「で、こいつが件のボスモンスターか」
火山の山頂にて、二つの頭を持って全身を黒い鱗で覆って、結構な大きさをした龍は口から小さな火の息を出しながら俺とアスナを見つめた。もういかにもってくらいのモンスターらしさで、かえってなんかホッとする。
「リズが言ってたのって、顎のあれかな」
「だろうな」
龍の顎にはそれぞれ金色の牙? のような物が付いていた。
わかりやすく光っていて、これまたいかにもな部位破壊箇所だった。
「どうする?」
「とりあえずダメージを与えましょ。それで、私でもハチくんでも、行けそうなタイミングで声をかけてお互いに合わせる」
「ずいぶん大雑把な上にハードな要求をしてくるな」
「でも、できるでしょ? 元々ハチくんの強さは信頼してるんだから」
「不本意ながら四強だなんて呼ばれてるからな」
「うん。でも、今はハチくんを信頼してるから。
もっと簡単に行くと思う」
「……俺がこうなのは、この世界――このゲームの中だけだからな。本来こんなに仕事はしないぞ」
やりづらい。こうもズバズバ言われると返答に困る。
俺のコミュ力じゃ今のこいつは手に余る。だからか、さっきの言葉はどちらかと言うと俺に言い聞かせるように言った。
こっちでもリアルでも、俺は愚かな勘違いをしないと決めている。
「仮にそうだとしても、だよ」
「――俺、やっぱりお前との相性は良くないみたいだわ」
「ふふっ、そう?」
「無駄口叩くのは終わりだ。行くぞ」
これ以上のやり取りは俺に多大なダメージを与える気がしてならないからか、俺は先行してボスへと斬りかかっていた。
さすがに一つのフィールドを丸々奪うボスだ。体力も多いし、二つの口から吐く炎の息はもちろん、地面から炎の柱を出したり巨体による物理攻撃も多い。何より案外素早い上に空とぶのは許せない。
こっちにはそんな便利な機能ないんだよ。
「"抜刀術"の試し切りには良さそうだがな」
アスナがいるにも関わらず口走って、首を横に振った。
……まぁ、口外するなって言えば今のアスナなら見せても良さそうではあるが。今回のアスナとのいざこざの発端でもあるし……あー、人間関係ってこういうとき本当にめんどくせぇ。
「ちょっとハチくん!」
「あ、悪い。見逃した」
「もう……」
ひとまずは部位破壊に集中するか。また閃光様を怒らせても面倒だしな。
「そらよ」
一太刀入れて横へずれる。俺のいたそこには炎の柱が出ていて、その向こうではアスナが走り出すのが見えた。
「フラッシング・ペネトレイター!」
細剣最上位のソードスキルが発動して、アスナは文字通りボスを貫通しつつ俺の隣へとやってきた。
一定以上のダメージが入ったからか、ボスは軽く体勢を崩して中ダウンしている。
「ハチくん!」
「あいよ」
走りつつ、ソードスキルのタメを作る。そして顎を目掛けて刀を振りかぶって――
「せーのっ!」
「これで終いだ」
ガキン。と何かが破壊した音がして、地面に二つの尖った牙のようなものが落ちる。
素早く二つとも拾って俺達は一旦距離を離した。
「できた?」
「問題ないぞ」
素材の名前に逆鱗なんて付いてるけど、おい、これのどこが鱗なんだよ。
どう考えても牙だろうが。
「――――!」
「うわ、怒ってる……?」
「そりゃ、文字通り龍の逆鱗に触れたからな」
黒い鱗は体内から赤くなるように変色して、目は光り息は荒い。
呼応するかのように周りのマグマも燃え上がって、よくある狩りゲーとかの発狂状態のようになったらしい。
「……アスナ」
「どうしたの、ハチくん」
「一応、今回の発端だからな。お前がこれを誰にも言わないということ前提で、俺が下位層にいた理由を教えてやる」
「え?」
刀を納刀して、身体を斜に構える。
装備的にも問題ないし、モンスター的にも問題ない。
このランクの、この体力のモンスターくらい一回のソードスキルで沈められないならいろいろ修正する必要もあるしな。
「詳しくはまだ言いたくないから、とりあえず見せるだけな。一回きりだ、よく見とけ」
準備は整った。さて、どれくらいのダメージが出てくれるか、試すとするか。
「――雷華」
放つのは、抜刀術の上位ソードスキル。
初期ソードスキルの木枯は自身の敏捷性が鞘走りに乗ってダメージも上げるものである。
これはその上位版のもので、性質としてはアスナのフラッシング・ペネトレイターに近い。助走をつけて密着して、そのまま一息に斬り抜く。
敏捷性をそのまま貫通力に乗せて貫くフラッシング・ペネトレイターとは違いむしろ防御が強い敵にはまるで使えないが、こうやって肌を晒してる相手ならむしろ効果的で――
「……なに、それ」
アスナの呆けた声が聞こえる。
それはそうだろう。俺がこれだけ大きなボスを刀で真っ二つに両断したわけだからな。
雷華は、攻撃の際に武器の切れ味を上げる性質もあって、助走した際の補正と敏捷性がダメージに乗るからか普通にダメージが通る相手なら上位スキルの括りでもトップの単発ダメージが出せるだろうと自負している。
ここまで大きなボスをも真っ二つにできるならそれはずいぶんいい意味で調整できそうだ。
――side アスナ――
目の前で起きた光景に私は理解が及ばなかった。
一発で倒れたのはまだ理解できる。私にだって状況を整えればできないことじゃないから。でも、あれほどの大きな龍が真っ二つになるってどういうこと?
「ま、こういうわけだ」
息を吐きながら肩の力を抜いてハチくんはこっちへ振り返った。
クエストクリアの為のアイテムはもう拾ったみたいで
ゆっくりこっちへ歩いてくる。
「まさか……」
これに近いことは経験があった。50層の、団長が神聖剣を発動させた時にも同じように理解が及ばなかった。
――見たことないソードスキル、驚くような性能、それはつまり――
「答えは言わねぇぞ」
私の顔に出てたのか、ハチくんは先にそれだけ言って刀を鞘に戻した。
「ずるいよ、ハチくん」
「知るか」
こんなやり取りでも楽しくて、私はくすりと笑った。
私がこういう反応をすると、決まってハチくんは嫌そうな顔をする。多分、これはハチくんの本質的なものなのかな?
人との距離が近すぎるのをあまり好まないというか、どうしても警戒してしまう感じ。団長やエギルさん達と上手く話せてるのはきっと、あの人達が大人でそういった距離の取り方が上手だから。
……キリトくんや月夜の黒猫団のみんなとの付き合いが多いのは、きっとハチくんの中で大きな存在になってるから。本人は否定しそうだけど。
――なんだか、凄くモヤモヤする。
「そんな風に言わないでよ――って、え?」
不意に、私の周りをポリゴンが包んだ。
火山の色も混ざった少し赤くて、結晶みたいなそれは、瞬く間に消滅して――
「――きれい」
ボスエリアは山頂だった。
火山の影響で雲や灰に覆われて見えなかった所が晴れて、山頂から見える景色はいつだったか、両親に連れられて行った山から見えた景色みたいだった。
下の、まだ火山になってた部分もポリゴンになって、結晶が消えていくと同時に綺麗な風景に変わる。
「……こういうのは、ゲームだからこそ見れる景色だな。唯一、このクソゲーで評価できるところだ」
そう言って下を見るハチくんの顔は人と話してる時からは考えられないほど穏やかで、目も不思議と濁ってるように見えなかった。
……また、モヤモヤした。
「きっと、これを綺麗って思えたのはハチくんと話せたから、かな」
「やめろ恥ずかしい。お前の受け取り方が変わったんだよ」
悔しいから、私はハチくんが困ったような表情になるであろう言葉をわざわざ選らんで言ってみた。
……できれば、私と話すときもキリトくんや黒猫団のみんなと話してる時のような顔でいて欲しい。本音を言えば、今こうして景色を見てる時のような顔でいて欲しい。でも、わかってる。私にはまだ無理。
ハチくんの人へ引く線は溝になって、なるべく近寄らせないようにしてるから、いきなり飛んで行こうものならその溝に叩き落とされる。ついさっきまでハチくんに対して嫌な女だった私には、いきなりは絶対に無理。
「――ねぇ、ハチくん」
「なんだ、どうしたんだよ」
「……えっと、やっぱりなんでもない」
「あ、そう。さっきのソードスキルについては明かさないからな」
「そんなのじゃないわよ」
だから、橋をかけていこう。ちょっとずつ、ちょっとずつ橋をかけて溝を渡って行こう。
――もしも、キミが来る途中に言っていた、欲しかったと言ってた"本物"。それがキミにとってそんなにも望むものなら、私がその"本物"に代われないかな。それか、その"本物"に加えてもらえたりしないのかな。
そうやって彼にいつか尋ねることを目標にして、私はハチくんへと笑いかけたのだった。
はい、そんなわけでヒロイン(八幡)争奪戦に乱入者が一人。
やっと全員の足並みがちゃんと揃ったのかなと。
そしてこれにより圏内事件は八幡は関わりません。なのでラフィンコフィンも悩みます。GGO編は基本的にやらない(やれない)つもりなので、あまり彼らの出番がないと言いますか……進めながらもう少し考えます。
ああ、書けば書くほどALO編が恐ろしい……