タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第23話 シュラを狩る

 

陰鬱な雰囲気。かすかに臭う、血と腐臭。久しぶりに帰還したタツミ達を出迎えたのは、死の気配の漂うゴーストタウンだった。

 

「どうなってんだ?何でこんな人がいないんだよ」

 

困惑気味にタツミが口を開く。他の面々も不安そうな顔をしている。

 

「いや、建物の中に人の気配がある。締め切った家に閉じこもっているのだろう。理由は分からんがな」

 

顎に手を当てて、エスデスが答える。以前は活気があったはずの、現在は無人と化した大通り。様々な商店の立ち並ぶ、石畳の道路を彼らは歩く。そして、角を曲がったときに、この帝都の異常を理解させられた。

 

 

一面、真紅に濡れた石畳。無数の死体がそこかしこに転がっていた。

 

 

「うぐっ……何だこりゃ」

 

ウェイブが思わず口元を押さえた。全身をバラバラに切り刻まれた男達。全裸のまま息絶える若い女の遺体。原形を留めないものも多い。どれもこれも一目で凄惨な所業が想起させられる。流血はまだ新しく、その痕跡は帝都の劇場の中へと続いている。

 

彼らは急ぎ入口の扉を開け、内部へと押し入った。

 

悪夢のような光景だった。

 

夥しい数の死体の山。苛烈な殺戮と陰惨な凌辱が、そこでは行われていた。百を超える人がいたであろうに、すでに生者は一握り。

 

東洋の刀を振るう着流し姿の男。干からびた死体の山に腰掛ける幼女。手足の折れ曲がった屈強な男の上にまたがる、メガネを掛けた下半身裸の女。細身の男は嗜虐的な笑みを、太った道化師は優しげな笑みを、それぞれ浮かべつつ凌辱劇を繰り広げている。そして、最後に色黒で細身の青年がゆっくりと振り向いた。

 

「ああん?何だテメエら」

 

「それはこちらのセリフです!アナタ達、何をしているか分かっているんですか!」

 

目の前の悪逆に、セリューが叫ぶ。元帝都警備隊の彼女をして、類を見ない虐殺である。犯罪者を滅殺するモードに意識を切り替えていた。

 

「テメエら誰に楯突いてんだ?オレは大臣の息子だぞ」

 

だらしなく舌を出し、セリューを挑発するように嘲笑う。圧倒的な傲慢から、それが事実なのだと、彼女は感じ取った。

 

「オレに逆らうってことは、オネスト大臣に逆らうってことだ。一族皆殺しにしてやるぜ」

 

「こ、こんな男が……?」

 

「ハッ……!ゾロゾロと野次馬みてえに集まってきやがって。せっかくだ、結構な上玉ばっかじゃねーか」

 

帝都における最高権力者にして、事実上の独裁者。オネスト大臣に逆らえば生きていけない。その息子の所業であれば、いかなる暴虐も許される。彼は仲間達に向けて、愉しげに声を掛ける。

 

「誰かは知らねえが、コイツらも好きにしていいぜ。ああ、女はオレがもら……」

 

大臣の息子、シュラはその集団をじっくりと舐めるように見回し、突如顔を青ざめさせた。恐怖に口元を引きつらせる。割り込んできた集団の中に、見知った顔を認識したからだ。

 

――帝国最強、エスデス将軍

 

かつて、自身の右腕を斬り落とした、超越者である。

 

「ずいぶんとはしゃいでいるな」

 

「エ、エスデス……。帝都に帰還しやがったのか……」

 

かつての苦い経験から、シュラは自然と一歩後ずさりする。その様子に、暴虐の真っ最中の残りのメンバーは訝しげな視線を向けた。

 

「チッ……おい、お前達。帰るぞ」

 

「ちょっと待てよ!」

 

何事もなかったかのように去ろうとするシュラ達を、怒りと共にタツミが制止する。だが、相手はつまらなそうに首だけで振り向いた。

 

「……この前の、エスデスの連れか。俺達は秘密警察『ワイルドハント』――大臣から取り調べの権限はもらってる」

 

 

 

 

 

 

 

ボリック暗殺から3か月後。彼の死で教団内の派閥が変更されたことにより、安寧道はついに武装蜂起に踏み切った。この騒動に対して、帝国に虐げられてきた多くの民が呼応。反乱の規模は帝国全土に及ぶこととなった。

 

そして時を同じくして、西の異民族が大群で侵攻を開始。兵の練度が低い帝国側は敗戦を重ね、帝国領に異民族の侵入を許してしまう。帝国は国の内外に大きな悩みを抱えることになった――

 

 

 

 

ただひとり帝国の宮殿の廊下を歩きながら、タツミは苛立ちと共に舌打ちした。理由は先ほどま面会していた、大臣にある。

 

エスデスが彼氏自慢のために連れ出し、今回が帝国の事実上の支配者との初邂逅となった。不摂生を感じさせる肥満気味の中年男性。しかしエスデスから正真正銘の最高権力者だと伝えられている。

 

その場でシュラの暴虐を訴えるタツミだが、平然と流された様子に帝国の腐敗を確信した。弱肉強食の環境で生まれ育ったエスデスが、弱者の境遇に無関心なのは知っていたが、大臣は積極的に虐げて利用している。帝国をこのままにしてはいけないと、タツミの心に怒りや危機感が湧き上がった。

 

その後、エスデスは辞令を受けるためにそのまま残り、彼だけが部屋から退出することになったのだ。

 

「よお、お前ひとりかよ」

 

タツミが顔を上げると、褐色の肌の細身の青年、シュラが腕を組んで進路を塞いでいた。その眼は憎しみでギラついており、声を発することで同時にタツミに対する殺意も表面化する。一瞬だけたじろいだが、相手に怒りを覚えているのは彼も同じこと。帝国に巣食う害悪そのもの。シュラの残虐な行為を思い出し、敵意を込めて睨み返す。

 

「シュラ……テメエ、大臣の権力があるからって、何でも許されると思うなよ」

 

「吠えんじゃねーよ。お前こそ、エスデスがいなけりゃ、とっくにぶち殺してるんだぜ」

 

かつて、彼に手を出して、エスデスに右腕を切り落とされたシュラである。帝国最強の将軍の執着する恋人に手を出せば、待っているのは破滅。下手をすれば父親である大臣ですら、殺される可能性は十分にある。唯一、ブドー大将軍だけは彼女に匹敵するが、逆に言えばそれだけなのだ。

 

革命軍以上に危険な存在が、相手の後ろ盾にある。いかに激情家のシュラといえど、とても触れられる逆鱗ではない。

 

「ちょっとツラ貸せよ」

 

ゆえに、彼は保険を打つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の建物に囲まれた、芝生の茂る中庭。宮殿内部の広場に三人の男が立つ。建物に囲まれた芝生の茂る広場である。タツミとシュラ。そして、甲冑を纏う壮年の大男。宮殿の警護を一手に担う守護者。

 

――ブドー大将軍である。

 

「さあて、じゃあどっちが勝っても遺恨無し。帝具もなしの素手の勝負ってことでいいな」

 

「ああ、構わねーよ」

 

両手を大きく広げ、確認するようにシュラは声を上げる。そして、タツミも頷いた。お互いの敵意はそのままで、両者ともに眼光は鋭い。しかし、立会人の存在によって、これは殺し合いではなく、試し合いとなる。

 

「決着は私が見届けよう。勝負がついたと判断すれば、こちらで止める。」

 

少し離れたベンチに腰を下ろし、ブドーが両者を一瞥する。シュラは保険を掛けた。決闘という形式を整え、帝国最強に匹敵する大将軍を立会人として用意。タツミを思う存分殴ることのできる場を作ったのだ。殺してしまえば弁解の余地なくエスデスの粛清を受けるだろうが、これならば途中で横槍を入れられることはない。

 

「ちょっとくらいは粘ってみろよ?」

 

瞬時に距離を詰めるシュラ。挑発的な笑みを口元に浮かべ、右ストレートを放つ。しなやかな筋肉、無駄のない洗練された身のこなし。一目でタツミは相手の体術の技量の高さを感じ取った。すでにシュラの拳は眼前まで近づいている。

 

タツミは左掌を添える。

 

「そんな単調な攻撃で……!」

 

 

――シュラの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

 

皇拳寺の返し技。続けて倒れ込んだところに、顔面へのサッカーボールキック。だがそれは、シュラが両手を十字に構えて防御する。衝撃は流しきれず、後方へとシュラの身体は蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

数メートルの距離が開き、互いに視線を交錯させる。ゆらりと、雰囲気を一変させたシュラが立ち上がった。その表情に油断や慢心はない。研ぎ澄まされた専心を、対面するタツミは感じ取った。

 

「ほぉ……面白そうなことをやってるじゃないか」

 

「……エスデス。そういえばお前のところの隊員だったか」

 

立会人のブドー大将軍が振り返った。好戦的な瞳を光らせ、エスデスが白い軍服の裾ををはためかせる。大臣の辞令を受け取り、宮殿から帰る前に、恋人のタツミの居場所を嗅ぎ付けたのだ。

 

「言っておくが、私が立会人を務めているのだ。途中で横槍は許さんぞ」

 

「もちろんだ。楽しく観戦させてもらうさ」

 

薄く笑うエスデス。シュラの掛けた保険が生きた。彼女から身の安全を守るための。しかし、『遊び』から『戦闘』にモードを切り替えた今の彼には、そんなことを考える意識の散漫はない。

 

「シュラの小僧め。慢心が消えおったな」

 

ブドーがわずかに頬を吊り上げる。直後、シュラが動き出した。

 

「この俺が本気で相手する必要があるとはな」

 

先ほどよりも鋭い踏み込み。前蹴りで反撃するタツミだが、右腕で軽々と受け流され、さらに懐に潜り込まれる。どっと背中から汗が噴き出した。

 

「褒めてやるよ、クソガキが」

 

両掌をタツミの鳩尾へと突き立てた。強烈な衝撃が全身に浸透し、体内で破裂する。

 

「がはあっ……!」

 

腹を押さえ、たたらを踏むタツミ。続くシュラの追撃。顔面への右ストレートからの左ローキック。スタンダードな拳闘の攻めだが、その練度は超一級。皇拳寺の羅刹四鬼に匹敵するコンビネーションは完全には避けきれない。かろうじて芯を外すことで対応。

 

「まだ甘えよ」

 

突如、変化するペースとスタイル。空から跳び下りるような、上から振り下ろす蹴り。タツミは、頭の上で両腕を使って防御。しかし相手は、そのまま地面に腕をついて着地すると、天地上下の態勢のまま蹴撃を繰り出した。

 

「何っだよ、それは……!」

 

逆立ちの態勢での連続回し蹴り。しかも、その練度は高い。十分に体重の乗った爪先が、顎と脇腹に突き刺さる。苦悶の声を漏らすタツミ。だが、戦況の不利を敏感に察知して、即座に反撃に移る。

 

「くっ……当たらねえ!?」

 

風に舞う木の葉のごとき、ゆらゆらと幻惑する足捌き。果敢に殴り掛かるも、蜃気楼を相手にしているようなもの。全てかわされる。

 

 

 

一連の攻防を眺めながら、二人の将軍は感嘆の息を吐いた。

 

「シュラの小僧……伊達に世界を旅していないようだな。各国武術の様々な長所を取り入れている」

 

「あの奇抜な蹴りのスタイルは南方の部族の武術。その後の舞うような足捌きは、おそらく東方系か?」

 

「あの若さで、強さは完成に向かっている」

 

ブドーの言葉に、エスデスが頷いた。

 

 

 

一転してテンポは神速へ。直線的な攻撃に切り替え、急激な緩急をつける。烈風のごとき連続の貫手。タツミの全身至る部分を、とがった指先が抉る。とどめに側頭部へのハイキック。凄まじい勢いで横に蹴り飛ばされ、そのまま地面を転がっていく。

 

「さあて、こっからがお楽しみだぜ」

 

嘲るような口調で、シュラは両手を大きく広げた。エスデスの存在に気付いているが、殺しさえしなければブドーが守ってくれるだろうと計算したのだ。

 

うつぶせの状態で、タツミは全身を貫く痛みと脳を揺らされた朦朧を感じていた。宮殿の芝生に這いつくばり、震える手足で体を起こす。

 

相手の強さは身に染みて理解できた。様々な流派の技術を取り込み、昇華させた、開発した我流武術。ただの模倣や付け焼刃ではなく、一つひとつが達人の領域。タツミの体術の基礎となった、皇拳寺の拳法でさえ、羅刹四鬼クラスの技量を相手は有している。

 

そして、シュラが修めた武術の数は尋常ではない。それらを状況に合わせて変幻自在に運用することで、予測不能のスタイルへと進化させたのだ。

 

「どうすればアイツに……」

 

唇を噛み締めるタツミは、ここでようやく視界の端にエスデスの姿を認める。彼女と視線が交錯する。期待に満ちた瞳。瞬間、タツミは脳内に閃きを覚えた。

 

「そうか……俺にもある。アイツと同じく、独自のスタイルが――」

 

右足を一歩後ろに引き、腰溜めに両手を構える。無駄な力を抜き、大きく息を吐く。手元に大鋏の存在を幻視した。

 

スウッと全身に意識が行き渡る感覚。視界が広がり、詳細に相手の一挙手一投足を感知できる。手先足先まで、挙動のズレもない。

 

久しぶりのこの感覚。ナイトレイドのラバックと対決したときと同じ――

 

――極限の集中状態

 

 

 

「そうだ、タツミ。フフ……見事な専心じゃないか」

 

エスデスが興奮に顔を上気させ、瞳を潤ませる。埒外の成長性と甘美なる期待性。火照る肉体を自身の両腕で抱き締める。

 

 

 

こうして宮殿での決闘は、次の局面を迎えることになる。

 


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