紅蓮の男 作:人間花火
お題の〇発目って、なんかエロいと思ってしまった作者は末期。
「…………誰ですか?」
光が止んだそこには、十二枚の金色の翼を出した美青年の姿があった。 しかし、光が止んでもその人物が放つ神々しさは依然変わらず。
そして、その人物の優しげな表情に眩しさを感じたナインは、その美青年を見て問いを投げていた。
「私は、天界の現トップ……天使長を務めている、ミカエルと申します。 初めてお会いしますね、ナイン・ジルハード」
「天使の長…………トップ。 なるほど」
見た目からしてただの人間ではないことは承知だったが、その上でヴァチカンの都市部に天使が降りてきたことに少し疑問が湧いていた。
突然に、そして特定の誰かの前に天使が降りてくるなど予想外も甚だしかった。
それにしても、人間かそうでないかを問うのではなく、どこの誰かを問うのは常に自分中心を保っているナインらしいといえばらしいのだろう。
するとナインは、天界のいわば権力者である天使長の来訪に周りを警戒して見渡した。
目を細めて人気を探っていると、ミカエルが微笑する。
「大丈夫です。 ここには人払いの術を施しましたので、人目も気にせず話せます」
「それはどうも」
ミカエルが近づく。
「…………」
しかし、それと同時にナインも同じ歩数で足を退いた。 ポケットから両手を出す。
天使長ともなれば実力者である。 いくらナインでも両手を出さずに余裕を持っている場合ではない。
「警戒せずとも大丈夫です――――件の追放、それについて君だけに話しておきたいことがあったので、天界から降りてきました」
「ふーん」
淡泊な返事のあと、ナインはそのままの距離を保ったままミカエルを見る。
「で、話しとは」
そうナインが聞くと、ミカエルは目を瞑って俯いたあと、まっすぐな瞳で正面から見つめて言った。
「あなたはこれから、どこに征くのですか」
「…………さて、それは私自身にも分かりかねることだ。 この国を出てから考えようと思っていたところですよ」
だいたい、天使がどうしてそんなことを言うのか。 つい先ほど異端認定されて追放された者にそんな言葉をかけるのか。 ナインはこの天使長の行動に疑問を持った。
「実は、あなたに頼みごとがあるのです」
「…………は?」
低い声で疑問を声に出してしまうナイン。 ミカエルが続ける。
「…………話せば長くなるのですが、聞けますか?」
「無論」
「では……」
咳払いをすると、ナインに一歩詰め寄った。
「天使と、そして悪魔、堕天使の三つの勢力、それらが首脳会談を開くかもしれないのです」
「…………それはまた。 しかし、『かも』とは?」
「まだ決定はしておらず、未定ですが。 遅かれ早かれ、必ず開く事になる……いえ、開かなければならないと私は思っています。
コカビエルの襲撃が、長年に渡って冷戦状態だった我々三大勢力の軋轢を改善するきっかけになるのではという考えです」
平和を好むのは、天使だけではないと、ミカエルの真剣な表情からナインは読み取って解釈する。
古の大戦より、今に至るまで大規模な戦は無い。 しかし、僅かに均衡を保てているだけで、どんなことを切っ掛けにまた争いが勃発するか分からない。
「コカビエルの今回の暴挙――――最悪の事態を想定しても、コカビエルを討てば事足りていましたが、そういったものの連鎖は恐ろしく早い。 戦いは戦いを呼び、戦火は戦火を…………」
ナインは腕を組んで眉を上げた。
「またあのようなことが起こる前に、勢力同士で盟約を交わして平和を確かなものにしようと、そういうことですか」
「―――――!」
ミカエルは目を見開いて口をつぐんだ。 ナインは顎に手を添えてわざとらしく唸ってみせる。
「いまの話の流れからして、その首脳会談はいわば盟約を交わす場になる」
「…………話し合いです」
最初から同盟を組むための会合と公表したら、色々と問題が生じ得ない。 何事にも順序というものは必要なのだ、と。 ミカエルは優しくも少しだけ厳しい目つきでナインを少し睨んだ。
「まぁ、天使長がそう言い張るならそうなんでしょうね、へっへ…………」
「…………」
一を聞いて十を知るとはこういう人種を言うのか、少し話しただけでこれだ。 あまりにも理解が早すぎる……これが教会の技術力ナンバーワンをかつて誇っていた錬金術師。
そう、ミカエルは眉をひそめると気を取り直して息を吐いた。
「重要なのはこれからです。 その首脳会談が開かれた際は、あなたも出席する義務が課せられています」
「なんですって……?」
ナインは片方の眉を上げて不満そうに零した。
ミカエルは当然と言う風にむっとしてナインとの距離を詰める。
「コカビエルから町を防衛したのはナイン、あなたなのです」
「だからってなんで――――」
「リアス・グレモリーとソーナ・シトリーさん。 現場にいた方たちには全員、重要参考人として出席してもらい、事の次第を報告して頂くことになっています」
「………………もうほとんど決まったようなものじゃないですか」
「遅かれ早かれと言ったでしょう。 開かれたらの話をしているのです」
それもまた建前なのだろう。 ここまで計画されていてまだ先の話だと言われても納得できるはずがないのは当然だった。
「しかし私は異端となった。 いまやどの陣営にも属さない私が、どうやってその重要な会談に首を突っ込めるのですか?」
「私とともに出席してもらいます」
「…………そんなバカな」
「嘘ではありません。 あなたは―――ナイン・ジルハードは天界側の人間として報告をしてもらいます」
ナインは困惑した表情で近くの小石を蹴り、舌打ちをした。
すると、ミカエルは目を瞑って真剣にナインを見る。
「追放したのに頼み事とは、我ながら図々しいとは思っています。 しかし、あなたとゼノヴィアを異端としたのは、やむを得ない理由がありました」
「…………」
思案顔をして止まるナイン。 人差し指を出してミカエルに問う。
「私が出席しなかったら?」
「事件の中心人物が不在のままその話を進められると思っているのですか?」
肩を竦めて、心底可笑しそうにナインは低い声で笑った。 そんなもの、いくらでも代用のしようはあるのではないかと。
「白龍皇にでも喋らせればいいでしょう。 どうせ堕天使の陣営からアザゼル……ですっけ? その総督のお付きとして彼も一緒にいらっしゃるのでしょう? 彼がコカビエルを回収した、彼が撃退した……それで満足でしょう」
幸い、真実を知る者は皆下々の者たちが多い。 上級悪魔とはいえまだ未熟の域を出ないリアス・グレモリー、ソーナ・シトリー。
そして堕天使はヴァーリが居る。 あのクールな白龍皇ならば、口裏合わせに真実を隠蔽するなど平気な顔をして出来るだろう。
そもそもナイン自身、元犯罪者で異端者である男が町を救ったという事実が全異世界に回りでもしたら面倒なことになる。
「真実を隠蔽するわけにはいきません。 どうか」
「…………」
しかし、頭を下げてくる。 まさか天使長が人間に頭を下げてくるとは思わなかったナインは、「やめなさい」と低い声音でミカエルの頭を黙って上げさせた。
ナインは下手に出てくる輩が苦手……というよりあまり好きではない性分であった。
「簡単に言えば、異端者が人間の町を救ったという事になる。 それはあなた方の下の教会にとって不都合なのではないんですかねぇ」
「…………」
口をつぐむミカエル。 端正な顔は、どんな顔をしても端正だが、いまこのときだけ悲痛な表情をしていた。
沈黙を通しているということは、先ほどと理由は変わらず。 真実を隠し、消し去ることは天使としての信義に関わるのだ。
ナインは見かねて溜息を吐く。
「…………私は元犯罪者。 それでも、ですか」
「確かにそうですが…………いまは救われた人たちの方が多いのです」
後ろを向いて首を捻るナイン。 頭を掻きながら、先刻ゼノヴィアに言われたことを思い出す。
『私は、事実に基づいて話しているんだナイン。 白龍皇が来るから解決していたとか、お前がいなかったらどうとかはそんなものはもしもの話だろ! お前が、コカビエルを撃退したんだ。 この事実は揺るぎない』
(やれやれ、一人でぶらり旅はまだ先のことになりそうだ。 まったく、せっかく花火で楽しみたかったのにねぇ)
ニヒルな笑みを浮かべる。
ポケットに片手を突っ込み、仕方なく承諾の意を言葉で示す。
「分かりました。 その会談に出ましょう」
すると、ミカエルはナインに安堵したように微笑む。
良かった、とつぶやいたミカエルは、次に真剣な表情でもう一度ナインに小さく頭を下げた。
「感謝します」
「話はこれで終わりですかね」
くるりと身を翻し去ろうとする。 ナイン自身、すぐにヴァチカンを発たねばならなかったからだ。
おまけにこの後イリナにも一言入れて立ち去るつもりだったので、時間も押していた。
しかし、ミカエルはそれを呼び止める。
「あと一つ」
「ん?」
「…………日本に着いたら、姫島神社という所においでください。
そこで、あなたに渡したい物がありますので」
「ふーん」
別段興味の無さそうな返事をしたナインだが、「姫島」という姓に少しだけ反応する。
あのときの黒髪ポニーテールの大和撫子。 コカビエル戦の際、防御役として世話になったスタイル抜群の巫女服の悪魔。 もっとも、あのときはナインが無理矢理に彼女を盾として運用したのだから酷い話だ。
「…………」
すると、目を細めるナインにミカエルは優しげな笑みを浮かべた。
「とはいえ、日本に着いてすぐ、というわけではありません。 それまで現地で待機していただければと思います」
「了解しましたっと」
渡したい物という言葉にあまり関心を示さないナインだが。 このとき本人は知らなかった。
それが、これからのナインを大きく変えることになる代物だということを。
では、と一言添えたと思うと、すぐにミカエルの体に閃光が走った。
「ふぅ………」
突然の天使長の来訪に、誰が予想しただろうか。
しかも、渡したい物? まったく話が読めないが、一つだけ分かったことがあるのだ。
「…………」
ミカエルがその場から瞬く間に消え去って行ったのを確認し、頭を掻いて歩き出す。
表情を変えず、口元だけ笑む様は―――さもこの混沌とし始めている今の異世界情勢を確実に楽しんでいる。
「自惚れでなければ…………私は抱き込まれたということになる」
天使長直々の頼み。 信徒だったならその命投げ捨てても泣いて喜んで従っただろう。
「どの勢力も、一枚岩というわけでは無くなってきていますね。 そういった足並みバラバラな集団は、いずれ破綻してしまうのは目に見えているはずですが…………」
大勢力を纏め上げるのは至難の業であることをナインは解っていた。 それゆえ、いまの三大勢力の均衡はすでに危うい。
各勢力、悪魔を除いた二勢力。 その内、堕天使の獅子身中の虫になり得るのは、先ほどの白龍皇を継いでいるヴァーリ。
『俺は三度の飯より戦いが大好きなんだ』
そして元犯罪者――――ナインは天界側へ。 明らかに混沌が渦巻き始めている。
仲間を殺した業を背負っている者が、天界側に属する時点でまずおかしい。
すでに「紅蓮の錬金術師」という名は悪名としても広まっているだろう。
「まぁ、私は私のしたいことをするだけだ」
時には流されるままに、そして時には逆らい流動する紅蓮の男。 すべては己が趣味嗜好のために。
あくまで自分を崩さないナインはどこまでも人道を避けて我道を歩く。
「さて、そうと決まれば面倒な用事を済ませてすぐに発つとしますか」
同志だった者との用事を面倒事と切り捨てる辺り、ナインの、淡泊でシビアな面が伺える。
これからの計画と段取りを一通り確認、携帯電話を取り出す。
「紫藤さんですか? いまからそちらに行きますのでそこで待っていなさい」
そう言って通話を切ると、すぐさま踵を返してイリナのもとに向かった。 月光が照らす中、ナインの考えた茶番が始まった。
◇
「ナイン…………」
「やあ」
ヴァチカンのとある教会。 飾られた聖母マリアの肖像に向かって祈りを捧げる少女一人。
乾いた靴音が後ろで鳴るのを聞くと、振り向きながらその入ってきた男の名を呼んだ。
ナインは祈りを捧げていた少女――――紫藤イリナの赤くなった目元を見て内心舌打つ。
ゼノヴィアと別れた直後だった。
かつての仲間が異端になったのを、イリナはどう思っているのだろうか。
裏切り者? それとも…………。
「ふぅ…………」
どちらにせよ、イリナは一人になった。 仲間がいっぺんに二人も去ったことは、痛手どころではない精神的ダメージだろう。
それでも、イリナはつかつかとナインに歩み寄り、その赤いスーツを両手で掴んだ。
「さっき、ゼノヴィアから聞いた…………」
「ええ」
イリナは顔を上げて、ナインの薄ら笑いを見る――――歯を口の中で見えないように食い縛った。
「裏切ったの…………?」
「…………」
ナインの胸倉を掴む…………が、身長差によってナインの体を浮かすことはできないイリナは、仕方なく胸板を一回叩く。 再び俯く彼女から、ナインは心の声を聞いていた。
――――裏切る時は宣言すると、言っていたじゃない!
――――こそこそするのは嫌だって言ってたじゃない!
「なんでよ…………」
「さて…………犯罪者に口はありませんから、なんとも」
「元でしょ! そもそも、どうしてアンタたちが異端にされてるのよ! ゼノヴィアは急に悪魔になるって言い出して飛び出て行っちゃったし……もう私、なにがなんだか分からないよ……」
「悪魔…………?」
眉を吊り上げて訝るナインは、頭を掻いて毒づいた。
(ゼノヴィアさん……嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐きなさいよ……)
しかし、もう居ない者の話をしても仕方ない。 瞳を潤ませてナインを見上げるイリナの目元を指で拭う。
そのナインの優しげな手を乱暴にどけてイリナはますます詰め寄った。
「絶対おかしい。 あのあと、司教と何があったの…………!?」
「なにも」
何も喋らないナインに業を煮やしたイリナは、口をつぐんで考え始める。
一息吐いたナインに詰問した。
「そ、そうよ…………ナイン、アンタたち司教に一体どんな報告をしたの?」
「コカビエル戦の一部始終を」
言うと、イリナはさらに激しくナインを揺さぶった。
「嘘、だったら私が居ても問題なかった!」
「伝え忘れていたので」
「…………私のことバカにしてるでしょアンタ」
拙い嘘を吐くナイン、そしてことごとくそれを看破するイリナ。
それでも、やはり黙秘を貫く人間にはどうすることもできない。
ナインが嘘を吐いていることは明白。 イリナはそれに気づいているが如何せん、本人は口を閉ざして話さない。
「~~~~~」
なにもしてこない相手ほど、扱いづらい人間はいない。 誤魔化しているのは解っているのに、ナインの口から引き出すことができない。
肝心なところの質問を沈黙で返される。 イリナのガラではないことだが、おそらくこの男に拷問して吐かせようとしても無効だろう。
「もういいわよ…………」
とことん黙秘を決め込むナインに、イリナは離れた。
ナインは目を瞑る。
――――そうですとも。 世の中、知らない方が良いことなんていくらでもあるのだ。
そうしていると、イリナはボソリと何かを呟いた。 語尾に至るまでには掠れてよく聞こえない文句だった。
「結局アンタは、ずっと一人…………」
そんな、最後の悪あがきのように発したナインへの罵倒の言葉。 それをナインは無表情に短く返す。
「…………また『何処か』で、お会いしましょう」
命賭けの任を共に背負っていた。
しかし凱旋後のまさかの離散。
生死を共にしていた二人の戦士と一人の錬金術師がこの夜、三方に散って行った。
ナインはこの後再び日本へ――――天使の長との約定を果たすために、足も休めず夜空へと旅立っていくのだった。
◇
日本、駒王町のとあるマンション。
朝日が照る晴天の下、大きいスーツケースを転がしてきたナインは、涼しい表情で突っ立っていた。
そこに一人の女性が、突っ立っているナインに声を掛ける。
「あら、お兄さん帰ってきたのね。 お帰りなさい」
「た、だいま?」
いつもと違う管理人の女性を見て首を傾げるナイン。
すると、女性は周囲を一旦見回したあと、ナインにスススと近寄ってこそっと耳を打ってくる。
「彼女待たせちゃうなんてダメよー? 仕事と私、どっちが大事なのーって怒られてもお姉さんフォローできないからね」
長年このマンションの管理人を務めている人ではない。 確かこのマンションの管理人は壮年の男性と聞き及んでいたのに。 ナインは眉を少し上げる。
「管理人さん…………替わりました?」
疑問に思ったナインがそう聞くと、その女性はウィンクをして爽やかに笑顔を向けた。
「ええ、このマンションの経営者が変わったからねぇ。 お姉さんが新しい管理人です、よろしく、ナイン・ジルハードくん!」
ナインは思った。 若すぎる。 若年寄なのかと思ったが、やはり無理がある。
管理人の女性から発せられる……いわゆる色気、そしてスタイル、若さ。 管理人をやるにしては若すぎるのではないか。
年齢的にもこの高級マンションの管理人は少し荷が重いのではないか。
すると、女性が悪戯な笑みを浮かべてナインを覗いた。
「あら…………なぁに、もしかして、お姉さんに見惚れちゃってた?」
「…………別に」
「照れちゃってもー。 でも、お兄さんくらいだったらオーケーしちゃうかも!」
「…………テンション高いなぁ」
そんなことを思いながら美人管理人に見送られる。
しかし、エレベータのボタンを押す直前にその手を止めた。
おかしなことに気づいたのだ。
「…………管理人さん」
「なぁに?」
「…………私に、彼女なんていないのですが」
そもそも同居人すら居ないはず。 イリナとゼノヴィアとは任務中使っていた宿だが……前者とはヴァチカンで別れ、後者とは――――
「え? だって、キミの部屋に一人居たわよ?」
「???」
身振り手振りで自分の髪を掴む美人管理人は、きゃぴきゃぴと再び話し始めた。
「青い髪にメッシュが入ってて。 目つきはかな~りきついけど、もう間違いなく美少女って女の子だったわよねぇ。 あんなキリっとした女の子ほど付き合ったらすごいって聞くけど……あ、ちょっと!?」
まだ私の話終わってないけどー! という叫びを無視し、そしてエレベータも無視してナインは階段を駆ける。
エレベータが上がって行くが、ナインはそれをも追い越していく。
(さっき、嫌な予感はしていました)
カンカンと階段を昇りながら脂汗を垂らす。 最上階を借りたナインの部屋までは、普通ならば階段などで行こうと思わない。 しかし、エレベータに乗っている人も驚愕もののスピードで、スーツケースを担いだナインは階段を駆け上がって行った。
「…………まさかねぇ」
スーツケースを両手から片手で担ぎ上げ、ポケットから部屋のキーをもう片方の手で取り出し――――扉を開放する。
「…………あなたは」
「ナ……イン……」
扉の向こうに居たのは、ゼノヴィアだった。
◇
数日前には別れを告げた少女が、玄関で靴を履きかえている。
ここには居ないはず…………。
そう驚愕するも必死に考えるナインの腹に、僅かな衝撃が走った。
「ナイン…………! 会いたかったっ」
胸に飛び込んでくるゼノヴィア。 確かに、どこからどう見てもゼノヴィアだ。
美人管理人の言う通り、青髪にメッシュがかかった目つきの鋭い少女。
色々と聞きたいことが山ほどあるが、ナインは自分の胸に顔を擦りつけるゼノヴィアを、肩を持って離れさせて訊いた。
「どうしてあなたがここに…………」
「イリナから聞かなかったか? 私は悪魔になると言って出て行ったのだ」
「………………」
まさか、あれは嘘ではなく、本気でそう言って出て行ったのか。 だとしたら予想もできないのも当然だ。
あれほど悪魔を蔑んでいたのに。
「そして、なった。 悪魔にな」
「理由は訊いても?」
拳をぐっと握り締めるゼノヴィアは、両手をパッと前に突き出して真剣な表情で言った。
その目は、先ほどの軽いものはない。 ゼノヴィア特有の鋭い瞳が、ナインを貫く。
「主がいらっしゃらないのなら、教会で何を信じても無駄だということが解った。
そして、自由に生きろというお前の言に従った」
「命令した覚えはないのですがね」
「私のいまの主であるリアス・グレモリーからも、悪魔は自由意志を許されている。
したいことをして、欲望のままに生きるのが本分であると」
「現在のあなたの主はリアス・グレモリー…………そうか、あなたはすでに…………」
この状況に合点がいったナインは落ち着き始める。 わざとらしく深く息を吐くと、スーツケースの中身を出して整理し出す。
「悪魔になるとはね。 少し驚きましたが、それもそれでアリというものでしょう」
しかし、人が作業しているのにまだ密着から離れようとしないゼノヴィア。 ナインの腕に腕を絡め、膨らんだ双丘でそれを挟む。 普通の男性なら鼻の下を伸ばすレベルの状況に、ナインは無表情。
彼女も教会の戦士、そしてかつてエクスカリバーを二本も兼任していた凄腕の女戦士。 服越しでもその張りと柔らかさは目を見張るものがある。 下手にダラしない躰をしているわけではないようだ。
「作業ができないので離れなさい」
「…………はぁ」
ゼノヴィアは溜息を吐いて離れる、が、腕は離さず握ったままむくれた。
「相変わらずなんだな、少しはいいじゃないか」
「…………あなた、悪魔になってずいぶん開放的になったのでは?」
「そうか?」
「無自覚か……まぁいいでしょう」
赤いスーツの上着を脱いで部屋の奥まで歩いていく。
「そういえば、その恰好なんですか?」
「これか?」
よく見ると駒王学園の制服だ。 ナインはチラリとしか見ていないからうろ覚えだが、確か縦に線の入った白と赤を基調とした制服だ。
それを、ゼノヴィアが着ていることに疑問を持った。
「見ての通り、駒王学園高等部の制服だ。 リアス・グレモリーの眷属になったら、すぐに手配してくれてな」
「…………」
「お前の部屋も、頼み込んだら後払いでいいということになってな。 ああ、ナインは知らなかったか。 私たちがヴァチカンに帰国している間、このマンションの管理会社が変わったんだ。 聞いて驚くなよ…………」
にやりと不敵に笑む。 鼻息が荒くなる。
「なんと悪魔が管理しているのだ!」
腰に手を当てて得意そうにその胸を反らした。 が、ナインは冷蔵庫の天然水をラッパ飲みしたあと、言葉少なに返事をする。
「あ、そう」
「む、なぜ驚かん」
「さほど驚く事でもない」
先ほどの美人管理人はそれか。 悪魔は外見をその魔力でころころと変化させることができる。
中身は人間でいう老婆級の年齢でも、十分な魔力があれば何十歳も年若く見せることが可能と聞く。
管理人もやたらとスタイルが良かったのもそのせいだ…………話し方だけ聞けば納得の年齢だったがなにも言うまい。
そう思案していると、ゼノヴィアが思いついたようにナインの腕を引いた。
冷静沈着な態度は依然として変わらないゼノヴィア。 しかしナインの思った通り、教会の信徒という重しが解けてどこか開放的になったように見える。
「これからオカルト研究部――――リアス部長たちとプール掃除を兼ねた交流会があるのだ、ちょうどいいからナインも来い!」
「…………は? あのちょっと?」
日本は今日も晴天。 その天道の下、決別したはずの少女と男が、時を待たずして衝撃的な再会を果たしていた。
さすがのナインも、この展開には舌を巻かずにはいられなかった。
「…………ミカエルさんの手回し、というには早計ですかね。 縁というのは本当に解らないものだ」
スマート本レベルで挿絵描ける人ってすごいです。 棒人間とマルマインしか描けない作者は哀れ。 あ、あとビリリダマ。
作中について。 日常系の話を描きますと、どうにもほのぼのとした作風を感じてしまうと思います。 戦闘、またはナインの凶行等を常に感じていたい方はごめんなさい。