八幡無双の回です。では、どうぞ。
「……くそが」
既に暗くなった道を、俺は全力で駆け抜けていた。
その傍らでアイテムウィンドウを開き、装備を焔雷からいつぞやのオレンジギルドの連中を取っ捕まえた際の麻痺付きの刀に変えて、目的の場所へと向かった。
話は、少し前に遡る。
―――――
「どうしたんだよ、アルゴ」
「今、すぐにキー坊の所へ向かってくレ」
「要領を得ない言葉だな。だから、どうかしたのかよ」
「……ラフィン・コフィンが絡んでル。キー坊が危ない」
「待て待て、何にどうラフィン・コフィンが絡んでるんだ?」
「キー坊の関わってる圏内の事件、あれの情報を求めてる人間がいたんだがナ、それ……ラフィン・コフィンの人間だっタ。知らずに答えてテ、さっき口封じに殺られかけて命からがら逃げて来たところダ」
……つまりなんだ、キリトの奴、このままだとラフィン・コフィンの連中とぶつかるってわけか。
「……おいアルゴ、あいつは今どこにいる」
「そこまでは……すまなイ」
「いや、それなら俺もスキルでどうにか追っかける。お前は念のため人の多いところにいろよ。……行ってくる」
「ハッチ、キー坊もだが、無理だけはするナ」
「当たり前だ」
昼間あんな話をした直後でこれかよ。
キリトがやられるとは思えない、が。それでも焦燥を感じて、俺はそれを振り払うように首を振って理性で押さえ付けて走り出したのだった。
―――――
「キリトは……こっちか」
徐々に近づいてくる。らしくないとか、下手すれば対人戦になるとか、そういう懸念もあるが……そんなことよりもキリトのアイコンの有無を気にしている。
なんだよ、結局俺はずいぶんあいつに入れ込んでるじゃねぇか……
「……死なれたら寝覚め悪いからな」
無理矢理理由付けして、足を止めずに走り続ける。
木々を抜けた先に見えたのは、逃げる女に剣を振り上げるオレンジアイコンのプレイヤーだった。
「――エクストラスキル、抜刀術」
普通にやったんじゃ間に合うかわからない。
ここで躊躇う理由も特にない。俺は鞘に手を触れさせて一息で飛び込んで行った。
――side キリト――
「Ha! ほら、全力で守れよ黒の剣士。そうしないとここにいるお前以外、死んでしまうぜ?」
「くそ……っ!」
元黄金林檎のメンバーを追って、シュミットを連れて来た先がこれだ。
死を偽装した二人が探していたのは死んだ黄金林檎のリーダーの、リアルでも夫婦だったらしい男のグリムロック。あろうことかこいつは、ラフィンコフィンなんてものを雇って残りの黄金林檎のメンバーを全滅させる気だったらしい。
麻痺性のダガーで上手く突かれて動けないシュミットを守りつつ、他二人を更に守る。幹部クラスの赤目のザザとジョニー・ブラック、リーダーのPoHはまだ見てるだけだが、来てる人数が多すぎる。こんなことを想定していなかったせいか、前に使おうとしていた麻痺性の剣は持ってきてない。殺すわけにもいかないから、どうすれば……
「い、いやっ!」
「残、念……だったな、黒の、剣士。これで、終わり、だ」
奴らのギルドメンバーの一人が、ヨルコさんへと剣を振り上げる。
「しまっ――」
「――間一髪、か」
音もなく、剣を振り上げた男が地面に倒れ伏せた。
小さく、呟くように聞こえてきた声はよく聞く声。頼りないけど安心する、友達の声。
「Yeah! まさかお前までこんなところに来るとはな。初めて会うな、影纏い」
「まぁ、ちょっとあってな。お前がPoHか? なるほどな、人でも殺してそうな見た目してるわ、お前」
ハチマンだった。ハチマンが、刀を持って立っていた。いつものマフラーで顔の下半分を隠して、ちょっと怖いあの濁った目付きでPoHを睨んでいる。
「Ha! それはお褒めにあずかり光栄だ。お前はやれそうだな、どうだ、遊ぶか?」
「寝言は寝てから言えよ。あー、一応これ寝てることになんのか」
刀を鞘に納めて、ハチマンはマフラー越しにわかるように呆れていた。
俺はと言えば、ハチマンがここに来てくれた、ということにホッとして、周りを見回した。全員新たな乱入者に視線が行っている。
「馬鹿、なのか、豪胆、なのか……」
「Yeah! 仮にもこのゲームの最強の一角だ、これくらいは余裕なんだろうよ。なぁ、影纏い」
「知るか。あとその呼び方やめろ。ついでに言えば俺は眠いから帰ってくんね?」
相変わらず調子の変わらないハチマンに、俺まで脱力しそうになった。
――なったところで、PoHの笑い声にまた意識を集中させる。
「HaHa! ずいぶんな奴だな。おいお前ら、今度はこっちも狙え。活きがいいぞ。It's show time!」
ハチマンに向けて、ラフィンコフィンの奴らが走り出して行く。不謹慎かもしれないけど、俺は口元だけで笑っていた。
だって、ハチマンと戦うってどういうことかを理解してない。俺やアスナはもちろん、ヒースクリフだって決闘したくないプレイヤーに選ぶような奴なんだ、ハチマンは。
「……はぁ。ばか野郎どもが」
ハチマンの姿が消えた。正確には走り出して、一番近くのメンバーの真横に現れる。
手数で無理矢理ごり押して、時間ダメージでの最大ダメを出す俺とは違って、ハチマンは極振りして視界に留めるのも難しい速さから、高い単発ダメージを出してくる。総合ダメージは俺の方が上だけど、単発火力に関してはハチマン、次点でアスナといったところだ。アスナには連撃がある分、単発は若干ハチマンより低い。
そして、ハチマンの凄いところは攻撃をかなりの確率でクリティカルにすること。弱点部位……例えば首とか。そういう場所へ正確に当てるとクリティカルヒットになってダメージを上げるんだけど、さすがにアスナのような正確さはないけど、クリティカル率はアスナより高い。
そして何より、対人戦ではハチマンの二つ名の由来で、一番わかりやすい強さが発揮される。
「なっ、消えた……?」
「んなわけないだろうが」
三人目が倒れて、ハチマンはそいつの後ろでため息を吐いた。
そう、速い。剣速もだけど何より本人が恐ろしいくらい速い。俺以上に防御を捨てて更に素早さに特化させてるせいか、俺がもしハチマンと戦うなら攻撃に合わせて反応するのが最善だと思う。待ちを強制させる時点でハチマンのあれはおかしい。
ヒースクリフの神聖剣でも、あれは防ぎ切れるか怪しそうだ。もっとも、神聖剣破りは俺も"とっておき"を使えばできなくはなさそうだけど……間違いなく、俺達の中で一番対人戦に強いステ振りをしてるのがハチマンだ。
「ほう、さすがは影纏いってとこか。化け物染みた強さじゃねぇか。てめぇも本気出せばこれくらいはやれるってわけだな、黒の剣士」
「……さぁな。ハチマンだって、まだ本気かも怪しいぜ?」
青い影と銀色の光が走って、その度に一人が倒れる。
不意に、影がPoHへと迫った。
「っ!」
「おー、さすが人殺し。完全に不意をついたつもりだったんだがな」
「Ha、ずいぶん気の早い男だな」
「邪魔な奴は消しとくに限るだろ。特に、お前らみたいな奴は」
ゾッとした。ハチマンの刀はPoHの目の前で止められていて。いつもの、感情が籠ってないような声のはずなのに、ゾッとした。
「何人殺したかとかは知らないが、人の居場所を奪う権利は誰にもない。こんなクソゲーの中でも、な」
「クソゲー、か。何を、言うかと、思えば」
「いいじゃねぇか。このゲームでのPKはプレイヤーの権利だぜ?」
「……あ、そ」
「ハチマン! 後ろだ!」
ハチマンの姿がまた影に消えて、後ろから斬りかかってきたプレイヤーの更に後ろから斬り倒していた。
……くそ、結局ハチマン一人に全部任せることになっちまった……そんなのでいいのかよ……
「あんま大したことないな。こいつら」
「Ya、人を殺す手段なんてどこに行っても大差ない。圧倒的優位からリスクを抑えて殺る。正面からどうこうできるお前達がおかしい、とは思わないか?」
「ゲームなんだろ? レベルくらい上げろよ。で、どうすんだ? お前らはここでどうこうしちまった方がいいとは思うんだが」
……覚悟を決めろ、俺。
「ハチマン、俺もやるぞ」
「キリト? お前、でも武器が……」
ラフィンコフィンのような奴らは俺も許せない。
俺だって、ハチマンほどではないかもしれないけど、リアルの母さんやスグのことをいつも想ってる。
だから、理不尽に理不尽を重ねるこいつらは、嫌いだ。
「構わない。むしろ、覚悟が足りなかった。最悪の場合――お前らを殺すぞ」
ハチマンがいつも言う、あの言葉。今日は俺が言うことにする。
全部が全部、友達に任せっぱなしなのも嫌だ。
「……どうする?」
「Ha! 黒の剣士、影纏いの単身でも本気で来られたら厄介だからな、二人揃ってたら更に部が悪い。よってまだ早い。そういうことだから、俺達は行かせてもらう。See you」
あれは、転移結晶!
「くそ、逃がしたか!」
「こっちの面子が全員生きてるなら御の字だろ。ほらキリト、倒れてる奴ら牢獄送りにするから手伝え」
さっきの剣呑さがなくなって、普段と同じやる気のなさそうなハチマンの声。
最近のハチマンは、感情の過剰表現も相まって結構わかりやすくなってきたからか、たまに無理してるように見える。もしあのゾッとするような声音が、そういう無理から出てきてるなら、ハチマン、大丈夫かな……
そんなわけで、不穏なフラグも残しつつこのエピソードも次で終わりです。
アインクラッド編はエピソード8か9で終わらせる予定なので、後半戦突入ですね。
全体で見るとようやく中盤です。皆様、どうかお付き合いよろしくお願いします。