タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第17話 ラバックを狩るⅢ

背の高い木々に囲まれた、薄暗い森の中。ナイトレイドとイェーガーズ、ラバックとタツミの死闘は人知れず最終局面を迎えていた。

 

序盤の正面戦闘においてはタツミが優勢。しかし、そこで決め切れなかったのは痛恨の失敗だった。必殺の一閃は浅く脇腹を切り裂く程度に終わり、そこからはラバックの独壇場。周囲に張り巡らせた糸による、高精度の索敵と悪辣な罠の数々。結界内における優位を最大限に利用し、姿を現すことなくタツミの足を銃弾で撃ち抜くことに成功する。機動力を削がれたことにより、ラバックの領域である森林から逃れることは困難になったのだ。彼の勝利は限りなく近付いたと言ってよい。しかし――

 

 

 

「……厄介な空気出すじゃねぇの」

 

一発の銃弾を受けてから、明らかにタツミの意識が変わったことに、彼は気付いた。身に纏う雰囲気が一変する。先ほどの追い詰められた表情とはまるで別物。まるで姿を隠して狙い撃つはずの自分の方が、狩られる側のようだ。

 

瞳を細め、静かに戦意を高揚させるタツミ。その直後、彼が行ったのは、四方八方に帝具を振り回すことだった。あらゆるものを両断する、彼の帝具「万物両断『エクスタス』」――周囲の木々も糸の結界も、万物全てを区別無く切り刻む。

 

「しまっ……もう遅いか!?」

 

突然の出来事に反応できず、ラバックは彼の行為を見逃してしまう。高硬度の刃を右に左に暴風のごとく振り回す。彼の周囲がまっさらに整地された。足を負傷しているために、それほど範囲は広いわけではない。半径はおよそ5メートルほど。だが、その効果は絶大。思わずラバックは舌打ちする。

 

天を覆う木々の枝葉が消失し、薄暗かったタツミの付近に幾筋もの太陽の光が差し込む。これまで糸の罠を隠蔽していた薄闇から一転。明るく光が照らす大地へと変わる。彼の眼を盗んで糸を張るのは困難になった。糸を利用して空中を駆ける無音移動術も、遮蔽物無しではただの的である。

 

そして何よりも、行動を阻害してきた生い茂る木々が切り倒され、近接戦闘が可能となったことこそが最大の地形効果である。自由に腕を振れ、近距離での奇襲を防ぐ。

 

 

――半径5メートルはタツミの戦闘領域であった。

 

 

「一足一刀の間合い。そこに這入れば両断するってか。ったく……俺の結界内でさらに結界作りやがって」

 

円形の舞台の中心で彼は待つ。最大の切断力を誇る帝具を構え、五体の隅々にまで意識を浸透させる。極限まで研ぎ澄まされた集中力。先ほどのような神経過敏ではなく、必要な部分に必要なだけ意識が充填されているようだった。

 

北の方角からそよ風がラバックの背を撫でる。それに気付き、彼は静かに場所を変える。無音で風上から風下へと、タツミを中心に円を描くように移動。衣服をちぎって止血した自身の脇腹に手を当てる。包帯代わりの布が赤く滲む。今のタツミならば、このわずかな血の臭いから居場所を探り当ててくるのではないか。そんな荒唐無稽な予感すら覚えるほどに、ラバックは警戒していた。

 

――想定危険度はアカメ級。

 

それが、数々の修羅場を潜ってきたラバックの、現在のタツミへの評価だった。彼はここで選択を強いられる。すなわち――長期戦か、短期決戦か。

 

現在の手持ちの武器は銃とボウガンがそれぞれひとつずつ。姿を隠したまま削っていくか。姿を現してでも、リスクを犯してでも確実に仕留めるか。数秒ほど思案して、彼は決断する。

 

「直接、仕留めてやる」

 

嬲り殺しは趣味ではない、などという感情的な理由ではない。今のタツミは、生半可な攻撃は逆に隙になりかねないと思ったからだ。

 

警戒している相手に遠距離攻撃など、そうそう当たるものではない。実際、これまで幾度と無く放った罠の類は、最後のひとつを除いて突破されている。こちらの殺意の発生を読み取り、位置を知られる危険性も拭い切れない。ならば、位置を把握されていない今こそ、リスクを追ってでも必殺すべき、と考えた。

 

物陰からタツミの様子を観察する。身じろぎひとつせず、帝具を構えた体勢を維持していた。高密度の集中を持続させているのを、ラバックは肌で感じ取る。範囲内に侵入したものを全て排除すべく、後の先を取ることのみ専心。彼を中心とした半球状の制空権のイメージが、ラバックの眼にも視覚化されるほどだった。

 

「何て集中力だよ……。こりゃあ、チャンスは一度きりだな」

 

囮としての罠を慎重に設置すると、静かに息を殺してタイミングを計る。風下である南の物陰に潜み、構えたままのタツミを観察した。右手には糸を束ねた鋭利な槍。突き刺せば体内で解け、内部から対象を心臓を切り裂く。凶悪極まる糸の槍。殺害のみを目的とした武器を手に、それでいて殺意を内にしまいこむ。こちらの放つ殺気すら感じ取られかねない、という警戒である。

 

視界に髪の毛一本でも映り込めば、衣擦れ一つ耳に届けば、血の臭いがわずかでも漏れれば、殺意の一片でも感じ取れば、居場所を気取られる。あまりにオーバーな想定だと、自身に向けて苦笑した。だが、今のタツミは変貌の最中だと、脱皮しかけている怪物なのだと、ラバックの経験が警鐘を鳴らしている。

 

「さてと、やりますか」

 

小さく息を吐いて緊張をほぐすと、左手の指を曲げて数本の糸を引っ張った。直後、ビィンと弦を弾く音と共に飛来する一本の矢。タツミの右側から胴に迫るそれを、後ろに身体をそらすことで避ける。森の中へと消えていく矢。次に、わずかにタイミングをズラして、左側から乱射される銃弾の雨。

 

「クッ……」

 

崩れた体勢で舌打ちするタツミ。だが、その反応は敏速。極限の集中状態にある現在の彼にとっては、無数の銃弾すら対応可能な攻撃にすぎない。銃撃される直前に前兆を感じ取り、すでにその腕は動き始めていた。身の丈ほどもある巨大な鋏をかざし、盾とする。

 

「やっぱ無傷でしのぐか……。だけど、こっからが本番だぜ」

 

糸を操り、タツミを挟んだ反対側の木の枝を揺らした。葉が擦れる音に反射的に首を向ける。その瞬間、ラバックは無音で茂みから飛び出し、死角からタツミの心臓を狙う。

 

囮の音源に注意を払った隙を突いた背後からの暗殺。

 

わずかでも警戒に時間を割けば反応が間に合わない。それほどの最速で迫る。槍を握る手に力がこもる。

 

――予想以上の早さで振り向いた、タツミと視線が交わった。

 

「なにっ……!?」

 

「来るとしたらこっちだと思ってたぜ」

 

囮の音には最低限の警戒しかせずに、即座に背後を振り向いたのだ。ラバックの顔が驚愕に固まる。なぜ、とタツミに問うたならばこう答えるだろう。

 

「――血の臭いがしなかったから」

 

予想以上の反応速度に対して思わず速度を緩めそうになるのを、ラバックは意識的に加速させた。こうなれば真っ向勝負しかない。彼にしては珍しく、裂帛の気合と共に駆ける。対照的にタツミの方は、瞳の内に静かな炎を宿し一瞬の交錯に専心した。

 

ラバックは心臓を貫かんと糸の槍を突き出し、タツミは死神の両刃を閃かせる。果たして生き残ったのは――

 

 

 

 

 

 

熾烈な激戦を繰り広げた荒野から少し離れた森の中。木々に囲まれたログハウス。そのナイトレイドの簡易拠点に、彼女達は帰還した。アカメとレオーネ、ナジェンダとスサノオ、そして複数を強敵相手に逃げ切ったマインが、それぞれ休息を取ったり、怪我の手当てをしたりしている。新たな補充メンバーの少女、チェルシーも飴を舐めながらソファに腰を下ろした。

 

「まだ戻ってないのは……ラバか。まあ、だいぶ遠くに結界張ってたみたいだしな」

 

レオーネが頭の後ろで両手を組んで、伸びをした。生死を懸けた戦闘が終わり、大きく息を吐く。対照的に、マインは身体中に傷を負い、満身創痍の様子で痛みに顔をしかめている。

 

「まったく、ひどい目にあったわ……。あのゴリラと女、今度会ったら頭撃ち抜いてやるわ」

 

2体の敵に追い回され、相当フラストレーションが溜まっているようだ。スサノオが彼女の腕に包帯を巻いてやる。アカメも自身の傷の消毒と止血などの処置を行った。この場に集まったナイトレイドの面々は、大きな怪我もなく、軽傷で済んでいる。あれだけの戦力差にも関わらず、この損害の少なさ。

 

「さすがは私の帝具だ。スサノオ、よくやった」

 

――その理由は超級危険種をも圧倒する、スサノオの『奥の手』にあった。

 

「当然のことをしたまでだ。だが、イェーガーズを仕留められなかったのは痛いな」

 

「クロメを殺せていれば最善だったが、護衛を使って逃げに徹されては難しい。死体人形を半数近く、特に超級危険種を破壊しただけで成果としては十分だ。あれだけの強さの死体など、そうそう補充できるものでもあるまい」

 

そう言ってスサノオの肩を軽く叩いた。

 

 

使用者であるナジェンダの生命力を使っての、埒外なまでの性能強化。

 

 

それがスサノオの奥の手である。3度使えば使用者に死をもたらす代わりに、その性能は極大。

 

地形を変えるほどの災厄、超級危険種をも上回る能力値。巨大な怪物デスタグールを一蹴した後、イェーガーズへと矛先を変えようとする。だが、それを見たクロメたちは即座に撤退。ロクゴウ、ヘンター、ウォールを殿に残し、一目散に戦場を離脱したのだった。

 

「まぁ、さすがは歴戦の暗殺者ってとこだね。状況判断が早い」

 

「そうだな。とはいえ、スサノオの『奥の手』は効果時間が限られる。どのみち、あの辺りが潮時だったろう」

 

チェルシーの言葉にナジェンダが頷く。罠に嵌めての殲滅はできなかったが、イェーガーズの戦力は削れた上に、彼女達にとっては未知であったウェイブの帝具『グランシャリオ』の性能も測れたのだ。成果としては確実にプラスであろう。

 

「それにしてもラバはまだ戻らないのか?帰還の指示は伝わっているはずだが……。念のため、誰か捜索してきてくれ」

 

「ああ、じゃあ私が行くよ。今日は何も仕事してないしね」

 

軽い調子でチェルシーが手を上げた。非戦闘系の帝具使いである彼女は、今回は遊撃担当だったが、残念ながら出番はなかったのだ。アカメとレオーネも手伝い、手分けをして捜索する。

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドにおいて、チェルシーは唯一その存在が知られていない暗殺者である。名の知れた暗殺者というのもおかしな話だが。

 

顔や名前、帝具までバレているメンバーが多い中、無名の彼女は真っ直ぐに近くの街へと向かっていた。街道沿いの道には点々と赤く血の跡が続いており、負傷した何者かが通ったことが窺える。クロメとウェイブ、ボルスは血を流していない。一体誰の血液なのか。

 

途中からナイトレイドに加入した彼女は、タツミのことを知らない。ラバックの帝具の性能は知っているし、罠が満載の陣地での戦闘だったはずだが、この仕事は何が起こるか分からない。他のメンバーほど楽観してはいなかった。歴戦の殺し屋といえど、生粋の戦闘用帝具を相手に不覚を取ることは十分ありえる。

 

街へと続く血の跡は、一体どちらのものなのか。ロマリーの街はイェーガーズの帰還先である。返り血を浴びたラバックが追撃、あるいは索敵に向かったのか。それとも、負傷したタツミという男の足跡なのか。

 

「さてと、街の様子を確認しましょうか」

 

チェルシーの顔は手配書に記されていない。何食わぬ顔で正面から堂々と街の中へと入る。レンガ造りの家屋が立ち並ぶ、石畳の上を早足で進む。まばらな人影。以前よりも見かける人の姿が少ない。アメを咥えながら、チェルシーは怪訝そうに眉を潜める。

 

 

 

そのまま街の中心部へと歩を進める。近付くにつれ、彼女の耳に人々の喧騒が届いてきた。辺りに人がいなかったのは、多くが広場に集まっているからであった。彼女は警戒を強めながら、それでいて所作は普段通りのまま、石畳で舗装された広場へと足を踏み入れた。

 

左右を見回すと、誰もがただ一箇所を見つめていることに気付く。広場の真ん中に立っている一本の棒。それも十メートル近い高さである。それを人々は見上げ、顔を青ざめさせていた。彼らの表情に浮かぶのは、恐怖と生理的な嫌悪感。チェルシーは上を見上げた。その目が驚愕に見開かれる。天高く伸ばされた棒の先には、――見知った男の生首が晒されていた。

 

 

 

――ナイトレイド残り6人。


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