実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー 作:向日 葵
第一〇話 "二年生・四月二週" 新入生
「やっぱ守先輩はすげーなー」
「ああ、結局春夏連覇だもんな。しかも二百イニングス連続無失点。他のレギュラーも一年生とかだったけど、それでもその先輩と一緒に戦えるんだったらやっぱあかつき行くよな。なぁ進?」
「僕はいかないよ、あかつきには」
「あー、そっか。進は帝王だっけ?」
「ううん、帝王はやめたんだ」
「……へ?」
「おいおい、じゃあ何処にいくんだよー」
「恋恋高校、だよ?」
「恋恋ー? ……ああ、パワプロ先輩の?」
「まーたなんで。確かにパワプロ先輩はライバルだったけど進はキャッチャーだから恋恋いってもさ……あ、だから最近センターの練習してんのか!?」
「うん」
「おいおいマジかよ、なんでキャッチャー諦めるんだ?」
「諦めるわけじゃないよ。二足のわらじを履くだけだから」
「でもそんな代わりみたいな……進、それが嫌っていってたじゃん」
「うん、でも、それ以上に――パワプロさんと甲子園に行ってみたいんだ」
「へぇ……進そんなにパワプロ先輩の事慕ってたっけ?」
「慕ってたけど、最近もっと好きになったんだ」
「なんで? 正直いって俺らの間じゃ進がレギュラーだろって言ってたぜ? そんな監督のお気に入りでレギュラーになってたようなやつを……」
「そんなんじゃないよ。僕が監督でもパワプロさんをレギュラーにしてた。……だってね。あの人は多分――」
「多分?」
「誰よりも頑張っている人だから」
恋恋高校アナザー第二部
二年生
四月。
俺達が二年生に進級し、一年生達が入ってくる春。
入学式を終え、部活勧誘を始める同級生たち(ほぼ女性)。一年生に入ってきた男子は二〇人。年々増えつつある男子だがそれでも三桁行かないあたり恋恋はまだ女子高というイメージがあるのかもしれない。
皆が生徒を勧誘をする中、俺達はユニフォーム姿で学校に届いていた新しいボールを運んでいた。
「にしてもこれで何度目のボール交換でやんすかー?」
「三度目だな……まあ一日にあんだけ酷使してたらすぐダメになるさ」
「それでも四百球近くが直ぐにダメになるなんて……オイラたち、練習量なら県内一二だと思うでやんす」
「ああ、そうだな。秋の大会なんかは出場せずにめちゃくちゃに練習したからな。早川あたりなんか腰回りがっちりしてるぜ」
「エロいでやんす。弾道が上がったでやんすか?」
「何の話だっ! それに俺はキャッチャーとしてだなっ!」
「分かってるでやんすよー!」
ぐっ、絶対わかってない、頬を釣り上げてニヤニヤしてやがる!
くそー、そういう意味でいったんじゃないのに……。
ぶつぶつと文句を言いながら俺と矢部くんはダンボールを持って歩く。
うーむ。それにしてもやはり二人だけでダンボール八つを持つのは無謀だったか。前が見えねーぜ でもなぁ……他のやつに頼もうにも、早川新垣は合同で練習中だろうし、友沢に言ったら『メシを奢ってくれるなら』って言われるし、東條だったら『……練習の邪魔だ』で終わりだろうし。かと言ってあのグラウンドまで往復するのは辛いし。
くそー、せめて手伝ってくれる人が後二人居たら……。
「パワプロさん」
「ん? ……え? その声は……」
「ふふ……はい、あ、さん付けはちょっとダメですかね? 先輩後輩になったんですから、パワプロ先輩って戻す方が正しいでしょうか」
「進……!!?」
俺は夢を見てるのか。
進が恋恋の制服を着て俺の目の前に立っていた。
進は微笑みをたたえたまま、俺のよく知る人懐こそうな笑みを浮かべている。
「……お前……」
「ごめんなさいパワプロ先輩。勘違いしてました。……もう一度僕と一緒に野球をしてください。あなたの側にいれば、僕はもっと成長出来ると想うんです。それに――このチームを甲子園に連れていきたい」
「……進……あ、ごめん矢部くんちょっと持ってて」
「やんすー!? ちょちょちょそれはちょっと無理でやんすよー!?」
矢部くんに荷物を渡して、俺は進の手をぎゅっと握る。
「こっちこそ頼むぜ、後輩」
「はい、先輩」
「よし、じゃとりあえずこの荷物運ぶの手伝ってくれ」
「あはは、はい。そうだ、あと一人紹介したい人がいて……」
「ん?」
「パワプロ先輩も知ってると思います。……一ノ瀬さん」
「……久々だね、パワプロ」
「一ノ瀬……!?」
「だ、誰でやんすか?」
「同級生だ。進と同級生で猪狩とエースを争ってた。負けてリリーフに回ったんだが、肩のケガでシニアをやめて、行方知らずになってたんだが……」
当時を思い出す。
猪狩と組む事が許される前、俺は一ノ瀬とバッテリーを組んでいた。
俺は一ノ瀬の七色の変化球を上手く取れずに迷惑を掛けてたっけ。
そのたびに笑いながら何度もキャッチング練習に付き合ってくれたんだよな。
一ノ瀬も猪狩の影に隠れてたがかなりの好投手だ。ケガさえ無ければ強豪校に行き、久遠や猪狩や山口のように強豪校でもエースになったいたくらいの、さ。
「僕もそう思っていた。出口の無い迷路に閉じ込められていたみたいだったんだ。手術してもリハビリしても肩の状態は一向によくならなかった。高校進学を辞退して治療に専念してみても駄目だった。…………でも、"とある"博士にあってね」
「……とある博士?」
「企業秘密らしいから名前は言えないよ? でも、その博士に手術してもらったら――見違える程に肩の状態が良くなったんだ。だから今年恋恋に入学したってわけさ。……パワプロくんにもう一度撮ってもらいたくて」
「一ノ瀬……」
一ノ瀬も進も俺と野球がしたくてこの学校を選んでくれた。
それが照れくさくもあり、それと同時にうれしくもあってなんだか気恥ずかしい。
だがこの二人が加わってくれればチーム力は大幅に上昇だ。それこそ甲子園が目指せるくらいに。
「よし、んじゃとりあえず、グラウンドまで行くぞ?」
「はいっ」
「うん、頼むよ」
「行くぞ矢部くん!」
「後で絶対グーで殴ってやるでやんすー!!!」
切れ気味に叫ぶ矢部くんをなだめつつ、荷物を四人で分けて俺達はグラウンドへと急ぐ。
さあ、新学年になってから初めての部活だ! 頑張るぜ!
☆
「おーいみんな! 新入部員が入ったぞ!」
「あ、パワプロくん」
「よ、早川。んじゃ紹介するな。俺の後輩の進だ」
「うん、進くんっ、いらっしゃい」
「はい、早川先輩」
……あれ? 進と早川って知り合いなのか?
にこやかに話しかける早川に進はにっこりと笑顔を返しているところをみるとかなり親しい間柄って感じがするぜ。。
う、うーん。なんだろう。このモヤモヤ。チームに速く溶け込むって意味じゃ進と早川が仲良しだったら嬉しいはずなんだけどな。
「あ、じゃあ次な。一ノ瀬だ。学年は俺達と同じだけど学年は一年、ケガで一年間棒に振っちまってるけど一応後輩だ」
「みんなよろしく」
「今日のところは二人だな。んじゃふたりとも自己紹介をかねて希望のポジションを頼む」
「はい、はじめまして、あかつき大付属中から進学しました猪狩進です。ポジションはキャッチャーをやってました」
「ほほう、パワプロくんのライバルでやんすか」
「いえ、ここではセンターを希望します」
「センター……っていうと」
「俺と戦うのか」
「仮にそうなることになっても、負けません」
バチチッ! と火花が散りそうな勢いで友沢と進は目線を合わせる。
でも確かに進はキャッチャーもいけそうだがセンターも行けるかもしれない、地肩は俺より少し強いくらいだし、捕球技術は折り紙付きだ。しかも足も速いから守備範囲も広いだろう。
まぁポジションはのちのちにしっかり考えるとして。
「じゃ、次一ノ瀬」
「ん。一ノ瀬塔哉です。ポジションはピッチャー。希望するポジションは――エース」
「……っ」
一ノ瀬が言った瞬間、早川が息をつまらせる。
"エース"。
一ノ瀬は堂々とそのポジションを奪うことを宣言した。
早川は去年新しく手に入れた新フォームで最近の練習試合は三連続完封中だ。練習試合などを経てそれは完全に早川のものになり、球速も伸びて一二九キロを記録したこともあるほどの成長を見せている。球持ちが良く出処の見づらいフォームからいきなり投げられるキレのある球――それは十分エースクラスだし、名門に行っても通用するものだと俺は思っている。
だが――一ノ瀬だって名門にいっても通用するんだ。
一ノ瀬がこれだけ自信を持ってエースを希望すると言い切ったということは自分の中で一〇〇パーセントの力を出しても問題はないと言う事だろう。
俺が知っている一ノ瀬という投手。
左腕から一四〇キロ近いボールを投げるのと同時にキレのあるシュートと緩急が付けれる落差の大きいカーブを使い、尚且つ絶妙なコントロールでそのボールをインサイドアウトサイド問わず投げ分けるという非常に実力のある選手だった。
それが完全復活をしたとなれば――早川が幾ら成長していたって、そうやすやすと一番を付けれる訳ではなくなった、ということだ。
「よろしくお願いします」
「ああ、うし、んじゃ練習に移るぜ。まずはノックからだ。二年生は?」
「もうノックは終わったわよ」
「了解、俺と矢部くんはノック受けてないから矢部くんはノックに混ざってくれ。俺入れて四人だから直ぐ終わるだろ。二年は終わるまでキャッチボールしててくれ」
「了解」
俺の指示にしたがって早川たち二年はベンチ前でキャッチボールを始めた。
矢部くん、一ノ瀬、進はそれぞれショート、センターへと移動する。
「ショートっ!」
カァンッ! と打ち返されたボールを矢部くんはバシッ! と広い守備範囲を見せつけて捕球する。
うん、この数ヶ月で矢部くんの守備技術には更に磨きが掛かってる。これなら打ちとった当たりがポテンヒットになる、ということが激減するだろう。
去年の初戦でのタチバナとの試合の時に先制タイムリーになったボテボテのヒットも、内野安打にはなっても外野までは抜けずタイムリーにはならないという感じになるはずだ。
矢部くんは今年もウチの守備の要になるだろう。
「うし次! センター!」
キンッ! とセンターとライトの真ん中当たりに落とすように打つ。
進はそれを見て走り出した。
流石進だ。打球音と角度の予想で一歩目が速い。落ちるかと思われた打球へぐんぐんと追いついて、進は難なくそれをミットの中に収める。
「進続けて!」
次は逆方向、そこから振るように左へと打つがそのたまにも進は軽々と追いついてしまった。
こりゃ外野の守備範囲は進がナンバーワンだな。センターで間違いなさそうだ。
となると友沢をライトにおいて、ライトの明石をレフトかな。レフトの三輪はベンチに下がってもらうってのが一番ベストかもしれない。
おっと、一ノ瀬を忘れちゃいけねーな。
「一ノ瀬行くぞ! 肩の状態も見てーからな、バックホームだ!」
フライを打ち上げ、素早くミットにもち直す。
ふわりと浮かんだ球の落下点に一ノ瀬は入る。
そして捕球。それから素早く投げる動作をして――
ビシュッ! なんて音が相応しいような速球を外野からホームに投げてきた。
俺のミット目がけてのストライク送球。しかもノーバウンドだ。コントロールも肩にも問題はない。
何よりも下半身が凄く安定している。投げることはできなくても下半身はみっちり走りこんでいたんだろう。一年止まることを余儀なくされても這いずってでも前に進む。クールな印象からはあまり想像が付かないが、きっと、この一年間一ノ瀬は死ぬ気で頑張ってきたんだろうな。
そしてこの返球は俺へのアピール。自分は万全だぞと。俺とバッテリーを組んでた頃の自分だぞ、と宣言するようなもの。
「一ノ瀬……」
「ふ」
クールな笑みを浮かべながら、一ノ瀬は戻ってくる。
俺が次にブルペンに指名することを知っているかのようにして。
☆
パワプロくんがノックを友沢くんに頼んで一ノ瀬くんとブルペンに入っていく。
ボクはベンチ前であかりとキャッチボールをしながらその様子を見つめた。
……たった一球、外野からの返球を受けただけでパワプロくんは一ノ瀬くんを外野ノックから引き上げさせて、一緒にブルペンに行ってしまった。
あの外野からの返球を見て、パワプロくんはきっと一ノ瀬くんの実力が前みたいに戻ったことを理解したんだ。
ううん、きっとそれだけじゃない。パワプロくんと一ノ瀬くんはあかつき大からの顔見知りで、一ノ瀬くんはパワプロくんがすごくなっていくのを近くで見ていてパワプロくんのことを良く知っていて。
パワプロくんも一ノ瀬くんとすごく親しくて、ボクのことよりも一ノ瀬くんを良く知ってるくらいだってことがなんとなくわかる。ボクとパワプロくんには無い絆をあの二人は持っているということが。
「球種は変わってないか?」
「うん」
「んじゃスライダーがこれで、カーブがこれ、シュートがこれでスクリューがこれな。ストレートはこれだ」
「あかつき中の時と同じだね?」
「そういうこと。じゃ頼むぜ? 五球ずつだ」
「了解」
ボクはボールを投げるのも忘れてパワプロくんたちのやりとりをじっと見つめ続ける。
一ノ瀬くんがマウンドを均してから左腕を振るった。
その直ぐ後にパァンッ! と乾いた音がグラウンドに響き渡る。
パワプロくんのキャッチングの上手さも関係しているんだろうけど、それ以上に球威があると伝わってくる一ノ瀬くんの直球。
左腕から少なくともボク以上の球速のキレと球威のある直球をパワプロくんのミットに向けて投げ込んでるのが分かる。それを当然のように捕球するパワプロくんも凄いけど、そんな球を投げ込んでいる一ノ瀬くんも凄い。
マウンドさばきも堂に入っていて、パワプロくんからボールを受け取った一ノ瀬くんはビッ、と足元の土をつま先で払い、すぐに構える。
躍動感のあるフォーム。本当に一度肩を壊した投手なのかと疑ってしまうほど力感のあるフォームから目一杯ボールにスピンを掛け、パワプロくんの構えたところに寸分違わず投げ込む。
「ナイボッ!!」
言いながらボールを返すパワプロくん。ミットを打つ感覚はやっぱりボクのボールより重いのかな。
そう考えると胸が痛い。ボクの所からパワプロくんが離れていっているようで、なんだか言葉に出来ない複雑な感情が沸き上がってくる。
「早川先輩」
「ぅわっ!? す、進くん!」
いつの間にかノックを終えて、進くんがキャッチャーミットを持ってボクの後ろに立っている。
び、びっくりしたぁ。ぼーっとパワプロくん達の方を見てたから全く気づかなかった……。
「気になりますか?」
「え? ぅ、え、えっと……」
「ブルペン入りましょう。僕もキャッチャーですから」
にこ、と紳士的に微笑む進くん。ボクもそろそろ体は温まってるし、ブルペンに入っても良いよね。
あかりに目配せをすると、あかりはこくんと頷いて矢部くんへこいこい、と手招きをする。矢部くんは仕方ないでやんす~なんて言いながらあかりとキャッチボールを再開した。
……なら、大丈夫かな。
進くんと並んでブルペンに入る。
一ノ瀬くんの隣に立つと、一ノ瀬くんはふっと微笑みを浮かべてボクを見た。
そして――。
「エースナンバーは僕が貰うよ、早川さん。……正捕手も、ね」
「……っ」
面と向かって一ノ瀬くんはボクへと宣言する。
一ノ瀬くんは挑戦的な笑みを浮かべた後、直ぐにパワプロくんへと向き直って投球練習を再開した。
その宣言を受けて、ボクは暫し動けない。
ボクは――この人に勝てるのだろうか。
ッパァンッ! とパワプロくんのミットが快音を響かせる。
「早川先輩」
「……あ、う、うん、ごめん」
進くんに言われてボクは慌てて向き直る。
エースナンバーは争うのが普通なんだ。そしてパワプロくんは正捕手。いろんな球を受けなきゃ評価は下せない。
まだ決めたわけじゃないんだ。ボクにだって投げるチャンスは与えられる。だから焦らなくて良いんだ。
だから……お願い。ボクの胸を締め付ける"何か"。
お願いだから、ボクの邪魔をしないで。苦しくて投げらんなくなっちゃうよ。
ボクは一ノ瀬くんの言葉を振り払うように必死に腕を振るう。
「よし、病み上がりだろうからな、もういいぞ一ノ瀬」
「もっと投げれるけど……」
「いや、もう戦力になるって分かったからな。これ以上無理させるわけにゃいかねぇよ」
「分かった。じゃ、走りこみでもしてくるよ」
「ああ、進。あんがとな。トレーニングに戻ってくれ」
「はい、わかりました」
「……早川、投球練習だ」
「……うん」
パワプロくんが座る。
続けて受けてどちらの球威が強いか確かめるつもりなのかな。……負けられない。ボクだって――エースに、なりたいんだ。
投球練習といっても本気で投げよう。一ノ瀬がくんがそうだったみたいにボクだって本気で投げれば一ノ瀬くんにだって、負けないはずっ。
試合で投げているつもりでボクは腕を振るう。
絶対に一ノ瀬くんには負けない!
☆
「……ま、こんなもんか」
練習後、俺は大会へ向けてのポジション決めを行う。
一ノ瀬は打撃センスもよかったしレフトかファーストで使うことを考えてもいいな。先発した時は打力にも期待出来る。
一ノ瀬先発時なら、
一番、ショート矢部くん。
二番、セカンド新垣。
三番、キャッチャー俺。
四番、ライト友沢。
五番、サード東條。
六番、センター進。
七番、レフト明石。
八番、ファースト石嶺。
九番、ピッチャー一ノ瀬。
この布陣になるか。
代打を含まない打撃力なら名門にも匹敵するぜこの打撃陣。十分甲子園を目指せる戦力といって問題ないだろうな。
早川が先発の時は。
一番、ショート矢部。
二番、セカンド新垣。
三番、キャッチャー俺。
四番、ライト友沢。
五番、サード東條。
六番、センター進。
七番、ファースト一ノ瀬。
八番、レフト明石。
九番、ピッチャー早川。
っつーとこになるか。
どっちも打撃的には殆ど問題ないな。……問題はどっちがエースになるか、だ。
変則右腕と本格左腕。
アンダースローからキレの良いボールを投げ、マリンボールや制球力など球速は足りないがそれをカバーする能力は十分にある早川。
ケガ明けながら一四〇キロ前後の球を投げ、変化球も豊富でキレのある一ノ瀬。
この二人のどちらかから、"エース"を選ばなきゃいけないんだ。
明確なエースが居ないチームはガタガタになる。同じくらいの能力を持っていてもエースは決めなきゃいけない。
そして、それを決めるのはキャプテンであり正捕手である俺の役目だ。
「…………よし、決めた」
背番号を心の中で決め、俺は机から立ち上がる。
彩乃と七瀬に背番号を作ってもらわないとな。……さて。
東條、友沢、矢部君に新垣、進、一ノ瀬、そして――早川。
これだけのメンバーが揃っていて甲子園にいけないのなら、それはキャッチャーと作戦のせい。つまり俺の責任だ。
「……気合い入れねぇとな」
進と早川がバッテリーを組んでるのに変な感情抱いてる場合じゃねぇんだ。ここからは集中してやってかないと甲子園にゃ届かねぇぞ。
自分に言い聞かせて頬をバシン、と叩き、立ち上がる。
腹筋背筋も付いてきたし、今日は素振りしてから帰るか。
バットを持ちグラウンドに出る。
まだ友沢と東條がお互いに貼り合って色々やってるな。良く飽きないもんだぜあいつら。
二人に苦笑しつつ俺はビュンッとバットを振るう。
一年の時と比べても明らかに音が鋭くなってる。友沢や東條といった好打者が近くにいて技術を教えてもらえる、盗めるってのはやっぱりデカイらしい。
要点を確認しながら素振りを続ける。
「……ふぅ」
一息を入れて汗を拭う。
素振りも一〇〇回以上超えるとかなりしんどい。特に一回一回集中してやってると余計に疲れてる気がする。
「パワプロ、俺達は帰るぞ」
「ああ、またな友沢、東條」
「ん」
「……休むのも仕事だぞ。パワプロ」
「分かってる。またな」
「うむ」
二人を見送って俺はその場に座り込む。
時間は八時ってところか、今から帰って軽くメシ食ってから風呂入って作戦立てて……授業中に寝りゃいいから軽くメニュー決めて寝りゃ一時から六時までは寝れるな。
「ふぃー、んじゃ帰ろ」
バットを入れ物にしまい肩に担ぐ。
制服に着替えるのは面倒だしこのままでいいか。うし、行こう。
一歩グラウンドから外に出ようとした時、目の前に進が立っているのに気づく。
「進? 待ってたのか?」
「はい。パワプロ先輩に聞きたいことがあって……エース、決めたんですか?」
「……ははっ」
俺は思わず笑いをこぼす。
流石進。考える事は俺と一緒だな。
「ああ、決めたよ」
「そうですか……速い、ですね? 競争を煽らせると思ってたんですけど……」
「競争相手が居るのはいい事だけどな。今の恋恋の戦力じゃ中心選手を決めとかねぇとぐでぐでになって終わりだ。それに早川も一ノ瀬も負けん気は強いからな、ふたりともエースナンバーが貰えなかったとしたら大会までに奪うって感じで張り切ると思うぜ」
「……なるほど、そこまで考えたんですね。流石パワプロ先輩だなぁ……」
「流石って、そうでもないぜ。普通にチーム内の競争を煽れないチームだからそうしなきゃダメなだけだぜ? 進の言うとおり他のチームが大会前ギリギリでレギュラー発表すんのは競争を煽る為だし、そうできないから苦し紛れにチームの中心を先に決めてそいつらが生きるように練習するしかないだけだ」
俺は一呼吸置いて進と一緒に帰路につきながら口を動かす。
「うちのチームはレギュラーに入れそうな奴らは掛け値なしに凄いだろ?」
「そうですね。矢部先輩も多分強豪校でレギュラー取れるでしょうし、友沢先輩、東條先輩なんかはクリーンアップも打てるでしょうし、早川先輩に一ノ瀬さんも背番号を貰えますよね。新垣先輩はちょっと厳しいかもしれませんけど、守備とミートは上手いですし」
「ああ、そうだ。けど控えになると途端にそこら辺のちょっと強い野球部くらいになっちまう。だから中心を先に決めて、そいつらをカバーするようにチームを鍛えてかねーといけねぇんだ」
「なるほど……」
分かりました、と素直に頷く進。やっぱ進はこういう感じじゃなきゃな。
あの時みたいに俺に悪態付く感じの進はやっぱり変だ。こう素直に感心したりしてくれる進のがとっつきやすいし、何よりも俺のかわいがってきた後輩って感じがする。
「……そういえばパワプロさん、早川さんのこと、どう思っているんですか?」
「へ? ど、どうしたんだよ。いきなり急に」
なんてことを思っていると、進がいきなり早川のことについて突っ込んで来た。
早川の名前が出るなんてこれっぽっちも想像してなかった俺は、その発言に面を食らって思わずドモってしまった。恥ずかしい。
「……いえ、もう分かりました」
「は? な、何が?」
「なんでもありませんよ~。分かりやすくて助かります。パワプロ先輩♪」
「なんだそりゃ……」
にやにやと笑う進に言って、俺はぷいっと顔を背ける。
くそ、顔が熱いぜ。俺としたことが早川の名前を出されただけでこうも動揺するとは。
「さて、俺はこっちだ。猪狩によろしく言っておけよ?」
「あはは、はい。分かりました。おやすみなさい、パワプロ先輩」
「ああ、おやすみ」
進と別れて俺は帰路に着く。
顔の熱さが取れてから、俺はふぅ、と一息ついて夜空を仰ぐ。
明日から夏の大会へ向かって全力で突き進むぞ。待ってろ猪狩――今年の夏は去年の分まで、大爆発してやるからよ。