タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第22話 ナジェンダを狩る

静まり返った大聖堂。太陽の光がガラス越しに室内を白く照らす。荘厳な雰囲気の漂うそこに、タツミとエスデスは陣取った。眼光は鋭く、戦闘を意識した面構え。急に呼び出された護衛対象のボリックは、膝に手を当てて息を切らしている。辺りに人の気配はない。

 

「ハァ…ハァ……エスデス将軍、どうしたのですか……?私はこれから、部屋でお楽しみの予定で……」

 

「そんな場合か。ナイトレイドが来るぞ」

 

息も絶え絶えのボリックに、彼女は簡潔に言い放つ。タツミですら何の感知もできないが、帝国最強を誇るエスデスの本能は、死の気配をかすかに嗅いでいた。

 

「ええっ!?そんな、大丈夫なんですか?」

 

「おどおどするな。誰が護衛だと思っている」

 

扉が開き、黒髪の少女が現れる。刀を脇に差し、クロメも臨戦態勢であった。現状、宮殿に控えるイェーガーズは3名のみ。他のメンバーは革命軍のアジトを狩るために、街の外に出てしまっている。相手に釣り出された形だ。あえて隙を見せることで、エスデスは敵の襲来を誘っていた。大聖堂の外がにわかに騒がしくなる。

 

「あっ……!警戒に回してたドーヤが壊された……」

 

クロメが残念そうに口を開く。

 

「こりゃ、間違いなくナイトレイドだな」

 

タツミも暗殺者の接近を確信した。帝具を握る手に力が籠る。ドーヤとは、模擬戦で何度も戦っている。今のタツミと比較してさえ、その強さは並大抵ではない。彼らが一蹴されるなど、ナイトレイド以外にありえないだろう。

 

「迎撃に出た方がいいのか?」

 

「必要ない。待っていればすぐにやってくるさ。クロメ、『八房』でコイツの護衛を」

 

クロメは頷き、ボリックの周囲に複数の人影が現れる。猿型の特級危険種エイプマンと大盾を構えた護衛人ウォール。

 

 

――鼓膜を震わす轟音。

 

 

大聖堂の扉が木っ端微塵に炸裂する。迫りくる衝撃波。全員がその場で、大きく目を見開いた。コンマの間に状況は一変する。荒れ狂う予想外の一撃は、しかし寸前に作り出したエスデスの氷の盾が防いでいた。

 

「チッ……このビーム、ナイトレイドのマインか!?」

 

粉砕された扉から、高速で接近する複数の敵影。数は4。

 

「あははははっ!来たね、お姉ちゃん!」

 

「クロメ……!」

 

先行するアカメと切り結ぶクロメ。死体人形のナタラもそれをサポート。剣戟の音が甲高く響く。

 

「ふむ……ナジェンダと生物型帝具、それに狙撃手か」

 

マインの狙撃を援護に受け、左右同時に男女がエスデスに仕掛ける。ナジェンダの横殴りの拳をかわしつつ、蹴り飛ばすことで距離を取った。そして、同じタイミングで叩きつけられた、生物型帝具スサノオの槍を防御。

 

「タツミ!ナジェンダは任せる!」

 

「了解!」

 

エスデスの蹴りで吹き飛ばされる眼帯の女性に、追撃を仕掛ける。突き出したエクスタスの切っ先は、寸前で回避され、相手はさらに距離を空けた。結果的に、護衛対象のボリックから引き離すことに成功。戦局は3方面に分けられる。

 

「アンタの相手は、オレだぜ」

 

「悪いが容赦はしない。押し通らせてもらうぞ」

 

タツミとナジェンダの視線が交錯する。先に踏み込んだのはタツミ。護衛任務だろうと、下手に守勢に回るのは不利と、本能的に判断した。右上から袈裟懸けに刃を振り下ろす。それを半歩左に避け、懐に跳び込もうとするナジェンダだが、それを寸前で止めてバックステップ。彼女の鼻先を切り返しの白刃が通り過ぎる。

 

踏み込んでいれば、頭を両断されていた。その事実にナジェンダの顔色が変わる。

 

「……強い。これが今のお前の力か」

 

息つく間もなく、再び連撃を仕掛けるタツミ。超重量級の武具による高速の斬撃。受け止めることもできず、ナジェンダはステップを踏んで回避するしかない。横薙ぎに振るわれる刃に対して、大きく後方へと跳躍。仕切り直しとなった。

 

彼女は視線の端で仲間達の戦況を確認するが、芳しくない様子である。目の前の、今や強者の風格すら漂わせる少年を打倒しなければならない。多少のリスクを負ってでも。ナジェンダは態勢をわずかに前方に傾けた。

 

「おそらくシェーレと同等。歴戦の殺し屋のレベルにまで昇ってきたのか……」

 

「今度は逃がさねえ!」

 

大鋏を構え、タツミが勢いよく突撃する。それに呼応するように、ナジェンダも正面から駆け出した。願ってもないという表情で、彼は大鋏を横薙ぎに払う。圧倒的な重量と切れ味から、防御は不可能。ゆえに、最も回避が困難な胴を標的とした。しかし、だからこそ彼女はそれを読んでいた。

 

「なっ……下を潜って!?」

 

地面スレスレまで前傾した態勢で、ナジェンダは一閃を屈みながら避けた。無防備なタツミの懐に潜り込む。瞬時に彼の表情が引きつった。ナジェンダの右腕の義手が室内の灯りを反射する。必殺の意志を込めた渾身の一撃。突き上げられる致命の拳。

 

「うおおおおっ!」

 

「なんだと……!?」

 

雄たけびと共に放たれた烈火のごとき前蹴りが、ナジェンダの鋼鉄の右腕とぶつかり合う。鈍い金属音が響き、互いの距離が再び開かれる。タツミの顔には安堵の色が、ナジェンダの顔には驚きの色が浮かんだ。

 

「……流れるようなスムーズな体捌き。今のは拳法の蹴り。こんな短期間で身に着けたのか」

 

誰にともなく彼女は独りごちる。帝具無しの現状、もはや純粋な戦闘力は相手の方が上だと、認めざるを得なかった。そして、リスク無しで彼を倒すことはできないと。

 

覚悟を決めた矢先、彼女の眼前に迫る大鋏の刃。愚直に攻め寄せる死神の鎌を、経験による予測を駆使して凌いでいく。突き刺し、斬り裂き、両断し、拳法による打撃までもが接続される。あまりにも苛烈な、瀑布のごとき連撃。普段の冷静な彼女の顔からは余裕が消え去っていた。強引に殴りつけた鋼鉄の拳が、高硬度の大鋏に弾かれる。

 

「もらった!」

 

攻撃を受け切られ、慌ててバックステップするナジェンダ。その隙を逃すまいと、タツミは即座に大鋏を開き、両断を狙う。中途半端な退避は格好の餌となる。しかし、その餌は囮。ナジェンダは軽く口元に笑みを浮かべ、右腕を真っすぐタツミへ向けた。その動作の意図を相手が理解する前に――

 

 

――ナジェンダの右腕が発射された。

 

 

数メートルの間合いから撃ち出される砲弾。ロケットパンチ。タツミの脳天を叩き潰す鋼鉄の弾丸。しかしそれを寸前に察知して、タツミは取っ手の部分で防御する。強烈な衝撃と鼓膜を震わす金属音。手に残る痺れたような感覚。瞳に焦りを映しつつも、必殺を間一髪で凌ぎ切った。

 

だが、必殺はまだ終わりではない。取っ手で防御した拳は、本体とワイヤー越しに繋がっている。砲弾として衝突したそれは、指を開き帝具を強く握りしめた。左手で装着した義手の前腕部のボタンを押す。

 

「リールアサルト」

 

直後、ワイヤーが高速で巻き取られ、ナジェンダの身体が引き寄せられる。

 

「うっお!」

 

帝具を離すまいと、タツミは握る手に力を籠める。意識をそちらに持っていかれた隙に、ナジェンダの身体は宙を駆け、互いの距離をゼロにする。

 

必殺は2段構え。相手の得物を封じ、殺意を満載した蹴りを放つ。鋭く、しなり、穿つ。タツミは回避困難を悟り、大気を切り裂くその足首に掌を添えた。

 

 

――直後、ナジェンダの身体が宙を舞う。

 

 

「これは、まさか皇拳寺の技だと……?」

 

上下反転し、宙に投げ出された態勢で驚愕の声を上げる。ナジェンダは目を見張った。信じがたいほどに、体術の技量が向上している。帝具『エクスタス』を使いこなし、さらに体術を組み合わせることで、近接戦闘の精度が飛躍的に高まっていた。もはや、元の持ち主であるナイトレイドのシェーレを上回る。戦慄と共に、汗がどっと噴き出した。追撃の正拳突きを防御し、吹き飛ばされることで距離を開けた。

 

エスデスから受けた負傷。帝具無しの武装。正面からの一対一。ナジェンダは単独でのタツミの打倒は困難と判断。この敵を排除できるのは、ナイトレイドの中でもごくわずか。生粋の暗殺者や戦闘者。アカメとレオーネ、スサノオ。この3名だけであろう。ナジェンダは役割を時間稼ぎにシフトさせる。

 

「ずいぶんと実力を上げたみたいじゃないか。いったいどんな……おっと」

 

会話に付き合う気はないらしい。タツミは攻撃を再開する。しかし、相手は歴戦の元将軍。一度守備に徹すれば、堅固な城砦に匹敵する。タツミの猛攻も風に舞うようにかわされ、悔しげに舌打ちした。ここで決め切れるほどの戦闘経験は今の彼にはない。

 

膠着状態。他の戦局も同様に均衡を保っている。それが崩れる時が訪れる。

 

大聖堂の扉が勢いよく開かれた。全員の意識がそちらに向く。

 

 

――援軍はイェーガーズ隊員、ランだった。

 

 

「エスデス隊長。遅くなりましたが、護衛に戻ります」

 

「よっしゃ!助かったぜ!」

 

ひらひらとした衣服を纏う青年がボリックの隣に移動する。すでに護衛に立っている2体の死体人形の横を通り過ぎ、安心させるように、護衛対象の肩に軽く手を置いた。タツミとクロメの顔に安堵の色が浮かぶ。仲間の合流によって、護衛戦力は充実し、さらに彼の中距離からの援護まで見込める。ここに来て、戦局は大きくイェーガーズに傾いた……かに見えた。

 

「しまっ……違う!お前達、ソイツは……」

 

弾かれたように背後を振り向き、声を上げるエスデス。その顔には珍しく焦りの表情。彼女の警告は途中で止まる。援護に来たはずのラン。なぜか彼の手には10センチほどの針が握られており――

 

 

――ボリックの首を刺し貫いた。

 

 

「なあっ!何やって……!?」

 

護衛対象の殺害。タツミは訳が分からないといった風に叫び、クロメも動きが止まる。

 

その隙を突いて、ナイトレイドは動き出す。アカメとスサノオは、全力の一撃をそれぞれ相手に叩きつけ、強引に距離を作り出した。クロメとエスデスは弾き飛ばされ、数秒ほど空中に浮かされる。撤退を開始する。すでにボリックを殺害した、ランの姿を装った暗殺者は大聖堂の外へと走り出している。

 

ここまでおよそナイトレイドの計画通り。そして紡がれるナジェンダ最後の一手。

 

 

――勾玉顕現

 

 

帝具『スサノオ』の戦力全解放。使用者の命を削っての、極大性能強化。いかに帝国最強のエスデスといえど初見での、しかも任務未達成の直後の心の隙を突かれれば、一瞬だが押し返せる。そして、大聖堂の外に待機したエアマンタで空から逃走。

 

誰一人欠けずに、任務を達成するという可能性は十分にあった。ナジェンダの誤算はただひとつ。

 

「勾玉顕……なっ!?」

 

――眼前に飛来する大鋏の刃。

 

帝具『エクスタス』。あろうことか唯一の武器を、タツミは投擲していた。離れた距離に逃れていたナジェンダへ向けて。戦場における彼の勘が、戦士としての本能が、とっさに手を動かした。唯一の武器を放り投げるという予想外の行動。理外の一撃。

 

これがナイトレイドの計画を瓦解させた――

 

目を見開き、首を捻ることで投擲を避けるが、奥の手解放は一時中断。すぐに再開するが、時間のロスは致命的だった。

 

「ナタラ!ランを追って!」

 

状況を把握したクロメが人形に指示を出すことを許してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

こうして、宗教都市キョロクでの激突は幕を閉じた。イェーガーズの任務は失敗。敗北である。ただし、隊員の損害はゼロ。敵の帝具使いをひとり、殺害に成功する。

 

 

 

――ナイトレイド残り5人

 


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