紅蓮の男   作:人間花火

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15発目 紅蓮と魔王

「いやぁ、こんな私でもこのような茶菓子にあやかることができるなんてねぇ」

 

「シャバもいい」などとつぶやくナインは、紅茶の入ったカップを上品に嗅ぐ。

 

プールでの交流会が一段落すると、学園旧校舎にある―――オカルト研究部の部室に集まっていた。

以前、ナインの爆破により半壊した旧校舎は、綺麗に修復されている。

 

これも悪魔の為せる魔法の技術なのだろう。 特に込んだ説明も要らずに済んでしまうのが冥界の感覚だ。

かつての敵に今やこうして茶をすすり合う仲にまで発展したのは皮肉にも、対コカビエルの共闘戦のお陰だった。

 

単純に、昨日の敵は今日の友というこの光景がまさにそれだ。外の空は夕焼けでオレンジ色に旧校舎を照らす。

 

ちょっとした茶会をしているリアス・グレモリーの面々の中、ナインは朱乃の出してくれた紅茶を味わっている。

受けには小猫の出す洋菓子、ショートケーキ。

 

人の好意は無碍にはしないナインにとって、この歓迎も悪い気はしない。 ナインは再び朱乃の淹れてくれた紅茶を一口飲む。

 

「へぇ…………」

 

リアスは感心の声を思わず上げていた。

不敵な視線を感じたナインは、カップに口を付けたまま片目の視線をリアスに向ける。

 

「なにか?」

 

そう聞くと、リアスはデスクに頬を突いて妖艶な笑みを投げかけた。

 

「あなたの敬語なんて所詮、自分を繕っている仮面だと思ったけれど、なかなか崩れないわね」

「いやぁ、ひどい言い草ですねぇ。 しかし…………何年も被っている仮面は、自分でも剥がそうとしても剥がせません」

 

ナインも、別に以前敵対し合った相手だからといって今も敵愾心を持つ小者ではないのだ。

 

さく、とケーキをフォークで切り分け口に運ぶ。 その動作も逐一丁寧で、とてもあの爆弾狂とは見えない有様だった。

 

仮面。 この世界で自分は異端。 誰にも理解されないと自覚した人間にのみ被ることが可能な、第二の分厚い面の皮。 いまはその仮面と本性はほぼ同化している。 それを証拠に、物腰柔らかな口調の中にも若干冷たく粗野な部分も見え隠れしている。

 

リアスは頬杖を突いたまま頭を傾けてナインの顔を見つめる。

 

「その(なり)で敬語は違和感あり過ぎよねぇ。 でもまぁ、悪くないわ」

「褒め言葉として」

 

すると、ナインのすぐ真横にゼノヴィアがぼすんと腰を落とした。 ずい、とナインの顔を至近距離で見つめる、何やら納得いかない様子で。

 

「おいナイン、私と話すときよりも反応がいいじゃないか。 なぜだ」

「なぜって」

 

飲みながら返す。

 

「私のときは淡泊なのに、なんでリアス部長と話したらそんなに…………っ、まさか年上が好みなのか。 それとも、イッセーのようにおっぱい星人なのかお前は!」

「おっしゃる意味がよく分かりませんが」

 

最後に残しておいたイチゴを食べるナインに、ゼノヴィアは自分の胸を掴んで一揉みして唸り始める。

ゼノヴィアもそれなりに魅力的なスタイルなのだが、他約二人が限界突破していて影に隠れやすくなってしまっているのだ。

 

「おっぱい星人って…………まぁホントだけど。 だが、世の男子の大半は大きいおっぱいが好きなはず!」

 

力説する一誠を放り、ゼノヴィアはその場にいる女性陣の胸元を順に見る。

 

――――朱乃を見て、リアスを見て、そのあと小猫とアーシアを見た。

最後に起点に戻ると――――拳を握った。

 

「三番目か…………負けんぞ」

「なんの勝負してんだよそれ……」

「気楽だなぁ」

 

そう笑って肩を揺らすナインは、小猫から追加のケーキを貰った。

すると、ケーキを手渡した小猫が、そのまま彼の顔を見て無表情で言う。

 

「…………結構食べますね」

 

そう聞かれると、無言でビシ、とケーキを指差した。 

 

「クリームが素晴らしく美味しい。 そして爆弾のようなイチゴがその素晴らしい生クリームに穴を穿つように―――――否、実際に穴を穿っているさまが美しい」

「行き着けのケーキ屋さんの新作だったんです。 良ければ店名教えましょうか?」

 

非現実的な光景。

無口でおとなしい少女と逆立った髪の男。 人形のような可愛らしいその銀髪の少女をナインは見ると、口元だけにやけた。

およそ「微笑む」という動作自体が似つかわしくない男、ナイン・ジルハード。 性格上、傍から見れば不気味な笑顔にどうしてもなってしまう。 

 

「…………ここ最近、職も無くなって暇で暇で」

「その歳でニートですか」

「へへ、これはなかなかキツイ物言いだ」

「冗談です、事情は分かっていますから気にしないでください」

 

空になったカップに紅茶を注ぐ朱乃に、どうも、と一言礼を言ってナインは再び嚥下する。

と、束の間のひと時。 ナインとてゆっくりする時間は欲しいのだ。 そうまったりしているところに、突然、部室の扉前に魔方陣が現れた。

 

紅く光る陣に、ナインは紅茶を呷りながら視線だけ向ける。 飲み干すと、目を細めてその陣内に感じる人影と気配を拾う。

 

「賑やかだね、楽しそうで何よりだ」

 

紅髪の美男。 大人の男として理想の背丈を象るその人物は、リアスの顔色を驚愕に染めさせた。

立ち上がってその美男性の名を呼ぶ。

 

「お兄さま!」

「さ、サーゼクス・ルシファーさま!?」

 

魔王、サーゼクス。 炎のように染まった紅髪を揺らした男――――現四大魔王、サーゼクス・ルシファー。

その人物の登場に、イッセー以上、古参のリアス・グレモリー眷属たちは膝を付いて頭を垂れた。

そのカリスマ溢れる男性の横に控える銀髪の女性は、静寂を保ったままその姿の通りに己が主の傍に侍る。

 

「お兄さまがどうしてここに?」

 

リアスがサーゼクスにそう聞くと、にこりと微笑んでその整った顔を眩しく光らせた。

 

「妹の公開授業が、学園で近々行われると聞いてね。 妹の晴れ姿を見るのは兄たる者の義務だと思うのだ」

 

「というより、私が見たいのだ」と付け加えると、リアスはサーゼクスの横に控える銀髪の女性に目を向けて紅髪を振る。

 

「グレイフィアね、お兄様にこのことを話したのは!」

 

なおも黙すグレイフィアに代わり、サーゼクスが口を開いた。

 

「仕事仕事と、何かと忙しくて妹の私生活も見れていないのでな」

「…………」

 

頬を少し膨らませるリアス。

自分のことは気にしないでいいから魔王としての仕事を優先してくれとリアスは頭を抱えた。

 

「私ももう子供じゃないんですよ!? お兄様の気持ちは……その、嬉しいけれどもっとご自分の立場を自覚して行動して欲しいです!」

 

すると、サーゼクスは首を横に振る。

 

「いやいや、これも仕事の一環なんだよリアス。 確かにプライベートでここに来たが、今度の大きな仕事の下見というのも理由の一つだ」

「え…………」

 

ポカンと口を開くリアス。 その会話を横で聞いていたナインは、ナプキンで口を拭いて目を細めた。

 

「三大勢力のトップ会談を、この駒王学園で執り行おうと考えていてね」

「この…………駒王学園で!?」

 

皆が驚く。 人間界で悪魔、天使、堕天使の三つの勢力のトップが一度に顔を合わせて話し合う。

魔性と、神性と、邪性。 三つの属性が一度に集結するなど、驚愕も当然。 凄まじい力場ができあがることだろう。

 

「アーシア・アルジェント、だったかね」

「え、ははい!」

 

そう急に呼びかけられたアーシアは身を固くして佇立する。 そんなお固くなる彼女にサーゼクスは苦笑した。

 

「そう固くならないで、ゆっくりと寛いでくれたまえ。

優秀な『僧侶(ビショップ)』だと聞き及んでいる。 これからも、リアスのことをよろしく頼むよ」

「は、はいこちらこそ、よろしくお願いします!」

 

若干裏返った声音が出たところで、アーシアは顔を赤くして羞恥を覚えた。

そこに、ゼノヴィアが前に出る。

 

「あなたがサーゼクス・ルシファーか。 初めまして、ゼノヴィアという者だ」

「ああ、君のことも話には聞いている。 あの聖剣デュランダルの使い手が妹の眷属になったと聞いたときは、我が耳を疑ったよ」

 

ゼノヴィアも顎に手を当てて考え込む。 悪魔になったのは、正解か、否か。

その場の勢いだったのか、真剣に考えた結果だったのかは誰にも解らないし、本人にも解り得ない。

 

「我ながら大胆なことをしたと思っている。 これで正しかったのか、主が居ないと解って早とちりしてしまったのではと、たまに考え込んでしまうこともある。

だが、後悔していることが確実に一つだけ解っているんだ」

 

ナインに、目を向けた。

 

「近くにいるのに、種族が違えてしまっただけで凄く……その、遠くに行ってしまったという感覚がいつまでも離れない」

 

ゼノヴィアとしては、まさかこんなに早く再会できるとは思っていなかった。 ナインとは、もう会えないと思っていた。

また残念なことに、自分が悪魔となってしまった後の再会だったから、そこだけは悔やまれる、とゼノヴィアは表情を暗くする。

 

だからこそ、再会のときは嬉しかったが、プールで初めてナインが遠い存在になってしまったことに気づいた。 否、自分が遠ざかったのかも。 それを理解したから、ゼノヴィアはナインを引き寄せたかった。

 

しかしゼノヴィアは、表情を取り直して魔王に向く。

 

「しかし、悔やまれるのは唯一それだけだ。 それ以外は何も文句はない」

「ぜ、ゼノヴィア…………魔王さまにその口の利き方て…………」

「ははは、いいよ。 リアスの眷属は面白い者が多くて良い。

しかし、その後悔、何か別の物で埋めることができれば良いのだが…………」

 

急に神妙な表情をするサーゼクス。 ゼノヴィアはその視線と自分の視線を交わす。

 

「無理か…………人を別の何かに置き換えることはできんしな。 すまない、ゼノヴィア」

「………………いや、それと言うのも私が早まっただけのこと。 いまとなっては気にしないでもらいたい」

 

サーゼクスが次に視線を移したのはこの空間でも異彩を放つ男だった。

このゼノヴィアに悪魔になったことを唯一後悔させたその相手。 しかしすでに、その男はサーゼクスの瞳を見詰めていた。

 

紅に染まった瞳の奥を、金色の視線が貫いている。

あくまで微動だにせず、片手を紅蓮の炎のようなスーツに入れたままナイン・ジルハードは魔王を凝視する。

 

「どうも」

「初めましてだな、ナイン・ジルハード」

『―――――!』

 

物腰柔らかなあの魔王サーゼクス・ルシファーが、初対面の人間の男を呼び捨てにする。 いや、呼び捨てにする事自体は問題ではないがその雰囲気だ。

 

「………………お兄さまっ」

 

鋭い紅の眼光が、その冷たい金色の眼光と競り合っていた。

 

「………………ミカエルから、話は聞いているよ」

「ミカエル――――!?」

 

天界の天使長の名前が出て来たことに、ゼノヴィアとアーシアが驚愕する。

ナインは目を瞑って肩を揺らした。

 

「…………三大勢力は互いに牽制し合っていると聞いていたので、少し意外ですね。 友達か何かのような感覚だぁ…………」

「友達…………とまでは解らぬがな。 昔の大戦を交えて色々と知り合ったのだよ」

「雨降って地固まる…………みたいなところですかね。 どちらにせよ、この世界しか知らない私にとっては剣呑であることには変わりないのですがね」

 

異世界のごたごたは、異世界だけでやって欲しいものだ。 とナインは嘯く。

 

「ミカエルからはなんと聞いた」

「おや、そちらで話し合って、結果として私に接触させたのではないのですか?」

「我々も大人だ。 そういったことはやはり当事者から詳しく、直接聞いた方が現実味が湧くのだ」

「ならば…………」

 

不敵に笑むと、ナインは口を開いた。

 

「ミカエルさんは、私に今回の会談において、天界側からの証言者として出席することを義務付けられた」

『――――――』

「続けてくれ」

 

リアスたちが置いてけぼりだが、これも当然。 上層部の動きを、自分のことで精一杯な悪魔に察知できるなど不可能である。

 

「まぁ、義務とか抜かすんで子供っぽくちょっとむっとなって最初は拒否したのです」

「ふむ」

 

「反抗期の真似事ってやつですね、へへ」などと頭を掻くナインは笑って肩を竦めた。

 

「あの状況、私が居なくても白龍皇がコカビエルを畳んでしまえばそれで一件落着だった。

だったら、そちらの方を世間で事実として公表してしまえば、わざわざ異端として追放された私ごとき矮小な人間などが出る幕は無いのではと吐き捨てたんです」

「矮小…………」

 

どの口が言う。 ふざけたナインの物言いに、リアスはジト目で台詞を拾う。

 

「そしたらですよ。 事実を隠蔽するわけにはいかないと来たものだ。

内心笑った。 それくらい、初めてでもないだろうに。 なんでこのときに限って虚偽を事実にできないのですかねぇ」

「それはナイン。 それほど重要な行事ということだ。

ミカエルもそれを承知で君に頭を下げたのだろう」

「誰が誰を倒したとか。 誰が誰に倒されたとか。 そんなの、はは! 些事ですよ些事。 誰が倒されたって言う事だけを伝えればいいじゃないですか、と私も思った訳ですよ」

 

名誉も、名声も要らないナイン・ジルハードにとって、唯一そのミカエルの言葉に傾けた理由。

 

「しかし何やらおもちゃをくれるというので、その話に釣られてみました。

あの天使長さまがですよ。 証言するだけで私に新しい玩具を与えてくださる。 この話はおいしい」

 

頭を下げてきたことも承諾した理由の一つだが、ナインの物欲を刺激したのも理由一つ。

どんな物かは知らない。 だが、貰えるものは貰っておく。

 

今回の話は、受けても別に自分に不利益があるわけでもない。 つまらない意地など張って、ご褒美とやらを貰えないのは何やら負けた気がしてならない。

 

「という感じの話でした。 少し盛りましたが、大体こんな感じの話の内容で、つまり――――」

「君は、ナインは会談に出席すると」

「そうです」

 

話が終わると、サーゼクスは安堵したように笑顔になった。

 

「ああ、良かった。 今回の会談は本当に重要だから、リアスやソーナ、現場にいた者たちで出席の有無の懸念がされていたのは君が最初で最後だったんだ。 これで、安心してリアスの公開授業に赴けるよ」

「お、お兄様!」

「はは、それじゃあリアス、今日はリアスの寝床に案内してくれないかな。 赤龍帝くんのお家に興味があってね」

「ええ! 俺の家!?」

 

まるで、これが一番の問題だったようにサーゼクスは肩の荷を降ろして安心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカエルって、あの天使の長、ミカエル様のことだろう?」

「ええ」

 

ナインとゼノヴィア、二人が自宅マンションに帰宅すると、早々にゼノヴィアがナインに詰問していた。

赤いスーツの上着を脱ぎ捨てるナインは、そのゼノヴィアの複雑そうな表情を見て苦笑する。

 

「異端として追放されたお前が、まさか天使の長からお呼びがかかっていたとは驚いた」

「私としても複雑なところですがね。 このような形で天界の保護を受けることになるとは」

 

教会を抜けた人間が天界からこんな話を持ちかけられるのはなんとも変な話だ。 それほどに今回の首脳を集めた会談は重要度が高いのだろう。

 

おそらくミカエルから教会にも伝達がいっている。 信徒たちの反応は様々だろうが、すでに追放済の人間がこの重要な会議で天界側から出席することに舌を巻かない者はいない。

 

「…………紫藤さんにもこのことは知られているでしょう。 さて、どんな顔をしているやら、少し見てみたい気もしますが」

「悪趣味な男だ。 お前のいまの状況はいわば出世に等しい。 離れ離れになったのに、その直後に天使長、ミカエルさまほどのお方に世話になっているのだ。 イリナからしてみれば複雑極まるし、お前に物申したいことは山ほどにあるだろう」

 

ナインは、もしもの時を想起した。 もしいまのイリナと顔を合わせる羽目になったらどうなるか。

 

「会いたくなくなってきました。 そのときはゼノヴィアさんに丸投げしていいですかね」

「おいおい、私もどう反応していいか解らんぞ。 というより、私など口も利いてもらえないかもしれんのだぞ」

「そういえばそうでした」

 

イリナもいまだ信仰者として教会に属す。 「聖剣使いとして優秀な戦士に育てられた教会への恩義を捨て、悪魔に身を落とした女」、と事情も知らないイリナは思っているに違いない。 ゼノヴィアは表情を曇らせた。

 

「正しかったのか……」

 

思い悩む彼女を見て、ナインは鼻で笑った。

 

「パワー任せの貴女らしくもない。 そのまま突き進めばよろしい。

悪魔は長生、過ぎたことを思っても仕方が無いでしょう。 ふふ、案外そっちの方が、ゼノヴィアさんにとって居心地の良い世界になるかもしれませんよ?」

「パワー任せは関係ないだろう!? それにどうせ私は脳筋さ、それがどうした!

お前のように物事を知的になど考えられんさ!」

「なぁに自虐してるんですか。 それにね、私も別に知的に生きているつもりはない、疲れるんで」

「お前は基準がおかしすぎる。 知的という言葉を辞書で調べてからもう一度吐いて来い、話はそれからだ」

 

すると続けて、肩を竦めるナインにゼノヴィアは指を差す。 思い出したように出された話だった。

 

「そうだ、明日はナインも一緒に学園に登校しないか」

「え?」

 

疑問符を浮かべるナイン。 ゼノヴィアは得意そうにその胸を張る。

 

「下見というやつだ。 今度の会談で駒王学園を訪れるのだろう? なら見ておいても損はないと思うぞ。 なに、案内ならば任せろ!」

「…………まぁ、私も特にやることありませんし」

 

ミカエルからの姫島神社での会合についても、アポイントは未だ来ない。 特にこれといった用事もないことを確認したナインは頷いた。

 

「良いでしょう。 お願いしますゼノヴィアさん」

 

明日はちょうど授業参観。 部外者であるナインが来訪しても問題はないだろう。

詰問されれば理由を付ければよい。 なにより在校生のゼノヴィアが傍にいるため、不審者扱いはされないだろう。

ナインは急に上機嫌になったゼノヴィアを見て、ふぅ、と溜息を吐いた。

 

「………………」

 

そのまま二階に上がって行くゼノヴィアを見送り、ナインは自分の手を見る。

 

「…………」

 

一人欠けた二階の住人。 いつもアーメンアーメンと五月蠅かった二人組は、もう片割れしかいない。

 

「首脳会談、これが世界の分岐点になる」

 

ナインは、静かに目を瞑って笑った。

 

「どうなろうとも世界は変わる。 この大勢力が雁首揃えるとはつまりそういうことだぁ」

 

かつて殺し合った三つの勢力のトップが顔を合わせる。 これに、一種の予感を感じたナインはさらに笑みを深くさせる。

 

「私も、そろそろ身の振り方を考えておくとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、駒王学園校舎前。 多くの在校生たちが本校舎にぞろぞろと入って行く中、二人は出会っていた。

 

ズキンと熱くなる腕を押さえるのは兵藤一誠。

いつもならばリアスやアーシア、朱乃と共に登校するのだが、いまは隣にはアーシア一人。

リアスと朱乃は、昨夜一誠の家に泊まったサーゼクスの新しい宿泊先の案内のため遅刻することになっている。

 

今日は駒王学園の授業参観日。 早くに来ている生徒関係者が居てもおかしくないだけに、この状況には誰も違和感を抱いていない。

 

「やあ、『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』、赤龍帝」

「………………お前は」

 

対するのは銀髪の少年。 整った顔をした外来人だった。

 

「俺はヴァーリ。 白龍皇、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』だ」

「白い…………龍!」

 

想定外の大物を相手に身構えようとする一誠は、すぐにアーシアを己の背後に隠した。

これはまずい、こんなところでこんな奴と。 左手が燃えるように熱く、いまなお彼の左手を熱く煮え滾らせる。 止まらない。

 

「何しに―――――」

「ふ――――」

 

見えなかった。 否、見れなかった。 痛いくらいに熱くなる左手に意識を取られ、接近してくる目の前の宿敵であろう少年に気づけなかった。

気付いたときには、ヴァーリの人差し指が一誠の額にビタリと付けられていた。

 

「ここで俺が、君に魔術的なものをかければ――――」

 

なんだというのか。 しかし、友好的なものは微塵も感じられない。 そこにあるのは、所有者の意志関係なく好戦的になっている二匹の龍。

一誠が苦痛に思うこの感覚は、ヴァーリにとっては心地良い。 戦いの波動。

いつか終わるこの宿命をそのときまで、否、永久に味わっていたい、そう思っている。

 

戦いになんの縁も無い一誠ではこの感覚は嫌悪する。 ただ平和に生きたいのに――――

 

「ブーステッド―――――!」

「何のつもりだい、白龍皇」

「ここで、赤龍帝との戦いを始めさせるわけにはいかないな」

 

神器を出そうと一歩引いた一誠の前に、すでにヴァーリの首元に二対の剣が交差されていた。

聖と魔が合わさった、黒と白に彩られる剣を持つのは木場祐斗。

 

聖剣デュランダルを持っていたのは、ゼノヴィアだった。

 

「ふ、やめておいた方がいい。 コカビエルごとき倒せなかった君たちが、俺に勝てるはずもないだろう」

「…………」

 

滴る冷や汗。 解っている。 分かり切っていることなのだ。 敵わないことなど百も承知。

堕天使の幹部、コカビエルを打倒したのはナインだが、展開によってはこの少年が手を下していたのだ。

 

衰弱したコカビエルを拳で打ったところを見ただけ。 実際その目でその強さは見ていないが、そのオーラ、雰囲気ですでに解る。

ゆえに、歴然とした力量差を見極めているゼノヴィアと祐斗は剣を引く。

 

「相手との力量の差を定められるのは長生きの秘訣だ。 それでいい、なぁ紅蓮の」

「…………」

 

一誠たちがヴァーリの視線を向ける方に顔を向けると、そこにはナイン。 そしてリアスと朱乃、小猫がいた。

 

「なんでナインが部長と…………? ゼノヴィアと登校してくるんだったんじゃあ?」

「先に行っていて貰ったのですよ。 ゆるりと歩いていたら、偶然グレモリーさんと姫島さん、次いで塔城さんに会いましてね。 男一、女三の気まずい状況だったので早足で来たのですが、どうしても付いてきて……」

 

わざとらしく困ったような表情をするナインに、リアスは妖艶に笑む。

 

「あら、両手に持ちきれないほどの花を持っておいて。 嬉しくないの?」

「普通の男性ならば逃げ出したくなる状況だ。 あなた方は自分がどれほどの美人なのかご理解ないのか、困ったものですよ」

「つか、お前は部長たちと並んでも違和感ねぇよ」

「余裕だな、紅蓮の」

 

声をした方に向くナイン。 ヴァーリが近づいてくると、ナインも歩を進めてヴァーリに迫る。

 

「やあ、ヴァーリ。 堕天使の紐」

「やあ、ナイン。 天使の紐」

 

逆立った髪を片手でたくし上げるナインは、不敵に笑んでヴァーリと対する。 しかし、二人して言っていることは子供の喧嘩のようなものだが…………

 

「あの、『紅蓮の錬金術師』がこのような学び舎に来るとはな。 かつての凶悪犯が形無しだ」

「あなたも、格好つけているようでその服装、痛々しくて似合わない。 目も当てられないですね」

 

「特にそのジャラジャラ」とナインは可笑しそうにヴァーリの付けている銀色の鎖を触って見せた。

 

「………………ここでやるか紅蓮の」

 

ヴァーリの研ぎ澄まされた声で言うと、しかしナインは不敵に笑ってそれを流す。

 

「いいえ、それとこれとは話は別だ―――――あなたはここで退け、白龍皇」

「………………」

 

生唾を呑み込むリアス。 緊迫するこの雰囲気は、この二人以外に手に汗を握らせた。

実力的にはヴァーリが未知数で恐ろしいが、手を伸ばせば触れられるこの状況ではナインも負けていない。

 

ふっと、笑ったヴァーリはナインを通り過ぎようとする。

 

爆発の錬金術は健在。

ヴァーリが…………「白い龍(バニシング・ドラゴン)」がどんな化け物だろうと、体の構造に血肉が入っている時点でナインの錬金術は完全に適用される。

 

『人間は、ちょっと作り替えるだけでただの爆弾になる』

 

神器を持っている時点で人間の血も入っている。 かと言って、ナインが絶対優勢とも限らないが、牽制にはなるのだ。

しかしすれ違いざま、ヴァーリはナインに耳を打つ。

 

「…………また邪魔をされてしまったな」

「いつまでも剣呑なことをしているからですよ。 生産的な会話をするのもまた、生きるために必要だ。 あなたはいまのこの国に…………いや、この時代になじめていない。 コカビエルと同じですね。 くく、ふはは――――」

「お前に言われたくはないのだがな…………まぁ、いい」

 

離れていくヴァーリと同時に、ゼノヴィアがナインに近づいていった。 皆、緊張の糸が切れ、リアスは一誠の手を握って離さない。

ゼノヴィアは目を細めて不安そうにナインに訴えるように言った。

 

「冷や汗ものだったぞ……」

「なに、先に言った通り、彼も私も紐付きだ。 そう簡単に身は振れない。

いくら天下の天龍とて、いまの彼では暴れても鎮圧されるのが関の山だ」

「なぜそんな落ち着けるのだお前は…………」

 

片目を瞑ってゼノヴィアに向いたナインは不敵に笑う。

 

「飼い犬がいるなら、紐を手繰る飼い主もいるでしょうよ。 そうそうここでは戦いは起きませんよ」

「…………そうなのか?」

「思ったより悪魔側の治安が引き上がっているのが解る。 さすがに会談直前のこの地では、どんな輩も下手に動けない」

 

「そういうことだから心配はいらないと思いますよ」と、リアスの肩に手を置いた。

 

「そうなの…………?」

 

しかしゼノヴィアと同じ反応をするリアスに、ナインはわざとらしく息を吐く。

 

「まぁ、いざとなれば私が止めてみましょうか」

「できるの?」

「刺し違えても良いならばね。 共に黄泉路へ立つことくらいはできる」

 

もっとも、とナインは自信に満ちた表情に笑みを乗せて、己が武器を見せた。

 

「先ほどの距離ならば負ける気はしませんが」




実際ハーレムっても、普通の男なら抜け出したくなるピンク空間だよな。

それと、どうしても二期金鰤のイメージが強いようですねぇ。 これじゃない感が出てる人はいるかと思う。 でもナイン自身、年がら年中爆弾爆弾言ってるわけじゃ……ない、と思う。 あれ、なんか自信なくなってきたんだが。

とにかく、そんな淡泊じゃあ世も渡れないわけでして。 ナインはコミュニケーションも大事にするのだ。

psあまりべらべら喋りまくるハイテンションな人は、よほどイケメンじゃないとモテないと思うの。 黙ってればイケメソ。

現実の時世は違うようだがな。

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