ふとした時の暇潰しになれば幸いでございます。
「スイッチ!」
アスナの声に合わせて躍り出ていく。刀の強みの一つ、範囲攻撃。
アスナによって程よく削られていた三体を、俺は一太刀でまとめて沈めたのだった。
「お見事。さすが」
「お互い様だろ。なんだあのリニアー、ビームじゃねえか」
「……私、ハチマンくんが走ってる姿、いまだにちゃんと見えてないんだけど?」
肩を竦めて流しておくことにする。下手なこというとこいつはほんとに手が出てくるから怖い。
「少し休憩にしましょ。サンドイッチ持ってきたけど食べる?」
「いや、いらん」
「……そう」
このSAOは、感情表現がしっかり伝わるように一部感情は過剰に演出されるようになっている。例えば頬が赤くなるとかは顔が丸々赤くなったり、落ち込む時は心から落ち込んでいるように見えたり。由比ヶ浜辺りにやらせたら凄まじい百面相が見れそうである。
「……あー、やっぱもらうわ」
で、目の前のこいつは目に見えて落ち込んでやがる。
感情の絡む演技ができないこのゲームでのそれは、わりとマジだからかさすがの俺もスルーしきることができず、一転して笑顔になるアスナからサンドイッチを受け取った。……もしかして演技なのか?
「私、ハチマンくん、キリトくんが要かしら」
「なんだよ藪から棒に」
「アタッカーよ。前にも言ったけど、攻略組における完全なアタッカーはかなり少ないの。ましてやそこに私くらいの剣速や、キリトくんくらいのスキルの速さ、ハチマンくんみたいな速さを持つ人は今のところいないわ。だから、これからのボスは私達がしっかり攻めていかないと、と思って」
「……俺もなのか?」
できれば楽していたい、と思うのは性分だ。
……アスナの顔を見る限り、無理そうだが。くそ、膨れっ面とか可愛いからやめろ。
「今までのボス戦、ほぼ全てファーストアタック取ってるのハチマンくんじゃない。正直に言えばあんなこと言ったハチマンくんに誰も何も言わないのは、やっぱりその強さがあるからよ?」
「光栄なこって」
「茶化さないで。キリトくん、心配してるのよ?」
「いらん心配だ。よく考えてもみろ。俺達は今こうして協力し合ってるが、状況的に仕方がないから、だ。
そもそも合ったことすらないし、クリアしたら二度と会うこともないだろう。利害の一致は最初から裏切る意思を見せない限り一番合理的に協定を結べるんだよ。お前だってそうだ」
これくらい言っておけばいいだろう。あまり変な期待を抱かれても困る。
……俺だって、お前らに期待を抱かないんだから。
「……だからあの時あんなことを言ったの?」
「ディアベルがバカだと思ったのは本当だし、苛ついたってところは否定しないでおく。茅場が言ってただろう。これはゲームであっても、遊びじゃねぇ。ゲームとして楽しんでも、遊んでる余裕はないんだよ」
「……参ったな。じゃあ、今のところハチマンくんの思惑通りなわけだ」
「お前やキリトのしつこさ以外はな。なんなんだお前ら。いい加減諦めてくれよ」
「それは無理よ」
「なんでだよ。そこはこいつ痛いしキモい。って離れるとこだろ」
「どこにそんな要素があったのよ……それに」
「それに?」
「……まだこれは秘密。対ハチマンくんへの最終兵器だからね?」
「笑顔で怖いこと言ってるなよ。……雑談は終わりだ。続きやるならやるぞ。やらないなら帰る」
立ち上がって少し準備運動。いや、やる意味はあまりないんだが人のサガと言うやつか。
準備運動はしないとダメだよ!って戸塚にもよく言われたしな。
……あぁ、戸塚に会いたい……
「……ん?」
戸塚に焦がれているとピコン。と着信。見ればフレンド登録の依頼が来ている。
送り主はアスナ。……なんかんだ、こいつは。
「拒否――」
「拒否したらパーティ解散しないからね? 脱退しようものなら宿までついてくわよ?」
「……お前なに? 俺のこと好きなの?」
「茶化さないの。いいから観念してフレンドになりなさい」
……俺、こいつのこと苦手だわ。ここまで強引な奴会ったこともねぇ。陽乃さんを除いて。つかあの人は例外だ。カテゴリに分類しちゃいけない。
「ありがと。じゃ、再開しましょっか」
やる気的には三割減くらいのモチベーションで、俺は思いきりわかるようにため息を吐いてやった。
―――――
「……ハチマンくん、ここ」
「ボス部屋、みたいだな」
あれから数時間またマッピングをしてようやく、俺達はボス部屋にたどり着いた。結局ボス部屋見つけるまで探すとか俺ほんと仕事人間。ボス討伐はやらなくてもいい? ダメか。
「入ってみる?」
「構わんが、すぐに出るからな。何があるかわからねぇから、逃げる準備は忘れるなよ。俺は助けたりしないぞ」
「わかってる。万が一の時は私に構わないで」
……だから、そういう反応はおかしいだろって。
「……まぁいい。軽く見るぞ」
コクりと頷くアスナに先行して、俺はボス部屋に入った。
……いた。中央に刀を腰に差した鎧武者が立っている。あいつがボスだろう。
「……動かないわね」
「近づきすぎるなよ。動かないってことはトラップの可能性もある」
あの刀、俺やクラインのとは違うな。俺達の使う刀はいわゆる世間一般でいう刀で、刀身が程よい長さかつ反りもあって、これは実は幕末の頃に作られた携帯性の良いものであり、あのボスが差している刀は戦国時代くらいに作られた武者用の刀だ。反りがあまりなく、刀身が長い。おそらく、刀のソードスキルを使うんだろうが、どの程度の威力となるのか……
「帰るぞ、アスナ。攻略会議を開く準備をしておけ。鼠女には俺から情報を流しておくから。三日あれば出回るから、三日後くらいに開くのがいいだろう」
「うん、わかったわ。……ねぇ、ハチマンくん」
「なんだよ」
「今回も、みんな生きてクリアしようね」
「当たり前だろ。どうでもいい連中ではあるが、死なれたら攻略が遅れるからな」
「……素直じゃないんだから」
「本音だっつーの」
「気づかぬのは本人ばかり。ってね」
なんなんだよほんとにこいつは。……まぁいい、次はあれを倒す。攻略組へ参加したがる人間も増えているし、ペースは更に上がるだろう。
……見てろよ茅場。クリアしたらお前にこのゲームの感想を酷評して送ってやるからな。