タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第31話 レオーネを狩るⅡ

 

 

 

帝具には相性がある。

 

 

獰猛な獅子のごとく襲い掛からんとする、獣化した金髪の女性。レオーネを正面に見据えながら、タツミは静かに思考する。

 

例えば、アカメの持つ刀の帝具『村雨』には、刃の通らない鎧の帝具『インクルシオ』が良い。一斬必殺の脅威も、傷ひとつ付かなければ恐るるに足らず。

 

視界の端に映る、クロメと相対する白装束の剣士の姿を捉える。

 

かつて死闘を繰り広げた、異民族の総司令ゴウラ。あの埒外の剛剣の前には、鎧すら斬り裂かれてしまう。ならば、防御よりも、むしろ頑丈な大剣ごと破壊できる攻撃特化、『エクスタス』が良い。

 

「おっ、そっちでやるんだな」

 

レオーネの眼前で鎧を解除する。帝具はひとりにつき、ひとつが鉄則。タツミは『エクスタス』を選択した。地面に突き立てていた大鋏を片手で抜き、くるりと手元で回す。編み出した固有の構えを取り、同じく臨戦態勢であるナイトレイドを迎える。

 

「まあ、アンタらには帝具の弱点もバレてるだろうしな」

 

鎧の帝具『インクルシオ』

 

性能は申し分ないが、装着時には莫大な体力を消費し続ける。成長した今のタツミですら、30分も着けていれば動けなくなるほど。

 

スピードを活かして逃げ回り、時間稼ぎに徹される。それが彼にとって最悪の展開。

 

「元仲間と殺し合うってのは、アカメなら嫌がるだろうけど。私はそういうの、あんまり気にしない性質なんだよな」

 

前傾姿勢で攻撃的な視線を向けるレオーネ。直後、その姿が掻き消えた。

 

――爆発的な加速

 

殺気を感じ取り、即座に左へ上体を倒す。瞬きのうちに突撃してきたレオーネ。瞬発力ならば、世界中を探してもトップクラスだろう。人外の俊足で懐へと踏み込んだ、擦れ違いざまに右拳を叩きつけ、そのまま通り過ぎる。身体強化された、野性的な一撃。

 

首を捻ることで、タツミはそれを間一髪で受け流す。頬を裂く拳圧。獲物を狙う獣の襲撃を、辛くも凌ぐ。

 

「さすが、上手くかわすじゃん」

 

一瞬の交錯の後、振り向いたレオーネが楽しそうに口元を歪める。獲物を狩り殺す苛烈な獣性。無意識に自身の頬を撫でるタツミ。背中にじっとり汗が滲み出る。圧倒的な速度に、彼は戦慄した。

 

自分の反応が追い付かない。

 

今回とっさに避けられた理由。ひとつめは、ワイルドハントの戦いを観戦していたこと。実際に体感すると速度は想定以上だったが。そしてもうひとつ。

 

ただの幸運である。

 

被弾覚悟で攻め込むしかない、とタツミは決断。

 

――攻撃力ならばこちらが上だ

 

腰溜めに大鋏を構え、真っすぐに足を踏み出した。一気に距離を詰め、最速最短の刺突で喉元を狙う。長いリーチを利用した突き。それを相手は上体をわずかに反らすだけで逃れた。

 

タツミはさらに一歩踏み込む。手元で大鋏を半回転させ、右袈裟からの斬撃に移行。流れるような連携で、斜めに斬り下ろす。『万物両断』の一閃は、相手に防御を許さない。ただ当てることに専心。無駄なく、素早く、滑らかな連携。

 

「甘いぜっ!」

 

レオーネは野性的な超反応でステップ。タツミの視界から消え失せ、身体ごと脇に回り込む。驚愕に目を見開く彼に向けて放たれる、疾風の拳。瞬きの間に3発。タツミの動体視力をもってしても、完全に捉えきれない。

 

初撃を首を捻ってかわし、次撃をエクスタスの取っ手で受ける。しかし、止められたのはそこまで。最後の拳が脇腹に突き刺さってしまう。

 

「ごほっ……!」

 

上体がくの字に折れ曲がる。胃液のせり上がる嫌な感覚。早さだけではない。体重の万全に乗った重く、硬い一撃。衝撃で動きの止まった瞬間を狙って、さらに拳が飛んでくる。

 

受けきれない、と判断したタツミは帝具を握る両腕に力を込めた。大きく両の咢を開かせる。

 

「うおおおおおっ!」

 

「おっと、相打ち狙いか」

 

挟み込む致死の両刃を、レオーネは軽やかに後方に跳ぶことで回避。再び距離を取り、仕切り直す。何とかタツミは、敵の攻撃の手を止めることに成功。ただし、下がり際にも数発の拳を喰らっており、内臓がシェイクされた痛みに顔を顰めている。

 

 

百獣王化『ライオネル』

 

 

その特性は獣化。素早さの強化や五感の鋭敏化。まさに野生の獣のごとき能力を付与されるのだ。ことスピード勝負において、対抗できるのはイェーガーズでもエスデスとクロメくらいだろう。しかし、そんな強敵を前に、彼は決意を以って言い放つ。

 

 

「そっちが『素早さ』で来るなら、俺は『技』で対抗するまでだ」

 

 

身体能力はともかく、技量なら自分が優位。タツミはそう信じた。戦意を高める彼を、レオーネは楽しそうな目で見つめる。その眼光が鋭くなり、再び彼女は駆け出した。瞬時に背後に回った彼女は、遠心力を効かせた跳び回し蹴りを放つ。

 

振り返ったタツミは左腕を顔の横に掲げて受け止める。威力十分の蹴撃に彼の骨が軋む。だが、同時に右腕でエクスタスを横薙ぎに振り抜いた。

 

――大鋏の一閃

 

きらめく白刃を、相手は空中で身体を反転させることで回避。着地後、高速で回り込もうと足元に力を込めようとしたところで、タツミの前蹴りが鳩尾に突き刺さる。わずかに止まったレオーネの身体。

 

すぐさま態勢を前傾。懐に跳び込み、低空から両脚の切断を試みる。瞬時に両手に持ち替え、狙うは一撃での戦闘不能。蹴りの衝撃で離れた距離を詰め、エクスタスの両刃で挟み込む。

 

「そうはいくか」

 

迎え撃つように、彼女の方も勢いよく前方に跳躍。両足の切断から逃れる。じゃきんと両刃の合わさる空振りの金属音。カウンターの形で彼女の膝が顔面に打ち付けられ、タツミの頭が後方に弾け飛ぶ。視界が天井に埋め尽くされる寸前。端の方で拳を構える敵を捉える。

 

数瞬後の死を直感し、背筋が粟立った。

 

 

全開の野獣の放つ剛腕

 

 

「うおおおおおっ!」

 

必死に左手を腰に伸ばし、逆手で抜刀。刹那の間に――

 

 

――刃と拳が交錯する

 

 

肉を裂く一閃と骨を砕く打撃。両者同時に後方へ跳び退き、大きく距離を空ける。

 

損傷を見極めようと、お互いに視線を交わした。無言で佇む二人。

 

レオーネの腹から胸にかけて、斬撃による大きく裂傷が生じている。苦痛で表情が歪んだ。鮮血が溢れ出し、縦一文字に赤い線が見える。たしかに剣の一閃は彼女の肉体を裂いていた。

 

一方、タツミはその光景を見つめながら、がくりと膝から崩れ落ちた。必死に床に左手を着き、膝立ちで身体を支える。被害は甚大。右手で胸の辺りを押さえ、荒い息を吐く。

 

「ハァ……ハァ…何て重い…」

 

拳の一撃は、彼の胸骨にひびを入れていた。全身を襲う、痺れるような激痛。剣閃で相手の攻めが鈍らなければ、おそらく胸骨は粉砕されていた。ギリギリの攻防だったと言える。だが――

 

 

――彼女の腹の傷は、すでに塞がっている。

 

 

タツミは忌々しげに舌打ちする。

 

 

帝具『ライオネル』の奥の手。それがこの――『超回復』である。

 

 

たった数秒で傷を塞ぐ治癒能力。鳩尾への前蹴りも、すでにダメージは残っていない。ゴホッと咳き込んだタツミの口内に、逆流した血が溜まる。

 

無傷の相手に対して、こちらの損傷は蓄積する一方。長期戦は不利だと判断。エクスタスの万物両断の特性で、回復不能の一撃を与えるしかない。

 

 

 

そのとき、レオーネの視線が左に動く。疑問に思って意識を向けると、小さく耳に届く女の声。続いてドサリと何かの倒れる気配。振り返ると、宮殿の床を赤く染める血溜まり。白装束の女性の死体。そして、刀の峰を肩に乗せ、つまらなそうに嘆息するクロメの姿。

 

「ふぅん。この程度なんだ……」

 

「クロメ!やったのか!?」

 

平常通りの様子で、彼女は頷いた。その顔に苦戦の色は無い。遠目で死体を観察するが、首筋の頸動脈を一閃。失血死。一切の無駄のない、丁寧な仕事振り。さすが、と感心する他ない。しかも、彼女の恐ろしさは、その戦闘技術だけではない。最小限の致命傷で殺害した理由はここにある。

 

「まぁ、減った分の人形を補充できたのは、よかったかな」

 

土気色の顔に死相を浮かべ、白装束の女性がぬらりと立ち上がる。

 

――死者を操る異形の能力

 

 

それがクロメの帝具――「死者行軍『八房』」の特性である。

 

 

先ほどまでの憎悪も戦意も、人形の眼からは読み取れない。意志を喪失した死体なのだ。しかし、戦闘能力は生前と同一。一言も声を発さないまま、床に落ちた大剣を拾い、クロメの隣に立ち並ぶ。タツミは安堵の息を吐き、レオーネは表情を引き締める。

 

ここにきて状況はイェーガーズ優位。死体を合わせて3対1。数の優位に任せて圧殺も可能。

 

「じゃ、ここは任せるね」

 

「えっ?」

 

「私はお姉ちゃんを追うから」

 

絶好の機会で、何気なく言われた内容にタツミは思わず声を上げた。

 

「宮殿の奥に進んだお姉ちゃんを止めるのが最優先だよ。私の人形も、ほとんど壊されちゃってるし。たぶん、スズカさんも突破されてる」

 

レオーネを倒してから向かえば、とタツミは言いかけてやめる。敵は回避と耐久に優れた暗殺者。逃げに徹すれば、多対一でも時間を稼がれる可能性もある。それにクロメと死体人形の連携は、アカメに対してそう悪い相性ではない。彼は静かに頷き、単独でナイトレイドを討伐する覚悟を決めた。

 

「了解。コイツを殺したら、すぐに向かうぜ」

 

「うん。でも、別に無理しなくてもいいからね」

 

そう言い残し、クロメと白装束の人形は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の広い通路に二人きり。外の喧騒も耳に届かない。元々、人気の無い隠し通路だったが、今はいっそうの静寂に包まれる。命を賭けた殺し合いの最中。一瞬の油断が死を招くことになる戦場。しかし、レオーネの様子は緊張とは無縁だった。

 

「いやあ、残念だったねえ。唯一、私を殺せるチャンスだったのにさ」

 

軽い調子で口にする彼女に、大鋏の刃をじゃきんと鳴らすことで答える。甘く見るなと、殺意を込めて。

 

レオーネの口元が大きく吊り上がる。表情には野獣のごとき獰猛さが浮かぶ。腰を落とし、片手を床に付けた極端な前傾姿勢。発する殺気がさらに濃密に。野生の本能に身を任せる。獲物を前にした肉食動物を彷彿とさせる。

 

 

――レオーネの野性が全解放される。

 

 

「……ナイトレイド。たぶん、昔の俺を知っているんだろうが、そんなことはもういい。帝都の平和を乱す敵は、イェーガーズが狩る」

 

「楽しみだね。やってみな」

 

獰猛な野獣を前にしたときのような、肉体が察知する本能的恐怖。援軍の見込みが消えたこと。それらがタツミの意識を研ぎ澄ましていく。カチリと意識が切り替わる錯覚。頭が冴え渡り、五感が鋭敏化。視界が広がり、手先や足先に至るまで、精密に神経が反応する。

 

 

――彼の集中が最大限に達した。

 

 

互いにトップギア、全戦力状態に移行する。

 

深く息を吐く。静まり返った宮殿内部。そこに刃を突きつけられたような、刺すような鋭い殺気で満ちる。彼らは同時に駆け出した。

 


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