紅蓮の男 作:人間花火
善戦虚しく敗北を喫したナインと黒歌。
黒歌は重傷のナインを仙術で治療すべく手を施した。
そして、ナインが完治したいま、休む間もなくヴァーリは次の目的を考え付いていた】
長く、艶の入った黒髪をいつもの髪型に縛っていく。
豊満な胸を曝け出したままベッドの上で身だしなみを整える黒歌は、背中合わせで座るナインの二の腕を肘で小突いた。
「具合どう?」
「問題はありませんよ。 あなたのおかげでね」
黒歌の仙術によって傷も癒え疲労も回復したナインはニヒルに笑う。
お互いの体同士を密着させ共感して治療する特殊な方法は、絶大な効果を出した。
「~♪」
同時に、黒歌にとっても絶大な報酬だったのだろう。 舌で自分の唇を濡らした黒歌は、後ろのナインに寄り掛かる。
「役得だったわねぇ」
「なにが」
「なにってそりゃ、ナインの躰に触れたからに決まってるじゃない」
「おっさんですかあなたは…………」
はぁ、と溜息を吐くナイン。 しかしすぐに口角を上げてベッドから離れた。
ナインという支えを失った黒歌はころんとベッドに転がった。
「にゃんっ…………もうちょっとこのままでいてもいいじゃないのー」
「十分寛いだでしょう、これ以上は時間の無駄だ」
「ぶー」
「先ほどの行為といい、あなたは少し性に関して軽薄すぎると思うのですがね」
「あなたがそれを言うの? 私の躰に興味も示さなかったあなたが?」
ジト目でナインを見上げる。
房中術と称した治療は、黒歌による、性に無関心なナインの矯正も目的としていた。
もちろん治療も第一だったが、本人の同意がなければあのような過剰とも言えるボディタッチはできなかった。
まぁ、結果としては失敗だったが、黒歌にとってあのキスはかなりのプラスになり、日ごろのストレスを一気に吹き飛ばしたと言える。
いつもの黒いタンクトップを着ると、髪を掻き上げた。
だが、ナインはそこで何かが足りないことに気づく――――掻き上げた手でそのまま後ろ髪を数本つまみ上げた。
「ちょっと、黒歌さん」
「にゃはは~」
ナインの長い黒髪を後ろで縛るための髪留めは、黒歌の見事な胸の谷間に収まってしまっていた。
舌打ちとともにナインは、黒歌の谷間に手を突っ込む。 普通ならば狼狽えるが、躊躇が無いところを見るとやはりこの男の性感覚はどこか大幅にズレていると言えよう。
だが、それももう経験済み。 この男が男として機能していないことは、黒歌も承知だ。
突っ込まれる前に、素早く髪留めをさらに谷間の奥深くまで落とし込んでしまったのだ。
「あなたねぇ…………」
「ふふん、そう簡単には返してなんかあげないにゃーん」
「目的はなんですか、まったく」
「ちょっと話聞いてよ~、いま私すっごく楽しいんだからぁ…………にゃん♪」
両手を招き猫のように動かしてウインクする。
「面倒な」
「そう言わずに、ね」
ぐい、と立ち上がったナインを再度ベッドに引き戻す。 無表情で転がるナインに、黒歌は顔を近づけた。
頬に手をやり、撫でた。
「あの娘もこの娘も大好きな……あなたの唇に私だけが触れることができたんだからぁ」
耳元で、囁く。
「――――――気持ち良かったっ」
「…………優越感か、あなたも俗な人だよ」
言われ、口をへの字にする。
「俗で結構。 あなたやヴァーリみたいに強者と戦いたいとか、生存競争についての世界の真理とか、そういうのは猫又の私にとってはどーでもいーの」
人差し指をもう片方の握り拳に入れた。 妖艶に、淫猥に微笑んだ。
「ひたすらいい男探し。 強くてかっこ良くて、でも誘惑しても全っ然振り向かない男を振り向かせたいの。 知ってるかしら? 猫又って、気に入った異性を拐って食べちゃうの」
今度は、流し目とは違う。 睨むような視線。
威嚇という意図は無い、だが、明らかにその細めた瞳からは獲物を狙う強い思念を感じる。
「…………ねぇ、初めてあなたと行動するようになってから思ってたんだけど」
「うん?」
「どうしてナインって―――――私のことを何も聞かないの?」
唐突に質問を投げる黒歌。 ナインは表情を崩さずに耳だけ彼女に傾けた。
SS級のはぐれ悪魔。 これだ、確かにナインの持つ黒歌の情報などこれ以外持ち合わせない。
しかもそれは、教会で知らされていた、「高いレベルのはぐれ悪魔」であるから耳に入っていたという事で、ナインが自発的に調べた経歴ではない。
対して黒歌は、ヴァーリや他の仲間を通してナイン・ジルハードという人間をある程度のことは聞いていた。
爆弾狂のサイコパス。 しかしその快楽主義的なものの中に、理知的で且つ冷徹な部分が存在することも。
「おかしなことを言いますね」
短く、嘲笑するように口を緩ませてナインは言った。
「他人の過去になど、興味が微塵も湧かない」
「………………!」
冷徹な瞳でそう言った。
「人間っていうのはそういうものだ。 関係あろうがなかろうがね…………もしそれであなたのことを知りたいと言い出す者がいたのなら――――ああそれは、きっとあなたに好意を持っているということだ」
つまり、
「私はあなたのことを気に入ってはいますが、別に深く踏み入りたいと思うほど物好きじゃない。
私はね、会った人間のことは会ったその時に人種を判別するようにしているのですよ。 過ぎ去ったものには触れない、触れるべきではない」
その人となりを知るにはその人の傍にいることで知ることができるという。 わざわざ聞き出すような真似をするから、色々な過去に惑わされる。 結果、本当の「中身」を知れない。
過去にもその人の中身はあるだろうが、それは抜け殻に過ぎない。 ナインはそう説く。
「…………じゃあ」
「………………」
片目を瞑ったナインに、黒歌はにやりと、
「”私”が聞いて欲しいこと、ならいい? まぁ、嫌だって言われたらそれでおしまいにゃんだけどねー」
「いいですよ」
「早っ! いいの? 言っといてなんだけど、すっごい面倒くさいわよ?」
「聞くだけならね。 それであなたの気が少しでも晴れるなら、何となりと吐き出せばよろしい」
◇
「傷は癒えたようだな、紅蓮の」
黒いジャケットを着た銀髪の少年が、部屋から出て来た冷たい瞳の男に向かってそう言った。
その冷たい瞳の男――――ナインは、まぁねと短く笑う。
「ヴァーリ、美猴の奴は?」
ナインの後に続いて出て来た黒歌。 キョロキョロと辺りを見回す。
「ああ、あいつならリビングでテレビを見ているぞ。 隙あらば……といった様子だったが、俺の目を気にして諦めたよ」
ああやっぱり、と呆れたように黒歌は溜息。
「あのお猿さん、ホント悪戯好きよね。 空気ってものを読めないにゃん」
「それで、ナインはあの様子だが、実際上手くいったのか?」
すると黒歌は不敵に笑ってヴァーリを流し目で見つめた。
「ちょーっと危なかったけどね。 でも、もう大丈夫よ」
「…………それは良かった。 だが黒歌、先ほどから思っていたが、お前の顔色がさっきより良くなってないか?」
怪訝そうにヴァーリはそう訊く。
戦いや殺し合いにしか興味の無い彼でも解るほどだ、よほどの変わり様なのだろう。
重傷を負ったナインを抱えていた時の彼女の真っ青な顔を見た後だから尚更そう感じた。
――――肌には艶が出て、声は弾んでいた。 それほどまでにナインを治せたのが安心したのか。
少なくとも、ヴァーリはそう思っていた。
何やら嬉しそうな黒歌は、ナインのいるリビングへと向かっていった。
「やはり、仙術は色々なことに役立つらしい…………少し考えてみるか」
◇
リビング。 テレビに向かって笑い転げている美猴を横目に、ナインはソファーに腰かける。
気配に気づいた美猴が、首だけ振り向いて嫌な笑みを浮かべて言った。
「お、色男がお戻りかぃ。 黒歌の仙術治療はどうだったよ?」
「別に」
「またまたぁ」
「―――――お猿さん、あなたデリカシーが皆無よね。 いまに始まったことじゃないけど」
扉の前に、不躾なことを聞いていた美猴を非難する黒歌が立っていた。
腕を組んでむっとしている。
美猴の行動は確かに女性からしてみれば敬遠されてもおかしくないが、如何せん、快活に笑いながら話すので含みが無い分彼も純粋なのだろう。
「下品なお猿さん。 ナインもなんか言ってよー、私たちの情事が笑いもののさらし者になってるのにっ」
「まぁいいじゃないの。 事実、私は襲われたんだしねー」
相変わらずの低い声音でせせら笑う。
腕を組んだまま溜息を吐いた黒歌。 しかしすぐに「ま、いいけど」と開き直ってナインの後ろのソファーに両手を突いた。 そのまま這うように彼の肩に手を置く。
「隠す事じゃないし」
「ま、おれっちも別に気にしねぇよっと」
「じゃあなんで覗こうとしてたのよ」
「おいおい、そら無粋だぜ。 男の本能だぜぃ、覗くなって言われたら覗きたくなるのがそれよ」
「くっく…………さすがのイエローモンキー、欲望に忠実に生きている、好きですよその性格」
「当たり前だぃ、じゃなかったらテロリストになんざ名を連ねちゃいねぇよ」
自由な生き方を好む闘戦勝仏の末裔、美猴。
黒歌の話によれば、先代孫悟空の目を盗んでこのようなならず者集団に成り下がったのだという。
自由奔放さは言い伝え通りだろう。
「つーか、イエローモンキーってどういう意味でぃ!」
「黄色い劣等――――欲に塗れた猿の意――――主に東洋人に向かって吐かれる蔑称です。 まぁ、昔のことですがね」
「…………完全にケンカ売ってきてるよな、これ」
「そうなると私も該当するのかにゃー? も一回襲われてみる、ナイン? 今度はキスだけじゃ済まさないから」
「おっとと、それは勘弁を。 まぁ、仲良くやりましょうよ、抑えて抑えて」
お前が煽ったんだろぃ! と美猴。 黒歌はむっとしてナインを見るが、すぐに熱い視線に変わった。
先ほど部屋で話した自分の過ぎ去った物語――――ナインの反応はひどく淡泊だったが、それだけに返答が的を射ていた。
◇
『私ね、妹が居たの。 ほら、冥界の…………リアス・グレモリーっているでしょ?』
背中合わせで座る二人。 黒歌だけ両手をベッドに突いてナインに寄り掛かり、本人は足を組んでいる状態だった。
『あの子、いまあの女の眷属なんだ。
『…………』
『その子ね、「白音」っていうの。 数年前まで、私と同じ、別の上級悪魔の眷属だったんだけどね…………』
自分なりに勇気を出した結果が、これだ。 体が震える。
この身に受けてきた屈辱と、妹という唯一無二の存在を守らねばという義務感に板挟みにされていた日々。
逃げ場は無かった。 拭う事の出来ないトラウマは、いまの彼女とは正反対の真っ暗闇の過去だろう。
逆に考えれば、そんな過去があったからこそ、いまはその反動で開放的になっているのかもしれない。
ナインは腕を組むもなお沈黙。
『でね…………私、色々あって嫌になって――――そいつ殺して出て来たの』
かなり端折りがあったが、ここまでしか言えなかった。 一生記憶の片隅に押し込んでおきたいものだからだ。
にも拘らず、ナインにそれを話す気になったのは、他人とは違う答えを欲しがっていたからに他ならない。
『肝心の理由が分からない分、あなたの過去話に味が無くなってしまいましたが…………』
『味って…………あなたねぇ。 言っておくけど、ギャグじゃないからね? 何を期待してるんだか…………』
苦笑いだが、力無い。 しかしそんな、ベッドの上で自分の両膝を抱く黒歌を、目を瞑ってナインは肩を揺らした。
『嫌だったなら良かったんだよ、それは』
『でも、私がそんなことして出てったせいで、妹が…………白音が向こうで罪に問われて……私、何もできなくて、暴走して…………』
仙術の過剰使役による暴走。 彼女は気を高めすぎた結果、理性を失い、本当に生き物を拐って喰ってしまうような化け猫に成り下がった。
『別に、殺したのはそいつ一人だったけど…………』
『殺さなければならなかったのだ。 仕方ないじゃないですか』
後ろでナインが笑みを浮かべたのが、黒歌には解った。 目を見開いてハッとする。
『では、嫌でしょうが一つの仮定として考えてみましょう。
もし殺さなければどうなっていたんだい? くく…………その上級悪魔がどれほどに外道だったかは知らないですが、息苦しい人生を歩むことになっていたでしょうよ。
あなたはそれで聡い女だ、殺したいと思うほどに嫌な悪魔だったんでしょう? 殺さなければ自由になれないと。 ならそれはきっと正解だった――――妹さんを見捨てたのも、きっと正解だったのだ』
『……っ!』
その瞬間、黒歌はナインの胸倉を掴んで引き倒した。
『アンタはっアンタ、はっ…………』
体が勝手に動いた、妹を見捨てたことが最善だったとのたまうこの悪魔のような人間、冗談であろうと許せない。
だが、そんなことになっても膝を首に押し付けられているナインは彼女を見上げて笑う。
『ふっははははっ…………何を怒ることがあるのです。 まだまだひよ子だったその時のあなたに、そのときにやれることはあったんですか?』
『そういう問題じゃないんだけど』
『感情などは捨て置けよはぐれ悪魔。 あまり人間臭く生きてると損しかしないですよ。 美しくはありますが…………』
直後、ナインは目を開いた。 黒歌の膝を片手で抑え、自由な方の足で彼女の首に引っかけ絡め取る。
視界が……反転する――――
『ぐっ…………』
瞬く間に、立場が逆転した。 いままで、いや、さっきまでされるがままだったあのナインが、いまは不気味な笑みを浮かべて黒歌の耳元で囁いた。
『あなたそれで自由に生きて来たんでしょう? 今更なにを被害者ぶる…………殺したんでしょう? じゃあ引き返せないじゃないですか。 ならいっそのこと落ちるところまで堕ちるのだ、私のように! そんなに過去に未練があるのならいまここで死ね。 なんなら手伝いましょうか』
黒歌の肩を掴むナインの両手に力が篭る。
爬虫類のごとく裂けた口から出た言葉は、確実に彼女を心底青ざめさせた。
『…………!』
この男は本気だ。 この男ならやるだろう。
黒歌はこのとき本能的に恐怖を感じた。 あのときの上級悪魔とは違う、瞬間的な死の恐怖だ。
目が潰れてしまうのではないかと思うほどバチっと閉じる。 水滴が…………散った。
『過去に未練を持つのは生き物の性です。 そして、あなたに罪は無かった。
なのにそういうネガティブな人は、長生きできませんよ』
目をゆっくりと開けると、視界に入ったのは部屋の蛍光灯だった。
バッと起きる。 すでに赤いスーツを羽織ったナインの後ろ姿を見付ける。
『強ければ誰も文句は言わない。 弱者に口無し』
『………………』
それは、戦いがというわけでは無いことは、黒歌にも解った。
気持ちを確かに持ち、進もうと。 振り返ってばかりでは何も得られない、進めない。
『さすがのあなたでも、後ろ向きで進めるほど器用ではないでしょう。 私はそうやって生きてきました――――もう、私に会う前からずーっと悩んで悔やんで来たんでしょう? いまさら掘り返してどうするんです。 前へ進むのだ』
扉が閉まり、黒歌はベッドに仰向けに倒れ込む。 額に浮かぶ嫌な汗を腕で拭って、もう一度扉に目を向ける
。
『完全に圧倒された…………あれが10代のする目なの?』
そして、いつの間にか抜き取られていた、ナインの髪留め。
『…………もうちょっと大きければ抜かれなかったかにゃー』
乳房を持ち上げて、苦笑いしたのだった。
◇
「やっぱり私、ナインみたいな年下好みだわぁ…………」
「黒歌さんって、悪趣味ですよねぇ」
意志を曲げない心というのは美しく逞しい。 この男の場合、行き過ぎが難点だが。
他人に合わせられないと言う事は、もっぱら個人戦でしか実力を発揮できないということだ。
集団戦においてはナインは無能に等しいのだろう。
隣には、誰も居ない。
しかし、他者を無視することで極限にまで引き絞られたナインの求道は、戦闘面にも著しく反映される。
女などいらない、金などいらない、
「おい黒歌、ちっとは自重しろや」
「やーだー、お猿さんってば恥ずかしがっちゃってぇ。 もしかして、妬いてるの?」
「アホか、場所を弁えろって言ってんだぃ」
後ろから座るナインの首に腕を回す黒歌。 ナインの頭に鼻を押し付け、胸いっぱいに吸い込んだ。
そこに、ヴァーリが部屋に入って来る。
「次の行動方針が決まった。 今回は戦闘が目的じゃないから俺は行かんが」
「用件言う前に役割放棄するなし」
つか、俺最近ツッコミ多くね? と美猴。 そんな彼の言葉も無視される。
「次の目的地は――――冥界だ」
「また珍しいところに行くねぃ」
「へぇ…………」
「…………」
四人の魔王が統括する遥か彼方の地の異世界。
しかし、今回戦闘が目的ではないのなら何のために行くのだろうか。
ナインは両腕を広げてソファーの背もたれに寄り掛かる。
「やれやれ冥界です、か。 なるべくグレモリーのお嬢さんには会いたくありませんねぇ」
「なんでよ」
「ゼノヴィアさんと紫藤さんがいるからです」
あら意外、と黒歌は悪戯な笑みを浮かべた。 ナインでも苦手な相手がいるということか。
「それ以外のグレモリー眷属にはなんの思い入れも無いし興味も無いですが。
ことあの二人については接触は免れたい」
「裏切った手前、って奴か?」
美猴の言葉に、ナインは即答で首を横に振った。
「まさか。 ただ、彼女たちが、私とはまだやり直せると思っているところに懸念がある。 おまけに、別れの前で『諦めない』と豪語していた。 何に諦めないのか私にはさっぱりですが、彼女たちには明らかに強い意志を感じましてね。 会ったら会ったで面倒くさいんだよ」
「うっわ、ナインひどいにゃー。 あんな美少女二人も掴まえて面倒くさいとか」
肩を揺らす黒歌。 ここですでに、自分はナインには鬱陶しがられていないと自負しているのだ。
事実、先ほどから首に巻き付かせている腕を振り払われていない。
ヴァーリは短く笑うと、ナインに一枚の写真を飛ばす。
二本指でそれを受け取ると、首を傾げた。 しかしすぐにその写真を鼻で笑い飛ばして後ろの黒歌に見せる。
「…………そう」
なになに? と興味津々に写真を覗いた黒歌だったが、それも一変した。
哀れむような、優しいような瞳を写真に向けて、もう一度、今度はより一層強くナインの首筋に抱き付いた。
ヴァーリはこれ、狙ったのかな?
そりゃないでしょ。
二人のちょっとしたやり取りは、他の二人には聞こえなかった。
「さて、そうと決まれば支度だな。 ナイン、お前にはある者を連れて別行動で冥界に入って欲しい、受けてくれるか?」
「構いません。 あなたがリーダーだ、好きに使えば良い」
「お前はつまらなくなるとすぐに裏切りそうだからな、不満は聞いておかなければならない」
「ひどいなぁ、まぁ本当のことですか」
◇
「私をこんなところに監禁してもなにもなりません! 何のために私を連れて来たのですか!」
ヴァーリチームの本拠地。 その部屋の地下に、殺伐とした地下牢があった。
そこにいるのは、両手を鉄の錠で繋がれた見目麗しい銀髪の麗人だった。
まるであのときのようだ、とナインは不気味な笑みで教会での囚人生活を思い返す。
「やぁ、どうも」
「! ナイン・ジルハードっ…………」
歯ぎしりをする。 こんな年下の男に負けたのかと思うと死にたくなる。
「私を…………どうするつもりですか」
そう質問されると、悔しそうにする繋がれた彼女――――戦乙女、ロスヴァイセの目の前にナインは胡坐を掻いた。
およそ座れたところではない汚泥に塗れた床にどっかりと。
いままで自分が座らされていた場所なのに、あっとロスヴァイセは声を上げかけた。
「そこ、きたな…………い」
「おや、私のスーツの心配をしてくれるんですか。 優しいですねぇ、ヴァルハラの戦乙女。 でも、そう汚いところでもないでしょう」
「…………」
感覚がおかしい。 それもそうだ、ナインは二年もの間、ここよりももっとひどい環境下にある地下牢に幽閉されていたのだ。 彼女などものの数時間なのだから、ナインからしてみればただの一人部屋にいることと変わりない。
「ちょっと…………手伝ってほしいことがあります」
「…………?」
意図が読めない。 ロスヴァイセは、必死にナインの考えを探ろうとしていた。
「なに、そんな難しくありません。 私と共に陽動を…………いやいいや。 私と来てくれるだけでいいです」
「陽動…………?」
「大丈夫、その仕事が終わればあなたは用済みなんで」
つまり、なにか。 その役割が終われば…………死――――
しかし、ナインはそう解釈しそうになったであろうロスヴァイセの表情を読み取り、手を振る。
「いやいや、用済みっていうのはそのままの意味だよ。 なんでも、その会合にはあなたの主も来るという情報でね。 用が済んだら帰っていいですよってことなんですけど」
「あなたたちの目的は、一体…………」
困惑するロスヴァイセ。
ナインは胡坐から立ち上がると、ロスヴァイセの後ろに回って錠を外し始める。
テロリストに捕まったのだ、それ相応の屈辱は受けるつもりだったのに…………こんなあっさりと。
「こんなにあっさりと、私の錠を外してもいいのですか」
「さぁ? でも、あなたは反抗しない」
「なぜ断言できる! その根拠は!」
手首をさすりながらロスヴァイセはナインに言葉で突っかかる。 無防備に、背中を向ける紅蓮の男に向かって。
「北欧主神オーディンの忠実な衛士さんなんでしょう? ならば、こうやって無防備に背を向けた者に襲い掛かったりしないよ。 そういう無駄な律儀さが、あなたから見て取れる」
そういうのが足元掬われるんだけどね、と付け加えるナイン。
その瞬間、後ろから殺気が来るのが分かった。
「と、見透かしたように言えばムキになって私を攻撃してくるのも計算済みだ」
「あうっ!」
背後より伸びてきた拳打を首を捻ることで避けて腕を掴む。 さわり、とロスヴァイセの腕をナインは手を這わせた。
「ひぅん…………っ!」
すると、ビクンと、体が跳ね、そのまま床にへたり込んでしまう。 彼女の腕を掴んだままのナインはもう一度彼女を立たせた。
「強かな人は好みですよ。 まぁ馬鹿正直で考えがすべて読めてしまうところが最大の欠点ですけどねー」
「くっ…………離しなさい…………!」
「やーだ、だってあなたの肌、凄く綺麗で…………」
「え…………」
頬を僅かに染めるロスヴァイセ。 敵だというのにこのような不純な気持ちを抱くのは戦乙女として失格だ。
だが、ナインの悪そうではあるが整った顔に圧倒されたロスヴァイセは頬を赤らめざるを得なかった。
何しろ、オーディンの言うには――――
「彼氏いない歴=年齢というのは伊達ではないと言う事かい。 ふはは…………!」
「! く、屈辱です! 頭にきました!」
「どうどう」
「私は馬ではありません!」
ふんす、と口をへの字にナインを睨むロスヴァイセ。 しかし、しっかりとナインの後を付いてくる辺りやはり律儀すぎるのだろう。
「それで、私の質問に応えてください! 目的はなんですか」
「ああ、それ…………大したことじゃないです」
「それは私が聞いて決めることです」
この人も色々と面倒だなぁとつぶやく。
「ヴァーリが、こちらでもう一匹猫を飼いたいと言いまして」
もちろん、ナインの言い回しであるが…………ロスヴァイセにはその言葉の意味がよく解らなかった。
あらすじ入れて行こうかと。 こうやって更新に間が空くと分からなくなると思うので。 え? あらすじになってない? ごめんなさい。