東方空狐道   作:くろたま

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子供って、よく分からない

 

 

「ぁう」

 

俺の生み出した完全自律式神、見た目は髪と眼が赤いロリ状態の俺そっくりである彼女に、俺は『紅花《べにばな》』と言う名前をつけた。紅花は他の式神とは違い、ほぼ完全に一個の存在だ。いつまでも名無しでは心もとない。

 

しかし、紅花はまだ自分の名前も認識できていないようだった。しかしむしろそういうところが生き物らしく、完全自律式神の成功の証でもあるのだが、かつての俺の姿とまるで同じということに奇抜さを感じた。俺にもこんな時期があったんだろうなと思うと、感慨深いものではあるが。…前の人生でだけどな!

 

「うー」

 

だがやはりしゃべれないというのは残念だ。幸いなのは、俺の情報を少なからず打ち込んでいることだろうか。元俺の知識も、今は使えないと言うだけで十分に彼女の中に蓄積しているはずだ。あとは使い方を教え、経験を積ませればいい。それと精神の成長か。どれもゆっくりやっていけばいいことだ。

 

しかし。しかしだ。

 

「とりあえず、尻尾を引っ張るのは止めなさい」

 

「う?」

 

アマテラスもそうだったが、お前らはもふもふをもっと丁寧に扱えんのか。てか紅花にも尻尾はあるじゃないか。

そう、他の式神にも言えることだが、俺を元にしたせいかどいつにも耳と尻尾は付いている。ただ尻尾の本数はどの式神も一本だけだ。紅花は成長する可能性はあるが、他の式神は尻尾を増やすなら俺がバージョンアップさせるしかないだろう。

 

紅花は自分の尻尾には興味がないのか、俺の尻尾が気になるのか、執拗に俺の尻尾を引っ張っている。その顔に悪意など欠片もなく、注意してみても首をかしげているだけだった。しかし俺は痛いのだ、ちくちくしてもう地味に。

 

口頭で注意しても伝わらないのか止めてくれないので、今度は注意しながらぱしりと引っ張る手を叩いた。すると、しばらくきょとんとした顔をしてからぴぎゃーと泣き出してしまったのだ。

 

正直、俺は紅花にどう接すればいいのか分からない。何かをされるたびに、見た目はそこそこの歳をしていても、中身が赤子であることを思い知らされる。道理の通じない相手というものを、俺は特に苦手としている。相手が何を考えているのか分からないし、推測も出来ない。

 

泣き出した子供を目の前に俺に出来たことは、逃げることでも慰めることでもたたくことでもなく、ただ見つめていることだった。紅花の目からはぼろぼろと涙がこぼれ、悲鳴のような泣き声が周囲に轟いている。だが俺は見ているだけ。その様を、痛ましく思わないでもないがしかし、見ているだけ。

 

子供というものは、えてして視野が狭い。それは視界のことではなく、意識の範囲という意味でだ。せいぜい同時に考えられるのは一つか二つ、だから子供の行いというものはいつも傍若無人に見える。何かをしていれば、周囲に配慮することほどの余裕は彼らにはほとんど出来ないのだから。

 

結局何がいいたいのかと言えば、紅花の泣き声は周囲に対する配慮は少しもない。ぶっちゃけて言えばうるさい。結界を張っていなければ恐竜が寄ってきていただろう。

そもそも、彼女はいったい何故泣いているのだろう? 俺が叩いたことが原因なのだが、しかしそれが泣く理由になるのか? 叩かれた、と感じる程度の強さだったのだが、紅花にはそれが痛かったのだろうか。

 

そんな益体のないことをただつらつらと考えながら、俺は泣きに歪んだ紅花の顔をぼんやりと眺めていた。紅花は子供らしくその感情の起伏はとても大きい。些細なことをきっかけにこれほど大泣きするほどに。同じ顔をしていても、その様は俺とはまったく似ていない。

今の泣き喚く紅花を見て、うらやましいと感じることはない。しかし、紅花が笑う様子を見ても俺は同じ気持ちでいられるだろうか。

 

 

結局、紅花は泣きつかれて寝入ってしまうまで泣き止むことはなかった。数日間ぶっ続けで泣き続けたのだから、大したものだと言わざるをえない。その様子をただ眺めていただけの俺も大概だが。どうせ起きれば今回のことは忘れてしまっているだろう。幼い紅花に過去にいちいち目を向けるほどの思考力はない。

 

俺は式玉二つで式神を二体作り、取りあえず食べられそうなものを探しに行かせた。俺は酒だけあればいいのだが、紅花はそうはいかない。いや、食べずとも支障はないだろうが、俺は幼い頃の味覚って大事だと思うんだ。そうでなくとも、うまい物ぐらいは経験として食べさせてやりたい。この原生植物生い茂るこの世界に何があるかは知らないが。

 

「あ。じゃあ式神に任せてたら分からないかな。食べられそうなものを探して来てなんて指令、曖昧すぎだろ」

 

が、行かせたところでそれに気づき、俺は急遽式神を戻し眠る紅花の元に付かせると、自分で結界の外へと出て食べ物を探しに行った。一応紅花が結界を通り抜けられないようにはしているが、万が一ということもある。紅花の居場所は分かるものの、うっかり出てしまって恐竜と遭遇してしまえば目も当てられない。紅花に戦闘力は無いはずだ、多分。俺をある程度コピーしているから、生存本能のままに戦えるかもしれないわけだが。

 

結界の外へ久々に出た俺は、改めて周りを見回した。今まで周囲に注意を向けることはなかったために、風景が変わっていることには気づけなかった。この場所は、俺が来た時は岩や木々で囲まれた概ねただの平地だったのだが、いつの間にか少しなだらかな斜面が出来ていた。それにともない周りの生態系も多少変わっている気がする。ただ、恐竜は相変わらずこの地上を支配しているらしい。そこかしこにそれらしい足跡を発見することが出来た。

 

「木の実探しと…、あとは、恐竜って食べられるかな…。トカゲみたいなものだし、大丈夫か」

 

ということは、この世界は弱肉強食真っ只中。俺に見つかった運の悪い爬虫類?諸君は、諦めて俺の経験値と紅花の血肉になって欲しい。

 

 

 

「うー」

 

もぎゅもぎゅと幸せそうな顔で肉を食べる紅花を見ながら、俺は溜息をついた。食材集めでの収穫はいくつかの木の実と、草食恐竜を狩って持ってきた肉である。全部は持ってきていないが、他の肉食恐竜が食べつくしてしまうだろう。

 

木の実は、幸いわりと現代まで形態が変わっていないものもあった。しかし数は少なく、探すのには苦労したが。イチジクとか妙にでかい気がする。

 

草食恐竜を選んだのは、肉食恐竜は肉が固そうだからという理由からだったのだが、しかし草食恐竜の肉も固かった。仕方なく能力でたんぱく質をある程度分解し焼いたのだが、本当はナマモノにこの能力は使いたくはなかった。何が足りないのかは知らないが、そうして出来たものはどうしても味を物足りなく感じてしまうのだ。旨み成分まで再現しているはずなのに、何故か天然物に負けてしまう。

 

美味しそうに食べる紅花を見ていると、少し申し訳なく思ってしまう。いつか天然の肉を食べさせてやりたいものだ。…よくよく考えれば、この時代でも哺乳類やその他の動物はいるはずだ。今回は大きい恐竜にしか目が行かなかったが、今度から探してみよう。でも一応残った肉は干し肉かな。

 

ちなみに炎は術を使って出した。自然界において、なんらかのエネルギーが熱になることなどはままある。では、妖気とかも他のエネルギーに変換できないかと試行錯誤した結果、実現させられたのが発火だ。ぶっちゃけありえないとか止めて欲しい、これでも複雑な工程を踏んでいるのだ。今は改良が進んだので簡単な術式で発火させることができるが、最初は調節が難しかった。それこそ周囲を暖める程度の熱エネルギーしか出せなかったり、二十メートルにも及ぶ火柱を出してしまったり。

 

「う?」

 

俺が相変わらず酒を呑みながら紅花を眺めていると、紅花はこちらを向き首をかしげた。その様はとても可憐ではあるが、しかし如何せん口の周りは肉汁で汚れ、小袖もえらいことになっている。俺は作り置きしていた紙を取り出して、それで紅花の口の周りを拭いた。紅花はくすぐったそうにしているが、抵抗はしていない。

 

そんなことをしながら、俺はふと思った。

紅花は俺のことをどう思っているのだろう? と。紅花を生んで、大した時間は経っちゃいない。そんな生まれたばかりの紅花は、俺をどう見ているのか。紅花は確かに子供だが、何も出来ない人間の赤ん坊というわけでは実はない。歯は生えそろっているので肉を食べることだって出来るし、あるいは歩くことだって出来る。それは、身体は出来上がっているということもあるが、無意識下で俺から受け継がれた情報を使っているためだろう。

 

だが、その精神はやはり子供なのだ。言葉はまだ分からないし、簡単なことで笑ったり泣いたりする。

 

そんな子供な紅花は、生まれてからずっと目の前にいる俺のことをどう感じているのか。

問題は、俺自身ですら紅花のことをどう思っているのか分からないことだろうか。ただ言えることは、俺は紅花のことを道具だとは思っていないということだが。

 

「なあ、紅花」

 

「う? ニャァ、べニハな?」

 

俺が紅花に話しかけると、紅花はたどたどしくも俺の言葉の真似をした。やはり、早い。俺の真似とはいえ、何かをしゃべろうとすることは出来ている。

俺は、一言一言を区切るようにゆっくりと繰り返し紅花に言った。

 

「べ・に・ば・な。お前の名前だ」

 

「べ・に・ば・な。なまえ? べに・ばなの、なまえ?」

 

「そうだ、紅花の名前だ」

 

何度もいったが、紅花には既に十分な知識がある。単語の意味を合致させてしまえば、十分彼女とでも会話になるはずだ。元々赤ん坊は周りの人間が話している言語を聞き、言葉を学習するものだ。ならば、紅花がしゃべれるようにするのなら、会話が一番のトレーニングではないか。

 

「その肉は、おいしいか? 俺が、取ってきたものだ」

 

「その、ニく? おいしい、べにばなは。とてきた?」

 

「この肉は、おいしいか。それはよかった、とって来た、甲斐がある」

 

「このニク、おいしい。ヨカッタ?」

 

「ああ、とても、いいことだ」

 

そんな風に、途切れ途切れにゆっくりと会話しながら俺は紅花に言葉を教えていった。まだ言葉はたどたどしいが、しかしどのようなものか覚えてしまえばあとは慣れでどうとでもなる。何だかんだいっても、こうして実際に会話は成立しているのだ。なにより、紅花は俺の言う言葉を考えトレースしている。言葉を使おうとしている意志があることが、俺には喜ばしかった。

と、そこで俺は忘れていた事を口にした。

 

「そういえば、言ってなかったな。俺の名前は、ウカノミタマだ」

 

「オレ・ウカノ?」

 

「…それでいい。だがあえてもう一度言わせてもらおう、私の名前は、ウカノミタマだ」

 

別に俺が『俺』を使うのはいいんだが、紅花が『オレ』と言うと不安になるのは何故だろう。そう思った俺は、急遽一人称を『私』と偽った。

が、次に紅花から出た言葉に俺は固まった。

 

「おかーさん?」

 

「そうだ。…………あれ?」

 

無邪気に言う紅花に思わず頷いてしまった後に、首を傾げる。そんな単語は、俺は教えてないぞ。いや、単語は知っているだろう。しかしそれが正確に使えるかどうかでいえば、別の話だ。

それも、俺が『おかーさん』だと? 俺がおかーさんである要素がいったいどこにある。

 

「おかーさん!」

 

「げふっ」

 

突然、紅花が俺の腹にぶつかってきた。しかも頭からである。紅花の思わぬ頭突きに、俺は上体を折り空気を吐き出した。結界を張っていなかったために思わぬダメージを受けたが、しかし紅花が怪我をする可能性を考えるとむしろこちらの方がよかっただろう。

 

「お、私は、紅花にとって、母親なのか?」

 

分からないのならば、本人に聞けばいい。俺のこんがらがった頭は、そんな答えをはじき出した。そもそも、何故俺はこれほど戸惑っているのか。

俺はきりきりと腕で腹を締め付けてくる紅花に尋ねた。もしかしてこれは締め上げているのではなくて、抱きついているのだろうか。紅花の力が強すぎて、攻撃にしか思えない。

もぞもぞと紅花は俺の腹部で動きながら、ぐっと俺の方に顔を向けた。

 

「ワタシ、ハはおや? ワタシ、の、おかーさん。ウカノ・は・ワタシの、おかーさん!」

 

そう舌足らずな口調で、しかし赤い耳と尻尾を嬉しそうにぱたぱたと動かしながら、紅花は俺に笑顔でそう言った。そして、一層強く俺に抱きついてきた。それはそれは嬉しそうに。

 

紅花に、言葉の知識はある。

ならば、自身を生み自身を叱り自身に食べ物を与え自身を守るものがどう言う存在なのか、その存在がどの言葉に当たるのかを自分で考え探し出したのだろう。

紅花が俺をどう思っているのか、だって? 

『生まれてからずっと目の前にいる俺』。そんな女を生まれたばかりの子供がどう見るかなど、そんなことは考えるまでも無かったようだ。

 

俺にしてみてもそうだ。今まで俺は、無意識に紅花のことを気に掛けていなかったか? わざわざ食べ物をとってきたり、紅花が美味しそうに食べていたり紅花が成長しようとしている様を見ると嬉しくなったり。

永い、永い時間を掛けて、俺は紅花を生んだ。腹を痛めたわけではないが、苦労しながら生んだそんな存在に、愛着がわかないわけが無いじゃないか。

 

「そうだったんだな。紅花は、俺の子供らしい」

 

俺は紅花の赤い頭に手を置いて、そっと撫でた。初めて触ったその頭は、とてもさらさらしていて俺のものより触り心地が良い気がする。紅花が自分の物ではなく俺の尻尾を触っていた理由は、こういうことなのだろう。

 

「あぅー」

 

目の前で嬉しそうに揺れる尻尾を、俺はいつになく穏やかな気持で見つめていた。子持ちの親というものは、いつもこんな気分でいるのだろうか? それは、とても幸せなことじゃないか。

…イザナギがあのカグツチを愛し、イザナミさんがあのカグツチを大事に抱いていた事も、今では分かるような気がした。

 

 


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