東方空狐道   作:くろたま

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SFのAIはすごいと思う

 

 

最初に俺が目を覚ましたのは、深い土の中だった。自身の記憶の最後に張った結界はかなり綻んでいたが、しかしぎりぎりで残っている。

身体の頭の天辺から足のつま先までがっちりと土で固まっていたが、このときほど本当に能力を持っていて良かったと思ったことはない。どれほどの腕力があろうとも、これほど積もった土の下で、動かせない手でどかすのは無理と言うものだ。とにかく少しでも動く隙間が必要だった。

周囲の土を構成するものをバラバラにしながら、俺は少しずつ結界を広げていった。これなら、十分俺が動くスペースを作ることが出来る。

 

そうして上だと思われる方向に必死に掘り進んでみれば、唐突に目に光が飛び込んできた。しかし、俺の目に飛び込んできた光景は以前のものとはまるで違っている。

周囲には絵や化石でしか見たことのない植物が生い茂り、これまたスクリーンやらでしか見たことのない巨大なトカゲが堂々と闊歩していた。

原生植物に恐竜、進化した哺乳類が本物を目にすることのないもののオンパレードである。

 

起き抜けの頭で必死で考える。

何故こうなったと。

 

恐竜が出現したのは現代を基準に約2億5000万年前。が、地を揺らすほどの大型恐竜が出現したのは、恐竜全盛期頃の白亜紀だろうか? だとすると今は約1億4000万年前ほどになるのか。

あれ? だとすると俺達がいたのはいつごろになるんだ? 爆弾で吹き飛んで、次は恐竜。あれが中生代最後の大量絶滅だとすると、俺は2億5000万年前ぐらいにいたってことになるのか。…あの時の生態系は謎だったな。なんで後世に残らなかったんだ。

 

つか俺どんだけ寝てんだよ。いや、生きてるだけマシかな。どうりで土に埋もれてるわけだ…

 

…そういえば、今の大気に含まれる禍気の濃度があの頃と比べると濃い。つまり、今の地上には人間、ひいては妖怪がいないということになる。完全に恐竜の天下、というわけだ。

 

「さすがに、恐竜とお友達にはなれそうにないな…」

 

正直、何をすればいいのか分からない。現在位置など分からないし、仮に分かったところで無意味だ。恐竜がここまで進化しているということは、少なくともあの時から数千万年は経過しているのだ。俺の家はあの時消し飛んだだろうし、もし壊れなかったとしても埋まっている。そもそもそれがどこか分からない。

 

あの時の知り合いは、イザナギ、アマテラスは天界、永琳は月に辿り着いているのだろう。これだけの時間が過ぎたのだから、生活環境も整っているはずだ。…しかしまぁ天界も月も今の俺には接点がないわけで。スサノオだって、あの頃の時点で所在不明になっていたのだ。長い年月の過ぎた今となっては生存はもう絶望的。

ぶっちゃけ完全に独りなのだ。

 

「人間が生まれるまでって、流石に永すぎる。1億年話し相手がいないのは堪えるな…」

 

唯一の救いは、瓢箪をがっちりと抱えていたことだろうか。そういえば丸まったときに瓢箪をお腹に抱え込んでいたのだ。中の山椒魚も、我関せずといった風に無事だった。しかし妙にでかくなっている気がする。相変わらず話しかけても反応を返してはこないが。だが、酒は呑める。俺にとっては非常に大きい事柄だ。

 

そういえば、他に変わっていたこともある。

俺の尻尾九本全てが霊体と化していた。霊体が見えないものが今の俺を見たら、狐の耳だけが頭に生えている、尻尾無しのおかしな妖怪に見えることだろう。

また、これはおまけなのかどうかは分からないが、九本の霊体実体を切り替えて遊んでいると、うっかり全身が霊体になってしまっていた。慌てて戻そうとしてみると簡単に元に戻れたが、これは看過できないことだ。何せ尻尾しかすり抜けられなかった扉も、今は全身が通り抜けられるのだ。…扉の無いこの時代では何の意味もないが。しかも全身霊体にしてたらさながら幽霊ですぜ、俺。

 

おまけ機能はともかく、俺は霊尾が増えたことで同時に爆発的に増えていた力にも驚きながら、霊尾七本を隠し残り二尾の霊体を解いて表に出した。俺にとってはやはり、この状態が一番落ち着くのだ。

 

「って、なんか地面までの距離が少し遠い! 成長してる!」

 

これに最後に気づいたことに心中泣きそうになったが、ショック同様そこには喜びもあった。以前男だったものとしては、いつまでもちびっ子では自信の喪失?につながると言えよう。それゆえ、10cmも伸びたのは俺としては大快挙なのだ。幼女からの脱却、これ以降成長することがなくとも、その事実は俺を一時的に高揚させた。

しかし、今まで成長しなかったのに、幽霊みたいになったら成長ってどういうことだろう。相変わらず俺の存在自体が謎過ぎる。

 

 

 

さてそれはともかく、1億年の間ぼっちで過ごす度胸のなかった俺は話し相手を創ることにした。科学技術で人工知能搭載のロボットだとか造ったりする発想があるのだから、俺の術式技術でもなんかできるんじゃないの? 最初はその程度の考えではあったものの、他にやることのない俺は適当な場所に結界を張って引きこもり、その作業だけに没頭していた。

 

最初にやったのは、式紙のバージョンアップだ。そして、まずはこれを核として人形を創ることから始めることとする。

その上で思い出したのが、妖怪という存在だった。人間の負の気と禍気を器とし、それに魂が入ることでそれは妖怪となる。ならば器をつくり、その器を動かす器官、魂を式紙で代用してみれば?

 

簡単なことではないが、それを思いつくと同時に俺の頭の中には既に設計図が出来上がりつつあった。式紙では自由意思を持たせるには弱すぎるが、初期段階としては十分だった。次段階には式玉があるのだから。

 

俺にとって運が良かったのは、禍気の特性を知っていたことだろうか? 禍気は負の気に引き寄せられ一つの器となす。俺に負の気そのものを造ることなどできはしないが、禍気には詳しいこともあり、負の気の禍気を吸い寄せる機能を再現することは可能だった。似たようなことは、今までもやってきたのだ。

 

だが、これは一枚では不可能だった。やはり式紙は強化しても弱すぎる。結局、それに気づいた後に辿り着いた答えは式紙同士の連結だった。うまく術式を乗せ組み合わせることで、複数枚の式紙は互いに相乗しあい、ようやく基準値には達せられた。

 

式紙三枚を使い、禍気を集め器とする器官にする。さらに式紙を五枚を使い、それらにありったけのプログラムを打ち込んで魂代わりの器官を創った。いや、簡易AIといったほうがいいだろうか。最終的には、自身で思考し、俺の指令を遂行するような人形が完成したのだが、そこに柔軟性は微塵もなくどこまでも機械的なものだった。なんというか、どうもしっくりとこない。

 

が、これはあくまで式紙を核としたもの。本番は式玉からだ。

一応、人形は最初に式紙を使ったと言うことでそれにちなみ、『式神』と名づけたが。

 

ちなみに、俺の情報を式神の器の術式に打ち込んでいるため、できた式神の姿は俺自身だ。ついでに白い小袖と赤い袴も付属させてある。イメージは巫女装束だ。なぜかロリサイズなのだが、耳もあれば尻尾もある。…そして、俺同様に無表情だった。それに見つめられるのはなんだかあれだったので、狐の仮面を上に被せておく。複数体作ったときに同じ顔がずらりと並んでいるのも怖いので、この仮面はこのままでいいだろう。

そういえば、式神を造る仮定で憑依型の式神もできたが、正直今はほとんど使い道がないので置いておこう。

 

式紙核タイプはひとまず放置すると、俺は次に式玉のほうへと手を付けた。

ただこちらは構造が複雑ではあるものの、基盤や工程はほとんど式紙の方から流用できる。式紙という下地がある分、発想ゼロからやるよりはマシだろう。

 

こちらは式紙のように連結することはしなかった。式紙より断然体積が大きいこともあるが、こちらは禍気を集める器官と核を分ける必要が無かったためでもある。

ただ誤算だったのは式玉の構造をいじる必要があったことだろうか。そのお陰で、全体構造のバランスをとるためにこれまた苦労することになってしまった。

 

最終的に完成はしたものの、結局それまでの時間は式紙の時よりもかけてしまっている。

しかも、完成したのはまたしても人形だった。いや、式紙のものより比べるべくもなく高性能なのだが、やはりどこか無機質だった。自己進化していくという可能性もあるが、確証はない。どれだけかかるかも分からない。やはりAIでは限界があるのだろうか?

 

行き詰った俺は、最後の手段を選んだ。

 

 

「いっそ、人工的に魂を造ってやろう」

 

 

正直どうかしてたと思う。

 

 

 

 

魂を作るために以前以上に結界に引きこもり、それからもう何年経ったのかは分からない。外にいる恐竜がどうなったかなんて知らない。世界がどう変わったかなんて、今は興味ない。

 

俺はただただ完全自律式神を目指していた。

 

最初は話し相手が欲しい、それだけだったが、途中からはもう意地になっていた。存外俺は、作る者だったらしい。

本物の魂は作れずとも、それと同じ機能を持った物は作れる。俺はその信念の赴くまま、式玉を改良し続けた。

 

魂というものは、イザナミさんを見たとき以来幾度となく見てきている。今の時代だって、恐竜が死ねば魂は遊離してゆく。今は人間がいないせいで地獄の管理機関は凍結されているため、魂は元々あった法則に従いあちこちを飛び回っている。

 

それらを思い出しながら、俺は創ることだけに打ち込んだ。

緻密に、複雑に、そうしていくたびに、式玉は朱色からどんどんと赤を増してゆく。

それを見るたびに、俺は完成が近づいていることを感じた。

 

思えば、俺は正気ではなかったのだろう。式神を作る過程でも然り、俺の思考は彼ら同様どこまでも機械的なものになっていた。さもなければ魂を作ろうなど考えるはずもない。その機構を知っているからこそ、俺は余計にそう感じられた。

 

ならば、こうして完成が近づいているというのは俺の執念故だろう。人間が生まれるまでの時間全てをそれだけに費やし、冷静な気狂いのごとく、正気ならば発狂しそうな代物を精密に組み上げていった。

 

そうして、その時は呆気なくやってきた。

カチリと、そんな幻聴が聞こえるとともに、俺の手の中にあった未完成品が完成品へと変わった。式玉とは違うつるつるとした表面が、その瞬間は一際大きく輝いた気がする。

元々は朱色だった式玉は今は血色など通り越して、目を細めそうなほどの紅を呈していた。

 

「…(起きろ)

 

紅の玉を掲げ、俺は一言つぶやく。所詮これは魂の偽物。だが、きっとナマモノの真似事は出来るはず。この構造は、ほぼ妖怪のものと同一なのだから。

俺は確信を持って、玉を放り投げた。

 

ばしっと、そんな音とともに玉は急激に眩く光り、そして周囲の禍気を凄まじい勢いで吸い寄せていった。その濃度は従来の式神のものとはまるで違う。そう、妖怪並みの器を構成できるほどだ。玉は禍気を吸うたびにぎらぎらと発光していた。その様はまさに『禍々しい』のだが、密かにてんぱっていた俺にはどうでもいいことだった。

 

これと同じ物はもう作れない。完全に同一の魂は、同じ存在というものは一つの世界に同時に存在することはできない。きっと同じ物を作ればどこぞへと跳ばされることだろう。つまり、俺はそれほど完成度の高い偽物を作ったのだ。

 

数分後、もう一度ばしっという音とともに発光はぱたりと止んだ。周囲の禍気の流れも完全に止まっている。

 

俺は玉があったところへと足を進めた。そこにはもう玉はなく、以前の式神達同様人型が、多分俺そっくりの少女がいる。

だが、今までのものとは違いそれは赤い髪をしていた。

 

「おーい」

 

そもそも、従来の式神は立った状態で現れていたのだが、こいつはうつ伏せで現れた。まるで俺のような不精者だ。赤い髪も、無造作に地に散らばっている。そして顔が見えないせいで俺と同じ姿なのかは確証が持てない。ただ、身長は相変わらずロリサイズだ。何でだろう。

 

うつ伏せになった頭を、俺は容赦なくばしばしと叩いた。正直起きてくれないと成功なのかどうか分からない。今の状況的にはほぼ成功なのだが、それもどこまで正確であろうとあくまで推測だ。

 

しばらく叩いていると、そいつは徐にむくりと身体を起こし、これまたゆっくりときょろきょろと辺りを見回していた。その顔は、俺の造りとまるで同じだ。しかし…

 

「…」

 

「おーい?」

 

そいつが何も言わないので、俺はもう一度声をかけた。そいつはぴくりと動くと、またゆっくりと俺と目を合わせた。その目は、髪同様に真っ赤に染まっている。そして、そいつの顔を見ると同時に俺は悟った。こいつは俺でも、自由意思に欠ける機械のような今までの式神でもなく、完全に別の存在だと。

 

「う?」

 

なぜなら、機械も俺もこんなに無邪気な顔はしない。

 

しかし、話し相手になるにはまた時間がかかりそうだ。

 

 


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