実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第十四話 "七月四週" vsあかつき大付属 後編

 六回表の攻撃は七番の一ノ瀬から。

 一ノ瀬は待球がバレないよう、初球のストライクを豪快に空振りして見せる。

 こういう意識の高さも助かるところだ。結局見逃し三振だが、あれだけフルスイングされればキャッチャーは迷うぜ。

 八番明石も見逃し三振、九番の早川も当然、見逃し三振で終わる。

 結果六回完全。無失点イニングスどれくらいになったんだろうな。猪狩は。

 

『六回パーフェクト! ライバルを前にいつも以上のピッチングを見せています! 怪物猪狩守! さあ六回裏、あかつき大付属、そろそろ追加点が欲しい場面。バッターは二番、六本木から、三巡目です!』

 

 三巡目だ。惜しむことなく使ってくぞ。

 

(初球からマリンボールだ)

 

 ビュンッ! と六本木が豪快に空振りをする。

 八嶋から聞いたはずだが、それでも当たらない。

 二球目にインハイのストレート、三球目はカーブを外に外して見せ球にして2-1にした後、インコースへのマリンボールで三振に切って取る。

 三番の七井。七井に対しては初球は高めのストレートを外して見せた後、インコースへの緩いシンカーでファールを打たせ、1-1にした後にマリンボール二つで空振り三振。

 四番の三本松は全球マリンボール。三球目にはさすがに当ててきたが、やはり捉えるには程遠い。

 キャッチャーフライで打ちとり、六回裏は危なげ無く終わる。

 

『この回早川、上位打線をきりきり舞い! 三振二つにキャッチャーフライ、先頭打者どころかランナーすら出さず六回を終えました! そして試合は終盤、七回へ!』

「……さて、と。三巡目か。ここまで完全試合は完全にやられちまった感じだよな」

「そうだね」

「ああ、全くだぜ」

「……ふん」

「さて、……そろそろ反撃開始と行こうぜ!」

「おうっ!」

「……待ちかねたぞ」

「待ってました!」

「待ってたでやんす! さあ、キャプテン! 指示をくれでやんす!」

「ああ、良いか」

 

 俺は防具を外しながら、皆の方を向く。

 

「矢部くん、初球は必ずストライクゾーンに、球種は恐らくだが、ストレートで来る。その球を使って、何ででもいい。……出塁してくれ」

「……責任重大でやんすね」

「ああ、でもストライクゾーンのバットに届くところに来る。……出来るか?」

「ふふん、甲子園に行くチームの一番に不可能はないでやんすよ! でも出塁できたらガンダーロボのフィギュアをおごってくれでやんす」

「一個だけな。次、新垣、矢部くんを二塁に何としても進めてくれ」

「バントってことね。分かった」

「そしてクリーンアップで返す。どうだ? 単純だろ?」

「……単純にして難しい。だが、それしかないだろう」

「ああ、クリーンアップに対しては初球は外角に来る。ボール球かどうかは分からないがな。……踏み込んで打つ」

「分かった」

 

 頷いて、矢部くんがバッターボックスへ、新垣がネクストへ立つ。

 悪いな猪狩、冷や汗もかかせずにこの回まで投げさせちまってよ。だが、それももう終わりだぜ。

 この回で――必ずお前から点を取る!

 

『バッター一番、矢部』

『さあ三巡目に入ります恋恋! この俊足矢部から状況を打破したいところ!!』

 

 猪狩がロージンバッグを手に付ける。

 矢部くんはふぅ、と息を吐いて、バッターボックスで構えを直した。

 初球で全て決まる。

 猪狩が振りかぶり、腕をふるう。

 頼むぞ切込隊長。

 

 道を――切り拓け!!

 

 初球に投じられたボールはインハイのストレート。

 そのボールは一四五キロは余裕に超える豪速球。

 そんな難しいボールを矢部くんは、

 

 ッキィンッ!!

 

 腕を畳んで綺麗にライト前へ弾き返す!

 わあっ! といつの間にか大勢になっていた恋恋高校の応援団がやっと歓声を上げる。

 

『ライト前ー!! 先頭バッター矢部、ついに、ついに、ついについについに! 猪狩守のパーフェクトを打ち砕くライト前ヒットー!!!』

「よっしゃあああ! でやんすー!!!」

 

 一塁ベースで矢部くんは大きくガッツポーズをする。

 ナイスヒットだ! 矢部くん!!

 

「さて、次は私の出番ね。ランナーが出たからリードが変わるかしら?」

「変わらねぇさ。いつだって圧倒的な投球をしてきたんだ。猪狩の球は打てないっつー自負もあるだろう。……転がせるか?」

「さぁね? 私の仕事はそれだけじゃないでしょ」

 

 ネクストに出てきた俺に意味深なことを言って、新垣は塁に出る。

 どういう意味だ?

 

『バッター二番、新垣』

『さあ、先頭バッターを確実に得点圏に進めたい場面、新垣あかり、どうするか!』

 

 初球、新垣はバットを寝かせる。

 投じられたボールはストレート。インハイにズドッ! と来る豪速球だ。

 それを見て、新垣はバットを引いた。

 

「ストラーイク!」

『今の球が一五一キロ!! ランナーを置いて猪狩、さらに力を入れて投げます!』

 

 初球はバントせず、新垣はボールを見送った。

 どうするつもりだ? 俺の作戦をスルーした訳じゃないんだろうけど。

 二球目、猪狩はやはりストレートを投げ込む。

 そのボールに何とか新垣はバットを当てた。

 

「ファール!」

『2-0! 二球で追い込んだ猪狩守! ストレートの球威は衰えるどころか増しています!』

 

 三球目もインハイのストレート、そのボールに新垣は何とか喰らいつく。

 四球目はストレートだが、コースはアウトローに変わった。その球を新垣は見逃し――ボール。

 

『際どい所、見極めます新垣!!』

 

 ……っ、まさか、新垣の奴、バントじゃなくて――盗塁でランナーを二塁にすすめるつもりか!?

 インハイのストレートは付いて行かれ、アウトローのストレートは見極められる。

 コースに決めてもいいがやはり面倒臭い、何よりも全開のストレートを次の打者の俺に多く見られるのは"慎重な"二宮にとっても不本意だろう。

 ボールカウント2-1からの五球目。

 投げられるボールは一つしかない。

 じりり、と矢部くんがリードを広く取る。

 猪狩はそんな矢部くんを目で制するが、恐らく打者を打ち取るのに集中しているだろう。

 猪狩が投球動作に入った、その瞬間。

 

 矢部くんはスタートを切った。

 

 新垣はボールに当てるつもりなどさらさらない。中途半端に当ててファールになったり、フライになったら全てが無に帰する。それを分かっていて、高めのボールをカットするかのようなスイングで矢部くんを援護する。

 外角低めのスライダー。

 二宮がそれを捕球しセカンドへとそのバズーカ砲を見せつける。

 矢部くんはスライディングをし。

 ッパァンッ! と六本木がそれを捕球しタッチに移る。

 二塁塁審がそのシーンを固唾を飲んで見つめ――。

 

「セーフ!!!」

 

 手を大きく横に広げた。

 

『盗塁成功ー! この場面で矢部、スチール成功ー!! 快速を見せつけましたー!! そして、そして!! 一アウト二塁のこのチャンス! ここで打席に立つのは、猪狩守とかつてバッテリーを組み、猪狩守を支え――そして、一番のライバルとなった男!』

『バッター、三番、葉波!』

 

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! と爆音のような歓声がスタンドから反響した。

 その声を聞きながら。

 ネクストから立ち上がり、打席に向かう。

 恋恋高校の応援団が応援歌を奏でている。これは……狙い撃ちか。

 

 それの合間にスタンドの声が聞こえるが、それはもうざわめき位にしか聞こえなくなった。

 

  両ベンチの選手達は身を乗り出してグラウンドを見つめ、

 

   スタンドに居るスカウト達はスピードガンやビデオカメラをこちらに向け、

 

    喧騒は遠く遠く、小さなものに変わる。

     やけに静かだ。もっと騒がしかったグラウンドなのに――今は、虫の羽音みたいに小さな声でしか聞こえない。

 

       じりじりと焼けつくような日差しも、今は暗闇を照らす電灯くらいにしか感じ無い。

 

 

 そんな不思議な感覚の中で、やけに鮮明に視えるモノ。

 

 ――猪狩、守。

 

 俺の一番のライバル。

 俺が戦いたいと待ち望んだ男。

 その男との、勝負。

 打席に立って、バットを目の高さで構えた後、東條に習って修正した今の俺の一番の打撃が出来るフォームで構える。

 初球、

 

 ッパァァアアンッ!!

 

 放られたボールはストレート、真ん中高めのそのボールは一五三キロとバックスクリーンに表示された。

 ギアを入れ替えたのか、猪狩。

 

「ねーらいーうちー!!」

「パワプロくーん! 打ってー!!」

「パワプロー! 勝ち越し打だー! 頼むー! 折角見に来たんだぞー!」

「パワプロ様!! 打ってくださいましー!!!」

 

「抑えて猪狩くーん!!」

「いけるいける! 猪狩! もう一度甲子園につれてってくれー!!」

「猪狩ー! 三振に取ってくれー!!!」

 

「頑張れパワプロくーん!! 同点にしてー!」

「お願いしますパワプロ先輩! 打ってください!!」

「……打て! パワプロ!! お前が打たねば、誰が打つ!」

「打って、僕に勝った状態でリリーフさせてくれ!」

「私がわざわざアウトになってチャンスで回してあげたんだから、打ちなさいよね!!」

「オイラを、ホームに返してくれでやんす!!」

 

「バッチコイ猪狩! どんな球で取ったるで!」

「任せろ猪狩ッ!! ライン際の打球だって飛びついて取ってやる!」

「大丈夫だよ猪狩くん。キミの投球をすれば必ず抑えられるから」

「大丈夫だ猪狩! 今日も球はビリビリ来てるぜ! 一回に二安打なんて打たれるオメーじゃねぇ! 腕振って投げてこい!」

 

 様々な声が俺や猪狩に浴びせられる。

 まるで、このグラウンドが俺と猪狩の勝負の為に用意されたかのような――そんな自意識過剰な感覚にさせる。味わったことの無い感覚。

 二球目。

 ドッパァンッ!! とストレートがインローに決まる。

 

「ストラーイク!!」

「ナイスボール!!」

「ええっ、際どいよっ!」

「くそっ! 今のストライクかよー!!」

「よっしゃー! 今のコースじゃ打てねぇよ!!」

「おーけーおーけー! 相手ビビってるよー!!」

 

 様々な声がグラウンドから飛ぶ。

 はは、おもしれぇ。……なぁ、猪狩、俺とお前の一挙手一投足で、周りが一喜一憂するんだぜ?

 三球目。

 やめられなくなっちまうよな。この感覚を味わったら!!

 ッキィンッ!! とフルスイングで当てた打球は凄まじい勢いでバックネットに突き刺さる。

 

「ファール!!!」

『これで2-1!! 追い込まれました、葉波!!』

「わあああああ!」

「おっしいいい!!!!」

「おっしゃ!! 追い込んだああああ!」

 

 アウトローのストレート、今の球も一五三キロ。

 もう相手のリードなんか関係ねぇ。力の限り腕をふるって猪狩のボールを弾き返すだけだ!

 

 四球目、スライダー!

 

 インローへ食い込んで来るスライダーを迎え撃つようにフルスイングし――サード左への痛烈なファールにする。

 

「ファール!!」

「うわあああ! 後二十センチ右ならフェアだったのに!」

「ぬううっ! 惜しいですわっ!! でも、いけてますわよ! ねーらーいーうーちー!!」

「捉えてる! 捉えてるよっ! パワプロくん!! ねーらーいうーちー!!」

「打てるぞ! 打て! パワプロ!」

「打てるでやんすよー!! パワプロくーん! ねーらーいうーちー! でやんすー!」

 

 声援が、俺を後押しする。

 変だな。声なんか小さくしか聞こえない状態なのに、チームメイトやスタンドの応援は、面白いように俺の耳に届くなんて。

 

 ふ、と笑みが溢れる。

 

 こんな野球がやりたかったんだ。

 一緒に野球やってて楽しいチームメイトと、全身全霊を出して戦いあえる最高のライバルと!

 この最高の瞬間を――味わいたかったんだ!!

 五球目、投げられたアウトローのストレートを見逃す。

 

「ボールっ!!」

『アウトローのストレート見逃したっ!! これで2-2! 並行カウント!』

 

 六球目。

 ――次だ。

 猪狩の一番自信を持ってる球で、決めに来る。

 矢部くんをちらりとだけ見て、猪狩は俺に向き直った。

 足を一度引き、足を上げて、腕をしならせ振るう。

 

「パワ――プロおぉぉおおぉぉぉっ!!!!!!」

「いか――りぃいいぃぃいいいぃいっ!!!」

 

 帽子を飛ばす程の躍動感を持ちながら、理想的な左投げのフォームから放たれるボール――スライダー。

 

 インコースへ、

 喰い込むように、

 変化する高速スライダーを、

 

 引っ叩く!!

 

『う、ったあああああああああああああ!!!! 捉えた打球は、打球は! 打球はー!!!!!』

 

 当たった瞬間、走りだす。

 右手を、

 

 

 

 空へと、突き上げながら。

 

 

 

『左中間を、破ったああああああああああ!! セカンドランナー矢部サードベースを蹴って帰ってくるー!!! どおおおおおおおおおおてえええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!!!」

 

 わあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

「やったあああああああああああああああああああああ!!」

「打った、打った、打ちましたわああああああああああ!!!」

「パワプロすげええええええええ!! 授業中いっつも寝てんのにすげええええ!!!!」

「やべぇ、やべぇ、鳥肌立った!!!」

「ちょっ、海、何泣いてんのよ!」

「ふぇ、だって、おねーちゃん……あのひと、凄いんだもん!!」

 

 よっしゃぁああああああっ!!!

 セカンドベースへ滑りこみ、大きくガッツポーズをしながら、ベンチに両腕を突きあげて何度も何度もガッツポーズをする。

 

「凄い、凄い、凄い!!!」

「やりやがった……!! ははっ!!」

「インコースへ食い込んでくるスライダーを体の軸回転で弾き返した。軸が崩れず体重をぶつけたことであんな痛烈な打球になったんだ。低めのボール気味の球だったから打球こそ上がらなかったが、打球は最高だ!!」

「さすが先輩です!! 兄さんから……兄さんから長打なんて!!」

「やはりパワプロの居る高校を選んで良かった……! 魅せてくれるな! パワプロは……!」

 

 マウンドに選手が集まる。

 そらそうか。なんてたってこれが初失点、少なからず動揺はするだろうしな。

 

『そして、猪狩守、これが高校生活初の失点!! 連続無失点記録を止めたのは、ライバル葉波風路!! 試合も恋恋高校がやっと追いついて1-1の同点! この回勝ち越せるか!』

 

 初失点か。……やっぱ猪狩はすげぇ。もしも俺が猪狩とバッテリーを組んだことがなかったら、このスライダーにはついていけなかった。

 興奮がまだ冷めやらないグラウンド上で、バッターに四番の友沢が立つ。

 バッターは友沢。俺を返せよ。友沢。

 初球。スライダーを見送りボール。

 作戦は続行中だ。勝ち越しチャンスの場面、恐らくさらに慎重になるはずだ。

 それを選んでいけば必然的に――。

 

「ボールフォアッ!」

『四番友沢フォアボール! 1-3からスライダーを見極めて一アウト一、二塁! チャンス拡大!』

 

 ってなるよな。

 東條に対する初球。

 そのサインを出したところで、猪狩が今日初めて首を振った。

 恐らく出たサインはアウトローから外すボールだろう。

 それに対して猪狩は初めて拒絶反応を示した。

 そして出し直されるサインに頷いて、猪狩は腕を振るう。

 放たれたボールはインハイのストレート。

 向かってきたか。東條、これでガチで打つしか無くなったぞ。

 二球目のインローのストレートに東條は手を出す。

 ふわりと上がったセンターフライとなった球を、八嶋がしっかりとキャッチしツーアウト。

 

(マズイな……配球のパターンを変えてきた。……けど、それはあくまでクリーンアップ相手にボールから入らない、程度の変更点だろ。進。初球の甘い球を打て)

 

 六番の進が初球から振りに行く。

 アウトローのスライダー。なんとか当てたものの、ボテボテのサードゴロとなった打球。それを五十嵐はキャッチし、セカンドに送球。セカンドフォースアウトでチェンジとなる。

 

『チェエエエエエエンジ!! この大ピンチ、切り抜けました猪狩守!』

 

 チッ、この回逆転は出来なかったか。

 ベンチに戻る。

 くそ、どうするかな。……とりあえず、この裏の攻撃は〇点に抑えないとな。

 

「ないすばっちん!」

「ナイスバッティング! あの猪狩くんから打った感触はどうでやんした!?」

「うおっ、あ、ああ。――最高、だったぜ」

「……」

「どうしたでやんす? あおいちゃん」

「ひえっ、なな、なんでもないよ!」

「惚れ直したって話しよ! さ、しっかり抑えるわよ!」

「あ、あかりぃー!!」

 

 元気にベンチを飛び出していく女二人の背中を見つめながら、俺は防具を付け直す。

 早川はまだまだ元気だな。

 もう遠慮は無しだ。マリンボールを全球投げさせるつもりで七回を切り抜けるぞ。

 

『さあ、七回裏、バッターは五十嵐から!』

『バッター五番、五十嵐くん』

 

 初球、マリンボールを投げさせる。

 体に向かって伸びてくると思えば外に逃げる独特の変化――五十嵐はそれを初球から振っていって、空ぶった。

 

「くっ!」

 

 あからさまに悔しそうな仕草を見せて、五十嵐は一度打席を外して素振りをする。

 かなり頭に血が登ってるな。これならマリンボールは使わなくてもいいかもしれない。……だが、ここはもう出し惜しみはしないぞ。

 二球目もマリンボール。

 それを振らせて2-0。最後は――インハイのストレート!

 びゅんっ、と五十嵐が空ぶる。

 

「ストラックバッターアウト!」

『ワンアウトを取ります! 三球三振!』

「よし! ワンアウト!」

 

 続くのは六番の二宮。彼に対してもマリンボールとストレートで打ち取る。

 七番の猪狩も同じように打ち取る。さすがのあかつき大付属も、初見のレベルの高い変化球を弾き返すということは難しい。

 キーポイントになる七回を三者凡退に乗り切った、これはでかいぞ!

 

「うっしゃ、いいぞ早川!」

「うん! ふう……ふぅ、暑いね、今日は」

「ああ。……この回マリンボール多投したからな。どうだ?」

「ふぅ、まだ、行けるよ」

「……そうか。……七回一失点。球数は少ないけど、相手はあかつき大だ。……甘く入ったらまずい」

「…………うん、分かってる。一ノ瀬くん」

 

 早川がベンチに戻って、打席に立つ為にバットとヘルメットを持った一ノ瀬を呼ぶ。

 一ノ瀬は準備をしながら、きょとんとした表情で早川の方を向いた。

 

「次の回から、お願いね」

「……っ、ああ」

 

 早川のセリフに頷いて、一ノ瀬はほほえむ。

 ――早川に、勝ちを付けてやりたかった。

 そのためにはこの回で点を取るしか無いが、先頭打者の一ノ瀬がピッチャーフライに打ち取られると、続く明石はファーストゴロであっという間に二アウトになってしまう。

 そして。

 

『バッター、早川に変わりまして、バッター赤坂』

『ここで好投早川に代打を送ります恋恋! バッターは赤坂!』

「くっ!」

「ぬっ!」

「はぁっ!」

 

 ストレート三つで三振に討ち取られ、すごすごと赤坂は戻ってくる。

 八回表が終了、八回の裏に入り、この試合も後二回――。

 ここまで早川は頑張ってくれた。なら、そのリレーを継ぐ一ノ瀬も頑張らねぇとな!

 

『恋恋高校、選手の交代をお知らせ致します。ファーストに、石嶺が入り九番、代打致しました赤坂がベンチに下がり、ピッチャー、早川に変わりまして――ピッチャー、一ノ瀬』

 

 そのコールがされた瞬間、歓声がスタンドに響き渡る。

 その中を一ノ瀬は悠々と歩いてマウンドへと向かった。

 打順は九十九から。この回を押さえれば九回は矢部くんからだから、ここはテンポ良く三人で切りたい所だ。

 投球練習を終え、打席に立つ九十九を見やり、一ノ瀬はその左腕を振るう。

 アウトローへのスライダー。

 ぐ、とそれを受け止めながら、一ノ瀬にボールを返し、再び構える。

 二球目はストレート。アウトローに外すボール球。

 これで並行カウントだ。

 三球目はインへのカーブ、それについていくように九十九はふるってファール。これで2-1とピッチャー有利のカウントにして――とどめは、スクリューボール。

 ブンッ! と九十九のバットが空を斬った。

 

『空振り三振! ワンアウトー! リリーフした一ノ瀬、素晴らしいボールを投げ込んできます!』

 

 続くバッター九番は四条。

 アベレージヒッターだが届かない。一ノ瀬は見下ろすように圧倒的なボールを投げ込み、四条をあっという間に打ち取った。

 バッターはトップバッターに戻って八嶋。

 その八嶋を、一ノ瀬はスライダーを連投し2-2のカウントにした後――アウトローへの厳しいストレートで、見逃し三振に打ち取る。

 

「っし!」

 

 一ノ瀬がマウンド上で躍動している。

 その様を、あかつき大付属のベンチは苦苦しそうに見つめていた。

 さて、八回裏が終わったか。九回……最後の攻撃だ。

 

「皆、集まってくれ」

 

 防具を外しながら、全員をベンチ前に呼び出す。

 交代してもう出番の無い赤坂も、早川も交えて円陣を組んで、俺はすぅ、と息を吸った。

 

「ここまでいい勝負してる。九回表までで1-1だ! でも、俺達は勝つ!」

「おう!!」

「これに勝てば甲子園だよな。俺達はもう、その扉に手をかけてる! ――だから、その扉を、後は開くぞ!」

「了解でやんす!」

「行くぞ! 恋恋高校――ファイト!!」

「「「「「「「「おー!!!」」」」」」」」」

 

 全員で気合を入れて、バッターボックスに向かうは矢部くんだ。

 矢部くんが出れば何かが起きる。頼むぞ矢部くん!

 猪狩はす、と目を閉じ、その目をひらいて矢部くんを見据える。

 初球、ストレート。ドコンッ! という音が相応しいようなインハイの剛球を矢部くんは見逃す。これで0-1。

 続く二球目、スライダーを見送りストライクを取られたところで、矢部くんは一度打席を外した。

 二、三度素振りをした後、矢部くんは打席に戻る。

 投球の傾向も変わった。その中で出塁するにはどうしたら良いか、矢部くんは必死に考えているんだ。

 三球目はカーブ。矢部くんの打ち気をそらすような内角低めへのボールだが、矢部くんは手を出さずにそれを見送る。

 

「ボーッ!!」

 

 1-2! バッティングカウントまでもってったぞ!

 ふぅ、と息を吐いて集中力を高めながら、矢部くんはマウンド上の猪狩を睨みつける。

 四球目はストレート。外角の際どいところを、矢部くんはしっかりと見極めた。

 

「ボールスリー!」

『おっと猪狩! 先頭打者に1-3というカウント! フォアボールで出せば勝ち越しのランナーになります!』

 

 ……今のボール、多分猪狩は入れようとした。

 でも入らなかったんだ。

 多分だが、猪狩は細かいコントロールがつかなくなっている。球威自体は衰えていないがコントロールは多少なりとも悪くなってるんだ。

 

「ストラーイク!」

 

 ……っつっても、まだ際どい所にスライダーが決まったな今。

 これでフルカウントだが、次も猪狩が制球を乱すとは限らない。フォアボールはあてにしないほうがよさそうだけど……。

 六球目に投じられたカーブに矢部くんはなんとかバットを当てファールにする。

 いいぞ。粘ってる。

 もしかして矢部くんは来るボールが分かっていない自分では前には飛ばせないと割りきって、フォアボールでの出塁を狙っているのかもしれない。

 七球目のスライダーも矢部くんはカットする。

 猪狩の顔色が変わった。

 矢部くんが粘ってきていることを分かってるんだろう。ロージンバックを手に取り、一息ついて猪狩はボールを握り直す。

 振りかぶって投じられた直球。

 凄まじい回転が掛けられた天下一品のストレートを矢部くんは見逃した。

 

「ボールっ! ボールフォアっ!」

『でましたー! 際どいコース見逃して矢部フォアボールを選びました!!』

「よっし!! でやんす!」

 

 べりり、とバッティンググローブを外しながら、矢部くんがファーストに向かう。よし……! これはでかいぞ!

 先頭打者がでた。これで新垣にバントをしてもらい、クリーンアップ――この回一点でも取れれば勝てる筈だ。

 

「新垣」

「分かってるわよ。……ふぅ。……絶対決めてくるから、頼むわよ」

「ああ」

 

 頷いて、新垣をバッターボックスまで送り出す。

 新垣は深く深呼吸をして、すっとバットを身構える。

 その様子を、俺はじっとネクストから見つめた。

 あかつき大付属は手堅い守備をする。あからさまなバントシフトは取らずに後を押さえれば良いという考え方も根底にあるのだろう。なんせマウンドに立つのは絶対的なエースの猪狩なんだからな。ランナーが得点圏に進もうが後続を押さえ込めるだけの力はもってるんだ。

 それに、ハンパな技術じゃボールを転がスことすら出来ない。それくらいの球威を持ってるからな。

 

「…………」

 

 初球だ。攻撃にテンポを作るには初球から決めてほしい。

 頼む、新垣! 道をひらいてくれ……!!

 投じられた球は高めのストレート。

 新垣は決してバントを動かさず、膝を使って高さを調節し――

 

 コンッ……と軽い金属音。

 

 ――見事に、ボールをサード前へと転がした。

 矢部くんがセカンドにスライディングする。

 取った五十嵐はファーストに送球、ファーストはアウトになるが、しっかりと送って一アウト二塁。やってくれたぜ新垣。最高の仕事だ!

 

『さあ、四度ここで見える、猪狩守と葉波風路! 点差は〇点! 打てば勝ち越しというこの場面!』

 

 打席に立つ。

 猪狩は素知らぬ顔でこちらを見るが――その瞳に映るのは今までで一番の闘志だ。

 それを、迎え撃つ。

 矢部くんが、新垣が、必死に創りだしてくれたこのチャンスを棒にふるわけには行かねぇからな。全力で打ち崩す!

 初球――糸を引くようなストレートが、アウトローに決まる。

 ドゴンッ! なんて音が相応しいような速球だ。

 

「トーライッ!!」

『初球決まった! ストライク! この球は打てません!』

 

 パシンッ! とむしりとるようにボールを二宮から受け取って、猪狩はすぐさまマウンド上で構えを取る。

 もう配球を考えるのはよそう。そんなもの猪狩と二宮の間にはすでに無い。今投げれる最高の球をめいっぱい投げ込む。あるのはそれだけだろ。

 なら俺も考えるのはやめる。あいつが何も考えずに腕振って投げ込んでくる最高のボールを――打ち返すだけだ!

 二球目に投じられたボールはスライダー。これは外れてる。

 

「ボーッ!!」

『二球目見逃した! これで並行カウント!』

 

 ストレート、スライダー――猪狩の持つ二つの決め球を惜しみなく使って来る。

 猪狩にとってはもう全てが決め球なんだ。だったら俺も全力で迎え撃つ!

 

『三球目は――ストレート!! そして葉波それをフルスイングで迎え撃つ! しかし空振り! ストライクツー!! 追い込みました猪狩!!』

 

 これで猪狩は追い込まれた。

 ……遊び球は無い、決めに来るぞ。

 猪狩が二宮からボールを受け取りボールを軽く上空へと投げてパシンッ、と横合いにキャッチし、俺を見て不敵に笑う。

 

 ――三振予告。

 

 別に前もって教えられてた訳ではない。中学校時代にもそんな癖はなかったし、高校になってからもそんなサインが有るだなんてこと、データにはなかった。

 それでも、今の猪狩の行動は『俺を三振に取る』。そういうメッセージに俺には見える。

 おもしれぇ……やってみやがれ。お前のそのサイン、しかと受け取ったぜ。

 すぅ、と深呼吸をして、俺はバットをスタンドへと向ける。

 ざわわわっ! と一瞬で球場がざわめく。

 

「パワプロくん……!」

「この場面でホームラン予告か」

「パワプロの心臓には毛が生えてるかもね」

 

 そんな声が俺の耳に届く。

 うるせぇ、言うなら先に三振予告じみたことをしてきた猪狩に言えよな。

 俺の行動を見て、猪狩がこくん、と頷いた。

 猪狩が頷いたのを見て、俺はバットを構え直す。

 

 ――四球目、

 猪狩が選択したボールは、

 

 渾身のストレートだった。

 

 帽子を飛ばしながら、猪狩はボールを投げ込んでくる。

 コースは外角よりのベルト高。猪狩にしては甘いコース。

 俺は、それを一閃する。

 

 早川が、ベンチから身を乗り出してボールを目で追い、

 

 ネクストの友沢は、打球の方向を目で追い、

 

 東條は、ベンチから半分体を出してボールを見、

 

 一ノ瀬はキャッチボールを中断して行け! と声を出し、

 

 

 

 そして俺は、指を一本、天へと掲げてガッツポーズをした。

 

 

 風に乗った打球はぐんぐんと速度をましてスタンドへと伸びていく。

 そのボールは一つの路を走ってスタンドへと飛んでいった。

 俺達の想いを乗せて、

 様々な人の応援や期待によって生まれた、

 一陣の神風。

 

 ――一"風の路"。

 

 ドゴンッ! と外野の方からボールが着弾した音が、静寂したベンチへと響く。

 その音を確認して俺はファーストベースからセカンドベースへと、ゆっくり走りだした。

 

『はい、った……』

 

 呆然、唖然か。

 スタンドもブラスバンドすら止めて、呆然としている。

 色んな人が居るにも関わらず物音一つしない。ただただ呆然と、その打球を見た。

 

『は、入った、入った、入ったああああああああああああ!!! 勝ち越しツーランホームラン!!! これが、これが恋恋高校のキャプテン! 原動力! そして、猪狩守の最大のライバル! 葉波風路の、予告ホームランッ!!!」

 

 爆撃音のような歓声が球場を包む。

 ゆっくりとホームベースに帰ってくると、待っていてくれた矢部くんがニヤリと頬を釣り上げる。

 

「これでひっくり返ったでやんすね」

「ああ、そうだな。試合がひっくり返った、三対一――後一回抑えれば、甲子園だ」

「それもでやんすが、オイラがいってるのは違う事でやんすよ」

「違うこと?」

「そうでやんす。……猪狩くんとパワプロくんの評価でやんすよ」

「……評価か」

「でやんす。胸を張ってベンチに帰るでやんすよ。"猪狩世代"の名称は変わらないだろうと思うでやんすが、その世代を代表するエースを打ち砕いたのは、今のところパワプロくんだけでやんすから」

「ああ、そうだな。……勝つぞ。矢部くん」

「勿論でやんす!」

 

 矢部くんとハイタッチをし、ネクストの友沢ともハイタッチを交わしてベンチに戻る。

 

「パワプロくんっ!!」

 

 帰った途端、ぎゅうっ、と早川が抱きついてきた。興奮しすぎだ。恥ずかしいだろっ。

 それを受け止めながら、東條や新垣、一ノ瀬、進とタッチをする。

 歓声がやまないそんな凄まじい雰囲気の中――猪狩は、続く打者の友沢と東條を打ちとってみせた。

 

『九回表が終了! 猪狩九回を投げ切りました!! しかし、しかし――この回、葉波のツーランホームランで、猪狩がエースになってから初めて勝ち越しを許しましたあかつき大付属! 最後の攻撃で二点を取らなければ甲子園に行くのは恋恋高校! 崖際に追い込まれたあかつき大付属の最後の攻撃は二番の六本木から!』

「行くぞ、一ノ瀬」

「ああ、甲子園に、ね」

 

 にっ、と笑って、一ノ瀬はマウンドへ向かう。

 ……しかし、二番からの好打順だし、そう簡単に抑えれるもんじゃないぜ。二点勝ち越したがまだまだ試合は分からないぞ。

 マスクをぐっとかぶってキャッチャーズサークルに座る。

 

『バッター二番、六本木』

 

 六本木が険しい表情で打席に立つ。

 いきなりストレートを投げさせるのは怖い。ここは様子見を入れてシュートを逃がすように外に投げさせよう。

 一ノ瀬が頷く。足を上げて投げられた外へのシュートに対し六本木はきれいなスイングなんて捨てて、バットを投げるようにして打ちに来た。 キンッ! と快音を残しボールは一二塁間を抜ける。

 

「っ! ライト中継!」

 

 ライトの友沢がセカンドの新垣にボールを返す。

 チッ、マジかよ、初球からこんなに強引に外の球を打ちにくるなんてな。

 落ち着け。六本木が帰ってきてもまだ一点勝ってる。この一点はあげて良い一点なんだ。無理に抑えに行かず、しっかりアウトをとっていこう。

 

『バッター三番、七井』

 

 迎えるのは三番の七井。

 この場面で迎えたくない打者ナンバーワンだが、泣き言言っても仕方ねぇ。全力で抑えるぞ。

 七井がバッターボックスに立ち――バットを寝かせる。

 バント、か? ……いや、バスターも有るぞ。

 初球はスライダー。外角低めからさらに外に逃げるボールだ。

 それを七井はバットを寝かせたまま見て、バットを引く。

 

(これで0-1だが、今の構えを見るにバスターはない。一〇〇%バントの構えだった)

 

 あかつき大はもともとクリーンアップにもバントさせるような堅実な高校だ。この場面でゲッツーだけは避けたい。だから七井にバントさせる、ってことか。

 良かった。助かるぜ。ここで七井をバントでやり過ごせる上にワンアウトに出来れば一ノ瀬も落ち着けるし、守りやすい。

 なら、ここは下手にバント失敗を狙わず初球から決めさせよう。

 一ノ瀬にストレートを要求する。ボールは一番決めやすいベルトよりやや低めの真ん中。

 頼むぜ七井、しっかりと成功させてくれよ。

 ボールを一ノ瀬が投げる。

 

「なっ!!?」

 

 瞬間、七井がバットを引いてヒッティングに切り替える。

 カキィンッ! と快音を残してボールはライトへと飛んでいく。

 か、角度が良い! マズイ! 柵越えするかも知れねぇ……っ!!

 ボールは凄まじいノビのままぐんぐんと伸びていき、

 

 フェンスに直撃する。

 

 バウンドしたボールを、友沢が素早くキャッチしてセカンドに返す。

 ファーストランナーの六本木はサード、打った七井はセカンドへ到達する。

 ノーアウト二、三塁。一打で同点の大ピンチだ。

 ちくしょうっ! なんで二球目にいきなりバスターに切り替えるんだよ……! ゲッツーだけはって作戦じゃねぇのか!

 六本木といい七井といい、来る球が分かってるみたいに良い反応だ。

 ――来る球が、分かってるみたいに。

 

(……ちょっと待てよ?)

 

 六本木に対する初球、俺は"様子見で外へのシュート"を投げさせた。そのボールに対して六本木は先頭打者とは思えないほど強引に打ちに来た。

 その行為は冷静に考えればありえない。フォアボールでもいいからとりあえず出塁したい場面で、外のボール球を無理に打ちに行きましたなんてことをあかつき大付属のレギュラーがやるだろうか?

 それこそ、そんな糞ボールを打ちに行くことが許されるのは確実にそれをヒットに出来る確信がある時だけだ。

 確実にヒットにする為に最も必要なこと。それは――そのコースにボールが来ることが分かっているということ。

 

(この回抑えれば甲子園っつー場面、その状況でなら、ほとんどのキャッチャーは多分、外へ、逃げる変化球を投げさせる――)

 

 それを読んで、六本木はシュートを流し打ったんだ。

 そして続く七井の初手バント。あれは油断させるためのブラフだ。

 三番打者がバントの構えをしたら、バントされたくないだとか本当にバントなのか、バスターじゃないかと勘ぐって必ず外す。

 その時にそのままバントに行くように見せかけたら――怖い七井をバントでアウトに出来ると考えて、甘い球が来るだろう。

 そしてその甘い球を打たせれば、ほぼ確実に長打に出来る。

 

「……くそっ!」

 

 アホか俺は! あかつき大付属が、猪狩のチームがそんな相手を楽にさせるような甘い野球する訳ねぇじゃねぇか!

 一ノ瀬に礼を言わねぇとな。一ノ瀬の直球に球威があったから今のはホームランにならなかったんだ。それにフォローもしとかねぇと。

 

「一ノ瀬」

「パワプロくん……」

「悪い、俺のリードミスだ。もう次からは打たせないが――四番は敬遠しよう」

「……大丈夫かい?」

「大丈夫だよ。お前の球、めちゃくちゃ来てっから。遠慮せずに投げ込んでこい」

「分かった。僕はパワプロくんを信じるだけだよ」

「ありがとな。――行くぞ。甲子園」

 

 一ノ瀬と離れて、ベースから離れて立つ。

 敬遠、これでノーアウト満塁――。

 そして迎えるバッターは五十嵐だ。

 

『バッター五番、五十嵐』

 

 相手の作戦にタダで呑まれてたまるか。ここはその作戦を利用するぞ。

 初球は外に大きく外す。届かない程に大きくだ。

 

「ボーッ!!」

『初球、大きく外します! これで0-1! ランナーは満塁!』

 

 次の球はもう入れてくる。0-2にはしたくないからだ。

 0-2にすれば一球ストライクを取っても1-2でバッティングカウント。大体の捕手でもここは入れてくる。確実にストライクを取りたい状況、後三人で甲子園――ストライクが欲しくて、ストレートを甘いところに投げさせる。

 それとほぼ同じ思考だと、俺は今見せかけた。

 だからここでストレートじゃなく――シュートを投げさせる。

 ストレートだと思わせて討ち取らせる。五番の五十嵐は目が良くない。見分けが付かずにポップフライか、詰まってゲッツーを取るぞ。

 一ノ瀬がシュートを投げる。

 

「ぐっ!?」

 

 途中で五十嵐が気づくが遅い。振りに出ていたバットはキンッ! という音を奏でて大きいフライになる。

 大きなライトフライ。これは犠牲フライになるか。

 友沢が取って中継へと投げる。

 友沢が取った瞬間に六本木はホームに滑りこんで帰ってきた。

 

「セーフ!」

『一点返した! 一点返しましたあかつき大付属! ワンアウト一、三塁! 犠牲フライで同点の場面を作ります!』

 

 二塁ランナーも三塁に行って、一、三塁。バッターは六番の二宮。

 そして、後二人で甲子園。

 いやでも意識するこの場面――やべぇ。楽しくなってきやがったぜ。

 

「お前ら、すげぇな」

「ん? 二宮。話すのは初めてだな。猪狩はすげーだろ?」

「ああ、すげぇ、……だから、すげぇってホメてるんだ。うぬぼれに聞こえるかもしんねーが、正直今年も楽に優勝出来ると思ってた。けど、フタを開けてみれば、お前らにこれだけ苦戦だ。……だから凄いっていってるんだ。お前たちは――西強より強いぜ」

「ありがとよ」

「だが、この試合も勝つのは俺達だ」

「やってみやがれ。絶対に俺達が勝つ!」

 

 二宮と言葉を交わし、ぐ、とミットを構える。

 初球は絶対に打ちに来る。低めにスライダーだ。

 一ノ瀬のスライダーを、二宮は空振った。

 ミート技術が良い二宮だがそのヒットの殆どはライナーだ。犠牲フライは打ちづらい。

 タイムリーを打てばいい話だが、そのタイムリーもデータが無い上、初見の一ノ瀬から今ここで打てと言われても可能性は低いだろう。

 なら、ここであかつき大付属が選択する作戦はたった一つ。

 

 二球目に選ぶ球はストレート。

 

 一ノ瀬がボールを投げる。

 それと同時に、二宮はバットを倒し、サードランナーがスタートした。

 あそこまで豪快な空振りを見せられたら、想像出来ないだろうな、この作戦は。

 ただ、二宮が打席に立った時から取られる作戦がこれと確信していたのなら話は別だ。

 投げられたストレート。それを俺は立ち上がって捕球の構えを取る。

 高めに外されたボールに対し二宮は必死にバットに当てた。

 

 ふわり、とファールゾーンにボールは浮かび上がり、サード方向へ飛んでいく。

 

 サードの東條がそれをファウルゾーンでキャッチした。

 

「くっ……! 読まれてたか……!」

「ふう、悪いな二宮。言っただろ。甲子園に行くのは俺達だってな!」

 

 東條から一ノ瀬にボールが返される。 

 ツーアウト一、三塁。後一人。

 そしてバッターは七番、猪狩、守。

 猪狩は無言で打席に立つ。

 ……一ノ瀬、猪狩、そして俺。

 

 一ノ瀬は猪狩とエースの座を争い、俺と共にあかつき大の将来を担おうと必死に努力し、

 

 猪狩は俺とバッテリーを組んで、中学校で全国一に輝いて、

 

 俺は一ノ瀬に育ててもらい、猪狩に引っ張って貰った。

 

 その三人が今グラウンドで相まみえてる。運命ってのは面白いもんだぜ。

 

「決めよう、猪狩」

「ああ、そうだな」

 

 俺の言葉に、猪狩は頷く。

 俺は、こいつと戦えて良かった。

 こんなに嬉しく熱く、そしてなによりも楽しい野球をできて、良かった。

 だからこそ、この勝負を――

 

「僕達の勝利で」

「俺達の勝利で」

「「この試合を、終わらせる!」」

『さあ! 最後の一人! タイムリーが出るか! それとも打ち取るのか!』

 

 一ノ瀬が振りかぶった。

 初球から猪狩は打ちに来る。

 腕をふるい、放たれたのはストレート。

 猪狩はそのボールを全身全霊で迎え打った。

 ッキィンッ! とバットが音を立てる。

 フルスイングで捉えたれた打球は、空へと高々と打ち上がった。

 

 ただし、勢いは無い。

 

 ショートの矢部くんが手を上げた。

 ゆっくりとボールが落ちてくる。

 矢部くんが、そのボールをしっかりとミットに収めた。

 その瞬間、ワァッ! と球場が歓声に包まれる。

 俺はキャッチャーマスクを投げ出して、両手を空へと掲げた。

 瞬間、走ってきた早川に抱きつかれる。

 続いて矢部くんが、一ノ瀬が、東條が、少し遅れて進むと友沢が、俺をあっという間に囲んだ。

 

『甲子園大会出場校が決定! その高校は恋恋高校ー!! 創部二年目にして甲子園に出場決定ー!! その立役者は勿論、この人! 葉波風路ー! 猪狩守からツーラン含む三打点! しかし彼だけでは甲子園には辿りつけなかったでしょう! 友沢、東條、早川、一ノ瀬、猪狩進、新垣たち――さまざまな選手の協力があって手にした栄冠! グラウンドで歓喜の輪を作る恋恋高校ナイン!』

 

 恋 000 000 102

 あ 001 000 001×

 

 そんなスコアが書きこんであるバックスクリーンを眺める俺を、皆がめちゃくちゃにしてくる。

 くそっ、嬉しいけど! もうちょっとスコア確認させろよ! 実感させてくれよ! ……めちゃくちゃ、嬉しいけど!!

 

「やった、っ、やったよ! パワプロくん!」

「ああっ、やったな!!」

「やったでやんすー!!」

「やったぞ! 甲子園だ! あの舞台に――立てるぞ!」

「……夢のようだ……はは」

「やった、やったよっ……! 私たち、甲子園に出れるんだ……!」

「やりました……やりましたね! 先輩!」

「パワプロが居る高校を選んだ僕に間違いはなかったよ。……最高の気分だ。出来ればエースが良かったけどね」

 

 全員思い思いに喜びを表現しながら、笑いあう。

 ふと、視線を感じて視線をそちらに向ける。

 ベンチから、球場を後にしようとする猪狩。

 猪狩は俺と目が合うと、一瞬だけ悔しそうにぎっと唇をかみしめる。

 だが、すぐに猪狩はそんな表情を消していつものクールな表情に戻す。

 そして――人差し指、ビッ、と空へと向けて立て、口を動かした。

 

 "僕たちを倒したんだ。――どこにも負けるなよ"

 

 口がそう動く。

 俺は頷いて、それに応えるように猪狩と同じく指を空に向けて人差し指を立てた。

 それをみて、猪狩は満足そうに頷いてベンチから消えていく。

 ……負けねぇよ。猪狩。

 お前の分まで甲子園で暴れてくっからさ。その分お前は努力してもっと凄い奴になれよ。

 そんで――また楽しい試合、戦ろうぜ。

 俺は自分の顔が自然と笑ってるのに気づきながら、皆の歓喜の輪に戻る。

 

「皆、分かってるだろうな! 目指すのは勿論――あの真紅の旗だぜ!」

 

 俺の叫びに、皆が頷く。

 よーし、猪狩の分まで暴れてきてやるぜ!

 

 

 

                  ☆

 

 

 

 どっぷりと日が暮れ、日が落ちた中、グラウンドを照らす光を生み出す、モノが錯乱した部室を背に、俺と早川はグラウンドのマウンドの上に立っていた。

 矢部くんたちは部室の中でどんちゃん騒ぎ、祝勝会と称して酒無しでの超テンションのままいろいろ騒いでいる。

 俺と早川だけは、その輪からこっそりと抜けだした訳だ。

 

「終わったね」

「ああ、終わったな」

 

 祝勝会もそこそこに、早川がそわそわしだして俺を釣れ出すまでに祝勝会が始まってから一時間とかからなかった。

 ま、ゆっくりと話す機会もなかったからな。仕方ないっちゃ仕方ないけどさ。

 

「……甲子園、行けたね」

「ん、強かったな。猪狩」

「うん、すごかった。……抑えれたのが嘘みたい」

「はは、俺もだ。んで、明日の朝新聞見て実感するんだろうな。……甲子園、いけるんだ、ってさ」

「うん、だろうね。あははっ、僕がそのチームのエースだなんて、信じられないよ」

「ああ、もっと努力しねーとな。猪狩に笑われちまうぜ」

「そだね。……でも、パワプロくん、ボク、頑張る前に聞きたいことがあるんだけど?」

 

 俺の前に移動して、俺の顔を見上げて早川がイタズラっぽく微笑む。

 "甲子園に行けたら――"。

 その約束を果たしてくれってことなんだろうけど、ううむ、そうも期待されるというか身構えられていると恥ずかしいな。

 ……けど、まぁ約束だし、俺が早川に抱いてる気持ちだって――言葉に出来ないような嘘の気持ちじゃない。

 

「――好きだよ、早川」

「ふぁっ、い、いきなりはずるいって前もいったでしょっ!」

「はは、そうだったな。……俺の、恋人になってくれないか?」

「…………ぃぃょ」

 

 小声で呟いて、早川は頷く。

 おずおず、と手を握ってくる早川の手。それをぎゅ、と握り返して、俺は肩を軽くだきよせた。

 ……これで一区切りか。でもまだ俺達の夏は終わらない。

 ――勝って、すべての高校の頂点に立つ。

 そのためには、この可愛い恋人の力が、必要不可欠なんだ。

 

「これからも頼むぞ、早川」

「……うん、こちらこそ、よろしくね。……あとさ」

「ん?」

「早川じゃなくて、あおいって読んでほしい。……駄目?」

 

 上目遣いで可愛く小首をかしげる早川。

 あおい、か。下の名前で呼ぶのはかなり恥ずかしいんだけどな。ま、それを望むんだったら、それもいいか。

 

「あおい」

 

 あおいの名を呼ぶ。

 あおいはうんっ、と嬉しそうに笑った。

 可愛いなぁくそ。

 

「パワプロくん、頑張ろうね」

「パワプロのままなのかよ!? 風路とかじゃなくて!?」

「だってパワプロくんはパワプロくんだもん」

 

 あははっ、と楽しそうに笑ってあおいは逃げるように部室へと走っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、俺はやれやれとため息を吐いた。

 甲子園の本戦は八月から始まる。

 あの優勝旗を手にするのは俺達だ。――勝つぞ、皆。

 俺は心の中で皆にそう言って、部室にもどるのだった。

 


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