東方空狐道   作:くろたま

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色々と 違う気がする 日本神話

 

 

俺の尻尾が丁度五本になったころ、二千歳になったころだ。正直この世界に来てからは時間感覚がおかしい。というより多分地獄にいたせいで元々おかしかったのがさらにおかしくなったような…まぁいいや。正直一年なんてそれこそ『あっ』と言うまで、人間の頃の感覚で言えば千年が三年程度のものだ。特に何の代わり映えもしない毎日で、自分の中でかなり画一化されているのかもしれない。そろそろ変化が欲しいなぁ…

 

そんなわけで俺はその日も造った酒を大きな瓢箪に詰めて、その瓢箪をなんとなくぶんぶん振り回しながら森をふよふよと飛んでいた。最近日課の散歩だ。飛んでいるのに散『歩』とはこれいかに。まぁようするに暇つぶし兼不思議探しといったところで。

 

昔と比べて酒醸造の技術もずいぶんと向上していたが、『清酒』と呼べるようなものができてからは少し行き詰っていた。俺が半ば満足してきたということもあるだろうが、今は長持ちするようなものを試行錯誤している。

能力を使って一気に糖をエタノールにしてみたりだとか裏技をしたこともあったが、妙に味気ないものになる事を知ってからは普通に作っている。俺の能力は広い分野に渡って使える便利な代物だが、その反面非常にデジタルで融通が効かない時がある。なので、時間をかければできるようなことは大抵能力を使わずやっていた。その方が日常にも味があると言うものだ。

また能力を使って構造式をいじり、リアルダイヤモンドダストーとか馬鹿みたいなことをやってみたが、正直ダイヤモンドはフラーレンやグラファイト以上に燃費が悪かった。俺の能力はパッシブならばともかく、意識的に何かを操るとそれに比例して俺のエネルギーは削られてゆく。その上多量の炭素元素をいじる必要があったせいで、いくらかダイヤモンドを作ったらほとんど動けなくなってしまった。効率悪すぎ。

 

さて、普段は何もなかったり、話の通じない非常識生物と遭遇したりとそんなことばかりだったが、その日は違った。

いつも通り『てーれれーてー』と意味のない音律を鼻歌交じりに口から垂れ流しながら森を徘徊していると、突然がさがさと近くの茂みが揺れた。俺は、すわ敵でも出たかと謎エネルギーを溜めて臨戦態勢をとった。普段はエネルギー玉をばらまけば大抵の相手は逃げてゆく。それでもこちらに向かってくるものは体術で相手をしていた。そして尻尾が五本に増えた今、力もそれに伴ってずいぶんと増した。人型を手に入れた時からの不敗記録は未だに続いている。

 

果たして、茂みから現れたのは、一人の男だった。

正真正銘、男である。完全に人型の、男だ。

 

「ぉぉお?」

 

俺は突然の二千年ぶりの人間?との邂逅に、声にならない声をあげた。男は上下のある布でできた服を着込み、腰には剣を下げている。

俺は溜めていたエネルギーも霧散させ、しばしの間呆けていた。何せ久々の意思疎通のできそうな相手だ。例え彼が俺にとっての敵であったとしても、羽根四枚体長一メートルの蝙蝠や群れをなして襲ってくる肉食のダンゴムシよりも断然いい。

 

しかし、驚いていた俺はあることに気づくことに遅れてしまった。さらにそれは俺にとって致命的な事実だった。

 

この男、俺より強い。

 

しかも、男が俺に殺意を持って腕を振るえば、それだけで俺は一瞬で散り散りになるだろう。それほどの絶望的な差だ。

どうやら俺はずいぶんと慢心していたらしい。ここら一帯の誰にも負けないほどの力を手に入れて、かなり浮かれていたようだ。だが俺はこれほどの相手を前にして、恐れてはいなかった。むしろ今の俺には歓喜しかない。鉄面皮な表情はまるで動かないが、心中では確かに笑っているように思う。

仮に致命的であろうと、俺にとって死は障害ではない。むしろ退屈のほうが敵だ。そんなことを考えてしまう俺は、本当におかしくなってしまったのだろう。

 

おかしな声を上げてからまるでしゃべらなくなった俺を前に茂みから出てきた男はしばらく黙っていたが、俺が再び口を開く気配がない事を悟ると、一言こう言った。

 

「ヌシは、何者だ?」

 

これはまたずいぶんと哲学的な問いだ。残念ながら俺も自分の事は大して知らない。せいぜい『俺』自身であることと雌狐であることぐらいだ。

そもそもこの男は何者なのだろうか? 俺や謎生物が持っているような気配、謎エネルギーとは違うものを、この男は放っている。どうやら俺のようなカテゴリ化け物ではないようだし、俺の知るこの時代のヒトはあのウホウホ達なはずだ。たかが千年やそこらでこんな人間状態になっているとは到底思えない。いや、仮にこの時代の生物が異常な進化スピードだとか言われてもまぁ仕方ないのかなと納得するしかないが、だがこの男の持っている膨大な力は人間にカテゴライズするには到底大きすぎる。

 

「俺は見ての通り狐だろうが。あんたこそ何者だ」

 

「我か。我はヒトだ」

 

「嘘付け」

 

ついそう言ってしまった。

しかしこれほどすごい力漲らせながらヒトなどとはおこがましい。むしろ「私は神です」とか言ってくれる方が頷ける。今の俺は寛容だ、そんな超常存在だって受け入れられるほどにな。わはは。

 

「本当だ。名は『伊邪那岐(イザナギ)』という」

 

「ぶはっ」

 

え、ちょっと待って。え、いざなぎ? なにそれこわい。

 

「『伊邪那岐(イザナギ)』という」

 

「二回言わんでも聞こえとるわい。イザナギて、え、神様?」

 

「神か。間違いではない。我はヒトであると同時に神でもある」

 

こいつはいったいどういうことだ。イザナギといえば日本神話最古の神ではなかったか。どうしよう、なんかよく分からないことになってきた。いや、面白いんだけどね、ただ超展開過ぎて。国産みの一柱を前に俺にいったいどうしろと。

 

「それで、主の名はなんというのだ?」

 

内心でおろおろとしていた俺に構わず、イザナギは今度は俺に名を問うた。名前はイザナギが勝手に言ったことだが、しかし相手に言わせといて自分が言わないのは俺の礼儀に反する。

…しかし困った。名乗りたいのだが、俺には名乗るべき名がない。何せ狐になってから今まで必要のなかったものだ。

『留見 流』。これは、前世での名だ。男でも人でもなくなった俺に、この名を名乗る気はない。

 

「悪いが…今まで名前は必要なかったからな。俺には、名前が無いんだ」

 

俺がそう搾り出すように言うと、イザナギは驚いたように言葉をまくし立てた。

 

「名を持っておらぬのか。力有る者にとっては真名とは何よりも大切なものであるのだぞ?」

 

「そう言われてもな…無いものは仕方ないだろう。何なら、あんたがつけてくれよ」

 

「我がか?」

 

「そうだ。どうせ呼ぶのはお前ぐらいしかいないしな」

 

俺はイザナギに託すことにした。自分でつけるよりも、他人につけてもらったほうがなんとなく気分が良かった。名前とは、ある意味祝福だ。真名とは何よりも大切なものだと言ったイザナギはある意味正しい。短い音、文字の中に、つけた者の願いや想いが込められる。それはとてもいいものだと俺は思う。

俺がイザナギに頼むと、イザナギは顎に手を当てて考え込んでしまった。俺としては嬉しい限りだが、そこまで悩んでくれなくても。

 

「そうもいかん…真名がヌシ自身に方向性を与えることもあるだろう。だからこそ相応しいものをつけねば」

 

名は体を表す、まさに言の葉に込められた祈り、言霊といったところか。特にイザナギのような力を持つものなら、名を付けた者に与える影響も大きいような気がする。

 

「うむ、思いついた。ヌシの名は、『ウカノミタマ』にしよう」

 

「ウカノミタマ?」

 

どこかで聞いたような。

 

「うむ。実は以前から妙な気配が森にあることは気づいておったのでな、ヌシの住まいの近くまで行った事があるのだ。ヌシは確か食物の世話などをしておったな。その時は珍しかったので見ているだけだったのだが。ともかく、だからこそウカノミタマという名前にしたのだ」

 

え、全然気づかんかった。俺もまだまだ未熟ということか。てかイザナギ相手じゃ分が悪すぎる。仮に俺の力を5とすると、イザナギは20000といったところか…うん、絶望的だな。仰ぎ見ることすらおこがましいじゃないか。

 

「『ウカノミタマ』になんか意味でもあるのか?」

 

「倉稲御魂。これには穀物や食物の神という意味があるのだ」

 

「えぇ! 神ってなぁ、自分で言うのもなんだが俺は得体の知れない狐だぞ? そんな大層な名前をもらってもいいのか?」

 

「『神』とは大なる力を以って世界に干渉するものの事を言う。ヌシほど力のあるものならば、構わぬだろう」

 

神の定義ってそんなのなのか。今の時代はそれが普通なのだろうか。

というより、俺って一応力の強いほうだったんだな。イザナギと差がありすぎて自信消失していた。ということは今まであってきた謎生物たちはこの世界の底辺なのだろうか。そんな連中相手に最強気取ってた俺、恥ずかしい!

とにかく、イザナギにもらった名前はありがたくいただくことにしよう。イザナギがわざわざ頭をひねって考えてくれたものだし。

 

「ウカノミタマ、ウカノミタマ…うん、いいと思う。あ、ウカノミタマじゃちょっと長いから、呼ぶ時は『ウカノ』って呼んでくれ」

 

「うむ、承知した、ウカノ。では我のこともイザナギと呼ぶとよい」

 

「分かった、イザナギ」

 

そうして、俺達は少しの間笑いあった。

 

「ところでイザナギ、俺に『何者か』って聞いてたけど、見れば狐って分かるだろう? それに畑の世話してただけなのに珍しいって何でだ?」

 

「む? ウカノは『禍物(まがもの)』であろう? 人のような姿をした『禍物』は、ウカノがはじめてなのだ。それに『禍物』は総じて知能が低い。まさか畑を作り食物を育てているものがいるとは思わなんだ」

 

「待て待て待て。ちょっと待て。俺は『禍物』なんぞ知らんぞ。『禍物』って何だ」

 

「『禍物』とは『禍気』によって変質した生物のことであるが。ヌシも大量の『禍気』を放っているではないか。紛れもなく『禍物』である証拠だ」

 

「また分からん単語が出てきたぞ…『禍気』って何だ?」

 

「むう…『禍気』から説明するとなると長いのだがな? 構わぬか?」

 

「…できるだけ簡潔に頼む」

 

「承知した」

 

 

『禍気』。

これを話すにはまず世界の事から、と説明された。

ずいぶんと昔の事、世界に大地ができた頃は争いが絶えなかったらしい。そのせいで穢れがたまり、地上はずいぶんと汚染されてしまった。当時は地上はもう少し広かったらしいが、この穢れから逃れようとした者達がある場所の要石とやらを抜き、結果的に大地は天界と地上に別れてしまったそうだ。その時の余波で地上の生命の八割から九割は死滅してしまった。そのような大異変が起きてしまったために、地上はかなり歪んでしまったらしい。

そのままでは全てが崩壊する危険すらあったため、世界はむしろ歪みをカタチとして現出させることで安定化を計った。こうして世界の歪みがカタチになったもの、それが『禍気』だ。

今では地上に欠かせないものらしいが、元が歪みだったために影響も多々出てきた。それが『禍気』によって変質してしまった生物、『禍物』だ。

どうやら俺の生体エネルギー?だと思っていたものは、この『禍気』とやらだったようだ。

 

ついでとばかりに話してくれたが、イザナギは崩壊の危機は免れたものの未だに若干不安定な状態が続いている地上を調整するために天界から期限付きで降りてきたらしい。万が一地上が崩壊すれば、連鎖的に天界が崩壊するのは確実なので、必要なことなのだそうだ。

 

それにしても、『禍物』か。今までみてきたトンデモ生物達は、進化の過程をすっとばして魔改造されてたんだな。妙に機能的ではなさそうなものも多いとは思っていたが。それに、人型のものに遭遇したことがなかったのは俺以外にいないからだったようだ。その上、『禍気』を丸めてみたり空を飛んでみたりしていたのも俺ぐらいだ。俺だけ他と違うのは、中身が俺なせいなのだろうか。

 

「ウカノよ。こうしていつまでも立ち話をしていても仕方あるまい。我の今住む地へ来てみぬか? 招待しよう。我だけウカノの住居を知っているのでは、不公平であるしな」

 

「ん? そうだな…ここから遠いのか?」

 

「歩いていくのならば、二日ほどかかるであろうな」

 

「なんだ、すぐじゃないか。行く行く、今から行こうすぐ行こう」

 

折角出会えた話し相手と早々にサヨナラでは、はなはだもったいない。そう思った俺は、案内するというイザナギにほいほいついていくことにした。しかし、同時に俺はイザナギの言葉に疑問も感じていた。

俺がこの地に住んで千三百年ほど、ここら一帯は大体探りつくしていはずだったのだが、イザナギの住居はここから二日程度行ったところにあるという。ならば、何故今まで俺はそれを見つけられなかったんだ? …こんなに真剣になって考えてるのに、これで、数日前に越して来ました~、なんてオチだったら怒るぞ。

 

 


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