タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第16話 ラバックを狩るⅡ

イェーガーズを分断することに成功し、各個撃破をすべく総力戦に打って出たナイトレイド。だが現状は、その罠を内側から食い破られる事態となっていた。

 

 

 

猿型特級危険種エイプマンと西部異民族のガンマンであるドーヤに追われ、森の中を逃げ回るマイン。本来、近接戦闘を苦手とし、護衛を必要とする彼女だが、乱戦の中で各個撃破の標的となる。現在は逃走を図り、視界の悪い森林地帯へと身を隠していた。

 

 

 

ナイトレイドのリーダーであるナジェンダはというと、こちらも2人の死体に挟撃された危機的状況だった。元帝国軍の将軍ロクゴウ、仮面を付けたナイフ使いヘンター。互いに連携しつつ敵を狙う波状攻撃に、ナジェンダであろうと苦戦は避けられない。エスデスに右腕を切り落とされ、帝具を持たない今の彼女にとって、この苦境を覆すのは困難を極める。

 

 

 

唯一、人数差なしで戦っているのがスサノオであるが、しかしこのマッチアップこそが最も戦力差が開いていると言えるだろう。そもそもサイズからして違う。山と見紛うほどの、数十メートルにも及ぶ体長。その超重量の一撃は、無造作に振る腕ですら大地を圧壊させる威力を持つ。さらに、防御力も城塞のごとく堅牢。帝具の素材にも使われた、埒外の生命である超級危険種。死してなお、その脅威は薄れない。

 

 

 

最後に、ペアを組んで戦闘をしているアカメとレオーネ。彼女達は唯一、遠距離攻撃が可能なボルスを仕留めに向かっていた。クロメを殺せば操っている死体も消えるが、帝具『ルビカンテ』で好き放題に後方から焼き尽くされては敵わない。対人戦において最凶の帝具『村雨』を鞘から抜き放ち、真っ直ぐに襲い掛かる。

 

だが、それを見過ごす彼らではない。漆黒の鎧に身を包み、強化された身体能力でウェイブが護衛に入る。いくらでも補充可能な死体ではなく、イェーガーズの隊員狙い。仲間を殺され、さらに帝具まで奪われるとあっては、甚大な損失である。ウェイブの場合は、そんな損得勘定ではなく、純粋な正義感からだが、とにかく接敵しつつあったアカメに跳び蹴りを入れ、弾き飛ばす。

 

「させっかよ、ナイトレイド」

 

アカメを蹴り飛ばし、地面に降り立ち、大見得を切って叫ぶウェイブ。

 

「隙ありっ」

 

「ああっ……!?」

 

別方向からの襲撃に慌てて振り向いた。アカメに集中した隙に、少し遅れて辿り着いたレオーネが脇を抜けてボルスを狙う。狙撃手であるマイン同様、遠距離を得意とするボルスも、近接戦闘能力は一歩劣るのは間違いない。

 

近寄らせまいと火炎放射器の帝具で炎を撒き散らすが、高速機動でそれらを回避し、側面からボルスの殴殺を試みる。

 

「おっしゃ!がら空きだっ……チッ、新手かよ」

 

 

その拳は、目の前に現れた透明な盾によって防がれる。

 

 

舌打ちするレオーネ。スキンヘッドにサングラスの男、ウォールが援護に割って入った。かつて名を馳せたガードマンだったが、クロメに殺されて死体人形にされている。護衛対象を守るのは得意分野。この状況にうってつけの専門家である。

 

「ボルスさん、すいません!ひとり通しちゃいました」

 

「うん、大丈夫だよ。ウェイブくんも、来てくれてありがとう」

 

謝るウェイブに、ボルスは明るい声で返す。しかし、ナイトレイドとの直接対決の最中、当然視線は2人の敵に向いていた。

 

「たぶん俺、アカメの帝具とは相性が良さそうです。こっちは抑えますから、ボルスさんは護衛と一緒に金髪の方をお願いします」

 

「わかったよ。相手は凄腕の暗殺者。くれぐれも気を付けてね」

 

強く大地を踏み出し、一瞬にしてアカメに接近するウェイブ。数倍まで引き上げられた脚力は、常人ならば反応も困難な速度での移動を可能とした。しかし、相手は常人の枠を外れた暗殺者。しっかりと視認し、カウンターとして胴体を一文字に斬り付ける。人体を真っ二つに両断する切れ味の一撃だが、それは甲高い金属音を響かせるだけに終わった。

 

「くっ……やはり並の強度ではないか……」

 

悔しげに呻くアカメ。さすがは高硬度を誇る鎧の帝具。傷ひとつ付けられず、彼女の必殺は不発に終わる。渾身の一撃を弾かれ、体勢が崩れた隙を狙うウェイブの右拳。顔面に迫るそれを、アカメは首を右に傾けて回避する。続いて肝臓を打ち抜かんとする左のボディブローを後ろへ下がることで空を切らせる。

 

わずかに生まれた時間の余裕を、至近距離で相手の鎧を凝視することに費やす。彼女ほどの技量があれば、わずかでも鎧の繋ぎに隙間があれば、そこから刃を突くことができる。

 

 

そして、一筋でも傷を付けさえすれば問答無用で即死させられるのが、――アカメの帝具「一斬必殺『村雨』」なのだ。

 

 

「鎧の隙間は……ない?」

 

「おらあっ!」

 

アカメが目を見開いた瞬間、強烈な前蹴りが彼女の腹にめり込んだ。肺から全ての空気を吐き出し、離れた大岩まで叩きつけられる。背中を強く打ちつけ、荒野に倒れこむ。それを、当然ながらウェイブは仕留める好機と見る。追撃のために迫る漆黒の人影。即座に体勢を立て直し、アカメは打ち込まれる無数の拳をステップを踏んで回避する。

 

「逃げてばっかじゃ勝てねえぜ!」

 

気炎を吐くウェイブに、小さく顔を歪める。最悪の相性だ、と彼女は感じていた。

 

凶悪さにおいては、数多ある中で五指に入るだろうのが、アカメの帝具『村雨』である。傷を付けることで、そこから呪毒が侵入し、心臓を停止せしめる。力も速さも耐久力も技術も経験も関係ない。その他一切の要因を無視して死という結果を与えるおぞましさ。人間の殺害に特化した、凶々しき帝具。

 

しかし、そんな反則級の帝具にも欠点はある。構造上、当然のことであるが、死者には通じない。そして、傷ひとつ付けられない相手にも無力。

 

 

――現状、アカメの帝具は、ただの一振りの刀へと堕とされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

アカメとレオーネの戦いを横目に眺め、ナジェンダは渋面を作った。状況は悪い。完全に足止めされているようだった。アカメは漆黒の鎧を纏った男に張り付かれ、レオーネも炎を撒き散らすボルスとガードマンの盾に進行を阻まれ、互いに膠着状態に置かれていた。

 

「このままではマズイか……」

 

苦々しげにつぶやいた。2対1を強いられているだろうマインの方も、そう長い時間逃げ切れるとは思えない。加勢に行きたいところだが、彼女自身がそもそも追い詰められていた。

 

「クッ……よそ見している場合ではないな」

 

元将軍ロクゴウの操る変幻自在の鞭を、大きく下がって回避する。空を裂く音が耳に届く。帝具によるものではなく、純粋な技量によって彼の鞭が非常に捉えがたく襲い来る。視認困難なそれを、ナジェンダは勘と経験による予測で身体を振って避けていく。かつての同僚であり、その技を稽古で身に染みるほどに受けたからこその高精度での見切りである。

 

「ロクゴウ将軍はともかく、こちらが厄介……!」

 

突如、真上から突き出されるナイフ。完全に予想外の方向からの殺意に、ナジェンダの表情が固まった。鋼鉄の義手を上に掲げ、間一髪で白刃を受け止める。跳躍して天地を逆にした体勢での致死の一撃。バン族の生き残り、ヘンターのトリッキーな戦闘スタイル。その生前の実力は、クロメでさえ討伐に手こずったほどである。

 

ヘンターに意識を集中させた隙を突き、彼女の側頭部を鞭が強かに打ち据える。ぐわん、と脳震盪でナジェンダの視界が揺れた。飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止め、地面に着地したヘンターに全力で蹴りを入れる。大振りのため、両腕で防御されるが、その反動を利用して2人から距離を取る。

 

「ハァ……ハァ…手段は選んでいられないか」

 

全身から汗を噴き出しながら、ナジェンダは奥の手の使用を決断する。自身の帝具であるスサノオが戦っている方向に視線を向ける。だいぶ離れてしまっているが、この奥の手に距離は関係ない。目の前の2体の死体を警戒しつつ、超級危険種と戦闘中のスサノオに向けて大声で告げる。

 

「スサノオ!『奥の手』の使用を許可する!」

 

直後、物凄い勢いでナジェンダの身体から力が抜けていく。彼女の生命力である。ポーカーフェイスを装って、全力で姿勢を維持していたが、このときに敵に襲われなかったのは幸運だった。いまの状態では為す術なくやられていただろう。だが、その賭けに勝った代償は大きい。

 

 

生物型帝具「電光石火『スサノオ』」――それが彼の正体である。

 

 

卓越した戦闘力を誇り、身体の欠損も即座に自己修復される。現在のナイトレイドの主力のひとりである。攻撃力、防御力、回復力、技術力、全てにおいてバランスの取れた戦闘者。

 

だが、帝具としての彼の最も恐るべきはそこではない。使用者の生命力と引き換えに、埒外の性能を発揮する『奥の手』――

 

 

3度使えば使用者を必ず死に至らしめる代わりに、得る力は絶大である。

 

 

イェーガーズの目論見は9割方、想定通りに進んでいた。だが、ただひとつ。スサノオの『奥の手』による埒外の戦闘力だけは想定外だった。

 

クロメの所有する最強の人形、超級危険種デスタグールを破壊されることで、圧倒的優勢だった殲滅戦の流れが変わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

鬱蒼と茂る森の中、必死に走り回るタツミの姿があった。遮蔽物の多い森林に身を隠し、気配すら絶つラバック。死角から狙われる脅威を前に、タツミは森からの離脱を試みる。草木をかき分け、葉擦れの音を鳴らしながら走る。

 

 

しかし、ここは糸の結界内――蜘蛛の巣に囚われた彼の周囲は万全に敷かれた罠の巣窟であった。

 

 

足を一歩踏み出した際、タツミの脛に糸に触れるような感触があった。直後、後方から風切音が耳に届く。慌てて振り向き、エクスタスを正面にかざす。甲高い金属音と小さな衝撃。

 

「くっお!……ボウガンの矢かよ、危ねえ」

 

飛来する鋭利な矢は、間一髪で防ぎきる。発射元を探ると、固定して設置されたボウガンがあった。自分の足が引っかかった糸と、それは繋がっている。正面戦闘を避ける姿勢に対し、さらに警戒を強める。こういった手合いには慣れていないこともあり、一刻も早くこの森を抜けねばと覚悟する。

 

キラリと目の前でわずかな光の反射を捉えた。その瞬間、直観に従って全力で頭を下げる。彼の髪を掠めて、すぐ真上を糸の束が通過した。

 

「って、今度は直接狙ってきたか!」

 

頭を下げていなければ、首を締め上げられていただろう。この場に留まる危険性を感じ、すぐさま逃走へと移行。直接タツミの首を狙ってきたということは、暗殺者は付近に潜んでいるということ。だが、隠れ場所を看破、あるいは誘き出すための方策を、彼は有しない。結果として、ラバックを撒くために走り出すしかなかった。

 

当然それは地雷原を裸足で駆け抜けるようなもの。周囲一帯に張り巡らされた糸の結界で、タツミの居場所は筒抜け。無数に仕掛けられた罠が彼の命を脅かし続ける。死角から撃ち込まれる矢や銃火器などの殺傷性の高い罠から、足元を掬う拘束用の罠。さらに油断や意識の隙を狙って仕掛けられるラバックの糸による攻撃。進行方向を誘導することで、巧妙に森からの脱出を阻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの逃走の結果、タツミの精神は疲弊し、体力も大幅に消耗してしまう。肩で息をしながら、足元の辺りの茂みを凝視する。狩られる経験など、彼の記憶にはなく、それゆえに未体験の状況への焦りで視野が狭窄。緊張による疲労で、手足は鉛を付けたかのように重く感じていた。

 

物陰から聞こえる草木の揺れる音に、大袈裟に振り向くタツミ。余裕を失い、過敏な反応を見せる。何事もなかったことに安心して、安堵の溜息を吐く。そのまま、再び早足で歩を進める様子を、ラバックはじっと観察する。

 

過剰な警戒はむしろ隙を生む。ここが勝負所だと彼は確信した。進行方向を誘導しているとはいえ、それでももうじき森を抜けてしまう。リスクを承知で仕掛けることにしたのだ。糸を使って自身の身体を吊り上げ、枝から枝へと渡り、無音で空中を移動する。同時に糸を操り、タツミの右側の茂みの草を揺らす。

 

「そこかっ!?……気のせいか」

 

エクスタスを構えて叫ぶタツミ。だが、振り向いた先には何もない。張り詰めた緊張がわずかに緩む。そのタイミングを見計らって、視界の端に姿を見せるラバック。ちょうどギリギリで視認できる位置で発見させた。千載一遇の好機に喜び勇んで駆け出したタツミ。

 

人知れずラバックはほくそ笑んだ。あえて物陰に隠れずに、糸を使って木々の間の空間を跳びながら逃げていく。

 

「逃がすかよ……!」

 

脇目も振らずに追っていくタツミ。心身ともに疲弊し、視野も狭まり、注意力も散漫。完全に周囲に無警戒。ようやく見つけた逆転の機会を逃せない、と思考を固定されてしまっていた。

 

言うまでもなく、これは誘いである。

 

当然の帰結として注意が疎かになった足元は罠と連動する糸を引っ掛ける。直後、破裂音と共に光るマズルフラッシュ。これまでしのいできた銃火器による奇襲。しかし、警戒の磨耗した精神状態が反射的に行う動作をわずかに遅らせる。

 

 

――この一瞬の遅れを生み出すためだけに、全ての状況は仕組まれていた。

 

 

「ぐうっ……しまっ……足が…!?」

 

巨大鋏を盾に隠れる寸前、タツミのふくらはぎに激痛が走った。思わずその場にしゃがみこみ、左足の銃撃跡を抑える。どくどくと、熱い血が湧き出る。

 

銃弾が貫通しているのは幸いだが、この場で治療や止血などできるはずもない。全力疾走したとしても、その速度は目に見えて落ちるだろう。タツミは森から逃れる術を失った。

 

痛みに顔をしかめつつも、彼は大きく息を吸い、肺の中の空気を全て吐き出す。

 

「ふぅ、狩人たるイェーガーズが何やってんだか……。違うだろ。狩るのは俺の方だろうが」

 

鋭く目を細め、タツミは決意を込めてつぶやいた。傷を負い、森に閉じ込められ、しかしただひとつ好転したことと言えば。頭から血が抜けて冷静さを取り戻したことだった。

 

「いいようにやられちまったぜ。エスデスさんに知られたら笑われるな」

 

狩られる側の立場から一転、タツミは敵を両断すると誓う狩人の立場へと移行する。クルリと大鋏を手元で半回転させ、両手で握り、半身の構えを取った。その瞳には先ほどまでの弱さは欠片もない。濃密に燃え盛る殺意のみがあった。

 

 

「俺らは狩人なんだ。――殺し屋風情がなめるんじゃねえよ」

 


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