実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
八月二週
みんみん、とセミが鳴く中、甲子園に俺達は足を踏み入れる。
帽子をかぶって暑そうにする聖ちゃんに、ぐったりとした様子のみずきちゃん、他のメンバーも疲れた様子でぞろぞろとお目当ての席に向かって歩き出してる。速いなぁ。
「暑いぞ……」
ぐったりとした声色で言いながら、聖ちゃんがくいくいと俺の袖を引っ張る。
ううん、暑いのは俺も一緒だからね……バテバテなのは仕方ないかな。
「仕方ないよ聖ちゃん。夏だもの。俺も暑いから、がんばろう」
「うむ……」
「にしても練習ほっぽりだして応援って、あたしたちそんな余裕あったっけ?」
「まあまあ、甲子園に行ったチームの応援ってのも参考になることが多いよきっと」
「そうだけどねー」
「それにほら、あっちには猪狩守がいるし、あっちは帝王実業の山口だよ。……もしかしたら、"あいつ"も居るかも知れない」
俺が呟くと、今までぐでっていた聖ちゃんがシャキン! と立ち上がってキョロキョロと当たりを見回し始める。
あいつの事となると聖ちゃんの反応が違う。いつも凛としている聖ちゃんが――まるで好きな相手を目で追いかける、女の子みたいだ。
「みずきちゃん、聖ちゃん、座るよ?」
「うん、にしても、やるわねーあおいにあかり」
「う、うむ。……さすがにあのあかつきを倒しただけのことはある」
座って、バックスクリーンに目をやる。
さわやか波乗り高校vs恋恋高校、甲子園大会三日目第二試合。
すでに試合は終盤――止まないブラスバンドの中、俺達はそのスコアを目に刻みつける。
波 000 000 00
恋 221 030 02
キィンッ!! と快音がこだまする。
「抜けた」
となりの聖ちゃんが呟くように言った。
バッター四番、友沢くんの放った打球。
痛烈なライナーはセンター、ライトの間を破り転々と転がってフェンスに直撃する。
その間にセカンドに居たパワプロくんがホームに帰る。
セカンドベースを友沢くんは思い切り蹴ってサードベースへ滑りこんだ。
一一点目となるタイムリースリーベース。七回裏の部分が三の文字へと変わる。
「攻めは悪くない。一四三キロのストレートをアウトローへ投げた。……しかし、それをいともたやすく弾き返される……攻略の仕方が分からない嫌な打者だな」
「そうねぇ。でも勝つためには攻略方法を見つけ出さないと。ってかまだワンアウトじゃない。ケータイで速報見よ。えっと……この回の攻撃のワンアウトって、あおいのバントだけじゃないの」
カチカチ、とケータイをいじってみずきちゃんが速報を確認する。
ワンアウト三塁。ここで長距離砲の東條くん……僅差なら敬遠する場面だけれど、これだけ点差が離れていると正直敬遠してもジリ貧。次のバッターが俊足の猪狩進くんだから、ゲッツーも取れないし……となるとここは勝負しかないんだけど……。
そう思った瞬間、東條くんがバットを振り抜く。
一瞬遅れて、ッキィインッ!! という音が響き渡った。
「行ったな」
聖ちゃんが素っ気なくいう。
ぐんぐん伸びた打球は甲子園の一番深い所、バックスクリーン手前の網へと飛び込むツーランホームランだ。
「つながったら後は乗るだけ、か……一人一人のバッティング技術が高い上に、四番は対応力がずば抜けている。五番は長打力が凄まじく、かといって六番が三番すら打てそうな俊足巧打……七番も打撃能力が高く、どのチームに行っても恐らくレギュラーに入るだろう、地味だが良いセンスを持つ明石……守備の要は俊足巧打好守の矢部にバントとミートが上手い新垣。そしてそれらを結ぶ三番に――成長凄まじいパワプロ。はっきりいえば、打撃力なら私たちの地区ナンバーワンだな」
聖ちゃんが捕手らしく分析しながらぶつぶつとメモをとっている。
秋大会に向けてのデータ採取かな。パワプロくんもこういうことをやるんだろうけど、本職ではない俺にはさっぱりだ。
でも、確かに恋恋高校は凄いチームになった。
強豪校が喉から手が出る程欲しがるであろう選手達を纏め、一つのチームとして創り上げたパワプロくん。
スタートラインは一緒だった。けど、あっという間にパワプロくんは先に進んでしまう。そりゃぁ友沢くんとか東條くんとか、そういった主力どころが入ってくれたのが一番だといえばそうかも知れないけど――それをまとめているのは、パワプロくんだしね。
「俺も負けてられないな」
「……ふふ、そーねだーりん。負けてられないわね。あおいとパワプロくんのラブラブっぷりに」
「へっ? い、いや、違うよみずきちゃん、俺が言ったのはその、チームをまとめるキャプテンとしての力量のことで」
「みみみみずき! フリ! フリっていっただろう! フリと! そういう冗談は駄目だ! ダメだぞっ!」
「あははっ、いいじゃん。聖も鈴本とラブラブすれば」
「ち、違う! 鈴本とはそういうんじゃないっ! わ、私は春がだな……!」
「え、ええと? 俺が、どうかした?」
「い、いや、なんでもないっ! ほ、ほら、恋恋の攻撃が終了だぞ。さわやかなみのり高校はここまで二ヒット。俊足を生かしたチームだがパワプロの肩と絶妙なリードによってその攻撃を防がれている。こ、この回は見物だぞ」
わぁわぁと大声でグラウンドを指さす聖ちゃん。
可愛いなぁ。そんなにムキにならなくてもいいのに。
俺は苦笑しながら、グラウンドに目をやる。
九回、十三点差という大差ながら先発のあおいちゃんがまだマウンドに登った。
相変わらず綺麗なフォームから、ビュンッ! とここまで音が聞こえそうなほど速い腕の振りで、あおいちゃんがボールを投げる。相手はそれを空振った。
それをパワプロくんは一糸乱れぬミットさばきで捕球する。
「凄いね」
「……うん、凄い」
「ああ、正直今は勝てる気がしないが……でも、勝たなきゃ甲子園にはいけないぞ」
「そうだね。じゃあ、俺達はもっと凄くなろう」
俺の言葉に、二人は頷く。
次は負けない。いくらでも成長してくれ、パワプロくん。俺達は――それを超えて、もっともっと凄くなるからね。
「ストライクバッターアウト! ゲームセット!!」
審判がゲームの終了を告げた。
それと同時にパワプロくんはキャッチャーマスクを外して、あおいちゃんとグラブでタッチを交わしている。
「……いこうか」
「ああ、行こう」
「そうね、負けてらんないし」
いてもたっても居られなくなって俺達は席を立つ。
観戦したのは僅か一〇分ほどだったけど、それでも十分に燃えた。
俺達はその場を立ち去る。
次にあの舞台に立つのは俺達だ。
☆
「うはー、早川ちゃん可愛いっすね、ドラフトで取ったら人気出るだろうなぁ」
「それもドラフトで取る理由になることもある。他には?」
「影山先輩、まだ俺初めてなんすから……えっと、友沢って子はいいっすね。左右に打ち分けるバッティング、東條くんのパワーも捨てがたいですね」
「……うむ」
「そして――葉波風路……彼はなんというか、タイプがわかりづらいですね。打撃のいい捕手なのか、守備のいい捕手なのか……ただ」
「ただ?」
「わくわく、します」
スタンドで見守る人々の中には少なからず影山やこの若人のような、所謂"スカウト"が居る。
それが甲子園であればなおさらそのような人物は多い。
――その中に、名スカウトと呼ばれる人間は、恐らく両手の指で数えられる程しかいないだろう。
そして、その中の一人がこの男、影山だ。
影山は球団の若手スカウトを連れて観戦に訪れている。自分でもスカウティングしながら、若者にスカウトのノウハウを教えているのだ。
「――うむ、ならばいい」
「え?」
「そのワクワクが大事なんだ。この選手をみたい、この選手のプレーを目に焼き付けたい。――そう思えるようなプレーをする奴が、プロでは名を残す」
影山は微笑みながら、視線をグラウンドへと落とす。
そこに立つ選手は、試合終了後の挨拶を追え、ハイタッチを交わしながらベンチへと帰っていく。
「彼にワクワク出来たのなら、お前には見る目が有るということだ。私はこのあとも恋恋を追うが?」
「……ついていっても、良いスか」
「勿論だ」
影山は頷いて席を立つ。今日のスカウティングレポートを纏めなければならない。葉波風路と友沢、東條、そして早川あおいのデータを送らなければ。
若手を連れて影山は球場を後にする。
恋恋高校の二回戦の相手を思い浮かべながら、影山はくすりと笑みを浮かべた。
☆
「緊張したでやんすー」
「ホントにね」
矢部くんと新垣が、ほうっと息を吐きながらパワリンを飲み干す。
試合が終わり、宿屋に戻ってロビーの自販機の前に立つ。傍らでは矢部くんと新垣が勝利の余韻を引きずったままぼーっとしていた。
そんな様子を見ながら、俺はピ、と自販機のパワリンのボタンを押し、出てきたパワリンの栓を開けてぐいっと中身を飲む。
「ぷはぁっ、ふぅ。甲子園はいいな」
「うん、凄く楽しかったっ」
うおっ! ビックリした!
ぴょこ、と言った感じであおいが横から顔を出してくる。俺の後ろに居たのか。全く気づかなかったぜ。
あおいは俺の手からパワリンをひょいと奪うと躊躇うことなく口につける。あ、間接キス。
っつか、もう"本物"の方までしてるんだからそんな事気にしなくてもいいか。俺ってもしかして結構子供なのか?
こきゅこきゅとあおいがパワリンを飲み干す。まあ今日は炎天下の中完投したんだ。文句は言えねぇか。次やったら頭ぐりぐりするけどな。
「今日あおいは完封したしな?」
「うんうん、えへへ、次の試合も楽しみだなぁ」
「あ、次の試合はあおいはベンチスタートな」
「うん、勿論初回から飛ばしていくよ! ……あれ?」
「ん? どうした?」
「……今……ベンチスタートとか言われたような……」
「おう、普通にベンチスタートっつったぞ。リリーフ待機な」
「っしゃっ」
俺が言うと、あおいは信じられないような物を見た顔をしてぱくぱくと金魚のように口を開閉する。可愛いなこの子。俺の彼女だけど。
そんなあおいの向こう側で、一ノ瀬が静かにガッツポーズしたのを俺は目撃した。
「ななな、なんで!? どうしてぇ!? ボクなんかいけない投球しちゃった? 今日完封出来たから凄く良かったと思ったんだけど! あ、もしかして今日のリードで高めが多かったのってボクの球が悪かったから!?」
「違いますよ早川先輩。甲子園は広いから高めを使ってリードの傾向を散らすって試合前にいっていたじゃないですかー」
「覚えてるけど、覚えてるけどぉ!! うううー! じゃあどうして先発が一ノ瀬くんなの!?」
「まあ理由も何も簡単な話なんだけどな? 早川、ずーっと先発で連投してるだろ? あっ、ちょ」
俺が新しいパワリンを買って飲もうと思ったらあおいがそれをバッと奪う。納得した答えが出るまで返さないつもりか、くそう。
「連投って……確かにそうだけど……」
「だからだよ。これからかなり登板間隔が狭くなるから休まないとな。一ノ瀬を先発させるために今日はあおいを完封させたんだ」
「うー、でも、でもぉ……」
「ま、俺も一ノ瀬はリリーフタイプが合ってると思うけど――勝手にそう決めるのは良くないだろ?」
「さすがパワプロくんだ。次の試合は任せてくれ」
「おう、任せたぞ一ノ瀬」
「ぶー……」
「膨れるなってあおい。出番は有るだろうし、お前の為なんだからさ?」
「……分かったー」
まだぶーぶーと文句を言いながら、あおいは俺にパワリンを返してくれる。
あおいは何だかんだいって調整に従ってくれるからな。助かるぜ。プライドの高い投手はこういう調整法は嫌がるから別の理由を提示しないといけないからな。猪狩だったら決勝に絶好調を持ってく為に休んでもらうとかかな。
「んじゃ、二回戦は一ノ瀬先発だ。がんばるぞ」
「うん! 二回戦の相手は、えと」
「南ナニワ川高校だな」
言いながら、宿屋のロビーにあるテレビにスイッチをつける。
ちょうど俺らの試合の後の第三試合が始まっていた。
「お、打った」
テレビの中の打者がセカンドベース上でガッツポーズをする。先制点があっという間に入ったようだ。
さて、んじゃま部屋に戻ってデータでもまとめるか。
「彩乃ー」
「はいですわ。準備は出来てましてよ」
「彩乃ちゃん、そのデータ纏めたのは私だよぅ」
「七瀬はるか! 静かになさいっ! どうぞですわ、パワプロ様!」
「おう、サンキュー。これが南ナニワ川高校のデータの全部か?」
「ええ、七瀬さんと主に私のデータ回収班で集めましたわ。こちらが去年と今年の公式戦全部の勝敗記録です。細かい配球などのデータは残念ながら……ただこちらのDVD三枚が今年の予選大会全部のデータです。これがあれば配球などの対策は立てれると思いますわ」
ドサリ、なんて音が似合いそうな大量の紙とDVDをロビーの机においてにっこりと彩乃は微笑む。
すげー。対戦相手決まったの今日の第一試合の結果からだったのに、モノの四時間でこんなにデータ集めたのか。
こりゃ頼りになるぜ。
「さすが彩乃だな。これからも頼むぜ」
「はうんっ! お、おまかせくださいませ!」
キラキラと目を輝かせて彩乃がこちらを見つめる。
野球の楽しさが伝わったのかいきいきとした表情だ。うん、彩乃も野球が生きがいになるかもな。
「むむぅ……パワプロくん、パワプロくん、ボクも一緒に見ても良い? 一応登板するかもだし」
「おお、勿論だ。後は進と一ノ瀬も頼む」
「はい、そのつもりです。部屋まで運びますね」
「ああ、悪い。どうしても捕手一人の頭で考えると意見がよっちまうからな。進が居てよかったぜ」
「僕は要らなかったのかい?」
「言うまでもないだろ?」
一ノ瀬はそれもそうか、などと言いながら部屋に歩き出す。
矢部くんと新垣はぼーっと試合を見つめている。暇なやつらだなぁ。
「……はっ、も、もしかして私……す、進さん以下の必要度ですわ!?」
「彩乃ちゃん、もう諦めようよ……あおいにはさすがに敵わないよ?」
「い、嫌ですわ。付き合っているのはわかっていますがこの世に絶対はないのです! 野球は九回ツーアウトから! 恋愛も一緒ですわよ!!」
「もう九回ツーアウトどころか試合終了してヒーローインタビューが終わった所だと思うけど……」
ん? 彩乃と七瀬がなんか端っこで楽しそうに話してる。
よかったよかった、アイツら仲悪かったみたいだけど仲良くなったみたいだな。
「いやー、野球って凄いな、いがみ合ってた者同士も仲良くしてくれるし」
「野球関係無いしどっちかといえば対立を煽ってるとも言えるんだけど……」
「ん? あおい? なんか言ったか?」
「ううん、なんにも。ボクたちも行こ?」
ぐいぐいとあおいに腕を引っ張られるように部屋に向かう。
次の試合は五日後。その前までにしっかりと対策は立てとかないとな。