東方空狐道   作:くろたま

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たのもーー! どーれ。

 

 

時の流れはとても早い。以前はそう感じなかったことも、人間と関わることになってそう思うようになった。ともすれば、いつの間にか屋敷に来る人間の顔ぶれが変わっていたり。前に来ていたのはどうしたのかと聞けば、十年前にもう逝きましたなど言われることなどざらにあるくらいだ。

 

テケも例外ではなく、あっさり逝ってしまった。とは言っても、テケのことは最期を看取ったのだが。彼女はなんと七十あたりまで生きていた。死ぬ寸前まで、とても元気な人間だと思っていたものだ。テケは妖怪に殺されたとか、事故にあったとかそういうことはなく、ただ寿命でゆっくりと死んでいった。

 

魂は生前の契約どおりに式を打ち閻魔のところに連れていったが、実はその後の推移は知らなかったりする。

テケの魂の行方が気になったのは、魂を閻魔のところに連れていってから何千年も経ってからのこと。鉄器が広まり始めたらしいということを、小耳に挟んだ頃のことである。自分の薄情さに呆れながら、俺は魂を捜してみることにした。もちろん屋敷を空けるのはよろしくなかったので、分霊を使ってだ。

 

分霊とはその言葉どおり俺を分けることだ。以前、俺が複数いればなどと馬鹿な事を考えて、実現させたのがこれだ。おそらく、全身霊体が出来るからこそこんなことが出来るのだろう。

 

俺の本体とは無論この身体そのものだが、俺の力の源はおそらく尻尾だと思っている。尻尾の増減、あるいは霊体化で、力も純粋に増減するためだ。ならば、尻尾を分けることが出来れば? そう考え実行したのが、分霊だ。

分霊の『俺』は尻尾が本体だ。が、俺としての特性は俺とまるで同じ、同一の人格を持っている。…たまに、人格は同じだが性格が違うという摩訶不思議な個体が出ることもあるが、俺であることは変わらないのでスルーしている。

 

ちなみに、同じ人格が別個体に分かれたら喧嘩になる、とかいうことはない。それぞれの個体に優位性などはないが、元々俺自身が不和より融和を好むため、俺同士の仲も基本的に円満なものだ。

 

ところで、分霊はあくまで俺の尻尾を使っているため、最高でも分けられるのは俺自身を除いて八まで。その上、分ければ分けるほど減っていく尻尾の数に応じて、個々の能力も減退してゆく。それゆえ、本当ならば使いにくいものではある。しかし、そもそも尻尾九本が必要になる局面などそうないため、俺は頻繁に使っていたりする。

神道でいう分霊とは違う。『神霊は無限に分けることができる』とか『分霊しても神威は損なわれない』とか、冗談じゃない。分ければ減っていくのは当然だろう。神が全知全能だというのはあくまで人間視点の話だ。俺は精々千知千能がいいぐらいである。

 

テケを捜すために使ったのは九本の内の六本だ。一本ずつに分け、総勢六人の俺である。三本の尻尾が残った俺は、分霊がテケの魂を見つけるまで狐の姿に戻り、縁側で丸まって日向ぼっこしていた。別にサボっているわけではない。大事なお留守番である。別に日差しが気持ちよくてまどろんでいるわけではないのだ。

 

 

 

 

「お母さーん。あれ? お母さん、お客さんなのー…寝てるの?」

 

紅花が日当たりのよい縁側にやってくると、一匹の小さな白い狐が丸まって寝ていた。三本の尻尾を抱きこみ気持よさそうに眠っている。その狐より大きな、いつもの瓢箪が狐の側にごろりと転がっていた。紅花は母親から感じられる普段より小さい力に首をかしげ、そして得心がいったかのように頷いた。

 

「また、分霊しちゃってるの。どうしよう…困ったの」

 

紅花はウカノの分霊のことは知っていた。無論、分ければ分けるほど力が小さくなることもだ。今見えるのは三本の尻尾。六本も分けることはかなり珍しかった。

そして、今回来ている客人は麓の人間ではなかった。そもそも人間ならば紅花が応対すればいいことだ。

ウカノをわざわざ呼びに来たのは、今表で待っているのがウカノ同様神の一柱なためだ。

だが、こうして見に来てみればウカノは寝ている上に尻尾は三本だけ。この状態でも紅花が手も足も出ないほどに強いが、それでも小さな狐の姿を見ていると少し不安だった。紅花が狐の姿になると、赤い毛の四メートルほどの九尾の狐になるので、それと比べるとなおさらそう思えるのだ。

 

「むー。うん、私が相手をするの」

 

『相手』。突然ここに来た神曰く、信仰を力で奪いに来たとのことらしい。単身で来ていたが、あふれ出る力はまさに神であることを物語る。ただ、その態度は何かのついでといった空気があった。まるで、ここの神、ウカノが取るに足らない存在であるかのように。

表に戻ってきた紅花に、表で腕を組み待っていた女が不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「おや、またあんたなの。ここの神様にはいつになったら会えるのかな?」

 

「お母さんは今取り込み中なの。代わりに、お母さんの娘である私が相手をするの」

 

「ふーん? なんだ、娘に軍神の相手を任せて逃げたの。ここの神はとんだ腰抜けだったわね!」

 

黒と赤の衣に身を包んだ軍神が顔をそらし、はっと鼻で笑う。その拍子に、背に負った大きな注連縄がぎしりと音をたてる。その注連縄からも、濃厚な力が放たれていた。

一方紅花は、見えすいた挑発だったが、深く考えることなくただウカノが悪く言われたことに激していた。

 

「むー! お母さんの悪口を言うな! お前なんか私がやっつけてやる!」

 

軽く挑発に乗った紅花を見て、軍神は肩をすくめて笑った。

 

「はっ。これだから子供の相手は大変ね。いいわよ、相手をしてあげる」

 

紅花側の陣地でありながら、いつの間にか主導権は握られていた。単純な駆け引きではあるが、経験が少なく、そもそも冷静さを保てなかった紅花に勝ち目はない。その上、相手は幾多の神の間で生きてきた軍神であるので、なおさらだった。

彼女は名のある軍神だったが、紅花はその神の事は知らなかった。大和の神の一柱、美しき女神八坂神奈子を。

 

ちなみに神奈子より紅花の方が年上である。

 

 

 

 

屋敷からしばらく遠くに行った、誰もいない草原の上空で二人の人外が向かい合っていた。片方は赤い尻尾を九本たなびかせ、敵意を露にして構えている。対する片方は腕を組み胸をそらし、その不動の体勢で赤い少女を見下ろすように構えていた。

 

一触即発の間、ひゅうと風が吹く。

その瞬間、紅花は軍神へと飛び掛っていた。

宙につくった平面結界を蹴り、その勢いのまま右手に拳を作り軍神へと迫る。紅花は本来ならば肉弾戦より、式神などを用いた間接戦闘のほうが得意なのだが、頭に血が昇っていた紅花はそのことすら一時的に忘れていた。

 

「ふん」

 

気のない吐息一つ、軍神は紅花の拳を左手で受け止めるともう片方の手で拳を作り、紅花へと振り下ろす。紅花と軍神の間の単純な力差は、ほぼない。しかし、接近戦の駆け引きも軍神の実力が紅花を上回っていた。

紅花は振り下ろされた右手を慌ててガードするが、その間に止められていた自分の右手の力が流され、軍神の左手があっさりと自由になった。

 

軍神の左手に一瞬で神力が収束し、その手のひらは超至近距離の紅花に向けられ、溜められた神力は一気に弾となって放たれる。だが紅花もさるもの、そのままその弾幕を喰らうことはなかった。神力の高まりと同時に、結界を張ったのだ。

 

ゴゴゴッ。鈍い音ともに紅花の急ごしらえで張った結界にぶつかり、しのぎを削る。しかし反射的に張った結界は構成が荒く、次々に放たれる神力の弾幕を前に少しずつ押されてゆく。軍神はその様を冷静に見つめていた。

 

「なかなか堅い防御ね。だけど、この程度で押されているようじゃ駄目よ」

 

軍神がそう呟くと同時に、弾幕が苛烈さを増す。きしりと結界が軋むのを察知した紅花は、今の結界の後ろにさらに数枚の結界を設置する。それと同時に、軋んでいた結界はガラスが割れるような音とともに崩壊してしまった。

 

紅花が使うものは妖力、それで張る結界は言うなれば妖術だ。ウカノのものほどではないが、紅花の張る結界も非常に強力なものである。しかし急遽張ったものである上に、止めているものは紅花の妖力と比べると、軍神の攻撃的な、濃度も濃いずっと強力な神力の弾幕である。強力であるはずの結界が、一分もたずに崩壊してしまうのも仕方がない。

 

後続の結界が弾幕を止めているのを見ながら、ほっと一息をつく紅花。しかし、その暇も与えず軍神は既に動いていた。

 

「どこを見ているの?」

 

「えっ」

 

その声が聞こえたのは、紅花の真後ろだった。ぞわりと嫌な予感に背をなめられ、慌てて紅花は振り向く。そこにいたのは、拳を固めた軍神だった。

 

弾幕がある方向に軍神がいる。そう認識してしまった紅花の失態である。ある程度ならば、弾幕など単純な代物はプログラム化された動きに任せ独りでに動かせる事を、紅花は知らなかった。

 

結果紅花は、背後からの軍神の直接攻撃と、集中が外れ一気に脆くなってしまった結界を突き破って来た弾幕に挟まれてしまう。

 

「はっ」

 

「ったーーーーーーーーーっ!?」

 

軍神の拳は、思考が一瞬停止していた紅花の顔面に容赦なく入り、さらに拳の勢いで後ろへ飛ばされることも許されず間髪を入れずに、弾幕が紅花の背中に激突した。激痛に一瞬意識が飛び、宙から墜落してゆく。

しかし、不幸中の幸いか紅花はすぐに意識を取り戻し、それとともに頭も冷えてきていた。

 

地面すれすれで落ちる身体を止めると、紅花はキッと上にいる軍神を見上げた。

軍神は紅花を追撃することなく、余裕の態度で紅花を見下ろす。

 

「口ほどにもないね。さっさと、そっちの神様を出してくれないと、話が進まないわ」

 

今度は紅花は反応せず、数十枚の式紙を取り出しばら撒いた。そして式紙は集合すると合計十一人の白色を形成する。

 

「いっけーーーーっ!」

 

紅花の号令とともに、白色は一斉に軍神へと突進する。それぞれがそれぞれの配置を補い、その動きはまるで一つの生物のごとく隙がない。白色は軍神には接触せず、一定距離をとりながら包囲すると弾幕を放った。

 

「へぇ…。面白いことをするわね。でも、しょぼい、ちゃっちいわ」

 

軍神が手を振るといくつもの弾幕が軍神から放たれ、囲んでいた白色の弾幕を次々に撃ち落としていく。それだけに留まらず、勢いを失わない軍神の弾幕は白色達へと迫った。軍神の弾幕が相手では、紅花の白色も当たれば簡単に落とされるだろう。

だが、紅花の狙いは他にあった。

 

「散!」

 

紅花の言霊とともに、白色の姿が一斉に元の数十枚の式紙に戻る。

 

「縛符! なの!」

 

そして次の言霊に応じて、軍神を囲んでいた式紙群はいくつもの円環を作ると、一気に狭まり軍神を縛り上げる。

それを確認した紅花は空に飛び上がり、巨大な炎球を宙に作り出すと捕らえた軍神へとぶん投げた。

普通の相手ならば、これは必勝のコンボと言えるだろう。だが、それはあくまで相手が完全に動けなくなったという前提の下で成り立つものである。

 

そう、紅花の放った炎球は、突如現れたこれまた巨大な円柱にかき消されてしまったのだ。

 

「やれやれ、確かに結構出来るみたいだけど、やっぱりまだまだ非力だわ。この程度私を捕まえたと思っているようじゃね」

 

柱の向こうにいたのは、再び腕を組み笑っている軍神だった。その身を縛っていたはずの円環上の式紙は、無残にも散り散りになり風に流されていっている。

 

「全然! 通じてないのっ?」

 

「私も、いつまでも遊んでいる気はないのよ。用があるのはそっちの神なの、一気に終わらせてもらうわ」

 

驚きを露にする紅花に軍神は無情にそう告げ、空中にいくつもの柱を出現させた。その一つ一つが神具と言ってもいいほどの力を放っており、軍神の本気を切に物語っている。

軍神がそのままついと指を振ると、柱とは別に無数の弾幕が空を覆い紅花へと殺到した。さらにはそれに一瞬遅れていくつもの柱を轟と発射する。結果、紅花の視界は弾幕に阻まれ、いつの間にか周りを包囲していた柱には気づけなかった。

周囲の弾幕の陰から凄まじい速度で柱が飛び出し、逃げ場がないことをそこでようやく紅花に気づかせる。

 

紅花は、最後の手段と幾重もの球状の結界を張った。しかし、弾幕や、それをはるかに上回る柱を防げるとは思えない。それを悟った紅花は、思わず自分の腕で身体を抱き締めていた。身を守ろうとする防衛本能のようなものだったが、この攻撃の前にはあまり意味のないことだろう。

 

紅花は、太い柱にすり潰されぐしゃぐしゃになった自分を一瞬幻視した。

 

ガガガガガガッ

 

が、それが実現する直前に、いつかのように大きな瓢箪が縦横無尽に宙を走った。巨大な柱は、それに弾かれ弱弱しくひょろひょろと地に落ちてゆく。そのあまりと言えばあまりの光景に、軍神の目が驚きに見開かれた。

強力な神具とも言える柱を、こうも簡単に撃墜するのは同じ神具ぐらいのもの。そしてそれを用いこんなことが出来るのは、紅花が知る中でもただ一人。

 

紅花と全く同じ姿の、真白の少女が紅花の隣にいた。尻尾は三本しかないが、尻尾が九本の紅花を大きく上回る力を放っている。背には先の瓢箪が、何事も無かったかのように背負われていた。その顔は相変わらずの無表情で、しかし鋭い眼差しで対面にいる軍神を見つめている。

 

「お、お母さん…」

 

紅花の口から思わず呆けた声が漏れた。

 

 


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