実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第三話 "五月二週" vs栄光学院大付属高校

 土曜日。

 この一ヶ月、必死に練習に励んだ。

 赤紫のユニフォームが届いて皆でニヤニヤしたり(友沢はさっさと着替えてたけど)。

 矢部くんが女の使用時間中にシャワールームに突っ込もうとしたり。

 女の着替え中に矢部くんがロッカールームに突っ込もうとしたり。

 俺が交通事故に巻き込まれそうになるのをダイビングで助けてくれたりしたが、それはそれ、今は目先の試合に全力にならないとな。

 vs栄光学院大学付属高、の、二軍。

 二軍っつってもところどころに中学校の頃有名だった選手が居るな。

 ほとんどが一年で構成されてる。まあ、早い話が育成試合みたいなもんだ。

 その中心――左肩にバッグをかけた、銀髪の美形の少年。

 あれが、久遠ヒカル。

 俺も見た覚えがあるあの姿。恐らく栄光もめちゃくちゃ期待してるんだろうな。投壊したチームに現れたエース候補――、いきなりの学校を指定してそこと練習試合をしたい、っつーわがままを聞く位だし。

 久遠はその瞳で、友沢を捕らえる。

 わずかに目を細めて"侮蔑感"を顕にした久遠は、用意された三塁側ベンチへと歩き出した。

 

「……友沢」

「分かっている。あいつは俺に対して恨みを持ってるだけだ。試合には何の関係もない。……見てみろ、パワプロ。報道陣も集まってきた」

「ああ。だな」

 

 因みに、早川と新垣は今グラウンドには居ない。

 先に報道陣のインタビューと取材を受けているのだ。

 

「初試合にこんだけマスコミが居るとは凄いでやんすね」

「はは、そうだな。緊張するか? 矢部くん」

「全然しないでやんす。むしろスカウトにアピールするチャンスでやんすね」

 

 ビシッと矢部くんは指を立てる。

 おお、今日の矢部くんはやりそうだな。

 

「んじゃ、頼りにしてるよ」

「両チームキャプテン、ちょっと来てくれるか」

「お、審判さんに呼ばれた、んじゃいってくるわ」

「頑張るでやんす。頑張って先攻をとるでやんすよー」

「おう」

 

 矢部くんと友沢に手を振りながら、俺は審判の元へと走る。

 栄光学院付属高の方はどうやら久遠が代表らしい。久遠がこちらへ向かって走って、俺の目の前で止まった。

 

「先攻後攻を決める権利は恋恋にあるそうだね」

「……そうなのか?」

「当然でしょう。格が違いすぎるんですから。ああ、あと大事な取り決めとして、コールドは七点差以上です。それ以上点差がついて貴方達の攻撃が終わったら試合は終了ですから」

「大事、ね。……そらたしかに大事だよな。お前らが七失点してこっちが〇点に押さえて速攻終わらせないといけねぇからな!」

 

 余裕を見せていた久遠の表情が、一瞬でこわばる。

 ナメんなよ久遠。たしかに俺達は新設してまだ一ヶ月程度だけど、そうコールド勝ちを決めれるほど弱くはねーぜ。

 

「んじゃ、決めていいなら先攻貰う」

「分かりました。ではノックを行ってください」

「了解」

「……友沢さんを野球へと呼び戻したチームの実力、見せて貰いますよ」

 

 久遠はくるり、と踵を返して歩いて行った。

 ……なんなんだあいつ、友沢にやけに固執してやがるな……。

 

「ご、ごめーん! お待たせー!!」

「全くもう! インタビュー長すぎなのよっ!」

「おー、早川、新垣、大丈夫だ。……うし、んじゃノックすんぞー!」

 

 さあ、俺達の命運を握る一戦の幕開けだぜ。

 

 

 

                    ☆

 

 

 

「両校ノック終了!」

「「「「「「「「「「「「あざしたー!!」」」」」」」」」」」

 

 全員が挨拶をして、ノックが終了する。

 いよいよスタメン発表だ。

 

『先攻、恋恋高校のスターティングメンバーを発表します』

 

 うぐいす嬢の声が響き渡る。

 すげぇ、うちが借りてるグラウンド。だから結構値が張ったのかもな。

 

『一番ショート 矢部

 二番セカンド 新垣

 三番ライト 明石

 四番センター 友沢

 五番サード 石嶺

 六番レフト 三輪

 七番キャッチャー 葉波

 八番ファースト 赤坂

 九番ピッチャー 早川

 以上でございます』

 

 友沢のポジションが発表された瞬間、久遠が投球練習をやめて、ギリリとベンチに座るこちらを睨みつけた。

 ……なんだこれ? 友沢が肘を壊したって知ってんだろ。なんで投手じゃないのをそんなに怒ってるんだ?

 ベンチの中の友沢は涼しい顔をして、マイバットをタオルで磨いている。

 まあいいか。とりあえず今は勝つことが先決だ。

 

『続きまして、栄光学院大付属高校のスターティングメンバーを発表いたします。

 一番センター 大橋

 二番ファースト 横田

 三番サード 鈴木

 四番ピッチャー 久遠

 五番レフト 小笠原

 六番ライト 藤川

 七番ショート 渡久地

 八番キャッチャー 荒木

 九番セカンド 岡田

 以上でございます』

 

 うぐいす嬢に呼ばれて、カメラのフラッシュが焚かれる。

 既に栄光学院付属高のナインは守備位置についていた。

 パァンッ! と久遠から放たれるボールが、凄まじい音を響かせてミットに収まった。

 もう既に球速は百四十キロ前後くらい出てるかもしれない。とんでもない同級生だなこりゃ。そりゃぁ監督もある程度のわがままなら聞いちまうぜ。

 

「うーし、んじゃ円陣組むぞ」

 

 それでも、やる。

 絶対に勝つつもりでやる。そうしないと早川も新垣も試合に出れねぇし、野球部の一年目から大会出場っつーのもご破算だ。

 

「さて、いよいよ俺らの初戦だ。――ぜってぇ勝つぞ!!」

「うんっ!」

「やんすっ!」

「そうだね!」

「ああ、勝つ!」

「恋高、ファイ!」

「「「「「「「オ!ー」」」」」」

「うっしゃぁ! 矢部くん! まずは出塁頼んだ!」

「任せるでやんす!」

 

 

 かぽっ、とヘルメットをかぶって、矢部くんは打席へと立つ。

 マウンドでは投球練習をやめた久遠が帽子をかぶり直しながらボールを受け取った。

 

「バッターは一番、矢部」

「プレイボール!」

 

 

 審判が高々と宣言する。

 それと同時に、久遠は振りかぶった。

 そして――まるで閃光。

 オーバースローの凄まじい腕の振りから放たれた直球は、凄まじい勢いでミットに収まった。

 

「トーライックッ!」

「……ッ」

 

 矢部くんが絶句して動けない。

 コースは恐らくアウトロー。あそこに百三十キロ以上の球をきっちり決められたら、今の俺達じゃ打てないぞ。

 ボールを素早く受け取って、久遠は再び振りかぶる。

 ズドンッ! と今度はインハイへの直球が放たれた。

 

「ストラックツー!!」

 

 矢部くんも今度はバットを振るが当たらない。初回からマックスのスピードで来てる。こいつは……やばい、な。

 久遠が素早いテンポで振りかぶる。

 そして、ストレートと全く同じ腕の振りで放たれた次のボールは――スライダー。

 

「トーライッ! バッターアウトォ!」

 

 矢部くんの手元で横に磁石で引き寄せられたように横に滑った。

 このスライダーは当たらない。中学校時代からかわりなく――いや、それ以上に進化したスライダー。

 これは予想以上に手こずりそうだぜ。

 

「すまんでやんす。ストレートは凄い威力があるでやんすよ。追い込まれたらスライダーには手がでないでやんす」

「最初から期待してないよーだ。データは有効活用させていただきまーす」

『バッターは二番、新垣あかりさん』

 

 新垣がバッターボックスにたった瞬間、凄まじい勢いでフラッシュが焚かれる。

 だが、それを意に介す事無く新垣はスムーズにバットを構えた。

 バットは高く。パワーが無いためレベルスイングと呼ばれる、上からバットの重さを利用して叩きつけるフォーム。

 

 わずかに腕でリズムをとりながら、新垣はしっかりと久遠から目を離さない。

 ビュッ、と久遠からボールが放たれる。

 それに合わせて新垣はバットを初球から振った。

 ――ギンッ!!

 鈍い音を響かせて、ボールが弱々しいフライになってバックネットへぽすんと当たって地面に落ちる。

 いいタイミングで反応したが、やはり久遠の直球に遅れ気味だ。前には飛びそうにない。

 

「ふっ!!」

 

 ガィンッ! と二球目もまともに飛ばない。ファーストへのボテボテのファウルゴロだ。

 これであっという間に追い込まれる。矢部くんと合わせて五球……粘ることすら出来ないほどとんでもなく良い球がきてんだな。

 三球目、久遠が振りかぶる。

 恐らく矢部くんの時と同じリード。

 スライダーで来るだろう。新垣もそれを分かっているはずだ。

 ブォッ、と放たれたボールは予想通りスライダー。

 なんとか新垣も崩されながらついていこうとするが、当てるのが精一杯だった。

 ふわり、と浮かんだ打球を、ファーストが前進してキャッチしてアウト。これでツーアウトだ。

 やばいな。今日の久遠の出来からすると、取れて一点か。

 

「バッター三番、明石くん」

 

 明石が呼ばれてバッターボックスに立つ。

 ネクストには友沢が座った。

 こりゃ、チーム全体で攻略していかないと無理かもしんねぇな。作戦を考ないといけないが、今は防具の準備をしねーと……。

 防具を俺が持った途端、快音が響く。

 バッとグラウンドを見ると、明石がファーストベースへ走るところだった。

 外野を見る。

 外野ではフェンスでバウンドしたボールをライトが捕球し、ショートへ素早く返球したがそこまで、明石はセカンドベースに滑り込んだ。

 ツーアウト二塁、ここで四番友沢だ。

 にしても明石すげぇな。強豪校の誘いもあったろうに、本当に断ってくれてありがとうだぜ。

 

「ないばっちー!!」

「ナイスバッチンでやんすー!」

 

 ベンチで矢部くんと早川が声をあげると明石はぐっとガッツポーズをする。

 

「七瀬、今どのコースの球打った?」

「えと、明石くんはど真ん中のストレートです。甘く来たところを明石くんが上手く引っ張ってました」

「さんきゅ」

 

 甘い球、か。クリーンアップに入って緊張したのかもな。

 おっと、友沢の打席か、俺も声かけとかねーと。

 

「バッター四番、友沢くん」

「友沢っ! 打つでやんす!」

「先制点頼むぜ四番!」

 

 軽く手を上げて答えて、友沢は左打席に立つ。

 友沢は両うちだ。相手に合わせてバッターボックスを変える。

 そんな友沢の様子を見て、久遠の顔色が変わっていた。

 あるのは――畏れ。

 友沢の実力を知っていて尚それを認めたくないが認めざるを得ない。それが嫌でしょうがない。そんな表情。

 その表情のまま久遠が振りかぶる。

 配球を変えてきたのか、初球に投げられたのは久遠の得意球である――スライダー。

 だが、そのボールはまるで友沢に打ってくれと言わんばかりにど真ん中へと変化した。

 

 ガッカァンッ!!!

 

 それを、友沢は見逃さない。

 フルスイングしたバットで捉えたボールは凄まじいライナーでフェンスを超えて、マスコミが大挙する芝生でバウンドした。

 

「ツーランホームランッ!」

 

 ワァッ! とベンチが盛り上がる。

 マジかよ。あんだけ手こずると思っていた久遠が明石のツーベースから崩れた!

 この二点は大きい。流れが一気にこっちに来るぜ。

 ……にしても、加藤先生すげぇな、あんだけのマスコミの数どうやって集めたんだよ。

 ふと外野の芝生を見てみればビデオカメラやマイクを持った人々がうじゃうじゃ居る。……これで善戦すれば、間違いなく色んな人達に早川や新垣が頑張ってる姿が届く筈。そうすれば、たぶん円滑に女性選手の参加が認められる筈だ。

 

「明石、友沢ナイバッチ。すげぇな」

「いや、なんかいきなり甘い球が来てさー」

「ああ、甘いスライダーだ。アレを打てなきゃ四番じゃない」

「さいですか。……っとに、頼りになるぜ二人とも」

 

 そうこう話してる間に、石嶺がすたすたと戻ってくる。

 ワリィ石嶺、見てなかった。ボールをピッチャーがその場に置いてベンチに戻る当たり見てると多分ピッチャーフライだったんだろうけど。

 

「ごめん、まともに飛ばなかったよ。明石と友沢が初球から言ってたから、俺にも甘い球来るかと思ったけど」

「仕方ねー。そうそう甘い球投げてくれる投手じゃねーんだろ」

「うん、俺も高校入ったばかりだし他の投手は見たことがないけど、あれは一年からエースになってもおかしくないと思うよ。スライダーのキレなんかゲームみたいだもん」

「俺の打席が楽しみだ。…………うし、んじゃ次はこっちの守りだ! 早川、準備良いか」

 

 俺は防具をつけ終えて早川の方を向く。

 早川はこくん、と無言で頷いて大きく深呼吸をした。

 緊張しているみたいだな。いきなりインタビュー受けた上にこんだけマスコミが居る中で、高校デビュー登板が名門校相手ってなればこうなるのも当然か。 

 けど、緊張してもらっちゃ困るぜ。

 恐らく此処に居る奴らは全員が全員、高木幸子以上に打てる奴らだ。少し甘く入っただけで二点くらい簡単にひっくり返されるかも知れない――って考えてるのかも知れないけど、それ以上に緊張していつもの早川の投球が出来ない方が怖い。

 ……つっても、怖いのも緊張しちまうのも仕方ないか。此処は俺がフォローしてやんねーとな。

 

「……お前は投げることだけ考えろよ。早川」

「……え?」

「ほかは全部やってやる。だからお前は、ごちゃごちゃ考えずに目の前の奴にベストボールを投げ込むことだけ考えればいい。抑えれるように俺がする。んでもって、お前の実力なら絶対に抑えきれる。で、さ。抑えきって――行こうぜ。甲子園」

 

 言いながら俺はぽん、と早川の頭に手を置く。

 そんな俺たちを見ながら矢部くんや新垣は頷き、友沢は鼻を鳴らしてグラウンドを見つめた。

 そして早川は顔をかぁぁとゆでダコのように真っ赤にして、

 

「ぅん……」

 

 と小さな声で少しだけ頷いた。

 よし、んじゃ行きますか。

 ――恋恋高校野球部のエースのお披露目だぜ。

 一ヶ月の間に新しい変化球を覚えさせたりはしない。ひたすらにストレートのキレとカーブ、シンカーを磨いた。

 投球練習はストレートカーブシンカーを三球ずつ、合計で九球だ。

 一球一球を丁寧に投げる早川。その姿をざわつきながら『女性投手か』とか『アンダースローか』とか言いながらざわつくスタンド。

 上等。うちのエースの抑えっぷりを見て驚けよ!

 

「ボールバック! ショート送球するぞ!」

 

 おうでやんす! と矢部くんの答えを聞いてから、最後の早川の投球練習が行われる。

 その球を捕球し、俺は素早くセカンドベースへと送球した。

 矢部くんの構えた位置にしっかりと送球し、矢部くんはタッチの動作をして見せる。

 それと同時に、おぉーとスタンドがざわついた。 

 スローイングにゃ自信があるからな。仮にランナー出してもこのデモンストレーションでビビってくれりゃ儲けもんだが、そんなことはねぇんだろうな。

 

『バッター一番、大橋くん』

 

 うぐいす嬢の声が響いて、大橋と呼ばれた男が左打席に立つ。

 タッパがデカイが一番つーことは普通に考えるなら足がありそうだが、実際はどうかデータがないから分からないな。

 

(まあいい、"第三の球種(インハイのストレート)"は取っておくとして、一巡目はストレートを軸に据えてリードする。行くぞ。一球目はストレート、アウトローにビシっと決めてくれ。制球が良いって印象を一回り目で審判とバッターに付ける)

 

 こくん、と早川が頷いて、いつもどおりの美しいフォームで投げ込んでくる。

 大橋はそれに合わせて一二の三のタイミングでフルスイングしてきたが、バットにボールはあたらな

 

い。

 ボールは寸分の狂い無く俺の構えた通りの場所に収まった。

 

「トーライク!」

「ナイボッ!」

「うんっ」

 

 ボールを返すと、早川はにっこりと笑う。

 余裕あるな。緊張もほぐれているみたいだし調子も良さそうだ。

 投球練習と一球目受けた感じもない。これを生かさないとな。

 

(さて、一球目からいきなりフルスイングしてきやがったな。一番の役割は球をよく見て後に特徴を伝えたりすることだ。こいつはまだ一年だし、チーム方針として初球から好球必打のチームカラーだからな)

 

 じろじろと大橋の様子をみる。

 初球から空ぶった事でひるんだ様子は全くない。まあ早川の球速はマックスが一一〇キロちょいだからな。この程度の球の速さなら見ることもないと思ってるんだろう。

 

(いきなりツーランでこっちが二点先制したからな。ここは長打を打っておきたいのかもしれねぇな。インは使わない。もう一球同じとこにストレート)

 

 頷いた早川が投球する。

 ドンピシャで同じコース。

 さすが早川だ。

 だが今度は大橋も逃さない。振られたバットはギャキンッ! と音を立ててボールを三塁へと飛ばす。

 しかしボテボテのゴロとなって、サードの石嶺の正面へと飛ぶ。

 石嶺はそれを上手く捕球して、ファーストに送球した。

 

「アウトォ!」

 

 一塁塁審がアウトのコールをする。

 良し、二球で打ち取った。上々だぜ。

 

『バッター二番、横田くん』

 

 横田も左打席に立つ。

 こいつは確かシニアの頃全国大会で対戦した機会があったはずだ。色んなバッティングができるから二番に入ってんだな。俺と猪狩がやってた頃は確か三番を打ってた筈。

 スタンスはオープン気味に構えていかにも飛ばすって感じだが、コイツは確か右打ちがうまかったはずだ。

 

(インをせめて打たせて取る。インローにシンカーだ。チーム方針的に初球の甘い球を打てって感じだろう。早川を舐めて、な。……見てな。三回終わった頃にパーフェクトで凍りつかせてやるからよ)

 

 サインを受け取って、素早く早川が投げ込む。

 

「ぐっ!?」

 

 投げられたボールを、横田は待ってましたとばかりにフルスイングするが、手元でグンッとボールが落ちた。

 ゴキンッ、とバットの下っ面でボールが叩かれる。

 打球はホームベースの少し向こうでバウンドするが、バウンド自体は低い上に遅い。

 ボールに素早く反応し、ファースト赤坂がボールをキャッチした。

 すぐさま反転する。

 その先には既にファーストベースカバーに向かっている早川。

 

「ファースト!」

 

 俺が指刺して指示すると、赤坂はぴゅっ! とトスをする。

 それをグローブでキャッチして、早川はとんっとベースを踏んだ。

 

「アウトッ!」

 

 完璧なプレーだ。一ヶ月みっちり練習した成果がしっかり出てるな!

 

「オーケーオーケー! ツーダン!」

 

 三球でツーアウト。向こうも戸惑った顔をしてやがるな。予定では今頃ランナー二人か一人で一点取ってる予定だったんだろ。

 けど、問題はこのクリーンアップだ。鈴木と久遠、小笠原……ここら辺は全国大会で主軸を張ってた奴らだからな。此処は全力で抑えるぞ。まだ温存する球はあるけどな。

 

『バッター三番、鈴木くん』

 

 右打席に鈴木が立つ。

 打ちそうな事この上ない。恐らくこの中じゃ打力は一番だろう。

 が、四番じゃないっつーことは弱点があるってことだな。久遠よりミートがヘタって所が妥当か。

 

(そんなら最初から変化球中心に行く。シンカーを外角から落とす)

 

 早川が頷いて、すぐさま投球動作に入る。

 放たれたボールは再びシンカー。狙ったところよりわずかに内角に入ったがコースは相変わらず厳しい。そして手元で変化する。

 ゴカッ! と打ち上げたボールは真後ろへのファウルフライ。俺が取れる!

 勢い良く立ち上がってマスクを外し突っ走った。

 バックネット手前一メートル程まで走り、ミットを上へと向ける。

 そして、そのまま力無く落ちてくる打球をしっかりと捕球した。

 

「アウッ! チェンジ!」

「おっしゃ! ナイスボー!」

「ナイスリードパワプロ君!」

「お前の球がいいんだよ! 五球でサクサク終わりだぜ!」

「えへ、ありがとっ!」

 

 嬉しそうに笑ってはねるようにして早川はベンチに戻る。

 よし、やっぱり早川の投球は栄光学院付属高組にも通用するぜ!

 一ヶ月しっかり練習しただけなのにここまでの投球が出来るのなら、本戦までにはきっともっと通用する投球が出来る様になるはずだ!

 

「うし、じゃ、次の回は俺の打順か。三輪! 頼むぜ!」

「任せろ!」

 

 一回終わって2-0。得点の後にすぐ失点はしなかった。これは大きいぞ。

 

『バッター六番、三輪くん』

「おっしゃこぉい!」

 

 気合を入れて、三輪が打席に入って構える。

 俺はネクストに移動だ。……さて、久遠の奴は立ち直っちまったかな。

 ドンッ!

 ビシッ!

 ズバーン!!

 

「バッターアウッ!」

「く、くそっ……!」

 

 どうやら立ち直っちまったみたいだな。ストレートスライダーストレートの三球で当てるのが上手い三輪があっという間に血祭りかよ。明石と友沢に任せっぱなしはゴメンだぜ。

 

『バッター七番、葉波くん』

「パワプロくん! 打ってー!」

「打つでやんすよパワプロくーん!」

「打てー! キャプテーン!」

「ええい! うるせーなっ!」

 

 もうパワプロじゃねぇってツッコむのもめんどいぞおい!

 

「宜しくおねがいしゃす」

 

 ヘルメットを外し、お辞儀をして打席に入る。

 さて、打席で久遠を見るのは始めてだな。どんな球投げるんだ?

 一球目はしっかり見るぞ。

 久遠が振りかぶる。

 勢い良く腕を振り、投げられたボールは低めに投げられる。

 次の瞬間、ドスンッ! とボールがミットに突き刺さった。

 

「ストラーイクッ!」

 

 マジか。速いな……その上手元で伸びる感じがしやがるぞ。

 球速表示はないが多分、一四〇キロくらいは出ているだろうなこれ、くそ。猪狩の球を取ってたとは言えこれじゃ甘いところに来ないと手も足も出ないぞ。

 球速自体は一五〇キロのマシン打ち込みをやってきたからついていけるが、それでも生きた一四〇キロの球が低めに決まったら手がでねぇって。

 つーか、一年でこの制球力とストレートのスピード、スライダーは高校同士で争奪戦が行われたくらいのレベルじゃねーかよ。

 

(って、そんな事考えてる場合じゃねぇ。集中しねーと。ストレートか、さっき三輪にはストレートスライダーストレートだったよな。一回は友沢以外にはストレートストレートスライダーのリードで通した。……つーことは、この回はストレートスライダーストレートかな。うし、スライダーにヤマはる)

 

 構えて球を待つ。

 久遠はぐっと構えて腕を振るった。

 外ベルト高、スライダーだ振れ!

 ビュッ! と音を響かせるがバットにボールは当たらない。

 あざ笑うかのようにバットを避けたスライダーはそのままキャッチャーのミットに収まる。

 

「ストラックツー!」

 

 くそ、読み通りに来たから飛びついたらボール球かよ。これで2-0、遊び球は無いだろう。ストレート一本に絞って……。

 ヒュボッ! と久遠が三球目を投げる。

 インハイに来た球、球種は読み通りだ。

 が、当たらないっ……!

 バシンッ! と高めの球をキャッチャーが中腰で捕球した。

 

「トラックバッターアウトッ!」

 

 まじーぜ。外スラと今の高めに外れたのは二球ともボール球だ。しかも最後のはミットに収まってから振っちまった。

 ……くそ、思ったより球威あるな、こりゃ攻略法を考えてやらなきゃヤバイぞ。

 

「わり、当たんなかった」

「どんまいでやんす。久遠くんのストレートハンパないでやんすねぇ」

「うーん、私も当てるのが精一杯だったよ」

「当たるだけ立派だろ。ミートセンスあるな新垣」

 

 防具を付けてる間に赤坂がアウトになったらしく、審判からチェンジの指示が下る。

 この甲斐は三者凡退、次のバッターは早川からだ。一人でも塁に出れば矢部くんからだったんだが、ちくしょう、この失敗は守備で取り返す。

 

「おーし、しまってくぞ!」

「「「「「「「「おおー!」」」」」」」

『バッター四番、久遠くん』

 

 久遠が打席に入り、構える。

 中学校であたったときはショートと投手を兼任してたからな。打撃のセンスはいい方だ。友沢には劣るがショートでも栄光学院大付属高でレギュラーを取れるセンスは持ってるぜ。

 

(ストレートから入る。センスがあるっつっても投手だ。早川のインローをヒットにはできねーはず)

 

 俺のサインに頷いて、早川が投げた。

 コントロールされたボールは俺のミットの位置どおりに投げられる。

 

「ボールッ!」

 

 しかしわずかに外れたらしい。掠ってたんだがな……この審判、外には広い分内には狭いみたいだ。覚えとかねーと。

 

(これで0-1、ボールツーにはしたくない、ストレートを読み打ちされたら嫌だからな。今度はシンカーでストライクを取ろう。真ん中から低めに落とす)

 

 サインをだした俺に、早川はふるふると首を振る。

 ストレートを使った後だが、たしかに四番相手に甘く入ると痛打されるかもしれないな。今は四番だし、此処はストレートを使ったほうが安全だ。

 

(なら、ストレートを外角低めに。外は広いからな、このコースだ)

 

 ぎりぎりに構えると、早川もこくんと頷いた。

 相手は四番だからな此処は油断しないで行こう。

 早川が上体を沈めてリリースする。

 しっかりと指に掛かった良いボールだ。狙いすましたそれがアウトローへ決まる。

 その球を、久遠が踏み込んで流し打った。

 

「っ!」

 

 球に力はない。しかしふらふらと上がった打球はそのままレフトの前にポテンと落ちた。

 思い切って踏み込んできやがった。投手の打撃じゃない……悪い早川、インに投げりゃアウトだったな。

 俺が軽く手を振ると、早川は分かってるよとばかりに頷いた。動揺はしてないみたいだな。良かった。

 

『バッター五番、小笠原くん』

 

 ノーアウト一塁……此処で長打は打たれたくないが、逆打たせてとればゲッツーだ。此処は無論併殺を狙う。

 

(インにシンカー落とす。カーブと"第三の球種(インハイのストレート)"は使えないからな。さっさと打ち取る!)

 

 今度はシンカーのサインに頷いてくれた。よし、来い。

 早川がクイックで球を投げようとしたと同時、ファーストランナーの久遠が走りだした!

 なんで! ピッチャーだろ!? なんでスタートすんだよっ!?

 俺が慌てて立ちあがりながら捕球しようとした瞬間、小笠原もシンカー打って出る。ランエンドヒットか!

 小笠原が打った打球はセカンドのベースカバーに行きかけた矢部くんの反対側を高速で抜けていく。

 やべぇ。あのコースは左中間を抜く!!

 

「友沢! ホーム!」

 

 友沢が捕球し、ホームへと強烈な返球を返してくる。

 それと同時に久遠がこちらへと突っ込んできた。投手の割に足が速ぇ! ブロック……間に合わねぇっ!

 

「セーフッ!!」

「チッ!!」

 

 タッチも出来ず、俺は慌ててサードに送球する。

 小笠原はサードには到達出来ずにセカンドに戻るが、それでも一点返されて、ノーアウト二塁……大ピンチだ。二塁ランナーが帰れば同点になる。

 今のは俺の完全な選択ミスだ。勝手に投手にエンドランが無いと決めつけて……ちくしょう。早川を引っ張るっつっといてこのザマかよ。

 

「わりぃ、早川!」

「だ、大丈夫だよっ!」

 

 ランナーが二塁に居る場面で温存もクソもない。もう"第三の球種(インハイのストレート)"もカーブも使ってくぞ。

 

『バッター六番、藤川くん』

 

 藤川のデータは無い。左打者か……それでも、初見でカーブと"第三の球種"は打てない筈だ。

 

(なるべく三振させたい、初球はカーブだ。その後緩急使ってストレートをアウトローに決めた後、"第三の球種(インハイのストレート)"で空振りを取る! 三球三振ならペースをつかみ直せるはずだ!)

 

 早川が頷く。

 おもいっきり腕を振って投げられるカーブ。

 そのボールは打者の手前で変化しワンバンになった。だが相手もその腕の振りに騙されてバットをだして主審にスイングの判定を貰っている。危うくワイルドピッチになるところだが、逆にこれくらい変化したほうが危険は少ない。相変わらずキレもいいし大丈夫だ。

 

(これで1-0、予定通りアウトロー行くぞ)

 

 アウトローにストレート、そのサインに早川はコクリと頷いた。

 よし、来い早川!

 早川が腕をしならせて、投げる。

 

「っ、甘っ……!」

 

 構えたコースとは全く違う。ほぼど真ん中と言っていいコースにストレートが投げられる。

 それを見逃してくれる程――目の前の打者は甘くない。

 バットが振りぬかれる。

 ッキィンッ!! という轟音。

 打球は凄まじい速度でライト線を切り裂いていく。

 

(くっそっ……!!)

 

 マスクを外してボールを目で追う。

 明石がライト線から右へと切れていくボールを必死で追いかけるが、クロスプレーにすらなりもしない。

 小笠原がホームへ帰る。打った藤川もゆうゆうと三塁へ到達する。

 同点タイムリースリーベース……、甘くなった球を完璧に打たれた。

 ストレートのコントロールを早川がミスするなんて、一体……? ……待てよ。

 早川はカーブだってコントロールはそれなりにいい、緊張とか力みでバウンドするボールになることは有るが、今日は調子が良かったはずだ。通常の状態ならあんなボールを投げる訳がない。

 ……っつーことは、早川、動揺してたのか?

 良く考えろ。そんな動揺するようなこと、なんて……。

 ……久遠への打席か? 俺のサインに首振った次の球でヒットを打たれた上に、そのランナーが生還したから責任を感じてコントロールを乱したのか。

 

「…………っ、馬鹿か俺は」

 

 なんであのタイミングで早川の所に行ってやらなかったんだ。ちくしょうっ!

 

『バッター七番、渡久地』

 

 今でも遅くねぇ。ちゃんと声掛けよう。立て直せば早川はこいつらにも通用するんだから。

 

「早川」

「っ、ぁ……ご、めん、パワプロくん……ぼ、ボク、も、もう甘いところには投げないから、だから、だからっ……」

 

 どうして、だ?

 どうしてお前、そんな怯えた目してんだよ。

 どうして目を下に向けて俺と目を合わせないんだよ。

 どうして――もっと俺を責めないんだよ。

 ……ちくしょう。

 猪狩ならここで俺を怒鳴りつけた筈だ。もっと速く間を取れとか言って。

 それはむかつくけど、俺を信頼してるからこそ怒ってくれたと分かってる。

 もっと自分を上手く活かしてくれって感情が伝わって来て、腹がたつ反面本当に申し訳なくて、それを反省して上手くなろうと思えて、そのおかげで俺はレギュラーになれて。

 それが信頼ってもんなんだ。お互いを信用してお互いの悪いところを伝え合い修正し、お互いのいい所を伸ばして活かす。それが本当のバッテリー。

 けど、そんなことを早川はしない。……いや、出来ないんだ。

 早川が俺を信頼する以上に俺が早川を信頼してないと思われているから。

 怖いんだ。『女だから使えない、もうピッチャーを交代しよう』と思われるのが。この試合をもう諦めようと言われるのが。

 そんなこと言うわけねぇのに、早川の心の中に有るトラウマが早川を縛って離さないんだ。

 だったら俺は今早川に何してやれるんだ。

 今目の前に居る弱々しく俯く女の子に俺は何をしてやれる?

 今目の前に居る俺の投手に俺は何をしてやれる?

 ――そんなの、決まってるじゃねぇか。

 

「悪かった」

「……ぇ?」

 

 言って、俺は早川の右手を右手で握る。

 指の間に指を入れる、所謂恋人繋ぎってやつだ。恋人じゃないけどな。

 

「ちょ、えっ、ええっ!? ぱ、ぱ、パワプロくん!?」

「いいからこっち見ろ!」

「ひぇあっ、は、はいぃっ」

「今のは俺の配球ミスだ! お前が気にすることねぇ!」

「えっ……で、でも、首振ったの、ボクだし……」

「その後の球を要求したのは俺だ。その後のシンカーも俺が相手をなめたから打たれた。んで、今の同点タイムリーは俺が間を取らなかったからお前の球が甘くなったんだ。気にすることねぇよ!」

「……っ!」

「今のは俺が悪い。打たれると思ったらもっと首を振ってくれていいんだ。約束したろ! 投げる以外は全部やってやるって! 今の俺の考えで打たれるんだったら二倍考える。だから、もっと俺を信頼してくれ!」

「……!!」

 

 俺が大声で言うと早川は顔を真赤にした後、ぽかんとした表情になり最後には驚いたような表情をした。

 よし、俺の方を見てくれたな。

 

「そのかわり、もうお前は動揺すんな。お前が打たれた責任は全部俺にある。だからお前は俺に全部責任擦り付けてこの右腕をめいっぱい振って俺の構えた場所に投げてこい!」

「わ、分かったっ、……わ、分かったから、右手離して……」

「? おう」

 

 ぱっとつなぐのを辞めて離すと、早川は真っ赤な顔を右手でぬぐいながら、ふぅと息を吐く。

 落ち着いたみたいだな、よし。

 

「ノーアウト三塁だ。勝ち越されてもいいぞ?」

「その時はキミのせいにするよ」

「うし。初球はストレートな」

 

 カチャカチャと音を立てて、俺はキャッチャーズサークルに戻る。

 

「彼女の手、柔らかかったか?」

「あ? 彼女じゃねーよ。……固かったぜ。今まで握った誰の手よりもな」

 

 いって、俺はアウトローにミットを構える。

 さあ来い早川。お前の本当の球を見せてやれ!

 アンダーハンドから放たれる最高のボール。

 渡久地は初球狙いでおもいっきりバットを振って来る。しかし芯には捉えられない。

 ファーストへ向かって弾んだボールを、赤坂がしっかりキャッチする。

 その間にサードランナーが突っ込んできた。

 ここは無理する場面じゃないかもしれない。ファーストアウトにしてランナー無しにするのが正解かもな。

 ――でも、俺のミスで早川に自責点三点目をつけてたまるかよ!

 

「バックホーム!」

「な、何ッ!?」

 

 慌ててサードランナーの藤川が速度を早める。

 俺の声を聞いて、赤坂は素早く俺に送球した。

 たしかに赤坂は弱肩だが、打球は早めだった。俺が上手くブロックすれば刺せる!

 赤坂から投げられたボールが俺へと一直線に放たれる。

 それと同時、藤川がスライディングで突っ込んできた。

 左足でホームベースを覆い隠すブロック。それを退かそうと凄まじい勢いで藤川はレガースにスパイクを突っ込んだ。

 それに僅かな痛みを覚えながらも必死でホームタッチは阻止する。それと同時に赤坂からの送球をミットで受け止めて俺は藤川の足にタッチした。

 

「どうだっ!?」

「せ、セーフだ!」

「……アウトォォッ!!」

 

 ワァッ、と外野のカメラマン達が歓声を上げる。

 レベルの高いクロスプレーをここで見られるとは思ってなかったのか、かなり盛り上がってるな。

 にしても、ふぅ、良かったぜ。自責が付かなくてよ。

 

「ワンアウト!!」

「おおー!」

 

 俺が高々と宣言すると、早川がおさげをぴょこぴょこさせながら嬉しそうに微笑む。

 それだけで、このプレーをアウトにできてよかったという想いが沸々と湧いてくる。

 うし、次のバッターは八番の荒木だ。慎重にせめてゲッツーを取るぞ。

 

(初球はインローストレート)

 

 構えたところに、早川は素早く投げ込む。

 

「ボーッ!」

 

 ち、ボールか。

 

(だがまあボール判定されたが良い。次は同じ所にシンカーを落とす。今度はベルト高わずかに低めと

 

見せかけてドロンと落ちる球だ。高木幸子にも通用しただろ。……来い!)

 

 早川が力強く頷く。

 鋭い踏み込みから腕が振るわれ、放たれるその一投。

 それは今までと似て非なる球だった。

 

(ストレート!? こんな所で失投はまずい!)

 

 要求はインベルト高の僅か下、ストレートなら痛打必須だ。

 案の定荒木は待ってましたとばかりにバットを振るう。

 その瞬間。

 

 ボールはそのまま変化した。

 

 ギンッ、と鈍い音を響かせて、ボールはショートへと飛ぶ。

 一瞬止まった思考を動かして、ボールの行方を俺は追った。

 そのボールを矢部くんはスムーズにキャッチし、セカンドへとトスをした。

 

「アウト!!」

 

 受け取った新垣はそのままファーストへと送球する。

 

「アウト! チェンジ!!」

 

 ダブルプレー。今考えうる最良の結果だ。これで三回表が終わって、

 早川が視線の先でガッツポーズをするのを、俺は呆然と見つめる。

 今の球……ストレートと同じくらいの速度で落ちたシンカーだ。

 間違いない。早川はシンカーを投げたんだ。けど、それが何らかの原因でいつもの抜いて投げるシンカーではなく、ストレートにリリースが近い……回転数が控えめで落ちが少ない代わりにスピードのあるシンカーになったんだ。

 

「高速シンカー、か」

 

 立ち上がり、マスクを持ってベンチに帰りながらつぶやく。

 今の球をもし自由自在に使えるようになったら投球の幅が大きく広がるぞ。

 

「早川、今の球どうやって……」

「あ、あう、ごめんパワプロくん、ボク打席で……」

「っ、そうか。なら一つだけ答えてくれ。……今の球は意図して投げたのか?」

「……うん、シンカーもストレートと同じで二本指で投げれば甘くならないかと思って。あの時はもうそれで頭がいっぱいで。そしたらストレートみたいな速度だからびっくりしたけど、ちゃんと落ちてくれて良かったよ」

「そうか、なるほど……シンカーは人差し指を立てて投げるが、高速シンカーは人差し指をボールの縫い目にかけて投げる。ストレートと同じ感覚で投げたから高速シンカーになったのか」

「? よく分からないけど……」

「ああ、いや、……新しいサイン決めないとな、と思ってさ」

「あたらしいサイン?」

「ああ、お前の新しい変化球の名前をな」

 

 俺がニヤリと笑うと早川はやっと意味を理解して、ぱぁっと表情を明るくした。

 うし、モチベーションも上がったし、ここらで勝ち越すぞ!

 

「皆ワリィ、俺の配球ミスのせいで同点になっちまった」

「ふふ、やっぱりそうでやんしたか」

「だよね。あの時ストレート連発は危ないと思ったよ」

「……まだまだ甘いな、パワプロ」

「オメーら元気だな。そんだけ元気なら得点取れよ」

「ごめんなさいでやんす」

「あおいー! 頑張るのよー!」

「打て」

「お前ら……」

 

 そうこう言っている間に、ぶるんっ、と早川が勢い良く三振して小走りにこっちに戻ってくる。

 ワンアウトか。投手からの打順だったからな、これは想定内だが……。

 

「ごめん。久遠くんのストレートってすごい速いね。手も足も出ないや……」

「ああ、仕方ねー。ありゃ俺でも手が出ないからな」

 

 キャッチャーの防具を外さないままベンチに座ってパワリンを飲む俺の隣に、早川がちょこんと座る。

 なんだか可愛らしくて、思わず俺は微笑んでしまった。

 

「な、何?」

 

 むー、と頬をふくらして、早川が俺を軽く睨む。

 

「いや、なんでもない。んじゃサイン決めるか。このサインが高速シンカーだ。覚えやすいだろ?」

「うん、シンカーのサインに人差し指一本足しただけだもんね」

「ああ。頼りになるぜ、試合中に成長してくれるエースさん」

「……キミのおかげだよ。……ね、パワプロくん。どうしてキミってそんなに優しくて、そんなに……」

「ん?」

 

 早川がなにか言いたそうにもじもじしている。

 何だろう? ここは聞いたほうがいいのか?

 話しかけようとしたところで、快音が響き渡る。

 あ、そうだ、今は矢部くんの打席か!

 グラウンドに目を向けると、矢部くんが素早く一塁ベースに到達したところだった。

 

「おお! 矢部くん打ったのか!」

「は、はいっ! 矢部さん、初球の厳しいストレートを逆らわずにライト前へ!」

「さすが矢部くんだぜ。あ、それで早川、そんなに俺がなんだって?」

「……もうっ、なんでもないよっ! ほら、あかりの打順だよ!」

 

 早川がむに、と俺のほほをつねってグラウンドを指さす。

 あれー? めっちゃ仲良くなったと思ったんだけど……まあいいか。とりあえず勝ち越しのチャンス

 

だし。

 

「おっとそうだったな。サイン出さないと」

 

 俺はベンチの中から矢部くんへ向けてサインを出す。

 サインは盗塁。さあ矢部くん、見せてやれ。――お前の最大の武器である足を!

 久遠がクイックモーションに入る。

 それと同時に矢部くんが走りだした。

 

「!」

 

 久遠が盗塁に気づいて高めにボールを外し、それを荒木が捕球して素早くセカンドへ送球する。

 だが遅い。既に矢部くんはセカンドへスライディングしている。

 

「セーフ!!」

「す、すごい! めちゃくちゃ速い!」

「ああ、矢部くんの足はトップクラスだよ。んじゃここはヒッティングだ」

「あれ? バントさせないの?」

「矢部くんの判断能力と足があればワンヒットで返ってこれるよ」

 

 新垣へのサインは自由にしろだ。

 つっても新垣なら滅多な打撃はしない。基本は右打ちに徹する打撃をする筈だ。

 ギィンッ!

 

「ファールッ!」

 

 案の定意識は右方向。セットポジションになって威力が落ちた久遠のストレートを右方向へ弾き返した。

 

「セットポジションになると球威が落ちるな」

「ああ、昔からそうだ。だから威力の落ちないスライダーを多用してくるはずだが……新垣が女性だからな、油断しているのかもしれない」

「なるほどな」

 

 外野に目を向けると外野は前進している。内野も少し下がり気味だ。テキサスヒットを警戒するシフトを敷いている。

 そんな中、久遠が二球目を投げた。

 内角へのストレートだ。

 新垣はそれを完全に見送る。これで1-1。

 完全に見切ってるな。新垣も友沢と同じ考えで完全にスライダーは捨てているらしい。

 でもまぁ、むかつくだろうなぁ。そんな舐められてんの。本来なら腹の中はグツグツと煮えくり返ってるに違いない。

 それなのに新垣は右打ちを徹底している。そこまでチームプレーを徹底してくれるとたしかにありがたいけど、たまには自分で決めに行っても良いと思うんだけどな。

 といってもチームプレーは悪い事じゃないしわざわざ口出ししないけど。

 三球目、新垣は再び内角に投げられたボールを見極めて1-2にした。

 新垣の目が鋭い。次が勝負だと分かっているんだろう。

 1-2、バッティングカウント。

 相手は直球を新垣が飛ばす事は出来ないと思っているに違いない。だからこそテキサスヒット警戒のシフトを敷き、なおかつ内角の直球でここまで全球勝負している。

 ならば、次も恐らく内角のストレートだ。それも確実にストライクを取るために置きに来る。

 久遠は早川じゃない。ストレートを全力で投げて狙った所に投げ込むなんて八割方不可能だろうしな。

 新垣もそれは完全に読みきっているだろう。

 捕手は予想通り内角に構えた。

 久遠が振りかぶる。

 

「私が非力だから内角に直球投げとけば外野は越せない、だから内野を後ろに外野を前に詰めれば大丈夫と思ってる?」

 

 新垣は言いながら、バットをぐっと引く。

 そして投げ込まれた直球をおもいっきり引っ張った。

 

「だったらそれは間違いよっ! 舐めないで貰える!? 私だって野球選手なんだから!」

 

 引っ張られた打球はそのままレフトの横を超えてフェンスへ直撃した。

 それを見ずして矢部くんが悠々ホームに生還する。

 打ったあかりはそのまま二塁に到達した。

 

「新垣ナイバッチ!!」

「すごい! さすがあかりだ!」

「完全に読みきった引っ張り打撃だな。……この程度か、久遠」

「……友沢、お前機嫌悪いな」

「……ああ、そうかもな」

 

 言って、友沢はバットをもってサークルに出た。

 バッターボックスに明石が入る。

 

「動揺してるだろうな」

 

 明石くらいしっかりした奴ならそんなこと分かりきっているだろう。

 何より、次の打席は友沢だ。ホームラン打たれた友沢がネクストに居るのを見れば、この明石を打ち取るしか無いと思っているだろう。

 だが、そう思えばそう思うほど球は甘くなる。

 初球、大きくバウンドするワンバンのボール。明石は完全に見切って反応すらしない。

 次の球はスライダー、大きく外にそれてボール判定、これで0-2だ。

 続いて久遠が投げた球は今日初めて投げるシュートだが、大きく外れてストライクゾーンにかすりもしなかった。

 0-3、明らかに久遠の様子がおかしい。ただの動揺ではなく、なんというか――そう、何かに焦っているかのように投げ急いでいる。

 ぶん、と頭をふるい、久遠は構える。

 そうして投げた球だが、ボールは大きく外れてボールになった。

 

「ボールフォアッ!」

 

 ストレートのフォアボール。この場面で友沢。

 だが、久遠の表情がおかしい。

 恐怖心を顔で隠せていないといえばいいのか、明らかに友沢の方を見れなくなっている。

 先ほどまでは睨みつけるほど友沢を凝視していた久遠だが、今はもう友沢をまともに見ることすら出来ていない。

 友沢はそんな久遠をただ見つめていた。

 

「……の、程度か……」

 

 友沢が静かに呟く。そのつぶやきに、久遠はぴくり、と肩を震わせた。

 

「お前の実力はその程度か!」

 

 怒号に似た声。それを受けて久遠はハッとしたように友沢の方を向いた。

 その目には驚きが宿っている。

 俺には二人の間に有る物は分からない。けど、その一言には友沢の想い全てが詰まっていたような気がした。

 友沢は構えをかえない。左打席に立ち、久遠を睨みつける。

 

「……チッ、余計な事しやがって」

 

 言いながら、俺はふぅ、とため息を吐いた。

 

「? 今大きな声出したこと?」

「……ま、大体そんな感じかな」

「??」

 

 俺の答えに早川は不思議そうに首をひねる。

 それをみて俺は笑いながら、グラウンドへと目をやった。

 ちょうどその時、凄まじいキレを持ちながらも大きく変化し、内角へ食い込んでくる横滑りのスライダーを友沢が引っ張って痛烈なフェンス直撃の二点タイムリーツーベースにしていた。

 ……やれやれ。ばかやろ。テメーがベストボールを打ちたいからって厄介な投手を立て直しるんじゃねーよ。

 心の中で毒づきながら、俺は友沢に向けて「ナイスバッティング!」と声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ。

 練習試合が終わって烏が鳴いている中、俺たちは全員で栄光学院大付属高も含め全員でのグラウンド整備をしていた。

 その中、俺は何気なくお互いの高校の名前と得点が書かれたスコアボードに目をやる。

 

 恋恋  203 001 000 6

 栄付高 020 000 031 6

 

 最後スタミナが切れた早川が甘いストレートを打たれてスリーランを被弾したり、ツーベースを打たれて同点にされたものの、一年構成とは言え英工学院大付属高と戦って引き分けにしただけで十分アピールになっただろう。新垣も一安打だけど一打点あるしな。

 にしてもすごいのは友沢だぜ。5-5で五打点の大暴れ。マジで入ってくれて良かった。

 そんなことを考えていると、ざっと俺を影が包みこむ。

 誰か側にでも寄ってきたのかと思いながら視線をそちらに向けると、そこには久遠が立っていた。

 

「……ちょっといいかな?」

「ああ、良いぜ」

「……友沢は……どうして恋恋に入ったのかな」

「肘を怪我したっつってたからな……帝王実業付属高校や名門から誘いが来なかったんじゃないか?」

「そう、なのかな。……僕が避けられていたようだからさ」

「そうだな。お前と同じ学校に行くのは避けていた」

「っ、友沢。お、驚かせんなよお前」

「友沢……」

 

 いきなり現れた友沢に俺は心臓を跳ね上がらせる。マジでビビッたぜ。いきなり出てくんなよ。

 久遠は友沢を目で捉えて視線から外さない。

 言いたいことは沢山あるのに言葉がつまって声が出すことが出来ないという感じで、ただ友沢を見つめるだけだ。

 

「……お前と、打者として戦いたかった」

「……え?」

「俺は肘を怪我した。そんな俺にお前は言ったな。僕をバットで援護してくれればいいと」

「うん、友沢に教わったこのスライダーを、"投手(ピッチャー)・友沢"が居た証拠にする。だから、友沢は僕をバットで援護して"打者(バッター)・友沢"として存在して欲しい、と」

「ああ、それを聞いて俺は嬉しかった。お前を親友だと思ったし、俺もそれで構わないと思っていた」

「なら、ならなぜ……!? なぜ野球部の無い恋恋高校なんかに……!?」

 

 久遠はトンボをへし折る勢いで強く握りしめる。

 そうか、あのスライダーは友沢のスライダーだったのか。道理ですごいスライダーな訳だ。

 親友でエースの座を競ったライバルが怪我をして投手を断念せざるを得ないと知って、更にそのスライダーを磨き上げた。

 ……共にエースを争った相手の存在した証拠であり、そして――その投手としての魂を継いだ事を他でもない、友沢に伝えるために。

 ……世界一のスライダーにするために、磨き上げたんだ。

 

「……」

「答えてくれ、友沢……! 僕は、僕は……お前が、僕に嫉妬したと思っていた! 僕の側に居るのが

 

辛いと……僕に、スライダーを教えたのを後悔、しているのかと……ッ」

 

 血を吐くように、久遠が言葉を発する。

 親友の魂を継いだつもりで磨いたスライダーが親友を傷つけているとしたら、親友が後悔しているとしたら、俺はどうしただろう。

 きっと久遠と同じように親友に固執したんじゃないだろうか。

 友達に怒りをぶつけるために、友達が昔のように戻ってくれることに一縷の望みをかけてわざわざ監督に頼み込んでこんな所まで来たんじゃないだろうか。

 久遠はうつむいて、友沢の顔が見られない。

 嫌われたというのを肯定されるのが怖いのか、俯いたままだ。

 

「だから、僕はお前に、"実力はその程度か"と言われたときに……分からなくなったんだ。お前は僕のことを、どう思っているのか……」

 

 そんな久遠の肩をつかむ。

 肩を掴まれて、久遠は顔を僅かに上げた。

 その久遠の瞳に、友沢の笑顔が映る。

 

「そんなわけないだろう。俺はお前を最高の親友だと思っている」

「ほ、本当か……?」

「ああ、そして――それと同時に、最高のライバルだと思っている」

「……ライバル?」

「ああ、投手として居るときは、同じチームに在籍し、高めあうだけで満足できていた。俺はお前にスライダーを教え、お前は俺に制球の仕方やスタミナのつけ方を教える。互いを高めあうライバルとして、同じチームに居るだけで」

「……じゃあ、なぜ……?」

「お前に言われて、俺は野球を諦めず打者転向した。その時はこう思っていた。"俺の志を継いだ久遠を、俺はバットで援護しよう"と。……だが、打者を続ける内にある欲求が沸き上がってきた」

 

 俺はその欲求を知っている。

 友沢も俺と一緒だったんだな。

 つまるところ――。

 

「お前と違うチームで、全力で戦いたい」

 

 俺が猪狩に覚えた感情と一緒だ。

 戦ってみたいんだ。一番近くで知っている好投手と、チームを分けた本気でぶつかりたい。戦いたい。そして、勝ちたい。

 

「恋恋に入った理由はとどのところそれだ。名門校に入って強いを倒しても面白くない。どうせなら野球部が無いところに入り、自分で野球部を作って名門校を倒し甲子園で優勝しようと思った。そのために、それなりに財力があり、なおかつ設備が整っていて大きなグラウンドがあるところを近場で探したら、この恋恋しかなかったんだ。……ま、同じ事を考えていた奴がいたようで、そいつに先を越されたが」

 

 友沢が俺をじろりと見る。

 うるせぇな、俺もお前も似たもの同士だろうが。それに結果的に野球部が出来たんだから問題ないだろ。

 

「……だが、黙っていてすまなかった。ずいぶん悩ませただろう?」

「…………バカか。僕は……」

 

 友沢の優しい言葉を受けて、久遠はその場に膝をついて崩れ落ちる。

 

「僕は、僕は最低だ……ッ! 親友の、一番の親友を信じられずに勝手に恨んでいただなんて……ッ、お前は真摯に僕と戦ってくれようとしていたのに……!! 僕が、一番友沢を信じなきゃいけないのに……! ごめん、友沢……ごめんっ……」

「謝ることはないさ。……スライダー。更に良くなってたぞ。だが、俺の打撃の方が上だったな。……"次は"勝つ。今日は引き分けだったからな」

「!」

「お前に会うとしたら、甲子園か」

「…………そうだね。うん、甲子園で、今度はお前には打たせない」

「ふ、では次は甲子園で二打席連発を狙うか」

「打てる物なら打ってみろ! そうだ友沢、スローイングが遅いぞ、外野は野手投げで素早く送球すべきじゃないか?」

「む、そうか。投手歴の方が長いからな……気をつけよう。そういう久遠、お前も、スライダーの投げ方を気をつけたほうがいい。スライダーは甘く入るとホームランボールだ。低めに投げるにはもっと腕をしならせる感覚を……」

「なるほど……」

「……ふ」

 

 技術交換が始まった久遠と友沢を放って、俺はトンボを片付けに倉庫に歩く。

 結局似たもの同士なんだな、友沢も、久遠もさ。

 トンボを片付けてグラウンドに戻ると、友沢と久遠の技術交換会は終わっていたが、久遠は入り口で待っていてくれた。

 つーかいいのかよ。遠征バスお前待ちじゃん。

 

「パワプロ、今日はありがとう。おかげで肩の荷が降りた気がするよ」

「パワプロって……はぁ、こっちこそありがとな。本当に今日の試合放送していいのか?」

「ああ、今日の酷い投球を反省点にして、次は甲子園で好投を見せつけるさ」

「そりゃありがとよ。これはもう明日には放送だからさ。良かったら見ろよ」

「うん、見るよ。……それよりも早川あおい、だっけ。いい投手だった。途中から速いシンカーとインハイのストレートを効果的に使ってたよね。おかげで三回から七回までヒット一本だ」

「ま、八回にスリーラン、九回にタイムリーツーベース打たれて結局同点だったけどな」

「あれはスタミナ切れだよ。早川さんはウチみたいな所謂強豪とは初めてだったろうしね。コントロールが乱れて甘く入ったからだよ」

「ま、そうだろうけどな。心配してねーよ、早川の事は」

「そっか。……ありがとう、おかげで僕も一皮剥けれそうだよ」

「自分で言うか?」

「あはは。……また甲子園で会おう。あかつき大が居る難しい地区だけどね」

「ああ、甲子園でな。……ま、大丈夫だろ。友沢が居るんだ。なんとかなるさ」

「たしかにね、友沢がいて、キミが早川あおいを上手にリードできたら行けるかも」

「かもじゃない、行くんだよ」

「頼もしいね。じゃあ、そろそろ行かなきゃ」

「ああ、またな久遠ヒカル」

「またね、パワプロくん」

 

 俺と久遠は別れを交わした。

 久遠がバスに乗り込んで、バスが発進する。

 そのバスが見えなくなるまで見送った後、俺は帽子のツバを握った。

 これで、きっと早川達も出場出来るようになるはずだ。

 次に必要なのは勝つこと。

 そのためには技術以上にまずスタミナが必要だ。

 ……こりゃ頑張るしかねーな。うん。

 独りごちて、俺は出口へと向かう。

 

「ぱっわぷっろくーん!」

 

 それと同時に、ドゴスッと俺の体に凄まじいタックルが叩き込まれる。な、なぜ……!!?

 げほげほげほっ! と激しく咳き込んでいると、俺にタックルをした人物――早川が割と本気で心配した様子で顔を覗き込んできた。

 ちなみに早川は既に制服に着替え終えている。やばい。ここで倒れたらいろいろ見えてしまいそうだ。

 

「ご、ごめん、そんなに痛がると思わなくて」

「や、だ、大丈夫だ。……どうした?」

「あ、あのねっ。ほら、ボク、今日新しい球使えるようになったじゃない」

「ああ、高速シンカーな」

「うん、だから高速シンカーの練習したいな、って。明日とか……駄目、かな?」

 

 手を前でくんで上目遣いでお願いしてくる早川。

 正直言えば、ぐっとくるほど可愛い。つーかかわいすぎる。これはやばいな……矢部くんならもう惚れてるレベルだ。

 早川ってめちゃくちゃ可愛いよな。野球も上手いし、モテるんだろうなぁ。

 ってそんなこと考えてる場合じゃない。今日早川は九回完投してんだ。そんなことしたら潰れちまうぜ。

 

「駄目だ。今日は一二七球投げただろ。肩休ませないといけないし。……お前が怪我したら終わりなん

 

だし、心配すんだからな。ムリすんな。練習は俺がしっかり指示するから、その指示通りに調整すること。いいな? 球数もしっかり指示するからな。それは絶対守ってくれよ?」

「し、心配……してくれるんだ?」

「? 当然だろ」

「そっか、うん、当然かぁ。えへ、えへへ、分かった。ちゃんと指示通りに調整するよ」

「うし」

 

 うん、聞き分けが良いな。早川も自分のポジションの重要さが分かってるんだろう。

 にしても、俺に調整を任せてくれる位信頼してくれるなんてな。……なんかすげぇ嬉しいぞ。

 猪狩なんか指示しなくてもバッチリ調整してきたからな。まあその猪狩に後学だ言われて投手の調整法教えてもらったのが役に立つんだ。文句はねぇけど。

 

「あ、あのさ、パワプロくん、ボクって明日どういう練習していいの?」

「あん? 今日は試合だったから、明日は練習無しでしっかり休息って感じだけど……早川は練習してぇの?」

「あ、う、うん。一日休むと取り戻すのが大変だろうし」

「いや、そりゃ連続で三日とかはやべぇけど、休むときはしっかり休んだほうがいいぞ。維持トレなら軽いチューブとかランニングくらいでいいし」

「分かってるけど……」

「ふーむ」

 

 早川としては休息よりトレーニングをしたいのか。

 うーん、ならどうするかな。ぶっちゃけトレーニングより休憩を優先して欲しいんだけど……。

 

「……あ、そうだ。なぁ早川」

「? なぁに?」

「もし良かったら、明日一緒に出かけないか?」

「……へ? い、いい、一緒? 一緒って、一緒ってもしかして、デ、デデ、デー……!?」

「ストップ! ストップですわー!!」

 

 早川が何か言いかけたとき、後ろから彩乃が疾走してくる。

 おおう、どうしたんだ彩乃。お前先に帰ったんじゃなかったのか。門限があるとかどうとかいって。

 

「あ、あぶ、危なかったですわ……! パワプロ様へのお別れの挨拶が済んでいないからともどってきて正解でした……」

「? 何が危なかったって?」

「い、いえ、ところでパワプロ様! 休日とは言えデートに早川あおいを誘うとは何事ですの? は、早川さんより、その、わ、私を……」

「いや、デートじゃなくてさ、マッサージ屋に行ったり、リフレッシュしながらトレーニングにもなる所に行こうかなと思って」

「……まぁ、そうだよね。パワプロくんなんだからそういう事だろうと思ったけどね。うん、ボク知ってたよ♪」

「そ、そうですわよね。パワプロ様がデートに誘うなんてこと、ありませんわよね♪」

 

 なんだなんだ。二人して笑いながらお互いの顔を見合わせて。俺の事は置いてけぼりか。仲良し二人組め。

 まあいい。そうと決まれば善は急げ。明日は早川と一緒にお世話になってる"あそこ"に連れていこう。

 

「んじゃ、早川。明日九時頃に恋恋高校の校門前で集合な」

「え?」

「だから、一緒に出かけようっていってんだよ」

「……うん、分かった。じゃあ九時にね、遅刻しないでよ?」

「善処する。……なんてな。大丈夫だよ」

「うん。じゃ楽しみにしてるね」

「おう。んじゃ帰ろうぜ」

「遅いでやんすよー!」

「速くしろ。置いていくぞ」

「はいよー! ほら、帰ろうぜ彩乃、早川」

「……そうですわね」

「うん。……ね、パワプロくん」

 

 早川がぴょんぴょんと跳ねるようにして数歩先に行き、くるりとこちらに振り返る。

 その拍子にふわりとスカートの裾が僅かに浮かび上がり、おさげがぴょこんと動いた。

 

「あん? なんだよ?」

 

 俺が荷物を持ったまま軽く返すと、早川はにこっと笑って。

 

「ボク、恋恋高校に入ってよかったよ」

 

 その笑顔や言葉には、文章にしきれない想いがこもっている気がした。

 色んな苦労をしてきて、

 色んな壁にぶち当たって、

 色んな挫折を味わって、

 色んな辛い想いをして、

 その道程、一つ困難を乗り越えて一段落した時に、こんなに可愛い笑顔を浮かべる事が出来たんなら――きっと頑張ったかいがあったんだと思う。

  

「――俺もだよ」

「うん」

 

 勿論、俺も頑張ったかいがあった。

 俺はそんなこと考えながら、早川と会話しつつ矢部くんたちと合流して途中の分かれ道まで一緒に向かう。

 今日の試合は早川や新垣、友沢、そして俺や矢部くん達、ついでに久遠を大きく前進させてくれるものになった。

 それならその勢いのまま前進していかねぇとな。

 


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