紅蓮の男 作:人間花火
12発目 白龍皇の誘い
「よく帰還した、三人とも。 キミたちの名は後世に語り継がれ、末代までの誇りとなろう」
ヴァチカンに帰還したゼノヴィア、イリナ、ナインの三人は教会で司教に賞賛を受けていた。
堕天使の幹部コカビエルの聖剣強奪の件にあたり、これを全面的な解決に導いたゆえである。
最終的には、堕天使陣営に傾倒していると思われる
また、バルパーの錬金術で統合されたが、グレモリー眷属の木場祐斗に再び粉々に砕かれ破片となった三本のエクスカリバー。
破片になっても、聖剣の「芯」が健在ならば再び錬金術で修復が可能ということで、実質、教会からしてみれば最高の形でこの事件は解決したことになる。
エクスカリバー破壊は、最終手段であり、また当然のごとく教会としてはしたくなかったこと。 それでも堕天使の手に渡らせるくらいなら壊してしまえという任務だったが。
(死なせるつもりで派遣して、無事に戻ってきたどころかエクスカリバーを奪還するに至った。 教会としては旨味だらけというわけですが、さて)
ナインは、司教の褒め倒しを右から左に聞き流して思案する。
まだイリナには神の不在は話していない。 当然、この司教にも言及は先送りにしている。
まだ日本に滞在していたとき、ゼノヴィアがイリナに件を話そうとしたがナインが止めたのだ。
『…………なぜ知らせてやらない』
『私はどってことなかったですが、紫藤さんはそうはいかないでしょう』
『…………』
『神の不在を知った時のアーシア・アルジェントの狼狽えようを見たでしょ。 元信徒だった被験者の木場祐斗の悔恨の表情を見ましたよね。 そしてあなたはどうだった? 目は色を失い、奈落のような絶望に打ちひしがれた。 悪魔であるリアス・グレモリーですら驚愕の表情でした。 聖書の神とは…………えっと、なんだっけ』
『天使、悪魔、堕天使の…………いわば産みの親のようなものだ』
『そう、それ』
『…………はぁ、お前が言うと締まらんなナイン』
ひとまず神の不在についてはイリナには話さない方向に持っていくことができたナイン。 それにしても、あの聖書の神に対してどこまでも感心の無い男だった…………。
「これからも主のために尽力してくれることを期待している。 ナイン・ジルハードくん、貴殿に関しても、改めて『紅蓮』の称号を授ける。 死地に等しい場に赴き、それでも任務を遂行して帰還したのだ。
キミの罪について不問にしても、誰も文句は言うまい」
「…………どうも」
ナインの小さな相槌にニコリと微笑むと、司教は解散を促す。
イリナ、ゼノヴィアに続いて教会を出るナイン。
「ナイン」
そこで、ゼノヴィアがナインを呼び止めた。 何事かと振り向いたイリナは、首を傾げた。
「すまないイリナ、先に帰っていてくれ。 コカビエル討伐の件に関して、司教に報告しなければならないことがあるのでな」
「…………あ~」
得心したような表情をするイリナだが、そのあとナインをジト目で睨む。
「私は現場に居なかったから蚊帳の外よね~、ふんだ」
「それについては何度も謝っているでしょう」
実は、イリナはゼノヴィアとナインの距離が自分の知らないところで縮まったのが納得いかないのが本音である。 どうしてそう思ったか彼女本人も解らないが、「なんだか」嫌だったのである。
「悪い、イリナ」
「気にしないで、ナインが悪いことだから」
「しかしイリナ、ナインはお前のことを気遣って意図的に出撃させなかったのだぞ?」
「そうだけど…………ああもう! いいわよこの話おしまいー!」
そう言いながらズンズンと帰路を歩くイリナ。 それを見送ると、ゼノヴィアはナインに向き合って――――目を細めた。
「どうにか誤魔化せたが…………」
「上々でしょう。 では行きましょう…………神不在の件を先の司教に言及しにね」
神父服の上に羽織った赤いスーツを翻し、ナインは先ほどの司教のもとに引き返す。
扉を開かれることに気づいた司教は、本日二度目となるナインたちとの対面に首を傾げた。
「うん? どうかしたかね、二人とも」
優しい笑みの奥には何があるのか、できればなにもあっては欲しくないと思うゼノヴィアだったが、ナインはにやにやとしたまま司教に直言する。
「まぁ、これは先の聖剣強奪犯討伐にあたり耳にした情報なんですが。
司教…………聖書の神がすでに死去していることをご存知でしたか?」
回り道、言い回し一切無しの直球にゼノヴィアは身震いする暇も与えられなかった。 耳で聞いたあと数秒の時間を擁し理解したところ、やはりゼノヴィア自身もまだ信じられなかったのだろうが…………
しかし、司教は顔色一つ変えず首を傾げた。
「…………どこで、それを?」
僅かの引き攣りを、ナインの観察眼は見逃さかった。
「堕天使中枢組織、
「…………残念だ」
その直後、司教が指を鳴らした。 すると、瞬く間に武装神父たちが教会内に殺到した。
目を見開いたゼノヴィアだったが、この状況でも瞑想し落ち着き払うナインを見る。
「…………ナイン! く…………司教、これは一体…………」
包囲した武装神父隊を掻き分けて出てくる司教は、蔑むような瞳で二人を一瞥した。
「手荒な真似はせんよ。 おとなしくこの国から出て行けばね」
「…………理由を聞きたい」
すると、司教は周りの神父隊を見遣り、鼻で息を吐いた。
「聞き入れないというのなら、実力行使させるが…………如何に……」
銃剣が構えられる。 二人にその槍衾が突き付けられると、ナインは悠々と歩き出した。 扉に向かって歩くナインを見て、司教は目を細める。
「聞き分けがいいのだな、紅蓮の錬金術師……いや、いまはもうただの爆弾狂か」
「―――――!」
すでに彼らの中では、この二人は追放の対象――――すなわち、異端として扱っている。 すると、ナインは後ろの司教をチラリと見ると、肩を竦めた。
「いやあ、私もすみません。 正直なところ、このような退屈な場所は早くに去るつもりだったのです」
「…………なにぃ?」
「え…………?」
「ば…………はは、バカな。 異端者め、今度は負け惜しみか、さっさと出て行け!」
そんなのは聞いていないぞと目で訴えるゼノヴィア。
呆気に取られる、が、司教は不敵に笑みを浮かべてナインのその場しのぎの強がりを罵倒した。
そんな司教に、銃剣の槍衾を手でどかしながら近づいて行った。
パサ、と司教の足元に薄っぺらい封筒を投げる。 それを司教が拾うと、ナインは片手で前髪を上げてほくそ笑んだ。
「収入もよく、待遇も中々の就職先で」
「…………こ、これは」
わなわなと封筒の中身を持った手を震わせる司教は、そのままナインを見た。
胸の十字架が…………無い。
先のコカビエル戦において、ナインが自分で千切り捨ててしまったのだ。
「ヴァチカン直轄の国家錬金術師という大層な職種を放棄するにあたって、そのようなチープな届出ですみません、司教。 ふはは、ハハ、ふ……いわゆる世間一般で使われる……辞表、届けです。 まぁ、ゆっくりしっかりと拝見を、よろしく」
「貴様…………!」
声も裏返り、歯ぎしりをする司教。 どう考えても即興で作れるものではない。
ということはなにか、この男は最初からヴァチカンの錬金術師を退くつもりで…………?
「きょ、教会に籍を戻されたばかりだぞ…………」
「いやあ、嬉しい誤算です。 私としては、犯罪者ということでまた地下牢に放り込まれるものと思っていましたから。 籍を戻してくれるということは、私は再び『紅蓮の錬金術師』として返り咲くことになる。 そしてそのあと、改めて辞めることができる。 服役期間があったなら、そんな勝手は通らないですが……ね?」
「…………~~!」
心中地団太を踏む司教は、出ていくナインの後ろ姿を見て、さらに苛立ちが募った。 そこに、追い討ちをかけるようにゼノヴィアが司教の前に立つ。
「ふざけおって…………! ん、なん――――」
「司教、このエクスカリバーも返却しておく。 それじゃあ」
「………………」
白い布に包まれた聖剣―――
適性者を人工的に作り出せる昨今、
唯一例外なのは、デュダンダル。 ゼノヴィアは、この聖剣の純粋な適性者であるため、彼女が死んで、且つ後継が定まらない限り彼女の私物ということになる。
「…………ど、どいつもこいつも……! クソッ!」
床に置き去られたエクスカリバーを見ると、司教は歯ぎしりをして悔しがった。
◇
「ナイン、辞めるつもりだったのか、最初から」
「ええ、まあ。 ヴァチカンにいても無駄なので」
司教の居る教会を出たナインに追いついたゼノヴィアは、彼の顔を覗き込んだ。
「ずいぶんあっさりとしているな。 もしもの話だが、教会側が約束を反故にしてお前を再び拘束したらどうするつもりだったんだ?」
すると、短く笑うと口を開く。
「まぁ、そしたらそれはそれで現実として受け止めていましたねぇ」
「…………終身刑をおとなしく受けていたということか?」
「そうなります」
平然と、淡々と言うナインに、ゼノヴィアは目を細めて表情を曇らせた。
なぜそんなに平気でいられる。 確かに、いまのは所詮ifの話だったが、自分の趣味を優先させそうなナインらしくない。
「世界は常に変わり、動いている」
ゼノヴィアが立ち止まっても歩みを止めないナインが、歩きながら話し始める。
「流れに逆らってばかりでは、なにもできませんからね。 ましてや私など、躰一つの人間一人です」
「…………でも、私は嫌だな。 英雄視されるはずのお前が、そうなったら」
「くっくく、ふはっはは、英雄? ちょっと、ゼノヴィアさんいきなり笑わせないでくださいよー」
そう腹を抱えて笑うナインに、ゼノヴィアはむっとして詰め寄った。
「お前が居なければ、コカビエルはあの町を消していたのかもしれんのだぞ!? それを防いだお前は、間違いなく人間の英雄だ!」
「私がいなくとも、あの白龍皇が収めていたと思いますよ?」
「それは…………」
俯いてぐぅの音も出ないゼノヴィアは、しかし指でナインの赤服の裾を引っ張った。
「それは……違う。 私は、事実に基づいて話しているんだナイン。
白龍皇が来るから解決していたとか、お前がいなかったらどうとかはそんなものはもしもの話だろ! お前が、コカビエルを撃退したんだ。 この事実は揺るぎない」
「強情ですねぇ」
へらへらするナインの顔に、ずいと顔を寄せるゼノヴィア
「事実だ!」
「はいはい」
瞳は潤み、躰も小刻みに震えている彼女を見たナインは、手を振ってゼノヴィアの発言から一歩退がるのだった。
「それにしても、これからどうします?」
「むぅ…………私はともかく、お前が悪評なのは気に入らん」
「聞いてないし。 それになんであなたがそんなに怒ってるんですか。 今回我々が異端とされて追放されたのは、明らかに神不在の件を知ってしまったからだ。 その話は関係ない」
「…………」
仕方なくこれからの話題に移るゼノヴィア。 こつんとナインの背中に頭を預けた彼女は、そのまま話す。
「とりあえず、イリナには別れを告げる」
「理由付けはどうするんですか?」
「む…………」
神が先の大戦で死去したことを知って追放された。 この事実からして、イリナに馬鹿正直に理由を告げて別れるなどできるはずもない。
「知らぬが仏とは、よく言った」
「…………日本の諺は言い回しがくどいですが、奥深くて好きですよ」
実はナインは、日本のワビサビなるものについても好意的に思っている。 派手なのももちろんいいが、たまには閑散としたものもいいと。
どうでもいいことだが、ナインは、思想については雑食なのだ。
”貫く
「二人してイリナに言ったら怪しまれるかもしれん。 別々に告げて、別れるというのはどうだろうか」
「賛成です」
「…………理由に関しては」
口をつぐむ。 それに、ナインはさらっと口に出した。
「異端の理由など、いくらでも考え付く。 忘れてはいけませんが、彼女に嫌われることを怖がってはダメですよ」
「分かっている」
怪しまれぬように。 しかし「らしさ」を失わないよう理由を考えるゼノヴィア。
ナインについてはいくらでも理由の付けようはあるため、問題は無かった。
「…………よし」
顔を上げてそう言うと、ゼノヴィアはイリナの居る宿に向かって歩いて行った。
すると、ゼノヴィアは一度立ち止まり、ナインの方に向く。
「…………お別れだな、ナイン」
「ええ」
「その……色々ありがとう。 日本での住居の確保、食料。 正直、私たちはほとんど役に立たなかったと思う」
その言葉に、首を横に振ってナインは笑った。 ゼノヴィアのまっすぐな瞳に、ナインは横目で見据えたあと、吹き出すように笑ったのだ。
「花があって、私は良かったですよ」
「なに、ホントか!?」
「嘘です。 私はそういったこと興味は無いと何度言えば…………」
「お前な…………」
少し拳を握るゼノヴィア。 ぷるぷる震えて目元を引きつらせるが、やがて身を翻してナインに背を向けた。
「…………」
向けた背も震えているのを見て、やれやれまだ怒っているのかと肩を竦めたナイン。 ゼノヴィアが震えながら顔を上げた。
「…………お前は変な奴だったが、不思議と嫌いではなかったよ」
「…………」
「…………お前とはもっと――――っ…………ナイン!」
どんどん涙声になっていくゼノヴィアに眉を吊り上げて訝るナインだったが、その直後ゼノヴィアは彼の胸に飛び込んだ。
何も感じないナインは、ポケットに両手を突っ込んだまま飛び込んできた彼女を胸板で止めた。
「いままで…………主を信じて来たのに……ずっと尽くしてきたのに――――こんなにあっさりと異端にされて追放なんて、あんまりじゃないか!」
「…………これが『浄化』というものなんでしょう。 このヴァチカンを、教会を体現しているものだ。
少しでも濁りが出れば、その濁りを『洗い落とす』ことをしなければならない。 いままで教会で学んできたのに、そんな初歩的なことを忘却していたのですか。 そういう性質なのですよ、ヴァチカンとは。
私は解り易くていいと思いますがね」
ナインの話も耳に入れず、ゼノヴィアはただただ彼の胸板を拳で叩いた。 さっきまで溜めこんでいたものが爆発したような体の彼女に、ナインは黙って受け入れる。
しかし、涙声だったにも関わらず、涙を流していないのは強い証だろう。 ゼノヴィアはもうカラカラになった瞳を上げて、ナインから離れた。
「もう行く。 それじゃあな、ナイン。 イリナと話が終わり次第、ここを発つ――――いつまでもここにいることはできないからな」
「ええ。 折を見て、私も紫藤さんに適当に話して出ますかね」
「…………最後くらい、名前で呼んでやったらどうなんだ?」
「どうして?」
「どうしてって…………もういいよ」
別れる二人。 青髪にメッシュがかかった少女は、月の光に妖艶に照らされる。
対してナインは、いつもニヤニヤと不気味に笑んでいる表情が照らされ、より一層妖しさが膨れ上がった。
離れていくゼノヴィアを見ながら、ナインは独り言のようにつぶやく。
「最初から美しいものは花火にしても意味がありませんね」
「思ったより感動の別れだったのかな、紅蓮の錬金術師」
すると、ゼノヴィアが見えなくなると同時に、ナインの耳に男の言葉が響いてきた。
辺りは月明かりのみで、ほとんど真っ暗闇だが…………ナインは目を細めて見渡す――――その瞬間、足元の自分の影が、沼のように――――
「む…………あなたは…………」
「やあ、紅蓮の。 会いたかったよ」
◇
「…………」
自分の足が地面にずぶずぶと入り込んでいるのに、それを一顧だにせずに目の前の銀髪の少年を見据えるナイン。
その様子に、銀髪の少年はくぐもった声で笑った。
「動揺せず、か。 黒歌、そこで止めろ」
仲間の名前だろうか。 銀髪の少年がそう言うと、ナインの足が地面に浸水するのを止めた。
こんな不可思議な事態が起きているのに表情一つ崩さないのは、ナインの強さか。
「あなた、日本に居たのではないのですか」
「ここまで尾けてきたんだよ紅蓮の。 お前に気取られぬようにするにはかなりの間隔が空いてしまったがな」
ナインは息を吐いた。
「ストーカーですか。 白龍皇が私を指名とは畏れ入る」
「まぁ、そんな寂しいことは言うなよ。 俺の名はヴァーリ。 今回、少しお前に話があってこんなところまで来た」
「へぇ……」
突然の白龍皇の来訪に、ナインは訝しげに眼を細める。
地面に両足を突っ込んでいるというなんとも奇怪な現象をその目で見て、頭を掻いた。
「あなたが堕天使の陣営にご厄介になっているのは知っています。 そんな人が私に何の用で?」
「紅蓮…………いや、ナイン・ジルハード。 俺は戦いが三度の飯より大好きでね。
体を動かさずにはいられないんだ」
「?」
白い鎧を身に纏った少年――――白龍皇、ヴァーリはそう言いながらナインの目の前まで歩いていく。
「聞くところによれば、お前はかつて教会で爆破事件を起こして投獄されたそうだな」
「…………」
「そして二年後のいま、盗まれた聖剣を奪い返すために釈放された」
「でも任務達成のそのあとに~、神様居ないの知っちゃって、いまさっき追放されちゃったところだったのよねぇ」
何者かがヴァーリの言葉に続けて喋りはじめた。 背後から、誰かが出てくる。
可愛らしい声音で姿を現したのは、長い黒髪の女性…………黒い和服を身に纏った…………
「奇抜な恰好をしていますね」
「あらぁ、素直にエロい恰好してるって、直球でいいのよ?」
豊満な胸を和服に押し込んだ妖艶な女だった。
そんな、男性ならば誰でもそそるような体つきにナインは目もくれず、彼女の頭と尻に視線を遣った。
尻に視線がいったのを感じると、その女性はわざとらしく恥ずかしそうに押さえて見せた。
「やん、どこ見てるのぉ?」
「猫の耳……? 尻尾…………」
顎に手を当てて考えるナイン。 彼女はその彼の態度に目元を若干引きつらせるが、切り替える。
可愛らしく自分の黒い尻尾を撫で、ナインに見えるように、誘うように流し目でポーズを取った。
「にゃん。 ネ~コ~マ~タ~。 初めて見る?」
「ええ、珍しいものを見ました」
「黒歌という。 俺の仲間だよナイン」
仲間? と訝るナインは、黒歌と呼ばれた妖艶な美女を一目見た後、ヴァーリを見た。
「妖怪で……悪魔。 要領を得ませんね、どうして堕天使に傾倒しているあなたが、悪魔などを仲間に…………」
「この状況がすべての答えだ、紅蓮の錬金術師、ナイン・ジルハード」
「………………あなたまさか」
一つ、このヴァーリという少年は、戦いが好きだと言った。 即ち、平和は好まないし、いつでも戦っていたい戦闘狂。 重ねて隣に侍る猫…………黒歌。 見た目、気づかれないだろうが、ナインは彼女は転生悪魔であると看破していた。
あれらがいると、周りの温度が若干下がるのだ。
「分かったか? これがいまの俺さ。 誰にも縛られない、自由でいい」
「…………」
前で鎧を纏った拳をぎゅっと握り込むヴァーリに、ナインは舌打ちをした。 そうか、そういうことかと得心する。
そして、ヴァーリ自身この事実をこの男に曝けても告発など野暮なことはしないと確信を持っていた。
「やれやれ、堕天使も大変だ…………」
肩を竦めるナイン。
しかしその直後、ふわりとナインの鼻腔が長い黒髪に撫でられる――――同時に、首筋に――――ぬろ、っと水気のある物が撫で回した。 ぞわぞわとさせるようなぬめりのある感触に、ナインは舐められた場所をさすりながら犯人を睨んだ。
黒歌だ。
「…………火薬の匂い……それと、智者の味…………頭の良い男って、好きよ」
「…………」
「でも、性欲に対して関心が無いのはいただけないにゃぁ」
男性とは斯くあるべし。 舌で舐め上げてもナインからまったく「男の臭い」が高まらないのを感じて、黒歌は彼に対して暗にそう示していた。
――――素直になって、と。
「にゃ~ぅ」
舐めた舌に自分の指をくっつけてナインを流し目で誘うように見つめる。
黒い和服を着崩したその様は、まるで遊廓に居る女だ。 しかし、このナイン・ジルハードという男にはなんの効果も無い。
健全な男ならば、その抜群のスタイルから漂う色香に幻惑されるだろう。 ふらふらと誘われるままに、まるで淫魔に魅入られた者のように無防備を曝け出すことになる。
「…………」
黒歌にも、自分の色香には自負があった。
豊かに突き出たバストも、それにも関わらずくびれたウエストも、ヒップも、顔も悪くは無いと。
そしてこれは単なる傲慢ではないし、だからこそ、男を誘惑する自分の行動を恥じず、引っ込まず、ただ一つ女としてのプライドを持って目の前の男性というものに挑んできた。
自分は普通の女性とは一線を画した容姿と恰好をしている。 そしてこの行動も、彼女本人からして狙ってやっているのだ。
だが、目の前の健全だと思っていた男からは、奇異の視線を向けられた。
思考を一切止めず、ただ冷静に、目の前のストリップに近い事態を把握し、「この黒髪の女は露出狂」などと思っている。
そうなれば、黒歌の中の対抗意識は自然と燃え上がるのは必然だった。
「強い遺伝子見ぃ付けた…………」
後ろで両手を組んでナインの周りをちょろちょろする黒歌。 たまに彼の体をくんくんと嗅いでは……体に寄り添った。
それを見るヴァーリは鎧の中で短く笑うと、右拳をナインに向ける。
「いまはアザゼルのところに世話になっている、だが、それもいずれ…………そこで、お前には俺の……」
ナインは、ヴァーリの言葉に終始無言で睨み付けていた。
そして、手を取ろうとしたその瞬間だった。
「光…………?」
ヴァーリと黒歌、そしてナインの後ろで、突如神々しい光が放たれた。
ナインはその光を手で遮ると、黒歌が少し慌てたようにヴァーリに駆け寄る。
「この光……ヴァーリ?」
「ああ、ここはヴァチカン、俺たちのような不浄な者がいつまでも駐屯していてはいずれ勘付かれるか…………」
すると、ヴァーリは夜空を見上げたあと、ナインに向かって口元を笑ませた。
「話はまた今度だな――――行くぞ黒歌、ひとまず退く。 まったく、とんだ邪魔が入ってしまったものだな」
瞬間的にヴァーリの鎧が白く光ると同時に、音も無く天空に飛び立つ。
ヴァーリの白光は持ち主が居なくなると、すぐに止んだ。
「…………」
ナインは、先のヴァーリの言葉を噛み砕き、更に首を傾げて顎をさする。
要は、俺と一緒に来い、ということだったのだろうか。 あまりの突然の出来事に、さすがのナインも疑問符が尽きない。
「――――見つけましたよ、紅蓮の錬金術師」
そんな疑問符が頭に回っている中、さらに新たな情報を脳に送ろうとする者がいた。
少し不機嫌にナインは振り返ると――――瞠目する。
「十二枚の、金色の翼…………?」
体ごと丸まって目を覆いたくなるような光が止むと、そこには十二枚の金色の翼を生やした美青年が立っていた。
三期やるけど、黒歌の声って誰だろ…………いや、まず出るのかな。 とりあえずドライグのマダオの声期待。