タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第34話 アカメを狩るⅡ

 

互いに死闘の終わりを予感した。アカメとクロメ。姉妹同士の因縁。帝国の地下通路で、人知れず行われる殺し合い。暗殺者同士が向かい合い、奇しくも同系で刀の帝具を構える。最後の交錯。

 

ただ、ここでどちらにとっても予想外の事態が起こる。カツン、カツン、と地下通路内を反響する足音。クロメの背後から規則的に、次第に大きくなって耳に届く。異常な速度で薄闇のトンネルを駆け、近付く者がいる。両者共に、いずれ現れる闖入者に意識が向いた。

 

「増援……どちらの?」

 

表情を歪め、苦々しげにクロメがつぶやく。実力の伯仲した暗殺者同士。雑兵ならばともかく、それなりの実力者が加われば、その時点で均衡は崩れる。

 

ナイトレイドか帝国軍か。どちらの増援なのかは不明。だが、より脅威を感じているのは、クロメだった。後ろを振り向けないために、不意打ちを受ける危険度が上がるのだ。その前に決着をつけたいところだが……。

 

厄介なことにアカメ、完全に後の先の構え。焦って攻め掛かるのを待っている。だからこそ、彼女は軽々に手を出せない。焦燥感が心臓の鼓動を早める。反響する足音。まもなくアカメの視界に追手の姿が映る頃だ。と、そこでアカメはこれまでにない仕草を見せる。

 

右腕の袖口から、何かを取り出すと左掌を口元に当てる。隙か罠か。しかしクロメは即座に行為の意味を悟る。自身が毎回行っている仕草だからだ。

 

 

――薬物投与

 

 

「まさか、お姉ちゃんが……!?」

 

気付いたときにはもう手遅れ。アカメは錠剤を噛み砕いた。歴戦の暗殺者が、さらに命を削る薬物によって強化される。恐ろしきは、その覚悟。アカメはこの局面を打開するのに全てを懸けた。

 

「葬る」

 

アカメが口にする必殺の覚悟。耳に届くと同時に、彼女の姿が掻き消える。マズイ、と感じた瞬間に肉体は退避を命じていた。反射的に行われるバックステップ。俊敏な反応と身のこなし。しかし、今のアカメは、すでに人外の領域。イェーガーズ最速のクロメをすら、凌駕する。

 

 

横薙ぎに振るわれた一閃は、彼女の手の甲を斬り裂いていた。

 

 

「えっ?……あっ、そっか。私の負けか……」

 

一拍遅れて、自身が斬られたことに気付いたクロメ。血の滲む右手首に視線を落とす。驚きの表情を浮かべたのち、諦念を込めて溜息を吐いた。

 

「アカメぇえええ!」

 

響き渡る怒声。首だけで振り返ると、弾丸のごとく迫りくる純白の鎧――帝具『インクルシオ』を纏った男。手にした長槍、ノインテーターを振りかぶり駆け寄ってくる。なるほど、とクロメは理解する。

 

「タツミ……そっか、焦ってたのはお姉ちゃんの方だったんだね」

 

隙を晒してまで行った薬物強化。姉にとってそれは最後の手段であり、賭けだった。投薬の隙を突けなかった自分の失策。つまりは、姉が一枚上手だったということ。

 

必殺を終えて、彼女は大きく後方へ跳び退いた。一瞬後に到着する敵の魔手から逃れるために。斬撃後の隙を突かれることはない。態勢を整えた。さすがに、抜け目なく最善手を打ってくる。終焉を確信して、クロメの口元に小さく笑みが浮かぶ。

 

「これで終わりか。バイバイ、お姉ちゃん」

 

「クロメ……すまない」

 

視線が絡み合う。おそらく彼女の人生で最も濃密な時間。離れ離れになった姉妹が、末期を迎えて、ようやく分かり合った。

 

極限まで圧縮された意識の中で感じる。クロメの手の甲に流し込まれた『一斬必殺』の呪毒。右手首、右肘と、急速に命を奪いに来くる。これが心臓に至ったときに、『一斬必殺』が完了するのだ。最後は大好きな姉を見ながら死のう。彼女は安らかな気分でその時を待つ。

 

しかしそれを、彼は許さない。

 

「させっかよ!」

 

 

――クロメの右腕が斬り飛ばされる。

 

 

姉妹の顔が驚愕で固まる。タツミは、即死刀を受けたことを察し、敵への攻撃から味方の延命に切り替えたのだ。英断だった。呪毒が心臓に届く前に、患部を切除。クロメの右肩から勢い良く鮮血が噴き出す。

 

「悪いな、これしか思いつかなかった」

 

クロメの横で立ち止まる。純白の鎧――「悪鬼纏身『インクルシオ』」を装着したタツミは、視線を敵から離さずに謝罪した。膝をつき、左腕で噴き出す血流を抑えながら、クロメは左右に首を振った。

 

「ううん。助かった」

 

「あとはオレがやる。クロメは下がっててくれ」

 

「……仕方ないね」

 

刀を握った状態で固まった彼女の細腕。物体として転がるそれに視線を向け、諦めるようにクロメは端の壁際へ避難する。

 

その間も、タツミは敵への視線を外さない。相手の暗殺者の尋常でない様子を、見取ったからだ。血走った眼、浮き出る血管。そして、傍目からでも分かる、強烈な集中力。そのタネを妹は語る。

 

「今のお姉ちゃん、薬物強化してるよ。超強化薬を使った私よりも、速い」

 

タツミの動揺はかすか。最終決戦である。ただでは終わるまいと、漠然と予想していた。副作用も強いはず。革命軍も全てを投げ打ってこの場に臨んでいる。ナイトレイドのアカメ。革命軍側の最高戦力のひとつである。この場で彼女を撃破すれば、敵の裏側の手札は尽きるはず。タツミは撃滅を決意する。

 

ただ、疑問がひとつ。なぜアカメは攻めてこない。妹が生き残ったことに感激している、そんな甘い相手ではない。タツミの生存本能が警鐘を鳴らす。背筋がひりつくような、寒々しい感覚。黒衣の暗殺者の性質が、変貌していく。ただ突っ立っているだけに見えるアカメ。だが、禍々しさは飛躍的に増加している。

 

「何か分からないが、このままじゃマズイぜ」

 

危機感を覚えたタツミは、全力で以って殺しにかかる。その直感は正しい。ナイトレイド最強の暗殺者アカメ。彼女の強さを支えるその所持帝具は「一斬必殺『村雨』」。かすり傷ひとつで必殺を与える異形の刀である。そして、妹すら殺害する業の強さを、たった今、帝具自身が認めたのだ。

 

つまり、所有者本人すら知らなかった奥の手――『役小角(えんのおづの)』解禁である。

 

 

 

 

 

 

 

一方、宮殿正門の戦いも熾烈を極めていた。帝具の炎で焼け野原となった広場。帝国側の兵士は、巻き込まれるのを避けて宮殿内に退避している。同じく革命軍側の暗殺部隊も距離を取っていた。

 

攻めるのは、絶対強者の雰囲気を発する人間型帝具スサノオ。上段に構えるは、能力で生み出した特大剣。強化された速力で敵対者の眼前に踏み込み、まっすぐに振り下ろす。破壊力に特化した極大威力の一閃。エネルギーの奔流が軌跡に続いて荒れ狂う。

 

『天群雲剣(あめのむらくものつるぎ)』

 

迎え撃つは帝国側、イェーガーズ。回避の余裕すらなく、ひと固まりにまとまっていた彼らの眼前に死が迫る。自分達どころか、背後に控える宮殿すら両断されかねない一撃。あまりの威力を想像して、とっさに絶望が脳裏をよぎるが、立ち向かう者がただ一人。

 

「ウェイブくん!?」

 

「みんなは俺の後ろに!うおおおおおっ!」

 

仲間をかばうように前に出たウェイブ。漆黒の鎧を纏い、最も防御力に秀でているのが彼だ。しかし、だからといって――

 

周囲が光に包まれ、直後、轟音と衝撃が鼓膜を激しく揺らした。砲弾のごとく弾き飛ばされる男の身体。セリューの視界の端を通り過ぎた黒い影は、数十メートルを超えて、宮殿の壁に激突した。石造りの壁をめりこませ、縦一文字に割られた漆黒の鎧ごと地面に落下する。

 

「そんな……いや、生きてる!」

 

ゴホッとうつ伏せのまま、咳き込む姿が見えた。

 

「……素晴らしい戦士だ。鎧の帝具だろうと、生き残れる威力ではないはずだが。受け流したか」

 

振り下ろした大剣を消失させ、スサノオが感嘆の声を漏らした。インクルシオを知るがゆえに、鎧ごと叩き潰す一閃を防がれた驚きは大きかった。結果的にそれは、他のメンバー間で作戦を伝え合う隙を与えることになる。

 

「行って、コロ!狂化(おくのて)!」

 

「イェーガーズ、まだお前達が残っていたな」

 

セリューの指示に合わせて、生物型帝具コロが弾丸のごとく飛び出した。狂化により、巨大化した数メートルの怪物は、両拳で怒涛の連打を浴びせかける。同じく生物型帝具であるスサノオも、徒手空拳で迎え撃つ。相手の拳を捌き、打つ。幾度となく拳撃が打ち込まれた。身体能力もそうだが、技量に差がありすぎる。一方的にコロが叩きのめされる。

 

「ここまで差があるなんて……」

 

核を潰されない限り死なないとはいえ、この調子では保たない。スサノオの正拳突きが、容易く腹を貫いた。危ない、体内の核のすぐ近くだ。セリューは苦々しげに口元を歪める。隣から覆面越しにボルスさんから声が掛かった。

 

「さっきの作戦通りに。伝えてないけど、ウェイブくんもきっと合わせてくれるはず」

 

「了解です」

 

各個撃破を避けるために固まっていたが、それも終わり。戦闘を避けるように迂回しながら、ボルスは奥へと駆け出した。一方、セリューは片膝をつき、突撃前にコロの体内から取り出した対戦車ミサイルを構える。

 

 

 

繰り広げられる帝具戦は、多対一の様相を呈している。イェーガーズの隊員達と、ナイトレイドのスサノオの対戦。所有者ナジェンダの生命と引き換えに解禁した奥の手『禍玉顕現』。身体能力の大幅な向上と3つの特殊能力。厄介なそれらの攻略無しに、勝利はない。

 

スサノオは目の前の敵と戦いつつも、他の2名の動きを逐一確認している。援護や不意打ちへの警戒だ。しっかりと戦場を把握していた。だからこそ、この場面において当然狙うことがある。先ほど見せた超高速移動による、孤立したセリューの殺害。

 

「『八尺瓊勾(やさかにのまが――」

 

「やって!コロ!」

 

所有者への直接攻撃の寸前、彼女は叫び、コロは応えた。

 

「クオオオオオオオオ!」

 

「ぐうっ……」

 

物理的な威力すら伴う、大音響の叫び。至近距離で受けたスサノオは、動きをわずかに鈍らせた。とはいえ、帝具である以上、鼓膜が破れようとも即座に再生可能。巨体を蹴り飛ばし、邪魔者をどける。しかし、時間稼ぎには十分。ボルスが定位置に着き、挟み撃ちの態勢に持ち込んだ。

 

「セリューちゃん!」

 

「はい!正義執行!」

 

タイミングを合わせ、両側から互いに最大威力の遠距離攻撃を放つ。ボルスは溶岩の塊を、セリューはミサイルを。左右からの挟撃。どちらも直撃すれば、体内の核ごと爆散できる。しかし、これは賭けだった。

 

「さあ、反射できるならやってみてください!」

 

スサノオの3種の特殊能力のひとつ――『八咫鏡(やたのかがみ)』。相手の飛び道具を問答無用で反射する、強力なカウンターである。開幕直後の小型ミサイルの連発も、帝具の火炎放射も、威力をそのままに跳ね返されたことは記憶に新しい。だが、その際に全面に鏡のような盾を張っていたことに、彼女達は気付いた。

 

複数方向には対応できないのではないか。その一点のみを突破口に放たれる同時攻撃。

 

「八咫……いや、『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』」

 

連携が功を奏す。スサノオは反射ではなく、超高速移動による回避を選択。左右からの挟撃を後ろに跳ぶことで逃れ、そのまま方向転換してセリューへと向かう。だが、それも想定内。軌道を合わせて放たれたミサイルと溶岩流は、中間地点で交わり、瞬時に大爆発を起こした。視界を埋め尽くす白光と耳をつんざく轟音。最大威力のミサイルの爆炎と、超高熱で飛散する溶岩が宮殿広場を埋め尽くす。巻き込まれる可能性有りと、スサノオも追撃を断念。凄まじい反応速度で爆心地から離脱する。

 

「きゃああああっ!」

 

爆風にもみくちゃにされながら、セリューが広場の端まで転がった。土塗れになりながら上半身を起こす。舞い上がる黒煙。視界一面を遮る灰色が次第に晴れていく。その場で立ち上がり、彼女は警戒しつつ周囲を見回す。手持ちの武装を使い果たし、徒手空拳の状況。相手に見つかれば、即座に縊り殺されるに違いない。

 

先ほど蹴り飛ばされたコロの位置へと駆け足で向かう。敵に視認される前に、味方と合流しなければ……。

 

しかし、望みは絶たれた。走る彼女の前に、大剣を手にしたスサノオの姿が現れる。視界が煙に覆われるのを察して、彼女の位置を予測していたのだ。所有者が命を落とすことで、帝具の方も無力化される。視界を遮る土煙を利用して、イェーガーズの殲滅を狙った。

 

「終わりだ。ナジェンダの遺命、果たさせてもらう」

 

右脇に構えるは極大威力の秘剣――『天群雲剣(あめのむらくものつるぎ)』。

 

「悪に屈するか!これでもくらえ!」

 

口を大きく開き、セリューは舌の部分に仕込んだ短銃を発砲する。パンという破裂音。最後の手段として仕込んだ暗器。

 

「……無駄だ。そんな小口径の豆鉄砲が通用すると思うな」

 

顔面を狙う一射は、超強化されたスサノオの硬度に弾かれるのみ。意にも介さず、両手に握った大剣を横に薙ぎ払う。回避も防御も不可能な豪快かつ致死の一撃。セリューの顔が焦燥感に歪む。彼女の最後の足掻きは、敵に傷一つ付けられなかった。しかし――

 

 

――彼に位置を伝えることはできた。

 

 

「グランフォール!」

 

 

死を覚悟した瞬間。スサノオの直上から、黒き流星が墜落した。漆黒の鎧を纏ったウェイブの放つ、高高度から最大威力で踏み砕く必殺の一撃。破壊力は落下した隕石のごとく。核の有無など無関係に、人体を粉砕する。

 

セリューとボルスの連携で巻き起こした爆炎は、このためのもの。相手の視界を遮り、意識外に消えたウェイブで奇襲を仕掛けるための。

 

半径数メートルを超える大規模なクレーター。爆心地に佇むは、漆黒の鎧を身に纏った青年。ウェイブは地面から拾い上げた円形の核を指先で摘み、パキリと割り砕く。土煙が晴れ、周囲の仲間たちの無事を確認した。激戦の余韻を吐き出すように、ウェイブはつぶやいた。

 

「ナイトレイド、俺達の勝ちだ」

 

 

 

――ナイトレイド残り1名。

 


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