実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第二一話"十月三週"秋大会初戦 聖タチバナvsパワフル高校

           十月三週

 

 

 

 

 三年生が引退したことにより、二年生を中心とし一年生も入れたメンバーで試合を行う秋季大会。

 シード校をのぞく同じ地区の学校が優勝を目指し更にその先のセンバツ高校野球大会を目指して突き進む戦いが始まるのだ。

 この地区では直前の大会でベスト4に入ったチームがシードを得る。

 つまりパワプロ達恋恋高校はシード枠。登場は二回戦からだ。

 だがその以前にも熱い戦いはいくつも行われている。

 因縁があったりライバル関係があったり――部外者では計り切れない程熱い戦いがあるのだ。

 その中の一つ。この戦いにも深い因縁とライバル関係がある。

 パワフル高校vs聖タチバナ高校。

 その因縁の深さなんてものは当人達にしかわからない。

 けれどこの戦いにはきっと何か譲れないものがあるんだろうとパワプロは思った。

 

 

 

 

 スタメンが発表されるのを、俺は静かに座って聞いていた。

 いよいよ鈴本との戦いが始まる。

 それを意識するだけでずしりと重たいモノが肩にのしかかってくるようだ。

 

 一番セカンド原。

 二番センター篠塚。

 三番キャッチャー聖ちゃん。

 四番ショート俺。

 五番ファースト大京。

 六番サード大月。

 七番レフト中谷。

 八番ライト大田原。

 九番ピッチャーみずきちゃん。

 

 いつも通りの、ウチのベストメンバーで打順は組んだ。

 そのはずなのに相手が鈴本のチームだと意識するだけで自信が根こそぎ奪われていく。

 

 一番セカンド円谷。

 二番ショート生木。

 三番ピッチャー鈴本。

 四番ファースト尾崎。

 五番キャッチャー石原。

 六番サード横田。

 七番センター小木。

 八番ライト林野。

 九番レフト峰。

 

 パワフル高校のエースは手塚くんという選手だったが、好投手は言いがたい投手だった。

 それが鈴本が入ることによって劇的に変わった。元から好打者の尾崎くんとキャッチングとリードに定評のある石原くんに鈴本が入れば、そうやすやすと勝たせてはもらえない。

 それでも、勝つしかないんだ。このチームで甲子園に行くためには絶対に。

 

「試合が始まるぞ、春」

「なーに黄昏ちゃってるのよ。ほら、行くわよ?」

「ん、分かってる。さあ! しっかり抑えて攻撃につなげよう!」

 

 先攻はパワフル高校。うちらしい、守り勝つ野球で勝つ。

 みずきちゃんがマウンドに立つ。

 

『さあ、始まります秋季大会一回戦、パワフル高校対聖タチバナ高校。夏の大会はこの地区から出場しました恋恋高校が夏を制しました。さあ、この秋大会、選抜への切符を手にするのはどこの高校か!』』

 

 振りかぶり、先頭バッターの円谷くんに向けてサイドスローで腕を振るった。

 スパァンッ! と聖ちゃんのミットが素晴らしい音を立てる。

 調子は良さそうだ。この球ならそう簡単には崩れない筈。

 二球目は普通のスクリュー。ちょっと遅めだけど円谷くんは空振る。

 2-0から一球外角ギリギリにボールを外した。ストライクととっても良さそうなきわどいボールだったんだけど、ボールと取られたら仕方ないな。

 もう無駄球を使えないなんてことはない。みずきちゃんはスタミナ不足を克服した。エースとして必要な完投能力だって手に入れたんだ。

 それを生かしてあげたい。

 だから――

 

 キンッ! と円谷くんのバットがみずきちゃんのスクリューに当たって速い打球が飛ぶ。

 

「ショート!」

「っ!」

 

 俺の横、取れる。

 打球に飛びつく。

 ミットに強烈な衝撃が走るが構わない。落とすものか!

 ボールをこぼさないように俺は必死でボールを握る。

 

 ――俺は結果をだそう。みずきちゃんが勝ち投手になれるのなら、バッターでも内野手としてでも、全力以上のプレイをする!

 

『ファインプレー!! 痛烈な当たり横っ飛びでキャッチしました!! 夏の大会でも好プレーを見せた春! 秋になってさらにその守備力は高まったか!』

「アウトォ!!」

「ナイスキャッチだぞ春!」

「ま、春なら当然ね! でもナイスキャッチ!」

「うん。がんばろう!」

 

 聖ちゃんとみずきちゃんを始め、みんなが俺に声をかけてくれる。

 それに言葉を返しながら、みずきちゃんにボールを返した。

 みずきちゃんはそれを嬉しそうに笑いながら受け取る。

 ……俺はみずきちゃんに笑って欲しい。

 野球が出来ないと塞ぎ込んでいた時期を知っているから、尚更だ。

 だからこそ、みずきちゃんがずっと野球をできるようにみずきちゃんのお爺さんと約束した結果を残してみせる。

 そのためには絶対に勝たなきゃ。

 ワンアウトでバッターは生木くん。

 俊足巧打の打者って聖ちゃんが言ってたっけ。塁に出すと厄介だし、ミスしないようにしないと。

 

『さあワンナウトでバッターは二番生木。ミート能力には定評があります。四番につなげる為にも、パワフル高校ここでランナーを出しておきたい所! 逆に聖タチバナは裏の攻撃の為に三者凡退で抑えたい所です!』

 

 生木くんがバッターボックスに立つ。

 右ボックスに立つ生木に対してみずきちゃんがアウトコースからボールを投げた。

 

「トーライッ!」

 

 審判が右腕を上げる。

 後ろから見ていてもすごく際どいコースだ。あそこを審判に取らせるリードをしたいって聖ちゃんがいってたっけ。さっきの円谷くんへ対してのアウトローギリギリへのボールがこの球をストライクにしたってことか。

 審判にしてみればあそこがギリギリでボールだったんだから、ボール半個分それよりストライクゾーンに近く投げられればストライクと言わざるを得ないだろう。

 ボールと取られてもおかしくないコースを持ち前の角度とコントロールによってストライクにする。審判にこちらに有利な判定をさせる投球術――"レフェリーアドバンテージ"。

 鈴本の武器が剛球やナックルという投手能力なら、みずきちゃん達は鈴本に及ばない部分をクロスファイヤーとレフェリーアドバンテージといった投球術でカバーして有り余っている。

 結局生木くんはインハイのボールを打ち上げてキャッチャーのファウルフライで打ちとった。

 そして。

 

『バッター三番、鈴本』

 

 みずきちゃんたちが相対するのはかつてのチームメイト。

 鈴本大輔。

 バッターとしても高い能力を持つ鈴本が入る打順は三番だ。

 四番にはパワフル高校歴代最高打者と呼び声が高い尾崎が入っている。此処でランナーとして出せば鈴本は投手としてもリズムをつかむだろうし、四番に打順が回るのも分けたい所。しっかり打ち取らないと。

 みずきちゃんが初球を投げ込む。インをえぐるようにしてボールは低めに決まった。

 これで1-0。際どい所だけど角度が有る分ストライクになるんだよね。みずきちゃんの右打者へのインローって。 

 二球目は外へのクレッセントムーン。

 それを鈴本は、

 

 待っていたかのようにひっぱたく!!

 

「「っっ」」

 

 みずきちゃんと聖ちゃんが呼吸を止めたのは同時だった。

 振り抜かれた打球は俺の頭上へと飛び、そして、

 

 気づいたら飛んでいた。

 

 ドッ! と俺は仰向けに倒れこむ。

 いてて、着地はちょっと無様だったけどうまくキャッチ出来て良かった。

 ボールをマウンドにおいてベンチに走って帰ると、いつも通り皆が祝福してくれる。みずきちゃんにいたっては抱きついてきた。うう、い、色々と柔らかいなぁ。

 

「こ、ここ、こらっ! みずきっ!」

「ないすきゃっちだーりん! いやーキモが冷えたわー!」

「た、たまたま入っただけだよ。それより今度はこっちの攻撃だよ。幸先よく先制点をとろう! 原、頼むよ!」

「ああ!」

 

 原が頷いてバッターボックスに立つ。

 鈴本の決め球はナックル。ナックルは球速が遅いから盗塁はたやすい。いかにランナーを置けるかどうかが鈴本攻略の鍵だ。

 

『バッター一番、原』

 

 鈴本が石原からのサインを受けて頷いて振りかぶる。

 そして、

 

 ズドンッ!! という轟音に、誰もが言葉を失った。

 

 速い。

 

「ストラーイク!!」

 

 審判が手を挙げる。だがその審判に目をやるものはたぶん極少数の人達だけだったろう。

 バックスクリーンに目をやる。

 描かれた球速表示は一四九キロ。

 実際に打席で見たわけではないからなんとも言えないけど、ここから見た感じではストレートは猪狩くんと同等かもしれない。

 二球目に投じられたボールもストレート。

 膝元ギリギリに投じられたボールに、審判が再び手をあげる。

 追い込まれた。それもあっという間に。

 配球がどうのとかそういう問題ではないこの絶望感。猪狩くんに与えられたものと同じだ。

 そして、三球目。

 投じられたボールは――ナックル。

 原が途中で気づいてバットを止めようとするが、止まらない。

 ぐぐぐぐぐっと原のバットが後ろから押されているかのようにホームベースの上を通過した。

 

「スイング! ストライクバッターアウト!」

 

 審判が腕を上げてアウトを宣告する。

 今のナックルが一〇四キロ。

 球速差四五キロ。ストレートに狙いを張っていればバットは止まらないだろう。

 二番の篠塚に対しての初球。

 鈴本はもう一度、ナックルを投げる。

 低めに外れるボールだったが、それを見た篠塚は完全に鈴本の投球に飲まれてしまった。

 二球ストレートを振らされ、そして四球目の2-1からのスライダーに手が出ずに見逃し三振に倒れてしまう。

 鈴本の武器はコントロールだ。

 低め、特にコーナーに散らすのが抜群に上手い。下位打線じゃたぶん手も足もでないだろう。

 

『バッター三番、六道』

 

 そして、バッターボックスに聖ちゃんが立つ。

 ……彼女は、どれくらいこれを待ち望んだんだろう。

 ……いや、違うよね。聖ちゃん。

 聖ちゃんが本当に待っているのは――

 

 キンッ、と聖ちゃんが内角高めのストレートを打ち上げる。

 サードの尾崎がそれをしっかりと掴んで、スリーアウトチェンジになる。

 鈴本は聖ちゃんに向けてにっこりと微笑んだ後、石原とタッチしてベンチへと戻っていった。

 

 ――本当に待っているのは、あの石原のポジションに自分が付くことだよね?

 聖ちゃんが戻ってきて防具をつけ始める。

 俺は頭を振ってショートへと飛び出した。

 そんなこと考えなくてもいい。

 "俺のせいで鈴本と聖ちゃんがバッテリーを組めなくなった"なんてこと、考えなくていいんだ。

 二回の表は尾崎くんから。

 一発を注意していけば今日のみずきちゃんなら連打される確率は低いはず。

 飛んできたボールは全部取ってやる。さあ、来い!

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

「……鈴本、か」

「知ってたのか? 東條」

「……俺と猛田の幼なじみだ。……頭部に打球を受けて病院に行く為に東京の中学校に引っ越した。そこで一時期野球を辞めていたと聞いていた」

「野球を辞めていた? そうとは思えねーボールだな」

「……ああ、実際は試合に出れなかっただけでトレーニングは欠かさずやっていたらしい。中学校三年の夏に完治し、また野球を始めたと言っていた。こちらに戻ってきた理由は此処に来なきゃいけない理由があるからだそうだ」

「やけに詳しいな? 仲良いのか?」

「……はぁ、パワプロ、お前忘れたのか?」

 

 東條がジト目で俺を睨む。

 ……あ、そうだった。こいつ元パワフル高校じゃん。何言ってんだ俺。

 スタンドの一角で、俺と東條はパワフル高校と聖タチバナの試合を観戦していた。

 最初はデータ集めで俺だけが来るつもりだったんだけど、東條が珍しく自分も行きたいっつったからな。普段なら一人で行く所を東條も連れて来たんだが、やっぱりそういう因縁ってのがあったのか。

 炎天下の中グラウンドを見下ろす。

 

「そうだったな。……お前がハブられんの止めてくんなかったのか?」

「……鈴本が越してきたのは夏に入ってからだ、その時にはもう孤立していたからな。その状態をひっくり返すのは難しいだろう」

「まあ、確かに。入学式から二、三ヶ月後っつったら大分人間関係形成されてるもんなぁ」

 

 その後にぽんっと入ってきて状況を打開する、なんて真似できるわけがない。東條は結局こっちに来るしかまともに野球を続ける方法はなかったってことだ。

 まあ俺にとってはラッキーか。この幸運はありがたくいただいておこう。

 

「……だが」

「ん?」

「……どうやら鈴本は、俺が出来なかったことをやったらしいな」

 

 東條が溜息を吐きながら鈴本に目線を下ろす。

 ……確かにそうかもしれない。何があったかはわからないがパワフル高校は鈴本がエースになった後明らかに野球の質が変わったように思う。それもいい方向に。

 ただ、

 

「それが鈴本一人の力とは限らねーよ」

「……どういうことだ?」

「お前が変えたのさ。パワフル高校を」

 

 きょとん、と東條が目を丸くして俺を見る。

 俺はにっとそんな東條に笑みを返す。

 

「他人に嫌われようが必要だと思うことをお前は一人でもして見せてた。それを見てた同級生に火をつけてたってことだ。その証拠に今までの上級生がいなくなってからパワフル高校はチーム力がアップした。そこには確かに鈴本の力も合ったかもしんねぇ。けど、今チームの中心になってる二年は同級生でひたすらに突き進んでたお前の背中を見てた筈だ」

 

 その時には何も言えなかったとしても、

 その時には何も出来なかったとしても、

 その時には何も変わらなかったとしても、

 東條の行いや言動はそう簡単に忘れられるものじゃない。

 鈴本の何かが行動を起こさせる起因になったのかもしれない。

 けど、根っこの部分でアイツらをいい方向に変えるきっかけを作ったのは他でも無い東條だ。

 

「今はお前は俺達恋恋の主軸だし、チームメイトだ。けど、パワフル高校に入ったのが無駄だったって訳じゃない。――お前はパワフル高校を変えたんだよ」

「……そう、か。……だとしたら、良かった」

 

 東條は初めて優しく微笑む。

 いつも無表情な東條のこんな顔は初めて見た。

 こいつの中ではやっぱりパワフル高校に自分が混乱を残したのではとか色々心配だったんだろうな。

 だろ? と俺が笑って言うと東條はこほん、と咳払いをして、

 

「……これは確かに、女性だったら惚れているな」

「一体何の話だ!? 俺にそっちの気はないぞ!」

「……いや、俺にも全く持ってないが、お前が早川に好かれている理由を認識しただけだ。すまないな。今まで野球のこと出来ない能なし……いや、脳なしだと思っていた」

「お前ひでぇぞそれは! 生涯今までで一番傷つく言葉だわ!」

 

 ハハハ、と笑う東條をぶん殴りたくなる衝動を必死で抑えつつ俺はぐううううと頭を抱える。

 くっ、もしかして矢部くんとか友沢にもそう思われてる……!? だとしたらこの間のテスト勉強の時はその疑いを更に深くしたというのか! ちっくしょー! もっと真面目に授業聞いて賢い所を見せれば良かった!

 

「……それにしても、因果な事もあるものだな」

「ぐうう、何がだよ……?」

「……いい加減落ち込むのをやめろ。……鈴本の頭部に打球を当てたのはあの春だ」

「……へ?」

「……更にその時キャッチャーをやっていたのが六道聖……あの捕手だ。すごく仲が良かったと言っていたぞ」

「へぇ、つーことは何か? 六道と鈴本はいいバッテリーだったのか」

「ああ、そうだ。同じチームで紅白戦をやっている時、鈴本のボールを春がセンター返してそのボールが鈴本の頭部に直撃した。その結果鈴本は引越して六道とのバッテリーは解消された。鈴本から聞いたが、あの春もそれが原因で一時期野球を辞めていたようだ」

「へー……」

 

 妙な因果があったもんだな。それがなんでか春は野球に戻り六道と同じチームになり、鈴本は別チームで今試合をしてるのか。

 ドラマみたいだな。

 

「……だからかな」

「何がだ?」

「鈴本が戻ってきた理由だよ。此処でなきゃならない理由……春と戦う為だろ?」

「……だろうな」

「春も意識してる。あのヤローはプレッシャーを感じれば感じるほど調子が出てくるタイプだからな。一回の好守見ても気合入ってるぜ」

「……確かにそうだろう。……パワプロ、お前はどちらが勝つと思う?」

「チームの話か? それとも個人の話か?」

「……ふん」

 

 俺が茶化すように言うと東條は鼻を鳴らしてグラウンドに目を落とした。

 こいつも鈴本のことが気になるのかも。幼なじみっつってたしライバル同士なんだろうし。

 "パワプロ、お前はどちらが勝つと思う"?

 そんなの、決まってんじゃねぇか。

 強い方だよ。

 

 尾崎、石原、横田を橘はゴロに打ち取り二回表が終わる。

 二回裏の先頭バッターは春からだ。

 春は初球、鈴本のストレートを見逃した。

 猪狩のストレートに比べて球威もスピードも控えめだが、その分鈴本は制球力がいい。

 今のストレートも外角ギリギリだ。橘が創りだした"安全かつ確実にストライクを取って貰える"コースを逆に利用している。

 橘はスピードがない分角度とそういった投球術を使って投球を組み立てるタイプだ。

 鈴本はそれを読みきった上で利用している。審判はあくまで公平。ストライク判定をした所にボールを投げ込めばそこはストライクなのだから。

 

(それに気づかなきゃ無為にストライクを稼がせるだけだぞ春。――そこを"安全"で無くさないと勝機はないぜ)

 

 逆に言えば利用されてるのをプラスに使うことだって出来る。

 "カウントを取りたい、なおかつ絶対に打たれたくない場面"で外角低めに投げ込まれるボールは十中八九あのコースへのストレートだろう。

 二球目を春が打つ。

 ナックル。ストレートの後に緩急をつけた魔球と呼ばれるそのボールを春は打ち返したが力の無いゴロとなって鈴本が捕球する。

 ファーストに投げられてこれでワンアウト。

 

「……鈴本は厄介だな」

「ああ、制球力はあるし球速も一四九キロ出てる。ナックルも天下一品だし、スライダーも猪狩レベルではないにしろ一級品だ」

 

 この試合で大事なのは先制点。此処までお互いの投手の出来がいいと先に点を取られた方は一気に流れを失うだろう。

 下手をすればそのまま1-0で試合がつくかもしれない。

 ポイントは後半戦に入ってからだろう。まだ一回戦目だしスタミナは十分に残ってる筈だからな。

 ……八回くらいが一番危ないか。最終回一歩手前で一番疲れる回だからな。……がんばれ。春。もう一度戦うんだろ!

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 迎えた七回。打順は円谷くんからだった。

 それまで快調なペースできていたみずきちゃんの外角へのボールを円谷くんがヒットで出ると、生木くんがたたみかけるようにヒットエンドラン。大きく開いた一二塁間をボールが抜けて一、三塁。

 そして、鈴本の打順。

 ノーアウト一、三塁。外野フライでも先制点のこの場面……聖ちゃんが出したサインは内外野共に前進守備だった。

 鈴本の投球を鑑みれば一点でも致命傷になるかもしれない。

 ――けど、前進守備はヒットゾーンが大きく広がる。

 一点でも致命傷になるかもしれないけれど、二点目はどうみたってデッドゾーン。鈴本は決して打撃は弱くない。寧ろ勝負強さで言ったら強いと言えるくらいだ。

 

「……みずきちゃん、大丈夫?」

 

 マウンドに集まって俺が声をかけると、みずきちゃんは汗を拭いながら当然! と力強く頷いた。

 今日もまた此処まで援護点を上げれてない。

 打撃が弱いのは一〇〇も承知だ。でも、これじゃあみずきちゃんへの負担が大きすぎる。

 ……今悔やんでても仕方ない。今はこのピンチを切り抜けないとね。

 

「前進守備で行く。鈴本の投球は凄い……一点でも取られたら終わりだ。みんな頼むぞ」

「聖。本当に前進守備でいいの? 鈴本くんの勝負強さは……」

「わかっている。だが鈴本相手に消極的になってはいけないぞ。ここは攻撃的に行く」

「……わかった。みんな、絶対守ろう」

 

 俺が声を上げると皆が大きな声を出して散らばっていく。

 "鈴本の投球は凄い"。

 聖ちゃんはやっぱり鈴本を大きく意識してるみたいだ。……前進守備は打球が早く来る。いつも以上に集中するぞ。

 初球から来るからな。

 みずきちゃんが腕をふるう。

 クレッセントムーン。

 それは名前の通り綺麗な弧月を描く。

 それを迎え撃つように鈴本はバットを一閃した。

 ギャインッ!! と凄まじい音を立ててボールがファールゾーンへと突き刺さる。

 フルスイング。まるで知っていたかのように迎え撃った。

 次のサインはインコースへのストレート。

 パァンッ! と音を立ててボールがミットに吸い込まれるが判定はボール。

 ストライクと取ってもらいたかった所だけれど、これで1-1。

 三球目、アウトローへのゆるいスクリューを鈴本は見逃した。

 

「ボールッ!!」

 

 遅い分低めに落ちすぎて外れた。クレッセントムーンだったらストライクだったかもしれないけどこれは見せ球だ。

 1-2からの四球目、再びインサイドへのストレート。

 バシンッ!! と先ほどからボール半個分程内側に入るストレートを聖ちゃんが捕球する。

 

「ストラーイク!!」

 

 2-2、追い込んだ。

 此処まで外ベルト高へのクレッセントムーン、インコースへのストレート、外低めへのスクリュー、インコースへのストレートという順番でボールを投げさせている。

 横の広さを使うなら次に投げる球は外へのボールだ。

 聖ちゃんが外に構える。球種は――ゆるいスクリュー。

 ストライクゾーン広く使い、なおかつ緩急をつけたスクリューで打ち取るつもりだろう。

 みずきちゃんが頷いてボールを投げる。

 次の瞬間、鈴本のバットが一閃された。

 取る。

 俺が思ったのはそれだけだった。

 遅れてッキィィンッ!! という快音が響き渡る。

 ズザザッ!! とマウンドの後ろでスライディングし、立って一塁と三塁を見る。

 一塁ランナーも三塁ランナーもベース上に戻った所だ。

 それを確認してグローブに視線を落とす。

 ボールにしっかりついた打撃痕。

 

『ふぁ、ファインプレー!! センターへ抜けるかと思われたピッチャー右への当たりをショート春がダイビングキャッチー! 鈴本呆然! ショートの春を見つめる事しか出来ません!!』

 

 それをユニフォームで拭いながらみずきちゃんにボールを返す。

 みずきちゃんはビッと親指を立てて笑ってくれた。

 

『バッター四番、尾崎』

 

 ワンアウトになったことでシフトはゲッツーシフトへと変更になる。ゴロで併殺をとれれば無失点で乗りきれるぞ。

 みずきちゃんが初球を投げる。

 それと同時、ファーストランナーの生木くんがスタートした。

 

「スチール!!」

 

 叫びながらベースカバーに入るが、投じられたボールは外角低めへのゆるいスクリュー、これじゃ投げてもアウトに出来るはずがない。

 これでワンナウト二、三塁。一打で二点入る確率まで出てきた。

 今のスチールは読まれてたんだ。犠牲フライも打って欲しくない場面なら初球は外角低めの、飛ばしにくい緩い球で来る。それを読んでスチールした。

 夏までのパワフル高校だったらしなかった野球なのに、此処に来てこの流れはまずい。

 はぁ、とみずきちゃんは深く息を吐いて再びセットポジションに戻る。

 投じられた二球目はアウトサイドへのストレート。

 クロスファイヤーで遠くに投じられるストレートを尾崎くんは、

 

 バットを投げ出す一歩手前というほど体を崩し、ボールを打ち上げた。

 レフトへとボールが伸びる。

 フェアゾーン……ゆっくりと落ちてくるボール。サードランナーの円谷くんは俊足。

 とった瞬間、走者がスタートした。

 捕球した中谷がホームへと送球する。

 帰ってきたボールが聖ちゃんのグローブへと収まるその僅か前に、円谷くんの足がホームをかすめた。

 

「セーフ!!」

 

 審判が両手を大きく広げるのが見える。

 聖ちゃんがサードベースを見るが、サードベースにはすでに生木くんが到達していた。

 ――先制犠牲フライ。なおもツーアウト三塁のピンチ、バッターはクリーンアップの石原。

 ぐっ、と聖ちゃんが悔しそうにボールを握り締める。

 この先制点は、何がなんでもやりたくなかった。

 今聖ちゃんは塁を埋めればよかったと悔やんでいるのかもしれない。

 ……間を取らないとこのままじゃ打たれる。なんとか聖ちゃんとみずきちゃんの頭を切り替えないと……。

 

「……た」

「タイム!」

 

 俺が審判にタイムを告げようとした瞬間、みずきちゃんが大きな声でタイムを要求した。

 審判たちが頷いたのを見て、俺達はマウンドに移動する。

 さすがみずきちゃん、嫌な空気なのを感じて流れを変えるためのタイムだ。

 

「すまん、尾崎は敬遠だったな……」

「完璧に打ち取ってた。この一点は仕方ないよ、切り替えよう」

「しかしだな……」

「駄目よだーりん。そんなんじゃ聖はすっきりしたりしないわよ。それにあたしだってモチベーションダダ下がりだしさー」

「うぐ……じゃあどうすればいいかな……?」

「私に任せなさい」

 

 みずきちゃんがにっこりと八重歯を出していたずらっぽく微笑む。

 ……こういう顔をする時のみずきちゃんはロクな事を考えてると思えないんだけどなぁ……。

 でも俺に何か意見や方法が有るわけじゃないし、みずきちゃんに任せよう。

 なんてことを考えていたら、みずきちゃんはこほん、と咳払いをして、

 

「私、春くんが大好き」

「……んなっ!!?」

 

 とんでもない爆弾を投下した。

 

「な、なんやってー!!?」

「みずきさん、マジっすか?」

「……うん、ホント、だよ」

 

 大京、原までもがポカンとした表情で俺とみずきちゃんを交互に見つめる。

 爆弾を投下した本人であるみずきちゃんはこちらをちらり、と横目で見て、目が合うなり頬を染めた。

 ……な、なんてことを言うんだみずきちゃんは! 冗談でも言っていい事と悪いことが……!

 ……はっ、まさかみずきちゃんはわざととんでもないことを言って頭を一度真っ白にさせてリフレッシュさせようとしてるんじゃ。

 なるほど……確かに俺も驚いて一瞬頭が真っ白になっちゃったし、これなら聖ちゃんだって一瞬試合の事が頭から飛ぶ筈だ。その証拠に聖ちゃんは金魚みたいに口をパクパクさせている。

 

「だから」

 

 冗談だけじゃ足りないと判断したのか、みずきちゃんはじっと聖ちゃんの目を見つめて、

 

「迷ってると(・・・・・)遠慮無く(・・・・)貰っちゃうわよ(・・・・・・・)」

 

 ……? どういう意味だろう?

 俺がその言葉の真意をわからないで居ると聖ちゃんはぱくぱくと口を開閉するのをやめて、じっとみずきちゃんを見つめて一度だけこくんと頷いた。

 

「よし、じゃ戻って戻って! ……絶対に抑えるわよ。だーりん」

「あ、うん。わかった。がんばろうね。みずきちゃん。……あと、ナイス冗談。聖ちゃんリセットしてくれてありがとう」

「……聖の為だけじゃないし……冗談じゃないんだけどね」

「え? なんか言った?」

「負けるなんて冗談じゃないっていったの。ほらほら、集中!」

「了解!」

 

 さすがみずきちゃんだ。頼りになるな。

 守備位置に戻る。

 聖ちゃんは迷わずインサイドに構えた。

 みずきちゃんもそれに頷いて、ボールを投げた。

 投じられたボールはインサイドへのストレート。

 石原くんはそれを迎え撃つ。

 ッキンッ! と乾いた音を立ててボールは飛ぶ。

 みずきちゃんが上空を指さした。

 それに従ってサードの大月がファウルゾーンに出て捕球体勢を取る。

 

「アウトォ!!」

 

 落ちてきたボールを大月がキャッチしたのを見てみずきちゃんはぐっとガッツポーズをとった。

 これでスリーアウトチェンジ、一点ならなんとかなる!

 八回裏の攻撃は原から。一番の好打順だ。絶対に逆転するぞ。

 

「ナイスピッチ、みずきちゃん」

「うん。どういたしまして。ってまだ一回あるけどね。や、もしかしたら二回とか三回とかもかな?」

「……ううん、後一回で終わらせるよ。もちろん、俺達の勝ちでね」

「うん、わかってる。……頼りにしてるよ。ダーリン」

 

 みずきちゃんがにこっと微笑む。

 ……可愛い……あの告白が冗談じゃなかったら良かったのにな。

 そうだ。聖ちゃんにも声かけとかないと。よくピンチを抑えてくれたしね。

 聖ちゃんを目で探す。

 聖ちゃんは防具を早々と外し、ベンチの前でグラウンドを見つめていた。

 声をかけようと思い近づく。

 次の瞬間、キンッ! と快音が響いた。

 原が出塁した!

 これでこっちは四本目のヒット! 先頭打者の出塁は初めてだ!

 よし、それじゃあ篠塚に送らせて……。

 サインを出しおわって聖ちゃんに声をかけようと思ったら、聖ちゃんはすでにネクストに座っていた。

 ……仕方ない、帰ってきてからでいいか。

 篠塚がバットを寝かして鈴本の投球を待つ。

 ナックルはバントしにくい球だけれどこの場面でナックルはない。原にスタートを切られて二塁に盗塁成功になるのが一番厄介だからだ。

 だから此処はストレートかスライダーで来る筈。

 その二球なら、猪狩くんを見たウチのメンバーならバント出来る!!

 

 キンッ! と篠塚がうまく転がす。ボールは三塁線へと転がった。

 

 尾崎くんが全速力で捕球しに行き――見送った。

 切れるという判断で見送ったボールはライン上でぴたりと静止する。

 

「セーフ!!」

 

 審判が大きく腕を広げた。

 よっしっ!! ラッキーヒットだけど二本続いた! ノーアウト一、二塁でクリーンナップ、大チャンスだ!

 聖ちゃんはぷしゅーとすべり止めを塗ってからバットを握りしめる。

 決めちゃうくらいのつもりで振っていい。全力で行け! 聖ちゃん!!

 聖ちゃんはネクストをそっと後にし――こちらへ数歩近づいた。

 ベンチの中に座る俺を見つめた後、みずきちゃんに目をやる。

 ? 何か忘れ物をしたのだろうか。ヘルメットもバッティンググローブもしてるし……。

 そして聖ちゃんは、すぅ、と軽く息を吸って、

 

「わたしは、春が好きだ」

 

 ――目を潤ませて、爆弾を投下した。

 ……え? どういう、こと?

 聖ちゃんは鈴本のことが好きな筈なのに、あれ?

 それにその台詞を俺にじゃなくて、みずきちゃんに……? …………あ、なるほど、さっきの冗談のお返しか。

 そうだよね。聖ちゃん。……そうだと、言ってよ。聖ちゃん……。 

 

「……知ってたわよ」

「うむ」

「もう良いの?」

「ああ、もう良いんだ。目が覚めた。……私は打つ。だから、見ていてくれ。春」

 

 みずきちゃんは微笑み、聖ちゃんは俺を見てそういった。

 俺はどうすれば良いのか分からない。でも。

 

「うん、見ているよ。聖ちゃん」

 

 そう答える。

 

「うむ。私は春が見てくれているなら、頑張れる」

 

 そうして、聖ちゃんは嬉しそうに微笑んでバッターボックスへと向かった。

 俺には何が起こったのかはっきりとはわからない。どうしていきなり告白してきたのか、チームメイトにも聴こえるように言ったのかすら定かじゃない。

 でも、聖ちゃんはそんな嘘は言わない。

 冗談のお返しとか緊張を解すために言ったとかそんなことをする子じゃないんだ。

 だから今の言葉は本心なんだろう。

 ……じゃあ、今まで聖ちゃんが鈴本に抱いていた感情はなんだったんだろう?

 

「キャプテン、ネクスト」

「あ、ああ、うん」

 

 大月に急かされてネクストバッターズサークルに移動する。

 ネクストに座ってバットの準備をしながら聖ちゃんの後ろ姿を見つめた。

 鈴本が投げる。

 球種は――ナックル。

 聖ちゃんは動じない。

 そのボールを呼び込むようにして、初球からフルスイングするだけだ。

 ッカァアンッ! と快音が響き渡る。

 打球はファーストの頭の上を超えた。

 ランナーが走る。原がサードを蹴りホームに戻ってくる。

 打った聖ちゃんはセカンドへ向かい――セカンドへ到達した。

 ファーストランナーの篠塚もホームに戻ってくる。

 ボールが帰ってくるが一足遅い。篠塚はホームを駆け抜けた。

 

『逆転! 逆転タイムリーツーベース!! 三番六道聖の逆転タイムリーツーベース! 六道、セカンドベース上で静かにガッツポーズをとります!』

 

 聖ちゃんが満面の笑みを俺に向ける。

 鈴本ではなく、俺に。

 鈴本はそんな様子を見て少しだけ悔しそうな顔をして帽子を深くかぶり直した。

 二対一、逆転。なおもノーアウト二塁でバッターは四番の俺。

 ……バッターボックスに向かいながらスタンドを見渡す。

 俺は今までどうやって集中していたっけ。聖ちゃんに告白されてからやけに落ち着かない。

 色んな人がいるなぁ。ブラスバンド、応援団。そして――

 

 ――パワプロくん。

 

 パワプロくんはじっと俺を見つめている。

 一打逆転したのにまるで逆転するのは想定内だったと言うかのように冷静な瞳で、俺を。

 ……俺はパワプロくんと戦いたい。戦って勝ちたい。

 

 セカンドベース上に目をやる。

 

 聖ちゃんが少しだけ心配そうな顔で俺を見つめていた。

 自分が告白したことで俺が動揺していないか心配しているんだ。

 俺が野球を辞めていた時も聖ちゃんは一生懸命誘ってくれたっけ。一緒に野球やろうって。

 俺が野球に戻ってきたことを一番に喜んでくれる、俺と一緒に野球を出来ることを嬉しいと言ってくれる素直で頑張り屋さんな彼女のためにも勝ちたいんだ。

 

 ベンチに目をやる。

 

 チームメイトが一生懸命俺にエールを送ってくれている、その奥。

 みずきちゃんがパワリンを飲みながら俺をじっと見つめている。

 俺のわがままを聞いて戻ってきてくれた。

 全然援護点を上げれないのにそれでも泣き言も文句すら言わずにエースとして俺達を引っ張ってくれた女の子。

 悪戯好きで人をパシリ扱いしたりするけれど、本当はすごく優しくて一生懸命な彼女のためにも勝ちたいな。

 ああ、そうか。

 どうやって集中するかなんて単純な事なんだ。

 勝ちたい。その一心になるだけでいい。

 その一心になるだけで、俺は――

 

 ――集中出来る。

 

 

 

 

 音が消えた。

 

 

 

 

 不思議な感覚。

 スタンドの喧騒や応援はそのままなはずなのに、それが聞こえない。

 有るのは鈴本と俺だけ。

 鈴本がボールを投げる。

 コマ送りのように飛んでくるボール。無回転ではなく強烈なバックスピンが掛かったストレート。

 俺はそれを向かってバットを振り出す。

 その瞬間、ボールは確かに止まったように見えた。

 コースは外角低め、みずきちゃんが創り上げた安全地帯にストレートを投げ込んでる。

 さすが鈴本、寸分の狂いもない見事なコントロールだ。

 でも、来るコースと球種がわかっているなら。

 

 音は聞こえなかった。

 ただ感じたのはずしりと重いバットがボールを捉えた感覚。

 振り抜く。

 ボールはピンポン玉のように飛んでいった。

 ライトの頭上を超える。ボールがフェンスにぶつかる。

 聖ちゃんがホームを踏んだのを確認して俺はセカンドを蹴り、サードへと滑り込んだ。

 

『春のタイムリースリーベース!! この回三点目ー!ここまで好投の橘に応えました! 四番春涼太! これで点差は二点! 聖タチバナ、一気に試合をひっくり返した―!』

 

 ガッツポーズをしながらみずきちゃんと聖ちゃんを見る。

 二人は何かを確かめ合うように頷き合って俺に微笑んでくれた。

 

 

                       ☆

 

 

「春はあのコースを打てるようになったのか」

「……わかってても難しいコースだ。特に一四九キロのストレートなら振りまければ内野を超えないだろう」

「それをライトオーバーか。今までの春なら打ち上げてただろうけど、覚醒しやがったな。にしてもチャンスで長打か……クラッチヒッター顕在だな。集中力がすごいぜ」

「ああ、それまで不安そうにキョロキョロしていたと思ったが……あの一瞬で集中状態に入ったようだ」

「意図的にそれをやったんなら大した奴だぜ」

 

 結局あのあと、大京が犠牲フライを打ち4-1。聖タチバナは勝負を決めた。

 今は九回表、あと三人で聖タチバナの勝利だ。

 

「よし、帰るか」

「……最後まで見ていかなくて良いのか?」

「ああ、いいよ。もう試合は決まっただろうしな。それより、対策をしなきゃやばそうだ」

 

 俺が言うと東條はベンチに座る鈴本を一瞬だけ見つめた後「そうだな」と呟いて席を立った。

 ……しかと見届けたぜ春。お前達の成長をさ。

 でも優勝は渡さないぞ。なんてったって二回戦の相手は俺達なんだからな。

 

 

 

 

「ゲームセット! 4-1! 聖タチバナ!」

 

 審判が勝利を告げる。

 九回表をみずきちゃんが三者凡退に抑えて試合は終わった。

 

 パ 000 000 010

 聖 000 000 04×

 

 良くを言えば早めに先制点を取ってあげたかったな。

 でも相手も凄い奴だったんだから仕方ない。なんてたって、あの鈴本だったんだから。

 

「や、春」

「……うん、いい勝負だったね」

「ああ、久しぶりにお前と野球出来て良かったよ。……それから、みずきちゃんと、聖も」

「私はついででしょ? ほら、ひーじり」

「ぬぬわっ」

 

 みずきちゃんがにやりと笑って聖ちゃんの背中を押した。

 わたわたと腕をふるいながら聖ちゃんは二、三歩鈴本に近寄った。

 聖ちゃんと鈴本はお互いに見つめ合い、鈴本は頬をポリポリ掻き、聖ちゃんはもじもじと指をいじる。

 

「……聖、その、楽しかった。……高校が終わったら、また一緒にバッテリーを組もう」

 

 鈴本が微笑んで聖ちゃんに握手を求めるように手を差し伸べる。

 それを見て聖ちゃんは笑った後、

 

「鈴本。それは約束出来ないぞ。……私は、春と一緒に野球をしたいのだ」

「……そうか。知ってたよ」

 

 腕を降ろして鈴本は俺を見る。

 そして寂しそうに笑った後、踵を返して歩いていった。

 

「……その、よかったの? 聖ちゃん」

「む、春。……うむ、いいのだ。……私は迷っていた。鈴本とももう一度バッテリーを組みたかったのも本当だ。でも」

「でも?」

「それよりも大切な事を私は自分で選んだ。悔いはないぞ」

 

 にこっ、と聖ちゃんが満面の笑みで微笑む。

 それは小学校の時から中学校まで、あの鈴本に対して打球を当ててしまった時まで見ることができていた聖ちゃんの笑顔だった。

 

「そっか」

「う、うむ。……だから、その、春にも、前のように聖と呼び捨てで――」

「だーりんっ、勝ったけど反省点あるでしょ~? 早くミーティングしたいんだけど~?」

「おわわっ、みずきちゃん。わかった。じゃあ聖ちゃん。行こう」

「~~~~っ! み、みずきっ! お前は! どうしてっ! 邪魔をするのだっ!」

「あったりまえでしょー? "ライバル"に塩を送ってあげるのは確執が解けるまでに決まってるじゃない。寧ろお礼を言ってほしいくらいよー?」

「なっ……! じょ、冗談じゃなかったのか……!?」

「最初はそのつもりだったけど――」

「だったんだけど?」

「途中から本気になってたの。あの告白だって春くんは冗談だと思ってるっぽいけど本気だからね?」

「な、ぐっ……そ、そんな理由で納得できるかっ! わ、私は小学校の時から春のことをだな……!」

「どっちが早く思ってたかどうかなんて関係ないでしょ? ……結局のところ、春くんを落としたら勝ちなのよ」

「オトすっ!?」

「ふふん。聖、負けないわよ?」

「……わ、私だって負けない! 絶対に負けないからなっ!」

 

 わーわーと言い合いながら聖ちゃんとみずきちゃんはベンチ裏へと下がっていく。

 それを苦笑して見送りながら、俺はもう居ないパワプロくんの座席を見た。

 次の試合はパワプロくん達恋恋高校。

 ……練習試合を除けば約一年ぶりの戦いになる。

 今年の夏の覇者相手だけれど負けないよパワプロくん。

 自分に言い聞かせるようにしてグラウンドを後にする。

 ――次の試合も熱くなりそうだ。


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