タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第30話 レオーネを狩る

 

 

要衝シスイカンで幕を開けた、帝国軍と革命軍の総力戦。

 

世界の趨勢を決める最終決戦と時を同じくして、ナイトレイドを含めた革命軍サイドの暗殺者集団は、宮殿へと人知れず忍び寄る。目標は帝国腐敗の元凶、オネスト大臣。

 

ちなみに、彼は今回の戦争において、切り札となる至高の帝具の不使用を決める。文字通り至高の戦闘力。対軍規模の性能を誇る圧倒的な兵器である。その不使用とはつまり、それほどにシスイカンの戦力差は絶望的ということ。帝国側の圧倒的有利なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

太陽の昇り始めた昼前の時間帯。革命軍の本隊が決戦を仕掛ける頃である。正門から近い宮殿内部の広場。暗殺者を待ち受ける部隊がそこにいた。

 

周りを高い建物の壁に囲まれ、公園ほどの広さの平地で、地面は芝生。見晴らしも悪くない。小隊規模の部隊を配置できる。何より、表から侵入する場合、ここを必ず通るという重要な場所である。

 

宮殿の防衛における正面玄関。そこには数十名の兵士が詰め掛けており、イェーガーズの隊員の姿もあった。

 

「やっぱりヤツら、来ますかね」

 

「おそらくは……。一定数の部隊を突入させるなら、このルートが最も攻めやすくなります」

 

ウェイブのつぶやきに、セリューが真剣な面持ちで答えた。敵襲を予想して、周りの兵士達の表情は固い。火炎放射器を背負ったボルスは頷き、ガスマスク越しに口を開いた。

 

「本命か陽動かはともかく、襲撃を受ける可能性は高いね」

 

「なるほど……と言ってる間に、来やがったな」

 

ウェイブが視線を鋭くし、正面を見据えた。周囲に整列する兵士達に下がるよう、片手で合図を送る。同時にボルスは火炎放射器を構え、セリューも帝具であるコロの口内に右腕を挿入する。

 

「ナイトレイド、だけじゃねえな。殺気が隠しきれてないぜ」

 

直後、正面の扉が開き、なだれ込む武装集団。一連の衣装に身を包んだ、革命軍の暗殺者である。彼らに対して――

 

 

――獄炎と重火器の嵐が降り注ぐ

 

 

セリューの腕に装備された、水陸両用魚雷発射装置。『十王の裁き』8番。ミサイルの雨が突入してきた敵軍に、次々と着弾する。鼓膜を揺らす轟音と目に染みる土埃。

 

「うぎゃあああああ!」

 

さらに辺り一面を照らすオレンジの火炎。考えられない高火力が、飛び出してきた暗殺者達を包み込む。敵集団の叫び声、肉の灼ける音と焦げた臭い。その中で静かに、だが力強く、一言を呟かれたことに誰も気付かない。

 

「禍玉顕現」

 

直前に反応できたのはウェイブのみ。有り得ざる現象。こちらの放つ轟炎が、まるで鏡に跳ね返されるように襲い掛かる。自陣に逆流する炎の海。

 

「なんだとっ……ぐあああっ!」

 

下がらせた宮殿警護の部隊員達が、圧倒的な熱量に焼き尽くされ、断末魔の叫びを上げる。こちらの起こした虐殺の再現。地面を覆うオレンジの激流。

 

仲間達を寸前で抱えて跳んだウェイブは、その様子を冷や汗と共に見下ろした。炎と土埃が風によって晴れていく。地面に降り立った彼は、その惨状を引き起こした一名の怪物と視線を合わせた。

 

「話で聞いちゃいたが、とんでもない化物だな」

 

徒手空拳の青年。炎の中から現れたのは、たったひとりの人間。いや、人間型帝具である。ナイトレイドの一員であり、単独で超級危険種を屠るほどの実力者。所有者が死んでも、その命を吸って動き続ける。

 

――電光石火『スサノオ』

 

 

「ナジェンダの残した最期の遺志。――このまま押し通るぞ」

 

 

全身から発せられる尋常でない威圧感。所有者の生命力を全て変換した、未曽有のエネルギーが内部に渦巻いている。そして何より、ウェイブを戦慄させたのは気迫。決死の覚悟も相まって、彼は確信する。

 

この男の戦力は、圧倒的な強さを有する超級危険種、数体分であると。

 

 

このまま単独で、正面から宮殿に押し入れると、本気で思っていると――

 

 

 

――ナイトレイド残り3人

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻の宮殿内部。

 

ガラス越しに日の光の届く、広大な宮殿の通路。道幅も広く、豪華絢爛な内装でありながら、ここを通る者はほとんどいない。普段は施錠されており、いわば最深部へ向けた隠し通路のようなもの。

 

宮殿内は無数の通路が蟻の巣のごとく絡み合っている。張り巡らされた罠の数々。宮殿警護専門の帝具使いが、万全の態勢で守る悪辣な殺戮空間。それらを最小限で潜り抜けようとしたとき、必ず通るのがこのルートである。

 

「罠を突破されてる……。もうすぐここに到着するよ」

 

十メートルほどの、幅の広い通路。配置されたのは精鋭中の精鋭。イェーガーズの残り2名と羅刹四鬼のスズカ。斥候用の死体から情報を得て、クロメが敵の接近を察知する。数は多くない。

 

仮に最低限の数の罠を抜けたとしても、あの極悪な仕掛けを生き残るのは奇跡に近いからだ。

 

「ナイトレイド、だろうな。作戦通り、アカメが来たら俺が相手する」

 

「わかってる……っと、残念。壊されちゃった」

 

「じゃあ、私は誰をやろうかな~」

 

タツミは背中の大鋏を撫で、感触を確かめる。クロメはドーピング薬のクッキーを口に含む。スズカは恍惚の表情を浮かべ、自身の両拳を打ち合わせた。

 

「そろそろ来るよ」

 

クロメの言葉から少しして、視線の先の扉が開く。距離は十数メートル。迫ってくる敵の姿を確認する。帝具の選択のために、タツミは敵の姿に焦点を合わせた。

 

「数は3!アカメは……いるよ!」

 

スズカが胴着を翻し、半身の構えを取る。全員が臨戦態勢に移行。背中の大鋏を地面に突き立て、タツミは左腰の剣を抜き放った。全身全霊の気迫を込めて叫ぶ。

 

「インクルシオッ!」

 

異空間から全身鎧が転送され、タツミの肉体を覆う。堅固な防御力を誇る鎧の帝具。龍の超級危険種を素材としたインクルシオの性能は抜群。ただし――

 

「タツミ、避けて!」

 

クロメの声が耳に届く。

 

帝具発動のために意識を向けた一瞬の隙。疾風のごとく駆ける金髪の女が、タツミの懐に踏み込んでいた。

 

「なっ……ナイトレイドの、レオーネ!?」

 

横殴りの一撃が彼の腹を叩き、衝撃で身体が浮かされる。鎧を割るよりも、吹き飛ばすことを重視したのだろう。重厚な鎧ごと横の壁へと叩きつけられる。それは、接敵対象であるアカメから離されることを意味した。

 

「しまった!早くアカメを追わないと……」

 

「おっと、行かせないよ」

 

立ち塞がるレオーネ。獰猛な表情を浮かべ、両手を大きく左右に広げて見せる。焦燥感を吐き出すように、彼は舌打ちした。

 

「インクルシオは装着してるだけで、相当な体力を奪われるもんな。敵に会うまでは発動しないと思ってたよ」

 

元はナイトレイドの帝具。弱点を知られ、対策を取られていた。あっさりと分断されてしまう。

 

 

 

残る敵は2名。黒のコートを身に纏うアカメと、白装束の女性。

 

「お姉ちゃん!」

 

「……クロメ」

 

姉妹の意識が交錯する。妹は無邪気な笑顔で、姉は鋭い視線を向けて、互いに抜刀。高速で接近する両者。距離は刹那の間で縮まっていく。

 

愛情と殺意の入り混じった内心の衝動を、クロメは自身の剣技に乗せようとして――

 

「アナタの相手は、私だよ」

 

 

――神速の斬り下ろし

 

 

強烈な剣気を感じ、クロメは反射的に振り向いた。眼前に迫る剣閃。身の丈ほどもある大剣の切っ先。白装束の女性の放つ、上段からの斬り下ろし。異常な剣速に、クロメの顔が驚きに染まる。とっさに受け太刀で防御するが――

 

人外の重圧。

 

小柄な体躯が大きく弾け飛ぶ。俊敏な身のこなし。空中で反転し、同じく吹き飛ばされた壁に両足で着地した。だが、白装束の女性の追撃。羽のように軽やかに振り回される大剣を、大きく左へステップすることで避ける。一拍遅れて、壁を粉砕する破壊音。

 

「邪魔を……」

 

一連の攻防の間に、すでにアカメは彼女達の横を通過し、廊下の奥の出口へと到達していた。脇目で確認すると、伸ばした五指の爪が斬り落とされたスズカの姿が。

 

彼女は踵を返して、アカメを追って出口へ走る。完全に分断され、突破された形である。先を行く相手を追うのは、最も相性が悪いスズカ。

 

「行って!みんな!」

 

一瞬で状況を分析したクロメは、帝具『八房』の能力を起動。死体人形を呼び出し、全員を向かわせる。仲間であるランや、元ナイトレイドのチェルシー。そして、常に傍に控えさせるナタラまで。

 

「意外だね。ナタラってのは、アナタの護衛と聞いていたけど」

 

「うん、そうだよ」

 

白装束の女性が大剣を上段に構え、口を開いた。低い声音。その眼は憎悪に満ちている。手にした大剣は、彼女のような華奢な両腕で振れるものではない。重厚かつ頑丈。装飾的でありながらも、年季を感じさせる。

 

「父上の仇を討つ前に、まずはアナタだ」

 

タツミが改めて大剣を見たならば、すぐに気付くはずだ。かつて、自身を苦しめた強敵。西の異民族を統べる――

 

 

――総司令ゴウラの所有した武具であることを。

 

 

いかなる技術によるものか。タツミに破壊された後に復元されたらしい。

 

『重量操作』を可能とする大剣は、振れば羽根のごとき軽さ、打てば埒外の破壊力、を有する。彼女は武具と剣技を受け継いだ。『瞬剣』と『剛剣』の両立。先ほどのわずかな剣閃で、それは見て取れる。

 

「だけど、なるほどね。みんなが話してた通り、姉のことになると平静じゃいられないんだ」

 

憐れむように微笑した。言葉を続けながらも、わずかに位置取りを変更して、出口までの進路上に身体を置く。

 

宮殿護衛の帝具使いや罠を突破しただけのことはある。油断もなく、戦闘力は折り紙付き。

 

「帝具の発動中は、術者の動きが鈍るんだよね?道中に潰した死体も合わせて8体。弱体化してるっていうのに、護衛まで手離しちゃダメだよ」

 

今回のイェーガーズの任務は宮殿警護。この状況では、先行した暗殺者を始末することが最優先である。

 

帝具『村雨』への対抗策としては、彼女の死体人形が適任。生身のスズカに増援を送るのは、冷静な対処と言える。しかし、ナタラまで向かわせたのは、自分の手で姉を殺したいという抑えがたい執着であり――

 

「んー、わかんないかな?」

 

クロメは大きく溜息を吐いた。首を左右に振り、ゆったりと刀を下段に構える。

 

 

「――相手じゃないってことだよ」

 

 

歴戦の暗殺者と現・異民族最強の剣士。純粋な剣技による立ち合いが行われる。


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