東方空狐道   作:くろたま

19 / 41
食べ物の妖怪

 

 

この山に来て随分経った頃、世界では縄文時代の終り辺りだったように思う。各地に集落が増え始め、稲作が始められている。石器などはただ不便そうで脆いものから、質実剛健のものへと。そして狩りや採集も前ほどは行われなくなった。

また、外に目を向けるようになったのか他集落同士の戦争も流行っているようだ。多分そのうち、クニにでもなるんじゃないだろうか。

 

俺もその波に乗り、山の上だけでは飽きたらず麓に水田を始め様々な畑を作った。時折山の屋敷から遠くへと旅をし、その度に新しい何かを見つけてくることは俺の楽しみと化している。世話は俺や紅花が直接することもあるが、大体は式神に任せていた。ちなみに、俺が世話をする時は神気を振りまいている。何故か知らないがその方が発育がいいのだ。その分俺は楽をさせてもらったのだが、しかし途中でまずいことに気がついた。式神に任せていることが多かったために気づかなかったが、自分達が消費する以上のものを作ってしまっていたのだ。仕方がないので、余ったものはとあるところに貯蔵してあるが、畑を削減するのも少し勿体なく、過剰にある田畑を俺はどうしようかと迷っていた。

 

 

 

 

さて、そこら一帯の開墾に調子に乗りすぎて、そうして少し困っていた頃だ。俺は屋敷の方で昼飯を作っていた。毎日食べる必要はないのだが、紅花は何かを食べることが好きなので俺達は定期的に食事を摂っている。俺もたまに一日中何かを食べていることもあるが、そういう時は酒の方がメインだ。

人参やたまねぎを親の敵のごとく切り刻んでいると、紅花が少し困った顔でやってきた。

 

「おかあさん、にんげんがちかくまで、きてるみたいなの」

 

「ふーん。とうとうこの辺りにも来たか。ま、遅かったぐらいだな。ほっといてもいいだろ」

 

「でも、はたけに、どろぼうしてるみたいなの」

 

「何だと?」

 

「いま、ワタシの式神が、とめてるの。でもひとり、つよいにんげん、いるの」

 

「今畑の方で見張りしてるのは、どの式神だっけ。それから何体で相手してるんだ? ついでに、人間は全部で何人ほど?」

 

「しろいろ、ひとりなの。にんげんは、えと、さんじゅうぐらい、いるみたいなの」

 

いちいち式紙式玉の式神というのが面倒になった俺は、それぞれに呼称をつけた。式紙のものが白色(しろいろ)、式玉のものが朱色(あかいろ)である。一応バージョンアップは終わっており、白色には三尾、朱色には五尾がついている。とは言っても、俺が三尾や五尾の時の力と比べると確実に力は小さいのだが。

 

しかし、白色一体とはいえ人間が相手を出来るとは驚きだ。そこいらの妖怪に負けない程度の力は持っているはずなんだが。

それにしても。

 

「三十人…? どういう大所帯だ…、もしかして泥棒じゃなくて土地の略奪に来たんじゃないのか? いや、土地の所有権を声高に主張するつもりはないが、少なくとも俺達の作った田畑なんだがなぁ」

 

「あ…。しろいろ、やられちゃった…。このにんげん、つよいの」

 

「…俺が行くわ。連中が何しに来たのかも分からんしな」

 

「わかったの。あ、おかあさん、ワタシはどうしよう?」

 

「昼飯作っといてくれ。今日はみんな大好きハンバーグがメインだからな」

 

「わぁい。わかったの」

 

 

 

 

 

ウカノの領域にやってきた人間三十二人。

誰もが疲れた顔をしていたが、今はその中に希望を宿している。

 

彼らは、元いた場所を追い出された者達だった。この時代でもそう珍しくはない、里同士の戦争。満ち足りた生を手に入れられると、むしろさらなる欲に走るのが人間の性というものだ。しかし、彼らはその被害者と言っていい。小さな里で細々と暮らしているところにやってきたのは、大きな里からの略奪者達だった。純粋な物量差で勝てるわけもなく、被害を甚大に出しながら彼らは自分達の土地から逃げ出した。

 

逃げ出した当時は五十人ほど、しかし、この人数が移動するなど楽なことではない。外敵疲労飢餓疾病、様々な要因により徐々に一人二人と数を減らし、既に二十人が生存競争から脱落してしまった。

残った者達も疲労困憊し、次々と病にかかってゆく。もうだめか、そう思われた時彼らは楽園を見つけた。

 

見たこともない多種多様の野菜、色とりどりの果物、そしてまだ遠方の一部でしか作られていないされている稲が、ここには広大な地でもって植わっていた。

 

頬がこけた一人の男が、恐る恐る赤い実に手を伸ばしもぎ取ると、口へ運んだ。普通ならば警戒して食べないようなそれも、飢餓にも脱水にもなりそうな彼にとっては、何かを食べること自体がそれ以上の急務だった。

そして、他の人々もごくりとつばを飲み込み男を見守っていた。

 

「びゃぁぁぁぁぁぁぁぅまいぃぃぃぃぃぃぃ」

 

赤い実を食べた男が枯れた喉でそう吠えるとともに、それを見守っていた人々がその赤い実へと群がった。あまりの空腹に、そこが誰かに整理された畑であることにも気づかない。

 

「危ない!」

 

実に群がった人々を止めたのは一人の少女、それと同時にいくつもの力弾が地面に着弾した。幸い少女の対抗弾幕が間に合い、怪我人はいない。

 

見た目は幼いが、ある意味彼らの命綱はこの少女だった。道中の外敵からの襲撃を、多少の犠牲で切り抜けられたのも彼女がいたからなのだ。何の訓練などもしたことがない、天然の強者である。彼女は種族人間よりも強い、いわゆる人間の突然変異だった。それでも里を守れなかったのは、純粋に数の差だが。

子供、ということもあるが、その理由から彼女はみなより優先されて食料を回されていたので俊敏に動くことが出来る。

力弾を撃たれた人々をかばうような位置に彼女が立った時に、その彼女の前にさらに幼い少女が空から降りたった。顔は狐のような仮面で隠しているので見ることが出来ないが、身体は人間そのものに見える。しかし、その腰には三本の真っ白な尻尾があった。

 

「妖怪!? ここはこの妖怪の縄張りなの!?」

 

「て、テケ! 大丈夫なのか!?」

 

「大丈夫です! 相手は一人ですし、それに勝たないとみんなが…下がっていてください、すぐに終わらせます!」

 

テケと呼ばれた少女は、紅白の装束を着た妖怪の後ろにある色とりどりの作物に目を向け、心配そうに声を掛けた人々に力強い言葉を返した。そして少しも動かない白い妖怪へと飛び掛る。

 

 

戦いは、熾烈を極めた。この白い妖怪は、今までテケが相手をしたどの妖怪よりも手強かった。力云々の優劣ではない。とにかく戦い方が正確無比な、厄介な相手だった。

いくつもの弾幕が飛び交い、幾度となく両者の拳が交差する。テケとて幼いとはいえ、強者として弱いものを守り続けた戦士である。仲間である人々は、人間としては珍しく異物とされるテケを仲間だと認めていた。だからこそ、テケも人々を全力で外敵から守る。

戦いはテケが優勢だったが、テケは時間が経つにつれ疲労に見舞われてゆき、しかし反対に妖怪は少しも疲れを見せない。

 

双方の衣服は衝突と時間を重ねていく毎にぼろぼろのものになっていった。人々はその様をつばを飲み込み見守っている。テケが負ければ、人々が目の前の楽園に届くことはないだろう。戦うことも出来ないほどに人々の身体は疲労し、そして精神すらも憔悴していたのだ。

 

果たして、最後に競り勝ったのはテケの方だった。

 

疲労で完全に力を下回る前に、彼女は渾身の霊弾を白い妖怪に当てたのである。途端、妖怪は人々の前でふっと跡形も消えてしまう。

人々は歓喜の声を上げ、テケを取り囲んだ。そして生きる活気とともに、赤い実へと手を伸ばす。

と、そこでテケはまたしても人々に待ってと叫んだ。

 

その視線の先には、またしても真っ白な獣耳と二本の尻尾を持つ一人の少女のような妖怪。先の者とは違い顔を隠しておらず、美しい顔を無表情で固めていた。テケと同じほどの身長で、そのほぼ同じ位置にある二つの瞳は金色に光りテケと人々を見据えていた。

 

「よぉ。俺の畑に何か用か? 盗人共」

 

容貌に違わぬ綺麗な声が妖怪の口から漏れるが、その口調は彼女のどこにも似合わず粗暴なものだった。

 

テケは二番手の妖怪に対し、危機感を覚える。

――尻尾の数は劣るのに、こちらの方が強い。

テケの経験には合致しないものだった。テケが戦ったことがあるのは尻尾が1~2本のものである。そして、尻尾の数は先刻戦った三本の妖怪が最高だった。尻尾が多いものの方が強い、今までは確かにそうだったのだ。

 

疲労に肩を大きく動かしていたテケに変わり、人々が奮起する。手の届きそうな楽園に元気を取り戻し、そしてテケの奮闘に触発された特に若者を中心に、人々がめいめいの得物を手に前に出た。

 

「ここで退いてたまるか! 今度は俺達で妖怪をやっつけるぞ!」

 

『応!』

 

「あ、危ないですよ! みんなやめてください!」

 

「いつまでもテケ一人にはまかせてられないさ。大丈夫だ、相手は妖怪とはいえ小娘一人、こっちは三十人はいるんだぞ」

 

「よ、妖怪を見た目で判断しては…! 私も戦います!」

 

「すまない…」

 

フラグたくさんの会話を黙って聞いていた妖怪に向き直ると、妖怪は首をかしげてまた口を開いた。

 

「なぁ。俺は『何用か』と聞いたんだがな。俺の質問は無視か?」

 

その口調はとてものんびりしたもので、言葉は粗暴でも無視されたことに対する怒りなどはなかった。純粋に彼女は人々に対して疑問を呈している。

それに対し、若者勢が敵意をもって返そうとした時。

 

「待て、お前達」

 

と、人々の間から一人の老人が姿を現した。

白いひげをたくわえた、往年の男である。この時代においてこれほどの長生きをするものは珍しい。それも、これまでの辛い道程すら耐え切ったのだから、なおさらだ。

老人は妖怪を目の前にして臆さずに答えた。

 

「我らは、元々は遠くの小さな集落に住んでいたのですが、戦いで土地を追われ、安住の地を求めて旅していたのです。ですが、見ての通りもう食料もなく、我々の体力も限界に近い。名も知らぬ妖怪の方、願わくば、食料を少しでも分けて欲しいのです」

 

「ふーん。それでここの実を勝手に食ったと」

 

「それは、申し訳ございません。ここの物が誰かの物とは存じ上げませんでしたので…」

 

どちらもそういう気質なのかのんびりと会話していると、業を煮やしたのか若者勢がまた騒ぎ出した。そもそも、彼らももう限界の状態なのだ。続く飢餓状態の中、いつまでもたくさんの食べ物を前にお預けを喰らっていられるはずがない。

 

「長老! この妖怪はここの食べ物を独り占めして、来て食べようとする者を困らせているんだ! 俺達の手で、ここを勝ち取りましょう! 行くぞみんな!」

 

応と、再び答えた若者達は老人やテケが止めるも聞かず、妖怪へと足を踏み出した。人々の様子をただ見ているだけだった妖怪は、そこで初めて動く。

それは、袖が広く手の先も見えない服の両腕を横に掲げただけの動作だったが、間も置かずその広い袖がごぼりと揺らめいた。次の瞬間、どばっと薄っぺらいものがその袖から大量に飛び出し、一つの生き物のように集合して宙を泳いだ。そして弧を描きながら人々の周りを取り囲む。老人もテケも若者もその光景に呆気にとられ、足を止めていた。

 

そして薄っぺらいものは次々に発光し、光が辺り一帯を覆い尽くす。人々はそのあまりの眩しさに思わず目を閉じていたが、光が止み恐る恐る目を開いた時には逆に限界まで目を見開き言葉を失った。

 

『…』

 

「う、嘘…」

 

テケの口から、かすれた声が漏れる。

それも当然か、光が止んだ後に現れたのは、自分が必死になって倒した仮面をつけた三尾の妖怪だったのだから。それと同じ姿をした妖怪が自分達をゆうに上回る数で取り囲んでいたのだ。

 

「血気盛んなのはいいがな、人間。それでは早死にするぞ。そもそも独り占めも何も、自分達の作った物の所有権を主張して、何が悪い」

 

人々も、三尾の妖怪達も一言もしゃべらない。前者は驚愕と絶望で、後者は純粋な無口。百近い人型がいるその場が不気味に静まり返っている中、二尾の妖怪の声だけが無情に響く。

そして、その沈黙の中最初に動いたのは長老だった。彼は頭を下げながら、ほぼ地に伏した格好で声を上げる。

 

「申し訳ございません! 彼らはまだ若輩、彼らを止められなかった私に責任があります! お怒りはごもっとものこと、ですがどうか、どうかお許しください!」

 

既に食料だのなんだの言っている問題ではなくなっている。少なくとも、彼ら人間からすればその通りだった。相手の領域で、圧倒的戦力を持つ者に喧嘩を売ってしまったのだから、当然か。

長老は長く生きてきた中でも、人間の中で自分以上に長生きしているものを知らない。ゆえに、彼には最年長としての矜持があった。自身よりも若いものを導く、それに従い、彼は長らく人々をまとめてきた。

だからこそ、彼は自身で責を背負い妖怪に頭を下げていた。それが、みなの先頭に立つ者としての責務と考えていたからだ。

 

ただ謝罪を受け取る妖怪、ウカノとしてはどうでもいいことだった。白色を倒されたことも、勝手に作物を食べられたことも、自身に得物を向けられたことも、人間と違い果てしない時を生きてきた彼女にしてみれば、これらのことは取るに足らないことだと感じていたのだ。白色は死んだわけではないし、作物を少し盗られたところで自身にさしたる痛痒はない。そして人間に攻撃されたところで、毛ほどの傷も受けることはないのだ。

 

そもそも、この大所帯で移動し食物を食らった理由の所在を聞きたかっただけで、ウカノに人間を攻撃する意思はない。そして既に理由は聞いているので、『まあいいか』程度に考えていた。

式神を大量放出したのも、身の程を知らない者に立場を理解させようとしただけのことだった。その効果は覿面だったが、ウカノにとっては予想以上の成果を見せる。

困ったなと、土下座する老人を前にウカノは思案していたが、急に顔をあげると老人に向かってこう言った。

 

「いいや」

 

「は?」

 

「ここにあるものは、好きに食べていって構わない。ただし、その後であの山の頂上まで来い。別に全員じゃなくていいぞ、お前達のうちの代表者だけでもな。じゃあな」

 

「…………え、あの!?」

 

人々の前で彼女は自分の住む山の頂上を指差し、そして来た時同様そこに向かって空へと飛び上がった。同時に、人々を囲んでいた妖怪たちは次々にうすぺらい物に変わり、彼女の袖へと出てきた時と同じようにごぼごぼと吸い込まれてゆく。

 

人々はその様を呆然と眺め、長老が我に返り声を上げた時には既に妖怪の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえりなさい、おかあさん。はんばあぐ、できたの」

 

「だから帰って来た。いい匂いだな、早速食べるか」

 

「うん!」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。