もうやだこの人たち難しすぎる。
キャラ崩壊してまくってそうですが、どうぞ……
「リニアー!」
何度撃っても、何発入れても、ボスは倒れない。
おかしい。どうして、こんな……
「なんで、なんでなのよ!」
ヒュン。と風を斬る音が聞こえた。
ソードスキルが発動したのはわかるけど、残光しか見えないほどの速さのそれはボスを二つに両断して、ハチマンくんは私の腕を掴んで引っ張った。
……今の、なに? 何をしたっていうの?
「なんでもどうしてもあるか。落ち着け」
「でも……」
「いいからほら、息を吸え。吸う感覚を持て」
言われた通りにする。息を吸えてるかわからないけど、吸っておく。
「で、吐け」
言われた通りに深呼吸。ハチマンくんが見せた速すぎるソードスキルのせいもあってか、私は混乱しつつも少し落ち着けた。
「さて、お前が突っ走って30分ほど経った。ついでにとボスを見てたが何も得られなかったんでとりあえずこっちに戻すことにした」
「なによ、それ」
「事実だ」
端的に告げられたそれは、やっぱり私に対してもういらないと言っているようで……
「……私は、いらないってこと?」
「は? なんでそうなるわけ?」
「そういうことでしょ? そうよね、クリアばかり目指してやってる私がこんなで、寄り道して、ゲームを楽しんでるキミの方が全然優秀だものね」
もうわけがわからない。私は何が言いたいか、何を言いたいか。悔しくて、支離滅裂だってわかってても、言葉が止まらなかった。
「……なぁ、アスナ」
「なに――」
コツン。と、頭に何か当たる感覚。痛くなんてないし、何かと思えばハチマンくんは私の頭にチョップを落としていた。
その表情は、もう面倒そうなものを見るような目だった。いつも以上に濁った目で――
「もう一回言うぞ、落ち着け」
一旦ボス部屋から出て、ハチマンくんは大きくため息を吐いた。
それから近くの石段に座って天井を見上げた。
「ま、お前も座れよ。どうせこのままじゃあれは倒せないしな」
「けど……」
「諦めろ。打開策を考えないと無理だ。何回攻撃したか考えてみろ」
今度こそ、私も近くの石段に座った。
そこでハチマンくんはもう一度ため息。
「まぁ、年下だろうとは思ってたんだけど、お前……案外子供っぽいのな」
「なっ、いきなり何を言うのよ」
「事実だろ? なんだよさっきの癇癪は。
俺はお前が俺より劣ってるだとか、いらないだとか思ってないぞ。そもそも、お前がいなくなったら誰が攻略組引っ張るんだよ」
「え?」
「まずだな、俺は肩の力を抜けって前に言ったろ。ギリギリまで張り詰めた結果がさっきの癇癪だ。
無理な嘘はどっかで破綻する。自分を騙したいならできる範囲でやれよ。
周りはどう思うかは別として、俺はそのつもりでやってる」
「……でも、私はこのゲームから出たくて」
「わかってる。俺だってそうだって何回も言ったろ。
俺は茅場晶彦を心底恨んでる」
「なら、どうしてそんなゆとりが持てるの? ハチマンくんも、私と同じでクリアに追われてると思ってたのに。だから、自分をも利用してたって思ったのに」
ここに来て、聞けたいことが初めて聞けたのかもしれない。
ハチマンくんもさっきと違って何か納得したように頷いてる。
「それがお前が俺に抱いてたもので、失望したものか。
いや、気持ちはわかる。知らず俺はお前の理解者みたいな立場になってたんだろう。俺は失望したこともされたこともある。どっちも経験者だな」
なんとなく、悲しそうな顔でハチマンくんはそう言って天井を見上げたまま肩を震わせた。
笑っていたみたい。何にだろう。
「最初は俺も狂ったようにモンスターを狩ったりした。死にそうになるくらいな」
ぽそりぽそりと、いつも通りの少しくぐもった声でハチマンくんは話を続ける。
「その時に見た風景が、綺麗だったんだよ。
ゲームだ、クソだ。って割り切れなくなるくらい。精神的に追い詰められてたのもあるのかもな。でも、この"世界"を楽しんでも言い様な気がした。あのときは誰かに文句なんて言われるとは思わなかったしな」
皮肉を言ってハチマンくんは私に視線をやった。
……ふんだ、そんなの知らない。
「救われた。文字通り俺はあのときにこの世界に救われた。お前に比べて余裕が持てる理由その一だな」
「ってことは、まだあるの?」
「二つ目は、俺が"ハチマン"であることだな。それを認められるようになった」
「……どういうこと?」
いつも余裕っぽくて、皮肉っぽい笑顔を浮かべたりほんとに切羽詰まらないと感情的にならないハチマンくんが、そんな風に救われただなんて言うのも意外なのに、もう一つは、更にわけのわからないものだった。
「俺はこのゲームのプレイヤーのハチマンだ」
「そうね」
「お前はこのゲームのプレイヤーのアスナだ」
「えぇ」
「つまりそういうこと。ここはリアルじゃねぇ、死んだら死ぬっていうクソゲーの中だ。
でも、だからこそ俺は"ハチマン"として生きてる。リアルの俺じゃ受けなさそうな評価を受けるし、俺もリアルよりかは安心して人と話ができる。今ここにいるお前は誰だ? アスナだろ。俺はお前のリアルに興味もないし、知りたいとも思わない。が、ここにいるアスナに関しては一定以上の評価はしてるつもりだ。
ここ最近無茶が目立つが、これだけ攻略が進むのはお前の手腕だからな。俺には絶対できない」
……今ここにいる私は、アスナ。
結城明日奈じゃなくて、アスナ。親に言われた通りに何かをする結城明日奈と、こうして自分の意思で武器を持って、戦うアスナ。同じ中身なのに恐ろしく違う人に思えた。
「……ね、ハチマンくん」
「あ?」
「私ね、ずっと……ずーっと、親に言われるまま頑張って来たの」
「……どうしたいきなり。リアルのことはあまり話さない方がいいぞ?」
「いいから聞いて。
きっとこのまま親の言うままに勉強して、結婚して、多分、私の人生は端から見たら完成されてるかもしれないけど、きっとちっぽけな人生になるんだと思ってた」
ずっと、そんな自分を見て見ぬフリをしてた。息苦しさを感じても、自分の未来が怖くなっても、知らないって、目を閉じてた。
「このゲームが始まってからはね、最初……もうダメだって思った。
親はゲームなんかに囚われた私に失望するかもしれないし、せっかく歩んできた道からも外れちゃうかもって怖かった。ちっぽけな人生になるんだとか思ってたくせにね。けど、1層を攻略して、上手くいって、クリアできるかもって思った」
したら、そんな恐怖も、何もかもが吹き飛んだ。
「自分で、自分の道を開けたことが嬉しかったのかな。そうしたらもう、リアルに戻って自分がどうなるのか、知りたくて。
こんなゲームになんか負けたくなくなって、絶対にクリアしてやるって、思ったの。攻略していく度にその想いは強くなっていって」
「そうして、今のお前がいる。ってか」
「うん」
「……どうしてこう、エリートコース歩んでる奴ってのは面倒なのが多いのかね」
「え?」
「俺の知り合い……まぁ、入ってた部活の部長にな、お前みたいなのがいたんだよ。つっても、言っちゃ悪いが、アスナよりも遥かに完成されてるような奴だ。
誰よりも正しくあろうとして、嘘を許さない。そいつもぼっちでな、そんな世界を変えてみせるとか言う奴だ。つっても何をやらせても一番取れるような奴だ。できないことがない」
「……そう、なんだ」
「そいつは独り暮らししててな。親の敷いたレールを完全に走るのは嫌らしい。そのくせ、そいつを更に凄くしたかのような姉のことは追っかけてて、姉さん姉さんってうるさい奴だ。でも、正しくあろうとして、その言葉に真っ直ぐで……とにかく、面倒な奴ではあったけどな」
語るハチマンくんは、どこか誇らしげだった。
きっと、彼にとって重要な人なんだろうなって思わせるくらいには、感情が伝わってきた。
「まぁ、そういう奴もいるんだ。俺にはわからない世界だが、俺からみればそいつくらい凄いことをお前もやってる。お前は"アスナ"だ、こういう評価は"アスナ"のもので、リアルにまで向かわせる必要ない。自分の道を自分で開けて嬉しく感じれたなら、アスナであることを認めとけよ。何も振り返れって言ってない。
立ち止まって左右見るくらい誰も文句なんて言わないだろうよ」
私は、私。結城明日奈だけど、結城明日奈じゃなくて、ここにいるのはプレイヤーのアスナ。
結城明日奈ができなかったことを、アスナは先にできた。そんな私を私が見てあげなくて、誰が私を見てくれるっていうのだろう。
「持てる手札を切った人間は、なんであれ認められるべきだ。
まぁ、あれだ。……よく頑張ってるよ、お前は。
なんだこれ、俺のキャラじゃねぇ……」
頭を抱えていきなり俯くハチマンくん。
どうしてだろう。どうして彼の言葉はこんなにもすんなり入ってくるのだろう。さっきの冷たい言葉も、怒鳴った声も、今の話も……なんで、こんな……
「……おい、アスナ?」
「え?」
「あー、良かった。もし泣いてたり怒ってたらどうしようかと思った」
「……もう、なんかいろいろ台無しだよ」
「いいんだよ、こういうのは俺のキャラじゃない」
思わず笑ってしまった。ハチマンくんは、凄く捻くれてる。でも、だからこそ真っ直ぐ人を見てるのかもしれない。
こんな風に声をかけられたかったのかな、私。
「そもそも、お前も充分このゲーム楽しんでるだろ。
クリスマスだかなんだかで女プレイヤーと集まりがあるとか言ってただろ?」
「そ、それは……」
「……ま、そういうことだ。この際何か気になってたこともやってみればいい。クリアっていう最終目標はそう簡単に折れないだろ。状況が状況だしな。
このゲームをリアルだなんて認めないけど、プレイヤーとして存在してる以上、やったもん勝ちだ」
「もし、何か手伝って欲しいものがあったらハチマンくんは協力してくれる?」
「断固拒否する」
「えー……」
「……俺がいた部活はな、餌を欲する人間に餌の取り方を教える。っていう活動をする部活だった。
俺が動きたいと思った時に、できること限定で、餌の取り方くらいなら教えてやるよ」
「……ちょっとまだ不満が残るけど、良しとします」
なんだか心の内が軽くなったみたい。こんなに長く人と話したの久しぶりだし、こんなに自分のことを話したのも久しぶり。
ゲームクリアもできてないし、解決した。ってよりは解消してもらったって言葉が当てはまる。けど、それでも心は軽くなって、同時に私はこのハチマンという人の本当の姿を知ってみたくなった。
捻くれた先の、彼の本当の姿を見てみたい。
「……なんだよ」
「ううん。さて、攻略を再開しましょっか、ハチくん?」
「は? なにそれ」
「ハチマンくんてちょっと長かったから短くしてみたの。どう?」
「どうって……はぁ、好きにしろ」
諦め良く大きなため息を吐いて、ハチマンくん――ハチくんは私から大きく目をそらした。
これは私からの宣戦布告。いつかきっと、彼がどんな人かをも攻略してみせる。っていう宣戦布告。
「それでだけど――」
久方ぶりに作ってるって意識しない笑顔で、私は彼に作戦を提案したのだった。
というわけで延々と話させてました。
八幡の内面はまた次回で。
こういう八幡らしくない話をするようになったものハチマン効果です。
こういうブーストかけないと彼は難しすぎて僕の頭が破裂しそうでした。
キャラがぶれぶれかもでしたが、今後もよろしくお願いします。