タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第12話 案山子を狩る

猛威を振るっていた新型危険種を一掃し、帝都は束の間の平穏を迎えていた。さらに同じく帝都周辺の賊についても、イェーガーズによる殲滅の効果は大きく、生き残った連中も恐れをなして動きは完全に鎮静化する。

 

残る脅威は革命軍ナイトレイドのみ。ようやくイェーガーズは、その全戦力を彼らの討伐に向けることができるのだが……。

 

タツミの囮作戦以降、ナイトレイドはめっきり鳴りを潜めていた。これまで散発的に行っていた要人暗殺もなくなり、おそらく帝都から離れた郊外に潜伏しているものと思われる。広大で危険種の生息する地域であろうとも、彼女たちならば適応できるはずだ。

 

そうなると、いかにエスデスといえど発見は容易ではない。結果、小康状態の帝都と同じく、イェーガーズも迫る全面対決に向けた準備期間となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

太陽の昇り出した早朝。イェーガーズ本部付近の練兵場にクロメは足を向けていた。目覚ましの散歩のつもりで気の向くままに身体を動かす。そんな彼女の耳に何かを打ち合うような音が届いた。広場を覗いてみると、そこには槍のような武器を持って戦う男達の姿があった。

 

「ウェイブとタツミ……何やってるの?」

 

クロメが声を掛けると、訓練中と思しき二人は手を止めて振り向いた。

 

「よぉ、クロメか。珍しいな、こっちに顔出すなんて」

 

「ウェイブに特訓に付き合ってもらってたんだよ。ちょっと、色々な武器を使ってみたくて」

 

「ああ、武器庫から片っ端から持ってきたぜ」

 

彼女が視線をズラすと、少し離れたところに多種多様な武具が積まれており、2人の手には槍が握られていた。穂先は潰された上に布で覆われている。先ほどまでこれで打ち合っていたようだ。

 

「ずいぶんたくさんあるけど……。本当にウェイブ、使い方知ってるの?」

 

「そ、そんなことねえよ」

 

見栄張ってるんじゃない、とクロメが冗談めかして笑うと、慌ててウェイブが否定した。もちろん彼女も本気で言っている訳ではない。イェーガーズの戦闘要員は、Drスタイリッシュ亡き今となっては全員だが、誰も彼もが帝具なしでも一騎当千の実力者である。事実、普段はイジられることの多いウェイブだが、あらゆる武術を修めた達人だった。

 

「で、何でわざわざ他の武器を練習してるの?エクスタスあるじゃない」

 

「いや、それが全然使いこなせなくて……。エスデスさんにも、新しくスタイルを創り出せって言われたんだけど、俺は剣しか使ったことないからさ。記憶ないから分からないけど、少なくとも身体で覚えるほどはやってなかったみたいなんだ」

 

困ったように頭をかくタツミ。手にした槍をクルリと半回転させ、腰の高さから真っ直ぐに突きこむ素振りをする。多少ぎこちなさは残るが、さすがに彼も一流の剣士。あっという間にコツを掴んだようだ。

 

「だからさ、ちょっと他の武器を使ってみて、ヒントを掴めればと思って」

 

「ふーん」

 

お菓子袋から取り出したクッキーを、彼女は口に運んだ。そんな話をしている間に、ウェイブは新しく武器を抱えて持ってきた。長さは槍と同程度だが、先端に斧が付いている。ポールアックスと呼ばれる武器である。

 

「槍の練習したところだし、今度は似た形のコイツにしよう。ただし、戦い方は全然違うぜ。突くんじゃなく、鎧ごと叩き割るのが主な攻撃になるからよ」

 

「うおっ!ずいぶん重いな」

 

「さすがに当たり所悪いと怪我するから、案山子相手に打とうぜ」

 

練習用の案山子が設置されている場所を示すウェイブ。そして、一本多く取ってきたそれを、軽く掲げて声を掛ける。

 

「どうだ、クロメもやってみるか?」

 

「ん……じゃあ、せっかくだし」

 

興味深そうに彼女は武器を受け取った。細腕で心配するタツミだったが、暗殺教育を施されているだけあり、軽々と片手で持ち上げる。

 

「よーし。じゃあ、型の素振りの前に。まずはコイツの説明だな。これは……」

 

設計思想から実戦での使用法まで簡単に講義を行うウェイブ。それをタツミは真剣に、クロメは退屈そうに聞く。その後は見本を真似ていくつかの型を練習する。最後には実戦形式の打ち合い。誰もが得意武器の扱いにおいては一流以上の使い手である。毛色が違う武器であろうと、要訣を掴むのはあっという間だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、武器を変えて夕方まで練習は続いた。ちなみにクロメは飽きたのか、ポールアックスを使えるようになったら早々に退散している。

 

「そろそろ日も沈むし、今日は次のこれでラストにするか。これまでの集大成だ」

 

タツミと打ち合っていたレイピアを置き、彼はひとつ息を吐いた。替わりに手に取ったのは木製の棒。ただの木の棒を渡され、不満そうな顔を見せるタツミ。

 

「最後に地味なの出て来たなぁ」

 

「おいおい、杖術っつってな。これで奥が深いんだぜ。いやまあ、そりゃ全部の武器がそうだけどよ」

 

ウェイブが手にした棒で素振りを見せる。突き、払い、半回転させて柄で叩く。風を切り裂き、よどみなく流れる動作。甘く見ていたタツミだが、一つひとつの型とその意味を感じ取り、自然と視線が釘付けになる。次第に型は高度になっていく。相手の攻撃を払い、いなし、絡め取る。まさに変幻自在。数分ほど演舞が続き、息を吐いて彼の動きが止まった。

 

「ま、こんなもんだ。槍術にも似たような形はあるが、コンセプトがまるで違うぜ。槍が初撃に全てを懸けるのが旨だが、元は東方の捕縛術だった杖は変化が旨だ」

 

「すげえな。パターンの変化が多くて予測しづらい」

 

「『突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀』なんて言葉があるそうだぜ。千変万化の応用力が持ち味の武術だ」

 

「それでこれを最後に持ってきたのか。たしかに、他の武術の基礎を押さえてなきゃ、とても使えそうにないな」

 

これまで習った武術の集大成。自分もやってみようと、彼は見よう見真似で構えを取る。半身になり、腰の高さで杖を握った。槍術で掴んだコツを応用して、突く。

 

「ああ、意外と悪くないな。朝にやった槍と同じ要領だな。ただ、重さと間合いが違うから、そこは注意しろよ」

 

「おうっ!」

 

「じゃあ、今度は払いの練習だ」

 

達人のウェイブ同様に、タツミの武術センスも並ではない。一目見ただけでイメージを頭に叩き込み、それに合わせて身体を動かせる。武器の重心や間合いからフォームを微調整。さらに武器の特性に合わせて、脳内で戦術を構築していく。案山子を叩きながら、恐ろしい成長速度で技術を学んでいた。

 

「そうか……これだ!ウェイブ、ちょっと見てくれ!」

 

その最中、ハッとした表情を浮かべて固まるタツミ。手にしていた杖を地面に置き、その場で前後に軽く足を開いた。熱に浮かされるように、興奮した様子で両手を突き出し、小刻みにステップする。まるで、何かを求めるかのごとく、一心不乱に踊っているようだ。一見、意味不明の動き。だが、これは演武だった。

 

新たに創造した、エクスタスを用いた戦闘技法のイメージであった。それを、当然のごとくウェイブは察する。

 

「うおおおっ!これが、これがっ!帝具エクスタスの戦術かよ……!」

 

彼は思わず喝采の声を上げる。空手での素振りであるが、ウェイブの眼には武器を持った姿がありありと想像できた。様々な武器に触れ、技を身に着けたことがプラスに作用したのだろう。まだまだ粗い部分はあるが、これを洗練させれば自身と同等の実力者になると確信する。

 

思いつくままに、身体の欲するままに、その演武は続き、しばらくして静かに停止した。静かに残心するタツミの口元には、満足気な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

状況が動いたのは、それから数週間後。会議室に全員が招集され、エスデスから決戦の幕が開いたことを告げられる。

 

「ナイトレイドのアカメとマインらしき人物が、東のロマリー街道沿いで目撃された」

 

ゆっくりと透き通る声でエスデスは告げた。それに対して、タツミは来るべき時が来たと感じていた。それは他の隊員も同じだろう。誰もが表情を変えることなく、静かに頷いた。無言のまま、戦意のみを内心で滾らせる。

 

「前回の轍は踏まない。油断せず全員でナイトレイドを狩るぞ。タツミも行けるな?」

 

「もちろんです」

 

前回の決戦ではDrスタイリッシュが殺され、強化兵も壊滅し、タツミ自身も敗走を余儀なくされた。そのときの無力感は今も覚えている。決意とともにエスデスに視線を合わせた。

 

「そうか。期待しているぞ」

 

恋人としてだけではなく、戦士として期待を寄せられている。それをタツミは感じ、内心の昂揚が高まった。拳を強く握り締め、戦場へと思いを馳せる。

 

「準備を整えろ。すぐに出発するぞ」

 

多くの言葉は必要ない。この場の全員が同じ意志を抱いている。帝都を乱す敵の排除。彼らはひとつの意志の元に引き絞られた矢じりである。極限まで研ぎ澄ました切っ先である。張り詰めた弦から放たれるのを待っている。あとは射手によって狙いを付けて放たれるのみ。

 

エスデスは号令する。

 

 

「ナイトレイドを狩るぞ」

 

 

こうして、その矢は獲物に向けて放たれた。

 


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