タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第10話 新型危険種を狩る

――ナイトレイドを狩る

 

「ようやく本腰を入れようって矢先にこれかよ……」

 

鬱蒼と茂る森の中、ウェイブは人型の怪物の首を斬りながらつぶやいた。うんざりといった様子の声である。成人男性よりもふたまわりほど大きな巨体が地面に転がった。剣についた血を左右に振って払い、小さく溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドとの第一次接触から数日。イェーガーズの元に入ってきたのは、帝都近郊における、新型危険種発生の情報だった。突如、出現した怪物達が周辺の村々を襲い、村人や家畜を軒並み捕食する。知能は低いが、群れで行動し、腕力や耐久力が非常に高く、見た目に反して動作も機敏。並の兵士では相手にならないほどの、特級危険種である。

 

結果として、イェーガーズが総動員され、連日の殲滅作業に当たらざるを得なくなった。3つのグループに別れ、ウェイブは森の中を捜索して先ほどの群れを発見する。

 

「さて、そろそろ戻るとするか……」

 

そうして集合場所に到着してすぐに目にしたのは、大きめの岩に腰掛けてお菓子を食べるクロメだった。隣には右手に装着した円盤型の機器を見つめるセリュー。セリューは良いとして、クロメの方は完全に暇を持て余している様子だった。というか、おやつの最中だった。一仕事終えて疲労した自分と比べて、ウェイブは溜息を吐く。

 

「お帰りなさい。周囲の生体反応は私達以外にはなくなりました」

 

セリューの右手に装着された円盤は、Drスタイリッシュの製作した十の武具のひとつ。現代の最新機器をも凌駕するオーバースペック。犬(?)型帝具の体内に普段は収納されており、それらは『十王の裁き』と名付けられている。場面に応じて換装する十の武具のうち、現在彼女が使用しているのは『9番』――正義都市探知機であった。

 

「いつの間にか掃討し終わったんだね」

 

「お前がお菓子を食ってる間にな」

 

伸びをして退屈だったと言わんばかりのクロメに、彼は口を尖らせた。とはいえ、文句を言える立場でもない。彼女がいなければ殲滅には数倍の時間が掛かっていたのだから。それを可能としたのが彼女の帝具――「死者行軍『八房』」

 

実際のところ、今回の狩りはセリューとクロメの2人だけで十分だった。周辺数kmの索敵を可能とする探知機とクロメの帝具のコンビは、こういった狩りに最適の組み合わせである。あくまでナイトレイドを警戒しての、ウェイブによる護衛だった。

 

「よっし、じゃあ帰るぜ。帝都に着くまでが仕事だからな」

 

そう言って、周囲をキョロキョロと見回しながら歩き出すウェイブ。

 

「帰りの警戒は俺に任せな。狙撃なんざ絶対出来ないように見張ってるからよ」

 

自信満々にガッツポーズを見せるウェイブに、苦笑いを浮かべるセリュー。それに気付かず、先頭に立って意気揚々と歩き出す。

 

「なあに、気にすることはないぜ。お前達を守るのが俺の仕事だからな」

 

「あ、はい。ありがとうございます。……でも、探知機で周辺の生体反応見えてるので」

 

「え?じゃあ、俺がやってることって……。ここに来るときもずっと警戒してたのに」

 

ポン、とクロメが肩を手で叩いた。

 

「無駄な努力……」

 

「うわあああああああ!」

 

ウェイブの咆哮が広大な森林に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

そして一方、別行動中のタツミとエスデスはというと。

 

「はあああっ!」

 

人型危険種の胴体を、タツミの大鋏が両断した。断末魔のうめき声を上げ、その場に上半身と下半身がべちゃりと落ちる。背の高い木々の生える林道に、一体の死体が転がった。

 

だが、気を抜く間もなく襲い掛かる危険種の群れ。その内の一体がタツミの顔面へと拳を振るう。並の武芸者であれば粉砕されるであろうそれを、高硬度の鋏を盾にして防御。同時に自分から背後へ跳ぶことで衝撃を吸収する。

 

「うっお、すげえパワー」

 

余裕をもって距離を取ったタツミは、3体の内の最も近い危険種に狙いを絞る。防御のために閉じた鋏が、死神の咢のごとく大きく開く。

 

――万物両断『エクスタス』

 

その名に違わぬ切れ味である。一息の間に危険種の横を通り過ぎ、最速の切断で息の根を止めた。続いて2体、3体と胴体を両断する。ほんの十数秒の間に、複数の特級危険種を殲滅する鮮やかな手並み。エクスタスを最速で振るう動作が身についた結果であった。

 

「ふむ……あらかた狩りつくしたか」

 

「そうですね」

 

両側を木々に囲まれた街道に立ち、エスデスが周囲を見回した。多数の新型危険種の死体が散らばっており、その全てが真っ二つに両断されている。二桁もの死体の山。放置した遺体の血の臭いに誘われ、ぞろぞろと現れた危険種をひたすら狩り続ける。

 

「これだけ毎日戦ってると、さすがに帝具の使い方にも慣れてきたよ」

 

「剣で斬るのとはフォームがまるで違うからな。連日の実戦で最適なフォームが身についてきたようだ。攻撃速度に関しては相当なものだぞ」

 

えらいえらい、とエスデスが頭をなでる。嬉しそうに笑うタツミ。怪物の死骸が周りを埋め尽くしていなければ、微笑ましい光景であっただろう。傍目から見ればおぞましいが、エスデスにとってはデート気分である。ただしこれは、帝具を使いこなすための特訓でもあった。

 

「重く、硬く、それでいて知能は低く、動きは単純。まさにチュートリアルとしてはうってつけだな。『エクスタス』に最も相性の良い練習台だ」

 

間合いからタイミングまで、剣での戦いとは全てが異なるのが帝具戦である。鋏を武器にするなど、当然タツミも想定したはずがない。イチから戦い方を創り出す必要があったのだ。

 

 

鋏を開き、閉じる。

 

 

帝具を手に入れてからというもの、タツミはひたすらその動作を繰り返した。どうすれば少しでも効率的に動けるか。練習を繰り返し、そして連日の実戦の中で洗練されていく。

 

『万物を両断する』という特性を最大限に発揮する戦術。一切の防御を無視して切断する、埒外の帝具の優位性。それは――

 

 

――最速最短での両断であった。

 

 

十を超え、二十を超え、三桁を越える怪物を斬殺した頃。タツミの身体は、最速最短での一撃を可能としていた。

 

「言ってみれば、ひとつの型を作り出したようなものか。よくやったぞ。まずは第一歩を踏み出したな」

 

ご褒美にタツミを抱き締め、スリスリと頬ずりをするエスデス。完全に自分に対する褒美であるが、しばらくの間、顔を緩ませて至福の時間を過ごす。

 

「ちょ、ちょっとエスデスさん。外ですよ」

 

満更でもなく頬を染めてタツミがささやかな抵抗を試みる。野外だからと自制する彼女ではない。

 

「まったく、仕方ないな。今日の狩りも終わったし、部屋に帰ってイチャイチャしような。……と思ったが」

 

突如、彼女の表情が冷たく豹変する。蕩けきった目元が、敵意に満ちた鋭い視線へと。

 

「……何とも迷惑な輩だ。邪魔が入ったか」

 

彼女の精神が即座に戦闘モードに変わる。タツミがそれに気付いた瞬間には、振り向いた彼女が氷の槍を射出していた。攻城兵器に匹敵する槍が一本の大木を貫き、薙ぎ倒す。その影にはひとりの男が立っていた。

 

「うまく隠れたつもりだったんだけどな。やるじゃん。さすが帝国最強」

 

全身を覆い隠す黄土色のローブを纏った男が笑う。フードに隠れて顔は見えないが、エスデスもタツミも強者から滲み出る独特の雰囲気を感じ取った。ローブの隙間から覗く褐色の肌。見覚えはないが、新型危険種の跋扈するこの地域に足を踏み入れたのだ。この件の関係者であろうと彼女は判断した。危険種を討伐に来たか、あるいは――危険種を解放したか。

 

「とりあえず捕まえておこう。死にたくなければ抵抗するな」

 

「オモチャが殲滅されてるから、どんなヤツかと様子を見に来たら……。アンタと鉢合わせるとは、この遊びも潮時だな」

 

エスデスの威圧を受け流すように、男は飄々と肩を竦めて見せた。彼女の敵意を前にそんな余裕を、たとえ虚勢だとしても、見せられるという事実がこの不審者への警戒度を上昇させる。

 

「何か知っているようだな。拷問室まで着いてきてもらおう」

 

「エスデスさん。俺がやりますよ」

 

タツミがそう言ってエクスタスに手を掛ける。少しだけ思案した後、エスデスは許可を出した。わずかな彼女の迷いから、目の前の相手が尋常ならざる強敵であることを悟る。帝具使いのタツミでさえ、敵わないかもしれない相手。

 

「噂のイェーガーズか。どんなもんか試させてもらうぜ」

 

フードの男は不敵な笑みを浮かべ、無手のまま臨戦態勢に移行。両足を適度に開き、左手を前にして中段に構える。格闘術の使い手のようだ。それに対して、タツミは鋏の取っ手を両手で握り、前傾に構えた。

 

 

――タツミが最速最短での両断を仕掛ける。


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