次いで、呑み込むように起こる連鎖爆破。
相変わらず派手目なボムテクニックである。
湧き立つ爆発の煙を不安そうに眺めるロスヴァイセは、歯ぎしりをした…………なにに、とはこの際言うまい。
「佳い男性が見つかるといいですね」
ふとしたところに、ポン、と肩を叩かれた。
完全に…………不意打ちだった。
「………………」
また……まただ。
先ほどの飛び降りで引いた涙が再び溢れ、ロスヴァイセの碧眼を揺らし始めた。
隣にいた紅蓮の男は、もう居ない。
◇
――――時は遡り、ナインによる錬成爆破前の出来事。
相も変わらず賑わう会場内で、一誠が落ち着かない様子でリアスに話していた。
「――――小猫ちゃんが変なんです」
このパーティの最中に、リアスの眷属である塔城小猫が突然、会場の外に一人で出て行ってしまったためだ。 それが単なる気分転換ならば気に留める必要もなかったのだが。
その出て行く様子を見ていた一誠は、彼女の真剣な表情から、ただならぬものを感じていた。
(昨日、部長のお母さんから小猫ちゃんのことを聞かされなかったらきっとスルーしちゃってたんだろう。 聞けて良かった!)
「…………気になったのね。 分かったわ、私も行く」
◇
備え付けのエレベータで一階まで降りた二人は、小猫の捜索にあたった。
リアスは使い魔のコウモリで辺りを探索。
一誠は近くにいる悪魔に聞き込みを始めていた。
何人目かで、彼女――――小猫らしき特徴の悪魔が外に出たという目撃情報があった。
「小猫ちゃんがあんなに真剣な表情になる程の者って…………」
一誠は考え込む。 普段から表情を崩さない小猫にはかなり珍しいことなのだろう。
すると、戻ってきた使い魔のコウモリに、リアスは頷いた。 一誠に目配せをすると、口を開く。
「見付けたみたいね。 ホテル周辺の森にあの子は入って行ったみたい」
急いで森の中に入って行った。
こんなにも木々が生い茂って、さらに人気も無い場所に彼女は何の用で入り込んだのだろう。
「あ、あれ!」
そんな疑問を抱きながら走りぬけていくと、ついに見知った後ろ姿を見付けた。
「久しぶりね」
「…………」
声は木の上からした。 小猫はその声の主を見上げると、驚いたように全身を震わせる。
視界に入らぬよう、一誠とリアスは大きな木の影に身を隠した。
「どうして…………黒歌姉さま」
「ふふっ驚いちゃって可愛い。 そうよ、お姉ちゃんよ白音」
聞き覚えの無い名に一誠は訝る。
「会場に紛れ込ませたこの黒猫一匹でここまで来てくれるなんてねぇ。 嬉しいにゃー」
妖艶に笑うと、木の上から飛び降りる。
彼女こそ、塔城小猫の唯一無二の姉、黒歌。 一誠やリアスの面識は勿論無いが、小猫と彼女のやり取りで合点がいった。
――――あれが小猫の姉、SS級はぐれ悪魔の”猫魈”黒歌なのだと。
「ね、白音。 突然だけど、お姉ちゃんのお願い聞いてくれるかしら」
「…………」
無言を肯定の返事と勝手に解釈した黒歌は、可愛くウィンクした。
「私たちのリーダーがあなたの力を欲しがってる」
「何のために」
「そりゃね…………戦力増強のため」
「ふざけないでください!」
「ふざけてなんてないにゃーホントのことだにゃー」
言葉とは裏腹なおどけた態度に、小猫はむっとする。
「いやいや、それがホントにふざけてないんだってばよぉグレモリー眷属」
「!」
森の奥…………闇夜から姿を現わしたのは美猴。 黒歌と同行していたこの男も、小猫と対峙する形となった。
次いで、美猴はにやにやしながら近くの木陰に向かって声をかける。
「それで気配を消してるつもりかい? グレモリーの。 無駄だって、俺っちや黒歌みたく仙術知ってると気の流れの少しの変化でだいたい分かるんだよ」
「くそ――――っ」
隠れても無駄、その通告に、潔く姿を現わす一誠とリアス。 修行によってある程度気配を消して接敵することには自信があったのに、こうも簡単に気づかれるとは。
一誠は少し悔しそうに歯噛みした。 しかし、そんな一誠の心中を読んだがごとく美猴は快活に笑い飛ばした。
「いくらか強くなったみたいだけどねぃ、赤龍帝。 けど、もっと頑張らねぇとね――――ナインはもっとヤバいんだ」
「やっぱり、いまでもナインとヴァーリは手を取り合っているのね」
目を細めてリアスがそう美猴に言い放つ。
あのとき、会談の日。
ヴァーリがナインを勧誘し、それにナインが乗ったところはこの目で見た。 が、リアスにとってナインとは、独立した……いわば一匹狼の印象が強く残っていたため、あのまま誰かとともに行動しているとは考えづらかった。
すると黒歌は、自慢気にその大きな胸を張った。 まるで自分の事の様に、いつか性的に食べてしまいたいとさえ思っている男を想い浮かべて一人充足感に浸る。
「話してみれば意外と普通のことも話せるのよ、ナインは。 まぁもっとも、あなたみたいな型に嵌ったいいとこのお嬢様じゃあ付いていけないのも当然ね」
「こんなこと言ってるが、こいつも最初はアイツのキャラにだいぶ戸惑ってたんだぜ?」
「うっさい、お黙りにゃん美猴!」
ビィシ! にやけた美猴の鼻っ柱を指ではじく。
「…………ナインのヤツ、こっちで女子二人が傷心中だってのに、あんなエロ…………じゃなかった、ナイスバディなお姉さんと仲良しなのかよ! 許せねえ!」
女子二人…………あの二人に関しては、実際のところは一方通行の恋だったためこの場に無きナインには知ったことではないが。
まぁ、一誠はいままでそんな複数の女性に好意を寄せられたり仲良くなったりという経験がなかったため、そうポンポンと美少女をとっかえひっかえ傍にはべらす男を見れば本能的に許せぬところが出てくるのだろう。
「もう、イッセー、真面目に!」
だがやはり場違いな話ゆえに、主であるリアス・グレモリーがビシっと諌めた。
「はっ、すいません部長! お、おう! ヴァーリの差し金だかなんだか知らねえが、小猫ちゃんは大事な仲間なんだ、いくら実姉でも、本人が嫌だと言うのを無理やりに連れて行くのは見過ごせねえ!」
「へぇ、言うじゃない」
一変した。
黒歌はそう妖艶に、しかし先ほどよりも危険な色香を帯びた雰囲気で一誠を細めた目で睨み付ける。
彼の背筋に寒気が走る。
やはり、彼女はいままでとは別格だ。
「白音を渡さないんならこっちも力づくでいかせてもらうわね」
しかし、彼女の言葉に一誠に何かが引っ掛かる。
「白音を上級悪魔様なんかにはあげないにゃー」
これだ。 さっきからの違和感はこれだった。
自分たちが呼ぶ仲間の名前とは違った名で呼び続ける、その”忌名”とも言うべき事柄。
「さっきから白音白音って…………。 この子の名前はそんな名じゃない!」
「先輩…………」
先ほどからぶるぶると震えていた小猫が、一誠の言葉で止まる。
すると、リアスも続いて、しかし静かにその視線は黒歌を見詰め貫いた。
「そうよ、この子の名前は塔城小猫。 私の可愛い眷属…………。 黒歌、あなたは自分がこの子に何をしたか覚えているはずよ!」
「!」
猫魈…………仙術を扱える妖魔の中ではトップクラスの技術者が猫又の上位互換だ。 しかし、その強大過ぎる力は術者を狂わせる。
「うっさいわね…………」
『その上級悪魔を殺さなければ自由になれなかったのでしょう?』
ナインの言ったことが脳裏を過る。
そうだ、何も知らないくせに。
『なら、それはきっと正解だった』
「小猫がどんな思いでいままで生きて来たか分かる? 黒歌、あなたはこの子を怖がらせたまま姿を消した!」
『妹さんを見捨てたのも、きっと正解だった』
そうしなければ、きっと今以上に彼女を怖がらせてしまったから。
リアスの言わんとしていることは解る。 けど遣る瀬無い。
その瞬間、黒歌の感情が爆発した――――
「分かってるわよそんなこと! でも、そうするしかないじゃない! 誰も助けてくれない、全部アイツの言いなり! あのままじゃ私も白音もダメになってたのよ? だったら、暴走するのは片方だけの方がいいじゃない!」
「ね、姉さま…………」
「――――私を狂わせたのは、あなたたちの方じゃない! 悪魔!」
沈黙。 肩で息をする黒歌は、息を大きく吐くともう一度リアスたちを睨んだ。
「最後通告――――白音をこっちに渡して!」
リアスは、黒歌の怒涛の叫びに怯むも、負けじと体を奮い立たせる。
「それだけはできないわ――――そんなに小猫と一緒に居たいなら、あなたが来ればいい!」
「そっちに私が行ったって捕まるだけ」
「私がお兄さまに掛けあう!」
「だから――――そういうのが甘いって言ってんのよお嬢様! 権力で何とでもなると思ってるの?」
ボンっと、リアスの足元に黒歌の術式で練られた気弾が着弾する。
もうこうなったら戦うしか道は無い。 このまま話をしても平行線だろう。
「やるしかないのね」
「部長…………俺がやります」
「イッセー…………」
相手は黒歌と美猴。
「
構えた、そのとき。
「なんだかんだで戦闘に入ったが……さて、俺もひと暴れするかねぃ――――って、うぉっ!」
――――大震動。 同時に地鳴りと轟音が波紋となって広がっていく。
その場にいる全員が、その爆破震動でよろめいていた。
こんな森の奥にまで反響する衝撃からして、その爆発力が凄まじいことが手に取る様にわかった。
すると、リアスは会場の方を見て声を上げた。
「会場の方からだわ…………!」
部分的爆破ではあるが、建造物をまるで達磨落としのように根こそぎぶっ飛ばして崩壊させる爆破テロの如き所業。 否、それが比喩ではないことは、目の前にいる黒猫と猿で分かっていた。
「なんだ、いまの地鳴り…………って、な――――会場が!」
こんなに派手にやるのはアイツしかいない。
しかし横を見ると、意外にも美猴と黒歌の二人も苦笑い。
「……………………あそこってよ、かなり強めの結界張ってるはずだよな」
「にゃー…………会場に張られている結界ごと吹き飛ばしたわよ、いまの爆発。 破られるのが見えたわ」
魔王、他にも他勢力の重鎮が幾人か集った今回のパーティ集会。 無論のこと並ではない強力な防護結界が張り巡らされている。
それをも打ち破る超爆破――――もはや疑うべくもない。
「イッセー!」
「はい、部長!」
「お?」
「にゃ?」
感心する黒歌、美猴の二人に対して臨戦態勢に入る一誠とリアス。
黒歌はその行動に、青臭さと可愛らしさを重ねてクスクスと肩を揺らす。
「会場に戻りたい? でもだめ、白音を渡してからよ」
「―――――どす黒いオーラを感じるな、招かざる客のようだ」
「!」
低く、若干渋めの声音が辺りに響いて来た。 その時、なにかの巨影がその場を覆った。
「おっさん!」
「あれは…………」
見上げると、大きな翼を羽ばたかせ飛行する巨大な生物――――ドラゴン。
見紛う事はないだろうこの重圧。
「ありゃ、元龍王の『
「あちょっと美猴!」
龍と孫悟空。 並べば絵になるであろう夢の競演ゆえか。
黒歌の横にいた美猴は歓喜の声を上げ、金色の雲で空を滑る――――その、突如出現したドラゴン――――タンニーンのもとに文字通り飛来して行ってしまった。
黒歌は相方の堪え性の無さに溜息交じりで目の前の二人と対峙する。
――――やっぱりナインが良かった。 などと後悔先に立たずな彼女は、くるくると指を振った。
さり気の無い動き。 実戦経験の少ない一誠とリアスは、その後の異変に気付くことができなかった。
「くっ…………これは…………っ」
リアスと小猫が膝から崩れ落ちる。 一誠は驚き、リアスを抱き止める。
「何を…………しやがった?」
「悪魔に有効な毒の霧…………あなたはドラゴンだから効かないみたいね」
気付けば、自分の周りが薄暗い霧に覆われているのが一誠には分かった。 これも仙術の一端であるというなら、トんだ曲者であるだろう。
グレモリー眷属側は、一気に二人も行動不能となってしまった。
しかし、これでやっと数が合った。 そう満足そうに黒歌は一誠と対峙する。
上空では美猴とタンニーン。
ここでは黒歌と一誠が激突しようとしていた。
「部長はここに居てください――――小猫ちゃんのお姉さんは、俺に任せてください!」
◇
一様に戦闘のゴングが鳴った。 その戦いを、息を荒くする小猫を撫でながらリアスは見ていた。
しかし、嫌な予感はある。
上空のタンニーンはともかく、一誠は
「イッセー……持ち堪えて!」
故郷であるこの冥界に帰ってきてから、タンニーンと修行に励んでいた一誠だが、辛くも
「小猫…………」
それもあるがこの子もだ。 黒歌との再会によって、先ほどから小猫の体調も芳しくない。 彼女の姉の毒の霧にあてられたのもあるが、やはりそれ以上に過去のトラウマの発現だろう。 想像絶するものだ。
「…………」
自分たちはこうして戦闘の範囲外に出て遠目から見守るしかないのだと、悔しく歯噛みをするリアス。
自慢の滅びの力もいまは意味も成さない。 体力だけが奪われ、動けないことを悔やむ気持ちが燻るばかりだ。
と、小猫が制服の袖を引っ張っていることに気づく。
「部長…………」
「ん、なぁに小猫?」
「私は、本当にここに居てもいいのでしょうか」
未だ怯えた様子の彼女の言葉をリアスは、いまここに居ていいのかという意味ではなく、現在の、リアスの眷属としていていいのかという問いだということにすぐに気づいた。
「当たり前じゃない、あなたは私の大切な愛しい眷属なのよ、どうしたの?」
すると、涙混じりに彼女は俯く。
「姉さまがあんなに叫ぶことなんて、滅多にないんです」
「――――――」
『――――私を狂わせたのは、あなたたちの方じゃない、悪魔!』
この鬼畜と、悪魔と。 自分たちはそういう存在なのに、あのとき黒歌が叫んだ悪魔という呼び方には明確な罵倒の意味が込められていた。 世間一般で言う、一般認識である”悪魔”という、本当の意味での悪しき魔物と言われているような気さえした。
「もしかしたら、一度黒歌姉さまと話した方がいいんじゃないかって」
「それはダメ。 テロリストにあなただけを渡すわけにはいかないわ」
肉親の、しかも姉妹同士の仲が悪いのは哀れむべきこと。 自分も下の妹だからこそ分かる痛みだ。
もし自分がサーゼクスとそんな忌むべき仲だったなら、もう一度その仲を修復できないか必死に考えたことだろう。
だが、だがやはり。
「黒歌だけでも警戒を解くわけにいかないのに、彼女の周りには…………」
戦闘狂の白龍皇。
自由人な闘戦勝仏。
人間から逸脱した錬金術師。
誰も彼も、一癖も二癖もある者たちが居る。
「――――そんな渦中に、可愛い下僕を放り込むわけにはいかないよねぇ」
「!」
「私的には動かないで欲しいなぁ」
この声音、雰囲気。 ねっとりしたような余裕すら含んだ喋り口調。
いままで気づけなかった。
一誠と黒歌の戦いを遠目にしたままそのすぐ背後にいる者の言葉に従うリアス。
小猫も静止したまま、しかし冷えた汗を頬に垂らす。
「ナイン――――」
「――――やぁ。 やっぱりそう遠くない内にお会いしましたね、リアス・グレモリーさん」
完全に背後を取られている。
「にしても、黒歌さんも素直じゃないなぁ。 そうは思わないですか、塔城さん」
そう言うと、横からぬっとナインが顔を覗かせた。 相変わらず底冷えした笑みを浮かべている。
まずい、抵抗しようものなら問答無用で仕留めに来る眼だ、これは。
しかもこの状況で、この距離でこの男を出し抜くのは無理難題だ。
まるで、両肩を押さえ付けられているような感覚すらしていた。
「パーティ会場のあの爆発は、やはり貴方の仕業ね」
「おっしゃる通りで」
「言っておくけれど、どんなに脅したって無駄よ。 小猫は渡せない」
そう凄むと、ナインは手を振って笑いながらそれを否定する。
「やぁ、脅すつもりなんてないですよ」
「それじゃあ、何が目的なの」
「塔城小猫さんの捕縛」
「っ!」
その瞬間、どす黒い魔力の弾がリアスの手から放たれた。
しかし、それを予見していたようにナインは身軽にジャンプ、瞬く間にリアスの真正面に降り立った。
「いきなりそりゃないでしょう」
「くっ…………」
彼女の細く白魚のような腕がナインに掴まれ完全に拘束された。 速さも力も、この男に敵うべくもない。
「なに、私にしてはちょっとした酔狂に付き合ってあげるだけだ。 ヴァーリが彼女の力を欲しているとは言っても、無理矢理に従わせたり洗脳したりするような男ではありません。 ただ、他が許すか」
「ほ、他…………?」
「そう、他」
「一体…………」
それはね、とナインはリアスの躰を拘束から解放した。 自分の腕をさするリアスに、ニヤリと笑みを向ける。
「ヴァーリではなく、他の派閥の者が彼女を欲したときが危険なのだ。 いくら単独行動を許されているヴァーリチームとはいえ、『
「それも兼ねて、私はさっきから大反対しているのだけれど?」
むっと、再び強気を取り戻したリアスが鋭い目つきでナインを見詰めた。
「それだ。 要は、ヴァーリチームでだけでその娘を扱うなら危険はない」
「そうとは限らない!」
思わず大声を出すリアスに、ナインはその口元に人差し指を付けて押し黙らせた。 手の平で強引に塞ごうとしないのはナインなりの女性への配慮であろう。
しかし、リアスはその手を払いのける。
「あなたは下衆ではないけど悪党よ。 信じられると思う?」
「私はウソで他人を傷つける輩は総じて小者だと思っています」
「う…………」
会談でのイリナの例もある。 そのときのナインの裏切りは、ミカエルがイリナに、ナインの裏切りの告知を事前にしたことを聞いていたため、その場の全員が全く知らないことというわけではなかったのだ。
変なところで律儀なのだ、この男は。 それにはリアスもぐうの音は出ず、肩を落として黙り込んでしまう。
するとナインは、次に小猫に話しかけた。
「あなたの姉に夜の相手をさせられているナインです」
「え――――!」
「ウソです」
「…………」
滅茶苦茶に眉間にしわを寄せてナインを睨み付ける小猫。
「傷つきましたか?」
「いえ。 でも、からかわれた気がして不愉快です」
「それは良かった」
「良くありません!」
ガルル、と猫なのに、さらにナインに掴みかかる。
「まぁ、半分は本当なんですけどね」
「もう騙されません」
口をへの字する小猫に、ナインは笑って、残念とコメントした。
…………少し先は木々倒れる戦場と化しているのに、ここだけは静かだ。
すると、数秒の沈黙を小猫が破った。
「姉さまと仲が良いんですね」
「? ん、まぁね」
「その様子だと、全部聞いたみたいですが」
「ん」
ポケットに手を突っ込み、ぶっきら棒に頷いてみせるナインに小猫は俯く。
何を思うのか。
何も、初めから姉に恐怖心を抱いていたわけでは無い。 ごく普通に仲良く暮らしていた姉妹。
それがこんな仲になってしまうのだから運命とは残酷だ。 仕えた主を間違えたことは、黒歌はもちろん、小猫にとっても人生最大の不覚というべきものだろう。
もう治せない傷。 もう取り戻せない姉妹仲。
そう思っている。 一生この傷を背負って生きていくのだと、小猫はその点に関してだけはすべてを理解していた。
「塔城さん」
だから、だからせめてこれからは楽しく慎ましく生きて行こう。 たまにその古傷に触れてしまうときがあるけれど、それはリアスや他の眷属の仲間たちと楽しく過ごして忘れて行こう。 そう思っていた。
しかし、その生き方を否だという男が、酔狂というふざけた理由で干渉しようとしていた。 迷える少女の背を押す。
酔狂…………であろうとも、その声音は冷徹でしかし明確な言葉で核心を突く。
「あなたは生きてて何が楽しい」
おっもうすぐクリスマスか。 と思い、急に「この作品でクリスマス番外イベント作りたいっっ――――」といきなり閃いた作者です。
本当にいきなりだった。 でもよく考えたら原作でもちゃんとクリスマスあるじゃんと気づいて滅茶苦茶落胆した(それほどでもなかった)
黒歌サンタにプレゼント(意味深)もらいたいなぁ。
あ、今回も少し長文なので誤字脱字ございましたらお願いします。 確認はしてるんだけどどうしても一、二か所出て来てしまうのです、お恥ずかしい。