紅蓮の男   作:人間花火

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32発目 目的地までの弊害

「すげぇ…………」

 

冥界。 そこは地獄、人間の死の先に行き着く最終地点。

未知の異世界。

おそらく、あのときリアスに助けられていなかったら魂となってここに行き着いていたであろう異界。

 

茶髪の少年、兵藤一誠は電車に揺られながらそんなことを思いながら感嘆の声を上げていた。

冥界の空を奇妙なフォルムで象られた特急電車で突っ切るさまは、初見の彼からしてみれば唖然といった感じだった。

 

「部長、ここが冥界ですか…………」

 

なんの捻りもない素直な反応に、リアスはくす、と微笑む。

 

「ええ。 ちなみに、ここはもうすでにグレモリー領よ」

「部長さんのお家…………」

 

アーシアも一誠と並んで外の風景を見る。 木々は生い茂り、大きな山、川――――自然豊かな町。

 

「部長のお家って、どれくらいの大きさなんですか?」

 

爛々と目を輝かせる一誠に、リアスが答える。

 

「そうねぇ…………日本で言うところの、本州くらいかしら」

「ほ、本州!? で、でかい…………」

 

そうなると、日本のほぼ大半を占めているということになる。 リアスの家は、有名な七十二柱の一角でもあるため裕福なのであろうが、それを差し引いたとしても驚愕ものである。

 

「でもね、日本の東京みたいに、いくつも建物が並んでいるわけではないの。 というか、ほとんど手つかずなの」

「は~、だから森や山が目立って見えるんですね」

 

そんななか、独り前の座席に座るゼノヴィアが頬杖を突いたままつぶやいていた。 一誠やリアスたちの談笑を前に、憂いの瞳を揺らしながら、遠く居るであろう想い人を思い浮かべる。

 

他人とズレているが、どこか惹かれていた、あの男の事を

 

「…………空気が優しいな。 こうしてあいつと一緒に旅行しても面白かったかもしれない」

「―――――なんだなんだ、失恋した乙女みてぇな顔しやがって、ゼノヴィア」

「む、アザゼル総督か」

 

いつの間にか、隣の席にアザゼルが居座っていた。 ゼノヴィアは窓際に寄り掛かった腕に口元を埋める。

 

「お前、そんなにあのワイルドでイケメンなサイコ野郎が好きだったのか」

「おかしいか」

 

少しいじけた態度でそっぽを向いた。

 

「おかしいね、と言いたいところだが。 まぁ他人の好みにゃ文句付けねぇよ。 ただ、辞めた方がいいと俺は思うが」

 

むっと、そのままアザゼルを睨み付けた。 動じずに睨み付けられたアザゼルは笑う。

 

「あ~、うん」

 

すぐ真剣な表情に切り替わる。 いつものおちゃらけた雰囲気は一切ない。

 

カテレアとの戦闘でも、長年育ててきた息子のような存在に牙を向けられてもいつも笑っていたアザゼルがだ。

ゼノヴィアは少し息を呑んだ。

 

「あいつはお前のことなんざなんとも思っていない。 地獄のような牢獄から出てくるための良いダシだったとしか思ってない、いや、下手すりゃ牢から出たことなんて得とも思ってねぇんじゃねぇか? 牢での生活は不自由していないようだったって、ミカエルも言ってたしなぁ」

「………………」

 

異常なほどに精神状態を保つことに長けていたのだろう。 確かに、解放の際はよくしゃべれていたし、追い詰められている状態のはずなのに、本人は少しもそう思っていなかったようにも見えた。

 

「出れてラッキー、としか思っていないぜ、ありゃ」

「ずいぶんとナインのことを悪く言うのだな。 ヴァーリ・ルシファーに関してはあまり言わないくせにして」

「まぁ…………あいつはただの悪ガキっていう感じかねぇ。 もっと戦いたいからこっちから外れたって理由にしても、俺ら大人からしてみりゃまだ可愛いもんだ」

 

アザゼルの言ったそれは、ナイン・ジルハードという男に対しての警戒レベルの高さも裏付けられた言葉だった。

 

「あいつの考えはヤバい。 テロリストなんかよりよっぽどな。

まだカテレアみたいな過激派の方が分かりやすいし、扱いやすい。 でもあいつは戦争も、平和も求めていない」

「なんだそれは」

「だぁから、俺たち大人からしてみてもあいつの目的がはっきりしてないから怖ぇんだよ」

 

生存競争、世界の真理。

どれをとっても、鮮明な目的が見えてこないのである。

 

「錬金術師の考えることはよく分からねぇよ。 それでもお前、あいつを想い続けんのか?」

「さっきからづけづけと、よくも女に対してそう聞けるな。 歳を重ねるとデリカシーが無くなるというのは本当のようだ」

 

好きな男を否定されたので不機嫌なゼノヴィア。 アザゼルは溜息を吐いて座席を立つ。

 

「まいいや――――それよりほら、そろそろ着くぞ」

「それよりってなんだよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~! どうしてよヴァーリ!」

「何度言おうとお前は美猴と行動してもらうぞ、否は無い」

 

何も無い空間に不満そうな声が響く。

背景が紫のような、黒のような、はっきりとしない謎の亜空間めいたところをナインは歩いていた。

 

通称、次元の狭間。 彼らの主な移動手段はこの空間を跨いで行くらしい。

歩きながら見回すナイン。

 

「変なところですねぇ」

「だろ? ここはいろんな意味で穴場なんだぜぃ」

 

ヴァーリと黒歌の言い合いの後ろで、ナインの呟きを美猴が拾った。

 

「ここは冥界でも、天界でもねぇ。 言ってみりゃ、この世界でたった一つの中立地帯ってとこだな」

「中立…………」

 

と言えば中立なのだろう。 セキュリティのようなものも無いし、入る際も自由なようだった。

美猴が杖を突くと、この空間の入り口が「空いた」のだ。

 

「自由なところほど危険も隣り合わせ、何かあるのでしょう?」

 

胡散臭そうに息を吐くナインを見て、美猴はカラッと笑った、指を鳴らす。

 

「さっすが勘良いねぃ。 頭も良くて勘も鋭いとか、補正付きすぎてんねぃ、ちょっと分けてくれよ」

「これくらいで大袈裟な」

 

そうでもねぇ、とナインの肩に手を回して指を立てた。

 

「そういう第六感ってのがこの謎空間じゃあ一番役に立つんだよ。 何も知らねぇでこの空間をただ漂流してたら、普通に死ぬ、つか消えちまうからなぁ」

「物騒だなぁ、わくわくしますね、ふへへ」

「お前は殺しても死ななさそうだな…………」

 

不気味にほくそ笑むナインには、さすがの美猴も引き気味である。

すると、前に居た黒歌がナインの横にくっついた。

 

「今回の仕事はあなたとは組めないみたい。 ヴァーリったら、何度言っても『ダメだ』の一点張り」

「当たり前だ。 それに、そこのヴァルキリーを任せられるのはナインしかいない。 黒歌と美猴は『引き連れる』タイプじゃないしな」

 

ヴァーリ、黒歌。 ナイン、美猴の順に、そして最後尾に不満そうに付いてくるヴァルキリー、ロスヴァイセが居たのだ。

 

「だからって二人きりにすることないじゃない」

「俺っちと行くのが嫌だってのかよ!」

「あんたじゃないにゃん! 私が言ってるのはナインとロスヴァイセのこと!」

 

ふしゃー、とまるで大好物の餌を取り上げられた猫のように毛を逆立ててロスヴァイセを睨み付ける黒歌。

するとナインは黒歌の頭に手を置いた。

 

「まぁまぁ、相性を考えた上でのこの組み合わせだ」

 

黒歌とロスヴァイセを交互に見遣る。

 

「正解なんじゃないかい?」

 

逆にナインは、黒歌とロスヴァイセを離したのが当たりの組み合わせなのだと言った。 この二人だとやたらと神経を逆撫でしそうだ。 主に黒歌がロスヴァイセに対して、だが。

 

「陽動は重要な役割であり、そしてもっとも危険な役割でもある。

見つかっても比較的上手く流せそうなのはナインだ。 そしてこちらのヴァルキリーは、もともとあちら側の者だからノーカウント。 もし逃げたとしても――――」

 

視線をロスヴァイセから、ナインに替える。

 

「そのときはもう役目は果たしたということで用済み、と。 そう思っていいんだよな、ナイン」

「まぁねぇ。 でも逆に言えば、用が済むまでは彼女には私の傍に居てもらいます」

「~~~!」

 

にやけながらロスヴァイセの肩を抱くナイン。

本当ならビンタの一発でも見舞ってもいい場面なのだが、できなかった。

 

耳元で囁かれたナインの声は、魔力を含んでいた。 生娘である彼女にとって言い様の無い僅かながらの恍惚感を感じてしまう。 敵だというのに、情けない。

 

明確な敵意の無い敵ほど、相手取り辛いものはないということだ。

 

肩を抱かれたロスヴァイセは、その中で小さくなって俯いてしまう――――頬が熱い。

 

「今度さぁ、私にも色目使ってみてよナイン」

「そんなつもりはなかったのですがね」

 

黒歌が甘えるような声音でナインにねだる。

 

遊ばれているのは分かっていたのに、何も知らない生娘であることが悔やまれる。

ロスヴァイセは、そう悔しそうに下唇を噛んでいた。

 

「なかなか着かねえな。 フツーならもう到着してて良い頃合いだろ?」

 

頭上に湯気を立たせて悔しそうにしているロスヴァイセを横目に、美猴が目を細めて次元の狭間の空間内を見渡した。

 

「そんなもんですか。 ヴァーリ?」

 

ボソリ、と。

ナインからしてみれば初めてなため距離感覚など無知に等しい。 彼にとって未知の領域だ。

次に片方の眉を吊り上げてヴァーリに振った。

 

「ああ、確かにおかしい。 もうすでに次元の壁は突破して冥界に入っているはずなんだが…………」

「ヴァーリにしては珍しいわね、道に迷ったにゃん?」

「いや、俺に限ってそんなこと――――――」

 

その瞬間、周りの空間が歪にたわみ始める。

 

「やはりおかしいのは俺たちではないようだ」

 

ヴァーリの横で、少し険しい表情で足元を見つめるナインは、身を屈めて手を這わせる――――無表情でその場の全員に宣告した。

 

「足場も不安定になってきていますねぇ、なにかのトラブル?」

「いや、この感覚は前にも味わったことがある――――!」

「ふむ…………」

 

ぐわんぐわん、と本格的に変異していく次元の狭間。 先ほどまで正常に付いていた全員の足元を掬いはじめた。

まるで宇宙空間のように足場のコントロールどころか体も自由に動かせなくなる。

 

「きゃッ!」

「おっと」

 

ふわりと、ロスヴァイセがナインの両肩に掴まるように体を預けてくる。 重力に逆らって突然反転し始めた態勢に耐えきれずに咄嗟に。

咄嗟に彼女の細い腰を支えたナインはぶっきら棒な口ぶりで彼女に呼びかける。

 

「だいじょーぶー?」

「ちょっ、触らないでください!」

 

ハッと気づいた彼女はナインの肩を押し返した。

 

「おわっととと。 いきなり押さないでくださいよ。 それに、そりゃあなたがくっついて来たんでしょ。 言いがかりはよしなさい」

「あ、ごめ…………んなさい――――きゃぁっ!」

「まったく言わんことではない」

 

押し返したことでさらに態勢が浮き崩れるロスヴァイセの腕を、ナインは強く引いた。

 

「あ…………」

 

すっぽりと胸に収まったロスヴァイセは、変な気持ちが芽生え始める。

敵とこんなことをしているという背徳感。 男性特有の逞しい体に、彼女を再び赤面させた。

 

恥を感じているのに――――同時に湧き上がる充足感との二律背反

 

優男のような容姿をしているのに、いざ全身でそれを感じてみると男性の肉体というものを思い知らされる。

やはり未経験はネックだと、自分に叱咤しながらも「女」としての心地良さを感じてしまっていた。

 

「あららららら~? ロスヴァイセぇ~、あなたこんな状況なのになに気持ち良さそうな顔してるのにゃあ?」

 

逆さになりながら黒歌は意地悪な笑みを彼女に向けた。 それにしても他人のことを言える台詞ではない黒歌。

 

「そんな顔できるんだぁ。 いまのあなた、かなりエロいわよ?」

「えぇっ! そ、そんなはしたない!」

 

慌てて見上げると、無表情に見つめてくるナイン。 「なんですか?」という言葉もやはり無表情。

そして黒歌は肩を竦める。

 

「ま、ナイン相手じゃ仕方無いわよねー。 やっぱり身も心も処女じゃ、自分のレベルの高さも測れないかにゃー」

「わ、わたす――――私だって、人並みの恋はしてみたいとは思っています!」

「…………わたす?」

「わ・た・し! いちいち拾わないでください、はぐれ悪魔!」

「かっちーんと来たにゃー」

 

むっと、黒歌がロスヴァイセを睨む。

 

「言っておくけど、私もうはぐれてないから」

「どこが! いまだってテロリストになんて入っていて――――」

「心はもうはぐれてないってことにゃん!」

 

ロスヴァイセが固まった。 やれやれと息を吐くナインは肩を竦める。

 

「い、い、意味が分かりません!」

「これだから恋愛処女は! ふしゃー!」

 

猫のように威嚇する黒歌。 …………猫だったか。

いつもは軽く流せる大人の女の雰囲気を持つ黒歌だが、今回は大人気ないと言われても仕方ないほどロスヴァイセに文字通り牙を剥いていた。

 

――――近くにいたら私だって、どさくさ紛れにナインに抱きついてやるのに!

 

ロスヴァイセとは違って、不純な動機満載だった。 そして嫉妬である、もうどうしようもない。

 

「おい、コントしてる場合じゃないみたいだぜぃ」

「ええ、おかしい。 妙に周りの温度が上がった――――次元の狭間ではない、何か別のものに覆われたかのような感覚。 覆われた? 違う」

「絡め――――取られたか」

 

珍しく険しい表情のヴァーリは、美猴に大声で呼びかける。

 

「これでは完全にこの空間で孤立しかねないな…………美猴!」

「おいよ!」

「なにをするつもりですか」

 

ナインがそう聞くと、美猴は不敵に笑った――――冷や汗は拭えないのは当然だが。

 

「ここがどこだか分からないが、緊急事態だ。 一旦ここで全員、次元の狭間から脱出するんでぃ!」

「大丈夫なんですか?」

 

杖――――如意棒の先端を何とか地に付ける美猴の横で、ヴァーリはその質問に厳かに答えた。

 

「…………運による、な」

「あ、そ。 ま、いいですけどね」

「えらく冷静だな」

 

ヴァーリの問いに、未だ掴まっているロスヴァイセを見て何を思ったか――――瞑目する。

 

「それもまた一興。 慌てず、騒がず、ですよ」

「…………肝は妖怪並だな、お前は」

「北欧の主神にもそう言われました」

「くく…………なるほど。 神さまからのお墨付きなら間違いは無いだろうな」

 

如意棒が突いた箇所から穴が生じる。 緊急脱出――――。

 

「ほら、あなたはこっちだよ」

「あっ――――」

 

光が、全員を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー痛い、頭を打った…………」

 

次元空間から放り出されたナインは、打ちつけた頭を押さえながら上体を起こす。

周りを見渡すと、辺り一面が草木で囲まれた大草原だった。

 

まるで物語に出てきそうな、本当に何もない平原。 見通しが良すぎるだけに不気味な雰囲気があった。

天から照る月光もその不穏な空気を作るのに一役買っている。

 

訝しげに仕方なく立ち上がると、少し遠くに見知った姿を見付ける。

近寄って行くと、ナインはその場にしゃがみ込み、首にある動脈に手を当てる。

 

「生きていますよ…………」

「ああ、それは良かった」

 

最初から意識はあったのか、倒れていた銀髪の女性―――ロスヴァイセは自分で上体を起こした。

 

「何を拗ねているのですか」

 

口をつぐみ、その場に体育座りをして佇む彼女はそのまま腕に顔を埋めた。

 

「オーディンさまのお付きであなたたちを討伐しに来て、失敗して。 おまけに捕虜になって、いまはこんな意味の分からないところで二人取り残される――――最近の私、物凄く惨めです…………」

「…………」

 

両手をポケットに入れたまま、ナインはロスヴァイセから視線を変えて大草原を仰ぎ見る。

後ろで束ねた長い黒髪が揺れて肩に乗る。 風が、強い。

 

「まぁ、確かにとんだ間抜けではありますが」

「――――っ」

 

キッと、ナインを睨み付けるロスヴァイセ。 しかしすぐに弱々しく涙腺が緩み始めた。

 

「オーディンさまは、私が弱いから置き去りにしたのでしょうか…………」

「さてね」

「私、オーディンさまの護衛を務めるようになったのはごく最近からなんです。

もとの職場では、ひっそりと仕事をこなしていたので…………」

 

ヴァルハラの仕事事情を話されてもナインからしてみれば知ったことではないが。 仮にも北欧神話から、そういった「仕事」、「職場」などの単語が出てくると妙な親近感が湧いてくるだろう。

 

「では、あなたはオーディンさんに抜擢されたのか」

「そうなります」

 

ほう、とナインは初めてロスヴァイセに「関心」を覚えた。

ハントされたということか、とナインは彼女の意外な有能さを感じ取る。

 

「ヴァルハラの仕事は知りませんが、仮にも主神という肩書を持つ人からお呼びがかかるのは大変素晴らしいことなんじゃないの?」

「でも、私は期待外れだったのでしょう」

「なんで?」

 

顔を上げたロスヴァイセは、ナインを見詰めた。

 

「あなたたちに負けて…………置き去りにされました」

 

沈黙。 再び顔を埋めてしまう彼女は、さめざめと泣き始める。

そんな彼女に、ナインは横に座る。

 

「あなたって、私より年上のくせにこらえ性がないですね」

「そんな言い方って…………」

「要はあなた、一度出世したからそれで満足してしまったんでしょう。 そう思っていなくても」

 

言い放つと、震えていた体がロスヴァイセから消え去った。

 

「もともとの職場というのもそうだ。 あなたは現状維持に努めて変化の無い毎日を過ごしていたんでしょう。 そしてあなたも、それはそれで良かったと思っている。

しかしオーディンさんにお声がかかりラッキー、と……これは言い過ぎですが。

そこからあなたはまた現状維持に走ってしまった――――政治で言えば保守派か。

どこにいっても受け身だ、これじゃ精神的な成長は見込めない。 だからあなたはいま、『そんなこと』で涙を流す――――引き上げてくれる人がいなければなにもできない」

「あなたに、ヴァルハラの何がわかるんですか…………」

「知らないよそんなのは。 あなたがめそめそするから発破をかけたんじゃないですか」

「いまの、発破だったんですか?」

 

信じられないという風にナインを見るロスヴァイセ。 口を半開きに、そして次の瞬間捲し立てる。

 

「あ、あんなにボロクソ言われて奮い立つ人なんてそうそう居ません!」

「そうですか?」

「大抵の人は折れた心が更に折れ曲がって…………あなたいつか恨まれますよ?」

「かかってきなさい」

「天然ですか!」

 

くっく、と笑いながら構えを取るナイン。 つくづく思うが、この男はサディストの気でもあるのかと思うほど辛辣な物言いを好む。

 

「でも…………元気づけようとしてくれたんですか」

「ご想像に任せますが…………そういえば黒歌さんも私を皮肉屋と罵りますね、本音を言っているだけなんだけどなぁ」

「ほら、やっぱり他の所でもそう思われてるんじゃないですか」

 

先ほどよりも遥かに口数が多くなったロスヴァイセは、次に、いつの間にか止まっていた涙に気付く。

 

「でも、ありがとう…………」

「別に」

 

ナインは、自分が立ち上がるとロスヴァイセにも手を差し伸べる。 黒歌がその場に居たら間違いなく歯ぎしりしているであろう状況だが、彼女は嬉しそうにナインの差し伸べられた手に掴まった。

 

「あなたは、どうしてテロリストになんて入ったのですか? 人柄はこんなにいいのに」

 

引き上げられたロスヴァイセが、そう正面からナインに質問する。

完全に間違った解釈であるが(・・・・・・・・・・・・・)

 

すると、ナインはその質問に呆れたように、しかし笑いながら答えた。

 

「あなたは本当に躊躇いなくそういうことを聞くんですねぇ」

「あ、気に障ったのなら謝ります、ごめん…………なさい」

 

しゅんと肩を落とす彼女に、ナインは鼻で笑った。 浮き沈みが激しい面白い人だなぁ、と。

 

「普通の人なら、の話だ。 私は気にしていない」

 

そうですねぇ、とナインは顎に手をやり考える。

考えるとは言っても、もう何度もした覚えのあるやり取りだ。 確かにロスヴァイセに話聞かせるのは初めてだが、同じセリフを吐く身にもなって欲しい。

 

己が錬金術のこと、世界の真理、生存競争。 黒歌や一誠たちに次いで、「自分のしたいこと」を彼女にも話してみようと口を開いた――――そのときだった。

 

「彼は爆弾狂で、世界という(ふるい)にすべてを掛け、生き残り合戦を見て楽しむサイコパスだ」

 

言おうとしたことを遮られたナイン。 しかし、怒りもせず、ただ声のした方へと体と視線を向けた。

 

黒い漢服を羽織った、ナインよりも少し年上に見える青年が、同じように草原のど真ん中に立っていた。

その後ろにも確認できる人、人、人。 

 

「まぁそれだけ聞けばただ舞台を見て楽しむだけの観覧者だろうけど、この説明にはまだ続きがあってね」

「…………まさか……そんな。 こ、この波動は……!」

 

ロスヴァイセが狼狽する。

 

青年の肩に置かれた大槍の荘厳さたるや。 言い様の無い神聖な気の波が、空気をも伝播してロスヴァイセに響き渡る。

あれは……あの槍は、この世でたった唯一の…………。

 

神聖、崇拝、信仰、ナインにとっては取るに足らないものゆえに、あの槍の神々しさは感じ取れない。

青年が続ける。

 

「世界という篩の中に自分自身をも投入する男だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、Mr.クリムゾン」

 

月光に照らされてその者たちの姿が鮮明に現れ始める。

ナインとロスヴァイセの前に現れたのは、個々に風情がある格好をした集団だった。

 

黒の漢服青年の後ろに五人、その独特な雰囲気で堂々と立っている。

 

「…………」

 

静かにその五人を見回すナイン。 意にも介していないが、自らも見えぬ圧力を放出して彼らの圧に対抗していた。

六人とも尋常ではない空気を発している。 いままで対峙した人間とは比肩できない。

 

「どうやら、白龍皇と彼を引き離す事は”だいたい”成功したようだね」

 

知的そうな口ぶりで言うのは、黒いローブを羽織った、これまた若そうな青年だった。

なぜか、その場所だけ濃い霧が散布されていて微かにしか姿を捉えられない。

 

「いいじゃねぇか、だいいち俺は反対だったんだ。 紅蓮の錬金術師だか仲間殺しだか知らねぇが、ただの人間がたった一人で俺たちにふくろ(・・・)にされるんだ、可哀そうだぜ」

 

見下すように、およそ気品の欠片もない言葉でナインを評価するのは筋肉質の大男。 いかにも力技が似合いそうな男の体は、鍛えられたというよりも、それは天性のものに感じるほどひどく出来上がり過ぎていた。

 

「へぇ、彼が元教会の…………」

「わぁ、髪逆立ってるし目つきも悪い。 私は可愛い子の方が好みかな、男も女も」

 

白髪の優男が薄笑いで、金髪碧眼の美麗な女性も漢服と並ぶ。

 

「…………」

 

寡黙な少年も、他の五人には隠れているもののその存在感は気のせいではない。

 

「で?」

 

ナインもその六人に乗じて口元を笑ませた。

 

「”Mr.クリムゾン”? 変なの」

「俺たちの中での、キミの呼び名、異名さ。 もっとも、ローカルの域は出ないけど」

 

トントンと、肩にその槍を弄びながら苦笑してそう言った。 すると、今度は器用に回してナインに槍の切っ先を向ける。

 

「突然で悪いが、俺たちと戦ってもらうよ。 白龍皇とクリムゾン――――ヴァーリがキミと組んだ状態のヴァーリチームと総力戦は避けたかったのもあってね。 単独のキミと矛を交えたいと思って少々強引に事を運ばせてもらった」

 

チラリと、横目で銀髪の――――ロスヴァイセを見た。

 

「そこの麗しい戦乙女は、君の愛人か恋人かなんかかい?」

「な―――――」

 

赤面する。 みるみるうちに顔をリンゴのように赤くして、ロスヴァイセは目を回す。

 

「そ、そそそそそんな…………」

「いやぁ、違うけど、なんで?」

 

ナインが首を傾げると、青年は違うの、と逆に疑問を抱くような表情で返した。

 

「キミを引き離すとき、キミに触れていた物は全部こっちに来てしまう仕様でね。 それで、そこの彼女が強制転移の際にくっついていたと推測すると…………」

「ああ、それで。 ですが残念、私と彼女はそんな仲ではない。 彼女も私を嫌っているしねぇ」

「そうか、悪かったね、邪推だったか」

 

むすーっとするロスヴァイセ。

 

「そうはっきり言われると…………ふんっ」

「それで、あなたたちは?」

 

青年は、ナインにそう聞かれると改めて不敵に笑った。

 

「俺は曹操」

「ふーん、そういうのもいるのかい。 世の中広いなぁ、ふへへ…………」

「そして――――」

 

薄笑った――――直後、横合いから疾風の如き拳が飛んできた。

その挙動に気付けたのは、他ならぬその拳の風を切る鬼気迫る音のおかげだった。

 

「む」

「ッハッハハ!」

 

飛んで、跳んで、後ろに跳んで距離を取る。 会話を遮られたナインは少し不機嫌そうにその拳の主を見遣る。

 

「ハハハァっ! 避けたか、やるねぇ」

 

筋肉質の大男は、一番槍と言わんばかりにナインに躍りかかっていたのだ。 大きい癖に、中々速い。

 

「俺の名はヘラクレス!」

 

そう高らかに名乗り上げる。

ヘラクレス――――十二の試練を乗り越え、ギリシャの英雄となって神話にも語り継がれることになった――――

 

「ヘラクレス…………また始まった」

 

曹操が片手で顔を覆って息を吐く。

 

「オリジナル…………の種ということですか?」

 

今度はヘラクレスが不機嫌そうに手を振った。

 

「種って言うなぁ! 子孫だ! 舐めてんのか科学者風情がよぉ!」

「大して変わらないんじゃない?」

「変わるわ!」

 

鼻息を荒くして怒るヘラクレスに、ナインは鼻で笑う。

そういうことか、この集まりはつまりそういうことで。 各国の英雄の血筋が集結した異色の集団というわけか。

 

「あなたたちは、『禍の団(カオス・ブリゲード)』?」

「その通り」

 

あっさりと肯定するヘラクレス。 以前、ヴァーリからもこの組織には幾つもの派閥が存在することを聞かされた。

これもその一派ということになる。 旧魔王派、ヴァーリチーム、そして、

 

「英雄派! それが俺たちのチームの名だ。 行くぜひょろひょろ研究員さんよぉ!」

「なるほど」

 

空高く跳び上がるヘラクレス。 重力と、その肉体の重量を利用した拳撃。

その大砲は、ヘラクレスという砲台を得て地上に佇むナインに狙い定める。

 

「わりぃけど、正直言って俺はお前に眼中にねぇ! 曹操の野郎たちは噂だけで判断し過ぎなんだよなぁ――――だからここで瞬殺すりゃ、あいつらの目も覚めるってことだからよ」

 

落ちてくる――――大砲。

 

「文字通り、すぐにぶち壊してやる」

 

すると、何を思ったか、無造作に地面に両手を付くナイン。 辺り一面の大草原のなか跪いていた。

草原越しに、柔らかい土で張られた地面を錬金術で解析して綿密に錬成を開始する。

 

両の手に傷跡のごとく彫られた、”爆破”にのみ特化した凶悪な錬成陣が発動する。

恍惚とした表情で、手に付いた地面を体の芯に味わわせる。

 

「柔らかい土だ…………」

 

静かなる錬成。 地面の中で行われた錬金術は、迫り来るヘラクレスには知る由もないが。

 

立ち上がり、再び今度は自身に錬成を成す。 錬金術技『錬気』によって己の肉体の強度を鋼鉄の硬さにまで引き上げる。 祈りの構え――――両の手を合わせることで、それは作動できるのだ。

 

しかし祈るのは神に、ではない。 自分自身に、そして自分自身への可能性に祈りを捧げるのだ。 当然だ、そうやって生きて来たのだから。

 

『現実を歪める幻想』

 

かつて北欧の主神はそう言った。 なら、いままで爆発の技、そして業のみを追い求め背負ってきたナインには十分すぎるほど条件は揃っている。

 

目を見開いた、刹那。

 

「おらっぁぁぁぁ! 死ねや!」

 

――――大砲を受け止めようとしたナインに、着弾とともに大爆撃が巻き起こる。

あろうことか、ヘラクレスも同類(・・)だったとは。 予想外ではある。

 

なにかの能力か? いやむしろ、英雄の血筋であるのなら、ナインからしてみればさほど気にならないし、おかしいことではない。

 

塵と埃が巻き起こり、視界が悪くなる。 爆風による衝撃の大きさを骨の髄まで感じ取ったロスヴァイセは、息を呑んだ。

 

「ナインさん!」

 

あんな爆発、耐えられるべくもない。 いくらナインが爆発好きの問題嗜好な男でも、こんなものを直に受けたらただでは済まない。

悲痛な声で、ロスヴァイセは爆発の中に一生懸命ナインの気を探る。

 

「やぁ」

「な、んだとぉ…………!」

 

足を地面にしっかりと噛ませ、ヘラクレスの爆発の剛撃を完全に止めていた。

右拳を包み込み、もう片手はその腕を掴み止める。 ヘラクレスの表情が余裕から苛立ちに変化した。

 

「なんだって…………そんな細っけぇ体で…………腕で! 俺の『巨人の悪戯(バリアント・デトネイション)』を止められる!」

 

苛立ちとともに、次いでヘラクレスのもう片方の拳が至近距離でナインに炸裂した。

さらに地面に足がめり込む。

 

「なにっこれも止めんのか…………!?」

 

しかし、腕を交差させる形になったものの、瞬時にヘラクレスの左拳をも受け切る。

 

「かってぇな、なんだこりゃ…………てめぇ、なんかやりやがったな…………!?」

「こうでもしなきゃ、とてつもない破壊力と攻撃力を持つ者たちとはまともに立ち合えないのです。 難儀なんだよ、私もさぁ」

 

余裕そうな笑みで言われたのが癇に障ったヘラクレスは、苛立った顔をさらに引きつらせてナインを見た。

 

「ふざけやがって…………神器も持たねえ人間が………………選ばれなかった人間の癖に…………!」

「選ばれたくも無いよ」

「―――――!」

 

自由に生きたい、誰にも縛られないことを望む男は、顔を歪ませるギリシャの英雄に決定的ななにかを叩き付けた。

 

「一から作り上げるのが人生というものです。 最初から積み上がっているものに価値なんてないでしょう」

 

そんなものはね、爆弾で全部吹き飛ばしてリセットするんだよ。

先ほどの不敵な笑みを浮かべた英雄派のメンバーを凌ぐ凶悪な笑みが、ナインから零れた。

 

冥界に行く途中入った邪魔だが、それだけだ、と。 ナインは当初の目的をしっかりと果たすべく、無粋な邪魔者の処理を始めるのだった。




評価、感想受け付けます。

ジャンヌって、どんな容姿なんだろ。 あ、そうか、Fateの回想で出て来たようなのを想像すればいいのか!

と、バカなことを考えていた作者です。
原作の英雄派は実際に挿絵があったのは、曹操と霧の人だけだったからね、仕方ないね。

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