実況パワフルプロ野球恋恋アナザー&レ・リーグアナザー   作:向日 葵

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第九話 "八月三週~" 未来へと続くその道を。

       八月三週

 

 

 パワプロ達が聖タチバナとの合宿を終えて戻り、東條も加えて恋恋高校用のグラウンドで再始動した頃、甲子園――。

 全員が一年で甲子園に出場という快挙を成し遂げ、黄金時代を予感させた猪狩守率いるあかつき大付属高等学校はそのまま甲子園の決勝へと駒を進める。

 並み居る好投手達の前に経験不足が否めないあかつき大付属には、延長十四回まで無得点という試合も有った。

 だが。

 そのような好投手の前に立ちふさがったのは若干十六歳の一年生投手。

 

 猪狩守。

 

 左腕から最速一五一キロの快速球を放り、キレ味凄まじいスライダーと緩急のついたカーブで打者を惑わし、やっとの重いでバットにボールを当てても芯を外され、外野まで飛ばない球威溢れるボール。

 対戦した高校の監督は口を揃えていう。

 

 "怪物が現れた"。

 

 黄金世代と誇り高い現在の一年生達。

 各高校にも先発したりリリーフしたり、スターティングメンバーに名を連ねている選手が居るその世代。

 そのような選手達を短い間とは言え、しっかりと見てきた歴戦のスカウトや高校の監督、高校野球ファンは異口同音でその世代をこう表する。

 

 猪狩世代、と。

 

『さあ、甲子園の決勝もいよいよ大詰め!! 点差は僅か一点!! 西強高校、春夏連覇した強豪校の意地を見せるか! この回はバッター二番の水瀬から! しかし、しかし……! その前に立ちはだかるは若干十六歳、一年生の超高校級投手、猪狩守!』

 

 九回裏、点差は一点差――1-0。

 表の攻撃はあかつき大付属。七回に四番三本松のタイムリーツーベースで先制したあかつき大付属はここまで無失点で九回裏の守備を迎えていた。

 ただし。

 

『さあ、既に名を刻んだ記録をどこまで伸ばすのか――! ここまで公式戦で一二六回無失点の猪狩守!!』

 

 その無失点というのはこの試合だけではない。今年の公式戦全てでだ。

 彼の一挙手一投足にカメラのレンズが向けられる。

 初球のストレートを打ち上げて、あっという間に一アウト。

 続く打席に立つのはかつて共に戦ったチームメイトである金岡考也。パワプロがカネと呼んで仲良しだった男だ。

 金岡を対戦相手に迎えても尚、猪狩は腕を振ることを辞めない。

 スパァアアンッ!! と速球にミットが叩かれる。

 腕が引っこ抜かれそうな衝撃を受けながらも二宮は涼しい顔のままボールを受け止めた。

 

「ストライッ!!」

『初球決めました猪狩守! ここまで全試合に先発出場し全試合完投完封! 疲労はあるでしょうが球威は衰えません! 今の速球が一四九キロ!』

「おいおいー……化け過ぎだろ。猪狩よ……パワプロに感化されすぎだっつの」

 

 打席の金岡はぼそりと猪狩に聞こえない程度の声でつぶやいて構え直す。

 彼もまた西の超強豪と呼ばれる西強で三番を打つ男。ここまで打率は三割を超え、速くもスカウトから名刺を渡されているような男である。

 

 しかし当たらない。

 

 ビュオンッ! と空を切る快音が響くだけ。ボールは二宮のミットを叩く。

 三球目はアウトローに外し、続く四球目。

 

「っっ!!」

 

 ビシッ! とキレ良くまがるスライダーの前に金岡は血祭りに挙げられる。

 後アウト一つ。

 最後のバッターは西強の四番清本。

 

「来い! 俺がホームランを打って振り出しだ!」

 

 清本が吼える。

 猪狩はそれを受けて、涼しい顔でフッと笑った。

 その顔を見て清本は驚愕する。

 

 ――この場面、後一人抑えれば日本一という場面で果たしてこんなに涼しそうに笑える者が居るだろうか。

 

 九回でも一四九キロを生み出す体。それを一一試合続けてもケガ一つせず痛めすらしない強靭さ。

 そして何よりもこの場面で笑える精神力。

 嗚呼、と清本は思う。

 今の自分では猪狩守には叶わないと。

 

 パァンッ! と二宮がボールをミットに収めた瞬間、マスクを投げ捨てて猪狩に駆け寄る。

 

 瞬間、甲子園は爆発するような歓声に包まれた。

 その中心で猪狩守は左手の拳を掲げる。

 この場所に立つ自分の姿が、未だ相まみえる事のないライバルに届くように。

 

 

 

 

                九月四週

 

 

 

 

 肌寒くなった秋。

 秋大会はもう終わった頃だろうか。

 俺達は秋の大会に出場することはしなかった。

 東條を加えて十人になったものの、俺達は加藤先生の助言もあり俺達は体作りとチーム力強化の為の充填期間とすることに決めた。

 確かに公式戦で経験を積むのも重要だろう。だが、帝王と戦ってみてはっきり分かった。俺達はまだまだ足りないものが多い。

 実戦経験は練習試合などでつかむ事は出来る。だからこそ今はそれ以外の足りないものを埋める事を選んだのだ。

 

「東條、恋恋のユニはどうだ?」

「……なかなか、思ったより似合っているな」

「ははっ」

「東條、勝負だ」

「……またか友沢……一度負けたら諦めろ」

「今日は体調も昨日よりはいい。負けはしない」

 

 あ、素直に良いと言わずに昨日よりってつけたな。また体調の悪さを言い訳につかうつもりだな友沢め。

 東條が加入して初日、飛距離対決で東條に負けた友沢はその日から毎日飛距離対決を挑むようになった。

 俺が欲しかった競争はこんな所にまで左右してくれたようで嬉しい限りだぜ。

 東條も直ぐにチームにも学校にもとけ込めたみたいで良かった。矢部くんのひがみ報告によればラブレターを大量に貰ってて処理に困ってたとか言ってたな。別にちょっと羨ましいなんてことこれっぽっちも無いぞ。本当に!

 

「パワプロくん、走ろ」

「お、ああ」

 

 早川とロードワークするようになってからもう数ヶ月も経つ。

 一緒に走るのが当然になってきた感じがあるけど、ちゃんと早川の下半身もしっかりと力づよくなっている。これで俺も東條に打撃を習ったまま、皆で恋恋野球部をパワーアップさせようとする意識が見えて嬉しい限りだぜ。

 俺は耳に刺したイヤホンで秋の大会の結果をラジオで聞きながら走る。

 猪狩は結局秋の大会の終わりまで失点することはなかった。六試合をこなしてこれで一七〇試合以上の無失点。スポーツ紙には名前が踊り、猪狩の家が経営する猪狩カイザースは既に一位指名を表明するなど、猪狩は既に大スターとなった。

 ライバルがそんな高みに居るなんて思うとゾクゾクするぜ。速く戦えるようにならないとな。

 

「パワプロくん、猪狩くんどう?」

「ん? ああ、決まったよ、センバツは確定的だろ」

「そっか。速く戦いたいね」

「あ、ああ、そうだな」

 

 にこっ、と笑ってくれる早川の笑顔にドギマギしつつ、俺は頷く。

 ううむ、どうしたんだ俺は。東條に会った夜から早川の顔を一〇秒以上直視出来ないぞ。

 ……よし、頭を切り替えろ。うん。そうしたほうがいいぜ。

 夏の大会の時には俺達は二年になって一年が入ってくる。 

 その一年の中にいけそうな投手がいれば大きいんだけどな。もちろん他のポジでも構わない、ベンチ入りメンバーが増えるということはそれだけチーム力が分厚くなるのと同義だし。

 

「今回の大会は出なかったけど、夏は全力でいこう。そんで持って目指すは日本一だ!」

「うんっ!」

 

 早川と目標を語り、走りながら俺は来年に想いを馳せる。

 春までしっかりとチーム力を高めよう。

 高めたチーム力は来年の夏にお披露目してやるぜ。

 だから――それまでしっかり待ってろよ猪狩。勝負は来年の夏だ!!

 

 

                   第一学年編、終わり

 


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